08_落穂拾い_第01話

Last-modified: 2013-12-23 (月) 16:34:09

第一話 まだ見ぬ明日へ

シローとアイナは家の事を子供達に任せて街へと繰り出した。新しい生活に必要な物を買い揃える為だ。
当座の生活資金は夫婦で話し合い、シローが新車購入の為に貯めておいた預金を当てる事にした。
アイナは申し訳なく思ったが、シローは車より家族の方が大事だと慰めてくれた。
「それにしても母ちゃん、二人で買い物だなんて久しぶりだな」
シローが差し出して来た手をアイナは顔を赤らめつつ握った。
「そうね、此方に来た時はこうやって街を歩いたけれど、すぐにカズミが産まれたものね。十数年振りだと思うわ」
「そうか、そんなに前になるんだな。生活する為に必死だったから毎日があっという間に過ぎて行った気がするよ」
二人は若い頃に戻ったように仲睦まじく手を繋ぎながら街を歩いた。
「ねえ、パパ――シロー。産まれてくる赤ちゃんの名前は考えてある?」
不意打ちでアイナに名前で呼ばれたシローは顔を真っ赤にして咳き込んだ。
「な、名前か。『イツカ』って名前を考えているんだ。」
以前の健診でアマダ家の子供が女の子である事が判っていた。
「イツカちゃんね?素敵な名前だわ」
アイナが塞がっていない方の手で優しくお腹を撫でながら産まれ来る我が子に優しく語り掛けたのを見て、シローは嬉しそうに笑顔を浮かべた。
「いつかきっと子供達に俺達の総てを話せたらなと思うんだ。悲しい事も沢山あったけれど、それを乗り越えたから今がある。子供達にもそれを教えたいんだ。おとぎ話だと思われるかもしれないけれどな」
「あら、あの子達は私が躾けたのよ。誠心誠意を持って話せばちゃんと理解してくれるわ」
苦笑するシローにアイナは優しく微笑んだ。

アイナは純白の厚手の生地のカーテンを選んだ。シローに反対されたがアイナは頑として自分の意見を譲らなかった。
アイナは新しい生活を始めるのに白がふさわしいと思ったのだ。白のカーテンをキャンバスに見立て、自分達の心の色で様々な色を描いて行きたい。そのアイナの熱意にシローは押された。
のみの市を歩きながら二人は食器等の日用雑貨を探した。白地に目が醒めるような空色に縁取られた皿に、すみれの花が可愛らしく描かれた子鉢、色違いの華奢な作りのマグカップを安価で手に入れる事が出来た。
特筆すべきは上等な細工の施された銀食器だった。今では流行らない物だったが、幼い頃にアイナが使っていたものに非常にそっくりだったのだ。
シローはその話を聞き購入する事を即決した。アイナは瞳を輝かせて銀食器を抱き締めた。
質の良い衣服を買い求める為に二人は足を棒にして探し回った。そのおかげて二人は納得の行く物を手に入れる事が出来た。
二人は休憩しようとオープンカフェを訪れた。
「たまにはこういうのもいいな、アイナ」
「そうね、シロー。若い時分に戻ったみたいだわ」
シローはコーヒーとBLTサンドを、アイナはオレンジ・ペコとアップルパイを注文した。
陽だまりのティータイム。のんびりとお茶を飲んで色々な話をした。
「ああ、カズは作業着を詰めなかったろうな」
「また一から買い直せばいいじゃない。そんな些細な事より、砂糖をいくつ入れるが今は大切よ」
落ち込むシローをアイナは優しく慰めた。
シローはコーヒーに一匙入れてスプーンでゆっくり掻き混ぜた。その中に静かにクリームを流し込むとコーヒーカップの中に緩やかにマーブル模様が描かれた。
シローのいつもの飲み方だ。眼と舌で味わうんだと言うシローの言葉にアイナは微笑んだ。
他愛の無い会話。二人きりの楽しい時間を満喫した二人は愛する我が子の待つ我が家へと向かった。
――明日の事は誰にも解らない。だから今を頑張りましょう。
アイナはシローの手を強く握り締めた。

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