RePlus_第四幕_前編 の変更点


 「だああああ!」
  スバルの瞳に大空を派手に飛ぶシンの姿が映る。本日何度目かのシンの空中疾走にスバルは
 口元を緩ませた。本人の前では決して言う事は出来ないが、大空を滑稽に舞うシンの姿は、い
 つのも実直な彼からは想像する事が出来ず、その様子は正直見ていて面白かった。だが、吹飛
 ばされるシンにだけ注意を向けていてはいけない。スバルの目の前には、グラーフアイゼンを
 構えた殺る気満々の六課スターズ分隊副隊長こと"ヴィータ"が立ち塞がっているのだ。
 「オラ、行っくぞおお!」
 「っく!」
  ヴィータがグラーフアイゼンを掲げ弾け飛ぶようにスバルに迫る。
 「マッハキャリバー」
 『Protection』
  マッハキャリバーが光り輝き、ガントレットが唸りを上げ高速回転しする。突き出した右腕
 に光の盾が生まれ、ヴィータの激烈極まる打撃を受け止める。
 「でえあああ!」
  スバルのプロテクションとヴィータの打撃が互いに干渉し合い火花を散す。だが、ヴィータ
 の小柄の体からは想像も出来ない程の強大な膂力に、スバルは徐々にその体を押し込まれてい
 く。
 「でええありゃあああ!」
  雄叫びと共にヴィータは、アイゼンでスバルを横から力任せに殴りにつけた。
 「わああああああ!」
 スバルは衝撃に耐え切れず、地面を削りながら吹飛ばされ、巨木に激突し漸く停止する。ス
 バルは、肺の中の空気を全て吐き出し、軽い眩暈を覚えた。
  だが、右手に集中された魔力は四散する事無く、プロテクションの形状を保ったままだ。
 「っっう、痛ったったあ」
 「なる程…やっぱバリアの強度自体はそんなに悪くねぇな」
 「あはっ…ありがとうございます」
  ズキズキする背中を庇いながら、スバルは一息付く。そのまま、覚束ない足取りでヴィータ
 の元へと向かう。
 「あたしやお前のポジション"フロントアタッカー"はな、敵陣に単身で切り込んだり、最前線
 で防衛線を守ったりするのが主な仕事なんだ。防御スキルと生存能力が高い程、攻撃時間は長
 く取れるし、後衛組みに頼らないですむんだ。攻撃も大事だが、まずは生き残る事を最優先で
 考えろよ新人」
 「はい!」
 「返事はいいけどな…防御魔法毎相手をぶち貫くのは私の十八番だ。怪我したく無かったら死ぬ
 気で防げよ。なら、続き行くぞ!」
 「はい、ヴィータ副隊長!」
  ヴィータの獰猛な視線に臆する事無く、スバルは気合を新たにヴィータへと疾走した。 
 
 「わああああ!」
 シンの瞳に大空を派手に飛ぶスバルの姿が映る。本日何度目かのスバルの空中爆走にシンは
 口元を緩ませた。自分も言えた義理では無いが、大空を情けない声を上げて飛ぶスバルは見て
 いて少し面白い。
 「派手にやっているな、ヴィータは」
  シンは逸れた意識を慌てて本筋に戻す。
  シンの眼前にレヴァンティンを正眼に構えたシグナムが、シンに油断無い視線を向けていた
 。模擬訓練だと言うのに、シンは、シグナムの実戦さながらの剣気に当てられそうになった。
  萎えかけた戦意を奮い立たせ、アロンダイトを握る手に自然と力が入る。シグナム相手に生
 半可な気持ちで挑んでは怪我では済まない。シグナムは、優れた魔道師でも有り卓越した技能
 を持つ剣士でもある。同じ剣型のデバイスを持つが故に二人の闘い方は自ずと似ていた。共に
 近中距離型の魔道師である。シンが剣型のデバイスを持つと決めた時から、シグナムはシンの
 直属の師匠となっていた。
  レヴァンティンとアロンダイトが打ち合い火花を散す。分が悪いと鍔迫り合いから一旦距離
 を取ったシンは、アロンダイトを大上段に構え地面を超低空に滑空する。シグナムは、シンの
 大上段からの斬撃を涼しい顔のままシールドで逸らし、シンの斬撃は大きく空を斬った。シグ
 ナムが、無防備になったシンの腹目掛けて渾身の回し蹴りを放つのが見える。
 「プロテクション!」
  シンは、反射的に防御魔法を唱えるが魔力が形にならず大気に霧散する。
 「馬鹿者…」
 「あぐっ!」
  シールド展開に失敗したシンは、全身をくの字に曲げながらそのまま吹飛ばされ、ゴム鞠の
 ように硬い地面に何度かバウンドした後漸くその動きを止めた。
  腹の肉が根こそぎ抉られたような強烈な蹴りは、一瞬だけシンの意識を刈り取った。瞳の奥
 で火花が散り、胃の中が攪拌され、口腔に胃酸の味が広がった。シンは、朦朧とする意識の中
 でアロンダイトを杖代わりに立ち上がる。しかし、立ち上がった瞬間、意識が飛び仰向けに倒
 れてしまう。
 「ふむ」
  シンの斬撃は迷いが無く、何処まで真っ直ぐに打ち込んでくる。古来から剣はその身を写す
 鏡と言う。ならば、シン・アスカの性根は何処まで真っ直ぐで純粋だと言う事だろうか。
  シグナムはレヴァンティンを仕舞い、仰向けに倒れているシンを覗き見る。意識はあるもの
 の息も絶え絶えで疲労困憊と言った様子だ。
 「アスカ、無事か」
 「…な、なんとか」
 「…少し復習をしておくか…立てるか?」
 「はい!」
  全身を埃と汗まみれにしたシンが、のろのろと起き上がる。先刻の蹴りが予想以上に効いて
 いるのか、足元が覚束ない。元々魔力が不安定なシンは、簡単な初期魔法で平気で失敗する。
 一応魔力は収束するのだが、魔力が形を成さずそのまま無に還ってしまう事が多いのだ。
  デスティニーがある程度の補助はしてくれるが、デバイスに頼りきりでは、本人の為になら
 ない。それを考慮して、シグナムがシンに施す個人指導では、デバイスの補助機能をきってい
 た。
 
  お陰でシールドも満足に唱える事の出来ないシンは、全身を打ち身と切り傷で埋める事とな
 った。シグナムの方も"男"は多少無茶をしても構わないと思っているのか、ふらふらのシンを
 無視して座学を始める。
  シグナムの手に魔力が集中する。
 「受け止めるバリア系。弾いて逸らすシールド系。身に纏って自分を護るフィールド系」
  シグナムの左手に円、三角形の魔法陣が順に浮かび、最後に全身から魔力が立ち昇る。
 「この三種を使いこなしつつ、直ぐに吹飛ばされないように下半身の強化とデスティニーの習
 熟に努めろ。いいな、アスカ。特にお前のポジションである"ガードウィング"は如何なる位置
 からでも攻撃と防御を行う事が求められる。フロントアタッカーとの連携、センターガードや
 フルバックの防御等も主な役目になる。戦うにしろ護るにしろ、敵を発見したら、倒される前
 に倒せ。その為には、プロテクション程度眠っていても出来るように精進しろ」
 「はい!」
 「では、もう一度…一本取れたら合格だ」
 「はい!」
  シンはアロンダイトを構え、シグナム向けて滑空した。
  当然と言えば当然だが、特訓はシンが気絶するまで続けられた。
 
 魔法少女リリカルなのはStrikerS RePlus
 第四幕"夏来たりて-Summer Day,Summer Night"
 
 0075年 七月初旬
 時空管理局遺失物管理対策部隊 機動六課隊舎。
 
 「アスカー居る?」
 「シン君、今暇ぁ?」
  ティアナとスバルが、控えめな声を出しながら部屋の呼び鈴を鳴らす。時刻は午後九時半
 を回り、そろそろ深夜勤のスタッフが常勤明けスタッフと交代する頃だった。場所は、六課
 隊舎内の男性職員が寝泊りするフロア通称"男部屋"。ティアナ達女性職員達は、まず近づか
 ないであろう禁断の領域だった。
  六課の勤務シフトは、基本的に全職員二十四時間体制だ。
  シン達フォワード陣を例に取ると、訓練時間、待機任務、休息時間、それぞれ八時間毎の
 総計二十四時間が一日の勤務体制となる。待機任務と休憩時間が重なる為、就業時間だけ聞
 けば過酷に見えるが、その内情は世間の一般企業と何ら変わりは無い。
 「何だ…二人共こんな遅くに…何の用だ」
  顔に青痣を付け、疲れた様子のシンが顔を出した。
 「あっごめん…シン君寝てた?」
 「いや、雑誌読んでた」
 「じゃあ、いいじゃ無い別に。アスカ一人部屋でしょ。相部屋だったら、もうちょっと気を
 使うわよ」
  そう言うわけでは無いと思いながら、シンはドアの隙間から二人の姿を除き見る。完全に
 寝巻きであるジャージ姿のシンに対して、ティアナとスバルはシャツとジーンズとラフな格
 好であった。
  シンは、二人の就寝着を知らないが、とても今から寝る格好には見え無い。
 「二人共、何処か出掛けるのか?」
 「うん、コンビニまで。シン君も行かない?」
 「コンビニか…でもあそこ遠くないか?」
  六課隊舎から最寄りのコンビニまで、国道沿いに約二キロある。品揃えは豊富だが、歩い
 て行くのには遠く、平日訓練上がりに買い物に行くのには億劫な距離だった。
  車で行ければ簡単なのだが、部隊車両を借りるのは申請が面倒臭い上にシンはミッドチル
 ダでの運転免許を持っていない。ティアナとスバルは、一応免許を習得しているが車自体を
 持っていなかった。
 「それなら問題無いわ。打開策はちゃんと見つけてあるから」
 「打開策?」
  まぁまかせないと、ティアナは胸を手で叩いた。 
 
 「なるほど…これが打開策かランスター」
 「そうよ。格納庫横で寝てたの借りて来たの」
  隊舎正面玄関前で、年代モノの自転車を得意満々に見せ付けるティアナ。スバルは、いつ
 の間にか直したのか、昇格試験の時に使っていたローラーブレードで玄関前広場で華麗にト
 リックを決めていた。
  年代物とオブラードに包んだ物の言い方をしたシンだが、実際自転車の状態は酷いものだ
 った。今時変速機能の一つもついておらず完全手動型。全身鉄製の無骨なデザインは、軽快
 車と言われるママチャリそのものだ。自転車の塗装は剥げ落ち、フレームは所々歪んでいる
 。パンクこそしていないが、タイヤの溝は磨り減り切っていて、恐らく、整備員が格納庫間
 の移動だけに使っていた物なのだろう。不幸中の幸いか、也はボロボロだが最低限の整備は
 されているようだった。
  これならば、近所に出かける位問題は無いだろう。
 「でもな、ランスター…これ一台しか無いぞ」
 「あっそれでいいの。スバルはローラーで行くから私達は自転車」 
 「私達って…俺が漕ぐのか」
 「当たり前よ。女の子にさせるつもり」
 「…分かった」
  シンは、何か納得行かないと思いながらも渋々自転車に乗りかかる。オーブに住んでいた
 頃シンの移動手段と言えば自転車だった。ギシッとフレームが軋み、バイクとは違う搭乗感
 にシンは懐かしさを覚える。
 「行くぞ。」
 「しっかり漕ぎなさい男の子」
  ティアナが、後部座席に座り"サドル"に手を置くと、シンは地面を蹴り軽快に自転車を走
 らせた。六課隊舎は隊舎周辺こそ開発され開けているものの、国道沿いに南下するとそこは
 緑豊な田園風景が広がる緑丘地帯だ。
  夜風を遮る遮蔽物は無く、風力発電用の風車が重い音を立てながらゆっくりと回転してい
 る。季節は七月初旬に差し掛かり、日中の照りつける太陽は也を潜め、代わりにひんやりと
 した夜風が三人を歓迎していた。
 「ふぅ涼しいぃい!ねぇ今度なのはさんに夜間訓練申請して見ようか」 
  スバルは、公道を我が物顔で走りながらローラーブレードでシン達に並走する。
 「馬鹿ね。昼間暑いからって、夜やるって…子供じゃ無いんだから」
 「えぇ~、いい案だと思ったんだけどな。ねぇシン君はどう思う」
 「ナカジマ、涼しい夜に訓練をするのは賛成だけどな。高町さんの事だから、二十四時間貫
 徹訓練とかやりかねないぞ」
 「あっ、それ有り得る」
  にこやかに笑いながら、鬼のような訓練内容を提案するなのはが容易に想像出来た。
 「うぇえ、駄目だ、この案却下ぁ!」
  スバルは文句を言いながら、ローラーブレードの速度を上げる。シンもスバルに遅れまい
 と若干漕ぐ速度を上げた。対向車線から車のヘッドライトが、三人の影を大きく伸ばす。夏
 の澄み切った夜空の下、シン達は、悠久の時を隔ててミッドチルダに届いた星の光を受けな
 がら国道を走り続ける。
  時々通る車のヘッドライトと等間隔に続く街頭。そして、月と星の光だけが、三人を優し
 く包み込んでいる。
 「ねぇアスカ」
 「何だ」
 「あんたって変な奴よね」
 「何だ藪から棒に」
 「別にぃ」
  何故か拗ねたような声を上げるティアナにシンは戸惑った。背中にティアナの頭がもたれ
 掛かっているのが分かる。風呂上りの石鹸の香りがシンの鼻腔を擽り、シンは体中の体温が
 上昇するのを自覚する。どうにも、隊長含めた六課女性隊員達は無防備過ぎるとシンは思う
 。背中に当たるティアナの体温を直に感じながら、シンは、煩悩を振り切るように速度を速
 めた。
 
 「結局…私…アスカから何も聞いて無いんだけど」 
 「ああ…その事か」
  六課初出撃終了後、シンは、ティアナとスバルに全てを打ち明けようと思っていた。
  自分の生い立ち、自分のした事、自分の思っている事、自分が置かれている状況。
  自分がこれからどうしたいのか。
  全て包み隠さず正直に打ち明けるつもりだった。だが、いざ作戦が終わって見ると言うタ
 イミングを逃してしまい、それからズルズルと今まで引き伸ばしになっている。
  別に隠す事では無い。
  無いのだが、一度言うべき機会を逃すとどうにもタイミングが掴めず、上手く告げれる自
 信が無かった。
 (タイミングって大事だよな)
  シンの勝手な思い込みだが、自分の罪を告白しても、六課の面々はきっと暖かく迎えてく
 れる事だろう。過去を見つめるのでは無く、六課の隊員達は常に未来を見続けている。
  シンには、そう考える事が出来そうに無かった。魔法と言う力を身に付け、未来へ向かい
 前に進んでいるつもりでも、眠る度に過去の記憶を穿り返される毎日が続いている。
  絶望と希望。相反する二つの思いに苛まれ続ける自分は、きっと、いつかそう遠くない未
 来に壊れてしまうかも知れない。自分が犯した罪を償う方法無く、さりとて罰を受ける度胸
 も無い。変わりたいと思うが、変わってしまう事こそ罪にも思えた。
 (俺は…弱い)
  弱いから負けた。
  正しくないから負けた。
  ならば、強くなれば、正しく在れば、シン・アスカは許される時が来るのだろうか。
  今もシンの気持ちは振り子のように揺れ続けている。
 「その事なんだけど、もう少し待ってくれないか」
 「理由は?」
 「言えない」
  言えないのでは無く、どう言ったら良いのか分からないのが本音だった。
 「あんた、そればっかりね」
 「気にするな。俺は気にしない」
 「私が気にするのよ…いつか…ちゃんと言いなさいよ」
 「…必ず」
  シンからは、後ろに座るティアナの姿は見る事は出来ない。だが、夜空に輝く星だけは、
 ティアナが微笑みを浮かべていた事を知っていた。
 
 「あっ、来た来た」
  シン達より数分早く到着していたスバルは、ローラーブレードを脱ぎ、スニーカーに履
 き替えていた。
 「到着だ」
 「はい、アスカご苦労さん」
  シンは、駐輪場に自転車を立てかけ、三人一緒にコンビニに入店する。コンビニは、深
 夜にも関らず立ち読み客を含め、五、六人の客が店内で商品を選んでいた。
 「ポテチ、ポテチっと」
  スバルは、買い物籠を手に取り一目散に菓子コーナーへと歩いて行く。ティアナは、そ
 れを見ながら雑誌コーナーへと向かう。 
 
  特に買う物も無いシンだったが、折角ここまで来たのだからと、買い置きのカップ麺を
 補充すべく乾麺コーナーへと向かう。流石にこの時間だけあって、惣菜と弁当は売り切れ
 ていた。小腹が空いていた事に気が付いたシンは、握り飯かサンドイッチを買おうと思う
 が、残念ながら全て売り切れ。あんぱんやウグイスパンと言った、あまり食指が動かない
 商品だけが残っていた。
  シンは、しょうが無く数個のカップ麺とミネラルウォーターを籠に詰める。
 「あれ、カラムーチョー将軍売り切れてる」
 「何だよ、それ」
 「あれ、カラムーチョー将軍売り切れてる」
 「何だよ、そのお菓子」
  菓子棚の前で、スナック菓子を山盛りに抱えたスバルと出会う。
 「シン君知らないの?これ、今流行りのスナック菓子でカラムーチョー将軍って言うんだ
 よ。滅茶苦茶辛いんだけど、妙に後引く味で大人気なんだよ。辛さを抑えたカラムーチョ
 ー軍師とかカラムーチョー騎馬兵とかカラムーチョー三等兵とかあってね」
 「いや、もういい。何となく分かった」
  もしかして、籠に山盛り一杯に盛り付けられたスナック菓子全てがカラムーチョーシリ
 ーズなのだろうか。
 「ポテチ、ポテチ」と言っていた割には、買う商品全てが激辛スナックとは。シンは、げ
 っそりとしながら嬉々として語るスバルを手で制す。
  訓練明けにそんな辛い物を食べると、余計に眠れなくなりそうだった。
 「ええ、シン君もカラムーチョー将軍駄目だの。ティアも駄目なんだよね、カラムーチョ
 ーシリーズ。折角美味しいのに」
 「…あんまり辛いのばっかり食べ過ぎると、舌が馬鹿になるわよスバル。せめて半分にし
 ときなさい」
 「ええ~」
  後ろから現れたティアナにスバルは、文句を言いながらも棚にスナック菓子を戻し始め
 る。
 「ティア何個までなら…いいかな」
  駄目かなとティアナにお伺いを立てるスバル。
 「騎馬兵三つまでにしときなさい。それなら、私も食べれるから」
 「将軍は?」
 「一個ならね」
 「流石ティア!話が分かるぅ!」
  嬉しそうに毒々しい赤色のパッケージを籠に入れるスバル。
 (将軍はともかく…騎馬兵ってどんな味だよ)
  二人の味覚に疑問を持ちながらも、ティアナの籠の中身が目に飛び込んで来た。
  ティアナの籠には、スバルと違い数個のヨーグルトとフルーツジュース。後、雑誌が数冊
 収められていた。
  ヨーグルトやフルーツジュース等、実にティアナらしいと思ったシンだが問題は雑誌の方
 にあった。
 「…」
 「…な、なによ」
  シンが一瞬言葉を飲み込んだ原因は、ティアナの籠で燦然と存在感を輝かせる"少女漫画"
 の存在だった。少女漫画は、月刊誌らしくやたらと分厚い。タイトルは、花と希望、チョー
 カー等々。いかにも少女漫画と言った絵柄が表紙を飾っている。シンの身近に居た女性達は
 、戦時下と言う事もあってかコミック誌等は読んでいなかった。一番子供っぽいメイリンだ
 けは例外だと思っていてが、メイリンの趣味は買い物で、専ら購読していたのはティーン向
 けの雑誌だった。どうにも、漫画よりは現実の恋愛に興味があったようで、漫画の"ま"の字
 も存在していなかった。 
 
 「いや、意外だなと思っただけだ」 
 「い、いいじゃない好きなんだから!」
  顔を真っ赤にして恥ずかしがるティアナ。シンにしても、同僚の以外な一面を覗いてしまっ
 たような気がしてどうにも気恥ずかしい。
 「い、いや、すまん」
 「何で謝るのよ!」
  真っ赤になりながら吼えるティアナの横からスバルが、ヌッと姿を現す。
 「あっ、"花と希望"今月号出てたんだ。ティア、後で見せてよ」
  二人の間から姿を現したスバルに、ティアナは面食らい、シンとスバルを交互に見続ける
 。やがて、ティアナはスバルに毒気を抜かれたのか、それとも何かを諦めたのか、深い溜息
 と共にいつものティアナ・ランスターに戻る。
 「分かったわよ。いつもの通り、私が読んだら貸したげるから」
 「やったね!」
  指を鳴らし喜ぶスバル。シンとティアナの間に流れていた気まずい微妙な空気が、一瞬で
 消える。シンはスバルの能天気さに心の中で感謝する。
 「あれ、三人共何しとんのや」
 「八神隊長?」
  聞きなれた声が聞こえシンが振り返ると、そこには制服に身を包んだはやてが、買い物籠
 をぶら下げ立っていた。
 「敬礼はええよ。私も今日は疲れてるし、三人とも勤務時間外やろ。気ぃつかわんでいいか
 らね」
  はやては、敬礼しようとするシンを押し留める。ブラウスの襟首を緩め、全体的に制服を
 着崩し、いかにも仕事帰りですと言った風貌だった。
 「今お帰りですか?」
 「そうやぁ。本部で今日も会議や。ほんま疲れたわ」
  ティアナの問いにはやては、んっと大きな背伸びをする。その時、ブラウスが少しだけ捲
 くれ上がり、はやての健康的な肌と小さなおヘソが、シンの瞳に飛び込んでくる。シンの頬
 が一瞬で朱に染まり慌てて視線を逸らした。
 「…むっ」
  それを見たティアナの眉がへの字に曲がる。何でも無い事のはずなのに、さっきのシンの
 行動がどうにも腹に据え兼ね、思わずシンの足を踏みつけてしまう。
 「痛って」
  シンは足の甲に鈍痛を感じ、痛みの原因を作ったティアナに抗議の視線を向ける。何故か
 ティアナは不機嫌そうな顔で、シンから視線を逸らしそっぽを向いている。
 (…理不尽だ)
  ルナマリアもそうだったが、女と言う生き物は、時々こちらが予想出来ない事をしでかし
 てくる。シンは、ティアナの不可解な行動に釈然としないまま足の痛みに耐えていた。
 「そう言えば三人は、どうやってここまで来たん。歩いて来たんやったら私車やから隊舎ま
 で送るよ」
 「ああ、八神隊長違うんです」
 「ほな車か?自分の部隊やけど、許可良く降りたなぁ…どないしたん」
  まるで、悪戯を咎められた子供のような三人の微妙な顔を前に、はやては、はてなマーク
 を浮かべる事しか出来なかった。
 
 「なるほど、自転車かぁ。こら懐かしいな。私最後に自転車乗ったん中学生の時ちゃうかな」
  はやては、ちりん、ちりんと呼び鈴を鳴らして遊びながら、ペダルをパンプスで何度か踏
 みしめて感触を確かめる。
 「でも、これ一台だけしかない見たいやけど」
  はやては、コンビニの駐輪場を見回すが、目の前の一台以外自転車は見当たら無い。
 「ああ、それなら俺が運転して、ランスターと二人乗りして来たんでっ」 
 
 「あっ馬鹿アスっ」
  二人は最後まで言葉を発する事が出来なかった。何故なら、はやてから立ち昇る正体不明
 の重圧が、二人が言葉を放つ事を困難にしていた。スバルは、明らかに周囲の包む空気が変
 わり、はやてを中心とした半径五百メートルの温度が急激に下がるのを"肉眼"で目撃してい
 たりする。
 「へぇ…なるほどなぁ」
  はやての表情は柔らかく微笑んでいるが、目が全く笑っていない。昇級試験の時のように
 背後に仁王像を浮かべたはやての、プレッシャーは凄まじかった。
  前回との違いは、シン一人だけに向けられていた重圧が、今回はシンとティアナと両方に
 向けられている。
  原因不明の重圧にシンは脂汗を流し、ティアナはシンに「馬鹿」と小声で呟いた。
 「八神、た、隊長?」
 「なんやぁ、アスカさん」
  はやてのシンに対する声色は驚く程優しい。しかし、背中から溢れ出るように流れる冷た
 い汗は何だというのだろうか。蛇に睨まれた蛙のようにはやてに気圧されるシン。
  何がそんなにいけなかったのだろうか。やはり、六課隊員が二人乗りをしたらいけなかっ
 たのか。道路交通法はキチンと守らなければならないのか等々、シンは、何処かズレにズレ
 た事を考えに考えていた。
 「ええなぁ…」
 「…な、なにがデスか?」
 「うん…何がやろな」
  悪魔のような微笑とは、こういう表情を言うのだろう。聖母のような穏やかな笑みの下に
 は、壮絶かつ明確な要求が見え隠れしている。
  それが分からない程シンは間抜けでは無い。六課隊員になってまだ日が浅いシンだが、普
 段女性に囲まれているだけの成果はあった。
 「う、後ろ…の、乗りますか」
  はやての重圧に負け、白旗を揚げるシン。 
  結局大人しく寝ておけば良かったと後悔するシンだった。
 
 「おお気持ち良いでぇアスカさん!」
  はやては、シンの"肩"に手を置きながら嬉しそうに声を上げる。シンが運転する自転車は
 、風を切りながら夜道を颯爽と疾走する。涼しげな夜風がはやての頬を撫で、香水の匂いが
 シンの鼻腔に届いた。
 (当たり前だけど…ランスターとは違う匂いがするんだな…)
  シンは、ティアナの気分が落ち着くような石鹸の匂いも好きだが、はやての大人の女性を
 匂わす香水も嫌いでは無かった。
 「アスカさん…今更やけど、私重くない?」
 「これ位問題無いですよ…ほら!」
  自転車の速度を更に上げるシン。 
 「おっ!」
  はやては、振り落とされないように、シンの肩から腰に手を移す。はやての柔らかい感触
 に心臓の鼓動が早鐘のように鳴り響く。シンは、煩悩を消し去るように、サドルから立ち上
 がり、自転車の最終走法"立ち扱ぎ"にシフトチェンジする。そんな、シン達の横をはやての
 軍用ジープに乗ったティアナとスバルが並走する。
 「頑張れシン君!まだまだ行けるよ!ねえティア、あんなに怒らなくても、八神隊長も乗り
 たいなら乗りたいって言えばいいのにね。あれっ…ティアどうしたの」
 「何か…納得行かないわ」
  ぐったりと項垂れながらジープを運転するティアナ。その横でスバルは、必死に自転車を
 扱ぐシンを暢気に応援していた。
 「アスカさんすぴーどあっぷや」
 「了解!」
  楽しそうなはやての声と、半ばヤケクソ気味なシンの声を聞きながら、ティアナは深い溜
 息を付いた。 
 
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