00-W_土曜日氏_63

Last-modified: 2009-01-27 (火) 20:47:46
 

 極東の某島国の某海辺で発生した巨大カツオノエボシ襲来事件。
 何やかやでそれの解決に駆り出されたプリベンターであったが、当初は皆目見当がつかなかったこの事件も、とうとう大きな進展を見せた。
 コーラサワーの何気ない発言にヒントを得たサリィ・ポォが、物量による絨毯爆撃作戦に打って出たのだ。
 海洋警備隊と連携を取り、周辺海域を徹底的に捜索、そしてその結果。

 
 

「ボスゥー! こちらの位置を完全に探知されましたああ!」
「ざけんじゃねーぞチキショー! まだ稼ぎ足りねーってのによおお!」

 
 

 複数の潜水艦による絨毯爆撃式捜査開始から二日、とうとう『謎の巨大カツオノエボシ』の捕捉に成功したのだった。

 

          *          *          *

 

「くそったれめ、まさかこんなに早く感づかれるとはな!」
「ボス、どうします?」
「どうしますもクソもねーだろ、沖に向かって一直線全速力だ! 逃げきるぞ!」

 

 今回の騒動の主犯、アリー・アル・サーシェスは艦長卓の上のウイスキー瓶を裏拳で張り飛ばした。
 哀れなウイスキー瓶は床とダイビングキスをかまし、ガチャンという音とともに割れ散った。
 わずかに残っていた中身が周りの床に跳ね、濡らしていく。

 

「あと最低でも一か月はここで荒稼ぎするつもりだったのによォ、クソッ!」

 

 苛立つアリー。
 当初の予定まで計画を進められなかったことに対する怒りももちろんあるが、さらにもう一つご立腹の理由が存在する。
 まぁそれはまた後程説明しよう。

 

「ここで捕まるわけにいかねーってんだ! まだ改造費のローンを全額返してねーんだよ!」

 

 アリー、貧乏臭さが板についてていと悲し。
 まぁ部下を率いている以上、彼らの給料まで面倒みなきゃならんわけで、プリベンターの下っ端メンバーとして好き放題やってるコーラさんとは立場が違う。
 サラリーマンとはまた異なる悲哀が彼の背中にはあるのだ。

 

「どうだ!? 振り切れそうか?」
「ギリギリです、ボス!」
「ギリでも何でも逃げきりゃこっちの勝ちだ、フルパワーでカっとばせバ○スだ!」
「了解です!」

 

 自然保護と漁獲量安定の為に規定以上の商業的漁業が禁止されている現在、天然の魚介類の価値は常に一定で変動がない。
 これにアリーが目をつけ、考えだしたのが堂々と密漁するという作戦だった。
 巨大カツオノエボシ(偽装潜水艦)で海水浴客や漁船を驚かして海辺から駆逐し、無人となった周辺の海で海産物を乱獲、それを裏のルートで売る。
 実際ここまでは上手く事が運んでいたものの、さてさて悪事は続かぬものか。
 いずれはバレるとアリーも思っていたが、まさかこんなに早くとは彼も予想はしていなかった。
 これはアリーがマヌケというよりも、目撃者はたくさんいるが刺された者がいないという『おかしな点』に気づいたコーラさんを褒めるべきであろう。
 まぁ気づいたって言ってもコーラさんは思ったことを素直に口に出しただけだが。

 

「いいか、あと三十分で安全圏まで行け」
「さ、三十分ですか? キツイですよボス!」
「うるせぇ、行けったら行け!」
「は、はいぃ」
「あと三十分で『冬のドナタ』が始まっちまうんだよぉおぉ!」

 

 はい、これが彼がイラついているもう一つの理由である。
 そいで、『冬のドナタ』とは何か。
 答は簡単、今全世界の奥さま方の間で流行っている極東某国の連続ドラマのこと。
 あまりにベタな設定とあまりにベタな恋愛劇っぷりが受け、『冬ドナ旋風』を巻き起こしているのだ。

 

「今日はお前、チュルさんの正体がマジンにバレる回なんだぞ!」

 

 チュルさんとはこのドラマの主人公で、天才的なラーメン作りの腕を持っている男。
 本当の名前はナニヨンというが、とある事故で記憶喪失になっており本名を含め過去のことは何も覚えていない。
 そしてマジンとはそんな彼を愛する女性で、狙った獲物は逃がさないことから『魔神』と呼ばれるヒロインである。
 この二人が冬のツンドラ地帯で織りなすつかず離れずの恋愛がドラマの主軸となっている。

 

「マジンが聞くんだよ、『あなたドナタ? まさかナニヨン? 何なのよん?』ってな!」

 

 冬ドナ、まったくバカバカしいが逆にこのバカバカしさがヒットの要因かもしれない。
 何しろ悪さ大好きな傭兵の心すら掴んじゃうんだから。
 なお、冬ドナは『春夏秋冬シリーズ』の中の一作で、他に『秋のどうするわ』『夏の氷』『春のワルいやつ』がある。

 

「これを見逃したら一生後悔もんなんだよぉ!」

 

 録画しとけ、というツッコミはさすがに部下の誰も口にしない。
 多分ナマ派なんでしょうアリーは、色々と。

 

「後方の潜水艦、形状からして海洋警備隊のRX-伊78型とMS-伊06型です!」
「白いヤツと海猿か、フン、いっちょまえに脚の速いフネを出してきやがったとはな」

 

 RX-伊78型は通称『白いヤツ』といい、その呼び名の通り船体が真白に塗られている。
 最新鋭技術が投入されており、速力をはじめ全ての機能が従来のものより数段優れている海洋警備隊の主力潜水艦である。
 MS-伊06型は通称『海猿』、その格好がどことなくゴリラを連想させるゴツさなのでそう呼ばれている。
 RX-伊78型の一世代前のトップ艦で、新鋭の伊78型が配備された今でもその脚の速さを買われて使われ続けている。
 ちなみにこのもう一つ前の主力艦はMS-伊05型で、こちらは『猿』、もしくは『旧猿』が通り名になっている。
 『海猿』が登場した時、よく比較されて「猿とは違うのだよ猿とは!」と言われたりしていた。
 海猿も旧猿も緑がベースカラーだが、赤く塗ったからと言って三倍速く動けるわけではないのであしからず。

 

「海猿は問題ねぇが……白いヤツはいくついる?」
「二隻です!」
「なら回り込まれない限り大丈夫だな?」
「最高速力なら僅かにこっちが上です!」
「よし! 深度に気をつけて全力で突破だ!」
「おっす!」
「へっ! 俺を捕まえたけりゃあと十隻は用意するこったな!」

 

 逃げきれる確信を得て、アリー思わず悪い笑いを漏らす。
 が、これは彼にしては早すぎる勝利宣言だった。
『冬ドナ』見たさにやや思考が鈍っていたのかもしれない。
 後ろに気を取られるあまり、前方に対する注意が甘くなっていたことに彼は気づかなかった。
 そう、『白いヤツ』も『海猿』もただ追いかけているだけではなかったのだ。
 彼の乗る巨大カツオノエボシ潜水艦を、追いかけているのではなく、追いこんでいたのだ、ある方向へと。
 そしてその先には……

 
 

「デュオ! カトル! 五飛! 準備はいい?」
「いつでもオッケーだぜ」
「問題ありません」
「やっと出番だな」

 

 ガンダムパイロットが海洋警備隊巡視艇の上で出撃を今や遅しと待ち構えていた。
 水中仕様になったMS(ミカンスーツ)に乗って。
「凄いスピードでこちらに向かってきているわ、手筈通りに進めるわよ!」

 

 巨大カツオノエボシが近づいてきたら、その進行方向に対して巡視船が動き、海中用のネット弾を海底方面に撃ち込む。
 それにかかれば一発捕獲、かからずとも巨大カツオノエボシが速度を落としたり舵を変えたりしている間にMS(ミカンスーツ)が直接接近して押さえる。
 それでも逃げたとしても、後方から追い込んでいる海洋警備隊潜水艦部隊が逃げ場のないように周辺海域を確保する。
 またまたさらに突破されても、巡視艇とMS(ミカンスーツ)が先へ先へと回り込む。
 これの繰り返しで確実に巨大カツオノエボシを捕える、というのがサリィの立てた作戦だった。

 

「海洋警備隊の潜水艦のスピードに負けない速さ、この時点でもう相手は“イキモノ”じゃないわ」
「容赦しなくていいってことだな」

 

 パシン、とデュオは手を打ち合わせた。
 活劇が近づいているのだ、自然と気持ちも高まってくるというもの。

 

「ところでサリィさん」
「なあに、カトル?」
「あの二人、本当にいいんですか?」

 

 カトルのいうあの二人とは誰か。
 説明すんのもバカらしいが、はい皆さんご存じのあの二人のことである。

 

「いいのよ」
「はあ……」
「嘘も方便よ」

 

 今回の作戦、我らがパトリック・コーラサワーとグラハム・エーカーの両名が加わっていない。
 いや、正確に言うと『加わっているが加わっていない』。
 それはつまり。

 
 

「はーっはっはっは! さぁ来い巨大カツレツエボリューション! このスペシャル様がぎったんぎったんにしてやらぁ!」
「天上天下色即是空、グラハム・エーカーが毘沙門天の如き苛烈さで仕留めてやろう!」

 
 

 『空中仕様』のMS(ミカンスーツ)に乗って、巡視艇の格納庫で二人は待機していた。
 サリィは作戦について二人にこう説明した。
 もしかしたら巨大クラゲは空を飛ぶかもしれない、そうなったら切り札の貴方達の出番よ、と。

 

「空でクラゲ退治か、データ取ったら今度模擬戦プログラムに追加しとこう」
「まずは上段から斬りつけるのがいいか、それとも牽制のために左右に回り込むか、ううむ」

 

 サリィ、身内の邪魔者排除に大嘘コキコキ
 普通に考えたら相手が本物のクラゲであってもそうでなくても、トビウオじゃないんだから海から空に飛翔するわけない。
 そして『切り札』という言葉に騙されて、両人とも巨大カツオノエボシが海から飛び出てくることを全然疑ってはいないです。
 ここまでストレートにバカだともの凄く気持ちがいいが、さすがにもうちょっと疑問に思えよなとデュオでなくとも突っ込みたくなりますな。

 

 ほんとにバカって格好いいや。

 
 

「あと十五分で冬ドナが始まっちまう! 急げ!」
「あと十五分足らずで接触よ! 各自出撃準備!」
「来やがれ巨大カッパイボジ! 模擬戦二千回負けなし! スペシャルの! パトリック・コーラサワーが待ってるぜぇ!」

 

 巨大カツオノエボシ騒動は、ついに決着の時を迎えるのであった。
 それぞれの思惑をぐっちょんぐっちょんに絡めて。

 
 

 プリベンターとパトリック・コーラサワーの心の旅は続く―――

 

 

【あとがき】
 コンバンハ。
 次回について一言、「そ、空を飛んだ―!?」でサヨウナラ。

 
 

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