プリベンター本部事務室、その片隅。
海よりも深く深く沈んでいる男がいた。
その名はヒイロ=ユイ。
左手には花束、右手には拳銃を握り締めたまま、膝を抱きかかえて深く深く沈みこんでいる。
「なあ、あれどうしたん? もともと暗い奴が沈み込んでると余計重っ苦しくてうざいんだけど」
コーラサワーがその光景を見つつ声を潜めて仲間に問う。
常日頃から根の明るい彼にとっては、哀しい事があって落ち込むといったことには縁遠いため、ヒイロの心情を推し量るのは難しいことだった。
「ああ、それはな」
「そいつは俺が説明してやる!」
と、トロワの言葉を遮ってしゃしゃりでたのはデュオだった。
その手に握られているのはミュージックプレイヤーとマイク。いったい何をしようというのか。
デュオはおもむろにプレイヤーのスイッチを入れ、音楽を流し始めた。
曲に合わせてマイクに向かって演説を開始する。
「♪ 『綺麗な星空ね』…それは艶やかな女の溜息。『君の方が綺麗だよ』…それは甘い男の囁き。
夜空を見上げる恋人たち、ありふれた風景。繰り返される恋模様、ほんの些細なこと。
そんな気紛れなひと時を運命だと信じたりして、そんな不確かなものを運命だと信じたりして。
泣いたり、笑ったり、愛したり、憎んだりして。その束の間、遥か過去の光に思いを馳せたりして。
あの星々はもう滅んでしまっているのだろうか? それとも今もまだ滅びに向かって輝き続けているのだろうか?
光年という途方もない尺度の前では人の一生など刹那の幻に過ぎないのかも知れない… ♪」
なにやら怪しげな詩を歌うように語るデュオ。
どうしようもなくノリノリの彼に、流石のコーラサワーも開いた口が塞がらない。
「……」
「……」
「……おい、トロワ」
「なんだ」
「こいつまでいったいどうしちゃったん?」
「どうやら精神的疲労が溜まって壊れたらしいな」
「壊れた?」
「主にお前相手に気を張り続けていることにだ」
「そっか……ってテメエ、さりげなく俺を悪者に仕立ててんなよ!」
「それはさておいて。デュオ、ノッているところ悪いが、それでは話が見えん。手短に話してくれないか」
憤慨するコーラサワーを華麗にスルーし、トロワがデュオにツッコミを入れる。
プリベンター内では常にツッコミ役に徹していたデュオが誰かに突っ込まれるとは、普通ではありえないことだった。
それだけ日頃から抑圧されていた鬱憤が弾けた反動が大きいということだろう。
「えー、これからがいいところなんだから。
♪ ――そんな些細な事。 されど偶然とはいえ、嗚呼…偶然とはいえヒイロは見てしまった。
お揃いの白い服を着て幸せそうに漫才の練習に励む、リリーナお嬢さんと、ドロシー=カタロニアの姿を… ♪」
「……ああ、なんだって?」
「だぁから、リリーナお嬢さんがドロシーと漫才コンビ結成を目指してネタ合わせしてるところを偶然目撃しちまったんだと。
このヒイロが! あの朴念仁のヒイロが! わざわざ花束持ってデートの誘いに向かったってぇのに相手のお嬢さんはこれまでの凛々しくそれでいて清楚なイメージを根底から覆すような行動をしてたんだとさ。
ヒイロも可哀想な奴だよなー」
「別にデートというつもりはない。花束だって、たまたま通りかかった花屋で綺麗なものが売られていて、リリーナに似合いそうだと思ったから買っただけだ」
その台詞だけを聞けば、惚気のように聞こえなくもない。
だがヒイロの形相は、暗い穴の底から這い出た幽霊のように酷く陰鬱なものだった。
と思ったのも束の間、一瞬のうちに目が血走った悪鬼のような凶悪な顔へと変貌する。
「何故よりによって漫才なんだ。
何故、何故だ、何故なんだああああああああああああああああああああッ!」
曰く、リリーナとドロシーはお揃いの白い衣装と、これまたお揃いの鼻眼鏡、
そして見るものを圧倒するほど長大なハリセンでどつき漫才を繰り広げていたという。
ヒイロがショックを受けるのも無理はなかった。
しょうがねえな、とコーラサワーがヒイロの前にしゃがみこみ、肩に手をかけて慰めるように言う。
「落ち込むなよヒイロ! 意中の女がどんなことをやっていようと、笑顔で受け入れてやるのが男ってもんだぜ!」
「……い」
「ん?」
なにやら呟いたらしいが良く聞き取れず、耳をもっと近くへと寄せる。
急激に目の前に火花が散った。
「ガッ……!? い、痛えええッ!」
どうやらヒイロが手にしていた拳銃の銃把で殴られたらしいと気がついたのは、床に仰向けに倒れたついでに
胸を思い切り踏みつけられてからだった。
コーラサワーの胸を右足で踏みにじり、凶悪な視線で一瞥をくれる。
「俺は貴様の頭空っぽの能天気さが気に入らない!」
「お、俺はただ元気付けようとっ!?」
「貴様に慰められるのはかえって侮辱に等しい。しばらく何もしゃべるな、何もするな」
と言いながら、手際よくコーラサワーの手足を拘束し、口にガムテープを張って言葉を封殺する。
そこへ五飛が顔を出した。
「何をしている貴様ら。先程からやかましいぞ」
始めこそうっとうしそうな表情の五飛だったが、拘束されたコーラサワーを見つけると、不意に口元を歪めた。
「なにやら面白そうなことをしているな?」
「俺は楽しくなどない」
「まあ落ち着けヒイロ。すぐにお前も愉快な気分にしてやるさ。トロワ、段ボール箱を適当に見繕って来い。人一人が納まるくらいの大きさのものだ」
やがてトロワが指示されたとおりに段ボール箱を持って戻ってくると、その中に拘束されてもなお暴れるコーラサワーを投げ入れ、ガムテープで封をする。
「おいおい、どうする気だよ五飛」
「こうする」
デュオに問われて五飛は簡潔に答えた。
コーラサワーを詰めた段ボール箱(さっきから内部で暴れているらしく、激しく振動している)に、《マイスター運送便》の送り状をべしりと貼り付ける。
荷主欄は無記名。そして送り先にはこう書いた。
『どこか適当に』
ついでに段ボールそのものにも、油性ペン太軸ででかでかと書きつける。
『だれかおいらを基地まで送っておくれ お土産も持たせてね(はぁと』
「……」
「……」
ヒイロもトロワも絶句する。
かろうじてデュオだけが、どうにか苦言を呈することができた。流石はツッコミ担当と言うべきか。
「……五飛、これはマズイ。いくらなんでもこれはヤバイ」
「そうは思わん。俺は気にしない、貴様らも気にするな」
「んなわけにはいかねえっての!」
などと口論している丁度そこへ、天の使いか悪魔の使いかは不明だが、恐ろしいほどタイミングよく現れた者がいた。
「どうも、マイスター運送です。本日の荷物をお預かり致します」
契約のため毎日訪れる、マイスター運送の宅配便回収者が。
パトリック=コーラサワーの運命や如何に!?
(もしかしたら続くかもしれないし、続かないかもしれない。予定は未定……)
【あとがき】
というわけでおばんです皆様ご機嫌麗しゅう。
Wで一番好きなのは五飛、00では当然コーラサワーです。五飛はそもそも中の人が好きってのもあるけど。
石野竜三氏と吉野裕行氏はなんとなく声が似ている気がするよ。なんとなくだけど。
ちなみに、序盤でデュオがなにやら語っているのはSoundHorizonの『StarDust』って曲です。I am サンホラー
続きは本気で未定。あまり期待されぬが吉。それでは。