00-W_土曜日氏_116

Last-modified: 2009-09-14 (月) 21:28:05
 

 人間とは、良くも悪しくも、流行に乗って生きる存在である。
 猿人から進化し、生きる為の手段を集団で整え、文化が誕生したのと同時に、流行も生まれたと考えていい。
 そして文明が発達するにつれ、流行が持続する期間は極めて短くなっていく傾向にある。
 現代においては、一年どころか数カ月でモノは古くなっていく。
 見方を変えれば、常に新しい何かを作り出さないと、人間というものはその存在を証明出来ないのだ、とも言える。

 

 もっとも、次々に生み出される“流行”が、本当に“新しい”ものであるとは限らない。
 過去に売れたことのある芸人を一発屋と称し、まとめてバラエティ番組を作る。
 止まってしまったと思われる技術を発想転換することで水平移動させ、生まれ変わらせる。
 はたまた、かつての流行に回帰し、原点を称賛する。
 ある意味、流行とはメビウスの輪なのかもしれない。

 

 一方、流行を生み出す、またはそれに乗るのは、センスの問題であるとも言われる。
 ファションなどはそれが顕著であろう、センスがある者は流行を作り、変えていく。
 センスの無い者は、変わることが出来ずに取り残されていく。
 しかし、ここで大切なのは、センスとは果たして何なのか、ということである。
 とどのつまり、相対的な感覚がどうあるかが、センスの良し悪しに置き換わっているだけだ、とは言えないだろうか。
 世間で持て囃されているからと言って、それが万人に通じるわけではない。
 どこがいいんだ、どこがおもしろいんだ、という感想を持つ人間はたくさんいる。
 ならば、それらの人間にはセンスが無いのだ、と言いきってしまえばいいのかというと、それもまたおかしい。
 尖鋭的な芸術は、時として同時代の人間に理解されない。
 今、偉人として教科書に載っている有名な芸術家でも、当時はまったく評価されなかった、という者は多い。
 狂人、とまで罵られて迫害された人物もいる。
 彼らは当時の流行に逆らって、全く別のものを生み出した。
 しかし、だからと言って今、彼らのことを“センスが無かった”とは考えない。
 彼らは、己が信じる美意識、つまりセンスに従っただけなのだ。
 当時の流行に迎合し、その中で素晴らしい作品や発明を作るだけなら、彼らの力なら十分に出来ただろう。
 だが、そうしなかったのは、「社会ではこうでも、俺は違う」と強く思っていたからに他ならない。
 おそらく、そこには他人の評価など、さしたる価値はなかったに違いない。
 自ら望むまま、自らのセンスを頼りに、作品を作り上げる。
 そしてそれは、遠く時代を経てから、ようやく流行になったりする。

 

 情報化が進み、また商業が社会の中心となった昨今、流行は金を目的に作りだされることが多い。
 そしてそれを、盲目的に「流行っているから」と持ち上げるのは、果たして正しいことなのだろうか。
 自分に、自分のセンスに嘘をついていることにならないだろうか。
 もちろん、人間は集団で生きる動物であるから、世間的大多数に通じる価値観を持つのは大事なことではある。
 それでも、己のみが持ち得る美意識を完全に殺してしまうことは、それこそ人間の否定に他ならない。
 流行廃りが激しい現代だからこそ、人は個人個人のセンスを大切にしなければならない、時には大きな流れに逆らってでも。
 とある経済学者はかつてこう言った。
「大衆は新しい物ばかりを追いかけ続ける。だが、それが本当に新しい物なのかどうかは誰も考えない」と。
 芸術、文学、科学、医学、その他諸々。
 今でこそ当たり前となっているそれらの常識の中には、それが生み出された時は、異端と叩かれたものがどれだけあるか。
 そして、明日には今の常識が、全く覆される新発見が世に出るかもしれない。
 別に才能のあるなしではない。
 今を追いつつも、それらに疑問を持ち、自らの目を腐らせない。
 流行に踊らされ過ぎず、常に次に生まれる何かを見続ける。
 流行とは、徐々にその直径を増していく、一つの輪である。
 その輪の上でどう生きるか。
 それは、個人個人の“センス”にかかっている。

 

 ◆ ◆ ◆

 

「グレート! 実に素晴らしい、期待通り、いや、期待以上だ!」
「……まだ始まったばかりだよ、今からそんなに血圧を上げていると、幕の時まで持たないんじゃないかな」

 

 アイドルグループ“イノベイター”のリーダーであるリボンズ・アルマークは、タオルで額に滲んだ汗を拭った。
 目の前では、彼のマネージャーである男が、恍惚に近い表情で踊りまくっている。

 

「さすがは私のマイエンジェルたちだ! ゴージャスでミラクルでウルトラ、そしてファンタジーでスペクタクルだ!」
「まあ、水でも飲んで落ち着いたらいいよ」

 

 マネージャー、アレハンドロ・コーナーの奇態を、敢えてリボンズは止めようとはしなかった。
 他のメンバーも同様で、ある者は半笑いで見やり、またある者は完全に無視を決め込んでいる。
 このアレハンドロという男、決してマネージャーとしては無能でも低能でもないが、とにかく態度が五月蝿いと言うか、派手な方向にマイペース過ぎるのだ。
 下手に制止してもまったくの無駄、聞く耳持たない、ということをイノベイターの面々は熟知している。

 

「次は『パラダイス木星圏』、そのまた次は『パイロットスーツを脱がさないで』だ。ここで一気に客のハートを鷲掴みにしようじゃないか」
「わかってるよ、大丈夫さ。僕も皆も、ね」

 

 今、イノベイターはコンサートの真っ最中。
 ツアーではなく単発だが、北米はニューヨークのヤンキー・スタジアムを会場に、特大のイベントをブっているところなのだ。
 何度か改装工事を行い、八万人を超える人員を収容出来る(注:あくまで作中での時代において、の話)ヤンキー・スタジアムを満員に出来る者など、今の彼ら、イノベイターを除けば、おそらくほとんどいないであろう。
 イノベイターが今日のコンサートで半年程の休養に入る、という事実もあって、会場は観客席はおろか、グラウンドの特設シートまで超山盛り状態になっている。
 もちろん、その中に休養の真の理由を知る者は一人もいない。
 それを知っているのは、イノベイター本人たちと、マネージャーのアレハンドロだけである。

 

「『オトナはキライ』から『私のかわいい道化』、そして『センチメンタルが止まらない』、『進化気分でロックンロール』と怒涛のメドレーだ!」
「やれやれ」

 

 まだ序盤が終わったばかりだというのに、アレハンドロは楽屋を飛びまわっている。
 その運動量たるや、さっきまでステージで歌って踊っていたリボンズ達をすでに凌ぐ程であるかもしれない。
 先にも言ったが、これでもマネージャーとしてはかなり有能ではあるのだ、この男は。
 今回のコンサートも、彼が色々と骨を折ったからこそ、実現したと言っても過言ではない部分がある。

 

「さぁ、あと五分で再開だ。準備はいいね?」

 

 タオルをはしゃぎまくっているアレハンドロに投げてよこすと、リボンズは席から立ち上がった。
 衣裳はとっくの昔にチェンジ済みである。

 

「もちろんさ、リボンズ」

 

 メンバーの中で唯一メガネをかけている、リジェネ・レジェッタがリボンズに応える。
 リジェネ以外のメンバーも頷いて同様に立ちあがるが、ぶっちゃけた話、確認の言葉なぞ、彼らには本当は不必要だったりする。
 何故なら、彼らは言葉ではなく、精神で互いに意思の交換が出来るからである。
 イノベイターの歌と踊りは一分のミスもない、まさに完璧である、とファンや評論家からは評価されている。
 そしてそれは、彼らの努力によって成されているものだ、と思われている。
 だが実際は、このテレパシーとも言える力があるために、動きを合わせることなどは彼らには朝飯前だったりする。
 もちろん、練習は練習でちゃんとやってるが。

 

「しかし、リジェネ」
「何だい、リボンズ」
「この衣裳……もう少し、どうにかならなかったのかい」
「どうにか、とは?」
「僕の趣味じゃあない」
「そうかい? 君の意見も十分尊重したつもりだけど」

 

 リボンズ・アルマークは知能や身体、そして先述のイノベイターとしての能力から見て、普通の人間より遥かに優れている。
 イノベイターのリーダーに収まっているのも、彼らの中では最も力を持っているからに他ならない。
 が、そんな彼にも唯一にして最大の欠点がある。
 それは。

 

「僕としては、次の『パラダイス木星圏』はローラースケートでステージアクションをしたかったんだが」

 

 センスが凄まじく古い、ということである。

 

 普段の会話でも、例えがとにかくジジ臭い彼だが、とにかく趣味のオールドっぷりは半端ではない。
 そんなわけでグループ内での話し合い(テレパシー)の結果、ファッション的には最もまともであろうと思われたリジェネが、ステージ衣裳のデザインと選択、そして演出を担うことになったのだった。
 何しろリボンズときたら、七色のカクテル光線で舞台をライトアップしようとしたり、ステージに登場する時に花道をどっかの柔術道場よろしくトレイン状態で入場しようとしたり、白いTシャツをジーンズにin状態で、ドラム缶やら廃タイヤやらの上で踊ろうとしたりするので、メンバー的にはたまらんもんがあったのだ。
 なお、アレハンドロ・コーナーに任せるという案もあったのだが、それは即座に全員一致で却下された。
 彼に任せると何でもかんでも金ピカになってしまうので。

 

「……次回の課題にするよ」
「何なら次は僕が全てステージ衣裳と演出を決めてもいいけどね」

 

 瞬間、リボンズを除くイノベイター全員が、脳量子派で彼にツッコミをいれていた。
 それはやめてくれ、と。

 

「『形式番号のないエース機』、『なんてったってアクシズ』、『あの娘とデュランダル』、『抱きしめてバルジ砲』、『ギアナ高地で会いましょう』……」

 

 イノベイターたちはステージに戻っていった。
 アレハンドロは取り残されてもなお、陶酔の表情であちこち動き回っている。
 化粧台に片足を乗せてポージングしたり、手を使わずにブリッジしたり、逆立ちのまま楽屋を一周したり。

 

「『サテライトキャノンにはまだ早い』、『君のハートはマリンザク』、『淋しい月光蝶』……ああ、全部歌ってしまうがいい! マイエンジェルたち!」

 

 もう一度言う。
 これでもマネージャーとしては結構な実力を持っている、この男。

 

「アンコールは『キンキラキンでさりげなくなく』だ! 客たちよ見るがいい! 新時代のアイドルの姿を!」

 
 
 

 この日のイノベイターのコンサートは、大成功のうちに終わる。
 そして、彼らは“休養”に入ることになる。
 表向き、は。

 
 
 

 プリベンターとパトリック・コーラサワーはまだ(中略)まだ引っ張ります―――

 

 

【あとがき】
 コンバンハ。
 ここまで続けられているのも皆さんのおかげですサヨウナラ。

 
 

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