A.C.S.E_第08話

Last-modified: 2009-03-18 (水) 01:17:55

「頼まれていた人物のデータは一通り揃えてあるよ。さすがに時期的な事情もあって戦闘データやバイタルデータは最新とはいかないがね」
 肩をこす程度に伸びた白髪の老人、ロラン・ヘクトルという名の管理局の提督が、眼前に座っている人物にそう告げる。紫の髪に白衣を纏った男は渡されたデータが自分の希望を完全に満たしている事をその金色の瞳で確認する。男はふぅむと呟いて、視線を眼前の管理局提督へと戻す。
「確かに……しかし、私だけ一方的に渡されるというのはやはり心苦しいね。できれば私からも多少の協力をさせてもらいたいところだが」
「何、構わないさ。私自信が君の研究――君の娘たちに多大なる興味を抱いている。その結果を見せてくれる事を報酬としてくれればいい。それに私の作品(娘)も君に多少なりとも迷惑をかけているしね」
「G型の事だね。まあ構わないよ。それに直接迷惑がかかる前に、君のお抱えの”戦力”が潰してしまうじゃないか」
 その”戦力”という言葉を聞いて管理局提督はああと髪をかきあげながら疎ましげに溜息を吐いた。その様子に興味を引かれたのか、白衣の男の金色の瞳が僅かに持ち上がった。
「これは驚いた。念願の適合者を見つけたのだから、もっと喜んでいると私は思っていたのだがね?」
「よしてくれ。あんな欠陥品が適合者な訳が無い。おそらくシステムに何らかのエラーが発生して登録情報が狂っただけだよ、今のあれは」
「欠陥品、とは?」
「――そうだな。世界の時間、その流れを波に例えるとすれば、そこに住む人々はフネだ。いや浮く機能を備えた物体程度か。そして流体を抵抗なく漂う以上、それは皆等しく流線形なのだろう。そうでなければ時間の流れに乗れないからね、しかし」

 

「”シン・アスカ”は違うと?」

 

「あれは――そうだな、たぶん”ギザギザ”なのだろう。見た事は無いし、そもそも見れるものでもないが、恐らく流体力学を踏みにじるような形状をしているに違いない」
「ほう、それがシン・アスカの”能力”なのかね?」
「あれは”能力”なんて整ったものじゃあない、精々”体質”程度の特異性だろうさ。何せ制御する方法も無ければ、意味も無い。アレは世界の流れをまるで無視して見当違いな方向へ漂っていくだけの欠陥品なのさ。

 

 死ぬべき時に死なず、
 本来与えられた役割を無視し、
 救われるべき存在を見殺しにし、
 倒すべき相手を倒さず

 

 ――そうして負けてはいけないトコロでこれ以上ない程に敗北した。

 

 あの世界には全くもって同情するしかないね。”主役”がその役割を全うしなかったばかりに、以前の”主役”の枠に”引っかかっていた”だけの連中が致命的な勘違いをしてしまった。自分達はまだ世界を動かせる、トクベツな存在だ、世界に必要とされている、とね。それもこれも総てあの欠陥品が世界の流れを無視し、正当(妥当)なシナリオを破壊した所為だよ。”狂わされた”世界が気の毒でならない」
「ふゥむ。世界の流れに捉われないという事は、その加護も受けられないという事なのかね? 勝つべき戦いでも、負けるべき戦いでも、等しく幸不幸が降り注ぎ、その結果は総て出たとこ勝負と。だが結果として今も”生存”している辺り、なかなかに興味深い存在だと私は思うのだが、どうかね?」
「……全く誤算だったよ。放置しておけば適当に野垂れ死ぬと思ったのだがね、まさか勝手に渡ってくるとは思わなかった。そういうモノだとはいえ、いざ本当にやられると流石に驚くものはあるね……まあ問題は無いだろうさ。あれは世界に護られない、守護も加害も無視して生きている。始末しようと思えば実に簡単、かつ呆気無く終わるだろう。あんな欠陥品に私の作品を使われているのはあまりいい気分でもないが、後続の為に精々実働データを吐き出してもらうとするよ……」
「欠陥品ではあるかもしれないが、魅力的に映るがね。現に私なりに施したい事もいくつか思いついている。とはいえどうやら縁が無かったようだ。私が何かする前に、彼は手に入れてしまったらしい。ああ、そこで”当たり”を引く辺り、君の説を立証していると言えるのかな」
「……君も変わっているね、譲ってあげたいのは山々なのだが、少なくともあれを保有している内は手放す心算は無いのだが」
「何、構わないさ。私は勝手にもぎ取った事も含めて、彼を興味深いと判断しているからね。そういった捻じれた存在は下手に横合いから手を出さずに行く末を眺める方が面白くもある……まあ実際にこの手でその異常を解き明かしたいという思いもあるが、それは死体になってからでも遅くは無いだろうさ」
「全くだね」
「ああ」

 
 

 眼前に座っていた老人が消失してからも、白衣の男は席を立とうとしなかった。何かを
口の中だけで呟き続け、時折くつくつと笑い声を洩らしている。
 一言だけ白衣の男が呟く。

 

「――――なんだい、思っていたよりずぅっと、愉快な事になりそうじゃあないか」

 
 

第08話「Encounter」

 

///

 

 モビルスーツは空を飛べる。少なくともシンの機体であるスローターダガーは、シルエットAに含まれるエールユニットを装備すれば飛行する事が可能だ。ただし推進剤や電力を消耗するし、そもそも現場まで人型ロボットがお空をかっ飛んだりしたら目立つ事この上ない。それにあくまで保有と限定的な運用を公認されているだけで、許されていない項目の方が多いのだから。魔導師が街中で空を飛ぶにも許可の居る状態なのに、更に無茶な存在であるMSで許される訳もない。
 そんな訳で、シンは他の六課の面子と同様にヘリに揺られていた。操縦しているのはヴァイス・グランセニック曹長(何かやたら馴れ馴れしい人)。普段の様子とは裏腹に、ヘリを動かさせたらその腕前は光るものがあると聞くが、シンはMS以外はただ操縦できる程度だ。それも向こうの規格で。なのでそれが真実なのかは実際知らない。
(どーでもいいや……)
 心中で結論付け、溜息を吐いた。何となくさっきからずっと窓の外を見ている。意識を向けるのは青空でなく、網膜に映った機体のデータ。シルエットシステムⅡの状態をチェック。ぶっつけ本番だが、それはこの能力の発現の時からそうだ。遡ればそのまた前も――この世界に来てからは常にかもしれない。
「あの……」
 エリオが遠慮がちに話しかけてきたので視線を向ける。エリオだけでなく、その場に居る人間は皆六課の制服姿である。シンは違う。訓練や今までの実戦で使っている黒と灰色の二色の防護服だ。魔導師ならば戦闘に突入する直前にバリアジャケットを生成すればいいのだが、シンはそうもいかない。事前に着替える必要があるのだ。MSウェポンで装甲の概念を纏っても、通った衝撃には晒される。それに耐えるには通常の衣服は弱すぎる。
「どうかしたか?」
「もしかして気分でも悪いんですか? ずっと窓の外見てますけど……」
 エリオの問いに、いやと答えてからシンは視界を移動させ始める。エリオも何事かとシンの視線の先を共に追う。シンの赤い瞳がエリオの顔から、ヘリの隔壁を通過し、高町なのはを通り過ぎ――”それ”に向けられる。
「…………………………………………」
 わかってるんだ、十数メートル越えの機動兵器を人間の身体に押し込めてる時点で、シンも非常識の仲間入りしている事くらい。でも頭では解っていても、それまで築いてきた価値観があれを認めたら駄目よと囁いている気がしてならない。
 視線の先には、サイズ数十センチの人型、名前をリインフォースⅡ(ツヴァイ)。階級は曹長。普通にシンより偉い。世の中マジでわからない。
 ――視界に収めた事を即後悔した。何かシンの中の常識というか、価値観的なモノがピシピシ音を立てて崩壊序曲。魔法という存在も最初は受け入れがたかったが、いざその仕組みを学んでみるとその考えは容易く反転した。要は魔力というエネルギーを礎にして発展させた”科学”なのだ。確かに訳の解らない部分――いわゆる”ファンタジック”な要素もあるにはあるが、少なくともシンの想像よりもっとずっとしっかりしたものだった。
 このヘリの内部で主であるキャロの傍らを浮遊しているフリードリヒ(飛竜)も、そういう生物が発生しうる生態系があるから存在している。学んでしまえば受け入れる事は思いのほか容易かった。でもあの妖精さんは無理、普通に無理。
「えと、リインさんがどうかしたんですか?」
 共に視線を追っていたエリオが首を傾げて訪ねてくる。終着点である妖精さんを原因だと判断したのだろう。どう答えたものかと思案する。心の内(あれを視界に入れたくなかった)をそのまま素直に返答するのは少々躊躇われた。何か気が付いたらエリオだけでなくキャロもスバルもティアナも何事かとシンに視線を向けていた。
 焦りが募る。大丈夫、まだ表には出ていない。普段通り、適当にやり過ごせばいい。
「あー……いや大した事じゃ……」
「リインがどうかしたですかー?」

 

 ――目 の 前 に こ な い で く だ さ い

 

 祈りにも似た切実な叫びをシンが心中で捧げている等露知らず。件の妖精さん(リインフォース)がシンの眼前に浮遊してきた。きょとんとしながら首を傾げたその様は大多数の人間(こっちの世界の)が可愛らしいという印象を抱くのだろう。けどシンにとっては、こう何か、頑張って積み上げているというか、貼りつけているモノにばっしんばっしんヒビが入るので大変よろしくない。
「………………どうもしませんよ。ええどうもしませんとも。どうもしないので今すぐ俺の視界から出ていってくださいませんか曹長殿」
 仏頂面というよりは心(感情)が死んだ様なのっぺりとした顔でシンは言葉を吐き出した。体力的な意味でなく心理的な意味でHPがレッドゾーンに向けて猫まっしぐら。
「な、なんでです!? リインはシンに何かしたのですか!?」
「あ、ちょ寄らないで……! 本当寄らないで…………!!」
 うああああ……ッ! と呻きながら身体を仰け反らせているシン。掌に乗る程の小さな妖精に色々な意味で問題児であるシン・アスカが圧倒されている様を、他の面子は奇妙なモノでも見るような目で見ていた。というより、異質過ぎてどう反応していいか解らないと言った方が正しいのだが。
「リインは今お話をしているのですよ! ちゃんとリインの目を見てくださいー!!」
「目を合わせなくても会話は可能でしょう曹長殿……ッ!」
「だーめーでーすー!」
 やんややんやと言い合い――というよりか、シンが一方的にリインになぶられている状況が続く。シンが徹底的にリインの意見(存在)をシャットアウトしているので、問題は解決する事なく平行線で永続する。その様子にいくら言っても無駄だと判断したのか、リインが先に折れた。でもシンが折れてないかって言うと実際結構際どかったりする。
「ぷぅ……もういいです! シンは今度ヴィータちゃんにしっかり叱ってもらうです!」
 ばんばん言いつけてやるですよー! と憤慨しながらリインがシンの眼前から去っていく。シンは座席の背もたれにどかっと身体を預ける。
「あぁ゛ー……」
 模擬戦でボコボコにされた時よりも消耗しているのは何故だろう、と呟いてみたりした。
「……シン君ってさ」
 ぐったりしつつもスバルの声がしたので顔を向ける。
 妙に真剣な顔をしていた。何かの確信を得たかのようにうんうんと頷きながら呟く。

 

「――変なところで変だよね」

 

「いや意味がわからない」
 本気で言葉の意味を掴みかねたので、反射的に返答していた。なのに横のティアナは『あー、そうそうそんな感じ』と今にも言いたげな顔をしていたし、エリオとキャロは即座に頷いた後に『あ……うなずいちゃった……』みたいな顔になっている。
 気のせいだろうか、立場的に近いこの四人と物凄い距離を感じるのは。
「魔法が無い世界の出だからしょうがないだろ。俺だって何でもかんでも直ぐに受け入れられる訳じゃないんだよ……」
「あれ、でもフリードは平気ですよね?」
「だってこれはこういう生き物だろ。何か問題あるか?」
 エリオの疑問に即答する。キャロの上あたりを浮遊するフリードリヒに指を向けたら牙をむかれて威嚇された。どうやら嫌われているらしい。フリードリヒに注意しようとするキャロを制す。シンがろくでもない人間だと、野性的な感覚でフリードはそれを感じ取っているだけなのだろう。それで注意されるのはこの竜に悪いと思った。
 曹長な方が『がーん!』と言っているのがバッチリ聞こえていたが、視線は向けない。向けたらさっきの焼き直しをする自信があった。同じ失敗を繰り返す程シンは愚かでは無いのだ。
「……うん。やっぱりシン君変わってる」
「…………ああ、もうじゃあそれでいいよ。ほっといてくれ……」
 投げやりに答える。不貞腐れている様に取られるだろうが、このまま続けても挽回する機会は永遠に訪れない気がする。

 

 脳内に介入したシステムがデータを受信する。

 

 敵機確認。航空戦力を六課本部のロングアーチが補足し、その詳細がダガーのシステムに転送されて来る。豹変と言える速度でシンの顔から感情が消えた。普段通りの仏頂面で、そのデータを読み込み状況を把握する事に専念する。
 さっきまでシンがへこんでいる様子に微笑していた四人も顔を強張らせる――その中でキャロだけが、少し怯えが混じった顔になっていた。ちょっとした引っかかりを覚えつつも、データの整理を優先する。
(航空型……Ⅱ型だっけか、管理局だと)
 立ち上がりかけて考え直す。浮かしかけた腰を座席に落とした。今直ぐにヘリを飛び出したいのだが、シンは今機動六課という部隊の末端なのだ。勝手に動くのは許されない。
「シン! 空戦装備は使えるよね!?」
「問題ありません。いけます」
 操縦席から戻ってきたなのはの声にシンはあくまで静かに答える。シルエットシステムⅡは異常なし。シルエットA使用可能。
「私達は先に出て空を抑えるよ、準備して」
「――はい、了解しました」

 

 動く許可を得たのなら、何も我慢する必要ない。
 ここから先は”ぶちまける”だけだ。

 

 重く静かな駆動音を響かせながらヘリのハッチがゆっくりと開かれる。開け放たれたヘリのハッチから流れ込んでくる風がシンの前髪を容赦なく叩いた。目を少しだけ細めて空を眺める。
「さて、」
 MSウェポンの待機状態を解除。機体のシステムを立ち上げる。ジェネレーターの出力が段々と上昇していくと同時に、シンの肩や腰に赤いワイヤーアートが描かれ出す。その線が描くのは機体の肩アーマーや武装。赤のラインから、展開するように灰色が拡がる。数秒間を要し、シンの身体の各部に機体と同一でサイズだけ変更された灰色のパーツが出現した。リアアーマーからビームライフルを左右の腕で引き抜いた。左手に赤と黒の小型盾が出現する。”本体”の分はここまで。
「――システムコール、シルエットA」
 シンの背中では無く少し後ろで赤いラインがカタチを描く。先程と同様に線から装甲が拡がっていき、赤と黒で塗り分けられた翼をもつエールユニットが出現。機体背部、バックパックとの接続用コネクタ上部に追加されたセンサが出現したユニットとシンを赤いラインで繋ぐ。そのラインによって牽引される様に、また不可視のレールを滑るかのように正確に。出現を続けながらシンの背中へ進行。やがて到達し、接続用プラグによってシン(機体)とエールユニット(バックパック)がコネクトされる。
 先行します、と上官(高町なのは)を振り返る、頷き(許可)を確認するとシンは再度前へ向き直った。そのまま歩く。靴が金属を叩く音でなく、金属と金属がぶつかり、サスペンションがその衝撃を緩和する足音を響かせながらシンは空へ向って歩く。

 

「ストレンジ01、シン・アスカ。スローターダガー、行きます」

 

 抑揚なくそう告げて、シンはヘリの後部ハッチからその身を躍らせた。感じる風が強くなる。重力に引かれて身体(機体)が落下する。ヘリから離れたのを確認、畳まれていたエールユニットの左右ウイングが勢いよく、翼の様に展開した。各部のスラスターが青光を噴き出す。圧倒的な推力によって、シンの身体に空を翔ける権利が譲渡される。
 スラスターの出力を引き上げた。エールユニットから吐き出される青光が膨れ上がり、シンの身体が更に加速する。
 後方で桜色の閃光が爆発するように拡散していた。高町なのはがデバイスを起動させたのだと判断する。レーダーに映る友軍のマーカー。まだ目視は出来ないが、フェイト・T・ハラオウンが戦場に接近している事を告げている。
 確認だけして、スラスターを操り、敵機の方向へと飛翔する。シルエットA――機動性特化の現在の装備ならば空戦魔導師に勝るとも劣らない速度で飛行できる。大して時間を要さずに、カメラアイの望遠でなく、シンの肉眼で敵機を補足できる距離まで到達した。
 視界に映るのはガジェットドローンⅡ型。形は航空機に似ている。Ⅱ型とは”管理局”ではこれが初のエンカウントの筈だ。だがシンには少ないが交戦経験がある。
 その食い違いにも何かしら理由があるのだろうが、それはシンが考えてどうにかなるものではないのだろう。
 全武装のロックを解除、
 敵機の総数と位置関係を把握、
「――――――くっ」
 口から声が漏れて初めて笑っている事に気が付く、ただし余計な高揚は判断ミスを招くので、シンはそれを”どかそう”と試みる。目を閉じて深呼吸。数回繰り返す。意識をクリアに、ただこれから始まる戦闘を正確に遂行するだけを考える。
 接近警報、敵機(Ⅱ型)が迎撃に発射したレーザーの光が視界の中で瞬いた。背部の大型スラスターが稼動し、シンの身体が上方向へ、レーザーが通り過ぎる。右手のライフルから発射された灼熱の光弾が一直線に、大気を焦がして突き進む。直撃。高熱はいとも容易くⅡ型の装甲を溶かし破り、内部機構を焼き尽くして貫通し、その向こう側へと突き抜けていった。ボディに穴を開けたⅡ型がバチバチと紫電を迸らせながら、糸の切れた凧の様にふらつき――爆散した。
 行動に一片の曇りもなく、意識には余分な感情も無い。機械に似た精密さで、シンはいつも通りに、唯一出来る事を行使する。

 

 その顔に剥がした筈の薄い笑みを貼りつかせながら。

 

 右腕を新しい標的に向ける。ロック、トリガ――中断。射線上に友軍(高町なのは)を確認、このまま撃てば彼女に当たる可能性がある。舌打ちをする。現在は空の上での高速戦闘。どうせ誰も見ていないから問題ない。
 再度舌打ち、今度はシン自身に向けての苛立ちだ。友軍が居る事を、一瞬でも忘れていた、意識から外していたという失態。こういう事態が起きる事は予測できるし、対策もいくらか立てていた筈なのにこの体たらく。望む域はまだ遠い。
 正面から接近するガジェットⅡ型から、シンに目がけて光が伸びる。レーザーによる攻撃。機体各部とエールユニットの可動スラスターを駆使し、空中で横にスライドする。シンの横を光が通りすぎる。
 休むことなく横方向に降り注ぐレーザーの雨。上へ、斜めへ、身体を回転(ロール)させて、体勢を変えて、跳ねる様に、横殴りの豪雨(レーザー)を回避する。接近してくる敵機に向けて右腕のライフルを向けた。照準(ロックオンマーカー)、発射(トリガー)。銃口から延びた緑色のビームがガジェットを通り抜け、空に炎が咲く。
 右脚をシンの下を通り抜けようとしていたⅡ型に向ける。脚部のハードポイントに装着されていたカービンからビームが幾条も放たれる。自在に動かせる腕と違い、固定された状態で、更に脚を用いての射撃故に精密性は腕部よりもずっと低い。その分数で持って補う。一発目は翼を掠め、二発目は完全に外れ、三発目は機体後方を抜けた。小規模な爆発でⅡ型の姿勢が崩れる。四発目で直撃。空に花がもう一輪。
 足を前に出す。背部のスラスターの出力を下げる。急制動。可動スラスターの出力に任せて身体が強引に”回転”する。縦方向ににぐるんと一周。通常規格を大幅に逸脱した速度で身体が振り回されて、脳が身体が軋みを上げる。必要ないので全部無視……!
 上下が逆さまになった視界の中で、シンを通り抜けたガジェットを背後から狙撃する、照準を優先。右手と左手のライフルを交互に、途切れさせないように撃つ。腕で追い切れない敵機は脚部のカービンで追い立てる。撃つ、撃破、撃つ、撃つ、撃破、撃つ、撃破、 ライフルは保持したまま。スラスターの出力を上げる。急加速、Ⅱ型の群れへと直進する。向こうもこちらへと接近している。距離が詰まる。レーダーと視覚がレーザーを捉え、聴覚が警報を捉える。
 左腕の盾は頭――センサとカメラを庇うように翳す。残った右腕でライフルを発射。直進するビームがガジェットをもう一機貫いた。爆散する。
 ”射程内”まで接近した。頭部に集約されたセンサ類を守るように翳していた左腕を前方のⅡ型の群れに向ける。盾の先端部がハサミの様に開く。発射。ワイヤを伴って伸びたアンカーがガジェットⅡ型に到達した瞬間に開いた先端部が勢いよく閉じる。ガジェットの装甲を強引に曲げ、食い込む様にアンカー先端部が食い付いた。
「お前らごときに」
 振り回す。アクチュエータが唸りを上げて、スラスターが光を吹き出す。暴力の前準備、シンの顔に貼り付いた笑みが一瞬だけ酷く深くなる。
「無駄に使ってやれるほど、バッテリーの容量は多く無いんだよ……!」
 反動で身体が持っていかれないよう、各部のスラスターの推力を常時調整する。身体全体をその場で大きく捻り、一回転する機動。身体が回転すれば、胴体と繋がっている左腕も回転する。そして、そこから伸びたワイヤーも。その先端の”質量”も。
 完成する即席のハンマー(鉄槌)。ゴウと風を切りながら振り回される質量(ガジェットⅡ型)が、未だ無事に空を翔ける同類達にこんにちは(ぶち当たる)。金属質な重く響くような衝撃音。ワイヤーを伝ってシンの腕部にも衝撃が響く。インパクトの瞬間に火花が散る。装甲のひしゃげたⅡ型が一機墜落。
 再度振り回す(スイング)。振り下ろすように。横に薙ぐように。激突の度に反動が腕部に伝わる。破壊が順調に行使されている証。流石にビームの直撃より威力は落ちる、一撃で完全に破壊とまではいかない。当然だった。けれど衝撃による影響は確実に存在している。歪になった装甲にバランスを崩したもの、見当違いな方向にレーザーを撃ちまくるもの、一見無事でも火花を散らしながら妙な軌道を取るもの。
 そんな風に、正常から外れた敵機を、右腕のライフルで一機ずつ確実に撃ち抜いていく。アンカーの先端部に捉えた質量がばちばちと火花を散らしている。ワイヤーを巻き取る。盾と先端部が接合した。
「換え時だな」
 カラダを横に一回転させる。遠心力を上乗せして、盾の先端で挟み込まれて火花を上げるそれ(質量)を敵機の群れに放り投げた。異物に向かって当然の様に放たれる迎撃(レーザー)。見るも無残にあちこちがひしゃげ、火花を散らしていた”それ”が、撃ち抜かれて爆散する。
 その行動は正しくない。撃ち出されるがごとくの勢いで投げ出されたそれは、迎撃した敵機の至近距離で爆散した。それなりの熱量を蓄えた破片という名の弾丸が撒き散らされる。降り注いだ弾丸に容赦なく叩かれ、姿勢を崩すⅡ型の群れ――爆煙を突きぬける様に突き進んできたアンカーが新しい生贄を捕獲する。行われたのは先ほどまでの焼き直し。
振り回す、ぶつける、撃ち抜く、投げる、爆発する、そしてまたつかまえる。
『シン、聞こえる?』
 唐突に女性の声が響き、少しだけ集中がぶれる。それを一瞬で立て直し、それから念話だという事を理解して、その声に返答する。
「聞こえます。どうかしたんですか、高町隊長」
『ロングアーチから連絡があったんだけど、ここから――目標の車両から離れた地点に、一体だけガジェット反応があるみたい』
「――G型、ですかね」
 それを聞いて一瞬でその存在を連想する。G型は通常のガジェットとほぼ同時に出現する事が多いが、その行動目的は大幅に異なると推測されている。
『うん。断定はできないけど、可能性が高い。だからお願いできる? ここは私とフェイト隊長で抑えるから』
「…………、了解」
 掴んでいたガジェットを放り投げて狙撃し、爆散させる。その爆煙を突き破ってシンが加速する。降り注ぐレーザーを回避――すれ違いざまに数発だけ撃つ。そのままガジェットの群れを突っ切って、シンは戦闘領域から離脱した。
「車両の進行方向の……大分先、結構距離があるな。急ぐか」
 背負ったエールユニットがスラスターの青光を吹き出し、シンの身体が更に加速する。少しだけ振り返った。戦場を俯瞰すると、桜色と金色が幾度も瞬き、その度に無数のガジェットが鉄クズへと変えられている。その様子に溜息をついて、
「こりゃ戻ってきたときには終わってるな……」
 今度こそ振り返らずに、シンは最大加速で目標地点へと飛翔する。送信された座標は貨物車両の進行方向、つまり続くレールの先となっている。
 空を翔けて、魔力光瞬く空の戦場から遠ざかる。レール上で走行している車両が視認出来た。こちらでも魔力光が時折車両から飛び出している。戦闘中なのだろう。
(こっちは大丈夫……なんだよ、な)
 何か起これば通信で報せが入る筈だ。頭を振って、列車から目を離し、目標地点から少しだけずれた軌道を修正する。
 回数が多い訳では無いが、フォワードの四人とはもう何度も合同で訓練を行っている。事前に情報も集めた分も含めて、シンは四人の実力を完全とはいえなくても把握できている筈だ。その判断が、魔導師として見れば”強く”はないが、ガジェットに後れをとるほど”弱くはない”と告げている。
 だから、シンが要らぬ心配をする必要は無い。シンにはシンにしか出来ない事があって、そのためにここに居る。やるべき事にだけ集中していればいい。
「やっぱ、あの二人がなぁ……」
 スバル・ナカジマとティアナ・ランスターではない。エリオ・モンディアルとキャロ・ル・ルシエの方だ。あの二人が気にかかる理由は至極単純。

 ――子供だからだ、あの二人が。

 舌打ち。頭では分かっている。こっちの世界では年齢でなく能力が優先される。命がけの戦場に子供が出る事、こっちの世界ではそれが普通。それに能力優先はザフトでも顕著だった。
 シンだって似た様なものだ。目的のための行動に年齢が関係ない事はよく分かっている。二人の決定に水を差すつもりは無いし、そもそもシンみたいな赤の他人が口を出していい事でもないだろう。
 だけどいざ自分よりずっと低い年齢の二人が戦っているのを見ると、胸の中でのしかかるものが、渦巻くものがある。理屈を理解しても、感情が納得しない。
「………………らしくない、よなぁ」
 一言だけ呟いて、意識を切り替える。目標地点まではもう後僅か。
 タイムオーバー。考え事をしている余裕は無い。
 エールユニットが吐き出す青光をたなびかせながら、シンは一直線に空を翔ける。

 

///

 

 手元に置いた端末を無表情で見つめながら、レイ・ザ・バレルは思案する。
(……初出撃、か。現在状況はスターズ、ライトニングの隊長が空で航空戦力を迎撃、牽制。部隊員――フォワード四名とリインフォースⅡが車両内部に突入。現在目立った問題は無い、と)
 場所は変わらず、聖王協会近辺の特技の車両の中。距離的な問題から、どれだけ急いで帰ってもレイが使用出来る移動手段では間に合わないと判断。なのでその場を動かずに、状況を把握する事に努める。詳細なデータは六課ロングアーチから、特技のスタッフを介してリアルタイムで送られている。
 敵機の総数から戦闘の映像まで一通り揃ってはいる。ただし映像の中にシンの姿は居ない。先程離れた地点での反応へと向かい、一人だけ大幅に先行しているからだ。G型の反応は未だ無いが、可能性がある限りシンが行くのが妥当だろう。シン――というよりMSはそのためにあるのだから。
(ただの機能不全の固体である可能性もあるが……G型だとすれば、今までにないパターンで動いてきている事になるな)
 待ち伏せにしても、罠にしても、今までそういった状況は無かった。前触れを掴ませずに現れて、理由のはっきりしない破壊活動を行うのがG型の傾向だった筈だ。そのパターンが崩れている、崩しているという事は何を意味するのか。
「あまり良いものでは、無いだろうな」
 溜息を吐く。後手に回ってばかりの現在の状況は好ましくない。だが先手の打ちようが無いのだから仕方が無い。戦闘を中継する映像の中では色とりどりの閃光が瞬いている。魔法の行使による魔力光の瞬きだ。
「………………」
 フォワード――ライトニングの二人が”落下”したというその事実を、レイは映像という媒体で現在進行形で追っている。
「なあ、シン」
 絶対に届かないと知りつつも、戦場のさなかに居る人物に問いかける。
 画面の中で、弾け飛ぶ光の中から巨大な白竜がその翼を広げている。そうだ、これが魔法だ。この世界で横行するルールだ。向こうでまかり通る力とは根本的に異なる力だ。

 

 ――その力は、人の思いに応える。

 

 レイが知る”力”というものは、憎しみや破壊の類だ。生むのは悲劇、作るのは焦土、撒き散らすのは絶望。人々の悲鳴も嘆きも無視して、ガン細胞の様に増殖して、そして際限なく成長する。どれだけの血が流れてもその成長は衰えず、加速して――そして新たな実(戦争)を結ぶ。
 だけどこの世界ではそうではなかった。力は必ずしも破壊を生むのではなく、むしろ悲劇を打倒する事が多々あるのがこの世界の理だ。同じ”力”なのに何故こうも招く結果が異なるのか、レイはずっと考えているが、答えは未だ出ていない。

 

「それに触れて、お前はどうする? どう、変わる……?」

 

///

 

「見つけた、こいつか」
 貨物車両のレール脇で、佇むように居るガジェットⅠ型をセンサと視界で補足する。右手のビームライフルを向ける。見た限りではG型では無い、しかし攻撃対象である事に変わりは無い。トリガー。発射された高熱の光の弾丸が真っ直ぐに棒立ちしているガジェットに突き刺さり、貫通し、数瞬遅れ、思い出したようにガジェットが爆散した。
 MSウェポン時に使用される”ビームライフル”は、要はMSの持つそれが人間の持てるサイズになっている。ならばその威力はどうか、当然MS時よりも断然低い。だが発射される光弾は人間(魔導師)が生成する同様の炎熱術式を軽々と上回る。加えて詠唱も必要とせず、非常に優れた(危険な)武装であるといえる。
 だが流石に一発撃っただけで、着弾地点に数十メートル近いクレーターが生成されるのは異常だった。放射状に走るヒビ、周囲に響き渡る轟音。盛り上がる地面、崩れ落ちた土砂の隙間から覗くのは金属の光沢を持つボディ。
「地下に隠れてやがったか――システムコンバート」
 センサがG型を補足した瞬間、形式だけとはいえ設定されているシステムリミットが解除される。同時にドライブ。
 シンの身体から赤いラインが拡散し、空中にワイヤーアートを描く。空に走るラインから展開するのはMSという兵器を存在する無数の機械部品、それらが覗いたのは一瞬で、追従するように拡がる灰色の装甲がそれを覆い隠す。
 ”巨大化”というよりは、”出現”。僅かな赤が弾け飛び、スローターダガーの灰色の装甲が日を受けて鈍く輝く。シンはコクピット内で本来の視界が回復すると同時に計器とモニタにて機体状況を確認、異常なし。背部のエールユニットからスラスターの青光が噴き出し、機体をその場(空中)に停止(ホバリング)させる。

 

 対象をGⅠと断定、シンは両手のライフルの照準を敵機の中央へ合わせる。後はトリガーを引くだけだ。GⅠはその巨体を地面から”引き抜いた”後は目立った行動を起こしていない。”目”に位置するレンズをこちらに向け、触手の様に伸びたケーブルを蠢かせているだけだ。
「…………」
 両手のライフルを発射した。伸びる緑の光弾――ウェポン時とは比較にならない威力のそれ――がGⅠの胴体に突き刺さった。溶ける装甲、焼き払われる内部機械、炸裂する火花、昇る黒煙。直撃――敵機は防御行動も回避行動も取らなかった。
「…………?」
 スラスターが噴き出す。GⅠの左側に回り込み再度ビームライフルを発射した。今度も容易く直撃した。遅れてダガーに向かって伸びてくるケーブル(触手)。左手のライフルでその”根元”を撃ち抜いた。地に落ちた巨大なケーブルが轟音と震動を周囲に与え、粉塵が舞う。空中に在るダガー(シン)には関係が無い。右のライフル――直撃。
「おかしい、こいつ、前より弱い……」
 特技に所属するシン・アスカはガジェットとの交戦経験が多い。当然そこには通常の手段では到底太刀打ちできないG型とのものも含まれている。そもそもこの世界での初陣の相手がG型だった。故にG型の、その戦闘能力については多くを把握している。
 そのシン・アスカが自身に圧倒的に有利な現在の状況を不可解だと判断している。確かにGⅠ型はAMFによる絶対的な対魔防御とその巨体故の質量を除けば目立った脅威はさほどない。攻撃手段も精々レーザー射撃に触手代りのケーブルだけだ。
 それでも楽な相手という訳では無い。どころか、回を重ねるごとに”厄介”になっているとシンはとうに気付いている。おそらく学習しているのだ、シン・アスカの戦闘を。戦えば戦うほど、その動きから明確に無駄が減っていると解る。迎撃が的確になっているのが解る。最新(一つ前)の戦闘ではこちらの機動を予測したかのような攻撃に幾度も冷や汗を流している。
 だからこの”有利”な状況は、おかしい。
「罠、か? でも何を……?」
 敵機から完全に注意を逸らす事は無い。しかし多少の意識を分配させ、シンは周囲をセンサと視界で確認した。目立った反応は無い。”念のため”に搭載されているミラージュコロイドデテクターを起動するも、変化は無い。敵が特殊な機能を持つステルス装置を保有しているのかもしれないが、それにしたって行動を起こすタイミングを明らかに逃してしまっている。
「何だ? 何がした、」
 い。と言い切って、

 

 ”複数”存在できるのなら、その総てがシン(MS)に向かってくる必要は無いだろう、
 効率を考えるならば、もっと叩きやすい標的が居る筈だろう、
 MSという、巨大な暴力に対抗するための手段を持たない連中が、

 

 ――そうだ、

 

 今の俺には、

 

 ”仲間”が居る……!!

 

「――っそがああぁぁぁぁぁ!!!!!」
 乱射。空中で両腕と両脚をGⅠに向けた。四肢をすべて斜め下に向けた奇妙な姿勢になりながらも、それぞれの先端にあるライフルとカービンから可能な限りの速度で発射。雨が降る。暴力が、熱量が、シンの持つ敵意がGⅠに降り注ぐ。
 無数の穴をボディに開けられたGⅠが、爆発するのと同時に、シンは機体を反転させる。エールユニットのスラスターから、基部を融解させんばかりに青光が噴き出した。加速する機体、増加するG、シートに押しつけられるシンの身体。砕けんばかりに歯を食い縛り、最大加速でもと来た道を引き返す。
「通信を……、通じねえ!! こんな時にぃッ!!!」
 ガン! と思いっきりコンソールを殴り付けるが、それで事態が好転する訳もない。シンが現在使用しているのは魔導師でない人間が、いわゆる”念話”に介入するための特別性だ。完成品では無い。おそらくMSからMSウェポンへ、そこから更にMSにシステムコンバートした事で何らかの不具合が生じたのだろう。

 

 最大加速中だという事を忘れて舌打ちをしたら舌を噛みそうになった。その事に更に苛立ちを募らせて、シンはただ機体を飛翔させる。

 
 

///

 

 ――例えどれだけ優秀な人物でも、始めてみるモノ(事象)には反応が遅れる。

 

 六課の初陣である、貨物車両の制圧戦。航空戦力は全機撃墜。車両の方は無事制圧し、レリックも確保済み。途中ライトニング分隊の二人が列車から落下するアクシンデントがあったが、キャロの竜召喚、その本質が発揮され事なきを得た。
 事態が思った以上に上手く進行した事に高町なのはは満足する。初任務でぶっつけ本番の実戦になってしまったが、そうなっても問題ないように準備をしてきたし、教えた通りにフォワードの四人は応えて(動いて)くれた。
 緩みかけた頬を意識して少し引き締める。別地点での敵機を確認に行ったシン・アスカはまだ帰ってきていない。G型の反応は確認されたが、直後消失した。つまりシンが撃破したのだろう。後は現地部隊の引き継ぎに、レリックの護送もまだ残っている。
『スターズの三人とリインはヘリで回収してもらって、そのまま中央のラボまでレリックを護送して貰おうかな』
『ライトニングはどうします?』
『現場待機……現地の局員に事後処理の引き継ぎ。ストレンジは帰還後にこっち、ライトニングに合流かな』
 部隊長であるはやてとグリフィスが今後の行動を話している。ストレンジ、というのはシン個人のコールサインとなる。とにかくその能力が異質過ぎるので、どちらの分隊に組み込むかどうか判断ができなかった。結局決まらぬまま出動となってしまったので、仮のコールサインで今も呼称している。
『そういえば、シンから連絡は?』
『それが繋がらなくて……G型の反応が消失した直後から通信しようと試みてはいるんですが、機器のトラブルかもしれません』
『そっか……』
 一切連絡が無い事をふと怪訝に思った事に対し、ロングアーチからの返答。G型の撃破は確認されているし、シンの反応も残っている。機器のトラブルなのだろうと納得する。
 景色が歪んだのは、何かの見間違いかと思った。けれどそれは見間違いでない。先程までは確かに景色の一部だった箇所が、揺らぎ、変色し、そして剥がれ落ちる。現れたのは金属質な光沢のボディ。通常のガジェットドローンと同じカラーリング。似たような丸いレンズのカメラアイ。

 

 ただし、そのサイズは数十倍。

 

 なのはが知る訳もないが、そのステルス技術の名前をミラージュコロイドという。
 完全な球に近い形状のその巨大な物体は、貨物車両の上方の崖の淵に引っかかるように突如出現し――そのまま転がり落ちてきた。轟音と粉塵が周囲に爆散するように拡がった。下敷きにされた貨物車両が”ぺしゃんこ”に潰されて爆発する。その爆発の影響など何もなく、巨大なガジェット――GⅢは、そのままごろごろと大地を転がる。それだけで、通った箇所が平らに慣らされる。
「――――、何で!?」
 そこでようやく意識が事態を認識する。足首の位置に展開された魔力フィンが一瞬羽ばたく様に瞬いて、術者であるなのはの身体を運ぶ。
『フェイトちゃん、こっちにひきつけるよ!!』
『わかった!』

 

 空を滑るように移動しながら、周囲に展開するのはアクセルシューター二十二個。発射、魔力弾が高速で飛翔する。次いで砲のように構えた杖(レイジングハート)の先端に桜色の魔力が集中する。
「ディバイン――バスタ――――!!」
 数十個の魔力弾の後に続き、それらよりも遥かに太い魔力砲が直進する。合わせる様に、フェイトの放ったアークセイバーも飛翔。その巨体故に、斜め後方からの攻撃にGⅢは回避行動を取れない。必然の直撃。
 それは当たったと言えるし、当たっていないともいえる結果だ。確かに攻撃はその装甲表面に到達している。ただ到達した瞬間に、霧散するように弾け飛んでしまった。数十個の魔力弾も、桜色の砲撃も、黄金の飛刃も。その総てが。
 通常のガジェットとは比べ物にならない高出力のAMF。現在なのはにもフェイトにもリミッターにも、その能力を大幅に制限するリミッターがかかっている。故に出し惜しみは無かった。出せる最大出力での一撃。けれど攻撃は完全に、あっけなく無効化された。
『……ッ! ヴァイス君! フォワードを回収したら離脱して!』
『了解っス!』
 ごろごろと転がりながらヘリの方向へと向かっていたGⅢが、攻撃を察知してか後ろに回り込んだなのは達へと向き直った。弾け飛ぶ様にその両側からケーブルの束が飛び出した。一本だけで人間より二回り以上太いケーブルが、爆発するように周囲に広がり、やがて蠢きだす。極太のケーブルは風を切り裂く様に荒れ狂う。それは圧倒的な速度で、ただ単純に質量が振り回されているだけ。けれど人間程度の存在なら、掠っただけで千切れ飛ぶのは明白だった。
 桜色と金色が弾けた。二人目がけて”波”の様に降り注いだケーブルが何も無い空間を通過する。群がるのは触手の如きケーブルの雨。迎撃したのはアクセルシューターとアークセイバー。霧散。AMFを破れない。完全に無効化される。
「……、通らない!」
 上から下から、上だった場所から、右から左から、斜め後方から、ほぼすべての方向から突き出されるケーブルを、それ以上の速度と柔軟な機動でもってなのはとフェイトは掻い潜る。攻撃が通用しない以上、二人にはそれしか出来る行動が無いからだ。
 GⅢは出現すると同時にヘリの方向に向かって移動していた。目的がヘリなのか、それとも乗り込めるほど近くにあった(スバルが抱えていた)レリックなのかはわからない。ならばどちらも逃がしてしまえばいい。だから少なくともヘリが安全圏に離脱するまでは、GⅢをこちらに引きつけておく必要があった。
 ケーブルの端が、足首に展開された魔力フィンを掠める。触れた分だけ砕ける様に魔力の羽が砕け散る。飛行魔法の制御術式の一端が破壊された事で、なのはの身体が空中で傾いた。落下する訳では無いが、その場で一瞬”停止”する。その隙を、逃してくれるはずもなく。
『Master!』
「なのは!?」
 レジングハートとフェイトの声がどこか遠い。ケーブルの雨が”束ねられる”。先端が尖ったそれは、針では無く杭だ。無骨な形に作り変えられたケーブルの刺突が動きを鈍らせたなのは目がけて突き出される。咄嗟に障壁を何重にも展開する――それが意味の無い(AMFで消失される)事だと理解したのは、展開した後。目をつぶる間も無く、ケーブルで生成された杭が視界を埋め尽くす。

 

 聴覚が、轟くような怒号を捉える。魔法でなく、機械で拡大されたその声は、少年本来の声よりも雑に感じられる。

 

 金属同士が衝突する、甲高くどこか鈍い轟音が周囲に広がるように響いた。それと同時になのは目がけて突き出されたケーブルが、その大本(GⅢ)ごと、斜めにズレる。
 金色が視界で散った。同時に景色が高速で流れていく。飛来したフェイトに抱えられて、空を滑っているのだとようやく理解する。ぐんぐんとGⅢが遠ざかる。
 気が付けばヘリも随分遠くまで退避していた。
「――フェイト、ちゃん?」
「なのは大丈夫!?」
「――うん、ごめん。ありがとう。もう大丈夫」
 飛行魔法は既に再構築されている。そう応えてフェイトから離れる。魔力フィンは通常の形状に復帰している。自力で飛行する事に何の支障も無い。フェイトと共にヘリ目がけて飛行。ここから先の戦闘に、通常規格の魔導師は居ても邪魔になるだけだ。相応しい役者は他に居る。この為に六課へとやって来た少年と、彼の操る鋼の人型が。首だけで後方を見やる。

 

 視界の先では濃い灰色をした鋼の人型が、巨大な剣を振りかぶっていた。

 

///

 

『下ァがれえええええええぇぇぇぇ!!!!!!』

 

 轟! と膨大な質量によって大気が切り裂かれた。60t近い質量に飛行能力を与える程の推力を持ったユニットが、それ”単独”で空を翔ける。
 ガジェット――GⅢが向かってくる物体への迎撃行動をとるよりも、その巨体を回転させるよりも、無数の触手の様なケーブルを操るよりも、更に速く。地面を這うように突き進んだエールユニットが、GⅢに対して横殴りに衝突する。金属が擦れ合う耳障りな音と多大な重量同士が衝突したための重い音を周囲に響かせながら、GⅢの巨体がぐらり、と傾いだ。
『上!』
 エールユニットの下方可動スラスターが90度下がる。同時に上部スラスターがオフに。それにより進行方向が”横方向”から”上方向”へと変更。GⅢを押し込むようにしていたエールユニットが一転、空へと昇っていく。簡易ドラグーンとしての機能を付加されたエールユニットは限定的ながら遠隔操作が可能となっている。
 シンの声が外に漏れているのは、友軍に警告するためオンにした外部スピーカーのスイッチを切っている暇がないから。二つの人影がそれぞれ離脱していくのを確認しながらシンはそれを”呼び出した”。

 

 ――システムコール、シルエットS。

 

 エールユニットに続いてスラスターの青光を背負ったダガーがGⅢに向かって突き進む。切り離して突撃させたエールユニットの代わりに、背部には長剣を接続した小型のパックが新たに出現して接続されている。
 未だ傾いだ姿勢のままのGⅢからケーブルの束がダガー目がけて発射される。シンは――両手に握ったままだったビームライフルを投げ捨て、次いで突き出した左腕から発射されたパンツァーアイゼン。その先端のクローが自機に迫るケーブルを迎え撃つ。アンカーの先端とケーブルが絡み合った。アンカーの先端部が閉じ、ケーブルを捕獲する。スラスターの光が消え、機体が着地した。
『おおおおおぁぁぁぁ――――――!!!!』
 アンカーから伸びるワイヤーを、両手でしっかりと握り、GⅢを強引に”引き寄せる”。綱引きの様に。機体中のアクチュエータが悲鳴を上げる。多大な負荷をかけられた事によりダガーの関節のいくつかから火花が散った。体勢を崩していたGⅢはそれに抗えず、またその球形の形状が災いして引き寄せられる。
 右手をワイヤーから離し、背中にマウントした対艦刀へ伸ばし、引き抜いた。少し滑稽さを漂わせながら、GⅢがダガー目がけて”転がってくる”のがメインカメラから取得された情報としてモニタに映る。左手で左腰からビームサーベルを抜く。ビームはまだ発生させない。
 ワイヤを巻き取ることで、GⅢを更に引き寄せる。転がる速度が僅かに上昇する。巨体が機体に迫って来る。左手に持ったサーベルに電力を流す。発生した光刃が盾からGⅢへと伸びたワイヤーを通過する。瞬時にワイヤーが焼き切れる。サーベルを投げ捨て、自由になった左手もシュベルトゲベールの柄へと伸ばす。両手でしっかりと握った対艦刀を腰だめに構え――ダガーが踏み込む、腰を捻る、タイミングを見計らい、シンは力の限り操縦桿を引き絞った。
 真横一文字に、15.78メートルの暴力が振るわれる。刀身の位置に形成されていた赤いライン(レーザー)とGⅢの装甲が接触し、蹂躙を開始する。それは刃の形をした”熱量”。
 鋼鉄を容易く溶かす程の圧倒的な”それ”がGⅢの装甲に食らいついて食い破って飲み込んで圧倒して――崩壊させる。球体の丁度半分くらいの高さに叩きつけられた”それ”が、装甲も内部機械も何もかもを障害とせずに突き進む。球体の淵からそのま真ん中へ、更に通り過ぎて逆の淵へと到達してもまだ止まらずに――最終的に振り抜かれる。モーションパターン故に、文字通り機械の如く、正確無比に振り抜かれたシュベルトゲベールが呆気なくかつ絶対的に、標的を両断した。
 そこでようやく気が付いて、外部スピーカーをオフにした。
「――――は、はっ、はぁっはあっ!」
 大して広くないコクピットの中。間に合ったと、シン・アスカは凄まじく安堵する。
 極限まで昂っていた精神の集中が少し緩む。息が酷く乱れていた。肉体的に疲労はしていないはずなのに。息を整える。焦燥感の産物だったのか、手間も無く直ぐに整った。
 その隙は愚かだった。”撃墜”したとはいえ、策敵もせずに計器から完全に意識を逸らす事。今回の様に、敵が複数いる可能性も既に知っているはずなのに。
 これまではずっと一人だった。だから焦らなかった。的確に倒す事だけ考えていた。市街地戦は滅多になかったし。仲間が居ないから、誰かを死なせる状況も滅多になかった。
 これまでは、ただ敵をいかに速く確実に倒すか、それだけを考えていればよかった。

 

 接近警報

 

「ッ!?」
 弾かれる様に意識を、少しだけ緩んでしまった集中を束ねる。計器を確認して機体を制御する前準備、剣を振り抜いた完全に無防備な体勢から、どの方向にでも動かせるよう。
「上……!」
 レーダーが示すのは自機の真上から何かが接近してくるという事。シュベルトゲベールを左手だけで保持、右腕部のシールドでバイタルエリアを庇うように翳し、地面を蹴った。数十トンの質量を跳躍させるほどの衝撃を打ち込まれた地面が盛大に抉れる。補助の為に噴出したスラスターで地面が焦げる。機体が大きく後ろに飛び退く。

 

 ずん、とその”機体”が着地した。

 

「モビル、スーツ……!」
 連合軍の次期主力量産モビルスーツ、ウィンダム。通称”空飛ぶ棺桶”。戦場で何度も見掛け、何度も撃ち落としてきた機体だ。軽く見た限りではシンが知る機体と特に変わった点は無い。カラーリングも量産機のそれと何ら変わりがない。各部の装甲は剥げ落ちたり焼け焦げ、右腕も半ばから無い、脚部もフレームが見えてしまっていたりと中破状態ではあったが。
「おい。誰か乗ってるのか。乗ってるなら返事しろ」
 思いつく限りのチャンネルを開き、通信を試みる。シンの様に流れ着いた迷い人である可能性もある、確かめる必要があった。未だ機体の左腕は対艦刀を握っているし、右腕のシールドを翳していはいるが、銃を向けたりと直接的な敵対姿勢をこちらは取っていない。向こうに誤認される事も無いだろう。万が一撃ってきた場合も直ぐに対応できる。
 ウィンダムが頭部を、シンの乗るダガーへと向けてぐりんと動かした。次いで身体の向きも頭部に追従させるよう可動させ、改めてウィンダムがダガーへと向き直った。
(呼びかけに反応した……? じゃあやっぱり誰か乗って――)

 

 ウィンダムの背中から何かが飛び出した否展開した巨大な一対の腕の様なソレが大きく広がり掌を開いたような形をとるその中心で緑が一瞬煌めき、

 

「ッ!?」
 心中では驚愕しつつも条件反射で身体が機体を稼働させる。両腕は操縦桿とスロットルレバーを手早く操り、脚はフットペダルを微妙な強弱と共に操作する。青光を噴き出しながら機体(ダガー)が横方向にスライドするように機動。
 地面を蹴った反動をスラスターで補助した緊急回避行動。完全な不意打ち。しかしコクピットに直撃するコースで直進した緑の光は何も無い空間を通り過ぎる。もう一本の緑の光は機体の左脚を掠め、マウントしていたビームカービンが撃ち抜かれて弾き飛ばされる。それは数秒ほど煙を上げながら転がり、やがて爆散した。
(――――止まるな!)
 武装を一つ失ったが機体の損傷は無い。右手で素早く右脚からから残ったビームカービンを引き抜いた。ライフルはさっき捨ててしまったからだ。スラスターの青光に強弱をつけ、明滅させながら更にシンは機体を横滑りに起動させる。
 今度はウィンダムもそれに対応する。ぐぅんと深く深く身体を沈み込ませ、背中から生えた一対の巨大な腕も脚と同様に地面に”手”を付ける。
 瞬間、地面が爆発するように抉れた。足での踏み込みにスラスター、そして腕で地面を叩き、生み出された運動エネルギーがウィンダムを加速――衝撃に耐えきれず脚部から損傷した部品がこぼれた――させる。
「ッち!!」
 瞬く間に自機に追いすがるウィンダムがモニターに映る。その背後の巨大な”左腕”が先端の掌をすぼめた。緑色の光が今度は砲弾ではなく、剣――ビームサーベルとして形成される。通常規格のビームサーベルよりも一回りも二回りも太い、大型ビームサーベル。
「…………ビーム兵器!」
 未だ自機は宙にある。脚部を振りまわし、重心を移動し、スラスターで補助し機体を強引に振り回す。姿勢を調整しつつ右腕をウィンダムへと向けた。
 照準。ビームカービンから発射された緑のビームが翔けるように跳び、ダガーへ迫るウィンダムへと殺到する。
 今度は巨大な”右腕”が動いた。左腕が少し後ろに下がり、代わりに機体前面に突き出された左腕――その先端部の掌が開かれる。展開される、光の膜の様な――”盾”。
 カメラアイを狙った一撃、ビームサーベルの根元を狙った一撃、脚部を狙った一撃、その総てが複雑に稼働し、着弾前に着弾地点に割り込んだビームシールドで受け止められる。シールドの発生面積はダガーの装備している小型盾より少し大きいくらいだが、シールドと繋がっている”腕”が自由自在縦横無尽に稼働し、攻撃を悉く防ぎ切る。
「くそ! シールドまで持ってやがる! 何なんだよ、こいつはっ!!」
 機体が着地する。ウィンダムが迫ってくる。接近を阻めない。近距離戦の間合いまで一気に接近したウィンダムが、”左腕”から伸びるサーベルを突き出してくる。右腕のシールドで受け――るというより滑らせる。突き出されたサーベルの下に右腕の盾を潜り込ませ、上へかち上げ、その軌道を機体から逸らす。高熱の刃が表面を滑り、シールドのコーティングとの干渉現象から表面でスパークが散った。
 左手で持っていたシュベルトゲベールを振って叩きつけた。シールドで受けられても構わない。むしろ受けられた方が都合がいい。発声基部に過負荷をかけて、シールドの機能そのものを破壊できる。ウィンダム自体に残っている左腕はシールドを持っていない。攻撃手段は専ら背中から生える”腕”のみだ。これで片方の機能を潰せればより有利になる。
 シンの狙い通り、ウィンダムの”右腕”がシュベルトゲベールを迎え打つ。ただし、その先端部の掌は開かれていない。”左腕”の様にすぼめられ――手刀のようなカタチ。エネルギーを迸らせ、そこから巨大なビームサーベルが生成される。
 攻撃に身体全体を突き出したためか、がら空きになったウィンダムの胴体。そこを狙って叩きこまれたシュベルトゲベールの赤刃を、迸る緑刃が迎撃した。

 

「――――干渉、した!?」

 

 相手が攻撃を”受け止めた”事よりも、”受け止める事が出来た”事に対してシンは驚愕する。通常ビーム刃同士が接触すると干渉現象で互いのサーベルが消失してしまう。
 ぶつけ合った刃が消失すれば、当然互いの腕は止まらずにそのまま相手へと進む。そうしたら再度刃が発生した頃に”柄”があるのは互いの懐だ。結果は当然相打ちになる。
 こんな事はモビルスーツに乗るものならば誰もが知っている、常識の如き原則だ。サーベルは避けるか、実体ビーム問わずシールドで受けるのがセオリーではなく必然。
 シュベルトゲベールが刃として発生させているのは正確にはビームでなくレーザー刃だが、消失現象はミラージュコロイドによる電場固定が干渉しあう事で発生する。ビームサーベルと同様に電場固定を用いているシュベルトゲベールでも同様の消失現象は起こる。
 じゃあこの現実は何だ。シュベルトゲベールの赤刃と、ウィンダムの”腕”から迸る緑刃は今もスパークを散らしながら互いを焼き尽くさんとせめぎ合っている。
「何だ、よこれは――――ぐっ!」
 衝撃で機体が揺れる。戦闘中、それも近接戦の真っ最中に呆けていたという失態に、シンは心中で舌打ちした。ウィンダムの足が持ち上げられている。蹴りを叩きこまれた事により、ダガーがバランスを崩して後ろへと倒れ込む。
 それは当然敵機にとって好機であり、シールドと対艦刀からビームサーベルが離れた。アームがグネグネと有機的な印象を与える、しかし無駄と淀みの無い可動をしてビームサーベルを振りかぶる。”右腕”は横殴りするように、”左腕”は上から下へ振り下ろすように。縦方向と横方向から、逃げ場を潰すように、斬撃が迫りくる!
「舐める、な……!!」
 ぶぉんと風を切って強引に逆手に持ち変えたシュベルトゲベール――手首と肘部が過負荷で火花を散らす――を地面に突き刺した。後ろに倒れ込んでいた機体が強引にその場に縫いとめられ、がくんと揺れた。横殴りから迫っていたサーベルを突きたてられたシュベルトゲベールが阻む。右腕は未だカービンを握ったまま。ビームとの接触で少し表面が融解したシールドの先端がハサミの様に開く。地面に突き立った剣を握る左腕を支えとして、右腕を突き出す。目標はサーベル――ではなくその根元。振り下ろされた”腕”の恐らくは手首に当たる部分に叩きつけたパンツァーアイゼンが到達した瞬間にハサミを閉じ、その腕の可動を強引に抑え込んだ。
 ぼうとダガーの背部でスラスターが盛大に光を吹き出した。倒れ込みかけていた機体を、強引に前へと復帰させる。それをさせまいとウィンダムが本来の左腕でダガーを殴りつけようと、腕を振りかぶ、
「お返しだッ!」
 ドガァと轟音。後ろへ思いっきり引き絞り、振り子のように前へと振った右足が、ウィンダムのボディに叩きこまれる。そのまま蹴り抜くのではなく、そこを踏み台にして、反動をつけたダガーが後方へ跳躍した。跳躍の瞬間パンツァーアイゼン先端のハサミを開いて相手の”腕”を離す。地面に突き刺したシュベルトゲベールからは手を離した。後ろへと跳躍しながら、右手のビームカービンを乱射する。
 ウィンダムの”両腕”からサーベルが消失する。”両腕”はウィンダム後方の地面に手を付き、その”腕”を支点として、ウィンダム本体がまるで放り投げられるように後方へと飛んだ。そのままくるくると曲芸のように空中で回転――降り注ぐ緑。高速で回転しているウィンダムから360度あらゆる方向に向けてビームの雨が放たれる。ロックオンはされていない、しかし視界に映る無数の光。それを視認して、”手”に付いていたビーム砲を乱射しているのだと理解。反応が遅れた。相手に向けて突き出していた右手のカービンに光が突き刺さる。
 舌打ち。
 煙を噴き上げるカービンを投げ捨てる。一瞬置いて爆発。右腕のシールドを翳して爆風を防ぐ。機体を大きく下がらせて、ビームの雨から逃れる。装甲をいくらか掠める――直撃は無し――回避運動を続行させる。
 規則なく降り注ぐビームの雨が止み、ウィンダムが着地する。着地の衝撃は二本の足と本来の左腕、突きたてられた二本の”腕”で強引に――部品が機体からバラバラと零れる――吸収している。地面を抉った大きな五つの痕が残る。ケモノの様に地面に這いつくばるウィンダムが顔を上げた。カメラアイを光らせながらダガーを睨みつける。
「コイツは…………」
 呟きながらシンもダガーを着地させる。強引な姿勢制御を連続させている影響か、足首や脚部の関節が少しだけ火花を散らす。深刻な異常が発生していないかをチェックしつつ、こちらもメインカメラを向け、ウィンダムを睨みつける。
 先程の曲芸のような空中での回転。その機動自体はまあ良い。必要に駆られればシンも同じ機動を取る。だがその速度がおかしい。あんな風に勢いに任せて風車の様に回転すれば、中に乗っている人間は無事では済まない。
 その事から考え付く事柄は二つ。
 一つ、シンが知るより発達した技術を用い、特殊な耐G機能を眼前の機体が持っている。もう一つはそもそも憂慮すべき人間が乗っていないという事。現時点では、どちらが正解なのかを判断できるだけの要素は出揃っていない。
「”どっち”にしても、手加減できる相手じゃあ……!」
 モニタに映った敵機が爆ぜる。爆散したのではなく、爆発の如き勢いで移動する。先程も行っていた、背負った巨大な腕で機体を強引に、投げ飛ばすかのような急加速。
 死角に回り込むつもりか、視界(モニタ)から消えようとする敵機を追いかけるように頭部を、機体を旋回させた。
 ウィンダムをメインカメラが補足するのとほとんど同時にコクピット内部で警報が鳴る。開いた腕の中央に緑色のビームが灯る。右腕のシールドを翳す、同時に機体を滑らせる。

 

 乾いてしまった唇を舐める。赤い瞳が吊り上がり、唇の端も僅かに上がる。シン自身無意識のうちに、その表情が獰猛な笑みの形に。メインカメラが捉えモニタに表示される敵機(ウィンダム)。ソイツをどう叩き潰すかだけで思考が占領される。

 

 敵機の機動は、例えるなら思いっきり放り投げたスーパーボールとでもいえばいいのか。スラスターで強引に機体を移動させる従来のそれとは大幅に異なる、身軽な獣が跳ね回るるような、酷く有機的な動き。上へ、横へ行くと思ったらそのまま斜めに、左から来てまた左に跳ね戻る。
 ダガーの首が敵機を補足し続けんとせわしなく稼動する。追従した頭部から得られた情報に従って、その身体も可動、機体が右へ左へ振られる。
 機体(ダガー)の各部でスラスターの青光が煌めく。着地や跳躍で踏みしめられた地面が数十トンの質量を叩きつけられ、あっけなく、かつ盛大に抉り取られる。上昇はしない。敵機の射撃はかなり連射速度がある。現在の装備(シルエットS)では跳躍はできても飛行は出来ない。飛び上がっても狙い撃ちにされる。
 ビームが機体を掠めていく――左足首のアンクルカバーが、接続部を溶かされて剥げ落ちた。左肩の増加装甲を閃光が掠める、損傷個所から火花が散った。
「……ちっ」
 右手で右腰からビームサーベルを引き抜きながら、左手で左肩の増加装甲からビームブーメランを引き抜く――切り離し(パージ)。火花を散らす増加装甲が、回避機動を取る機体から脱落し、その勢いのまま明後日の方向へと転がっていく。
 それを確認している余裕は無い。手のプラグから兵装へと電力が流し込まれ、サーベルよりは短いビームの刃が、左手に持ったビームブーメランに形成される。
 左腕を振りかぶる。対艦刀を握った右腕は防御のためにかざしつつ――頭部の魔力機関砲を無駄と知りつつ発射する。
 通常の弾薬の代わりに装填された魔力カートリッジに蓄えられた魔力が、砲身部に設置された簡易術式行使装置で射撃魔法の体裁へと変換され赤い弾丸という結果に成る。
 通常の機関砲よりはずっと静かに、しかし劣らぬ連射速度で、ダガーの頭部に設置された二門の機関砲から鮮血が散るように光弾が発射される。
 通らない事は解っている。同時に振りかぶっていた左腕を振り抜いた、結果として飛翔するブーメラン(マイダスメッサー)。投擲されたそれをウィンダムは大きく横に跳躍し、その軌道から身体を外す。
 そう。そういう機動を取るように、そういう場所に投げた。現在行っている頭部機関砲は本命(マイダスメッサー)を当てるため、あくまで注意をひきつける為の”牽制”。
「とはいえ、ここまで効果が無いってのも……!」
 気を抜いたら視界(モニタ)から消失しようと、あらゆる方向に出鱈目に、まるでスーパーボールの様に跳ねまわるウィンダムへと照準を追従させる。その照準に伴って頭部から吐き出される赤い弾丸がウィンダムに降り注ぐが、その総てが機体に触れた瞬間に溶けるように消失する。当然損傷など与えられている訳がない。損傷が無いのだからその行動を害する事はできず、ウィンダムは先ほどと同様にダガー目がけてその”両腕”からビームのシャワーを降らせている。スラスターで加速されたダガーが、その破壊の雨を掻い潜るように地面を滑る。
 確かに通常の機関砲に比べれば、現在の仕様は大幅にその破壊力を落としている。けれどMSというサイズに蓄えられるサイズのカートリッジから提供される魔力は決して少なくは無く、通常規格のAMFを容易く突き破りガジェットドローンを鉄クズへと変える程度の破壊力は発揮できる。
 ――MSを母体にしてはいるが、”巨体”である事、通常よりも大幅に高出力のAMF。
「やっぱりコイツは……G型の派生機! だけど!!」
 敵機が何度目とも知れない跳躍を終えて着地する。”腕”が、脚部が、地面に接触し、衝撃を逃がす、待っていたのはその瞬間。
 その隙。ビームサーベルを投擲する。回避の出来ないタイミング。腕が開く、発生する光の膜(ビームシールド)。真っ直ぐに、頭部目がけて飛来した赤い刃が、その直前に出現した緑の膜に阻まれる。
 ダガーとウィンダムの間で干渉により発生した火花が撒き散らされ、周囲を閃光で埋め尽くす。受け止められるのはシンの予想通り。やがてサーベルがシールドに押し切られ、弾かれるのも予想通り。本命は、現在進行形でウィンダムの背後から飛来しているビームブーメラン(マイダスメッサー)!
 ギュイン、と小気味よい駆動音を立ててウィンダムの首が180度旋回した。今まさに自機に食らいつかんとしているブーメランを、背後から迫りくるそれを”正面に”見据えて、頭部に装備された機関砲が火を噴いた。降り注ぐ実体弾を浴びて、ビームブーメランが制御を離れて撃ち落とされる。爆散はしていない、完全に破壊される前にウィンダムの機関砲が止んだからだ――おそらく弾切れ。機体の状況からまともな整備を受けていないだろうというシンの予想通りならば。
 それでも数秒間実体弾を浴びせ続けられたマイダスメッサーは弾き飛ばされる様に宙をさまよった後に地面へ、そのビーム刃も消失、破損部から火花を散らして沈黙した。
「そぉれでもォ!!」
 スラスターを全開に。前へと強く押し出されたダガーの機体が、翔ける。ウィンダムの注意が背後のブーメランに向いたその瞬間は、シンにとって最上の好機。数秒にも満たないその時間で、距離を一気に詰める。地面に突き刺さっていた対艦刀をすれ違いざまに引き抜いた。発生する赤い熱刃。長大なその近接戦用兵装を両手で握りしめ、フルスイングのために振りかぶる。僅かな隙で、シンはそれらの行動を完全にこなす。
 足が地面に食い込んだ、ダガーの身体中、組み込まれたアクチュエータが唸り(悲鳴)を上げて、腰を捻り腕を振り抜く。左から右へほぼ真横一文字に振り抜かれた対艦刀が、ウィンダムの胴体を狙って高速で移動する(させる)。
 光の膜が輝きを増す。対艦刀とウィンダムの間にビームシールドが立ち塞がる。叩き込まれる対艦刀。
 目標は、ビームシールドの基部。
「どう、……ッだ!」
 腕部のアクチュエータが咆哮する。押し込まれた操縦桿に呼応するように対艦刀が押し込まれる。刀身の根元と剣先に設置された熱刃の発振装置が過負荷を明確な形(火花)で表現する、コンソールに吐き出されるエラーメッセージ。発振装置の限界まで後数秒、
 それらの警告をすべて無視。更に押し付けられる対艦刀。ビームシールドをかき分けて、”両腕”のシールドの発生基部へと対艦刀が到達する、緑の膜の表面がバチバチとスパークを散らす。
「その”腕”」
 ビーム刃に焦がされ、破壊された発生基部が、自身の内から供給されるエネルギーを掌握できずに崩壊の兆しを見せる、対艦刀がそれを広げる、兆しが進行する。
 ”腕”の両先端で小さな爆発、シールドが明確に、視認出来るほどその出力を弱める。見逃す気は無いと――シールドごと、押しのけるように対艦刀を振り抜いた。
「もォらったあああぁぁ!!」
 機体全長に匹敵する長剣を振り抜いた事により、ダガーの体勢は大きく崩壊する。頭部は眼前の敵機を補足しているが、腕が腰が、身体全体がスイングの余波で大幅に傾き、無防備といっていい状態。しかし、敵機はその隙に対して行動を起こさない。
 できないからだ。消失したビームシールド、数瞬遅れて地面に轟音と共に落下するのは、かつて”腕”として機能していた機械の先端部分――爆散。
 ウィンダムが後方に跳躍する。先程までと大幅に違う、MSとしての常識の範疇に収まった機動、スラスターで補助したのみの移動。今始めて認識したが、”それ”は中が空洞に近い構造だった。恐らくその機体(ウィンダム)が収まっていたであろう――GⅢの残骸まで跳び退り、障害物の様にダガーとの間に位置づける。
(システムコール)
 予備として格納されていたビームライフルがリアアーマーに増設された左ウェポンラック、その左側に出現。右手の対艦刀はそのままに、左手でライフルを引き抜いて、ウィンダムに突き付ける。この距離ならば残骸ごと敵機を貫通出来る筈だ。照準が合った、ロックオンマーカーが赤く点灯する。後はトリガーを引けば終わる。
 その主武装であった”腕”を破壊された以上、ウィンダムに抗う術は無い。あの機体状況では回避に専念してもそう長くは続かないだろう。いや、続かせない。
 優位にたっても気は抜かない。だが、確認する事が残っている。敵機が有人機なのか否か、再度通信を繋げようと試みるが、応答は無い。
(くそっ、面倒だな……こうなったら直接コクピットをこじ開け、……?)
 モニタに映るウィンダムが、奇妙な行動を取っている。やっている事自体は単純だが、何故そうしているか理解できない。
 ”頭から、残骸の中へと突っ込んでいる”。カメラアイが取得しモニタに表示される映像では、ウィンダムが飛び込むように、中程で半分に両断された球の片割れの中に、その身体を押し込もうとしていた。無論収まる訳もなく、中途半端にはみ出した脚がじたばたとしていて、そのせいでより状況を混乱させる。

 

 ――ばきごきべきぐしゃみぎぐききがちゴどがぎ

 

 響いている(マイクが拾う)のは、キンゾクを曲げてちぎって繋げる音。まるで、何かを酷く乱暴に組み立てるような音。
「まさかッ!?」
 叫ぶと同時にトリガーを引き絞る。供給された電力によってライフル内部で生成されたビーム弾が銃身を通過しFCSによって導かれて銃口から発射される。ダガーが左手に構えたライフルから発射された緑の閃光が、残骸に埋まったウィンダムを、残骸ごと貫かんと直進する。
 シンの予想は、最悪なまでに完全に的中している。
 残骸を掻き分ける様に突き出した”腕”が、先ほど半ばで切断し無力化した筈の”腕(武装)”が、そのビームを迎え打つ。拡がる光の膜、ビームシールド。着弾したビームが弾けるように消失した。
 ズボぁとウィンダムの身体が残骸から引き抜かれた。先程と同様に――否、埋もれていた時は確認できなかったが、その全長を1.5倍程に延長し、先端部が二回りほど肥大化した”両腕”が、ダガー(シン)を威嚇するかのように振り上げられる。
「……ッ、……! 何でもありかよ!!」
 トリガー。銃口から吐き出されるビームがウィンダム目がけて飛翔する。その総てが、ウィンダムの前面で発生した光の膜と衝突して散った。
 舌打ち。機体(ウィンダム)の三分の二を覆っているビームシールドはその”右腕”だけで生成されている、僅かに露出した個所を狙い撃つ。左腕がより生物的な意味合いを強めた稼働で着弾地点に先回りし、ダガーの左手のライフルから発射されたビームを阻む。
 ”左腕”がその先端をすぼめ、手刀の形を作る――ビームサーベルが発生。バチバチバチと大気を焦がしながら生成された高熱の刀剣。
 その全長はおよそ20メートル程。並のモビルスーツならば、一振りで両断できそうな程の長さ。通常規格のビームサーベルは、”剣”というよりは”棒”の様な形をしている。電場固定が安定しているが故に。しかし今シンの眼前、ウィンダムの右側で天へと延びるそれは、一言で言うと”噴水”だった。
 その場に固定されているというよりは、内側から溢れだす膨大なエネルギーの奔流。形は固定されず、炎の様に揺らめく。計測機を用いるまでもなく、規格外な程に高出力だという事が理解できた。
 ウィンダムが獣のように、獲物にとびかかる前準備の様に、その姿勢を深く落とす。接近戦に持ちこもうとしているのだと、シンは判断した。ダガーのビームライフルでは敵のシールドを抜けない以上、その接近を阻むことは不可能だ。

 

 ――何故射撃兵装を使わないのかという疑問。サーベル機構の強化から廃止されたのではという推測。裏付ける要素は無い。確定するにはまだ速い。思考を少し隣にどける。今は敵機が接近してくるという事実の方が重要だから――”システムコール”。

 

 ライフルを左側のウェポンラックにマウントし、改めて両腕でシュベルトゲベールを構え直す。掌のコネクタから供給された電力が、長大な刀剣型の武装に流し込まれ、赤い光の熱刃という凶器を発露させる。
 ウィンダムが前方に跳躍した。狩りをする獣の様にしなやかに、獲物であるダガー目がけて飛びかかるように突進してくる。敵の速度はさっきよりもずっと遅い。その”腕”を加速に使っていないせいだ。しかしMSとして考えれば決して遅い訳ではない。
 ダガーも迎え撃つようにスラスターの青光を伴って前進する。距離が詰まる、僅かな膜を残したまま、剣戟の障害にならないようにビームシールドを展開した”腕”が後ろ側に回るのが見えた、それに反するかのように前(ダガー)に向かって振り下ろされる”ビームサーベル”。
 原理は未だ解らないが、互いのビーム刃が干渉する事はもう把握している。噴水の様に迸る緑の光剣と、赤い刃を纏う対艦刀が衝突した。干渉スパークが盛大に飛び散り、モニタを介して捉えている光景が激しく明滅する。スラスターを全開にする。ダガーが対艦刀を押し込もうと前進する。同様にウィンダムもその長大なビームサーベルでダガーを両断せんと、スラスターの光を糧に前進を試みる。
 スパークが散っているのは、ビーム刃同士が接触している部分だけでは無い。対艦刀の根元と刃先、そこにあるレーザーの発振デバイス。先程の強引なシールド突破によってかかった負荷によって、ただでさえ悲鳴(エラーメッセージ)を上げていたそれが、ここにきて限界に達しようとしている。
「くっそ、限界か……っ!」
 吐き捨てる。スパークと共に、小規模な炸裂も起こり始めていた、レーザー刃の消失まであと何秒あるか解らない。視界にちらつく緑の光。赤とせめぎ合っているのとは別、先ほどまでは盾として展開されていた”右腕”がその灯を剣へと変換して、剣戟に参加しようとしている。舌打ちをしている暇もない。 
 ”判断”では無く、”反射”で、シンが機体を大きく後退させるのと同時に、15.78メートルの長大さを誇る近接用兵装が刀身半ばで真っ二つに両断された。
 二つに分かたれた内の刃先側は宙へと放り投げられ、そのまま空中で爆散した。機体(ダガー)が急な回避機動で大きくバランスを崩す。好機と迫るウィンダムに、手元に残った対艦刀の柄の部分を放り投げた。迎撃と、ウィンダムがその残骸を切り捨てるより速く。左腰から引き抜いたライフルで狙撃。ビームを打ち込まれたことにより対艦刀の残り半分が炸裂し、爆風の衝撃が迎撃のために接近していたウィンダムを叩く。

 

 その程度で致命傷を与えられる訳は無いが、バランスでも崩せというシンの思惑(希望)を容易く裏切って、爆煙を突き破ってウィンダムが出現した。その”両腕”から発生した長大なビームサーベルを突き出し、後ろ側に傾いた重心を回復しようとスラスターの青光と共にその場でたたらを踏んでいるダガー目がけて突き進む。
「――”両腕”使ったのが間違いだ! くらえよ!!」
 シルエットシステムⅡは、確かに従来の概念を覆す。ただし現在は欠点とも言うべき点があった。システム内に武装やユニットを格納する事は出来るものの、それを”収納”する事が出来ない。
 だがこの場ではその欠点が裏目に出た。最初、奇襲の初撃、敵がまだGⅢだった際に突撃させ、回避機動を取らせたエールユニット。それは未だ巨大な質量と莫大な推進力を保持したまま存在している。
 流れ弾を恐れ、自動制御(量子通信)で退避させていたエールユニットを呼び戻したのは数秒前(システムコール)。最大加速で飛来したエールユニットが、前方へ身体を突き出しているウィンダムを横合いから”殴りつけた”のが0秒時点!
 一直線に突き進むことにより加速された質量による一撃。”両腕”を攻撃のために前に突き出していたため、ろくな防御姿勢も取らぬままその直撃を受けたウィンダムが転倒――サーベルが消失した”腕”が地面へ接触し、その機体を放り投げる様に跳ね飛ばす、シールドを展開しながらコマの様に宙で高速回転。そのまま叩きつけられるようにウィンダムが地面に着地する、衝撃を叩きこまれた(緩和しろと強制された)脚部がスパークと破損を発生する、そして足首から膝股間へと関節部を駆け上がる。
「ぐ、ぎっ……! パー、ジッ……!」
 一方のシンは後ろへ傾いた機体を強引に前へと突き出す。背部のメインスラスターから青光が噴き出し、同時に背部コネクタに接続されていたバックパックユニットが脱落。
 急激な機動により発生したGがシンの肉体をシートへと押しつける。身体が潰される感覚、歯をくいしばる、シンにとっては慣れ親しんだ感覚。苦痛を度外視。可動スラスターでエールユニットが急制動をかける。最大加速後の影響は大きく、多少おぼつきながらも一旦静止、それからやや遅めだが後ろ向きに移動。
 ユニットが通り過ぎた地点に機体を滑り込ませる。システムを可能な限り速く起動させる、ダガー背部の接続プラグと後方に位置するエールユニットが赤いラインで繋がれる。
「ドッキングセンサーオン! システムコール、シルエットAッ!!」
 赤いラインがぐんぐんとその長さを減少させ、再度スラスターの光と共に前へ進行したエールユニットがダガーとコネクト、接続が正常に終了した事だけを確認する。
 マウントされていたビームサーベルを両方とも引き抜いた。即座に発生する赤い光刃、敵機も再度ビームサーベルを発生させている。噴水の様に迸る敵機のそれと比べると、ダガーの両手で伸びるその光は酷く弱々しく映るだろう。
 しかしどれだけ強力なビームサーベルでも対象に接触しなければ、対象を切断する事は不可能だ。逆に言えば通常出力のビームサーベルでも、当たれば対象を切断できる。
 エールユニットの四基の大型スラスターが可能な限りの青光を機体後方へと吹き出す、バックパック非装備時よりも大幅に増加された推力で持って、地面を這うように飛翔。両手に光の剣を握ったスローターダガーがウィンダムへと直進する。ウィンダムもそれに呼応するようにダガーへと突進した。その”腕”を武装として展開しているため、常識外れた機動性は無いが、その分展開されたビームサーベルが常識を逸している。
 瞬く間も無く、ダガーのサーベルと、ウィンダムのサーベルが衝突し、周囲を真白く染め上げんばかりの閃光を迸らせた。
「うおおおおおおおおぉぉぁぁぁ!!!!!!」
 シン・アスカが咆哮する。少しだけ伸びた黒髪を振り乱し、その赤い瞳には突き刺さる様な敵意の光が爛々と輝いている。形相は普段の出来そこないの無表情とは異なり、まるで感情をぶちまけるかのように盛大に歪んでいる。ヒトではなくケモノの類、飢えを孕んだ攻撃性。シン・アスカが元々持ち合わせ、コズミック・イラというドブ沼によっては育まれたモノ(本質)。
 しかし、もう一つ得たものが顔を覗かせない。その赤い瞳には優しとは真逆な――荒々しく雄々しく汚く歪んだモノだが、未だ”光”が宿っている。

 

 その条件は、とうに達成されている筈なのに、シンの瞳から、光は未だ消える事が無い。

 
 

///

 

 ――強過ぎる力は禍いを呼ぶ

 

 遠くない昔、そう言われた事がある。その時は言葉の意味がよくわからなかった。それから少しずつ意味を考えて、”自分の持つ力”は危険だという答えに辿り着いた。
 ある時を境にして、その事についてたくさん否定された。違う。言い直された。その力はもっとずっと温かいものだと。そう言う風に使えるのだと。
 でもまだわからなかった、何故力は争いを呼ぶのか。力を持つ事はそんなにいけない事なのか。だって、真っ暗な闇(孤独)から連れ出してくれた人も、励ましてくれた人も、みんな強くて、”力”を持っているから。

 

 ――その言葉の意味を、彼女は今日初めて理解した。

 

 白と灰色、二つの鋼の人型が、狂ったように大地を跳ね回っている。噴き散らすように薙ぎ倒される木々、それらが閃光であっという間に消炭にされる。削り取られる大地、巻き上がる土砂が大地の悲鳴のようだ。暴れまわって。破壊して。蹂躙して。圧倒して。通る場所にあるもの総てが存在を否定されていく。
 呼ぶのではない。あれはきっと災いそのものだ。少なくとも彼女にはそうにしか見えない。それ以外に感じられない。

 

 大事なものがある。守りたいものがある。

 

 居場所。自分が居ていい場所。優しい人達。笑いかけてくれる人達。それを守ると決めた。迷っていられないから、戦うと決めた。本来の姿を取り戻した彼女の飛竜。その姿こそが、その決意の結果でもある。
 危険と称される力を制御した、大切なパートナーを、その力で守る事が出来た。自分の力はこんな風に、誰かを守るために使える。
 それが、出た筈の、出した筈のその答えが、眼前の光景に揺り動かされる。

 

 『キャロの魔法は、皆を守ってあげられる優しくて強い力なんだから……ね?』

 

 ヘリから降りる前、怯える自分にそう語りかけてくれた人が居た。励ますように優しく触れて、そう言ってくれた人が居た。自分の”力”が、そうであると信じたいと思う。そして信じられるだけの行いが出来たと思う。
 でも、鋼の人型が動くたびに、心の中で感情が肥大化する。その人型を恐れれば恐れるほど、怯えれば怯えれば怯えるほど、彼女の力も”あれ”と同類なのではないかという疑問が増大する。振り払ったはずの迷いが再度返ってくる。止めようとしても止まらない。
 光景を目撃して、理解する。危険な力というものは、怖い力というものは、あんな風に、存在するだけで”周り”を壊していくものでは無いだろうか。だから、自分は故郷を追われたのではないだろうか。

 

 掌を見た。煤で黒く汚れているだけ。
 赤い汚れは付いていない。

 

///

 
 

 ウィンダムの胸部を狙って横に薙いだ一撃は、後方にステップする事で回避された。しかしダガーの持つビームサーベルの切っ先は、ウィンダムの胸部を撫でる様に触れている。
熱量が伝達される。元々ガタが来ていたのかウィンダムのコクピットを覆っている蓋(ハッチ)がぐらぐらと揺れ動き、そして脱落した。
「――――ああ、そう、そういうね、はいはい」
 コクピット部のハッチが脱落したらどうなるか。簡単だ。中が見える。最初、シンは手間が省けたと軽く笑った。唯一の気がかりだった事、相対しているMSが有人機なのか無人機なのか、それが判別できる。
 敵機の体勢が崩れた事は好機ではあったが、今後の為にも”確認”を優先すべきだとシンは判断して、カメラの倍率を引き上げた。幸いにも互いに正面を向きあっているので、大した障害も無く、敵機のコクピットの様子は把握できた。

 

 結果だけ言うと、乗っていた。

 

 人間が、干からびたそれが、身体があちこち欠損したそれが、狭いコクピット内は制御系を掌握するためかケーブルが山と溢れていて現在進行形で蠢いていてハッチが開いたせいか外側に溢れる様に更に増殖してぐちゃぐちゃと増殖して言って増えるケーブルに圧迫されて本来その座席の主だったモノが内側に追いやられて追い詰められて押し付けられて圧縮されて腐ったそれはその圧力に耐えられる筈も無くてニンギョウみたいにうねりうねりとうねっていていっそ滑稽でケーブルニ飲み込まれた腕がオカシな方向に捩れて脆くなっていたのかヘルメットを被ったままのバイザーが真っ赤を通り越して茶色に染まってしまったクビが転がり落ちて言ってボトリという音が実際に聞こえてきそうで、

 

 ――脳髄に押し込められた意識の奥で、火花が散った。

 

「あっはっはっは。ふっざ、」
 例え相手が格下だったとしても、戦闘中に相手から視界を外すなんて愚かな行為だ。わかっている熟知している把握している。だってシンはMSを使った戦闘(人殺し)にとってもとっても長けているから。
 でもそれを承知で首を思いっきり後ろに逸らす、というよりは上を見上げるような姿勢をコクピットの中でスル。狭いコクピットの中なので青空が見える訳もなく、シンの視界に入るのはグレーのフレームや淡い光を放つ計器類だけ。それまでの張りつめた神経が嘘のように――ウィンダムが突撃の体勢を取っている、サーベルが迸る――悠々とシンは空気を肺いっぱいに吸い込んで、
「けんじゃねええええぞおおおおおおおおおおあああああぁぁぁああああ!!!!!!」
 シンの瞳の中で荒々しい”光”が一層激しくギらつく(消失しない)。ダガーとウィンダムのスラスターが輝いて、衝突するかのごとき速度で二機の距離が縮まっていく。”右腕”の刺突。シンの選択も刺突。緑の光刃と赤いの光刃が正面から衝突して干渉スパークが撒き散らされる。出力の差は歴然だ。このまま続ければダガーのサーベルがオーバーヒートしてボン。当然わかっている、ダガーのマニュピレータがサーベルから手を離す。直進。噴水の様に迸るビームサーベルの下をダガーの腕が潜る、超高温で腕部装甲の表面が融解を始める、盾の面積が狭すぎて干渉を抑えきれない。構わずに腕部のパワーでサーベルを相手の”腕”ごと外側に押しのけた。
 ”左腕”が振り下ろされる、右腕のアンカーが発射し、”左腕”の根元に食い付く。盾から伸びるワイヤーの根元を掴んだ。力(アクチュエータが実現しうる)の限りでそれを横へ、シンから見て右側へと引っ張ると逸らす。その行動の間にもダガーは前進している。敵機右側のビームサーベルの軌道が変わる、ダガーを両断するはずだったそれが横にずれる。脅威は去っていない、このままではダガーの右腕が両断される。しかし一瞬だが相手の”両腕”を封殺した。
 シルエットアウトは数瞬前、ダガーの背部から分離したエールユニットが一旦上昇した後に、ウィンダム目がけて再度突撃する。ウィンダムがそれを見るのはもう三度目であるし今回は真正面からだ。跳ね上がったウィンダムの脚部が、胴体目がけて突進してきたエールユニットを力の限り蹴りとばす。呆気無く彼方へと去るエールユニット。当然だ。そうなるようにシンは操作したのだから。必要だったのは相手の視界を奪う事、ウィンダムとダガーの間に物理的に障害を置くこと。障害を排された。敵機の視界は回復する。
 けれど、そこにシン・アスカ(スローターダガー)は居なかった。
 消えるわけがない、ちゃんとその場に存在している。ウィンダムがシンを見失ったのはその”サイズ”が極端に減少したからだ。システムコンバート。MSウェポンを持つシン・アスカが滞空している。右側のサーベルが戒めを開放されて地面に振り下ろさる。何も斬らずに地面を焦がす。一見すると愚策以外の何物でもない。いくらMSとしての特性を発揮出来ても、ウィンダムのそのサーベルが掠るどころか通過するだけで、シンの身体は消し炭になるだろう。数秒ほど戸惑っていたウィンダムだが、直ぐに空中を翔けるシンを補足、

 

 未だウィンダムがエールユニットを蹴り飛ばしている頃、シンはさっきまでは同等、現在は巨大になった相手を眺める。右手のアンカーで左腕を挟む。そして右手に持った、赤い高熱の刃を発生させるサーベルを、

 

 ――左肩に押しつけた。

 

 焼ける、服が。爛れる、皮膚が。焦げる、肉が。溶ける、骨が。一瞬で切断された腕は、右手の盾で挟まれているので脱落せずに保持されている。盾の先端が開く、それを右手で掴む、身体がまわる、スラスターが身体を支える。放り投げられるシン・アスカの左腕。砲弾の様にすっ飛んでいくヒダリウデ。目標は敵機の頭、そこ目がけて飛んでいく。エールユニットという障害を排除したウィンダムの眼前に到達する。ウィンダムがシンを見つける。カメラアイと肉眼が合った。
 システムアウト。MSウェポンというルールが、飛翔する左腕から脱落する。シンが千切ったのは自分の腕があった場所に存在していたもの。しか現在そこに存在しているのは書き換えられたダガーの左腕。だから投げられたのはシンの左腕という形に圧縮されたダガーの左腕。システムから強制的に切り離された事により、その腕が本来の姿へと爆発するように変質した。展開というよりはぶちまけられるようにその質量とサイズを回復し、1メートルにも満たなかったそれがその全長と重量を何倍にも増加させる。飛翔が止まる事は無い。そのまま砲弾の様に突き進んだダガーの、モビルスーツという鋼のヒトガタの左腕が、轟音と共にウィンダムの頭部に直撃した。ダガーと同タイプ、青いゴーグルタイプのカメラアイに亀裂が入って砕け散る。首の関節が質量の衝突に耐えきれずに千切れ飛ぶ。頭にくらった質量の、ハンマーの様な直撃でウィンダムが”のけぞった”。砲弾(腕部)と共に脱落して吹き飛んでいくウィンダムの頭部。たたらを踏んで、その場にとどまるウィンダム。
 それと同時に響くずずんという轟音は、

 

 システムコンバートを完了したスローターダガー(シン・アスカ)が着地する音。

 

 シンが攻撃を続けている間、ウィンダムの頭部は常にダガーを追従していた。それはセンサやカメラアイで情報を収集しているという事だ。だからのけぞっている間に”腕”はシンを捉えられなかった。見当違いな場所を通過したサーベルをシステムコンバートしながらくぐり抜け、ダガーがウィンダムの”懐”に着地する。突き出す右腕が、その先に灯る灼熱の光刃が、ウィンダムの”左腕”に突き刺さる。力任せに横に薙いだ。ウィンダムの左肩の上を滑るように光刃が移動する装甲の表面を融解させる、頭部の”あった”地点を通過して、若干残留していた首関節を巻きこんで焼き払う、右肩もその装甲を融解させながら表面を滑り、その上に存在する”右腕”へと到達し、光の剣が食い込んだ、サーベルの発振デバイスが過負荷で炸裂して光刃が消失する。
 その斬撃は一瞬。ほぼ同時に、ビームサーベルで薙がれたウィンダムの”両腕”が爆発して脱落する。よろめきながらも後退しようとするウィンダムの腹部に、コクピットがある位置に、ガンという音を響かせて何かが突き付けられた。システムコール・シルエットL。肩部のコンボウェポンポッドを省略し、バックパックと大砲だけを接続したダガーが超高インパルス砲をウィンダムに突き付ける、左腕が脱落しているのでサーベルを放り投げた右腕で抱え込むように保持し、

 

「くたばれえええええああああぁぁァァ!!!!!!!!」

 

 限界まで開かれる瞳孔、口の端から飛び散った涎、意味も無いのにコクピット内で前傾姿勢になりながらシンが吠える、意味がないのにそうしてしまう。光の帯が緑色の大砲(アグニ)から照射される。反動は機体(身体)全体で抑え込む、対ビームシールドすら圧倒するその膨大な熱量が至近距離でウィンダムのどてっ腹に捻じ込まれる。装甲が一瞬で融解し内部機構が蹂躙されて消し飛んで吹き飛んでブチ壊されて崩壊して一瞬も持たずにその細い腰を食い破るように光の帯が貫通する。当然、残っていた、残されていたモノ(人)も、きっと、欠片も残さず蒸発しているだろう。数秒間に渡って最大出力で放射されていたビームの帯がようやくその勢いを弱め、細くなり、消失した。ぐらん、と揺れてウィンダムが倒れ込、

 

 ――爆発の光が最期に周囲を覆い尽くす。

 

 爆炎と爆煙を突き破り、左腕を亡くし、あちこちの装甲の表面を融解させ、泥や煤で灰色の装甲を更に暗く染め上げたスローターダガーが姿を現した。左腕を無くしたせいでバックパックから機体左側に伸びるアグニ(大砲)は保持されずに引きずられている。至近距離での爆発の影響か、または最大出力での放射の影響か、その砲身の先端がめくれ上がるようにひしゃげていた。ゆっくり大地を踏みしめて、その武器(質量)を誇示するかのように轟音(足音)を轟かせながら。青いカメラアイが光を灯す。まるで次の獲物を追い求めているかのように。
「……だ」
 そのコクピットの中で、”両腕”で操縦桿を握りしめながらシン・アスカはそこに居た。千切れた左腕は、ダガーの左腕がMSウェポンから脱落した時点で、巻き戻るように”復元”した。千切ったのはシンの左腕の位置に存在していたダガーの左腕であり、システムがダガーの左腕を排除すると同時に、その場所にあるべきシンの左腕は復帰する。
 理論上は”そうなるだろう”とわかっていたが、実際に試したのはこれが初めてだ。しかし切断時に脳髄に突き刺さった痛覚は本物で、現に未だ思考と肉体にこびり付いている。額に浮かんだ脂汗もその影響だ。
「どこの、どいつだ……! こんな事を、こんな事を、しやがるヤツはぁぁ……!」
 視線を下に向け、その開き切った瞳孔に敵意を光らせて、シンが唸る。
 ガチガチと歯が鳴っている。興奮しすぎた所為なのか目のピントが合ったり外れたりして視界が揺れる。何故か、その顔には笑みが貼りついていた。赤い瞳は焦点を結ばずに揺れ続け、黒髪が汗で額に貼り付き、口は裂ける様に開く、覗いた白い歯が牙のよう。
「ッハハハ許さねえ、薙ぎ払ってやる、絶対に、薙ぎ払ってやる…………ッ!」
 くくく、と押し殺すような笑い声。視線をさらに下に、身体を丸めて、震える様に笑い続ける。隙あらば口から漏れ出ようとする笑い声を押し込めて、いつもの、そう決めている無表情に戻ろうと――できない。スイッチに伸ばした指が震えて関係ないスイッチを押した。笑いながら舌打ちしたので舌を噛んだ。痛い筈なのに痛くない、歯ががちがち鳴っていた。唇が震えている。脳髄を支配するのは恐怖ではない。抱いていた怒りは何処へ行ったのか、快楽に似た高揚感が脳髄に溶ける様に拡がっている。それは強大な相手を破壊したという事から来る喜びという名前の感情。”薙ぎ払う事”に、その必要がある事に怒りを抱かないといけない筈のに、そういう感情で戦って来た筈なのに。
 これじゃあまるで、”今の”シン・アスカはまるで、

 

 ――薙ぎ払える事が嬉しいとでも

 

 ガヅッ、と思いっきり計器に頭を叩き付けたらそんな音がした。パネルの一部にヒビが入っていた。もう一度。同じような音がした。
「違う……俺は…………戦うために、戦ってるんじゃ、ない……これが……俺に出来る……守り方、だから……だから、やってるんだ…………!」
 額から生暖かい液体が一筋流れてくる。それを服の袖でごしごしと拭い取って、改めてスイッチを押した。重苦しい音と静かな振動と共にコクピットハッチが開いていく。通信装置がイカれているので、このままでは他の仲間と連絡が取れない。
 わざわざ機体を降りなくても、システムコンバートすればいいのだが――”生身”で、外の空気を吸いたい気分だった。

 
 

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「………………好きで壊したんじゃねえんだよーちくしょー……」

 

 自販機から排出されたコーヒーの紙コップを片手に持ち、シンは遠い目でそう呟いていた。魂を吐き出すような呟きの原因は、たった一度の戦闘でぼろっぼろに酷使されたダガーが原因だった。その機体状況(惨状)を目の当たりにした整備スタッフ達は、総じて暗い笑みを浮かべてなにやら怪しげな言葉を呟き始める始末。
 誰もシンに”直接は何も言わない”のが非常にキツイ。文句や恨み事を面と向かって吐かれた方がまだ楽というものだ。
 当然修理の手伝いを買って出た。六課に戻った後、報告書の類をさっさと作成して提出し、後はずっと修理作業に没頭していた。
 日はとっくに落ち、もう日付も変わってしまっている。だがまだ終わりでは無い。破壊された武装は後回しにするとしても、機体自体は早急に稼働可能な状態まで修理しなければならない。特に左腕は何としてもくっ付けておかないといけないだろう。次も今日の様な相手に会ったら、肩腕では流石に勝てる気がしない。ピンポイントに関節部だけ斬り落としたとはいえ、それでも簡単に済む作業では無い。該当箇所を引っこ抜いて付け替えるだけでも時間も手間もうんとかかる。モビルスーツの代償の様なものだ。規模が大きいのは戦力だけでなく、メンテナンスといった項目でも同じ。
「さて……と、……?」
 数分と決めた休憩を切り上げて、シンは格納庫へ戻ろうと立ち上がり、そして人影に気が付いた。暗がりで解らなかったが、自販機のあるスペースの入口に立つように誰かいる。影の大きさからして、子供くらいだ。即座に思い当たるのはエリオとキャロ。けれど何故こんな所に居るのかという疑問。時間が時間だし、此処は寮から特別離れている訳では無いが、近い訳でもない。
「あの……こんばんは……」
「……ああ、キャロか。何だよ、こんな時間に」
 声は少女のものだった。声と共に一歩前に出たので、自販機の灯りに照らされて、影が人に成る。顔を伏せているので表情が解らない。とりあえず何故キャロがいるのかという事に純粋に首を傾げつつ、問い掛けながら特に遠慮する事も無く歩いて近付いた。
「――っ!」
 退がった。明らかに。伏せられていた顔が上がる。表情に浮かんでいるのは恐怖と怯え。シンの見間違いでなければ微かに震えているのかもしれない。
「…………そっか。そうだよな、怖いよな。それが普通だよな」
 そうだ。他の連中が動じながらも『驚いた』以外の感想を言わないものだから――スバルはやたらテンション上がっていたし、エリオも結構興奮していたが――すっかり忘れていた。モビルスーツというものは、とにかく”怖い”のだ。同じようにモビルスーツに乗っているならともかく、生身の人間には絶望的なまでの威圧感を与える存在だ。

 

 シン・アスカは、それを嫌というほど思い知っている。

 

「キャロ」
「あっ、ご、ごめんなさ――」
「このくらい?」
 言葉を遮って二歩下がった。キャロが困惑する。なんとなくまだ足りない気がしたので、もう二歩下がった。
「このくらい離れてれば、平気か?」
「あ…………ごめん、なさい……」
「気にするなよ。たぶんそれが普通だから、な?」
 笑う。妹に対してやっていたみたいに。怯えている相手に、それも子供相手に無表情で跳ねのける事は、何となく今日は出来なかった。戦闘で疲れているからだろうか。久し振りなので上手く笑えているか少し自信が無かったが。
「で? 何か俺に用があってこんなとこまで来たんじゃないのか?」
 念を押す意味も含めて更に後ろに下がり、壁際に到達。そこに背を預けた。急かす心算は無いので、あくまでキャロが喋り出すのを待つ。
 持っていたコーヒーを啜る。苦い、と感じる。絶望的な苦さで異常に不評なこのコーヒーだが、今のシンにはこれくらいがちょうどいいので愛飲している。
 ……前に”当たり”が出てもう一本出てきたコーヒーを通りすがりの人間に勧めたら、五分間ほど咳きこんでいた。そんなどうでもいい記憶を思い出した。その時、特技の施設で会った白衣の男は、見ない顔だったとも思いだす。あくまで見慣れない顔だったというだけで、顔自体はあまりよく覚えていないのだが。世間話を少ししただけの他人を詳細なんて、覚えられないのが普通だろう。

 

「――――怖くないんですか」

 

 問いかけられた。ん、と口の中だけで呟いた。少し埋没しかけていた思考を今に引っ張り出す。
「怖くないんですか、ああいう風に、大きな力を使う事、怖くないんですか。誰かを傷つけてしまうんじゃないかとか、そう言う風に……思ったりしないんですか……」
 ぽつぽつと、絞り出すように声が紡がれる。俯いてしまっているので、キャロの表情は解らない。
「………………キャロにはさ、大事な人が居る?」
 その意味がわからないのだろう。キャロが顔をあげて呆けた顔で見てくる。
 その困惑に構わず言葉を続けた。
「こっちはともかくさ、向こう――俺の居た世界はさ、モビルスーツなんて当たり前でさ。それで……まあ俺も色々あって、考える機会があったんだよ。もし自分の大事なモノがその脅威に襲われたとしてさ、じゃあどうすれば大事なモノを”守れるのか”って」
 全部奪われた後に考えていては、絶望的に何もかもが手遅れだったけど。
「それで俺が辿り着いた……違うな。流された先の答えが、『同じ力を持つ』だったんだよ。それに対抗できる力を持てば、大事なモノを亡くさなくても済むし、それに――もしかしたら他の人が”そういう目”に会うのも防げるんじゃないかって、そう考えてさ」
 結局何も守れずに、へし折られて終わったけれど。
「モビルスーツは怖かったさ。でも怖がってる内に、大事なモノが消えていくのがもっとずっと怖かった。だから俺はMSに乗ってる。あんなもの、無い方がいいって俺も思う。でもあれでなきゃ”守れない”状況があるのなら、俺は躊躇わない」
 シンの選んだ道(理想)は、間違っていたのかもしれないと今になって思う。でもこの答えが正しくないとは思わないし思えない。

 

「例えそれで人を――」
「殺したとしても躊躇わない。吹き飛ばされてからじゃあ遅いんだ」

 

 キャロは新たに何かを問い掛けようとはしなかったし、シンもそれ以上言葉を発しなかった。握る紙コップはもう温かくない。どうやら冷めてしまったらしい。キャロがシンの言葉を聞いてどう思ったかなんて事は、シンに解る筈もない。キャロは真っ直ぐシンを見ている。その瞳から、もう怯えは消えていた。
「何か一人で長々言っちゃったけど、たぶんキャロの参考にはならないと、思う。これあくまで俺の考えだし……それに、俺とキャロじゃあ何もかもが違い過ぎるだろ」
 喋りながら前進する。今度はキャロは退がらなかった。そのまま出口へと向かう。
「ただ。誰かから貰ったり、与えられて出したつもりになってる”答え”は、最後の最後でまるで役に立たないからさ。だから、

 

 どれだけ辛くても、それ(答え)は自分自身で見付けた方がいい」

 

 シンは人殺しだ。どれだけ理由や言い訳を付けても、人を殺したというその事実は変わらない。こんな風に誰かに偉そうに言える立場では無いと、そんな事よく分かってる。
 ただこれだけは得た真実だったから、どうしても伝えたくなった。
「私は、やっぱり”殺し”たりとか、そういうのは怖い……です。でも……」
 出口に差し掛かった所で思わず立ち止まる。返答が来ると思っていなかったので、少し意表を突かれた。
「――――戦います。大事なもの、守りたいものが、あるから」
 そっか、と。
 振り返らずにそう答えて、休憩室から外に出た。

 
 
 
 
 

「らしくないよなぁ……何様だよ、お前…………」

 

 シンの呟きは夜闇に紛れて、誰に届く訳でもなく消えていく。

 

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