「海だ」
「ああ、海だな」
とある歌唄いが言いました、体が夏になる、と。
夏と言えば海、海と言えば差しこむ陽光に白い砂浜、弾けるボディ、吹き飛ぶスイカ、跳ねるフナムシ、カゲキでサイコー……のはずなのだが。
「誰もいないな」
「そりゃそうだろ」
今、プリベンターご一行はとある海岸へと来ていた。
地形といい波の穏やかさといい、ここいら一帯では遊ぶのに最適として有名は場所である。
で、時期も時期だけに客でパラソル大行列かと思えばさにあらず。
「海の家も閉まってやがら」
「これはまったくの貸切状態ですね」
「ま、貸切でも遊べるわけじゃないけどな」
無論、閑古鳥なのには理由がある。
で、ここで突然だが、皆さんは『ジョーズ』という映画をご存じだろうか?
世界的監督ステ○ーブン=スピル○ーグが作った映画で、巨大なサメという人の意思が絡まぬ“怪物”に襲われる恐怖を描いたパニック&ホラー映画の代表的作品である。
幼き頃テレビ映画番組でこれを見て、家族で海水浴に行ったはいいが、「サメがいつの間にか近くにいるかも」と怯えてなかなか海に入れなかった思いをした人もいるかもしれない。
ちなみに言っとくと、このトラウマに近い思いをガキンチョに与えた代名詞的なものは多分『はだしのゲン』だろう。
空から不意に核爆弾が降ってくるかも、という怖さは自分の周囲しか世界を知らない小学生にとっては笑い事ではなかったのだ。
夏休みの登校日にこれのアニメを体育館で見せられた折には、怖がりの子供にとってはそりゃもうたまらんものがあった(なお、当時の登校日の映画の双璧はこれと『対馬丸』だった)。
話が逸れた。
で、ここの海岸にもおっきなサメが現れたかと言うと、実はそうじゃなかったり。
「そいでよ、何処にいるんだ? その巨大なカツオノエボシってのはよ」
「たくさんってことじゃなくて、一体だけってことだよな」
そう、ここの海岸は巨大カツオノエボシの襲来を受けて客が来なくなったのだった。
* * *
さて。
襲来と書くと何だかウ○トラマンめいてくるが、まぁそうではない。
事の始まりは先月末の海開きまでさかのぼる。
何しろ人気の海水浴場、我先にと物好きどもが開かれた海へと突撃かましていったわけだが、そこに突如現れたのが、さっきコーラさんが口にした巨大カツオノエボシだったという次第。
形がエグい上に毒持ちクラゲ、そのうえ大きいときたら、そりゃ客もサンダル履いて逃げ出すてなもんである。
「巨大たってどれくらいなんだ?」
「目撃談によると5、6メートルとか」
「? 浮き袋が?」
カツオノエボシ、英名・Portuguese Man o' War(ポルトガルの軍船)。
実はひとつの個体ではなく軍隊、もとい群体なんだとか。
プカプカ浮いてる浮き袋はだいたい10数㎝だが、触手の長さは平均で8~10m、長いのになると何と40mから50mになるというからなかなかビックリ動物である。
「なんだか本当に怪獣みたいだな、オイ。突然変異か?」
「突然変異的な人間に突然変異と言われちゃクラゲもおしまいだな」
「……なんだかすごくバカにされてる気がするな」
「バカにしてんだよ」
はてどんとやら、最近暇なプリベンター。
いったいこの海水浴場の管理者(一応政府のお役人らしい。人生色々)とレディ・アンとにどんな繋がりがあるのかはさておき、とにもかくにもレディから命令を受け、えんやこらさとプリベンターはクラゲ退治にやってきたのだった。
メンバーは現場指揮官のサリィ=ポォを始め、パトリック=コーラサワー、グラハム=エーカー、アラスカ野ジョシュア、デュオ=マックスウェル、カトル=ラバーバ=ウィナー、ヒルデ=シュバイカーの面々。
本部居残りは張五飛、ヒイロ=ユイ、トロワ=バートンで、本来なら連絡兼雑用係のヒルデも本部組のはずなのだが、この件に限ってはサリィに無理を言ってくっついてきた。
どうやら事件解決後にビーチで役得っぽく夏を楽しむつもりらしいが、さてわざわざ準備してきた水着を着る余裕があるかどうか。
「よし! 聞くがいい諸君!」
「おわ、何だナルハム野郎?」
で、そんなヒルデの企みの斜め上、既に水着に着替えている奴が一人。
変態仮面、げふんげふん、走りだしたら止まらない環八爆走ミッドナイト、グラハム=エーカー氏である。
「何やってんだお前」
「ふふふ、私はもう既に準備万端だ」
「いや、何の準備?」
グラハム、ぴっちり具合が何とも怪しいブーメランパンツを装着済み。
元軍人だけあってさすがに体躯は均整のとれたものであるが、醸し出す雰囲気が実に微妙なのはさて何故だろうか。
「はっはっは、そしてこの俺も用意は完璧だ」
「アラスカ野!?」
ジョシュアだが、こちらは体を覆う競泳タイプの水着。
見栄っ張りな彼だけに、もしかしたら○ピード社製かもしれない。
「このグラハム=エーカー! 人々を脅かすクラゲを決して許すことは出来ん!」
「……ん、だから皆で来たんだけどね」
太陽の下、半裸で見得を切るグラハムに対し、リーダーのサリィはどことなく冷めた感じ。
おそらく彼女にはこの後の展開がある程度読めているのだろう。
で、止めても無駄ともわかっているからこそのこの態度なのかもしれない。
「ただちに海中に突貫! 巨大カツオノエボシの正体を見極め退治してくれる!」
「なんの隊長に負けてなるものか! このジョシュアもたまにはいいとこを見せてやる!」
グラハムとジョシュア、額に汗を滲ませつつ不敵な笑み。
これが揃ってエースだってんだから、MSWADはかわいそうな組織だったんか?
「ではいざ! とうっ!」
「はいやーっ!」
ざっぱーん、ざばざばざばざばざ。
カー○=ルイスのようなフォームで波に向かって走っていくと、二人ともそのまま海中へ。
砂浜に残る足跡の歩幅が大きく開いているのが彼らの意気ごみを感じさせる。
「なぁサリィ」
「なあに?」
「止めないのか?」
「デュオ、あなたが止めてくれる?」
「遠慮するわ、カトルかヒルデ頼む」
「え、ぼ、僕ですか? うーん……お二人のやる気に水はさせません」
「私はイヤだからね」
譲り合う面々。
麗しい友情と言うべきか否か、はてさて。
「おいおい、行っちまいやがった」
で、我らがコーラサワーさんはというと。
「準備体操はきちんとしねーといけねーんだぞ。心臓麻痺になったらどうする」
「……似合わずマトモな発言だな」
「なんだって準備は必要だろうが、模擬戦だってそーだろ」
止める止めない以前の問題なのだった。
プリベンターとパトリック=コーラサワーの海物語は続く―――
【あとがき】
コンバンハ。
海より温泉入りたいサヨウナラ。