AS_第1話

Last-modified: 2008-05-20 (火) 23:00:56

――ブン
 
空気を裂く。
 
 
――ブン
 
無論、擬音である、力強く心地よい音。
 
 
――ブン。
 
「こんなものか」
その後も、何度も振った後、一際大きく空気を割いた音を出し、彼は素振りをやめた。
それは、見た目だけなら高校生程度で、音と顔だけならば野球の練習かとも思われただろう。
顔は整っているといっていい、形容のしようがある紅い瞳を持った少年だ。
しかし。
 
「マスター、そろそろ夕飯だそうですよ?」
 
小さな空飛ぶ妖精―この部分でもおかしいのだが―に、かのように呼ばれた青年の振っていたのは、輝く剣状の光であった。
 
 
                         第一話 ~Re-prelude~
 
 
数週間前。
それは、ある大きな戦いにシン・アスカが巻き込まれた時期を指し、目の前にいる少女のために『死』と『生』を超越した時期をも指す。
超越といっても、『死んでもおかしくない』事を『運気と気力と仲間の手助け』でスレスレ、低空飛行をしたというだけだ。
功労者であるのだが、そうでない部分を抜き出せば恐らくそちらでも一番だっただろう。
そちらとは、つまり情けないだとか笑いものだとか、そういう部分である。
 
 
と、色々考えていたのは、ようやくシンのデバイス用のメモリースティック(その戦いの際に失われたものだ。)が直り、改善もされ帰ってきた所にも由縁するのだろう。
 
目の前にいる少女、八神はやては、そんな事件を経験して、ついに足の感覚に関する病気のようなものが快方へと向かっていた。
間借り、いや、金も払っていない以上完全に居候なのだが、シンがそこに留まっているのには、わけがあった。
 
 
 
と、言うのも、元々その事件が終わればシンは管理局に何らかの形で顔を見せるつもりだった。
もしかしたらこの少女とももう二度と会えないかもしれないとも思っていたが、愚者には罰が必要と、シンが勝手な思い込みをしていたからだ。
しかし、そうならなかった理由、である。
 
一つは、シンが異邦人であること。
最も大きな理由にして、最もどうしようもない理由であるが、これが今回はいい様に働いた。
曰く、トイレを知らない赤子が漏らしたからと言って今後二度とトイレが出来ないのではない、とのこと。
 
二つは、頼みごと、というか、取引に応じたからだ。
 
 
そう、今回はその取引の内容について、一つ。
 
 
 
 
地球は魔道については着かず離れず、微妙な距離をとり続けている世界である。
 
例えば、それらが近づきすぎれば魔女狩りとして大量の人間が死んだ。
 
はたまた、離れすぎれば、『学校』や『病院』などで娯楽の対象として引っ張り出される。
これは『魔法』、というよりは『霊現象』に関わりそうな部分だが、そういった能力者が魔法と無関係かというと、そうではない。
「幽霊、という概念はよく分かりませんが、世界で共有されている物理的概念を覆す行為が行われているのは確実です」
とは、シンの肩に止まっていたティスが言っていた言葉だ。
 
シンがクロノに頼まれたのは、そんな事のよく起こると噂される場所へ赴き、何らかのまとめをしてくる、というものであった。
その際に八神家は(いろいろな意味で)好都合だった。
 
 
そして、今シンは軽い運動を終え、晩ご飯を食べているわけだ。
 
 
「じゃ、行ってくる」
「あ、どれくらいに帰れるん?」
玄関から声をリビングに響かせると、はやてから質問が帰ってきた。
「大体10時くらい。 適当に終わらせてくるから」
今の時間が7時であるから、大体3時間程度を当てるつもりだった。
「うん。 気をつけてな」
「わかってるよ」
「では、マスター。 お気をつけて」
「ああ」
「あれ、ティスは行かへんの?」
「はい、今回はマスターのデバイスの検査もかねていますから」
いますから、今回は一人で調査をすることに相成ったシンであった。
 
 
で、辿り着いた場所は墓地。
幽霊が出そうな場所ナンバー2である。
因みにナンバー1は夜でもいなければいけない事のある病院で、続くナンバー3は多分学校だろう。
この面々からいくと、シンにとって最も楽なのが墓地である事は言うまでも無い。
しかし、である。
「幽霊なんて、そう簡単に見つかるのかよ?」
いや、目的外れているが、この際そんなところでいいだろう。
霊的な何かが魔法的な何かと等号で結べるのならシンが動けば良いし、無理ならばこの世界特有の摂理という事になる。
心霊現象が自然に起こるものならば、シンの出番はない、と言うことだ。
 
木々がざわめく。
同時に、何枚もの枯れ葉がシンの体に当たる。
 
風が、吹き抜けていった。
 
 
 
「幽霊が魔法?」
「その可能性もあるということだよ。
 勿論、魔力反応も見つからないほど微々たる物なんだろうけどね」
クロノがフェイトの質問に答える。
「一応見当もついているんだ。
 この周辺はシンが魔力を放出しすぎた所為で、色々とややこしくなっていてね」
とは、シンが管理局と交信を絶っていたときに行っていた暴走する魔力の発散の事である。
クロノもその報告を受けたときは流石に呆れた。
空間の亀裂は確かに整合されていたのだが、やはり多少の穴は残っていたのである。
(ま、シンはそういうことを器用に出来るタイプの人間ではなさそうだけど)
とりあえず、今回の件に繋がる部分であるが、
「そういう部分から魔力が流れてきてるんだと、僕は思うよ」
「じゃあ、シンにそれを確かめさせるために頼んだの?」
「彼自身のミスだからね。
 大事にならないうちに何とかしてもらおうと思って」
で、あるのならば、ここにちょっとした疑問が生まれるものである。
殊、フェイトのように好奇心と知性のある少女ならば、なおさらである。
それはつまり「じゃあ、幽霊っているの?」というもの。
しかし、これにはクロノとしても肩をすくめるしかない。
と、言うのも、クロノ自身『見える人間』ではないのだ。
むしろ、そういうものは潜在的に暮らしている人間しか見ようの無いものなのだろう。
「見えない以上は居ないと言いたいけど、僕もどうなのかはわからないな」
曰く、「背後霊は誰にでもいる」。 曰く「あなたにも守護霊がいる」。
眉唾であれども、誰もが縋るか怯えるか、比較的化学の発展したこの世界でも、誰もが一度は何らかの感情をそれに対して表してはいるだろう。
いや、発達したからこそ、世界は手を変え品を変えて恐怖の対象を求めるようになったともいえる。
その上に立って考えたとき、この世の中で起きている全ての不可思議な事象が、魔法であるとはクロノも思ってはいない。
しかし、今回はそういうものの及ぶ範囲であるかも知れないと、そう思っていた。

 
 
シンは今、闇の中にいる。
先ほど、風と共に揺らいだ『何か』。
そこから、シンは明けない闇に覆われたのだ。
 
目を擦る。
視界には何も変化はおきない。
 
右足で音を出す。
何も起こらない。
 
先ず、思う。
――ここはどこか?
あの町の墓地ではないことは、なんとなく理解できる。
あるいは、そうであっても何らかの影響を受けた場所である。
 
それ以上発展しそうにない考えをそこそこに、もう一つ思う。
――何が起こったか?
これには、ある程度の答えが出ていた。
恐らく、シンの空けた外世界への通路が残っていたのだろう。
しかし、墓地から空けた記憶の無かったシンは、些か戸惑う。
そして、闇の中で思いを巡らす。
 
 
 
 
 
今と同じような、闇に抱かれたあの時。
夜天の魔道書に吸収されたとき。
 
シンは、夢を見た。
 
あの夢は、なんだったんだろう?
――心地よい眠りをささげる。
それが、あのときの書の意思の思いだった。
 
自分にとって、心地よい空間。
それは、あんなどこか壊れた世界。
 
本当に?
何処とも知らず、シンの頭にそんな疑問が生まれる。
 
自分の心地よいものとは、自分の望んだ世界であるはずだ。
だが、あそこにあったのは、誰ともつかず離れずの関係を持った、繰り返す日常。
そんなものならば、今、自分がいる世界のほうが心地のいい物に決まっている。
それでもそれを求めたシンの心は、戦いによって痛みを負った者の考え方なのだろう。
つい、シンは笑みを浮かべた。
夜天の魔道書でも、上辺だけを形にして、自分の本当の望みを形にはしていなかったのだ。
それは多分、しっかりとした自分の思いを模っていなかったシンの逆の意味での弊害なのだろう。
 
そして、自分が本当に望むものがあるのがこの世界ならば。
きっと来るであろう『そのとき』に、自分は如何な選択をするのだろうか?
 
その答えを、シンも今すぐに出せるはずも無かった。

――シン。
自分を呼ぶ声が聞こえる。
その声は、闇に消え行く前に、確実にシンの耳にも届いた。
その声の方向に、手を伸ばせば、掴んでくれる手があった。
 
――多分、自分はいつだってそれを求めていたのだろう。
唐突に、理解した。
『それ』があるとわかった世界だから、シンはこの世界が好きだ。
そして、求めていた『それ』が元いたあの世界にもあるのかは、まだわからない。
戦争から一歩出れば、慰霊碑の前で差し伸べられたのは手。
それは、シンを更なる戦いへと引き連れていく手であった。
しかし、それが不幸だとは思わない。
多分、シンも気づいたから。
 
その先にこそ、求めたものがある、と。
 
 
 
「シン、大丈夫!?」
声の主は、あの手の主は、フェイトだった。
「ああ、なんとも無い。
 けど、どうしてここに?」
シンの問いかけに、フェイトは説明をした。
掻い摘んで言うと、クロノとシンの現状について話している間に、この墓地に巨大な魔力の穴が現れた、とのことだった。
恐らく、シンはその中にいたのだろう、妙に心地のよい感覚に抱かれていた。
「この穴は、何で開いたのかな?」
フェイトが独り言のように言った。 シンも考えていたことである。
あけたのはシンでも、その穴の大きさは極限まで小さくしたはずだった。
「大体見当はつくけどな」
「え……っ?」
シンは右手を上げる。
(さっきの感覚……。)
それを、『掴む』。
そして、引っ張る。
穴が開いた原因は、『こちらから』の行動が要因ではないだろうと、シンは直感していた。
『向こう側』、つまり、穴の開いたその先にある世界。
そこにいる『何か』が使役して起こった現象。
おそらく、先ほどシンを闇に落としたものがそれだろう。
 
『それ』が姿を現す。
なるほど、それは確かにシンが魔力の暴発を抑えるために度々行っていた世界に住んでいた生物だった。
 
その異形は、巨大な蛇。
かつて(シンの知らないところであるが)なのはが相手をしたものの、ゆうに二倍もの大きさだ。
 
「バルディッシュ!!」
「Get set.
 Assault Form」
側の少女が一瞬で反応してデバイスを起動させる。
そういえば、昔一緒に戦ったときとは多少形状が変わっていると、シンは思い出した。
そんな事に気を裂いていられないほどに、あの時シンたちは追い詰められていたような気がする。
 
「インパルス、『フォースシルエット』!!」
シンも一呼吸遅れてデバイスを起動させる。
引っ張り出した本人が遅かったのには、結界を張っていたという理由もある。
因みに、共通の名の後につないだ名は、3つの形体の中で最も多用し、最も安定した能力を持つものである。
右手にヴァジュラという名の光る剣を出す。
先ほど素振りをしていたものだ。

伴い、バルディッシュも形体を移行させる。
「Zamber Form」
カートリッジを一発射出して、のようだ。
能力的に飛躍的に上がり、シンのように変形をさせるたびにデバイスを待機モードにしたりしなくて良い代わりに、カートリッジによる補助をどうしても受ける事になるようだ。
「Jet Zamber」
そして、少女はそのまま衝撃波を放ち、魔力刃を切りつける。
しかし、防壁に阻まれる。
振り払われる尾を、フェイトは避ける。
やはり自然に生きている生物にとって、大きさとはそのまま力をも表わしえるのだろう。
一筋縄ではいかず、フェイトですらかすり傷も負わせられていない。
 
が、先ほどの攻防で防壁の位置関係をシンも把握していた。
ジャンプするように避けたフェイトにその大蛇は頭から襲いかかったが、そこはフェイトも実力の持ち主、難なく空中で制動回避する。
シンも安心し、行動に移る。
 
剣の柄を眼前に両手で持って構え、足元に魔法陣を張る。
因みに刃は天を向けているのは、相手が自分以上の大きさを持つからという適当な理由だったりもする。
「槌矛の力を!!」
言い、一回転と四分の一を右に回転させ、柄の―シンから見て―左側にも光の刃を顕す。
それはそのまま右手だけで持って、シンはもう一本、小型のナイフほどの大きさの刃を左手に出す。
(さっきフェイトの攻撃が弾かれた場所に……!!)
駆け寄り、そのナイフを刺す。 そして、大蛇がシンを攻撃目標とするよりも早く、その部分に斬激を畳掛ける!!
袈裟切りの要領で振り下ろし、当たらなかったほうの刃で同じ軌跡を切り上げる。
そして、その間に片側の刃の魔力を補強、もう一度切る。
 
ついで。
 
防壁が破れた。
 
「フェイト!!」
シンが名を呼ぶ。
それに応え、いや、ともすると呼ぶよりも前に、フェイトは敵に迫っていた。
 
そして、大鎌で一閃。
息の根を止めた。
 
 
 
「こういう生物って、死ぬと消えていくんだな」
墓地に立つシンは、その光の粒子となっていく姿を見ていた。
言われて見れば、確かにおかしい光景でもあるかもしれない。
「魂だけは、元の世界に戻れるのかもね」
フェイトが呟く。
確かに、そうかもしれないと、シンは思った。 いや、それ以上に、そうである事を願った。
 

「それにしても」
二人、その光景を見ていたのに、ふとフェイトがシンの目線の先に躍り出た。
「ん、どうした?」
「シン。 あんなのがいる世界によく行ってたの?」
言いたい事がわからず、疑問を浮かべるシンに、フェイトは半ば怒った様に聞いた。
確かに、ニコルに会った時を除いて考えると、全てあんなのがいる世界に行っていたことになる。
あんな大蛇に出会ってしまわなくて本当によかったと、シンも胸をなでおろすところかもしれない。
事実、暴走状態の魔力とデバイス無しの体では、あんな出鱈目を押し切る事は出来なかっただろう。
「悪かったな、フェイト。
 俺のミスの、手伝ってもらって」
「ううん、いいよ。
 あれ以来もなかなか忙しくて、結局話す時間も取れなかったから来たんだし、ね?」
確かに、ようやくゆっくりできる様になったというのに、話すこともそこそこで別れてばかりだった。
シンとしても、フェイトには多大な心配をかけたと言う負い目のようなものもあったため、妙に恐縮してもしまうシンだった。
「あのね、シン。
 キラに、色々聞いたんだ。 コズミック・イラの事とか……。」
尋ねるようにフェイトが言った。
あるいは、その話をしていいのかを確かめているのかもしれないと思い、
「もう思い出してるから」
と、言った。
記憶を失っていた期間があったのは、シンにとっても大きな事実であるのだ。
「……。」
「ん、どうしたんだ?」
不意に黙り込んだフェイトに、心配そうな声で聞くシン。
「さっき……何を…考えていたの……?」
消え入りそうな声で、フェイトはシンに応じて聞いた。
「何って、何がだ?」
質問の意図を掴みかねて、逆に聞き返すシンである。
「暗闇で…わたしがシンの手を掴んだとき……何を考えていたの?」
言われ、その言い方で、フェイトの言いたいこともなんとなく察した。
あの時なぜか思い出した過去のこと。
その原因であるあの闇。 もしかしたら、思考に影響を与える魔法だったのかもしれない。
「本当なの?
 帰っちゃうかもしてないって!?」
急に声を張り上げて、シンの答えも待たずにフェイトは言い寄った。
その目に、涙まで浮かべて、である。
「フェイト……。」
そんなフェイトに、言い知れない何かをシンも感じ取り、そっと後頭部を掴んでそっと抱き寄せた。
シンは、確かに帰るかどうかに心を向けていたのだが、そんな事に気を揉ませたくなかったのだ。
「あ……っ」
「大丈夫だよ」
驚いた声を聞き取るが、シンはそっとそう呟いた。
自分にやさしい事を巧く言う自信など無かったが、それでも、涙を見せる少女をそのままにはしておけなかった。
「どうして? シンがいなくなったら、わたしは寂しいよ……。」
それは、多分なんともならないだろう。
自分やキラがこの世界の人間でない以上、ニコル等例外を除けば、本当の世界に惹かれるものなのだ。
しかし、それでも。
「今、俺はここに居る」
事実を、シンは呟く。
その事実こそが、フェイトにとって未だ小さい世界を構成する一部に関わる重大だ。
「別れると決まっていても、まだ日は決まってないんだ。
 その時が来るまで、涙は要らない。 だろ?」
そっと、頭を撫でてやる。
シンが何かを言ったからといって、そう簡単に止まない涙。 ましてや、シンは慰めるでもなく、勝手な事情を言い連ねているのだ。
ならば、そっと止まるように手助けをしてやるしかない。
妹の時だって、シンはいつもそうやっていた。
泣いた人を、決して無理はさせないようにしていた。
家族を失うという大いなる悲しみを知る前から、シンはそうしていた辺りは、シンの生来の優しさでもあるのだろう。
「一緒に…居たいよ……。 シン……。」
「俺も同じだ。
 フェイトともはやてともなのはとも、一緒に居たいって思う」
「なら……。」
帰らなくてもいいじゃないかとは、流石にフェイトも口からは出せなかった。
生まれた場所に帰らなくていいだなんて、どんな口をついても言えはしないのだ。
 
 
結局、その後は会話も無くなっていった。
涙の止まったフェイトがシンから離れたので、シンはそれを家まで送る事にした。
「ごめんなさい」
道中、シンは謝罪の声を聞いた。
自らの発言がいかに自分勝手だったかを考えての事だったのだろう。
しかし、シンにそれを咎めるつもりは無かった。
 
――誰かに必要とされる事。
それは喜ぶべき事だ。
その誰かを、咎める必要があるとは思わなかった。
 
 
その後、シンはフェイトを送り届けるついでにクロノに事のあらましを話した。
すると、妙な事をクロノから聞く事になる。
「少し、今度時間を貰っていいかな?」
「なら、今でもいい」
「いや、今日は遅いからまた来てくれ」
「……わかった」
しかし、それは『今日』ではなかった。
 

 
 
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