悪い奴程よく眠り、よく食い、よく飲み、よく遊ぶという。
悪人イコール享楽的と捉えるには短絡的に過ぎるかもしれないが、少なくとも悪さをするだけにバイタリティはあるということだろう。
「ぱは、ぁ……うーい」
で、この世界で悪人と言えば誰でしょう?
まぁ問題にもなりませんな、そうですあの人です。
PMCのちょっかいかけ、別名ゲイリー・ビアッジまたはひろし、中年ファイターのアリー・アル・サーシェス氏でござります。
「うーい、ひっく」
世界に一応の平和が訪れてからというもの、傭兵稼業は干上がったダム状態でまったくの頭打ち。
何となく一匹狼タイプに思えるが、彼も立派に部下を持つ身であり、はいそうですかと簡単に隠遁するわけにもいかないのが辛いところか。
やれ西で誘拐身代金要求、東で遺跡盗掘、北で密輸、南で盗品売買と、テレビで刹那のトラウマにまでなった存在感はいったい何処へいったのやら、とにかくせせこいシノギをこなさにゃならん日々。
戦いそのものが趣味である彼にとっては不本意ではあったが、生きてくためには望まぬ仕事でも何かやらなきゃならないのだ。
そこで“真っ当な仕事で稼ぐ”という選択肢をチョイスしないのは、とりあえずは悪人の面目躍如であっぱれと褒めてやるべきなのかもしれない。
「へっ……ん、んー」
指揮卓の上に両足を投げ出すと、アリーはコップにウイスキーを注ぎ、ストレートのまま一気に飲み干した。
こういった仕草はやはり悪人らしく、なかなかサマになっている。
テーブルの上のツマミが駄菓子の酢漬けイカと『甘○むいちゃいました』なのがちょっと残念ポイントではあるが。
「お頭! どうします?」
「今日の予定量は獲れた、とっととひき返せ」
「うっす!」
で、今彼とその一党が何をしているかというと。
「フン……爆釣状態だな。ボロいもんだぜ」
そう、密漁なのだった。
何故彼がここでこんなことをしているのか。
それを説明するには時を一か月程遡らねばならない。
当時、アリーと部下たちはかなりフトコロ具合が厳しい状態だった。
小口の悪さでゼニを儲けても、所謂利益そのものは少ない。
で、たまーに大きなイタズラをすると必ずと言っていい具合にプリベンターに邪魔される。
先々を見据えてそろそろドカッと火星どかない、じゃない稼いどかないと先細りの尻すぼみで衰弱死しか道がない。
そこでアリーが打った手というのが、海産物の密漁という次第。
この時代、自然界保護と収穫量安定のために漁業はその上限が定められており、また魚介類の食品としての価値は大きく変動することがない、というところにアリーは着目した。
つまり、モノさえあれば確実に収益が見込めるというわけなのだった。
一旦決めると彼の行動は素早かった。
裏の売買ルートと連絡を取ると契約を交わし、所有していた潜水艦をクラゲ型に偽装、さらに漁業用の特殊アームも装着させた。
そしてプリベンターに邪魔されないように遥か極東の島国のとある海産物豊富な海辺をターゲットに絞り、巨大カツオノエボシ騒動を起こして付近から海水浴客と漁師を一掃、誰もいなくなった海で堂々と魚やら貝やら海老やら蟹やらを乱獲しまくりんぐウッハーウハウハ……。
とまあこれが彼の計画で、実際ここまでは結構上手く事が進んでいる。
が、何の因果かここいら一帯の海岸を管理している役人がレディ・アンの旧知で、せっかく避けたはずのプリベンターがまた近くに寄ってきてたりするわけだが、今の時点では彼も神ならぬ身、まだそのことを知らないのであった。
* * *
さてさて。
アリーがプリベンターがしゃしゃり出てきているのを知らないように、プリベンターもまた事件の犯人があの靴下臭い臭い野郎アリー・アル・サーシェスであることを探知出来ていない。
そもそも巨大カツオノエボシが作りモノであることすら情報不足で知り得てないわけだが、こ―いう時に野生のカンを発動させて切り込み口を作るのが我らがコーラサワーさんだったりする。
世界にはまったく影響を与えないが、それでも世界から愛される男コーラさん。
彼の背後にくっついている幸運の女神はさぞかし大盤振る舞いが大好きに違いない。
常人なら何度死んでるかわからない逆境でも、何しろカスリ傷一つ負ってないわけだから。
外宇宙に流されそうになるという究極の絶望的状況において、
たまたま近くを通りかかったMS(しかも敵だ)に蹴られて地球方向へと戻される。
この一文がどれだけ有り得ない内容か、皆さんよーっく考えてもらいたい。
幸運なんてレベルじゃねーぞゴルァ、と競馬場でギャンブルオヤジが外れ三連単馬券を放り投げつつ暴れ出してもおかしくないだろう。
「しかし、どうやって見つけ出したらいいものやら」
「やっぱり向こうから出てきてもらうのを待つしかないんでしょうか?」
デュオ・マックスウェルとカトル・ラバーバ・ウィナーはともにヤシガニ、じゃない焼きガニを突きつつ呟いた。
デュオは男らしく身にかぶりつき、カトルは育ちの良さを証明するように箸でほぐしつつ食べている。
「ここ一帯にしか現れない、というのも不思議だわね」
「何か理由があるのかな?」
サリィとヒルデはカニを一旦横に置きつつ、お刺身を口へと運んでいる。
流石は良漁場の近くとあって、カニだけでなく魚も新鮮なものばかり。
「だから、魔法使いに土地縛りの呪いをかけられた美女なんじゃねーの、正体は」
「もういい加減そんなファンタジーな考えは捨てろよ」
コーラさん、ひたすらカニにむしゃぶりついている。
茹でカニに吸いつき、カニミソを啜り、カニ雑炊を喉に流し込む。
遠慮のエの字もないその食いっぷりは、成る程オンナスキーな彼らしいっちゃらしいのかもしれない。
いや実際、側にゲイシャの一人もいない夕食なので、食べることに専念している雰囲気はあるが。
この場になってもサリィとヒルデに手を出そうとしないのは、まぁぶっちゃけキャラクターデザインが違うから食指が動かないのだとでも解釈してもらえれば幸いである。
「目撃者に話は聞いたんだろ? モグモグ」
「ああ、お前がクーラーの効いたこの部屋でカニ食ってる時に聞いて回ったよ」
トゲのある視線をコーラサワーに突き刺すデュオだが、
彼にしてはやや皮肉が弱い。
今後の具体的対応策がハッキリしていないことが、やや彼の舌の回りを鈍くさせているのかもしれなかった。
「被害者は? もぐもぐ」
「被害者?」
「もぐもぐ、いやだって相手はカツオガエロイなんだろ、毒クラゲなんだろ? 刺された奴がいるんじゃねーの?」
「カツオノエボシな。いやそりゃいるだろ、刺された奴は」
デュオは箸を皿の上に置くと(もうお腹いっぱいらしい)、サリィの方を向いた。
被害者についてサリィの口から何か語られるだろう、という期待込みの眼差しだった。
が、それはあっさりぽんと裏切られた。
「それがね、いないのよ」
「え?」
「巨大カツオノエボシに刺された人、いないみたいなのよ」
カツオノエボシの触手は、以前も解説したが長いのになるとそれこそ40mを越す長さになる。
普通の大きさのカツオノエボシでそれくらいなのだから、巨大怪物カツオノエボシになるとそれこそ100mを越えてもおかしくない。
「でも、目撃者がたくさんいるってことはそれなりに海岸に近い距離に現れたんだよな」
「それで、刺された人がいないなんて」
「ハッキリした写真もないんですよね、一瞬しか出てこなかったとかで」
「……?」
瞬間、コーラを除く四人の頭の中で電球がピコーンと点灯した。
今までの流れと情報を組み合わせて導き出される答、それは。
「巨大クラゲは本当はクラゲじゃない……?」
今、この海辺は客がまったくいない。
それは巨大カツオノエボシが現れたからだが、見方を変えれば、客をいなくさせるためにカツオノエボシが現れたとも考えられる。
「サリィさん、もしかして」
「……ええ、もしかすると裏があるかもしれないわね、これは」
食事モードから一転、世界平和を守るプリベンターモードに切り替わる四人。
そんな彼らに発想の転換を(結果的に)促したコーラさんは。
「うめー、やっぱりカニはうめーな」
ひたすら食事モードのままだった。
カニカニカニイィィ。
プリベンターとパトリック・コーラサワーの心の旅は続くカニ―――
【あとがき】
コンバンハ。
ではネクストカニは次スレでサヨウナラ。