739 ◆n9Hp7lS5BI 氏_第1話

Last-modified: 2010-06-30 (水) 02:26:45
 

命は尊いもの。

 

誰もが当たり前の事として受け止めているであろう事を真面目な顔で繰り返す教師とは大変なものだなどと、
友人と茶化したのはいつだったか、今では思い出す事が出来ない。

 
 

幸福であったのだろう、と思う。
一片の虚飾も無い愛情を向けてくれる両親がいて、自分を兄と慕う妹がいて。
食べ物や衣服に困る事は無く、教育も受けられた。
二つの国―――地球連合とプラントの衝突は連日報道されてはいたものの、
自分達には関係無いと割り切った目で見られた。
そんな『当たり前の世界』を当たり前に生きて、毎日笑って。神様はいると信じていた。
年相応の悩み事やらはそれなりにあったし、
世界は素晴らしいなどと思える視野の広さは持ち合わせてはいなかったけれども。
とりあえずは恵まれ、満ち足りた命を育んでいた。

 
 
 

その幸せが、目の前で破滅するまでは。

 
 
 

機動戦士ガンダムSEED DESTINY
AFTER THE WORSHIP

 
 
 

「モビルスーツの性能は、人間の性能だ」

 

アプリリウス1。プラントの首都としての任を今だ果たし続けているそのコロニーには、
最高評議議会場や最大の繁華街が有り、プラント各地の英知が集められている。
C.E.73に発生したメサイア戦役後、その一角に、
ザフトレッドと呼ばれる軍エリート候補生が集められるアカデミーが設置された。
戦の花形とされるその赤服を纏う少年少女は、多くが最高級の遺伝子調整を受けた
上位階級の子息令嬢であり、ザフト精鋭部隊が常時防衛に当たっている為に設置されたのではないかと
一部で噂されている場所である。

 

「ザフトが使用するMSは、連合の物とは違って自由性が高い。
 それはつまり、パイロットの技量によっては高性能にも、低性能にもなるという事だ」
「フットペダル、左右操縦桿、各種用途に割り振られてあるスイッチ。
 それらを使用する速度がコンマ1秒変われば、戦場での生存率が1%上がると思え」
赤服の青年教官が放つ言葉の反応は二つだった。
生真面目に耳を傾ける者、それとは逆に目線が教官の背に鎮座している匿体にいっている者。
訓練にもかかわらず興奮を抑えられない候補生達の様子を見て、青年教官は事前講義を諦めた。
「……これは訓練だが、舐めてかかるな!
 今英雄とされている奴等は、これで叩き出すスコアも今のお前達とは一桁違うぞ!
 実戦と訓練は違うが、訓練を上手くこなせない者は実戦でも役に立たん!
 ……では、二人一組で開始!」
許しが出るや否や、エリート候補生は声を上げて
MSのコクピットを模したシミュレーターに乗り込み始める。
青年教官は、緊張感の欠けたその様子を冷めた目線で見ていた。
その彼の胸元に掛けられた連絡端末に通信が入る。通話状態にすると、壮年の男の声が聞こえてきた。
「アスカ君、君に尋ね人が来ているぞ。応接室にお通ししてある」
「またですか……。分かりました、空いている教官を一人寄こしてもらえますか。
 ―――終了時にはミッションデータの提出を忘れるなよ!」
苦々しい顔で頷いた赤服が踵を返す。長めの黒髪が揺れ、赤い眼光が細くなった。

 
 

応接室の扉を開けると、やはりいつもの招かれざる客人だった。

 

「で、また貴方ですか」
「またとはなんだ!いい加減上官の言うことを聞け!」

 

室内に入り、扉を閉めると、青年は赤服の襟元を開け、袖を捲った。
些か品位が足りない恰好の為に候補生の前ではしない格好だが、相手が彼なら問題無い。
その相手、銀髪を特徴的にカットした青年は、応接室のソファーに腰を下ろしつつ叫んだ。
向かい合いに設置されたソファーの片側に座ると、相手はテーブルに拳を叩き付ける。
「貴様、いつまでこのような場所で怠けるつもりだ?そろそろ前線指揮官の職に戻れ!」
「ヤです」
「……っ!」
再び拳を叩き付けた銀髪の青年の眉間には、凄まじい皺が寄っていた。
顔を怒りの形相に歪めた彼は、唾を飛ばすのが目的かのように大声を出し続ける。
「勝手に出向を決めて隊から居なくなりおってどれほど経つと思っている……!
 各地の小競り合いは止まらん!
 軍備縮小の中でそれに対応するには、人員が圧倒的に足りんのだ!早く……」
「だから、」
唾を飛ばされるのを遮る様に声を発した黒髪の青年は、呆れたように肩をすくめる。
「その軍備縮小の中で優秀な人材を揃えるのは大事でしょうが。
 貴方は軽々しく動けないし、ディアッカとかシホとかは隊の要でしょう。
 そして、あのアホの一声で配属替えさせられた俺は大して役にも立っていなかった。
 実戦経験のある昼行灯がここで後進の育成に当たるのもいいじゃないですか」
「手を抜いていただろう、貴様は!大体教官なぞ他にさせれば良い!」
「何度も言ったでしょう、ゲイツ以降の機体で闘った事が無い連中が言うことを、ガキ共は聞かない。
 エリートの鼻柱を折る技能を持った人間も少ない」
はあ、と溜息を一つ付くと、黒髪の青年は続けた。
「それに、俺は元々敗残兵です。多少情報を弄っても、ベテラン兵は皆俺を知ってる。
 奴等の戯言に耳を貸すのは疲れますから」

 

戦争を戦い抜いた兵とそうではない兵の経験値の差は絶大なものがある。
先程の候補生達の様にゲーム感覚でシミュレーターに臨む姿など、緊迫感が全く足りていないのだ。
兵の質低下は、ザフトが抱える大きな問題だった。
元々ザフトは人数が連合と比べ圧倒的に少ない。
キルレシオ比の大きい高性能機と優秀なパイロットでそれを補っていたものの、
連合の新型OSによってその優位性を崩されかけている。
現在大きな戦争が起こっていないといっても、何か有事が起こった時では遅い。
今日も話は平行線のままだな、と赤服の青年は内心で溜め息をついた。
銀髪の男が意気揚々とアカデミーに乗り込み、激昂して帰る。
一か月に一度程定期的に起こる口論は、今日もしばらく止みそうに無かった。

 

「ああ言えばこう言う……!口だけは回るようになりおって!」
「俺だって、いつまでもガキじゃないですからね。諦めてさっさと他を当たってください」
赤服の青年の意志は相変わらず堅固であった。しかし、銀髪の青年には今回、秘策があった。
この巨大な獲物を釣る餌が。

 

「…………ルナマリア・ホーク」

 

問答が続いてしばらく、ぼそりと銀髪の青年が放った人名は、
それまでのどの説得よりも相手に反応を起こさせた。
動揺した顔が広がり、赤目が訝しげに銀髪を見る。
「……あいつがどうしたんですか?」
「いや、転属願いに名前があってな。
 データを見た所、やや近接格闘戦に技能が寄りすぎているきらいが有るが、優秀な軍人だ。
 なにより旧ミネルバ隊は色々複雑でな、お前が戻らんなら、
 人員補充として彼女にジュール隊に来てもらえ、と一部で意見が出ていてな」
「……」
黒髪の青年の顔が、まるで苦虫を数十匹一噛みにしたような渋い顔に変わった。
「ジュール隊は地上に下りて小数で任務を遂行する場合もあるし、
 危険度は他の隊と比べても群を抜くのだがなあ」
銀髪の青年は、さも残念だというように頭を振る。
「……それ、言い出したの誰です?」
「ディアッカ」
「あのクソ野郎がッ!!」
黒髪の青年の表情を確認もせず、明後日の方向を向いて銀髪の青年は素知らぬ顔をしながら
端末を操作し始めた。
ほう、ライフルをこう使うか、独創的だななどと対面に聞こえるように呟きながら。

 

歯軋りが聞こえそうな程に奥歯を噛み、怒りの形相で銀髪の青年を睨んでいた男は、
ふと諦観の表情になった。
横目でそれを確認しながら、銀髪は発言を伺う。
「……分かった」
「ん?聞こえんぞ」
「分かったつってんだろ!復帰すれば良いんだろ!?」
「俺は白服、貴様は赤服」
「イエス、サー!シン・アスカ、今よりジュール隊に復帰致します、なんなりとご命令を、サー!」
銀髪の青年――イザーク・ジュールは、ようやく笑みを見せた。
最もそれは純粋な笑みでは無く、上手く口車に乗せた事に対する些か歪んだ笑みだったのだが。
「良い返事だ、シン・アスカ」

 

とは言ったものの、いきなり教官を辞する訳にもいかず、諸々の引き継ぎを終えてからの隊復帰となった。
アカデミーにて話を詰め終えた結果、予定は七日後と決まった。

 

「ようやく俺も楽が出来そうだな」
夕方の時刻、晴れやかな顔で車に乗り込んだイザークと対照的に、
見送りに出たシン・アスカの顔は曇っていた。
「あんな脅しまで使って俺を戦わせたいんですか……」
「お前は間違いなくトップガンの一人だ。戦って平和をもたらすのは義務と言っても良い。
 少なくとも俺の隊の戦死者は減る」
「……」
車の開いた窓を挟んで、二人が向き合った。
夕刻となり、プラントの天候は地球でいう夕焼けに変わりつつある。
シンの影が車内のイザークの顔にかかる。
「……やはり、厳しいですか」
「ああ。まだ反乱は止みそうに無い。
 先週地上で、また俺の隊の新人が死んだ。ここの卒業ではない一般兵だがな」
「……」
「模擬演習とは勝手が違うのだろうな。
 地上はプラントの様に管理された気候でも、宇宙のような広大な空間でも無い」
「分かりました」
シンの眼が変わった。イザークを正面から見つめたその眼は先程迄とは違う、戦士の眼となった。
「じゃあ、そいつらを守ります。それが、この未来を作った、俺の責任です」
「……お前だけがそう思っている訳ではない。……ルナマリアとやらも、お前と同じなんじゃないのか?」
「俺は、あいつを戦わせたくありません。……喧嘩別れしてから、一年以上は会って無いですけど」

 

そう至るまでの過程は、イザークも知っていた。
メサイア戦役時のMS隊の生き残りである同僚――そして恋仲。
恐らく、彼女が軍にいる事自体がシンにとって苦痛なのだろう。
大切なものを戦いから遠ざけたいと思う事は、けして醜い感情ではない筈だと、イザークは思う。
それを理解していながら餌に使った事について、いい気はしない。だが。
「お前が新兵を守るなら、お前を隊が守ろう。それくらいの力は、有る」
アカデミーでの教官役をやる事が、シンに適しているとは思わないのだ。
戦後に操作された情報が流れているとはいえ、戦中デュランダル派のフラッグシップとも言える
活躍をしたシンだ。云われ無き評価を受けたのは一度や二度ではあるまい。
イザーク自身、自分の隊にシンが入るまで、本質を知らなかった。

 

シンは戦士なのだ。失って、手に入れて、また失って。
それでも足掻き続けて、未だザフトに籍を置いているのは、彼が悩み続けているからに他ならない。
「彼女と、ちゃんと話せ。分かり合えるまで」
「……そう出来ればいいんですけど」
薄く笑うシンの顔は、まるで消えてしまいそうなものだった。
「……フン、つまらん事を言ったな。忘れろ」
「……それは」
「命令だ。……七日後にまた会おう」
窓を閉め、自動車が発進する。後ろからそれを見送ったシンは、自然に空を見た。

調整された、偽物の夕焼けを。

 

オーブに住んでいた時、空は頭上にあるものであって見上げる対象では無かった。
だが、プラントの空に慣れた今では、それも懐かしく感じられる。

 

「また、戦うのか」

 

数え切れない命を奪った。数では数えたくない命を失った。
結局、自分はその輪廻の中で生きるしかないのだろうか。いつか、自分が死ぬ時まで。

 

「分かんないよ、父さん、母さん、マユ……ステラ」

 
 
 

C.E.77。シン・アスカは出向という形で収まった教官という居場所を捨て、戦場に復帰した。
終わる事の無い戦乱が再び人々を巻き込み、幾多の運命を変えることを、彼は未だ知らない。

 
 
 

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