00-W_土曜日氏_78

Last-modified: 2009-03-11 (水) 19:22:18
 

「と、言うわけでだ」
「なあ、正直その台詞、何回目だ?」
「数えていないのでわかりませんね、でも相当なものかと」

 

 プリベンターは今日も暇だった。
 昨日も一昨日も暇だった。
 一週間前も暇だった。
 二週間前も暇だった。
 三週間前も暇だった。
 四週間前も暇だった。
 五週間前も暇だった。
 六週間前も暇だった。
 一万年と二千年前から暇だったかもしれない。

 

 なに、仕事がないのを嘆くことはない。
 プリベンターの暇は世界の平和の証明だから。
 いやね、しかしまさかのマリーですよ。
 いずれ復活か融合イベントはあると思ってましたけど、まさかそれを一話分でやってしまうとは。
 個人的にはいささか拙速に過ぎる展開かとも思いましたが、まぁあれですもんね。
 あの監督と脚本家ですし、二期もまだまだ話数が残ってるし、絶対何かありますって。
 早く生った果実はそれだけ落ちるのも早いんです。
 うん、でね、何が言いたいかって言うとね、コーラさんはまだこれから実が生るから大丈夫ってこと。
 じっくり育ってじっくり収穫を待つのですよ。
 何かね、次回の予告に新橋色のMSがあったけど、釣られクマーですよ。
 ええ、ホントに。

 
 

 雨が降ったら傘をさす
 つらい話は胸をさす
 男三十歳過ぎ 出番なす
 魔がさす (性的な意味で)棹さす アクティブサス
 軍の連中は後ろ指をさす
 出られぬ展開に とどめさす

 
 

 もう必○のオープニングネタも尽きてきたな、と。

 

   ◆   ◆   ◆

 

「と、言うわけでだ」
「何が言うわけなんだよ」
「いや、だってよ……」

 

 プリベンターは現在目立った仕事が無い。
 彼らの仕事が派手になる時、それは世界の危機であるからして、暇であるのはおおいに喜ばしいことである。
 いや、もちろん細かい業務は色々とこなしてはいるんだけれども。

 

「何で俺がアイツにお茶を持っていかなきゃならないんだよ」
「仕方ないだろう、ジャンケンに負けたんだから」

 

 パトリック・コーラサワーの両手には、熱いお茶の入った湯呑み茶碗が置かれた盆がある。
 何だか凄くマヌケな図だが、これは仕方がないことなのだ。
 来客があった際、もちろん礼儀として茶を出すことにプリベンターではなっている。
 で、基本その役目は雑役担当のヒルデ・シュバイカーがあたるのだが、彼女も外出していない時がある。

 

「坊ちゃんあたりにやらせればいいだろうがあ」
「グズグズ言うなよ、お前に決まったんだから」

 

 坊ちゃん、というのはカトル・ラバーバ・ウィナーのこと。
 相変わらず他人をきちんとした名前でなかなか呼ばない男である、コーラサワー。

 

「いや、でもよ」
「まだ言うか、ほれ、お茶が冷めるだろうが」

 

 デュオ・マックスウェルに背中を押されて、前に数歩進むコーラサワー。
 しかし、どうにも腰が退けていると言うか、明らかに乗り気ではない。
 こういう役をやらねばならないことに対する不満、それはある。
 だが、それだけが彼のこの態度の理由の全てではない。

 

「苦手なんだよ、アイツ……」

 

 ドアの隙間からパトリック・コーラサワーが指さした先、そこには。

 

「……」

 

 長い銀の髪の美女が、ソファに腰掛けて座っていた。
 目を瞑って。

 

   ◆   ◆   ◆

 

 ソーマ・ピーリス。

 

 新進著しい企業『人類革新重工』の商品開発部部長セルゲイ・スミルノフの秘書を務める女性である。
 色々と重たい過去があるのだが、それをおくびにも出さずにセルゲイのために働く姿は実にいじましいと言える。
 なお、妙齢の女性に対してかなり高い攻性(様々な意味で)を持つコーラサワーだが、彼女だけはどうにも苦手としており、天敵と言っても差支えないであろう。
 まぁマリナ、ミレイナ、ヒルデと職場関係の身近な女性もことごとく相性が良くなさそうなコーラサワーさんではあるのだが。

 

「ええい、模擬戦二千回スペシャル俺様ー!」

 

 バァン、と勢いよくドアを開けて、コーラサワーは応接室に飛び込んだ。
 どう見ても客に茶を出す動作ではないが、ほれ、コーラサワーという人間はこんなもんですから。

 

「おら、茶だ」
「……」
「毒は入ってねーから怪しむんじゃねぇぞ」
「……」
「何だあ? きょとんとしやがって。だから大丈夫だって、ハナクソとか入れてねーから!」
「……」

 

 端から喧嘩腰(でもちょっと退けてる)なコーラサワーさん。
 しかしこれでは座布団垂らしておぶぶどすえと同じ意味に捉えられかねない。
 すなわち「帰れ!」と言ってるのとほとんど同じである、この態度。

 

「……どうも。ありがたくいただくわ」

 

 で、ソーマ・ピーリスならここで「客をもてなすことも知らないのか、程度の低い男だ」と言葉のミサイルを発射していたであろう。
 だがそんなことはしなかった。
 何と微笑みながら茶碗を取り、そっと喉へと流しこんだのだ。

 

「ふぅ……いい茶葉ね、これは」
「ああ、ん?」

 

 訝し顔になるコーラサワー。
 彼の頭の中ではチカチカと不審信号が警戒警報とともに点滅のを開始した。
 おかしい、あのソーマ・ピーリスにしてはおとなしすぎる、と。

 

「おい、銀髪娘」
「はい」
「……お前、本当にあの熊のおっさんの秘書の銀髪娘なのか」
「ええ、そうよ」

 

 これは最近流行りでもない双子の入れ替わりというやつか?
 それとも中国の怪しい泉に落ちて水を浴びる度に性格が変わってしまうのか?
 はたまた23人のビリー・カタギリ、じゃねえやビリー・○リガンというヤツなのか?

 

 頭上に透明のハテナマークを複数浮かべ、ありゃまこりゃまと混乱するパトリック・コーラサワー推定28~33歳。

 

「もっとも、今は貴方の知っているソーマ・ピーリスではないけれど」
「ほへ」
「今の私はマリー・パーファシー。ソーマ・ピーリスの『姉』よ」
「はへぇ」

 

 さぁヤバいです、迷路にハマってきましたよコーラサワーさんの頭は。
 時々神懸かり的な直感で事態の本質にたどりついたりする彼だが、無論いつだってそうではない。
 基本、ややこしく考えるのが苦手なタチなので、俄かに答を出せない問題は不得手なのだ。
 模擬戦で二千回不敗なんて記録を達成出来たのも、本人が単純だった故な部分も大きいであろう。

 

「もともと、私とソーマは双子で産まれてくるはずだったの」
「ひへぇ」
「だけど……私の母にあたる女性は、軍の研究施設にいたのだけれど、そこで色々とあって」
「ふへぇ」
「そして、私は肉体を失い、心だけがソーマの中に移ったということ」

 

 マリー・パーファシーはそこで一端言葉を切ると、茶をコクリと飲んだ。
 事情を説明せねばならないが、さすがに細かく語ることは出来ない。
 非人道的な行為、そして出来るならば振り返りたくない記憶がそこにある。

 

「まあ、そういうわけで、今の私はマリー・パーファシーなの」
「……」

 

 コーラサワー、ポカンと口を開けて呆然状態。
 本来ならナニイットンジャコノコムスメーと食ってかかるところだが、どうやら戦術の神懸かり直感が「こいつの言ってることは本当ですイヤッフ」と理性に告げた様子である。
 やあ、結構便利だねコーラサワー。
 で、呆然なのはドアの外で聞き耳をたてていたガンダムパイロットたちも同じ。
 そりゃなあ、妹の身体に姉の人格が入っています、しかもそれは解離性同一性障害ではなく本当に二人分いるんですなんて、んなもん簡単に信じる人間がいたらきっと新興宗教はきっとウハウハでしょうさ。
 ねえ、おらと一緒にぱらいそさ行くだ。

 

「色々なことがきっかけになって、私はこうしてソーマの『表』に出ることが出来るようになったの」
「げろんちょ」
「ソーマもそれを認めてくれて、どちらが主でどちらが従というわけでもないんだけれど……」
「ぼにゃぱれら」
「このことを知っているのは、たい……じゃない部長と開発部の何人か、そして、マイスター運送の人たちくらいかしら」
「あいぱんぱとおりざろ」
「あらごめんなさい、こんな話ばかりしてしまって。じゃあ、本題に入らせてもらっていいかしら?」
「むましきまんがいらと」

 

 あまりの驚きに言葉がおかしくなっているコーラサワーさんだが、マリーはおかまいなしに話を続ける。
 この辺りのちょっと強引っぽいところは、さすがは姉妹と言うべきなのかどうか、さて。

 

   ◆   ◆   ◆

 

「……と、いうわけでよろしくお願いしたいのだけれど」

 

 本題自体はあっさりとしたものだった。
 ビリー・カタギリ禁制、じゃない謹製の蜜柑エンジンMkⅡの性能試験をぜひ人類革新重工の工場で行って欲しい。
 セルゲイ・スミルノフ開発部部長のその言葉を伝えに来た、それだけだったのだ。

 

「と、言われてもな。今はオデコのサリィもいないし」

 

 ついでに言っとけばやっぱりレディ・アンもいないし。
 彼女の秘書のミレイナ・ヴァスティもいないし。

 

「即答は望んではいないから大丈夫。責任者が戻ってきたら伝えてくれたらいいから」
「お、おう」

 

 さすがに少し、『マリー・パーファシー』にコーラサワーも慣れてきた。
 よくよく見てみれば、若干表情が、特に目元のあたりが『ソーマ・ピーリス』よりも柔らかくなっている感じがある。

 

「しかし、ヤヤコシイもんだな……」
「まったくね」

 

 ソーマならまずしないであろう笑顔を、マリーはコーラサワーに向けた。
 それは実に魅力的であり、もし先にソーマではなくマリーと出会っていたなら、間違いなくコーラサワーは彼女を口説いていたであろう。

 

「それじゃあ失礼させてもらうわ、カタギリ博士にもこちらから依頼をしておくから」
「んー、とりあえず俺はさっきお前が言ったことを伝えりゃいいんだな? レディ・アンに」

 

 そういうこと、と頷き、再び笑ってマリーはソファから立ち上がり、ドアへと歩きだした。
 この時、ドアの外で様子を窺っていたガンダムパイロットたちがザザァと一斉に身を引いたのだが、さすがにそれには気づかないマリーである。

 

「……なあ、銀髪娘」

 

 と、ここでコーラサワーがあることに気づいた。

 

「それだけなら、わざわざここに来ることもなかっただろうが。電話一本で済む話だろ」

 

 ピタ、とマリーの足が止まった。
 確かに、出向いてくる程の要件でもない。
 コーラサワーが言ったように、電話をひとつすればプリベンターにきちんと伝わる話なのだ。

 

「ええ、そうかもね」
「だろ」
「まあ、私がここに来たのにはもちろん理由があって」

 

 くるりと振り向くと、またマリーは笑った。
 が、その笑みは先程のとは違い、どこか悪戯っ子めいたものだった。

 

「パトリック・コーラサワー、貴方を『マリー・パーファシー』として、どんな人間かを改めて見ておきたかったから」
「は?」

 

 モノによっちゃあこれは立派な恋愛フラグな台詞ですが、御心配なく。
 そんなもんこのオバカな物語には欠片も存在しませんので。

 

「記憶を共有しているからわかるんだけれど、ソーマは貴方にとても反感を持っている。一種のライバル心的なものを」
「いや、反感とかそんな生易しいもんじゃねーぞ、明らかにあれは殺意ってんだ」
「ふふ、でもね、ソーマがそんな気持ちを持ってる人間ってほとんどいないの」
「?」
「他にはアレルヤくらい……かしら。とにかく、貴方はソーマに色々と認められているのよ」
「色々って何だよ」
「スミルノフ部長風に言うと、貴方がソーマを成長させてくれたってことになるのかもしれない」

 

 何じゃそら、と今日何度目になるか、不審顔になるコーラサワーさん。
 が、マリーはやっぱりそんなコーラさんの気持ちなぞ無視するかのように、話を続ける。

 

「それとね、最後に」
「最後に?」
「私……『マリー・パーファシー』は『ソーマ・ピーリス』の『表側』に自由に『出入り』が出来るけれど」
「んあ?」
「ソーマはそれが出来ない。ソーマは自らの意思で私と『交代』することは無理なの」
「……」
「ふふふ、じゃあそういうことでソーマ、あんまり派手に暴れちゃだめよ?」
「え?」

 

 マリーは目を一瞬、瞑った。
 そして。

 

「……こ、こ、このお」
「ん? あ?」

 

 次に目を開けた時。

 

「よ、よ、よくも恥ずかしい話を、マリーは、こんな奴に……!」

 

 『マリー・パーファシー』は戻っていた。
 コーラサワーの天敵に。

 

「わ、私は認めてなぞいない! 貴様はたい、じゃない部長に対して無礼過ぎる! だからそれを正すだけだ!」
「い? う? ぎ、銀髪?」

 

 恥ずかしさと怒りでりんごのように顔を赤く染め、ちょっと涙目になっている『ソーマ・ピーリス』に。

 

「ええいっ、そこへなおれー! さっきの話を忘れるくらいに修正してやるっ! ズタボロにしてやるー!」
「な、ちょ、待て、おま、でええええ、や、やるならやってやらぁ!」
「覚悟しろパトリック・コーラサワー! 今日と言う今日は、徹底的に貴様を叩き伏せてやる!」
「出来るもんならやってみやがれ、模擬戦二千回不敗、スペシャルな俺が負けるかってんだよう!」
「どうせ貴様は! 次回も出んくせに! 生意気に!」
「何だとお前! あの予告見なかったのかよ! あの新型、どう考えても俺の色だろうが!」
「ふん! 新型のお披露目を兼ねたアロウズのパーティに、そのデモ機のパイロットとして呼ばれるとでも言うのか!」
「そういうことだよ! 来週から俺のターンが始まるんだよ! イヤッフウ!」
「ならば! どうせ介入されてガンダムに倒されるというオチで決まりだな! このバカ! オタンコナス!」
「バカ言うな! バカ言った方がバカなんだぞ! それにな、そんなまんま第一話なことをするかってんだよ!」
「所詮貴様はお笑い担当だっ! 悔しかったら数分でも画面に映ってみるがいい! てえいっ、ソーマパーンチッ!」
「げぶっ、だ、だから来週こそはだってんだよおおおおっ!」
「ソーマ・キーック! ソーマ・チョーップ! ソーマ・きりもみシューッ! ソーマ・ピープルズエルボーッ!」
「なんじゃあああそりゃあああああああ!」

 

 ソーマ・ピーリスはパトリック・コーラサワーの天敵である。
 なお、天敵に「ライバル」とカナがふられるかどうかは、定かではない。

 
 

 プリベンターとパトリック・コーラサワーの心の旅は続く―――

 

 

【あとがき】
 録画見ましたコンバンハ。
 いやあ、まさか一週でマリーに戻ってセルゲイとバイバイとはあまりの速さにビックラこきましたサヨウナラ。

 
 

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