556 ◆GHLUSNM8/A氏_外伝その二

Last-modified: 2011-09-20 (火) 00:11:22
 

外伝その二 「人は変われるのか、クルーゼさん?」

 

私の名前はラウ・ル・クルーゼ。
アル・ダ・フラガのクローンにして、世界を破滅に導く者。
ザフトのエリートパイロットであり、我が知力をもって世界戦争を終末へ導かんと策略しようとした男。

 

………であった。そうなるはずだった!
しかし、イレギュラーの存在によって私の全ては打ち砕かれてしまった!!

 

『白のアムロ』

 

奴こそ私の最悪だった。
鬼のような操縦技術を持って、突如ザフトに現れたアムロは、いまや戦争の英雄となっている。
このザフト・連合間での戦乱が起こってから数カ月、奴の噂を聞かない日は無い。悪魔め。
しかし、どのような災難が私の道に降りかかろうとも、私は変わらぬさ―――――――――――――。

 

クルーゼは、とある中小企業に再就職していた。
そこはガンマ線レーザー兵器・ジェネシス建造の下請け会社でもあった………。

 

ジェネシス建造工場―――――――――――

 

「うらぁ!!!そこの新入り、ちゃっちゃと動けぇ!!!」
「ぐううう………」
(こんなの聞いていない、私は聞いていなかったぞ!なぜこの私が肉体労働などせにゃならん……!?)
何に使われるかさっぱり見当のつかない鉄パイプを担ぎながら、クルーゼは唸っていた。
それもそのはず、彼はプログラミングを任されると踏んでいて、
まさかこんな重労働を強いられるとは思ってもいなかったのだ。
そもそも線の細いクルーゼでは、唸るのも無理はない。
「ぜぇ、ぜぇ………」
「息切れしとる暇なんざねぇぞ!それ置いたらさっさと戻れ!!」
「は、はいッス!!」

 

クルーゼはジェネシスのプログラムに仕掛けを施し、彼の任意で『暴発』できるように
巧妙な罠を張るつもりであった。だが、こんな現場作業ではそれも叶わない。

 

(まだだ、まだ終わらんよ!どうにかしてジェネシスに細工が出来れば、
 この戦争を最悪の形で終わらせることが………)
「ブツブツいってんじゃねぇ仮面野郎!俺の指示が不満ってか!?」
「おやっさん、とんでもねぇッス!!」
(この現場監督恐すぎだろjk!しかし、こんなことになるんだったら
 私も基礎訓練に参加しておくべきだった………)
脳裏に映るのは輝かしい過去。目に映るのは厳めしい現場監督。仮面の下にほろりと伝わる冷たい涙。
(もう帰りたい………)
親友のギルっちを最後に思い浮かべた時に、現場監督が怒鳴った。
「てめぇら、時間だ!昼飯だぞ!!」
「………!」

 

飯。それはこの地獄での唯一の楽しみ。解放といってもいい。
男達の顔はみるみるうちに明るくなる。クルーゼの例に漏れず、その眼を爛々と輝かせた。

 

「さぁたんとお食べ!タケさんもおいでなさいな!」
配膳のおばちゃん、通称さっちゃんがガラガラと昼食を載せた配膳台を持ってくる。
タケさんとは現場監督の事だ。
昼食は結び飯である。ライス・ボールと言った方が馴染み深いだろうか?
筋骨隆々な男達が子供のような笑顔でさっちゃんに駆け寄る。

「うっひょー!!待ってましたぁ!」
「くぅ~、さっちゃんの飯だけが救いだぜ!」
「ライス・ボールたぁ気がきいてる!力仕事にゃ一番だ!!」

両手におにぎりを持ってそれに貪る男達の輪に、クルーゼはいなかった。隅の方で一人うずくまっていた。

 

(ふん、下等な者どもめ。確かに腹は減っているが、あのような品性の欠片もなく食欲に浸るとは………。
 ここでの食事は初めてだが、あのような粗末な食べ物がだされるとはな)
「新入りさん、なにやってんだい!」
「!?」

クルーゼの横には、いつのまにかさっちゃんが立っていた。満面の笑みとおにぎりを携えて。

「食べなきゃ倒れちまうよ!」
「いや、遠慮する………」
「かぁーー!!何言ってんだい!わたしゃね、私の飯を食って満足する野郎どもを見るのが大好きなんだ!
 無理にでも喰わすよ!?」
「がぁ!?や、やめろ!自分で喰う!!」

さっちゃんの凄み(というか実力行使)に負けて、クルーゼは渋々おにぎりを口に運んだ。
瞬間、クルーゼの頭の中で何かが弾ける。

 

「う、美味い!?」
汗をかいた身体にしみ込んでいく程良い塩分。
噛めば噛むほど甘くなる「コメ」という穀物は固くもなく柔らかくもない、絶妙な加減で握られている。
それはクルーゼが食べてきた如何なる高級料理も引き出せない類の旨みがあった。

 

「慌てて食べるんじゃないよぉ、まったく」
「うふぁい、ふぉんふぁのふぁふぇふぁふぉと………(美味い、こんなの食べたこと………)」
「よぉ新入り。がっついてるな」
「おふぁっふぁん!?(おやっさん!?)」

既に自分の分を平らげて一服していたタケさんがクルーゼに近寄る。からからと豪快に笑っていた。

「クルーゼっつたか?さっちゃんの飯をそれだけ美味く食べられるってことは、
 それだけおめぇが頑張ったってことよ。ほれ、ミソスープだ」
「あ、ありがとうございます………」

タケさんから手渡された未知のスープも、クルーゼの舌と胃を大いに喜ばせた。
今まで感じた事のない独特の風味は、しっかりした自己主張をしながら、
それでいて優しく他の味わいと混ざり合っている。

「温かい。美味い。クッ………!」

クルーゼはわき上がる感情を涙で排出する。
今までは負の感情でしか流れなかった彼の涙だが、今は何か、暖かい感情が彼を泣かせていた。

 

「なぁクルーゼよぉ。お前さん、そんなひょろい身体でよく耐えたぜ」

タケさんはおもむろにクルーゼの横に腰を下ろした。
さっちゃんはそれを親子を見るような感覚で優しく見守る。

「もともとはザフトのお偉いさんだったんだろ?
 何があったかは聞かねぇが、さぞつらい目に遭ったんだろうよ………。
 だがな、ここではそんなの関係ねぇ」
「お、おやっさん?」
「お前は多分、なんか捻くれたものを心の根っこに持っている。みてりゃ分かるさ。
 でもよここじゃ、汗水たらして飯食って、それだけで生きてるんだ。
 それでいいじゃねぇか。さっちゃんの飯を食うだけで幸せじゃねぇか」
「おやっさん………」
「頑張れよクルーゼ。人間なんて飯さえありゃいいんだ」

ポン、とクルーゼの背を叩いてタケさんは男達の中に消えていった。
それを見つめていたクルーゼの胸に、彼の知らない感情が芽生える。

 

(生きる。一度は生そのものに絶望した私が今、生きている。
 そして生きている事で、こんなにも美味い物を食べられる。幸せ、だと………?)
「クルーゼさん、もう一働きだ頑張んな。晩飯はいいもん食わせてやるからさ」
(さっちゃんの飯を食える。生きている事で食べられる。存外、悪いことではない)
「ほれ、行ってきな!」
「………感謝する、さっちゃん」

さっちゃんの言葉に背中を押され、クルーゼもまた人垣の中に入っていく。
彼らは皆クルーゼに対して、粗野で、それでも朗らかな笑みを浮かべていた。

 

クルーゼにはニュータイプの素質があった。
開花する事の無かった才能は、この場でその片鱗を覚醒させたのかもしれない。

(温かいな………これは、人の心?ふっ、クルーゼともあろう男が何を。
 ………しかし、なんて心が安らぐんだ。生きてみるのも、悪い気が―――――――――)
「………しない、な」
「?」

 
 

クルーゼの労働は続く。今日も、明日も、明後日も。その生に再び絶望が訪れるまで。
それはいつだろう。仮面を外した彼が、絶望と再会する日は来るのだろうか――――――

 
 

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