556 ◆GHLUSNM8/A氏_第四話

Last-modified: 2011-09-16 (金) 02:59:26
 

第四話「授業参観だよ、アムロさん!」

 

クルーゼの除隊は、アムロが隊長職を引き継ぐことで大きな混乱もなく終息した。
アスラン達はそのままアムロの指揮下に入り、新たな訓練を行っている。内容は主に座学と実機訓練だ。
アムロ隊は和気あいあいながらも決して馴れ合いではない部隊へと成長していた。
しかし、アムロはいま最大の苦境に立たされている。

 

「まったく、親という生き物は誰もこんな感じなのか?」

 

彼の部下、アスラン、ディアッカ、イザーク、ニコルの両親達が部隊を訪れたのだ。
どうやら彼らはプラントの要職に就いているらしく、建前上「視察」ということになっているが、
これは俗に言う「授業参観」に近かった。
アムロはそれを快諾、とまではいかないが簡単に受け入れた。
子供の成長を見たいという微笑ましい感情ぐらい、普段プライベートが制約されている分、
満喫させてやろうと思ったのだ。
それこそが、アムロ最大の失敗だった。
「モンスターペアレント」という言葉を、彼は知らない。

 

MS演習場―――――――

 

「アムロ隊長。なぜアスランが隊長機ではないのだ?」
「彼には僚機としての考え方も理解して欲しかったので、
 今回はたまたま、このような配置になっています」
「アスランパパは随分と文句を言いなさるな」
「むっ。イザークパパこそ、さっきの座学でイザーク君が指されない、とわめいていた気もするが?」

 

はぁ、頭が痛い。
アムロは見えないように溜息をつく。男親たちは険悪なムードで互いを牽制し合っていた。
大人げないとはあえて言わまい。
ちらり、ともう一つのグループに目をやる。そちらは女親たちが仲良さ「そう」に話し合っていたが、
アムロはそっちのほうがさらに恐いと感じていた。
彼は彼女たちの胸の中から黒い感情を感じていたのだ。

 

「ホント、ニコル君はまるで俳優みたいですね
 (うちのディアッカの方がパイロットとしては断然上だけど!)」
「嫌だ、そんなことありませんよ。ディアッカ君こそワイルドで男らしいじゃないですか
 (野蛮と言った方がいいかしら!?)」
「「おほほほほほ!!」」
「………」
「あら、アムロ隊長。どうされたんですか?(アピールアピール!!)」
「もしかして、体調が優れないとか?(アピールアピール!!)」
「…いえ、ご心配なく。ただの立ち眩みです」
(なんだろう、憎しみの声が聞こえる。まるで戦場だ)

 

アムロの胃はストレスのオールレンジ攻撃を受けている。
百戦錬磨の戦士もこれは避けられないようだ。あとは彼の装甲が百式並でないことを祈るのみである。
ちなみに〇○パパ、〇○ママ、という呼び方はアムロの少ない知識から捻りだされた呼び方だ。
いつの時代にこんな呼び方をされる保護者達が存在したかは疑問だが、
当の大人たちは意外に気に入っている。最後まで渋っていたパトリックも今では抵抗がないようだ。

 

今はMSでのチーム戦が行われている。
ディアッカ・アスランの東軍とニコル・イザークの西軍だ。
戦況は東軍に有利である。
アムロが見る限りでは西軍のコンビネーションはお世辞にも良いものとはいえない。

(イザークが出過ぎているな。あれでは孤立して各個撃破されてしまうぞ)

アムロの読み通り、市街地に誘い込まれたイザーク機はアスラン機を見失い、
上手く戦線を離脱したディアッカ機がアスラン機に合流する。
イザーク機の消耗が激しくなり、それに気付いたニコル機が場に急行するも時すでに遅しであった。
この訓練はチームの片方が撃墜判定された時点で終了となる。アムロはマイクを手に取り終わりを告げた。

 

『訓練は終了だ。東軍は良い動きだった。特にディアッカは評価に値するぞ。
 西軍は僕が一緒に反省会を行うから、すぐに来い』
ディアッカママ「うちの子がアスラン君と同じチームで良かったですよ(さすが隊長は見る目があるわ!)」
ニコル・イザークママ「「………(きっと整備の行き届いてない機体だったんだわ。嫌な隊長ね)」」
アスランママ「皆よく頑張りましたよー」
「………はぁ」
(子を思う親の気持ちとはこれほどの物なのか。それも行き過ぎた所で根本が愛情なのも困ったものだ。
 親の愛………何故かな、僕には分からない気がする。)

アムロは三人の母から逃げるように、部下たちの下に向かった。

 
 

イザークとニコルが気を付けの姿勢で整列し、アムロは二人の前に立っている。

「今回の敗因を聞こう。隊長機であるイザーク、お前は何だと思う?」
「自分が戦局を見誤り、単騎で突撃したことにあります」
「その通りだ。大方、ご両親の前で気負ったんだろう。
 これは演習だから良かったが、戦場では常に冷静さを保て。さもなければその大切な人すら守れなくなる」
「はっ、肝に銘じます」
「分かったらそれでいい。それでニコル………僕は君に訊きたい事がある」
「なんでしょうか?」

 

年長者として温かく部下の成長を手助けするアムロはそこにはいなかった。
今、彼は冷たい眼差しでニコルを睨みつけるようにみつめている。
「なぜ、すぐにイザークの援護に回らなかった?援護要請は再三行われたはずだ」
「自分は全速力で援護に向かいましたが、間に合いませんでした」
「確かにな。だが君は明らかに何かを狙っていた。
 威嚇でも何でもいい、とにかく射撃を行わないのは不自然なんだよ」
仲間の敗北を目の前に何もしないのは、臆病者か策士。アムロはそう思っている。
たとえ距離があっても、射撃でアスラン達の意識がそれる可能性は充分にあったのだ。

 

「………狙っていたわけではありません。
 イザークが窮地に陥った時、僕は本気で助けようと思いました。
 しかし、実際の戦場を考えると………僕は、あの場面では撃てません」
「なるほど。ニコル、お前イザークを囮にしたな」

ニコルは静かにうなずいた。イザークは驚愕している。
仲間意識の強い彼には味方を囮にするという発想は全くなかった。

 

「イザークに注意が向いた二機を後ろから狙い撃つ。首尾よくいけば二機撃墜か。
 なるほど、ニコルはいい軍人のようだ。本当にいい軍人だよ。僕の嫌いなタイプのな!!」
「!!」

 

驚いたのはニコルだけではなかった。アムロが声を荒げたのは今まで皆無だったのだから。
彼がここまで語気を強めるのは部隊全員にとっての衝撃である。

 

「味方を囮にするのは戦争の常套手段だ。その点でニコルは全く正しくないが逆に正しい。
 だがな、僚機を見殺しにする奴は俺の部隊には要らない!
 時には敵とさえ心を通わすことが出来るのに、なんで仲間同士でそれをしない!?」
「隊長、ですがあの場合の判断は正しかったと思います…!!」
「仲間のありがたみはMSで大気圏に突入でもしてみればわかるだろうな………。
 ニコル、今からお前を修正する!!」
「えっ!?」
「歯をくいしばれ!!」

 

  バシィン!!

 

アムロの重い平手打ちが、ニコルの柔らかそうな左頬に炸裂した。
威力もさることながらそれは精神的なプレッシャーも相まって、ニコルは地面に倒れる。

「ぐっ…!!」
「自室に戻って反省しろ。自分の間違いが分からないようなら、本当に部隊から出て行ってもらうからな」
「………了解しました」

 

「ちょっと、アムロ隊長!!!」

金切り声を挙げたのは、ニコルママことロミナ・アマルフィだ。

「さすがに酷いんではありませんか!?ザフトは軍隊ではないんですよ!!」
「ここで妥協してしまえば、その代償を我々は命という形で払わなければならなくなります。
 戦場では信頼がなければ戦えません。ザフトだって有事の際には戦場に出るのでしょう?」
「だ、だからと言って殴るなんて…!!あの子は夫でさえ殴った事は無いんですよ!?」
「口で言って分からないのであれば、身体に教える他ありません。
 それに、これは知らない誰かの受け売りのような気もしますが………
 殴られもせず一人前になった奴はいません」
「そんな屁理屈…!!」
「もう止めて、母さん」

ロミナの錯乱を止めたのはニコルだった。
殴られた頬を抑えよろよろと立ち上がるが、しかし彼の眼は強さを持っている。

 

「僕は僕を正しいと思っていただけど、隊長の言うことも多分正しい…
 僕はそれを、ちゃんと考えたい。自分の心で。だから隊長は頭を冷やす時間を僕にくれたんだ」

ニコルはそう言うとアムロに一礼し、自室に向かった。小さくなる背中にアムロが声をかける。

「ニコル。僕は君が、一回り大きくなって帰って来る事を信じている。
 子供に構っている暇は無いからな、ちゃんと自分で成長してこい」
「優しいんですね、アムロさん………いえ隊長。拳で無かった分、僕には響きました」

アムロの言葉の最後の調子は少しおどけていて、彼の本質的な優しさがにじんでいた。
ニコルも冗談めかした言葉で返し、その場を去っていった。
それを見届けたアムロは、残されたアスラン達に向き直る。
「さぁ、次はMS戦闘論の講義を行う。各自、十分後には講義室に集合するように」
それだけ言い残すと、アムロもまたその場から去っていった。

 

そして休憩室に入ると、一気に脱力し椅子に座りこむ。

 

(慣れない事をしたな。だが『誰か』がいない分、僕がこれをしなければならない気がする。
 まったく、今に思えばその『気のきいた誰か』は随分苦労人のようだ)

 
 

【bright】……〈人が〉利口な,機転のきく,利発な;
          〈言葉・考えなどが〉うまい,巧みな,気のきいた