00-W_3-199氏_01

Last-modified: 2009-01-02 (金) 20:23:54
 

 それはよくある任務のはずだった。
 三馬鹿をテロ集団のアジトの周囲で暴れさせ敵の目を引き(当然暴れすぎないよう監視付)、その隙に別動隊が内部に侵入・制圧するという珍しくもない任務であった。
 しかし今回はそれだけでは済まなかった。
 アジトの内部に、テロ集団が攫ってきたと思われる乳幼児が大勢いたのだ。
 おそらく将来のテロ要員として教育するつもりだったのだろう。

 

          *          *          *

 

「はい、いい子ね。たっぷり飲むのよ」

 

 サリィは笑みを浮かべながら、腕の中でミルクを飲む赤ちゃんに話しかけた。
 弟妹がいるため乳幼児の扱いに慣れている彼女は、元軍医というより小児科医にのように見える。

 
 

「おっこら待て、まだオムツ替えてないんだからはいずりまわるな。もうちょっとじっとしてろよ」

 

 デュオはおむつを外した途端にハイハイを始めた赤ちゃんに、素早く新しいおむつをはかせた。
 いったいどこで覚えたのか、彼の子守はなかなか手慣れている。

 
 

「可愛いけど、こう人数が多いと大変ね。早く全員両親のところに帰れるといいんだけど」

 

 高い、高~いと赤ちゃんをあやしながらいうヒルデも、親戚の子の子守で赤ちゃんの世話は慣れていた。
 テロ集団のアジトで見つかった子供たちの大半は、すぐ身元が判明し家族が迎えに来たり、遠方の家族のもとへ送られていったが、自分の名前を言えない乳幼児はそうはいかなかった。
 近くの施設で当分世話をしてもらおうにも満員で、彼らが子守りをすることになったのである。

 

「それにしても、普通もう少し育ってからさらわねえかな。なあ」

 

 デュオの問いかけに答える者はいなかった。
 泣き声の大合唱が始まったので。
 サリィ・デュオ・ヒルデの三人は問題なく世話ができていた。
 が、意外な人物もうまく世話ができていた。

 
 

「おお~よしよしエミリー。お前は将来母さんそっくりな美人になるぞ~」

 

 パトリック=コーラサワーは、満面の笑みで赤ちゃんに頬ずりしていた。
 最初は「何でスペシャルな俺様が子守りなんか」と逃げ出そうとしたが、

 

「将来の予行演習だと思えばいいじゃない」
「そうそう。育児に協力しないのって離婚の原因になるしね~」

 

 と労働力を逃がすまいとした女性陣にうまくのせられ、

 

「大佐、おれはあなたとの幸せな家庭のため立派な父親になります!」

 

 と意気込んで世話をしだした。
 正直、赤ちゃんのそばに置くのは危険ではないかとも思ったのだが、
 30人の赤ちゃんの世話をするには人手が足りなかった。

 

「おお~、なんという大佐似のビンタだ、マデリーン。でもまだスナップがきいてないなあ~」

 

 コーラサワーは、ぺちぺちと小さな手で己の顔を叩かれ喜んでいた。
 どうやら彼は、愛しのカティ=マネキン大佐似の女の子が欲しいらしい。
 顔だけでは性別の区別のつかない子は皆、将来の娘として好き勝手な名をつけて扱っていた。
 男の子に見える子は全員『パトリックジュニア』と呼んでいた。

 

「ん~、どうしたセシリア。ミルクか~」

 

 甲斐甲斐しく赤ちゃんの世話をするコーラサワー。
 その姿はお世辞にも頼りになる父・夫ではなく、アブナイお薬で幸せな幻覚を見ている人だった。

 
 

 なかなか眠れずぐずる子を延々と抱っこしながら、部屋中歩き回るジョシュア。
 囁くように子守歌を歌い続けていた甲斐あって、ようやくうとうととし始めた。

 

(意外とずっと抱っこしてると重いもんだなあ。でもまあ可愛いもんだ。手間はかかるけど、妙な騒動を起こすわけでなし、妙な発言をするでもない。妙に冷めきって、大人を小馬鹿にもしない。あぁ、あいつらもこんな時期があったのかなぁ。俺って結構子供好きだったんだな)

 

 彼の場合、ただ単に同僚に恵まれていないだけである。

 
 

 縫いぐるみを抱えて微笑む赤ちゃん。
 別の子が縫いぐるみを取ろうとして取り合いになった。

 

「ほら、ここにもありますよ。仲良くしましょうね」

 

 縫いぐるみを手渡しながら、穏やかな聖母の笑みを浮かべるレディ・アン。
 たまたま近くのプリベンター支部を視察しており、本部に帰る前に様子を見に立ち寄ったのだ。
 そこに一足先に本部に帰った秘書のシーリンからヴィジフォンが入る。

 

『レディ、仕事がたまっていますよ。どうする気です?』
「我々、プリベンターの仕事は紛争を未然に防ぎ、次の世代に少しでも完全平和に近づいた未来を手渡すことだ。その未来を担う子供たちの世話するのも重要な任務と言える」

 

 軍人モードに戻り凛々しく言ったが、ただ子守りをしたいだけである。
 シーリンは無表情に返した。

 

『大統領に提出する書類にそう書くつもりですか?通用しないと思いますけど』

 

 忠告はしましたよ、と言って電話は切れた。
 今度は別の子供たちがおもちゃの取り合いを始め泣きだした。
 子供たちを抱きよせながら彼女は言った。

 

「駄目ですよ、喧嘩をしては。もっとエレガントに遊びましょうね」

 

 それを聞いた面々は「エレガントな赤ちゃんってどんな子だよ?」と思ったが、忙しかったので突っ込むのはやめておいた。

 
 

 と、ここまではスムーズに赤ちゃんの世話が出来ているメンバー。(レディ・アンの本業除く)

 

          *          *          *

 

「はい、もう少しじっとしてて。ん、何?」

 

 優しく声をかけながらおむつを交換するカトル。
 そこに別の赤ちゃんがおもちゃを見せてきた。
 その子に返事をしていると、今度はおむつを交換中の子がぐずり始めた。
 大人に囲まれて育った彼は、赤ちゃんに慣れていない。
 配られたマニュアル通りにするのがやっとである。
 ぐずり始めた子を抱き上げながら「そのおもちゃ好きなの?よかったね」などと声をかけるが、かなり戸惑っている。
 もともと勘が鋭いため、どの子が機嫌悪そうだ・眠そうだとかわかるのだが、どの子を優先するべきかがわからない。

 

(マニュアルには体調が悪いとか、怪我をしたわけじゃなければ、泣いてても少しぐらい放っておいても大丈夫、とあったけど、急な環境な変化で体調を崩す子もいるだろうし、泣かれると自分が泣かしたような気がするし…と、とにかく自分の周囲にいる子の様子にずっと注意していよう)

 

 彼はまあそれなりに何とかやっている。

 
 

 トロワも困惑していた。
 赤ちゃんが自分を見て困ったような顔をしているのだ。
 トロワは精一杯、マニュアル通りに優しく笑顔で声をかけているつもりだが、付き合いの浅い赤ちゃんには
彼の微妙な表情の変化が伝わらないらしい。

 

(……そういえば以前、赤ん坊に接するとき人は声のトーンが上がり、笑顔になる傾向があると何かの本にあったな。だから赤ん坊は無表情な人間には戸惑うのだと。俺は声と表情がほぼ一定らしいから、俺に戸惑うということは、この子の保護者は笑顔で接していたのだな。では俺も真剣に笑顔を作るとしよう)

 

 トロワはまず、口角を上げてみた。
 が、赤ちゃんはやはり困ったような顔をしている。
 この状態が長引けばおそらく泣き出すだろう。

 

(よし、もっと力を入れるとするか)

 

 トロワは全力で顔に力を入れ、口角を上げた。
 すると力が入り過ぎたのか両目が見開いてしまった。
 赤ちゃんの体が強張った。
 まだ足りないか、では、と更に両目を見開き、眉を吊り上げ精一杯笑顔を作るトロワ。
 更に強張る赤ちゃん。

 
 

(腹が減って泣くのはわかる。物にぶつかって泣くのもわかる。目が覚めた時、人の姿が見えなくて寂しくなって泣くのもわかる。だが、何故眠いという理由で泣くのだ?眠たければ静かにしていればいいだろう。頼む、いい加減に寝てくれ、頼む。それにこいつら、何故、こんなにぐにゃぐにゃとやわらかい体をしているんだ。筋肉が一切ないのか?)

 

 五飛も困惑していた。
 小さくてやわらかい赤ちゃんを下手に扱ったら、怪我をさせてしまいそうで怖いのだ。
 おっかなびっくりと仏頂面で接していれば、赤ちゃんも怖がる。

 

「お、おい。のけぞるな。落ちたいのか?何故、頭突きをしてくる、少しはじっとしていろ。騒げば騒ぐほど眠れなくなるぞ、わかっているのか?」

 

 のけぞったかと思えば勢いよくぶつかってくる腕の中の赤ちゃんに言ってみても、わかっているわけがない。
 ただ眠い、怖い、それだけである。

 

(こんなに泣き続けて大丈夫だろうか。一体、どうすればいいんだ……叱ってくれ、ナタク。俺には子守りをする資格がない)

 

 五飛は有無を言わさず、サリィに赤ちゃんを押し付け台所に行き、叫んだ。

 

「俺はこれからミルクの作り置きをする!ついでにお前たちの分も昼食を作る!あと必要なものがあれば
買い物にも行く!洗濯もする!何かあれば言え!」

 

 まぁ、そういう係も必要である。

 
 

 そしてヒイロも上手くいっていなかった。
 彼も五飛同様、赤ちゃんに怪我をさせないかと恐れていた。
 何といっても、腹這いという力の入らない態勢で鉄格子を曲げる腕力の持ち主なのだ。
 鉄格子よりも柔らかい赤ちゃんの体を、うっかり曲げてしまったらどうしようとそれしか考えられない。

 

「おい、壁に頭をぶつけるな。コーラサワーになりたいのか」

 

(何が楽しいのか、背にした壁に頭をぶつけて遊んでいる赤ちゃんに恐る恐る声をかける。目が覚めて泣き出した子、おなかがすいて泣き出した子、だっこをせがむ子。教えてくれ、ゼロ。俺は一体どの子から世話をすればいいんだ……ここにゼロシステムがあれば、どの子から世話をすればいいか分かるのに)

 

 しょうもないことを考えながら、うろたえていた。

 
 

 グラハムも接し方がわからなかった。
 とりあえず何とか眠らせてしまえないものかと思い、ジョシュアに倣い子守唄を歌ってみることにした。

 

「君に子守唄の一つも贈りたいところだが、あいにく私は子守唄に詳しくない。今日のところは私の作った歌で眠ってくれ」

 

 と、自作の『愛ゆえに阿修羅道』を歌い始めた。

 
 

♪君に出会って運命を感じた
 乙女座の私はセンチメンタル
 君とは運命の糸で結ばれていた
 君の存在に心奪われた
 好意を抱くよ
 興味以上の対象だということさ

 

 抱きしめたいな 私は我慢弱い
 この気持ちまさしく愛だろう
 どんな道理も無理でこじあける
 今の私は阿修羅すら凌駕する
 多少、強引でなければ君は
 口説けはしないだろうさ

 

 だが愛を超越すれば
 それは憎しみとなる それでもいい
 そんな風に私を変えたのは
 そうさ君なのだから♪

 
 

「この歌を贈るのは君で二人目だが、眠気を誘う曲ではなかったかな」

 

 熱唱を終え、腕の中で不機嫌そうな赤ちゃんに語りかけるグラハム。
 彼も子守に向かないようである。

 
 

(……演歌? 何故、子守唄に演歌? 演歌でももっとましな曲があるだろ。こんな歌で眠れるわけないだろう!)

 

 誰もがそう思う暗い曲調だった。
 と同時に、なぜグラハムが未だ独身なのか悟った。
 美形の元エリート軍人で現在も公務員。
 育ちも良さそうで、コーラサワーなどよりよほど女性にもてそうに見えるのに、浮いた噂一つない彼。
 外見や職業につられた女性がいても、普段の言動に気持ちが揺らぎ始めたところに決定打のラブソング。
 全員、ほんの少し彼に同情した。

 
 

「おいおい、そんな歌じゃ口説けないぜ。こうもっと相手を褒め称えないと。そんなストーカーみたいな曲じゃ逃げちまう」

 

 女性の扱いには自信のあるコーラサワーは、グラハムに親切心で助言した。

 

「では、君ならどのような歌を贈るのだ?」

 

 以前、彼がこの曲を贈った女性は聴き終えると、目に涙を浮かべながら「ごめんなさい」と言い残し、
走り去って行った。
 そしてそれっきり連絡が取れなくなった。
 演歌好きな彼女に合わせて作った曲だったのに…
 グラハムは悲しい思い出を思い出しながら、不機嫌に聞いてみた。

 

「ん~、そうだなあ。もっと明るいポップな曲調で…自分のアピールしてもいいかもな」

 

 少し考えてからコーラサワーは歌いだした。

 
 

♪俺たちゃプリベンター(fu-fu-)
 世界平和守るぜ 守るぜ
 紛争防止なら
 どこでもいくさ

 

 火種は 消せばいい(fu-fu-)
 悪人は 逮捕 逮捕 逮捕 逮捕
 皆は知らないさ(fu-fu-)
 誰が 平和守っているのか
 プリベンター それが俺達♪

 
 

「おいおい、何歌ってんだよ!そんなの歌われたら、プリベンター全員変人に思われるだろ!」

 

 デュオが突っ込んだが、全員変人というのは間違ってはいない。全員認めていないだけで。

 

「まあまあ最後まで聞け。こんなに世界の平和を願い、日夜戦い続けている熱い組織で働いてますって、名曲だ。プリベンターのテーマソングにしようぜ」
「やめて下さい、恥ずかしすぎます」
「そうよ、プリベンターの名前は出さないでよ」
「俺はそんな組織に属した覚えはない」
「その歌に心惹かれる女性がいると思えないな」
「それ以前の問題だ! いいか、この組織は今は亡きトレーズ様の構想を基に創設されたもの。トレーズ様にはオペラこそが相応しいのだ! そんな下品な曲は認められん!」
「おいおい、テーマソング自体はいいのかよ」

 

 レディ・アンの言葉に思わず突っ込むデュオ。
 その時、数人分の赤ちゃんの泣き声が響いた。
 よちよち歩きの子が、落ちていた積木につまずいて他の子の上に倒れこんだらしい。

 

「積み木…?さっき片づけたはず。気付かなかった…おれのミスだああ!!」

 

 コーラサワーの歌に皆で突っ込んだところに、ヒイロの突然の絶叫。
 ほかの子たちも一斉に泣き出した。

 

「あっ、ごめんね。大声出して。ね、泣きやんで」
「わりぃ、わりぃ。ほら高い、高ーい」
「すまないが、泣きやんでもらえないだろうか。…そうか、好きなだけ泣くといい」

 

(…痛いな、心も顔も。筋肉だけあって表情筋も筋肉痛になるとは、新しい発見だ)

 

 トロワはずっと両目を見開いた全力の笑顔のままだった。

 

「お前たち、何を泣かせている!?」

 

 台所から五飛が顔を出す。
 彼はずっとグラハムの歌にも、コーラサワーの歌にも大声を出してはいけないと我慢していたのだが、鳴き声の大合唱に心配になったのだ。

 

「うっせ~!さっさと逃げ出しやがった癖に!」
「コーラサワー、大きな声出さないで」
「お、…俺は良かれと思って」
「俺の、俺のミスだ…」

 

          *          *          *

 

 それから一週間後、すべての赤ちゃんが無事親元に戻ることができた。
 ヒイロと五飛に小さくて柔らかいものに対する戸惑いと、トロワの顔に張り付いた笑顔を残して。

 
 

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