00-W_土曜日氏_56

Last-modified: 2008-12-29 (月) 19:20:46
 

「平和だな」
「ああ、お前が言うと特にそう思うわ」

 

 今日も今日とてプリベンターは平和だった。
 悪人罪人テロリスト、天に消えたか地に潜ったか、ここんところさーっぱりとご無沙汰な毎日である。
 いや、事件は起こってはいるのだが、どれも全て警察でカタがつくレベルのものばかり。
 天下の隠密同心プリベンターがまったく目立たないこの現状は、まぁ世界的に見ればいい傾向には違いない。
 永久ってこともなかろうから、いずれ出番もあるだろうが。

 

「おいみつあみおさげ、キャベツ太郎よっちゃんイカの袋取ってくれよ」
「……取ってやらんこともないけど、一応今は待機中なんだぞ」
「別に規則があるわけじゃなし、菓子のひとつやふたつどーでもいい話だろ」
「菓子の食い過ぎで緊急出動出来ませんでした、なんてことになったら末代までの恥じゃないかねー」

 

 この時代、世界のあらゆる職業は一日の労働時間が決まっている。
 世界労働基準法により、最大八時間勤務内七時間拘束が限度。
 これを破ると違反として雇用者には重い罰則が科せられることになる。
 で、プリベンターだが、政府直属の正規組織である以上、無論この法の傘の中。
 が、ぶっちゃけた話そんなもん遵守してたら世界平和は守れないわけで、
 プリベンターのトップであるレディ・アンのどんぶり勘定、げふんげふん弾力的運用の下、
 表向きは八時間勤務としつつも実質丸一日詰めとかやってたりする。
 まぁ構成メンバーが一般的労働時間というものからかけ離れた前職の持ち主ばかりなので、文句らしい文句も出ないっちゃ出ないのだった。
 せいぜいコーラサワーとアラスカ野がぶーぶーいうくらいで、ええ。

 

          *          *          *

 

「おい、チャンネル替えてくれ。ロッコー・タイガースとナベツーネ・ジャイアンツの試合をパリ・ドームでやってるはずだ」

 

 で、今日は(というか今夜は)毎度お決まりのコンビであるパトリック=コーラサワー氏と、デュオ=マックスウェル氏が本部直勤で一晩待機の身となっているわけだった。

 

「へえ、お前一応フランス人なんだろ。サッカーじゃないのか」
「ん、軍隊じゃレクリエーションの一環でサッカーも野球もやったからな」

 

 この時代、フランスは結構な野球大国。
 欧州では随一と言っていいほどで、その足跡をたどって行くと一人の日本人に行きつく。
「名手」「牛若丸」「取った瞬間投げている」など数々の高い評価を受けた阪神タイガースの名遊撃手・吉○義男。
 フランスのナショナルチームの監督に就き、同国の野球レベルを引き上げた人物である。
 そして今、彼が植えた種は見事大輪の花となり、AEUフランスは野球発祥の地・ユニオンにも負けない野球強豪国となったのだ。
 サッカーの方もサッカーで元気にシャンパンサッカーやっているが。

 

「ほぉ、軍隊で」
「スポーツは訓練でもあるからよ」
「しかし、どーせサボってばっかりだったんだろ?」
「何言ってんだよ、んなことするわけねーだろ」
「ホントかよ」

 

 疑ったところで、デュオはハタと気がついた。
 コーラサワーの性格からして、自分に注目が集まるのは大好きなはず。
 学校のクラスに必ず一人はいる体育になると張りきる目立ちたがり屋、てなところだ。

 

「幼年学校の野球じゃエースで四番、しかも町内のこども会サッカーじゃ10番でストライカーだったんだぞ」
「ああ成る程」

 

 つまりはお山の大将でいられたのもその頃までだった、と。
 デュオは自分の想像が大方当たっていたことに頷いた。
 歳を重ねるにつれ、本当に才能がある奴に上に行かれたというわけだ。
 で、流れて軍隊で彼が自身の拠り所としたのが模擬戦……。

 

「軍隊でもエースで四番でキャプテンだったのか?」
「当たり前だろ」
「ほお、AEUのフランス軍ってのはそんなにヘボ揃い?」
「あん? そりゃ聞き捨てならねーな」

 

 さすがに皮肉に気づいて怒ったか、と思ったデュオだったが、次のコーラサワーの言葉に思わずひっくりかえった。

 
 

「軍隊での野球ってのはなあ、MSに乗ってするんだぞ」

 
 

「……」
「軍隊舐めてんじゃねーぞ、みつあみおさげ」
「……」
「ポニテ博士の作ったMS(ミカンスーツ)じゃなくてモノホンの太陽光エネルギーで動くヤツだ」
「……」

 

 デュオ、しばし呆然。
 普通にやるんじゃなくて、MSを使って行う。
 しかも訓練とレクリエーションを兼ねるという立派な目的をもって。

 

「模擬戦二千回不敗の俺がエースで四番になるのも、ま、当然だな」
「正気か……AEU軍」

 

 デュオとしてはただ呆れるしかない。
 確かにMSは人型である以上、そのままとまではいかないが相当人に近い動きが出来る。
 ロボット開発史をひも解けば、ロボット同士にスポーツを行わせようとした試みがいくらでも湧いて出てくるわけで、その意味で見ればMSでの野球もあながちバカとは。

 

「いや、やっぱバカだろ」
「何がだよ」

 

 イナクトかヘリオンかどっちか知らないが、それが甲子園を何倍かしたグラウンドでがっちゃぞろぞろとベースボール。
 こんなもん、真っ当な思考の持ち主ならまず考えない。
 よしんば考えたとしても実行しない。

 

「今でもハッキリと覚えてるぜ、基地司令部の上を越えていった快心の場外ホームランをよ」
「……」

 

 そりゃ危ないだろ、と最早当たり前過ぎるツッコミをする気も起こらず、デュオは深いため息をついた。
 そしてキャベツ太郎の袋に手を伸ばすと、何個か掴んで口に放りこんだ。

 

「もしかしてユニオンじゃMSでアメフトとかしてたのかね……」

 

 グラハムとアラスカ野に聞いてみたいような聞いてみたくないような。

 

「そして俺の必殺技がえびぞりハイジャンプ大回転消える黒いジャイロ魔球で、これを打てた奴は未だかつて」

 

 得意満面で喋りまくるコーラサワーを横に置き、微妙な気持ちになるデュオなのだった。

 
 

 プリベンターとパトリック=コーラサワーの心の旅は続く―――

 

 

【あとがき】
 コンバンハ。
 毎日暑いですねサヨウナラ。

 
 

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