二月十四日。
独り者には辛い日である。
チョコなんざ欲しくねーや、食いたければ普通に店で買うからいいもんねふんふーん。
……などと強がっているうちは、永遠に意中の人からは貰えまい。
悔しいことだが。
まあ現在の日本ではイベント化しているが、詳しい由来等はネットで調べればすぐわかる。
なので、ここでは特に説明はすまい。
つうか、行数が稼げるけど、書いてて虚しくなるし。
物凄く。
「はい、あげる!」
「……? あ、その、ええと、これは?」
「……今日、何の日だと思ってるの?」
「はい、ええと、その、二月十四日で、セントバレンタインデーだね」
「なら、そういうことじゃない」
統一政府の首府の、とある公園のさらにとあるベンチ。
天から注ぐ陽光に草花の香りが優しく乗り、冬の終わりが徐々に感じられるこの日、一組のアッツアツやぞなカップルが、バレンタインデーという祝祭を存分に楽しもうとしていた。
「何でそこで戸惑うのよ、沙慈」
「いやあ、何でだろうね。はは、ははは」
「だいたい、付き合い始めてから毎年バレンタインにはチョコをあげてるのに」
「そうだね、うん。ごめんね、ルイス」
沙慈・クロスロードと、ルイス・ハレヴィ。
沙慈はJNNTVの報道アナウンサー、絹江・クロスロードの弟で、現在大学で宇宙工学を専攻している学生である。
ルイス・ハレヴィは富豪ハレヴィ家の一人娘で、沙慈と同じ大学に通っている。
沙慈と絹江がまだ東京で暮らしていた頃、留学生としてルイスが沙慈と同じハイスクールに転入してきて、それ以来の付き合いになる。
統一政府の誕生、絹江のJNN(ちなみに、ジェットニュースネットワークである。ジャパンニュースネットワークではない)本社への異動、ハレヴィ家の首府への引っ越しなどが重なり、無事今日までその愛を育み続けているという次第である。
「はっくしゅん!」
「大丈夫? まだ寒いんだから、コートは必要だよ」
「わかってるよぅ。でも新しく買ったこの服を、沙慈に早く見せたくて」
「いや、その、嬉しいんだけど、風邪をひいたらまずいよ」
ふわりと一陣の風が舞い、二人が座っているベンチを包む。
すっかり雰囲気が春色な二人だが、積極的なルイスに振り回される沙慈、という構図は未だに変わらず、男女の仲というより、男の子と女の子の仲、といった感じが強い。
沙慈は「まだ僕も彼女も若いんだから、ゆっくり進めばいいや」と考えている節があり、ルイスがじれったいモードに入って我儘が加速してしまうことも度々ある。
「早速食べてくれるかな」
「え、ここで?」
「もちろん」
「うーん」
「何よう、問題でもあるの?」
「い、いや、もったいないかなーって思って」
まあ何にせよ、二人なりの恋愛の形であるとは言えるだろう。
どちらかが駆け足ではいけないのだ、こういうのは。
二人三脚でペースを互いに合わせることで、愛という樹木は枝を成長させていくのだから。
「わざわざ手作りでこしらえた身としては、早く食べて欲しいんだけどなー」
「……うん、そうだね。じゃあ、いただくよ」
「ほんと?」
「こんなことで嘘言ってもしょうがないじゃないか」
両親はすでに他界してしまっているが、姉と二人暮らしで生活に問題はなく、夢であるコロニー技師への道を真っ直ぐ進んでいる沙慈。
さらに彼女は金髪美人でお金持ち、トドメにベッタベタのベタボレ。
リアルが充実しているとはこういう人間のことを言うのだろうか。
「うわ、これってチョコレートケーキ?」
「えへへ、頑張ったんだから」
「凄いね。……うーん、凄いんだけど」
「な、何? 何かダメなところでもある?」
「いや、やっぱりここでは食べられないな、って」
「……どうして?」
「切り分けるナイフも無いし、フォークも無い。このままパクついたら形が崩れちゃうよ」
「あ……そうか、そうだね」
「だから、やっぱり後で食べるよ。……僕の家で」
「ね、じゃ、行っていい? 一緒に」
「もちろんだよ、一緒に食べよう。ああ、姐さんが買ってきた良い紅茶の葉があるから……」
うーん、甘酸っぱい。
輝いている青い春、溢れる若さと純粋さ。
「あ、そうだ」
「なあに?」
「刹那が今日仕事が休みだって言ってたから、呼んで……」
「……オホン、オホンオホン」
「……呼ばないで、休ませてあげた方がいいよね、多分疲れてるだろうから。ははは」
危ない、沙慈君危ない。
恋人同士で二人っきりになれる空間に異分子を呼ぶのは、ゼッ○ル粒子いっぱいの部屋で銃火器を使うのと同じ行為である。
性格が穏やかなだけに、お隣さんの刹那に対して色々と気を利かせてしまう沙慈であるが、彼女であるルイスからしてみれば、気を利かせるのはどこまでいっても自分だけにして欲しいのだ。
なお、刹那と沙慈は東京時代もお隣さん同士であった。
そして今でもお隣さんなのだが、ここはあれ、全て話の都合ゆえ(何か久しぶりにこの言葉を使った気がする)。
「じゃ、行こうか。ルイスが風邪をひいちゃう前に」
「もう、馬鹿にしないでよ、ひかないった……はっくしゅん!」
「ほら、また」
「うう……」
沙慈は自分のコートを脱ぐと、ルイスの肩にかけた。
そして、手を取って先に歩きだした。
二人の頭上を、二匹の蝶が、絡み合うように飛んでいった―――
◆ ◆ ◆
「おらあ、もっと食えよ、アラスカ野!」
「いや……もう無理、口の中がドッロドロで」
「根性ねーな」
「根性とかいう問題じゃない……うえっぷい」
さて、所変わってプリベンター本部。
ここも、今日はチョコレート一色だった。
「おい、みつあみおさげ、食ってくれ」
「嫌だよ」
「ならちんちくりん、頼む」
「断る」
「じゃあ前髪……」
「この歳で糖尿病にはなりたくない。拒否させてもらう」
バレンタインデーだから、ではない。
「ぐはあ、どうしろってんだこの量!」
「強運の己を呪え、そんなもん引き当てる方が悪いわ」
パトリック・コーラサワーが『ハロルチョコレート全種類一年分』を懸賞で当てちゃったからである。
事の発端は、さして難しい話ではない。
製菓会社のバレンタインデーのキャンペーンの一環で、そういう懸賞があったのだが、これに何の気無しにコーラサワーが応募しちゃったのが全ての始まりになっている。
応募と言っても、コンビニで適当に飲み物を買った時、店員に「これこれこういう懸賞がありますけど、チャレンジしますかあ」と聞かれて、ハイと答えちゃっただけのことである。
無論、店員も職務上の義務として客全てに同じことを申し出ており、特にコーラサワーを狙ったわけではない。
で、またこういう社会的に特に意味の無いイベントにて大当たりのクジをぶち当てちゃうのがコーラサワーという男だったりするわけで。
「だいたい何で本部に持ってきたんだよ、おかげで狭くなっちまってるじゃねーか」
「いや、だって家には置いておけないしよ」
「カティさんに怒られたみたいですね」
当てたことそのものついては怒られるべきものではないが、それでも家に置いたら邪魔で邪魔で仕方がないのは事実である。
嫁のカティ・マネキンとしても、当てたのか良かったじゃないか、で済ますわけにもいかないのだった。
何しろ全種類一年分である、段ボールで数十箱ときたもんだ。
「しかし、色々な種類があるものだな」
「サワークリーム納豆味、紅生姜カツカレー味、超激辛味噌ラーメン味……本当にチョコレートなのか、これは」
「ゲテモノ系だとしても、普通にカレー味とかラーメン味とかに出来んのか」
「作った人のこだわりじゃないでしょうか」
「おえっぷ、トロサーモン味というから食べたんだが、やはりこれはサーモンでもチョコでもない」
「ワンダフル塩ちゃんこ味、ミラクルワサビ醤油味、マジカル辛子明太子味……ふむ、残念ながら今回は私も興がそそられん。喝ッ」
「やっぱり私、食べたくないわ」
「だよな」
ガンダムパイロット達もヒルデ・シュバイカーも、グラハム・エーカーもジョシュア・エドワーズも、チョコレートが苦手というわけではない。
だが、このように複雑怪奇な味付けをされたチョコレートを食べる気には、とてもとてもなれなかった。
「これ、不良在庫を無理矢理プレゼント品にしただけなんじゃないでしょうか」
「鋭いなカトル、俺も今そう考えていたところだ」
「だが待てデュオ、ならば一人の当選者にではなく、複数の当選者にばら撒いた方が効率が良いはずだ」
「五飛、それはおそらく手間の問題だろう」
「ヒイロの言う通りと、俺は見る。面倒臭かったのだろう、製菓会社も」
「いや、そういう詮索はいいから食べてくれ、ちょっとでも!」
コーラサワー、本気で困り気味。
『意味不明な味だらけの大量の』チョコレートは、さすがの彼も対処出来ないレベルの強敵と言えた。
「一つの鍋に全部ぶちこんで溶かしたらどうだろうか」
「ますます強烈に不味いチョコになるだけだと思いますよ」
「福祉施設に配るという手もあるが、この奇天烈な味では迷惑になるだけだろう」
「なら答は簡単だな」
「そういうことだ、貰った者が全部食べればいい」
容赦の無いガンダムパイロット達。
無理矢理コーラサワーに一部を食わされたジョシュアが首を高速に縦振りして、全力同意の構えを見せている。
グラハムはと言えば、先程も興が乗らぬと宣言した通り、どーでもいい様子。
流石はワンマンアーミー。
「わかったわ、プリベンターの現場リーダーとして、パトリック・コーラサワーに命令します」
「へ?」
「自己責任で処理しなさい。ただし、捨てるとかは無しの方向で」
「そんなあ!?」
独身時代はモテまくりだったコーラサワーだけに、バレンタインデーに大量のチョコレートを貰うこと、食べることには慣れている。
だが、それは皆、「ちゃんとしたチョコレート」だったから、時間をかけつつも全部食べきることが出来たのだ。
「味覚異常になったらどーすんだ!」
「いやあ、味覚くらいの異常ですむかなあ、これ」
「逆に考えろ、デュオ。異常と異常が重なって」
「ますます異常になるだけだと思います、僕は」
「お前らマジで頼む、マトモな味のやつだけでもいいから、本当に食べるの手伝ってくれ!」
バレンタインデーは恋人たちの甘い日。
だが、プリベンターにとっては変人の甘くない日なのであった。
プリベンターとパトリック・コーラサワーの心の旅は続く―――
【あとがき】
沙慈とルイスにやっとちゃんとした出番を用意出来ましたコンバンハ。
多分、刹那を間に挟んでプリベンターに関わってくることになるかと思いまサヨウナラ。