A.C.S.E_第11話

Last-modified: 2009-09-22 (火) 07:20:32

 ダガーが左腕で抱え込んだ緑の大砲――超高インパルス砲からエンルギーの塊が解き放たれた。大気を焦がしながら直進した光の帯は一直線に阻むもの、木々や岩石と言った天然の障害物それら総てを融解させながら直進し、目標へと捻じ込まれた。
 球形の敵機――ガジェットGⅢの丁度真ん中辺りに大穴が開いた事を確認。今ではすっかり座り慣れたスローターダガーのコクピットシートに座りながら、シン・アスカは浅く息を吐いた。
 一見、戦闘は終了しているように見える。敵であるGⅢはその腹部に巨大な穴が開き、紫電を周囲に巻き散らかしている。未だカタチを保っているのが不思議な位だ。数瞬と経たずに爆散するだろう。
 ”これまで”ならば此処で終わリと判断する。だけどもう知っている、敵は伏兵を使う事。またM ダガーが左腕で抱え込んだ緑の大砲――超高インパルス砲からエネルギーの塊が解き放たれた。大気を焦がしながら直進した光の帯は一直線に阻むもの、木々や岩石と言った天然の障害物それら総てを融解させながら直進し、目標へと捻じ込まれた。
 球形の敵機――ガジェットGⅢの丁度真ん中辺りに大穴が開いた事を確認。今ではすっかり座り慣れたスローターダガーのコクピットシートに座りながら、シン・アスカは浅く息を吐いた。
 一見、戦闘は終了しているように見える。敵であるGⅢはその腹部に巨大な穴が開き、紫電を周囲に巻き散らかしている。未だカタチを保っているのが不思議な位だ。数瞬と経たずに爆散するだろう。
 ”これまで”ならば此処で終わリと判断する。だけどもう知っている、敵は伏兵を使う事。またMSを何らかの方法で強化運用出来る事。人気なんてまるで無い森林地帯に出現した事からも、”戦闘”そのものが目的であると窺い知れる。本格的に特技のMSという存在に的を絞ったのかもしれない。
 だからこの時点では安心しない。わざわざ大火力砲で中心を綺麗にブチ抜いたのも、前の様に”中に入っている”という事態を考慮しての行動だ。
 警戒態勢は解除しない。もう”何をしてきてもおかしくない”という前提を心に作ってある。だからそこいらからいきなりMSが飛び出してきても、シンは冷静に対処する心構えがある。
 GⅢが爆散した。炎が周囲を舐めつくす。衝撃波が拡散する。轟音が響き渡る。横殴りに降り注いだ破片がダガーに衝突し、カツンガツンと硬い音を立てた。
「……索敵」
『All right』
 突き刺すような眼差しでメインカメラの映像を注視しながら、シンは短く呟いた。独り言と思えるシンの呟きに、無機質な電子音声が返答する。シンが手を触れていないのにモニタの片隅でディスプレイと数字が踊る。ダガーに搭載された各種センサでもって周囲を探索しているのだ。今のところ熱源――新手の反応は無い。
 モニタに映るのは何処までも広がる生い茂る木々、今回のステージは森林地帯。周囲に居住区は無い。広域の結界を展開しているために火力による制限は無い。周囲を気にせずに戦えるという点ではそれなりに好条件である。
「”味方”も居ないしな……索敵継続」
『All right』
 シンの呟きに、再度電子音での返答。別にこの現象に大したタネは無い。ただダガーのシステム周りに組み込まれたものが増えただけの話だ。
 現在のダガーには、魔導師が用いるデバイスに使用されているAIをMS用のサポートAIとして調整されたものが組み込まれている。シンはまだ全容を聞かされていないが、今後追加するシステムにはデバイスの技術が不可欠であるらしい。今回のAIの実装はそれに先駆けて魔法世界の技術を転用するという試みでもあった。
 何でもダガーに積んだAIは使用者の特性に合わせて学習し最適化される、かなり上等なものであるらしい。もっとも使い始めて日が浅いシンには、いまいちどう上等であるかの実感は沸かないが。
 ただ音声による指示、具体的には手を使わず各種操作を行えるという点は非常に重宝している。現在の様な、敵が何時何処から飛び出てくるか解らない状況では操縦桿から手を離したくないのだ。
『Caution』
「来た……!」
 今までと違う意味の言葉を電子音声が呟く。同時にアラート。熱源反応、ダガーの真正面から少し先、GⅢの残骸よりも更に先、その地点で土煙が上がる。
 抱えたままだった超高インパルス砲(アグニ)を構え直す。舞い上がった土煙を突っ切る様に一つの影が飛び出してきた。ボディはほぼ黒一色、”脚”の数は総数四。一般的に認知されているMSとは大きく異なった、獣のようなシルエットを持つMS。
「バクゥ――いや、こいつは――」
 照準を合わせながら呟く。ダガーのAIが出現した機体をデータベースから引っ張り出す。表示されるデータ。機体名称『ケルベロスバクゥハウンド』。バクゥの改良型にケルベロスウィザードを搭載した高機動格闘機。新型を開発するのではなく、現行機を強化するという思想の下で開発されたMSである。シンもデータでは知っていたが、実際に見るのは始めてだった。

 

 前のウィンダム同様、その機体は五体満足では無い。装甲が損壊した個所から火花が散っているし、ウイングパーツも途中で折れるように欠けている。何よりも、本来ならば三つある筈の首が二本しか残存していないのが目を引く。
「速攻!」
 アグニが光の帯を吐き出した。狙い通り一直線に突き進んだ光を、ケルベロスバクゥは横に跳ぶ様に回避する。人型のMSとは違い、姿通りの獣を思わせる俊敏な機動だ。シンが知る通常のバクゥよりも動きが鋭いように思われる。強化型であるが故か、それとも前のウィンダムの様に何らかの強化措置が施されているのかは判別のしようが無い。
 ケルベロスバクゥ本来の首から光の刃が何本も噴き出した。”牙”のような形をしたモノが二本、”口”の中から一本、顔の横側から更に二本。もう一つの首からも正面と横へ二本の光の剣が発生する。
 色はすべて緑色。
 三つ首でなく二つ首の鋼の獣へ迎え撃つようにアグニを放つ。だが鋼の獣はその四本の脚で地を蹴り、軽やかに飛び跳ねる事で砲撃を易々と回避してみせる。また避けながらも確実に獣はダガーとの距離を詰め始めている。シンも距離を詰めさせまいと機体を操るが、もう一つの首から時折放たれるビーム砲に牽制され、十分に距離を開けられないでいる。
「――シルエットA、スタンバイ」
『All right』
 肉食獣の様な機動を取る相手に、取り回しの悪い大砲は相性が悪いと判断。数瞬だけシルエットSとどちらを使うか迷ったが、空中からの攻撃が可能であるシルエットAに決定。AIに命令してシルエットAの使用準備を開始する。直ぐにはやらない。否出来ない、今停止するのは好ましくない。まず理想的な状況を造らねばならない。
「座標指定、」
 敵の武装はもう把握した。前の”腕”の様に隠し玉がある可能性もあるが、それに脅えてやるほどシンは臆病では無い。相手の位置とこちらの位置、周辺の地形、武装の状況、そして相手の動きのパターン、頭の中に叩き込んだそれらを組み合わせて、これからを構築する。現時点での最優先はバックパックユニットの換装――
『Caution』
 電子音声の無機質な警告と同時にコクピットに鳴り響く接近警報。ダガーの右斜め後方で先程と同様の土煙が立ち昇った。周囲へ吹き荒れる土砂を突き破る様に黒い獣が飛び出して来る。
「……ッ! もう一体!?」
 今度はちゃんと首が三本あった。それでも無傷という訳では無く、あちこちから火花が散り、ケーブルの類がこぼれるように露出している。こちらのバクゥもそれぞれの首から緑の光刃を出現させる。右手で引き抜いたビームライフルを新たに出現た方のバクゥに向け、発射。飛ぶ光弾。バクゥは跳躍した回避した。前方のバクゥがダガーへと飛びかかるように距離を詰めてくる。アグニを撃った。光の帯が地面に突き刺さる、膨大な熱量が土砂を抉る。着地点付近が大きく抉れた事で前方のバクゥが一瞬だけ停止する。好機ではあるが、攻撃手段が無い。右手は後方のバクゥを牽制するために使っているのだ。
(……、ッ! マズいな、長くは……続かないぞ……!!)
 スラスターの光を伴い、その場から離脱する勢いでダガーが飛翔する。獣の動きで地面を駆け回り、あくまで挟み撃ちの形を維持しようとうする二匹の獣。
 状況はどう見ても不利だ。強引に――装備をいくらか盾にしてでも換装を強行するという結論に至る。まず後方のバクゥへロクに照準も付けずビームライフルを連射する。それを避ける鋼の獣、その着地点へとライフルを放り投げた。バクゥの背中から生える二つの首からビームが二条放たれる。投げたライフルが空中で貫かれて爆散した。爆発の煙幕が生きている内にスラスターを噴かせて大きく飛び上がる。
 今度は前方のバクゥへ向けてアグニを放つ。空中での砲撃、姿勢は安定していない。直撃はしていないが、降り注いだ光に対しバクゥが僅かに後退する。
 生じた隙を見計らって更に飛翔、二機のバクゥから離れた位置に着地する。まずは既に接続されているシルエットLをパージさせようと、

 

 ――瞬間、機体(身体)が左側に傾いた。

 

 何故、と思うよりも速く。地面から飛び出した黒い影が、その牙(ビームファング)でもって、ダガーの左腕を掻っ攫うように切断していった。肘関節少し上の部分で切断されて吹き飛んだ左腕は当然として、その左腕で抱え込むように保持されていたアグニも砲身を両断される。同時に質量が衝突した事によってダガーそのものが盛大に揺れる。コクピットの中で激しい震動に見舞われたシンは、操縦桿を手放すまいと歯を食いしばった。

 

 明後日の方向に吹っ飛んだ左腕は重い音を立てて地面に落ちた。アグニは切り飛ばされた方と、ダガー側に残留していたモノ、その両方が盛大に爆散した。発生した熱量と衝撃波は密着するほど隣接していたダガーを容赦なくぶっ叩く。コクピットに加わる振動が跳ね上がった、シンはもう一段階強く歯を食いしばる。横に倒れそうになる機体をその場に留めようと操縦桿をガチャガチャと振りまわす。その音はコクピット内に満ちた電子音声と警報で掻き消されていた。この時点でようやく”追い込まれた”と理解する。新たに出現した三匹目の首から放たれたビームがダガーの足元を抉る。再度絶望的になるバランス。スラスターの青光。地面を強引に、引き摺られる様な形で滑りながら、シンは三匹目と距離を取る。

 

 ――その後ろで、土煙が新たに三つ。

 

 左腕とメイン武装を切り飛ばされ、半ば地面に崩れかけた体勢のダガーが、メインカメラを前に向ける。
 四肢やその特徴的な首が欠けていても、稼働可能な黒い獣が”三機(匹)”。それぞれダガーの正面、右方、左方に存在し、今にも飛びかからんとその姿勢を低くしている。
「お、おい、ちょっ――」
 コクピットの中でシンはサブカメラで後方を確認する。新たに土煙を払って出現した黒い獣が三機、それぞれ前方と同様各部に欠損はあるが、稼働に支障は無いらしい。黒い獣達は前方の三匹と似た配置で、同じく身を低くしている。
「う、」
 総数六、鋼の獣、三つ首の魔獣、一斉にそれぞれの首に備え付けられた光刃(ビームサーベル)を発生させる。数えるのがバカらしくなるほどの数の光刃。
 六匹の獣の目的はもう考えるまでも無い。獣たちの中心に位置するダガー以外ありえない。無数の光刃がモニタを支配す、

 

「――うおおおおおおおおおおおおおおッ!?」

 

 スローターダガーをぐるりと囲み、そして一斉に迫る魔獣(ケルベロスバクゥハウンド)。その単眼(モノアイ)が、ボウと緑の光を放った。

 
 

第11話『狭間で思う事』

 
 

///

 

 激しい運動をしたら汗をかくのは、人間としておかしい事では無いだろう。シンは身なりにあまり気を使わない類ではあるが、それでも汗だくのままでは気持ち悪いと感じるくらいの感性はある。
「………………」
 たっぷりと浴槽に蓄えられたお湯にその身体を浸しつつ、シンは相変わらずの仏頂面をしていた。
 自覚はある。
 シン・アスカはおよそそれまでの自分とは似ても似つかない挙動をしている事に。仏頂面を始めとした今のシンの言動は、”シン”を知っている人間が見たら驚いたり爆笑しかねないだろう。
 それでもシン自身は極めて大真面目にやっているのだ。思い返すだけで頭痛と吐き気を催す敗北――というか失敗の記憶。それを何度も何度も何度も何度も何度も掘り返して検証して、その果てに今のシンが居る。
 出た結論は”強くなる”。その結論から、今のシンが在るといえる。
 言葉だけで見るとシンプルというか、およそ一周して戻ってきたとすら言える。ただ言葉は同じでも持つ意味は違う。前――C.E.に居た頃のシンだと、”強くなる”という事は特にMSの操縦技術の向上を示す。要はMSを駆ってより強大な、より多くの敵を倒す事が出来るようになる事。それが強さだと思っていた。
 だけど今の目標は少し違う。別に前掲げていたことが間違っていたとは思っていない。ただそれだけでは不足だと感じたから、求めるものを増やしただけの話である。

 

 ――自分で言うのも何だが、そっちの”力”はあると思うのだ。

 

 少なくないものを積み重ねてきた確信がある。脇目も振らずただそれに情熱を傾け、磨いてきた自負がある。無論負けも多かった、だけど勝っていない訳ではない。”認められる”程の功績は確かに残しているし、何よりもシンがあの戦争を生き延びたという事実がそれを証明している。シンが居たのは常に最前線だ、本当の弱者は嘆く暇もなく蹴落とされる場所だから。
 だけどそれでは、それだけでは駄目なのだ。シンはそれをよく知っている。というかあそこまで完膚無きにヘシ折られればどれだけ目を背けても自覚せざるを得ない。
 シンはあの緋色の機体との戦闘で何度も何度もミスをした、操縦では無く、判断の方で。技量の差とか、性能の差とか、相性だとか、それ以前の問題だったのだろう。戦いに対する心構えが足りなかった。相手が元の上司だとか、顔みしりだとか、そういう色々な理由を考えて混乱して、持っていた力をただ闇雲に振り回した。
(…………そりゃ負ける、よな)
 湯に潜航した口から息を吐く、ぶくぶくと音をたてて小さな泡が発生した。その様子をぼんやりと見ながらシンは物思いに耽る。
 だから、そう言う意味でも強くなりたい。覚悟が欲しい。覚悟ができる強い意志が欲しい。どんな状況でも、どんな相手でも、迷わず目的の為に身体を動かす”心”が欲しい。だからこその現在だ。余計な物はまず見ない、まず得ない、必要なモノだけ、必要な事だけやって、心をもっとずっと強固にする。それが今目指している強さ、目標といえる。
 果たして今の自分は”目標”にどれだけ近付いているのだろうか。そもそも近づけているのだろうか。新しい目標は戦果というカタチで現れてくれないから、正しいのか間違っているのかをどうにも計りかねる。ただシンは諦めるつもりはないから、手探りでも少しずつでも、進んでいくしかないのだろう。
(それにしても)
 陰鬱とした思考をぽいと脳髄の片隅に放り投げ、シンは改めて現在自分が置かれている状況を確認する。
 湯船につかっている。それはいい。問題なのは人数だ。シン一人では無い。シンの右にはエリオが居て、左隣りにはヴァイスが居る。そしてエリオの更に向こうには人型になったザフィーラも居た。いや男湯だから別にこの面子が居る事がおかしくないのだが、
(この状況は何なんだ……?)
 別に湯船が狭い訳では無い、むしろ公共施設として十二分に広いと言える。だが男四人が横一列に並んで同時に入っているというこの光景。華の欠片も無いこの画に妙な圧迫感というか息苦しさを感じてしまうのは仕方がないと思うのだ。
 横目で他の面子の様子を窺う。ヴァイスは居たって普通、むしろ鼻歌でも歌いだしそうなくらい湯船を満喫している。エリオは微妙に居心地の悪そうな顔をしていた。年上に囲まれているからだろうか。ザフィーラは至極いつも通りだった、この辺りは地味に見習いたいとシンは密かに思っていたりする。言わないけど。
「やっぱ、時間ずらせばよかった」
「まあそう言うなや。こういうのも悪くねえだろ、たまにはさ」
「……そうですか?」
「でもま。誘っといて何だけど、本当にお前も一緒に入るとは思って無かったがな。お前こういうの適当に理由付けて逃げるタイプな気がしてたしなー」

 

 ――そうだ、確かにその通りだ。

 

 何で俺(シン・アスカ)は”ここ”に居る、というより、居る事を受け入れているのだろう。返答は無い。声に出していないのだから他者からの返答が無いのは当たり前。それにあったとしても意味は無い、この問いに答えを返せるのは自分(シン)だけだから。
「……別に断る理由が無かっただけですよ」
「へいへい、そう言う事にしといてやるよ」

 

 ――こんな風に俺は此処に居る事を許容していいのか? これは俺の目標の妨げにならないか? いやそもそも何で俺はこういうものを避けるようになった? 邪魔だから? 余計だから? そういうモノを求めないのは、求めようとしないのは、抱え込む余裕が無いと判断したから? 

 

「あ、そういえばエリオ。風呂入ってて思い出したんだけど」
「何ですか?」
「この間キャロに男の人って、女の人と一緒にお風呂入るのは嫌がるものなんですかって聞かれたんだけど。あれって何で? お前絡みだと思ったんだけど」
「………………この間の出向任務の時に、大きなお風呂に行ってですね、その時に一緒に入ろうと言われまして」

 

「――――ま、さ、か。お前、女湯という桃源郷に突入したんじゃあるめえな……!?」
「してませんよッ!?」
「ああ……そう言う事か。まあ普通恥ずかしいよな、エリオ位の年齢だと」

 

 ――あれ? そもそも本当に強いのなら、全部ひっくるめて”持てる”んじゃないのか? 何かを諦めてるって事は”弱さ”なんじゃないのか? 今の俺はできないって決めつけて、面倒だからって遠ざけてるだけなんじゃないか? それは本当に俺の”目標”にとって正しい事なのか? それはもう、もしかして”その時点”で逃げているんじゃないのか?

 

「それにしても、キャロは何で俺に聞いたんだ? 他に適任……………………あ、意外と居ないな。しかし改めて考えるとここ女性多いよなぁ」
「おー、そういやそうだなー。まあ居ねえって訳じゃねえけど。とにかくエリオと年齢近いのはお前だから聞かれたんじゃねえか?」
「……嫌われてると思ったんだけどなあ」
「え? 何か言いましたか?」
「いや、別に」

 

 ――どっちだ? どっちが合ってる? いや最初から間違えてるのか? 別に人との関わり全部を断とうと、断てると思ってない、ただ余計な事に手を出したくないだけ、だよな? でも余計なものとそうでないものの線引きはどうなるんだ? そこに既に逃げが混じっている事に俺は気付いていないのか? いやそれともそうやって何かと理由を付けて無意識に俺はそういう、本来要らないものまで求め始めてるのか? 間違ってるのはどこだ? 合ってるのはどこだ?

 

「いやー、しっかし改めて考えると職場に恵まれてるよなあ、俺達。もう上から下まで美人揃い。うんうん、いいねえ、素晴らしいねえ」
「…………はあ」
「…………えーと」
「………………」
「……あれ? 同意が無いよ? おかしいよね? 俺間違ってねえよな!? 男としては俺の方が正しい反応だよな!? ――え、嘘、なに、何なのこのアウェー感、ちょ、いやおかしい、俺がおかしい筈は無い……っ!」

 

 ――結局、俺はどうしたいんだろう

 

///

 

「っあ、」

 

 体勢を立て直すのは諦めた。右手で腰からビームサーベルを引き抜く。灯る光刃。敵を選んでいる暇なんてない。とにかく真っ先に自機に到達するサーベル目がけ、手にしたサーベルの刃を叩きつけて迎撃する。ダガーの右手から伸びる光刃と、バクゥの首から伸びた三本が干渉して火花を散らす。
 それでもう”手が塞がった”。左腕はもう切り落とされているのだから当たり前だ。迎撃手段の無い左側からバクゥが迫る。同時に右からも来ている、真後ろからも来ている、右斜め後方からも、左斜め後方からも。
 画面がバクゥの放つ緑の光刃で染まる。周囲のバクゥはそれぞれ持つ首を、そこから伸びるサーベルを振りかざしながら今まさにダガーに”噛みつこうと”している。現在既に噛みついているバクゥは、その二本目の首の”口を開け”ている。灯る光はビームの予兆。二本目の首が向くのはダガーの腹部。コクピットがある場所、シンが居る場所。モニターに映るその首と、目の無いその首と、”目があった”気がした。

 

 ――し、

 

「ね、」
『System Call』

 

 赤い粒子を撒き散らしながら、空中にエールユニットが出現した。場所はダガーの前方。ダガーに光刃を叩きつけているバクゥの後方。エールユニットが持てるスラスターから膨大な光を吹き出した。”前進”。弾けるように突き進んだエールユニットが、その進路の直線状に居たバクゥに衝突する。MS一機を浮かせるよう推力を高められているそれに後ろから押されて、ダガーに食らいついていたバクゥが宙を舞う。二本目の首から発射されたビームは見当違いの方向へ放たれ、ダガーの右脇を通過して地面を焼いた。空いた右手でサーベルを左方から迫るバクゥに投げた。そのまま左腰からサーベルをもう一本引き抜いた。スラスターを最大出力で噴かす。浮上、ではなく弾き飛ばされる様に上へと飛び上がった。真後ろから迫っていたバクゥがダガーの背中にその”牙”を突き立てんと地を蹴って飛び上がった。
「る、」
 右脚を思いっきり後ろに突き出した。後ろに振り抜かれた右脚はバクゥの首を下から蹴り上げる。そのモーションの途中で脚部の、脹脛の辺りにマウントされていたカービンを撃つ。照準は付けていない、付ける必要も無い、レンジは既に近接戦闘、撃てば当たる距離だから。カービンの銃口から迸った緑のビームがバクゥの首と胴体を繋ぐ間接に突き刺さってブチ砕いた。後方から来ていたバクゥがバランスを崩して落下する。右から来ていたバクゥがダガーに到達する。右手のサーベルで迎え打った。赤と緑が干渉する。その干渉を支点とし、スラスターの推力を補助として、バクゥを飛び越えるような機動を取る。右から迫るバクゥの背中、本来二本ある筈の首の一本は最初から無かった。二本目の首が光刃を振りかざして、バクゥの上に躍り出たダガーを貫こうとする。
 空中で身体を捻る、腰を捻る、結果として左脚を蹴りの如く突き出す機動を取る。サーベルと足が微妙な距離で触れた。溶ける装甲、焼かれて砕ける内部構造(フレーム)、到達(インパクト)。二本目の首の付け根のあたりに着地の様な形の蹴りが突き刺さる。到達と同時――少し速くカービンを発射。照準の必要無し。バクゥの首が付け根の辺りで千切れ飛んだ。貫通したビームが進行方向に存在していたバクゥの脚と胴を繋ぐ間接に付近を焦がし、その足が一つ千切れ飛んだ。
「ッかあああああああああああァァァァ!!!!!!!!」
 今度は着地の蹴りを支点とする。無理やりな、変に捻った体勢のままで今度こそ踏んだバクゥを飛び越える。右に持ったままのサーベルを見下ろすバクゥの”背中”に突き立てる。吸い込まれる様にバクゥの機体にめり込むビームサーベル。火花が大気を焦がし、周囲を閃光で染め上げる。数瞬置いてバクゥが爆散した。爆発の衝撃と熱風がダガーの全身を容赦なく叩き、不自然な体勢のまま空中を踊っていたダガーに衝撃が襲いかかる。そのまま吹き飛ばされて、地面に墜落し、地面を転がった。ビームサーベルはバクゥに刺したままだった。故に爆発の際に吹き飛ばされている。爆炎を突き破る様に四匹のバクゥがダガー目がけて迫って――来ない。四匹のバクゥが空を見上げた、かと思うとそれぞれ背中に背負った首の”口”から緑の光弾が発射される。それらは未だバクゥの一匹にブチ当たり、空へと押し上げていたエールユニットへと突き刺さる。
 空で赤い花が咲いた。推進剤をたらふく詰め込まれたエールユニットの爆発を至近距離で受けたバクゥが全身を焦がしながら墜落する、落下の際にひしゃげた機体のあちこちから溢れだした大量の部品やオイルは、爆発の影響か、それとも落下の衝撃が原因か。おそらくそのどちらもだろう。
 その隙を見逃す手は無い。出来うる限りの最速でシンは機体を立て直す。即座に横へ滑る様に機体を動かす。標的(エールユニット)を落とし終え、バクゥ達の首が――その口の中に在るビーム砲がダガーへと向いた。ダガーの右腕で赤い光が弾け、赤と黒で塗り分けられた小型盾が装着される。
 ビームを撃ちながら、四匹の獣が再度距離を詰めようと地を跳ねる。ダガーの前に、通り過ぎた箇所に、これから通る箇所に、ビームが次々と着弾する。右腕の盾でバイタルエリアのみを庇いつつ、シンはがむしゃらに機体を滑らせる。
(――どうする! どうする!! どうするッ!! どうすればいいッ!?)

 

 獣(敵)の数は、あと四匹。

 
 

///
「はい、おしまいっと」
 もう恒例行事になりつつある、シミュレータでの模擬戦闘。結果はシンの10勝0敗。シミュレータのシートに腰かけたシンは、完膚無きまでに撃破されたノインの機体を眺めながら呟いた。
「っだああァッ!!!」
 ガンッと、堅い何かを堅い何かに叩き付ける音。またか、とシンは小さく呟いて、シミュレータから身を乗り出した。
「おい、物に当たってもいいけど壊すなよ」
「ああーくっそ! 何で勝てないんだよッ!!」
「それはお前が弱いからだろ」
「……ッ!!」
 ノインに殺気すら感じる程の形相で睨みつけられるが、事実だから仕方がない。というか訓練を始めて間もない相手に追い抜かれても困る。
「そう簡単に勝たれても困るっての……まあそれはいいか、こっち来い」
「チッ……」
 舌打ちされるくらいは何時もの事だ。悪態に思うところが無い訳では無いが、そういうのを気にしている暇もない。教官という仕事が増えてからは本当に忙しいのだ。それにもう慣れた。
「まず、前に出過ぎなんだよ。傾向もだけど物理的にも。お前何回前のめりにコケたら気が済むんだ?」
「……うるっせえ、まだ慣れてねえつってんだろ」
「操作の方は確かにそうだろうけど、それ以前にやたら前に出ようとしてないか、お前」
「攻撃すんのに、前に出て何が悪いんだよ」
「ああ、なるほど。お前の言いたい事は大体わかった」
「は?」
「……律儀に初手から格闘戦に持ち込んでやる必要はないだろ。対艦刀構えた機体が突っ込んできたらそりゃ近付かれる前に撃ち落とされる。見た目で得意なレンジはバレてるんだ。まず得意距離に持ち込むための方法を考えろっての。バカ正直に突っ込んでくる、以外でな」
「ッチ……めんどくせえなぁ」
「知るか。やれ」
「………………」
「ま、別にやんなくてもいいぞ。ただ、これからも俺に負け続ける事になるかもな」
「……! やってやればいいんだろ!! 見てろ、お前絶対ぶっ壊してやる!!」
 シンに怒鳴りつけた後、ノインは再度シミュレータへと飛び込んでいった。その女性らしさの欠片も感じられない挙動を溜息とともに見送る。
「センスが無い訳じゃないとは思うんだけど、多分あの性格がなあ……」
 呟きつつ、シンも再度シミュレータへと向き直る。直ぐに改善がみられるとは思っていない、当然だ。言った事が即実践できたら誰も苦労しない。
 中には出来る人種もいるのだろうが、シンもノインもそういう連中とは違う。だから手段は一つ。覚えるまでぶっ叩く。
「アスカさーん、今ちょっといいですかー?」
「おい、何やってんだよ、さっさと相手しろよ!」
「しばらく各種機動練習! 言ってあるやつな!!  ……はーい、大丈夫でーす!」
 整備主任(特技側、兄の方)の呼び声とほぼ同時に、シミュレータから顔を出してノインが怒鳴る。まずはノインに怒鳴り返して、整備主任に返答した。
 明らかに不服気な顔をしつつ、もノインが顔を引っ込める。それを見届けてから小走りで整備主任の方へと向かった。
「何の用ですか?」
「いや、武装のリストとマウント位置の確認だったんですけど、いいんですか? あの子の相手」
「大丈夫です。どうせしばらく頭に血上っててるでしょ。言った事飲み込むのにも、まだ時間かかるだろうし」
「へえ。私達、毎度やりとり見てるんですけど、アスカさんあの子の扱い上手いですねえ。見た感じ大分気難しそうな子なのに」
 整備主任から受け取ったリストをぱらぱらとめくり、内容を頭に叩き込んで処理する。システムに格納する各種武装、それらが呼び出した際に装填される位置等々。
「ああ。それは、まあ。ああいう性格には、覚えがあるんで」
 リストの内容に目を通しつつ、やや小さな声で返答した。さすがに昔の自分があんな感じだったとは言い難かった。
 なんというか、性格のタイプが似通っていると感じている。
 例えば……無闇やたらと相手に突っかかる。意見にはとにかく噛みつく。相手の言い分が正しいとわかっていても素直に認めようとしない、認められない。あと態度が悪い。ついでに愛想も悪い等々。
 改めて考えると、思いのほか共通項が多い気がする。シン自身昔は自覚していなかった事ばかりだ。”こっち”にきて、これまでの事を色々と考えた。これ等は出来るだけ感情的にならず、客観的に自分(シン)を見直した結果である。だいぶ苦労したが。

 

 シンはノインという少女と関わりだしてまだ日が浅い。だけど相手の性格は把握出来ているような気がしていた。シンが鋭いのではない、向こう(ノイン)がわかりやすいのだ。こういうのを裏表が無いとでも――いや、単純なだけなのかもしれない。
「はあ……」
 ややげんなりしつつも、シンは目を通し終えたリストを整備主任の男性に返す。そして数回頭を振って、思考を切り替えた。
「確認しました。これでお願いします。あ、後武装の直接引き出し。どうにかできそうですか? システム上では問題無いんですよね?」
「そっちは大丈夫ですね。次の出撃までには実装できます」
「わかりました。他に何かありますか?」
「いえ、今のところは大丈夫です。あちらさんの相手に戻られてもよろしいですよ?」
「からかわないでくださいよ……」
「ハハハ、すいませんすいません」
 にやーっとした感じで言う整備主任に溜息混じりに返しつつ、シンはシミュレータへと歩き出した。

 
 

「……何か、意外ですね」
「うん、何が?」
 整備用フレームに括りつけられたダガー。そのフレームの上で各関節部の最終チェックをしている整備主任の男性に、傍らでその作業を手伝う男性が小さな声で話しかけた。
「いや、アスカさんですよ。何ていうか無機質な感じだと思ってたんですけど……」
 その言葉で男の視線が階下に向いた。整備主任の視線も下に向く。ぎゃあぎゃあと、大分離れた此処まで聞こえてきそうな声で喚くノインという名の赤髪の少女。それをあしらうように手をひらひらさせながら応答するのはシン・アスカ。特技のエースパイロットの少年だ。最初こそ怒声の連続に戦々恐々としていたが、最近この光景はもう日常になりつつあった。
「こうしてると、普通っていうか、むしろ面倒見が良さそうというか……」
「おいおい、アスカさんをどういう目で見てるんだよ」
「失礼だとは思うんですけど、何かスッゲ常人離れしてる気がしてたんですよね。佇まいとか雰囲気が無機質っていうか、生気が無いって言うか――まるで、機械みたいで」
「…………ああ、うん。言われてみれば確かにそう言う節はあった、かなあ?」
「主任はMS以外に興味持って無さ過ぎですよ……でも、普通あの位の年齢って、もっと他の事に興味とか向くでしょう……? でもあの人見てると、MSしか本当に無いように見えるって言うか……何か縋ってる様にすら見えるんですよ」
「んー……まあその辺は外野が口出しするもんじゃないだろ。でも案外、”あれ”が素なのかもな、アスカさんの。こっちの生活に慣れて、ようやくあの人にも余裕が出始めた、って事なんじゃないのか?」
「……そうなんですか、ね」
 二人の男性――正確には整備スタッフのほぼ全員が二人の喧嘩、というかシンに言い包められるノインを見物していた。延々と作業を続ける彼等にとってこのBGMはもはや娯楽にすら成りつつあった。怒鳴り声の連続ではあるが、険悪さはあまり感じられない。教育機関で、学生同士が些細ないざこざをやっている。そんな認識をされていた。
「ま、”良い傾向”なんじゃないか? …………たぶん」

 
 

「……っはー」
 溜息が漏れるのを止められない。シンは手にしたコーヒーの紙コップに満たされた液体を喉の奥へと流し込む。程良い苦みを味覚が察知する。
 ”味覚”は、異常をきたしているが消失している訳では無い。正確に言うと”減衰”だ。とにかく味に対して以上に鈍くなってしまっている。だから食物にしろ飲料にしろ、常人では噴き出しかねないほど極端で強烈な味付けをしないとシンは感じる事が出来ない。食事が真っ赤だったり、苦過ぎて大不評のコーヒーを愛飲しているのもそれが理由だ。
 とりあえずノインを更に三回ほど叩きのめし、反省点を伝え、機動練習に戻らせた。レイに呼び出しを喰らったからだ。用件だった幾つかの打ち合わせはもう終えて、現在はシミュレータのある格納庫に戻る真っ最中だ。
「それにしても、このままでいいのか……ああ、くそ、教えるのって面倒だな……」
 MSを動かす術を知っている事は、それを教えられるという事に直結しない。そんな事を現在進行形で思い知っていた。どうにも操縦技術についてシンが理解している事を言語に上手く直せない。それがどうにももどかしい。

 

「……”教える”か」
 シンは動かす事には長けている、恐らく並のパイロットより、いくらかは。でもそれが教えるという事になると、ハッキリ言って経験からしてゼロだ。
 思いついてはいるのだ。現状を打開できるかどうかはわからないが、ある程度足しになるであろう手段は。
 要は、まずシンが教える事に対して初心者なのが問題なのだ。だから、教えるという事について学べばいい。熟練者にならなくてもいい、コツや傾向を知るだけでも進展は見込める筈だ。その為には、その道の熟練者に教えを請うのが最も手っ取り早いだろう。
 そう言う人は居る。身近に。教導隊に所属して――現在進行形で六課のフォワード陣の訓練を受け持っている人をシンは知っている。
「……………………話すだけ、話してみるか」
 何度目とも知れ無い溜息を吐いて、シンは空になった紙コップを握りつぶした。クシャりと手の中で音が鳴る。気持ちを切り替えて、格納庫に向けて進めている歩を速め、
 そこで、気が付いた。
 さっきまでは考えごとに夢中だったせいか、通路の前方に居るソレに気が付かなかったのだろう。だが思考の海から現実へと回帰した意識は、ごく当然にそれを知覚する。

 

 ――異質なモノがそこに居た

 

(……ええ?)
 妙にふわっとというか、こう、もこっというか、むしろフリルとかレースの嵐というか。とにかくそう言う服装の人間が居た。顔だけ出して壁の向こうを覗き見しているような体勢。背丈は低い。子供と見ていいだろう。ちょうどどっかの赤くてやかましい人と同じくらいと、シンは当たりを付けてみる。
 結われた銀の髪の頂点近くには小さな黒い帽子が傾きながらちょこんと乗っている。袖の部分が広がった黒い服の隙間からは白のブラウスが覗き、黒と白が合わさって初めて一つとして成立している印象を受ける。スカートは膝くらいの丈で、色は上着と同じ黒。そして何故かもこっと広がっていた。靴は編上げブーツだろうか、こちらは黒でなく茶色だった。そして服装のあちこちには沢山とフリルが散りばめられている。
 少女(たぶん)はシンに背中を向けている格好であるので、その顔は判別できない。何の思惑があったこんな格好をしているかシンにはさっぱりわからなかったが、とにかく違和感の塊だった。
「い、言われるままにこういう格好をしてみたが、何故だ。何故か異様に気恥しい。――ェも見つからないし……ど、どうしたものか……」
 何か呟いているらしいのはわかるが、声が小さいのと距離があるためか内容までは把握できない。引き返すという選択肢が浮かんだが、ここを通らないと格納庫には随分と遠回りになる。それに眼前の存在を放っておくと、それはそれで後まで引きずりそうだった。
「おい、アンタ」
「…………、」
 意を決して声をかけてみた。その小さな肩が少しだけビクゥ、といった感じで跳ねる。動きはそれきりで、岩の様に固まる。それっきり返答も無ければ動きも無い。
 数十秒か、数秒かがそのまま流れ去る。もう一度声をかけようかとシンが思い始めた、ちょうどその時。ギギギとそんな音が響いてきそうな、まるで油の切れた機械の様なぎこちない動作で少女(?)が振り向いた。
 相手の顔を見て、まず目についたのはその右目を覆う大きな眼帯だった。一瞬、その幼さの残るあどけない顔立ちに似合わない存在(眼帯)に酷く違和感を覚える。だがその眼帯がレースで装飾されている時点で察しがついた。要は服と合わせてこれもファッションの一環なのだろう。シンにはさっぱり理解できない趣味だが。
「……い、何時から見ていた」
「つい、さっきから。てか何してんだアンタ。そんなカッコでココに何の用だよ」
 見た目通りの幼さの残る声質。あくまで淡々と返答する。予想外の存在に遭遇したというのに、シンの心は酷く落ち着いていた。いや、予想外すぎて逆に落ち着いてしまったのかもしれない。
「あー……そ、それはだな……その、何というか、人を……探しているのだが……」
「人を探してる? ああ、もしかしてスタッフの誰かの娘、とかか? どこの誰だよ、場所くらいは教えてやれるけど?」
「いや……そういう訳では、ないのだが……」
「はあ?」
 煮え切らない様子と見た目に似合わぬ硬い口調に首を傾げつつも、シンは女の子と問答を続けていく。

 

「じゃあ誰を探してるんだ?」
「えーっと、その……だな……別に会いに来た訳ではないのだ……ただ、様子を見に来ただけというか……」
「様子って。そんな事でよく許可が下りたな? ココ、そんな簡単に入れる場所じゃない筈なんだけど」
「ああ、それは、まあ色々あるのだ。色々な」
 用事の内容にシンは疑惑抱くが、というか服装的に思いっきり怪しい。けれど少女が首に下げているIDカードは紛れもなく正規のものだった。もしかしたら”責任者”辺りの知り合いなのかもしれない。
 それにしても、妙に歯切れが悪い。女の子は何やら恥ずかしげに両の人差し指を胸の辺りで突き合わせている。シンという初対面の相手が怖いのだろうかと推測してみた。まさか”格好が恥ずかしい”という訳では無いだろう。じゃあ最初から着るなという話になる。
「まあ、いいや。んで結局誰に用があるんだ? 見た感じ道に迷ってるみたいだけど、場所くらい教えてやるから」

 

 ――数分後

 

「見る、つっても。基本シミュレータの中に籠ってるぞアイツ」
「いやそれでいい。ちゃんとやれているかどうか知りたかっただけだ。済まんな、手を煩わせてしまって」
「……いや、それは別にいいけどさ」
 格納庫横の管制室で、シンは『フュンフ』と名乗った少女と会話をしつつコンソールを叩く。大した時間をかけずにモニタにいくつかの画像が表示される。一つは、シミュレータ内のモニタに表示されているものと同じもの。もう一つはシミュレータの中を直接映したもの。後者で映っているのはノインだ。モニタの中のノインはその赤く長い髪を振り乱し、ぎゃあぎゃあ喚きながら必死に操縦桿を振りまわしていた。メガネはかけていない、何故かと聞いたら伊達だと言われた。それも何故と聞いたらファッションだと言われた。女というのは本当にわからないものだと、シンはまるで関係ない事をぼんやりと思い出していた。
「……迷惑はかけていないだろうか。根は悪い子では無いのだが、どうにも気性が激しい一面があるんだ、あの子は」
「……まあ、態度は悪いがやる事はちゃんとやってるよ。サボったりもしないし、しっかり続けてるから時間はかかるけど、上達していくと思う」
「そうか」
 そう言いながら、モニタに映るノインを見るフュンフは酷く優しい目をしていた。外見はえらいちんまいのにどうにもこの女の子からは”大人びた”というか、”成熟した”そんな印象を受ける。どこぞの副隊長は見習ってほしいものである。
「だけど物好きだな君。本当に様子見るためだけに来たのか」
「ああ、そうなるな。どうにも色々と不満ばかり聞かされていたし……例えば、目つきの悪い教官が鬱陶しいとか、な」
「…………へぇ」
 フュンフの言葉、その最後の方を聞いてシンの口の端が歪み始める。シンはそれを取り繕おうとして、表情を普段の仏頂面に強制的に戻そうとした。自然な表情の変化と、強引な表情の変更がぶつかって、結果的に妙な顔になっていたらしい。
「ふふ」
「――何だよ」
「悪い、様子がおかしかったものでな。謝ろう、だからそう睨んでくれるな」
 シンの顔を見たフュンフが微笑と共に声を漏らす。思わずシンは威圧的に反応してしまったが、フュンフはそんなシンをなだめる様に返して来た。自分より背丈も年も(恐らく)低いであろう相手にまるで子供の様に扱われた。その事実に対して心にもやもやしたものをを抱えつつも、返す術は思いつかない。結果としてシンは女の子から目を逸らすしかなかった。
「だけど、アイツ(ノイン)にこんなしっかりした妹が居たなんてな。意外だった」
 バツの悪さのやり場として、話題を変えた。言った事はシンの本心だ。ノインの家族構成を聞いた事は無いが、家族が居るとは聞いている。フュンフの方もわざわざ様子を見に来たのだからノインとはそれなりに深い関係なのだろう。よく考えれば他人の可能性もあるのだが、シンは無意識の内にそうではないかと感じていた。
(…………もしかして、この子が前言ってた”家族”、か)
 そんな事をぼんやりと思いながら、シンがモニタに映るノインを眺める。どうもまた前のめりにコケたらしく、鬼気迫る勢いで怒鳴りながら操縦桿を殴りつけている。
 若干涙目だった。

 

「……ふう。やはり間違われるのか。違うんだ。私は、”妹”じゃない」
 シンの言葉の”妹”という部分に反応したフュンフが、やれやれと言った様子で溜息を吐きながら頭を振る。は? と間の抜けた声を出したシンに対し、フュンフはそのまっ平らな胸を張り、高らかに、まるで宣言するかのように、その言葉を紡いだ。

 

「私は、あの子の”姉”だ」

 

 硬直した。
「はっ?」
 シンは固まってからたっぷり五秒間かけて現実に復帰して、酷く間の抜けたツラで素っ頓狂な声を発していた。
「さて、様子も解った事だし、私はここらで帰る事にする。ああ、あの子には私が来た事を言わないでほしいのだが、頼めるか?」
「ああ、うん……」
 今だショックから完全に立ち直れず、呆然とするシンを尻目にフュンフはそのまま出口へと向かって歩き出した。シンの視界を黒と白の色彩にフリルやレースで彩られた衣装を着こむ女の子が過ぎ去っていく。やがて出口に辿り着いたフュンフはシンを振り返る。
「――手間を取らせて済まなかった。礼を言う、シン・アスカ」
 それだけ言って、フュンフはシンの視界から消え去った。シンはフュンフを呆然としながら見送る。未だ正常には程遠い思考を何とかまとめ直そうと試みて、そういえばノインの訓練に戻らないといけない事を思い出した。シンはコンソールを叩き、表示していた画面を閉じる。その作業をしながら、ふとそれに思い当たる。

 

「あれ、そういや俺……名前教えたっけ」

 

///

 

 ――交戦を開始してから既に二時間以上経過している

 

「ふぅ、ふぅ、ふぅ……」
 足元を踏みしめたらパキ、と音が鳴った。小枝でも踏んだのだろう。吐息が漏れるのを抑えられない。気候は極端では無い。熱くもなければ寒くも無い、けれど額からは汗がとめどなく滴り落ちる。眼に入りそうなそれを裾で拭った。もうぐしょりと湿っている前髪が貼り付くのが酷く不快だ。髪だけでなく全身汗だくで、濡れた服が身体に貼りついて不快感を加速させる。滝の様な汗は肉体的な疲労の所為か、それとも何か別の要因があるのか。それはわからないし、わかる術も無い。
 現在地点は小さな丘の上。現在状況は一時的な膠着状態。
 そのままの交戦を不利と判断。システムコンバートによる急激なサイズの変更を用いて敵の群れと距離を取る事には成功した。ただ問題は移動だ。人間の足ではこの森林地帯は広過ぎた。かといってスラスターを使えば熱源で察知される恐れもあるし、MSに戻るなんてもってのほか。位置条件を整えるだけで随分と時間を食ってしまった。途中で色々と”道草”をしていたせいもあるのだが。
 だがそのせいでわかった事がある。あの鋼の獣達の狙いはスローターダガー(シン)だ。
そうでなければシンが姿を眩ました時点で、あのMS達は本来の目的の為に行動を開始している筈だ。そもそも最初に居たGⅢは囮だったのだろう。あのMSの群れを設置した此処へおびき出す為の。
 木の陰から下方を俯瞰すると、鋼の獣達が周囲へと複数の首を巡らせながら練り歩いているのが見える。こちらを探しているのだろう。
 シンの現在位置から近い順に、本来の首と右側の首が残存している二本首の機体、ウイングが両方半ばで切断されている機体、左前脚が半ばで切り落とされている機体”、そして背中の首が両方消失した一本首の機体。総数は四、エールユニットの爆発に巻き込まれた機体は機能を停止したらしい、隊列に加わっていない。
「は……、はあ……、はあ……!」
 このまま退く、という選択が脳裏に浮かぶ。武装も既に二つユニットを失っているし、機体もかなり損傷している。このまま戦闘を続行するのは不利を通り越して無謀の域に入りかけている。確実を期すなら一度退いた方が賢明だろう。

 

 ――その選択肢をかなぐり捨てた。

 

 システムコール。赤い残滓を周囲に散らしながら出現したライフルを右手で引き抜いた。緑と濃いオレンジで塗り分けられた大型ライフル。少し前に追加されたバヨネット付きの大型ライフル。同時にMSウェポンを戦闘状態に復帰させる。機体状況と肉体が同期してシンの左腕が半ばで消失した。痛みは消失した瞬間だけ。機体の状況とシンの身体が一致した後は、痛みでは無く奇妙な違和感のみが残る。
「はあ、は、ふぅ……準備は、終わってる。後は仕掛けるだけだ」
 既にあらかた”撒き終えている”。縦横無尽に歩き回るバクゥの目を盗むのには苦労したが、何とかやり終えた。もう何時でも始められる、そこは問題ない。問題なのはそれを使っても連中を倒しきれる保証がまるで無い事だ。
 ”今”よりもっと多い敵と戦った事は何度もある。酷い時なんてシン一人で数十機のウィンダムの相手をした事もあるのだ。それに比べれば今の一対四という状況は重要で無い様に思える。ただその時とは状況がまるで違う。まず機体が違う。ダガーとバクゥに特性差はあっても性能差はほとんど無い、向こうも万全では無いがそれはこちらも同じ事。そして性能差が無いのなら数、というものは実に大きな要素となって襲ってくる。
 そしてもう一つ。今回は味方が居ない。管理局の――魔導師という名目上の味方はいるが、MS戦においては”居ない”と言ってもいい。魔導師は相性が悪過ぎる、火力とサイズが違い過ぎる上に、連中(G型)は極めて強力なAMFを保持しているという点もある。
 でも、それは結局全部建前だ。シンは戦わせたくない、魔導師連中には。確かに魔導師でも人数と装備を揃えればMSを倒せるんだろう。MSは強力ではあるが無敵でも最強でもない。だけどきっと被害が出る、死ななくてもいい人が死んでしまうかもしれない。それがシンは嫌だ。
 シンのアイデンティティは”守る事”。理不尽な暴力に遭遇して人が死ぬのが許せないから、だから戦う。それは向こうでずっと思っていて、そしてこの世界に来てから改めて誓った事でもある。普通に暮らしている人達が何の理由もなく蹂躙される光景を見て、改めて思った事だ。だからそれを原動力にした。戦争で負けて抜け殻だった心にもう一度火を付けた。今度こそは”守るため”に。そう、向こうでは結局戦争だったから、殺す事しか出来なかった。シン・アスカは本当は誰かを守りたかったはずなのに、たくさん殺してたくさん褒められた。けど結局誰を救えたというんだろう。感じていたのは無念と後悔だけで、手に入れたものは軒並み零れ落ちていた。もう全部やめようと思った、でもまだ出来る事があると知った、こっちの世界でもシンに出来る事があると知った。だから今日まで必死にやって来た。そう、今度こそ。殺すためじゃなくて、誰かを守るために戦えると思った。
 だから強くなりたい。全部、どんな相手でも倒せる位強くなりたい。G型や、それに侵されたMSみたいに、今行われている何の罪も無い人達の営みを壊す連中。そいつらを根こそぎ薙ぎ払えるくらい強くなりたい。誰にも任せたくない――そうそれが今の”シン”がやりたい事。それを”全部”やりたい。つまり敵を全部ころしたい。それがきっと守る事に繋がる筈だ。それがきっとシンに出来る守るために出来る事の筈だ。
 だから、
「――ああ、そうだ。やればいい、やってやればいいんだ……! 今まで通り、連中を薙ぎ払って叩きのめせばいい! それで何もかもうまくいくだ! 難しくないだろ!? お前はそれしか出来ないんだろ、だからそれだけやるって決めただろ!! だから仕掛けるんだ、仕掛け……、」
 じゃり、と地面を踏み締めた靴が音を鳴らす。進行方向は後方、シンの足は何故か立ち位置から一歩下がっている。動悸が酷く速い。呼吸がとても荒い。汗が滴り落ちて止まらない。思考が吐きそうな程ぐちゃぐちゃに駆け巡る。何で下がったのか解らない。ここは前に出なきゃいけない場面だってシンは知ってる筈なのに。また一歩下がった。
 あれ?

 

「……おい、何だよ。何で下がるんだよ、前だろ、前に出ないといけないんだろ。俺しか出来ないんだ、これしかできないんだ、これまで出来なくなったら、俺、もう、本当に」
 視界の中には敵が居る。手の中には武器がある。そして、胸の中に”何か”ある。それが何なのかわからない。気分が悪い。眩暈がする。この”感情”が何なのか解らない。自分自身のことなのに何故かわからない。
 もう一度敵の群れを見た。何度考えても現在の状況は好ましくない。このまま戦って勝てる確率はどう見ても高くはないだろう。じゃあそれが原因なのだろうか、勝ち目の無い戦いが――そう、認めたくないが”怖い”からなのだろうか。今までにない程敗北を、そこに繋がる死に、恐怖を感じてしまっているのか。だからこんなにも妙な気分になるのだろうか。それで”下がって”しまうのだろうか。
「……………………、」

 

 ――じゃあ何で俺は今、■ってる?

 

 息を吸い込んだ。深く吸い込んだ。更に深く吸い込んだ。思考は決着していない。この”感情”が何なのかは未だに解らない。何でこんなにも戸惑っているのかは解らない。だから、解っているモノをまず片付けようと思った。息を吸って吸って吸って、
「――――うおおおおおおおおああああああぁぁぁァァ!!!!」
 力の限り絶叫した。勢いが良すぎてむせた。ゲホガハと咳きこみながら、システムに命令。瞬間赤い光が空間へと一気に広がる。周囲の木々を押しのけるように吹き飛ばして、MSウェポンからコンバートされたスローターダガーが地を踏み締める。轟音には届かないも木々や地を揺らした騒音が周囲へと拡散していく。それに呼応して鋼の獣が持つ無数の首がぐるりと総て、出現したスローターダガーへと向いた。
 視線を受けたダガーのカメラアイが瞬間的に光を放った。左腕は半ばから無く、装甲のあちこちが掠ったビームやサーベルで溶けて歪んでいる。角の様に突き出した頭部のアンテナは、二本のうち一本がぐにゃりと融け曲っていた。変更点はシルエットS用のバックパックと、ブーメランをマウントした増加装甲が左肩に接続されている事。しかしバックパックには特徴とも象徴とも言うべき長大な対艦刀は接続されていない。
 システムコンバートには時間がかかる、故に敵の付近で行えば奇襲を受けかねない。また直ぐに攻撃されないとしても、敵から発見される位置で行う事は愚策である。これから仕掛けますと宣言するようなものだからだ。正解は、敵から発見されない位置で行い奇襲へと繋げる事なのだろう。”正常”な判断では、そうなる。
「やってやる。やってやる……! やってやる…………!!」
 バクゥが地を駆ける。四匹の獣はそれぞれ扇の様に散らばり、バラバラにダガーとの距離を詰めてくる。”首”の残っている機体が、小高い丘の上に出現したダガー目がけてビーム砲を放つ。砲口が煌めいた時点でシンはスラスターを全開にして機体をその場から飛び上がらせる。
 方向は前へ。

 

 突き出した右腕、そこに構えたライフルから緑の熱弾が迸った。着弾、一番手近いバクゥの胴体を狙ったビームは、その僅か手前を穿つ。舌打ちと悪態と八つ当たり。抉れた地面に足を取られてたたらを踏んだバクゥへと、振り子のように振った右足を向ける。マウントされているカービンを発射、可能な限りの速度で連射。未だその場にとどまっていたバクゥにビームを降らせる。いくらかは当たったが、距離が遠い。背中の首を千切り飛ばし、ウイングを砕け散らせた程度に終わる。バクゥが体勢を立て直してその場から飛び退いた。ダガーが着地する。した瞬間にスラスターの青光を灯らせて横に滑る。着地を狙って、他のバクゥから放たれたビームが機体を掠める、融解した左腕に当たり、半分しかないそれが更に短くなった。サイドアーマーがマウントしていたビームサーベルごと砕け散った。左脚脛辺りの装甲が熱量で抉られた。付近にマウントされたカービンが無事だったのは不幸中の幸いというやつだろうか。舌打ち。ここで他の敵から牽制が入らなければ、最初のバクゥに追撃をかけられたというのに。可能だったのは最初の一撃のみ。後は回避に専念しなければ落とされる。地を縦横無尽に跳ね駆け回るバクゥに比べてスラスターで強引に滑るダガーの何と無様な事か。右腕の盾はバイタルエリアを庇うように翳している。当然射撃は不可能だ。段々と距離を詰めてくるバクゥの射撃は止まる事が無い、入れ替わりに発射する事で間髪を生まない。ケルベロスバクゥハウンドの射撃兵装は背中に背負った二本の”首”の口の中にある砲だけだ。だから四機のうち”首”の無い二機は、残り二機の射撃の中をただひたすら駆けて、ダガーへと迫って来る。逃げても避けても執拗にビームが追って来る。機体を動かし続ける。小さな小さな隙間を見つけて、接近してくるバクゥへライフルでカービンで攻撃を仕掛ける。狙いを付ける暇の無い射撃は当たる事が無く、精々その動きを数秒止める程度だ。バクゥとの距離は確実に縮んでいる。一瞬のミスは致命的だ、この状況では一撃喰らわなくても少しバランスを崩して”止まる”だけでハチの巣にされるだろうから。

 

「――ハ、――、ハ。――――……ハ」
 ビームが掠めた、右肩の装甲が弾け飛んだ、衝撃で機体が揺れた。慌てて立て直す、その間で更に数発掠った。脚部から装甲が剥げ落ちて、露出したフレームから火花が散る。AIが無機質な声で損傷の状況を淡々と報告してくる。着地の度に機体が揺れる。損傷した脚部が機動に耐えきれていない。
 スラスターを全開にし、大きく飛び退いた。後方にあったのは少し窪んだ場所だ。他と違い木々は無く岩肌が露出していて、MSでも屈めば隠れられるくらいの深さがあった。地面が楕円に陥没しているとでもいえばいいか。空中に跳んだダガーへは、相変わらずビームが降り注ぐ。また脚部に当たった。今度は直撃、右脚が脛の下辺りから千切れ飛んだ。数瞬置いて小規模な爆発。熱量で穿たれて本体から脱落した部分が爆散した。その衝撃で機体が揺れる、空中でバランスを崩したダガーが、その窪みの部分に着地では無く落下した。衝撃がコクピットを盛大に揺らして、シンは歯ぎしりとうめき声と共に暴れまわる操縦桿を押さえつけた。尻もちを付くような形で地面を削り取るかのように滑り続け、窪みの終わり、壁面に衝突してダガーが停止した。
 追いつかれた。窪みの中にバクゥが一匹飛び込んできた。初撃で背中の首をもいだ機体だ。その残った首から三本の光刃と二本の光牙が迸る。色は緑。鮮烈なまでの緑色。右手のライフルを向けて発射――身を屈める事でやりすごされた、そのままバクゥは地を強く蹴り、未だ倒れたダガーへと飛びかかる。まだ少しはあった筈の距離は瞬時にゼロへと減少していく。バクゥが刃を振りかざすように首をしならせた。ライフルの二射目は間に合わない。冷や汗が噴き出した。モニタはもう光の刃で埋まっている。歯がぶつかり合ってカチカチと鳴っている様な気がした、本当に鳴っているか確かめている余裕はない。獣の首から伸びる光刃がダガーのコクピットに突き刺さって、中に居るシンごと貫いて蒸発させる光景が見えた気がした。

「しすてむあうと」
『All right』

 岩の壁面に、突き刺す形で固定されていたモノがある。位置的にはダガーから右斜め前程の岩肌に。それは本来はシルエットSの主武装であるシュベルトゲベールという名前の対艦刀だ。そして今シンはシステムに命令した。その武装をMSウェポンから切り離す事を命令した。当然MSウェポンというルールから脱落したそれは本来の質量を取り戻す。人間の背丈ほどしかなかったソレが、15.78メートルに回帰する。つまり、壁面から向い側の壁面へ目がけ、爆発するように”伸びた”。

 

 そして刀身の進行方向状に”居た”、バクゥのドテっ腹を通り過ぎる様に貫いた。

 

 バクゥがこの位置にダガーを”追い詰めた”のではなく、バクゥがこの位置に”誘い込まれた”のが正解。MSウェポンによる武装の急激かつ膨大なサイズ変更を利用した”トラップ”。最も、足を砕かれたのは誤算もいいところだったが。

 

 横合いからいきなり伸びてきた15.78メートルの暴力を防ぐ術などある筈も無く。岩肌から岩肌を繋ぐように伸びた対艦刀が、バクゥの機体を空中に縫いとめる様に串刺しにした。獣のシルエットを持つ機体が空中で不自然にぶるると震えて、身体中から紫電を迸らせながら手足をバタつかせる。首から伸びる光刃は僅かにダガーに達していない。正確には到達していて、ダガーの胴体付近を浅く撫でて装甲を焼いている。ダガーの右手でバチィンと音。目前の光刃が邪魔だ。展開されたバヨネットを、眼前でぐらぐらと揺れる光の刃に突き立てる。それからじんわりと押し込んでいく。対ビームコーティングを施された刀身がビームを掻き分けながら進む。ブレードが融解を始める。構わず押し込んだ。やがてバクゥの”首”に到達し。ある程度捻じ込んだ所で、トリガー、トリガー、トリガートリガートリガートリガートリガートリガががガガがががが。
 モニターを埋めるのは光刃では無く爆炎だ。ビームをたらふく撃ちこまれたバクゥが膨れがるように爆発し、周囲に炎と部品と騒音をバラまきながら四散した。バクゥともども刀身を砕かれたシュベルトゲベールが宙を舞うのが見えた。右手のライフルは先端のブレードが溶解していた。砲身も同様だが、無茶をすれば後一発位は撃てそうだ。
「――――――――――」
 小さな小さな呟きはシステムアウト。それを受けてAIが予め指定された項目を実行する。少し離れた場所で轟音とともに質量を取り戻した緑のライフルが天へ向かうように突き出した。ダガーの右手を向ける、発射されたアンカーがライフルへと到達し、その銃身を保持する。巻き戻されるワイヤー。機体へと到達する、もう一丁の緑のライフル。機体に届く直前でライフルを弾く。宙へ舞ったライフルに、持っているライフルを叩き付ける――様に連結させた(高火力モード)。二丁で繋がれたライフル、両方のバヨネットが展開する。スラスターの青光がダガーの背中から噴き出した。土砂を吹き飛ばすように迸ったその青光の推力に押され、機体が強引に前へ進み始める。不自然な体勢のまま加速を開始したため、這う、というよりまるで地面をこする様に、削る様に土砂を撒き散らしながら更に加速する。右腕は突き出している。連結され、バヨネットを展開した銃は突き出されている。ダガーが窪みから飛び出すのと、バクゥが窪みに飛び込むのはほぼ同時。ビームサーベルとバヨネットが干渉して停止した瞬間にトリガー。連結により出力を底上げされた熱弾が迸り、その首を撃ち抜いて胴体へ到達してそこから更に腹の中を突き進んで後方から抜けて地面に着弾して土砂と木々を熱量で吹き飛ばした。砲身が融解しかかっていた方のライフルが小規模な炸裂と共に煙を吹き出した。連結を解除すると同時に握っていたライフルを放り捨てる。未だブレードと砲身に損傷の少ない方のライフルに持ち変えた。
「――――――――――、ヒ」
 再度、モニタが爆炎で染まる。
 収まるのはもうすっかり慣れ親しんだコクピットシート。小さく開いた口から漏れる吐息はひゅーひゅーと風の吹くように。見開かれた赤い眼はビー玉の様に無機質にただ光を灯す。脂汗は止まる事が無く髪や襟は水をかぶったかのように湿っている。
 表情は

 
 

///

 

「ふう…………」
 口に運んだ食事を十二分に咀嚼し、喉を鳴らして飲み込んでから、シンは溜息を吐いた。視線を”そこ”から、目の前の食事に移し再度食事を口へと運ぶ。そらかまた視線を”そこ”に戻し、咀嚼し、飲み込み――と、傍から見れば奇怪に映る行動を連続させていた。とはいえ昼食時の食堂は混雑極った状態であり、シンの様子を気にしている人間などそうは居ないだろう。
「………………いや、お前どうしたよ」
「ふぁい?」
 しかしながらシンの向かいに座るヴァイスは当然シンの様子に気づいている。顔をしかめながら怪訝気に問うヴァイスに、シンはぼんやりと返す。
「いや、何か今日のお前、普通に変だぞ。いつもより溜息が倍くらい多い」
「そんなに俺、普段から溜息ついてますかね……別に、大した事じゃないんですけど」
 返答しながら、無意識の内に”そこ”に視線を持って行った事にようやく気付く。慌ててついと視線を戻すも、ヴァイスはその様子をしっかり追っていたらしい。ヴァイスは視線に追従させる形で身体を”そこ”へと向けていた。
 別に何か、”異質”なモノがある訳では無い。シンが見ていたのはフォワード陣四人と高町なのはが揃って食事をしている真っ最中のテーブルである。それを確認したヴァイスはなんでえと小さく呟き、シンへと向き直った。
「何だよ、何があるかと思えば……なのはさんと新人連中じゃねえかよ。んで、向こうがどうかしたのか? あ、混ざりたいのに言い出せないとか」
「違う――じゃない、違います。いや、ちょっと高町隊長に用があってですね」
 反射的に素の口調で返しかけた。さりげなく訂正し、何事もないかのようにヴァイスに返答する。用があるのは”団体”ではなく、その中のあくまで一個人なのだ。
 何故かシンの言葉を聞いてヴァイスはあんぐりと口を開けていた。その様子に再度溜息――確かに最近溜息が増えたかもしれない、とつまらない自覚をしてみる。
「何ですかその顔」
「いや、何つうの。予想外過ぎて反応できねえっつうか」
「言っときますけど、ヴァイスさんが思ってる様なモンじゃないですからね」
 エーウソーこの子何時の間にそんな色恋な事ォー、なんて感じでシンを眺めてくるヴァイス。その態度に、若干いやかなりイラつきつつ、それでも何とか平静を装って返答した。
「本当にちょっと用があるだけですよ。一応仕事がらみで」
「その割にゃあえらく視線がアンニュイ……ってかよ。マトモな用があるなら言えばいいじゃねえか。そんなじっと見つめてなくても。あ、もしかしてアレか。女のコに声かけるのが恥ずかしい年頃か」
 シンの頭を小突こうとしてきたヴァイスの手を力の限り叩き落とす。バシッとえらくいい音と共に、シンは暗く澱んだ瞳でヴァイスを睨みつけておく。ヴァイスは降参降参とおどけて誤魔化した。
「いやだって、あの人何か忙しそうじゃないですか。声かけるタイミングが見つからないっていうか。俺の都合で邪魔するってのも悪いでしょ」
「…………お前、態度と愛想悪い癖にそういうとこは気にするのな」
「うるっっさいですね、何か文句あるんですか」
「いやいや、文句がある訳じゃねえけどさー。へえなるほどねえ……ま、確かになのはさん忙しそうではあるね。特に六課始まってからはよ」
「へえー……」
 生返事を返しながら再度、シンは”そちら”へと視線を向けた。向こうの集団が食事しながら何か話しているのは解る。こちらと向こうではある程度距離がある。加えて混雑している食堂内は話し声などで溢れかえっている。会話の内容は聞こえてくる筈もない。
 もっさもっさと食事を詰め込んでリスみたいに頬を膨らませたスバルに、それをジト目で見つめるティアナ。一方エリオは、量は多いながらもあくまで行儀よく食事を詰め込み、キャロはそんなエリオと何かしら話していた。そして茶髪を片側でまとめたサイドポニーの女性、高町なのははそんな四人を見て笑っていた。四人の中に混ざるというよりは、その上からまるで見守る様に、慈しむように、そんな風に。保護者あるいは――そう、まるで親の様な印象すら受ける。
「…………………………」
 胸に感じた感情を表す言葉は見つからず、故に言葉が生まれる事は何も無く。妙な気分をかき消すように、シンは眼前の食事を強引に詰め込み始めた。

 
 

「――――そんな、バカな。何て事だよ……こんな事が……許されるのか……!?」

 

 その日の夜――というか既に深夜。自販機にべったりと貼り付いたシンは愕然と呟いていた。ずりずりと下にずり落ちながらのぶちぶちとした呟きは、まるで呪詛を吐くようですらあった。
「何で……何で入れ替えられたんだよ……俺のコーヒー…………」
 要は、自販機の飲み物が入れ替わっていたのだ。シンが愛飲していた苦過ぎる事で有名なコーヒーは影も形も無い。現在コーヒーがあった位置には見た目や名前からして、可も不可もなさそうなありきたりな炭酸飲料が鎮座している。
 シンはもう溜息を吐く気力もなく、横にスススとスライドして別の自販機に小銭を投入した。ガシャコンという音と共に落ちてきた缶コーヒーを取り出し、プルトップを開けた。
「はあーあー……」
 液体を飲みこんだという認識はあるが、味の方は全くもって感じない。買ったのは、シンの行動範囲内にある自販機で最も値段が高く、また味にも評判のある缶コーヒーである。だがどれだけ美味かろうともそれを感じる事が出来なければ意味は無く。それがわかっている筈なのに、何故わざわざ、よりにもよって一番高いコーヒーを買ってしまったのか。
「……ったく。子供かよ……俺は」
 呟いて、誤魔化すように缶コーヒーを煽る。当然味はしない。まだある程度中身の残っている缶コーヒーを口でくわえたまま、シンはふらふらと歩き出した。
「あれ、シン」
「こんふぁんふぁ…………すいません。こんばんは高町隊長」
「いいよいいよ、そんな畏まらなくても」
 声をかけられたので返答、したはいいが缶を口にくわえたままだったので、言葉になっていない。慌てて缶を手で持ち直して、声をかけてきた相手に返答した。
 眼前には、高町なのはが居る。
「どうしたんですか高町隊長。こんな時間に」
「うん、私は今終わったとこちょっと長引いちゃって。シンは?」
「機体整備がありまして。今ちょっと休憩です」
「そうなんだ。MSはそういうの大変そうだね」
「いえ別に。そちらこそ大変そうですね、こんな時間まで」
「あはは、まあそうでもないよ」
 朗らかに対応してみせるなのはを見て、シンは切りだそうかどうにも迷う。この状況は割と好機でもあるのだ。色々と聞きたい事がある身としては。
「えーと」
「ん?」
 シンの様子がおかしい事に気がついたのか、なのはは軽く首を傾げてシンの言葉を待つ体勢に入ってしまったらしい。こうなっては逆に話さない方が不自然かもしれない。それにこうなった以上さっさと終わらせた方がいいとも判断する。
「――今、ちょっといいですか。聞きたい事、あるんですけど」
「うん。いいよ、何かな?」

 

「教え方?」

 

 即答で快諾されて少したじろぎつつも、シンはなのはを連れて休憩室に逆戻りしていた。なのはの手にはジュースの缶がある。一応話の代金と言う事で渡したものだが、実際はシンだけ飲み物を持っている事が気まずかっただけである。
「ええ、ちょっと特技絡みで……まあ言っちゃうと、人にMSの操縦を教える事になったんですけど。でも俺人に教えるなんてやった事ないんですよ。だからその辺りについてちょっと聞いてみたくて」
「そうなんだ。前から何かシンに見られてると思ってたけど、それだったんだね」
「………………………………スイマセン」
 ばれていたらしい。シンは自分が行ったあまりに子供っぽい所業を思い出し、耐えきれずに顔を背けた。まるで悪戯を叱られた子供みたいなシンの様子を見て可笑しそうに笑いながら、いいよ別に、と返答。
「うん、そういう事ならいいよ。私がモビルスーツの事でどこまで役に立てるかわからないけど」
「それはわかってます。ヒトにモノを教える時に、気をつけなきゃいけない事とか、そういうのあればちょっと教えてほしくて」
「そっか。うん、わかった」

 

 それから先はひたすら言葉の応酬だった。シンが聞きたい事を聞いて、なのはがそれに応えて、その応えにシンが食いついて、そこから更に別の方向に派生して。延々と言葉と言葉が投げ交わされる。会話を続けるうちにシンは段々と、無意識に”剥がれていく”。元々が血の気が多い性格だ。会話が進むにつれて盛り上がるにつれて、感情が乗って来る。加えてシンはあまり知性的では無い。どちらかというと本能や感覚、直観で物事を勧める方だ。物わかりも良くないし、人に考えを伝える事にも長けていない。けれどなのははシンが理解でき無い事は理解できるまで砕いて説明してくれたし、何とかシンの言葉を聞き出そうと会話を運ぶ。故に会話は寄り道や派生はしても停滞する事は無く、確実に進行を続ける。気が付いた時には随分時間が過ぎていた。
「――うわっ。もうこんな時間だ、すいません。長々と付き合わせちゃって」
「ううん、気にしないでいいよ。役に立ったかな?」
「はい、本当に、助かりました…………その、ありがとうございます」
「気にしないでいいよ。相談位ならいつでも大丈夫だから、何かあったら遠慮なく言ってね。普段だと、シンに私が教えてあげられる事無いしね」
 別に謝礼を言うのが初めて、という訳では無いが。なぜだか妙に照れくさかった。相手が”上司”とはいえ歳の近い女性だからなのだろうか。礼の言葉になのはは笑顔になる、何故かはわからないが。ただその笑顔が直視できなくてシンは顔を背けた。
 シンがここまで渋っていたのは、上司という存在にあまり良い思い出が無い事も理由の一つである。けれども眼前の女性は酷く親身に接してくれた。普段からあまり愛想のよくないシンが相手だというのに。先程までの会話を思い出してみたが、どうにも前の上司が相手だと喧嘩になってろくな話し合いができなかった気が――いや確実にそうだろう。妙な確信があった。
 時間が時間であったし、なのはとはそこで別れた。
 残っていたコーヒーを一気に全部飲みほして、屑かごに投げる。外れた。甲高い音を立てて缶が転がる。歩いて行って缶を拾って、今度は投げずにゴミ箱に落とす。
「はぁー……」
 溜息、というよりは溜め込んだ空気を緩やかに吐き出すような趣。シンはドカっと休憩用にと設置されたイスに倒れ込んで、天井を仰いだ。
「………………何だろ、何か変な気分だな」
 高町なのはと話して、一体何を感じたのか、それがよくわからない。いや確かに色々と教訓になった事は多くあったし、その内容はきちんと理解している。ただどうにも胸がもやもやする。加えて思考が上手く纏まらなくてイライラする。
 ”それ”は関係ない、今のシンに”必要ない”と思考から捨て去る様に押しのけた。押しのけようとした。それでも気分が晴れないって言う事は、思考が上手く整理できていないのだろう。
 シンの予想以上に、あの女性(高町なのは)は親身だった。意外も何も、シンは元々そう言う事を知ろうとしていなかったのだから知らなくて辺り前なのだが。
「あー……」
 そういうのは必要ないと、そう思ったから関わらなかった。邪魔になるとすら思ったから関わらなかった。だけど実際関わった今、自分(シン)はどんな気分になっているのか。

 

「あ゛ー……」

 
 

///

 

 脚部が砕けている以上、先ほどまでの様に逃げ回る事はもう不可能だ。バックステップでダガーは窪みの中に再度飛び込み、無数に降るビームをやり過ごす。ライフルを手頃な場所に、先端部のブレードを突き刺して固定する。それから左肩にマウントされているブーメランを引き抜いた。同時に小規模な炸裂音と共に肩から増加装甲が脱落する。元々武器の保持用に装着していたのだ。その役目が終わった以上、これはもうデッドウェイトでしかない。アンカーの先端のハサミを開き、ライフルを掴む。そのままだらりと垂れ流されるワイヤー。
 タイミングを計る、足音がする、バクゥが一匹射撃と共に距離を段々と詰めて来ている、まずはソイツからだ、ビームが着弾して土砂が撒き散らされる、その間隔を測る、
「――――――――ひ、ハ」
 スラスターの青光が噴き出した。瞬間的に飛び上がる。メインカメラが二機のバクゥを捉えた。まずは身体全体を回転させながらブーメランを投擲する。目標は”遠い方”、左前脚が半ばで無いヤツだ。おそらく脚が無いため砲撃に徹していたのだろう。距離はずっと遠い。まずはソイツの砲撃を抑え込むために、牽制の投擲。光の刃を灯したブーメランが手を離れる。同時に垂らしていたワイヤーを引き戻した。巻き切る直前にハサミを開く弾かれたライフルを空中で掴む。照準は”近い方”。ウイングが欠けただけの、比較的損傷が少なく、今まさにダガーとの距離を詰めていた方。
 ダガーの右腕、そのライフルから迸ったビームがバクゥに向かう。バクゥの二つの首から伸びたビームがダガーへ向う。空中ですれ違ったそれは”両方”に着弾した。まずバクゥの放った二本のビーム。片方はダガーの左肩の装甲に着弾、装甲が熱量で弾け飛び、残存した肩の関節から爆炎と火花が散った。もう片方は構えていた大型ライフルに吸い込まれ――ダガーがライフルを放り投げる。空中でライフルが爆散した。
 そしてダガーが撃ったビームは――見事にバクゥの真ん中に撃ちこまれた。衝撃にバクゥが、まるで身をくねらせるように蠢く。数回ほど痙攣するように震えたバクゥが、炎の華を咲かせて周囲を焼いた。即座に視線をもう一機の方へ、空中で撃ち落とされたブーメランが爆発しているのを確認した。障害を排し、再度その”首”がダガーへと向き直る。
『Caution』
 AIが警告してくる、重力に引かれてダガーが地面へと落ちる、システムコール、空中で赤い光が迸り、虚空から引き抜かれる様にシールドが出現した。標準装備の小型盾でなく、本来装備していた大型のモノ。マウントはせずに、開いた右手でもってグリップを保持。シールドを機体前面にかざす、着弾と衝撃が機体を揺らし、内蔵したコクピットも揺らす。着地。健在な左脚、損傷した右脚は突き立てる様に、それと握ったシールドの三点でもって地面を叩く。地面に深々とシールドが突き刺さったのを確認して、手を離す。着弾の衝撃でシールドが揺れた、機体をぶつける事でシールドが吹き飛ぶのを抑え、システムコール。ライフルを虚空から引き抜く。機体をぶつける事で着弾の衝撃を抑え込みながら、シールド上部に空いた覗き穴にライフルの銃口を捻じ込むように突き付ける。
 照準、トリガー。発射される光弾、付近に着弾、誤射修正、盾には常に相手のビームが直撃している。段々と盾が歪に変形していく。射撃。今度は着弾コースだったのか、バクゥは飛び跳ねる事でそれを回避する、一瞬だけ相手からの砲撃が止んだ。ライフルを握った右手で眼前の盾を払いのける、スラスターの光を迸らせて、無事な左足で地を蹴って飛び上がる。右手のライフルをバクゥに向ける。両脚を突き出し、そこにマウントされたカービンもバクゥに向ける。

 

 ――ファイア

 

 ただひたすらに連射連射連射連射連射連射可能な限りに間髪入れずに撃ちまくる。バクゥは応戦を諦めたのか、身を屈める。その脚部のふくらはぎに取り付けられた無限軌道を展開し、身をかがめて地面を文字通り滑る様に高速移動。バクゥの足元で木々や土砂が無限軌道に抉られて吹き飛んだ。

 

 逃がす訳にはいかない、スラスターは全開、各ライフルも最大速度で連射。獲物は逃げ回り、狩人は愚直なまでに引き金を引き続ける。掠めるも直撃は無い。照準を完全に付けるよりも速く撃っているのだから当たり前。それでも反撃の隙間を与えないためにひたすら発射。スラスターが限界、重力の鎖がダガーを地へと引き戻す。それでも発射発射発射発射着地の事は考えない、左脚のカービンの砲身が焼け落ちた。砲身の冷却が間に合わなくなったのか。地面が近付く。今度は右手のライフルが煙を吹いた。地面が更に近付く。ダガーが地面に”墜落”するのと、右脚のカービンの砲身が焼けついたのはほとんど同時だった。ろくに受け身もとれず、ダガーが地面に叩きつけられる。四肢を投げ出すように無様な格好で地に埋もれるダガー。攻撃の続行どころか、防御すら不可能な程に体勢を崩している。しかしバクゥからの反撃は無い。ダガーより遠く離れた向こうでは、バクゥが背中で起こった爆発を受けて体勢を崩していた。連射はバクゥを仕留められなかったが、その射撃兵装でもある首を、ユニットごともぎ取っていた。
 シンは操縦桿を盛大に強引に無茶苦茶にひっかきまわし、ダガーを地に立て直す。両脚部からパージされたビームカービンが重い音を立てて地面に落ちた。右手に握ったライフルを投げ捨てる。そのまま開いた右手で虚空からサーベルを引き抜く、灯る赤い光刃。
 損傷した背中のユニットを排したバクゥは再度、屈みこんで高速形態を取る。その首から緑の光刃が伸びた。
 ダガーが削れた足を引きずる様に前へ出る。バクゥの足元で木々や土砂が撒き散らされた。ダガーがぎこちない動きで前へと歩く。バクゥが前方へ加速する。
「――――――――う、」
 ダガーの背中で青光が噴き出した。少しだけ地を離れ、一時的に浮く様に、滑る様にダガーが前進する。バクゥは更に加速する。
「うおあ゛あああああああああああぁぁぁぁぁぁァァァァァ!!!!!!!」
 互いが互いへと一直線に突進する。
 右手の赤い光刃を前に突き出す形でダガーは直進する。顔から伸びる三本の緑の光刃を突き出してバクゥが直進する。

 

 コンタクトまで数秒もかからなかった。ダガーの伸ばした赤い光刃がバクゥの首に突き刺さる。極限まで追い込まれた精神状態は常識を逸した集中状態を招く、シンの瞳から光は消えていない。”それ”とは別。単純に追い込まれすぎて、発生した極限状態。異常なまでの集中力による見極めは正確な刺突を生む。ダガーのサーベルは、バクゥの首にある三本のサーベルの発生地点、その中心を見事に射抜いていた。黒煙を吹き出る、バクゥの頭部で火花が散った。三本のサーベルが消失する。完全破壊には至らなかった。中心に刺さった後、そのまま突き進むことなく、上方へサーベルが滑ったせいだ。破壊したのは頭部の上半分と、サーベルの発振デバイスのみ。また三本のサーベルの中心へと捻じ込まれた為に、熱量を至近距離で受けて右腕の装甲が融解を始める。同時にダガーのマニュピレータで火花が散った。手を捻り、更に首に突き立てられようとしていたサーベルから光刃が消失する。AIが損傷状況を伝達する。掌にある電力供給コネクタが損傷。武装への電力供給が不可能になった。バクゥの首で緑の光が再度灯る。三本のサーベルは失ったが、下方にあるビームファングは未だ健在だった。バクゥがその光牙をダガーに突き立てる為に、前段階として首を振り上げようとする。ダガーはサーベルを手放すと同時に、その首を掴んで抑え込んだ。コネクタはイカれてもマニュピレータとしての機能は残存していた。
 光牙を突き立てるためにバクゥは首を振り上げようとし、ダガーはそれをさせまいと首を抑え込む。それぞれの脚部が”踏ん張る”事で土を押しのけた。
 ダガーが、ぱっ、と手を離した。急に解放された事により、バクゥの首が勢いよく上へと跳ね上がる。ダガーが、今度はそれを”下側”から掴み直す。伸びた光牙がダガーのマニュピレータを焦がす。ダガーの背中でスラスターの青光が噴き出した。進行方向は上、ダガーが上昇すると同時に、首を掴まれたバクゥも吊り上げられるように”付いてくる”。そしてある程度獣の身体を持ち上げたところで、ダガーは掴んだ首を前へ突き離すように投げた。放りだされたバクゥの機体は背中から地面に着地し――仰向けにひっくり返った。起き上がろうとバクゥがもがく、しかし獣の如きシルエット故にそのあがきは無駄に終わる。ダガーがバクゥの上に着地した。脚部を相手の胴体に叩き付ける。マウントポジションで抑え込むような体勢。間髪入れずに右腕を”そこ”目がけて突き出した。同時に発射されるアンカー、伸びた先にあったそれをハサミが掴む。バクゥは体勢を整える事を諦めたのか、首を振りまわしてその牙をダガーに突立てんとする。ビームファングがダガーの胴体を掠めて幾条も傷跡を刻む。やがてアンカーが巻き戻されて帰って来た。
 現在のダガーは右腕しか残っていない。更に掌のコネクタが破損しているために通常の兵器は使用出来ない。ここまで圧倒的に有利な体勢に持ち込んだにも関わらず、未だバクゥが撃破されていないのはそれが理由だ。相手がAMFを持っている以上、魔力の攻撃は通らない。故に有効なのはビーム兵器。けれど現状ではそれを使用する手段が無い。

 

「――――――ひ、ハ――はッ」
 アンカーで掴んで引っ張ってきたものを掴む。それは壊れた武装の一部分だった。それを掴んだ右腕を高く振り上げる。
「は、はははは――」
 それはシュベルトゲベールの先端部分。爆発に巻き込まれて幾重にも千切れ飛び、長さはもう本来の四分の一程度になってしまっている。当然本来の――レーザー対艦刀という名目では使用不可能である。けれども、先端部に取り付けられている実体刃は別だ。高々と振り上げたそれを思いっきり振り下ろした。狙いと寸分たがわずバクゥの首に突き刺さる。多少の負荷と共に実刃がその首にめりこんだ。刺さった箇所からまるで血液の様にオイルが噴き出し、ダガーの機体を汚す。もう一度突き刺した。それで完全にイカれたのか、それまで勢いよく、出鱈目に振り回されていたバクゥの首がだらりと垂れ下った。もう一度突き刺した。電力供給も損傷したのかバクゥの首から最後の武装であるビームファングの光が消えた。もう一度振り下ろした。今度は直ぐには引き抜かずそのまま力任せに横に薙いで――その首を切り飛ばした。
「――――あははははッあははははははははは!!!!」
 首の無くなったバクゥの胴体に刃を突き立てる。ただひたすらに突き立てる。腕を振り上げて降り下ろす動作をまるで壊れた機械の様に繰り返す。ごがっという鈍い音と共に刃はバクゥの装甲に突き刺さって食い破っていく。
「っははは、は! はっはははははは!! あはははハはははははは!!」
 狂っているのは動作だけでなく。発されるその言葉も。
 身体を刃で何度も殴打される様に突き刺されて、バクゥの身体が痙攣する。開いた中からはオイルが噴き出し、ダガーの前面にべっとりと付着している。最初は身をよじって抵抗のそぶりを見せたバクゥは、やがて動かなくなった。
「ひ、っははッ、あはははは! っはっはァあああああ!!!!!!」
『The function has already stopped』
 ごがんごがんごがんごがんごがんごがんごがんごがんごがんごがんごがんごがんごがんごがんごがんごがんごがんごがんごがんごがんごがんごがんごがんごがんごがん――

 

『The function has already stopped』
「ひ、――ヒ、ひは、あはは――――――あ」
『The function has already stopped』
 AIが何か言っている事に気が付いた。動作は未だに繰り返され続けている。
 それまでの、途中からずっと”そうだった”、裂けた様な笑みがシンの顔から消える。代わりに表れたのはどこか呆けた様な表情。
「あれ…………終わってる…………」
 ごがんごがんごがんごがんごがんごがんごがんごがんごがんごがんごがんごがんごがんごがんごがんごがんごがんごがんごがんごがんごがんごがんごがんごがんごがん――
「ああ、そっか……倒したのか、全部……――あはは、ヒ、ははハ――」
 ごがんごがんごがんごがんごがんごがんごがんごがんごがんごがんごがんごがんごがんごがんごがんごがんごがんごがんごがんごがんごがんごがんごがんごがん
 ごがっ
「……ッ、はあっ……はあっ……何で、俺……」
 バカみたいに延々と操縦桿をひっかきまわしていた右腕を、左腕で操縦桿から引き剥がした。ダガーが動きを止める。何度も何度も装甲に叩きつけられたシュベルトゲベールの先端部、尖っていた刃先は無残に潰れてしまっている。また本来白い筈の刃はバクゥから噴き出したオイルでべったりと染まっていた。
「はぁ……おかしいな……、はぁ……何で笑ってるんだ……おかしいだろ…………」
 呼吸が酷く荒い。まるでそれまで無視していた疲労が一気に襲って来たかのようだった。身体が鉛の様に重い。先程までは狂ったまでに軽快に操縦桿を振りまわしていた右腕ですら、今はだらりと垂れさがっている。
「何で……? 何で俺、こんな、こんな時に笑えるんだ……? おかしいよな、こんなの……こんな――あれ? でも、テキ倒したよな、俺。じゃあ、おれちゃんとやる事やれてるんだよな……? じゃあ、これで、いいのか?」
 とうとう身体すら支えきれずにコンソールに突っ伏した。身体が重い。呼吸が荒い。頭が痛い。意識が混濁している。
 果たして。シン・アスカはこんな風に戦闘の最中に笑うような人間だっただろうか。まるで戦いを――敵を倒す事に喜びを覚えるような人間だっただろうか。それは違う筈だ。元々シンが戦い始めたのは”戦い”への嫌悪が最初だった筈だ。戦いに巻き込まれて、家族を皆殺しにされて、戦いを憎んで、だからそれを潰すために力を求めていた。
「でも、敵は、倒してるんだから、倒せてるんだから、ちゃんと強さはあるんだよな? 俺。”これ”は、”これ”だけは間違ってないよな……? さいきん、わかんないことばっかりだけど、これは、合ってるよな? 倒せてるんだから、強いって事だから……いいんだよな、これ、で、いい――の? よく、ないの? どっち――……?」
 途切れ途切れに吐き出される呟きに返答がある筈もない。呟きはそこで切れて、シンはコンソールに突っ伏したまま、意識を失った。

 

///

 

「――――ふむ」

 

 ガジェットの残骸の中心に立ったシグナムが、虚空へと目をやりながら呟いた。シグナムの向いた先ではシンがMSと戦闘を繰り広げている筈だ。
「………………なあ。時間かかりすぎじゃねーかな」
「とはいっても待つ事しかできん。それに何かあれば連絡は入るだろう。ロングアーチが観測はしている筈だ」
 傍らで妙にそわそわと身体を揺すったり帽子を手で弄り回していたヴィータが、普段よりややか細い声でシグナムに問いかける。今回の任務は突発的なものである。まずG型が出た事で特技に居たシンが直接出向き、その後偶然近くに居たシグナムとヴィータが到着していた。六課の他の面子が集まるのにはもう少し時間がかかるだろう。
 シグナムとヴィータの担当は少数出現した通常のガジェットのみ。そんな相手がシグナムとヴィータの二人に善戦出来る筈もなく、戦闘は即座に終了していた。
 GⅢを倒しに行ったシンから連絡は未だ無い。数時間前に話している暇が無い、と言った後完全に通信を遮断されたっきりだ。
「……それで。どうした」
「な、何がだよ」
「何処か様子がおかしいぞ、最近のお前は」
「べ、別にそんなことねーよ」

 

 とはいえ付き合いが長いのだ。シグナムはヴィータの性格なんて熟知しているし、こういう時素直に言いださない事くらい承知している。故に待つ。この場は二人しか居ないから変な遠慮は無い筈だ、それに本当に話たくない事を無理に聞き出す心算もない。
「……この前さ、ちょっとヘマやっちまってさ」
「この前……ああ、例の遺跡の件か」
 数分たって、ぽつぽつとヴィータが喋り出した。
「ザフィーラにもあのバカにも、迷惑かけちまって。ザフィーラには謝ったんだよ。でもあのバカには……まだ謝ってなくてさ、謝ろうとはしたんだけど、どうにも上手くいかなくてよー……」
 普段の強気はなりをひそめ、ぽつぽつと呟くヴィータは何やらしょげた様子ですらある。ただ謝る相手をバカ呼ばわりし続けるのはどうかと思ったが、そこは言わなかった。
「……だったら戻ってきたら謝っておけ」
「うるせーな、言われなくてもそーするよ!」
「それにしても。本当に、ずいぶんとお前はあいつを気にかけるな」
「……気にかけてるっていうか」
 シグナムは少し意外に思う。大抵この話題になるとヴィータは話を逸らしていたし、シグナムも答えが返ってくるとは思っていなかったからだ。
「何て言やいいのかな……どっかで見た”目”してたんだ、あいつさ。辛そうってのがわかんだよ、でもそれを無理して押し込めてんのもわかんだ。耳も目も塞いで、もうそういうもんだって諦めてさ、全部閉ざして、平気なフリして……ああ、何ていえばいいかわかんねー」
 わしわしと赤い髪をかき乱しながらヴィータが毒づいた。シグナムは何も言わずに言葉の続きを待つ。
「似てるかどうかはわかんねーし、一緒な訳ねーんだろうけど、それでも何か……あいつ見てると思いだすんだ。はやてに会う前の私をさ。今は何か変なフリして隠しちまったけど、それでも初めて会ったとき、私はそんな気がしたんだよ。だから、だからなんだよ。何とかしてやりてーんだ。はやてが私に、私達にしてくれたみたいに」
「……そうか、なるほどな。そうだな、お前はそういうところによく気が付くやつだったな、昔から」
「似合わねー事、言ってるんだけどさ。それに全然上手くもできねーんだ。何かしんねーけどいっつもケンカばっかりしちまうし……」
 喋りながら沈んできたのか、ヴィータはどんどん俯きがちになっていく。シグナムはヴィータのところまで歩いて行き、その頭の上にぼすんと手を乗せた。
「……何すんだよ」
「何時の間にかお前もすっかり誰かを導く立場に居るのだな……似合わんとは思わんさ。上手く出来くとも、続けていけばいいだろう。それにな、お前と話している時のアスカは割と楽しそうにも見える。無駄では無いと思うぞ、お前のその気持ちは」
「そうかぁ? …………いやまあ、確かに底意地の悪そうな顔で楽しんでやがる感じが…………何か思い出したら腹立ってきたな」
「いやそういう意味で言った訳では無いのだが」
「とりあえず、離せっての……!」
 頭の上に置かれたシグナムの手を身をよじって振り払い、ヴィータはシグナムから若干距離を取る。それからただでさえ吊り上がりがちな瞳を更に吊り上げて、威嚇するように視線を鋭くした。それでも獣と言うよりは小動物の様に映ってしまうのは容姿故か。
「まずはもう少し素直に――む」
 なった方が上手く行くと思うがな、ろシグナムなりに忠告しようとして、けれど途中で言葉を切る。念話が入ったからだ。
『シャーリーか、アスカの方はどうなった?』
『えっと、それがですね。敵機の反応は全部消えたんですけどシンが応答してくれないんです。さっきからずっと呼びかけてるんですけど、通信も完全に切っちゃってるみたいで。様子を見に行ってもらえますか?』
『ああ、解った直ぐ向か――速いな』
『え? どうかしましたか?』
『いや、なんでもない。私とヴィータで向かおう。座標を頼む』
 まだ会話の途中で――シンの現在位置を聞く前にすっ飛んで行ったヴィータを眺めつつ、シグナムもまた飛行のために術式を立ち上げた。

 
 

「…………ひでえ」

 

 シグナムとヴィータの眼下には戦場があった。ちなみにヴィータは勢いよく飛び出したはいいが、まるで見当違いの方向に飛んで行きかけ、慌ててシグナムに引き戻されたのは余談である。
 一言で言うと凄惨だった。爆発で地面はあちこちが抉れ帰って土肌が露出し、あちこちに爆散した機体の破片が散らばっている。一目見れば戦闘の激しさが解る位に、周辺の土地は蹂躙されていた。
 そして二人の目的でもあるスローターダガーは、敵の残骸と思しきモノに跨り、握った剣の欠片を突き刺したまま停止している。動き出す気配は完全に無く、センサーの類からも光が総て消失している。あちこちがひしゃげ、左腕や足の先が千切れ飛んだその様子から、事情を知らぬ第三者が見れば周囲の残骸の一部と取られかねない状態だった。
「お、おい。何だよこれ、あ、あいつやべーんじゃねーのか!?」
「……随分と苦戦したらしいな」
 周囲の残骸達が完全に停止している事を確認してから、シグナムとヴィータの二人はダガーの胸部、コクピットハッチのところまで飛行する。念話で通信を試みるも反応はまるで無い。試しに外から装甲を叩いてみるが、それでもまるで反応が無かった。
「直接開けるしかなさそうだな……私が周囲を警戒しておく、頼んだぞ」
「あ、ああ」
 万が一の敵襲に備えて、シグナムは愛剣の柄に手をかけて周囲を見渡した。一方ヴィータはコクピットハッチ脇のパネルを開けて現れたキーを叩く。六課の面子には非常時に備えてMSについてもある程度教えられている。やがて駆動音を響かせてコクピットハッチが開いた。ヴィータが慌てて中を覗き込むと、黒髪の少年――シン・アスカがコンソールに突っ伏す形で前のめりに倒れ込んでいた。
「お、おい! 大丈夫か! どうし………………」
 ヴィータはその様子に驚き、身をコクピットに滑り込ませて、がくがくとシンの肩を揺さぶる。だがある事に気が付いて、口を閉ざした。
 ダガーの頭部付近で滞空し、周囲を警戒していたシグナムの所にヴィータがふよふよと飛んできた。さっきまでは普段の様子からすれば随分と珍しく焦った様な表情だったヴィータは、今では呆れた様な――むしろ何やら怒っているような、不機嫌気な。
 つまりいつも通りの表情に変わっている。

 

「…………………………寝てやがる。あのバカ、心配させやがって」

 

■■■

 

「――――――――――」
 此処は夢の中、らしい。よくはわからないがシンには何故だかそれが正解だという確信があった。この夢の中に居る時、シンは普段の生活の様子を覚えている。けれども普段の生活を送っている時、シンはこの夢での記憶が無い。不快感等の残滓はあるが、そこで何があったとか、何と遭遇したのか、と言った事はまるで覚えていない。
「――――――――――」
 何時ものように、周囲を埋め尽くす鋼の屍から残骸が滲み出てくる。
 これはシンの自覚だ。見ないふりをしてきたモノ。つまり、戦った結果として人を殺してきたという自覚だ。戦争だからとか、撃ってきたとか、撃たれて当然だとか、そういう言い訳で見ないフリを、気付かないフリをしてきた、けれども確かにシンの中にある”人を殺した”という事実の自覚だ。何時ものように迫って来る。シンの右手にはライフルがあり、腰にはサーベルがある。何時もなら、これらの武器で残骸達を跳ねのけようとシンは無様に踊り狂う。けれども今は、シンは終わった世界の真ん中で身体を投げ出すように地面に座り込んでいる。残骸達は着々と迫って来る。シンは迫って来るそれらを一瞥し、その残骸に、自分の罪に対する自覚に、罪悪感の別の姿に対して、
「――――――うるせえな。今考え事してるんだよ」
 吐き捨てる様に呟いた、赤い瞳を吊り上げて、その口元を歪ませて。シンの背後の地面が”砕け散った”。違われたのではなく、まるで地面が”絵”だったかのように、平面的に砕け散る。まるで割れる様に。同時にシンの身体にあった武装が消失する、身体の各部に装着されていた鎧の様なパーツも総て残らず消失した。
「”目障りだからすっこんでろ”」

 

 ――――モビルスーツが、這いずり出る

 
 

 濃く暗い灰色の装甲を持つその機体は、現在のシンの愛機である。砕けた地面を更に砕きながら、鋼の人型はその全身を引き摺りだした。数十トンの重量が踏みしめ、地面が揺れる。シンは未だその中で地面に座り込んだままである。残骸はなおも迫って来る。
 鋼の人型がその足を振り下ろした。それだけで、残骸の群れが盛大に弾け飛んだ。足を振りおろしたまま、まるで地面を”拭く”様に鋼の人型が足を左右に動かす。今までのシンの抗い方の何倍も”効率よく”、残骸達が一掃される。無限に湧いてくるように見えるそれらだったが、駆逐する側が圧倒的すぎた事でその体裁を保てていない。発生するよりも速く、確実に、根こそぎが駆逐されていく。光弾が、残骸を湧き出る元ごと吹き飛ばして融解させて消し飛ばした。
「あーあーあ、何だよ。最初っからこうすりゃあよかったんだよ。そうだよな、オレの本質は”こっち”だってのに。何で今まで気がつかなかったんだ」
 その光景を見て、”シン”は酷く愉快気に吐き捨てた。それから声を殺して笑って、やがて耐えきれずに声を上げて爆笑する。鋼の人型の猛攻は止まらない。残骸は効率よく確実に圧倒的に駆逐されていき、シンに近寄ることすら許されない。
 笑い声は唐突に止まる。シンは座り込んだ体勢から、身体を倒し、地面へと倒れ込んだ。空が”赤い”事にその瞬間初めて気が付く。
「俺、どうなったんだろ――違う」
 自己に向けた問いかけ。それを即座に否定する。
「………………俺、どうなりたいんだろう」
 結局はそれだ。現実では覚えていない、無意識に忘れる様に”仕組まれて”いるが、結局はそれに尽きるのだ。きっとシンが本当に望んでいない事は発生しない。ならばあの狂気もシンの望んだ事になる。けれどもそれを否定している心がある。けれども現実に発現した結果がある。どちらが本当なのかは解らず、呟きは赤い空に消える。
 耳に響いてくるのは圧倒的な暴力による圧倒的な蹂躙の音のみ。その問いに返答は無いし、あっても意味は無い。それはシンが見つけるべき事だからだ。

 
 

 地面に寝転んで、澄んだ目で空を見上げる少年を見ろす存在の総数は二つ。
 一つは今まさに――そう、少年の深層を、根源を体で表すように縦横無尽に暴れまわっている鋼の人型、それと似た存在。ただしこちらは同じ灰色でも色は白に近い。それに他の色も散りばめられて、ずっと見栄えのいい機体だった。
 もう一つは、その鋼の人型の肩の上に。何もかもが終わってしまったような屍と残骸で溢れ返るこの世界には酷く不釣り合いな、幻想的な雰囲気の少女。格好は”前”と同様に生地を身体に巻きつけただけという奇異なもの。少女は地上から十メートル以上の場所だというのに平然と、むしろ余裕気にぶらぶらと足を揺すりながら、少年を見下している。
 存在は二つとも、少年には認識されていない。認識できる段階に少年が到達していないから。だから”最初からずっと居た”その二つの存在に、少年は気が付かないし、気が付けない。
「ようやく”六割”か。お前の選んだ主は随分と呑気であるな」
 その声は、少女を肩に乗せる鋼の人型へと向けたモノ。けれども返答は無い。
「……まったく、相変わらず無口な子だ」
 呆れたように呟いて、少女はすと瞳を閉じた。オッドアイの瞳が一時的に外界から隔絶される。
「それにしても」
 瞳が開かれる。左右で色彩の異なるオッドアイの瞳が捉えるのは、地べたに寝そべって空を見上げる少年だ。

 

 少女はその少年を愚図と断定した。なにせ遅いのだ。歩みが、圧倒的に。気概はあっても才能なんてものはまるで無く、無様に日々をもがき続けている。”王”等という仰々しい称号に恥じぬ振舞いを最後まで続けた彼女から見れば、その少年は間違いなく弱者だった。ただ少年は少女の知る弱者とは少々趣が異なる。真の意味での弱者は知っている。卑屈な意味での弱者も知っている。逃げた先での弱者も知っている。けれどもあんな風に、真っ当に狂おうとしている弱者は初めて見るのだ。結果として狂った弱者だったものも知ってはいるが、逃避や諦めでなく、己の目的のために一途に狂おうとする馬鹿者は初めて見るのだ。どれだけ無様でも、少しずつ少しずつ狂いながらも歩を進めて、分不相応な位置に食らいつこうとする馬鹿は、本当に初めて見るのだ。
 だから愉しい。これからどうなるかを考えると愉快極まる。確率的には何もできずに砕け散る方がずっと高いのだろうが、もしかしたら少年がその”役目”の位置まで上ってくるのではないかと、その想像に胸が踊る。それに、もしかしてもしかしたら、万が一よりも遥かに低い可能性であろうが、少年は少女を満足させる位置まで、それこそ待ち望んでいたのに、結局誰も現れなかったその位置まで
「我が身の期待を受ける事、光栄に思うがいい。しかしながら、ここから先は誤魔化しや勢いだけでは通用せんと思え」
 少年の姿はもう無い。おそらく現実に引き戻されたのだろう。故にこのゆりかご(世界)からは離脱する。鋼の人型も同様に消えていた。
 赤く赤くどこまでもただ赤く。少年の心を示した空を見上げて、少女は謳う。

 
 

「――――さあ、お前は”どこまで”上ってこれる?」

 
 

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