第三話「赤い鬼」
「くっ!ヴィーノ!もっと急げないのか!」
「無茶言うなよ、レイっ!こんな状況で何も考えずに真っ直ぐ走ったらこっちが吹っ飛ばされるよ!」
レイ、ヴィーノ、ルナマリアの三人はミネルバへと向けてバギーを飛ばしていた。しかし、非武装でろくな装甲も付いていないただのバギーでは流れ弾に当たろうものなら一撃で蒸発してしまうだろう。それ故に、どうしてもゆっくりと遠回りに走る事にならざるを得なかった。その時、彼らの上空を三機の戦闘機が過ぎる。
「ちょっ!今の「ゲットマシン!シンか!」・・・・ゲ、ゲットマシン?何よそれ。あれの名前って・・・・」
ルナマリアの言葉に割り込む様にレイが叫ぶ。ゲットマシン?何だそれは?あれらの名前は“イーグル”、“ジャガー”、“ベアー”ではなかったのか。
「って言うか!この状況で戦闘機で出たって打ち落とされるだけじゃ!」
「それよりも何で三機で出るのよ!“イーグル”にはシンが乗ってるんだろうけど・・・・後の二機は!」
至極もっともなルナとヴィーノの言葉。しかし・・・・・
「・・・・・ゲットマシンはただの戦闘機じゃない・・・見ろ!」
「見ろって・・・・って、ええええええええええええ!」
「がっ、合体したああああああああああああああああ!」
三人の視線の先、三機のMSの上空で三機の戦闘機がぶつかり合う。三つの戦闘機は一つになり、一つの赤いロボットが大地に降り立つ。
「くっ、だが単独操縦では・・・・・・ヴィーノ!早くバギーを出してくれ!」
唖然とする二人の後ろで苦い顔をするレイ。ようやく再起動をしだす二人。
「わかったけど・・・・・それよりあれいったい何なんだよ!」
「そうよレイ!あれっていったい・・・・」
「あれこそが俺達がテストパイロットをしていた機体・・・・・」
二人の問いに答えるレイ。
「ZGSR-04、ゲッターロボ!」
「くそっ!いったい何なんだよ!コイツは!」
緑色の“ガンダム”タイプ、ZGMF-X24S“カオス”のコックピットでスティング=オークレーは叫んだ。全く本当にコイツは何なのか。最初は情報から漏れた新型のMSかとも思った。だが、よく見ればそのフォルムはMSのものとは大きく異なっていた。赤、黄色、白、緑で構成されたMSよりもはるかにずんぐりとした機体。間接部などは
明らかにMSと構造を異にしている。そして何よりも・・・・
<コイツ・・・・・・コイツ・・・・・・・・>
無線越しに聞こえてくるステラの声にも隠し様の無い“恐れ”がある。それほどまでにこの機体はどこか“邪悪”だった。具体的にどこがといわれれば説明に困るが、この機体を前にしていると、まるで血に飢えた獣を前にしたような恐怖感を覚えるのだ。
「くそっ・・・・たれ・・・・」
いったいどうしてこういうことになるのか。“アーモーリーワン”に潜入し、この“カオス”や“ガイア”、“アビス”を強奪するまではうまくいっていたのだ。それがここにおよんでこんなことに・・・・・・・
「やるしかねぇか・・・・よ。」
スティングは覚悟を決めて、目の前の赤い巨人に向き合った。
(追加兵装は無し、ゲッタービームは強力すぎて使用不可・・・となると・・)
「ゲッタァアアアアアアアトゥマホォオオオオオオオオオクゥウ!」
ゲッターの肩から何か黒いモノが飛び出す。それは瞬時に黒く長い“柄”と、その先端にスパイクのついた鉄球がある。例えるならば旧世紀中世欧州で使われたという打撃武器、モーニングスターだろう。その鉄球部分から、ピンク色のビームの刃が飛び出し、瞬時に斧の形をとった。ゲッタートマホーク、厳密に言えばゲッター“ビーム”トマホークだ。PS装甲の存在するこの世界では純粋な実体攻撃である従来のゲッタートマホークよりも、こちらの方が有利と判断したハヤトの判断で装備されたものだ。ただし、戦術の幅を広げるために通常のゲッタートマホークも装備されてはいた。
「はあああああああああああああっ!」
ゲッタートマホークを両手で構えると、地面を蹴って正面の機体、“ガイア”に飛び掛る。ゲッターのその強力なパワーにより、地面には巨大な足型を残して砕け散る。
“ガイア”は辛うじてその強烈な一撃を飛んで避ける。トマホークの光の刃は地面に突き刺さる。
(くっ、やっぱり動きがにぶい!)
仕留めるまでいかないまでも、今ので腕の一本は“とった”はずだった。しかし結果は空振りだ。動きが鈍い。馬力自体はMSとは比べ物にならないくらい強い故に、スピード自体は速いが、細かい動きが荒い。やはりゲッターは三位一体の機体、三人乗らなければ真価は発揮できない。故に・・・
(最速でカタを付ける!)
相手にこちらの“不調”に気づかれる前に、一人で乗っているが故に出てしまう操縦のクセを見切られる前に!
(・・・・・・っく!)
ぎりぎりだ。避けられたのはぎりぎりだった。それほどまでに敵の動きは速い。そしてそのパワーは強力だ。ステラはそう考える。相手が近接兵装を出した時はビームサーベルで受け止める事も考えた。だが相手の動きを見てとっさに回避に切り替えた。そしてそれは正しかった。もし受け止めていたらそのままビームサーベルごと叩き潰されていたはずだ。着地して相手に向き直る。相手はすでに斧のような武器を地面より抜いて、こちらへと駆け出していた。とっさに牽制の頭部バルカンを放つ。だが相手は全くひるまない。戦斧を右手に構え、左手で銃撃を受け止めながら突き進む。次は右薙ぎの攻撃。これは後ろにステップして避ける。相手は続けて逆袈裟の攻撃を放とうとするが・・・・いきいなり立っていた場所から飛びのく。
そこを一筋の光が通り過ぎる。スティングの“カオス”の援護攻撃だ。
<ステラ!任務外だが、コイツは野放しにできない。協力して仕留めるぞ!>
「言われなくても!」
“ガイア”と“カオス”は、鉞を構える赤い鬼と改めて向き合った。
シンのゲッター1とスティングの“カオス”、ステラの“ガイア”が対峙していたころ、“アーモリーワン”軍港司令部もまた修羅場となっていた。軍事工廠での突然のMS強奪、そして立て続けに起こった戦闘。敵の目的がセカンドステージシリーズの強奪ならば外に敵母艦がいるはずだと、二隻のナスカ級を哨戒に出したとたん、何も無い空間から宇宙(ソラ)の闇を突き破るようにして現れた謎の戦艦に、反撃する間もなく二隻の内の片割れが撃沈されてしまったのだ。もう一隻の方もMSを出して反撃するも、先手を打たれて戦闘は劣勢だ。
「くそっ!どうしてこんな近くまで敵を近づけた!レーダーは何をやってたんだ!」
「解りません!レーダー、熱源探知ともについ先ほどはじめて敵を補足しました!」
「くそっ!ミラージュコロイドか!こしゃくな真似を!それで、敵の艦籍は特定できたのか!」
「・・・・・・熱紋ライブラ照合・・・!該当艦ありません!」
「くそ・・・・・たぶん地球軍なんだろうが・・・・・まあいい!ありったけの艦(フネ)とMSを出せ!迎撃だっ!奴らを生かして返すなぁ!」
軍港司令の怒号が司令部に響き渡る。それに呼応するように、係留されていたローラシア級やナスカ級が港口へと向かって次々と発進する。そして、先頭のローラシア級が港からまさに出ようとしたそのときだった。二つの黒い影が突如踊り出てくる。その黒い人の形をした二つの影は―――“ダークダガーL”は装備していたバズーカの砲口を先頭のローラシア級のブリッジへと向け、砲弾を放つ。砲弾は的確にブリッジを貫き、反撃する間もなく先頭のローラシア級は沈黙する。二機の“ダークダガーL”はそれで攻撃を止めることなく、続けざまに他の戦艦に砲撃をする。ある艦はエンジンを貫かれ爆砕し、ある艦はその爆発に巻き込まれ別の艦に衝突し、また爆砕する。そうした玉突き現象で次々と狭い軍港の中は爆発で埋め尽くされる。爆発が収まる頃には、軍港は戦艦たちの亡骸で埋め尽くされた。司令部にも、大きな戦艦の砕けた船体が深々と突き刺さっており、司令を含めた中にいたスタッフは一人残らずこの世から旅立っていた。
大地が揺れる。かすかに、だが確実に地面は揺れていた。どうやら“お迎えの時間”らしい。だが・・・・・・・
「よりによってこんな時に!」
眼の前の敵を無視など出来ない。いや、敵が逃がしてはくれないだろう。数はこちらの方が上だと言うのに何という体たらく!ギリッとスティングは歯軋りをした。
<うぇええええええええええええええええええええいっ!>
ステラは“ガイア”を変形させ、対峙している赤い巨人に飛び掛る。MA形態の翼部ビームブレードを閃かせ切りかかるが、相手はそれを戦斧で受け止め、そのまま弾き返す。
<うわああああああああ!>
ステラの“ガイア”はまるで子犬のように吹き飛ばされる。ガイアは辛うじて体勢を整えて着地したが、機体に何らかのダメージを負ったかも知れない。
「そこっ!」
スティングもビームライフルを敵に向けて放つ。だが敵はとっさに前方に飛んで避ける。そこに体勢を立て直した“ガイア”が飛び掛かろうとするが、“ガイア”の背部に何かが当たり、爆発する。
「!・・・・新手か!」
スティングが上空を見遣ると、二機の“ディン”が加勢に来たようだ。厄介な!とスティングが舌打ちしそうになった瞬間、二機の“ディン”がビームに貫かれて爆散した。
<ははっ、当たり♪当たり♪>
アウルだ。アウルの“アビス”がやって来たのだ。
<さーて、スティング・・・さっきの・・・・・>
「解ってる・・・・・・だが、コイツは・・・・・」
<でも遅れてるぜ・・・置いてきぼりになっちまうぞ!>
「解ってるといったろうが!とにかくコイツっ・・・・ん!」
<ああっ?どうしたんだよ?>
スティングは正面の“ガイア”と赤い“UNKNOWN”に向き直った時、何かに気づいたように目を見開く。そして、アウルの呼びかけを無視して無線に向けて叫んだ。
「ステラ、小刻みに動きながらそいつの周りを回って攻撃しろ!」
<・・・・・なっ!何を・・・>
「いいから黙って言う事を聞け!」
<!・・・・・解った・・・・・>
スティングのあまりに強い語気に気圧されてステラは頷き、指示通りの行動を取る。
するとどうだ。目に見えて敵の動きが悪くなる。
「やっぱりそうか!アウル!ステラの攻撃で隙が出来たら同時にあいつに叩きこむぞ!」
<ちょ・・・・・それってどういう・・・・・>
「ヤツはパワーは桁外れだが・・・それだけにアレはとんでもないじゃじゃ馬だ!
あれのパイロットはそれを制御し切れてない!」
(・・・・・・・・!・・・・・・気づかれたか!)
さっきまでは直線的だった“ガイア”の攻撃が目に見えて変化する。“四足”特有のその独特な動きで、こちらを翻弄するように周りを駆け回る。いまのシンの単独操縦の「ゲッターではそれに対応しきれない。
「・・・・・っこの!・・・・・しまっ!」
いきなり攻撃に転じた“ガイア”のビームブレードを辛うじて避けるが、その隙を狙って放たれた“カオス”の放ったビームがゲッターの腹部に直撃する!
「っくあああああああああ!」
さすがに新素材“ゲッター鋼”で作られたゲッターの装甲を貫くまでにはいたらなかったものの、衝撃までは殺せず吹き飛ぶ。
(っく・・・・ヤバイ!)
衝撃から立ち直ろうとするゲッターの眼に前に、さっき敵方に合流してきた“アビス”が飛び込んでくる。両肩にそれぞれ三門ずつ取り付けられたビーム砲を展開し、“アビス”最強の武装、胸部の「カリドゥス」をこちらに向けてきている。一斉射撃だ。
さすがのゲッターもこればかりはただではすまない。
(オープンゲットは・・・・間に合わ・・・・・・)
戦慄がシンの体を駆け巡る。だがその時、“アビス”が突然よろめく。
(!・・・・・・あいつ!)
なんと先ほどシンが助けた“ザク”が“アビス”にショルダータックルを仕掛けていたのだ。“アビス”は横向きに吹っ飛び、ビームは見当外れな方向へ飛んでいく。だが、“ガイア”は“ザク”に飛び掛っていき、“カオス”は再度ビームライフルを、それに加えて今度は両肩の兵装ポッドよりミサイルも放ってくる。だが、あのザクが作った一瞬の隙は、0.01秒の速さの差すら戦況を左右するゲッターでの戦闘においては永遠にも等しい!
「オォォォプゥンゲットォォォォォ!」
突如ゲッターは再び三機の戦闘機に分かれると、凄まじいスピードで上空へと飛んでゆく。ついコンマ数秒前までゲッター1がいた空間をビームとミサイルの群れが通り過ぎる。
「チェエエエエエエエエエエエンジ!ゲッタアアアアア!トゥウウウウ!」
再び裂帛とともに三つの鋼の機体が結合する。ただ、先ほどとは結合の順序が違う。
先ほどまでは、“イーグル”、“ジャガー”、“ベアー”の順だったが、今度は“ジャガー”、“ベアー”、“イーグル”の順だ。そして・・・・
「好き勝手ばっか・・・・・させるかああああああああああ!」
あの赤い巨人とはまるで様子を異にする白い巨人が新たに降り立った。
シンがゲッター2にチェンジした頃、ようやくレイ達はミネルバに到着していた。
レイとルナマリアは素早くパイロットスーツに着替えると、すぐに格納庫に向かう。
「マッド主任!予備のゲットマシンの準備は?」
「おう、レイ!ようやく来たか!シンのヤツはとっくに出て行ったぞ!」
レイの呼びかけにマッドは応える。
「それは知ってます。それより・・・」
「おう!解ってる!整備は終えてある。ただ、ジンさんはまだ着いてないぞ!」
「!・・・・・・解りました。では、俺も単独で出ます!」
ジン不在を聞いて、少し考えた後にそう言うレイ。
「おい・・・・・お前まで!いくらなんでも・・」
「この状況下です。戦力は一機でも多く欲しいはずです!“ベアー号”で出撃します!」
そう言うと、“ベアー号”へと向かうレイ。
「マッドさん!アタシのザクは・・・・」
「すまん、嬢ちゃん!お前のザクはまだ調整中だ!」
「そ、そんなあああああああああああああああああ」
そのころミネルバのブリッジはキリキリ舞いだった。軍港の司令部とは連絡は通じず、軍工廠の内部では有毒ガスの発生しているエリアすらある。指揮系統はズタズタで、MS部隊はことごとく撃破され、頼みのゲッターもどうやら苦戦しているようだ。
「状況はどうなっている!」
ブリッジのエレベータの扉が突如開く。ブリッジに入ってきたのは、随行員を伴ったデュランダル議長だ。
「議長!」
タリアが驚きの声を上げる。式典のために“アーモリーワン”に来ていた事は知っていたが、なぜ避難せずにこんな所に。
「とにかく状況は、一体どうなっているんだね!」
語気を強くし、顔を引き締めてデュランダル議長は再度問い掛ける。
「ご覧の通りです・・・・・」
タリアはモニターに示すと、手短に状況説明を行う。その時だった。
<ブリッジ!こちら“ベアー号”、レイ=ザ=バレル!発進許可を!>
モニターに映ったのは金髪の美しい顔、レイだ。
「レイ!ミネルバに戻っていたのかね?」
議長がレイに向かって呼びかける。
<議長!なぜそちらに・・・いえ、それよりも、議長!ジン隊長とご一緒ではないのですか!>
「いや・・・途中までは一緒だったが・・・・彼は確認せねばならない事が有るといって、途中で別れたのだ。確認が済めばすぐにミネルバに向かうと言っていたが・・」
<!・・・・解りました。やはり俺も単独で出撃します!>
「待ちたまえ、レイ。ここはジン君を待つんだ・・・・」
<し、しかしっ>
「ゲッターは本来広域戦闘兵器。この戦場は狭すぎる。下手に二機同時に操作性の下がる単独出撃するとコロニーにさらなる悪影響を与えかねない。ベテランのジン君を待つんだ。」
諭すようにレイに言う議長。
「大丈夫だ。シン君はそんなに簡単にやられるような人間ではない。」
「中々うまくやっているようだな・・・・・・」
ミネルバに程近い格納庫の影。あちこち破壊されてすっかり見晴らしのよくなった軍工廠で行われるゲッターとMSの戦闘を眺める一人の男。ハヤト=ジンだ。彼はこの格納庫に式典の時の展示用のために保管されていたZGSR-X01、ゲッター炉心実験機の安否を確認するために、ここに来ていたのだ。
「まあ・・・・そうでなくては困る。むしろ、こんな所で死ぬようなら・・・・」
ハヤトは嫌な笑みを浮かべながら呟く。
「今、ここで死んだ方が幸せだ、ということになりかねん・・・・」
「っつ!・・・・・カガリ!」
自分の腕の中で、カガリは額から血を流していた。意識を失っているのだろう、呼びかけにも応じない。
(!・・・・・クソッ!)
あの青い機体に体当たりをした後、黒い機体の攻撃こそ避けたものの、続けて体勢を直した青い機体の大出力ビームまでは避けきれなかった。咄嗟にシールドで防御はしたものの、その凄まじい衝撃で吹き飛ばされたのだ。その時の衝撃で機体が激しく揺れた時、カガリは頭を打ってしまったのだ。
(・・・!しまった・・・・敵の追撃は・・・・・?)
カガリに気をとられていたアスランだが、すぐに戦闘に意識を戻す。だが、来るはずの敵の攻撃が来ない。
「・・・・・っなああああああああ!」
その光景を見て思わずアスランは素っ頓狂な声を上げた。いつのまにか再び三機に分離した戦闘機が、先ほどとは違う順序で合体したかと思うと、あの赤い巨人とはまるで異なった機体になったのだから。
「・・・・ド・・・・ドリル?」
やはり一番眼を引くのはそこだろう。眼の前の白い巨人は左手が巨大なドリルになっており、右手は三本の爪がついたアームになっている。全体的に赤い巨人だった時よりもスリムで、全高も若干高く感じる。その白く尖った頭部と、黄色の鋭い目は、どことなく烏賊を思わせた。
(っ・・・・・そうだぼけっとしてる場合じゃない!ここは・・・・)
流石に負傷者を抱えたままでは戦えない。幸い、敵の意識は白い巨人に向いている。
アスランは、素早く、されど静かに戦場から離脱した。
「コ・・・コイツ・・・・」
<がったい・・・・・へんけい・・・・・>
<ド、ドリル・・・・・>
スティングは思わず喘ぐ。ステラやアウルも同様だ。彼らのたった今眼に前で繰り広げられた光景は、彼らの“常識”の範疇からはるかにかけ離れたものだった。三機の戦闘機による合体だけならばまだ理解出来た。しかし、三機の結合順の違いで全く姿かたちの異なった機体に変形するなど前代未聞だ。しかも、武装がドリルというのも普通のMSに見慣れた彼らからすればあまりにも奇抜だった。だが・・・
「・・・っは!・・くそっ!・・ステラ!アウル!コイツとやりあうのもここまでだ!早く離脱するぞ!」
戦場で敵に気を呑まれるなど言語道断だ。相手が構えを取ったのに真っ先に反応したのは三人の中で最も“戦闘者”として卓越しているスティングだ。彼はステラとアウルに無線で呼びかける。
<・・・・・・で、でもっ!・・・・>
<そうだって!なんだっていきなり!>
「解んねえのかよ!こいつはさっきまでの“赤いの”の時はこっちに押されてたんだ。そこでわざわざ今の“白いの”に変形したんだ。つまりこいつはサッキのヤツよりもさらにスピードが速いか、小回りがきくってことだ!“赤いの”にさえ押されてたのに・・・・だったら尚更だろうが!兎に角離脱だ。なんとか振り切るぞ!」
<あ・・・・・・・ああ・・・・>
<でも!コイツを野放しになんか!>
・・・・・・
<馬鹿か!ステラ!ちゃんと状況を見て物を言え!死にたいのか!>
おもわずスティングはステラに“禁句”を喋ってしまう。
<お、おい!バカ!スティング!>
「しまった!俺としたことが!」
<シヌ・・・・・・・・死ぬの・・・・しぬの・・・シヌしぬ死ぬシヌ・・>
やばい!ステラの様子が眼に見えておかしくなる。声が明らかに虚ろになり、しかも震えている。スティングは苛立ちのあまり、思わずステラの“ブロックワード”を口走っていたのだ。
<死ぬの・・イヤアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!>
ステラが突然上空へと凄まじいスピードで飛び上がる。周囲への警戒も何も無い完全な逃走だ。
「くっ、くそ!アウル!」
<っつ・・・・・・ああ!>
スティングとアウルも急いでステラの後を追って飛び上がる。ただし、スティングもアウルも飛び上がりざまに、突然の“ガイア”の退却に、一瞬戸惑って隙をみせた“白いやつ”にありったけのビームをお見舞いするのを忘れない。“白いやつ”は咄嗟に真横に飛んでやり過ごす。その隙に、二人は“ガイア”を追ってブースターを最大出力で稼動させる。しかし・・・・・・
「・・・・・・!ステラ!危ない!」
「・・・・・・・・え・・・・・・・・」
何と言うスピードなのか。白いやつは目にもとまらぬ速さで飛び上がったかと思うと、気がつけば先を行っていた“ガイア”の真横にいた。そして・・・・
<ス、ステラアアアアアアアアアアアアアアアア!>
「う・・・・・うわああああああああああああああああああああああ」
ガイアの横っ腹に高速回転するドリルが突き立てられた。いくらPS装甲を搭載し、通常の実体物理攻撃を防ぐとは言え、“衝撃”までは防げない。超高速回転するドリルは装甲の表面自体は破れずとも、その内側を激しく揺さぶる。
「いやあああああああああああああああああああああああああああああ」
凄まじい振動で“ガイア”は内部機構に凄まじいダメージを負う。コックピットもまた激しく揺さぶられ、
「あああああああっ・・・・・・あ・・・・・」
シートベルトはしていても、パイロットスーツもヘルメットも着けていないステラは、揺れるコックピットの中でも衝撃から身を守ることが出来ない。そして、座席に後頭部を強く打ち付けてしまう。ステラの意識が途切れる。“ガイア”は火花とかすかな煙を発しながら落下していく。薄れいく意識の中、ステラはアウルとスティングの叫びを聞いたような気がした。
<ステラアアアアアアアアア!っくそおおおおおおおおおおおおおおお!>
「ちっ!アウル!追うな!今は俺達だけで逃げるぞ!」
スティングは地面に落下し、ピクリとも動かなくなったステラの“ガイア”飛びすがろうとする“アウル”を言葉で止めながら、“白いヤツ”に向けてビームを何発も放つ。
白いヤツは、さっきとは比べものにならなくなったスピードでそれを全て避ける。
スティングは舌打ちしながら“カオス”を変形させ、二基の兵装ポッドを展開し、ビームとミサイルを放つ。だが、こちらの多角的な攻撃でさえ敵はその常識離れしたスピードで避ける。
<でも!ステラが、ステラが!見捨てるって言うのかよ!>
「仕方ないだろうがっ!こっちまでやられてどうする!」
<だけど・・・・・・>
「うるさい!俺が悔しくないとでも・・・・・」
スティングは胸に渦巻く凄まじい感情の奔流のままに叫ぶ!
「思ってんのかよおおおおおおおおおおお!」
ビームを放つ、放つ、放つ。あの“白いヤツ”へと。ヤツはそれを避ける、避ける、避ける。そして敵は突っ込んでくる。スティングはMA形態の機動性を生かして上手くそれを避ける。
「アウル!俺がコイツを抑えるから、その間に壁に風穴をあけろおおおお!」
<あ・・ああっ!やってやる!やってやる!>
意識が朦朧としている。視界が赤い。
「・・・・・・・あ・・・・・・・・・」
ステラ=ルーシェは、機能停止した“ガイア”のコックピットで眼を覚ます。
「・・・・・あ・・・・・・・イヤ・・・・」
落下した時にどこかにぶつけたのか、ステラの額からは血が出ており、視界を赤く染めている。
「イヤ・・・・・死にたくない・・・・シニタクナイ・・・・・・」
シートベルトを外し、衝撃で半開きになったコックピットからはいずり出る。
「ステラ・・・・・しにたくない・・・・・・」
ステラはまるで夢遊病患者のようにフラフラと歩く。幸い、周囲にはZAFT兵士はいなかった。
「シニタクナ・・・・・・・・イ」
服を血に染めながら、ステラは“ガイア”から30メートルほど歩いて、そこで体力が尽きる。
「イヤ・・・・・・・いや・・・・・」
意識に霞が掛かる。体に力が入らない。ステラはそこで膝をつき、そしてうつ伏せに倒れた。
「イヤ・・・・・ステラ・・・・・しにたくない・・・死にたくない・・・・・」
「・・・・・・・生きたいか?」
誰かが問い掛ける。ステラはゆっくりと頭を起こして上を見る。そこには背の高いサングラスの男がいた。
「もう一度言う。生きたいか?」
男は言った。
「ステラ・・・・・シニタクナイ・・・・イキタイ、生きたい!」
ステラは残った力を振り絞って言う。意識が薄れていく。
「そうか・・・・・・なら・・・・・・・・・」
ステラは意識が途切れる前に男のその言葉を聞いた。
「ならば・・・オマエにチャンスをやろう。生き残るチャンスを。」
男は、まるで新しい玩具を見つけた子供のような表情でそう言った。
「くそっ!こいつらああああ!」
シンは苛立たしげにそう叫ぶ。“カオス”の予想外の素早い動きにゲッター2の動きですら圧倒しきれない。
(やっぱり三人じゃなきゃだめなのかよ!)
“ガイア”は、突然の撤退に最初は面食らったものの、ゲッター2のスピードで追いついて“命令通り”撃破せずに戦闘不能に追い込んだ。アレだけのダメージだ。少なくとももうまともには動けまい。あとはこいつらを!
「くっ!はああああああああああ!」
“カオス”のビームの群れを避ける。今度はこちらから近接戦闘を仕掛けるが、それは上手くそらされる。
(こいつら、強い!)
強奪したばかりの機体でここまでの動き。こちらの“不調”を瞬時見切った戦闘センス。ジンさんと同じようなプロフェッショナルだ。
「くっ!いいかげん!」
もう何度目になるかも解らないカオスのビーム攻撃。またシンはそれを避けて飛び掛ろうとする。その時・・・・
「なっ!くそ、むりやり壁を!」
“カオス”のバックでひたすらビームの斉射を続けていた“アビス”がついに外壁を破る。ポッカリとあいた穴に凄まじい勢いで空気が吸い込まれ、“アビス”、“カオス”もその流れに乗るように、外に飛び出す。
「逃がすかあ!」
シンもまた二機を追って外へと飛び出した。
シンが“アーモリーワン”の外に飛び出したちょうどその時。遠くからその光景をうかがっていた二つの影があった。
「全くとんだことになったな・・・・。」
「全くです。ZAFTの質も落ちたものです・・・・・・。」
そこには背の高い男と背の低い男がいた。背の高い男は金髪、というよりは黄髪といってよい色の髪の青白い顔をした美青年で、背の低い男は、体つきのガッチリした、坊主頭の小男だ。二人にはある特徴があった。それは、何となくなのだが、その体つきや顔立ちに、かすかな“いびつさ”が感じられるのだ。これは、何らかの形でコーディネイトに、致命的ではないにしろ失敗した、“出来そこない”に共通した特徴だった。
「ふん、これだからカナーバやデュランダルのような腰抜け任せてはおけんのだ。やつらではプラント市民を、いや我らコーディネーターを導く事などできん。」
「その通りです。やはり民衆は“正しき指導者”に導かれなければ・・・・・」
「とにかく戻って報告だ。行くぞデラ!」
「はい、ニオン隊長!」
そう言うと二人は踵を返し、それまで立っていた丘から街へと降りていった。
「そう、我らが・・・・」
「偉大なる指導者・・・」
「「ゴール将軍の下に!」」