Azrail_If_186_第04話

Last-modified: 2007-11-09 (金) 21:53:50

ヘブンズベース陥落から数日が経過した。
 その間、オーブにロゴスがいる、という情報は瞬く間に世界を駆け巡った。

 公式発表があった訳ではない。だが、いまだに行方が掴めないロゴスの残党2人、
すなわちムルタ・アズラエルとロード・ジブリールの両名が逃げ込むとしたら、
あの島国しかないというのは、殆ど確信に近い形で人々の中にあった。

 各国からは真偽を問いただす電話が相次ぎ、
気の早い者ではもうオーブへの経済制裁を叫び出す者が現れていた。
インターネットは「国際協調を無視している」という批判から始まり、
ヘイトスピーチすら横行する有様で、オーブは急速に包囲の輪を狭められつつあった。

 彼らのいう「オーブがロゴスを匿っている」という説の根拠は、いくつかある。

 まず第一に、オーブでは大規模なロゴス弾圧の動きがなかったこと。
 第二に、暴動が起こっても、それを軍と警察が即座に鎮圧したこと。
 そして、モルゲンレーテ製品による外貨獲得を図っているオーブは、
ロゴスと親和性が高い「だろう」ということの3つだ。

 その論理展開を聞いた時、ユウナは頭を抱えて叫び出したい衝動に襲われた。

 ――ジャパニーズ・ヤクザが
ハリケーン発生装置を開発してるって都市伝説ができたの、いつだったっけ。

 皮肉と怒りを込めて、衆愚どもが、と彼は心底そんなものを信じている連中を侮蔑した。

 最後の一つはもはや迷信のような思い込みだから除外するとしても、
残りの2つも話にならない。

 敵国の首相に、突然、「そちらの国の軍需産業が世界に混乱を招いている」などと
言われて、自国企業の幹部を襲撃するなど正気の沙汰ではない。
 仮にオカルトを信じやすいグループが同調したとしても、そんな治安を悪化させるような真似を、真っ当な国家が許す筈がない。

 オーブ市民とオーブ政府がとった行動は、法治国家ならごく当たり前のことだ。

 ユウナには、どういう訳か暴徒を取り締まらない各国の対応は、
気が狂ったとしか思えなかった。

「だけど、国のやることに意味がないなんてことはない。必ず何か裏がある筈だ」

 いかに狂気の沙汰に見えたとしても、国家の場合、それはポーズだ。
 過激な言動で相手を威嚇するなり、
国内向けのプロパガンダをするなり、どこかに絶対に意味がある。
 否、あってくれないと困る。

世界各国がおしなべて気が狂うなど、それは一体どんな悪夢なのだ。

「すぐに彼らを大西洋連邦へ送還すべきだ! このままでは国際世論が許さんぞ!」
「だが国内のロゴス系企業はどうする、諸国にならって弾圧でもするのか?」
「それは本題ではない、各国が求めているのはロゴス要人の即時引渡しでしょう」

 オーブの閣僚会議は連日、紛糾を極めた。

 まず国民への発表を行うかということで意見が別れた。

 情報を開示して、国民の意見を求めるべきだというもの。
 これは国防に関わる問題であり、素人の多数決を行うべきでないというもの。
 はたまた、このままシラをきり通して、ロゴスなど知らないと主張すべきだとするもの。
 今更そんな嘘が通用する訳がないとするもの。

 しかし、代表代行として、ユウナはいまだに結論を出しあぐねていた。

「待ってくれ、まだ各国の意図が分からないよ。時間はないけど、
早計で結論を出すのも僕は反対だ」
「それはどういうことでしょうか、セイラン代行?」
「そうおっしゃるからには、何か妙案がおありなのでしょうな!」

 そこで急に声を荒らげた閣僚の1人に、ユウナは顔をしかめた。

 彼は前ウズミ政権時代からの熱烈なアスハシンパで、理論より感情が先にくる
「議会荒らし」として有名だった。
 彼にしてみれば「カガリ政権を乗っ取った」ユウナは、
何かにつけて攻撃すべき対象だった。

「グレンさん、もう少し静かにしていただけませんか。
貴方、さっきからどうでもいいところで大きな声を出し過ぎですよ」
「どうでもいいところとは何ですか、グロードさん!
そもそも亡命など受理するからこんなことに――」
「静粛に! グレンさん、控えてください」

  しかし、彼に対する他の閣僚たちの反応は冷ややかだった。

 政敵への嫌味など言っている暇があったら、何か状況を好転させる妙案の一つでも出せ。
 出せないなら黙れ。

 会議の空気は、概ねそのようなもので一致していた。

 ――オーブの政治も変わったな。

 ユウナは率直にそう思った。

 昔は、二言目には理念、理念と叫ぶばかりの者の存在を、
議会がなし崩しに許容してしまう風土があった。
 ウズミ・ナラ・アスハが強力なリーダーシップを発揮して議会を牽引していた頃は
まだしも、彼の死後はそんな政治家は害毒でしかなかった。

 それが駆逐されつつある。

 大丈夫だ。この国はまだやれる、とユウナは自分に言い聞かせた。

 一方で、アズラエルは、また別の感想を持っていた。

「オーブはもっと自国の立場を説明すべきです。沈黙していてはいけない」

 ――内弁慶なのは相変わらずですね。外交で後手後手に回る伝統は健在ですか。

 本音を綺麗に包み隠し、彼は別室でウナト・エマ・セイランに語りかけた。

「立場と申されましても……」

 ウナトは口ごもった。

 オーブの立場。それを説明したところで、
各国が納得するとは彼にはとても思えなかったのだ。

 そもそも、何故オーブがアズラエルやジブリールを受け入れたか――言い換えれば、
何故ロゴスを切り捨てることができなかったかというと、
それはオーブの台所事情に全てが起因した。

 国土の全てが島嶼により構成され、
海抜が低いオーブは、ブレイク・ザ・ワールドの大津波で甚大な被害を被った。

 実に、国内の80%以上が一時水没するという、前代未聞の事態に陥ったのだ。
 幸い避難シェルターが一般化していたことで、人的被害そのものは最小限に
とどまったが、インフラ崩壊による経済的損失は計上不能。

 このままいけば、遠からずオーブの国家財政が破綻することは、目に見えていた。

 そこに、投資と言う名の救いの手を差し伸べたのが、ロゴスだった。

 この投資を失うことが何を意味するかは、推して知るべし、だ。

「しかし、我が国の経済事情など、他国から見れば関係のない話ですし……」
「言わないより良いでしょう。はっきり言って大西洋やユーラシアの市民は、
オーブの現状に非常に無知です。それを分からせるというだけでも」

 無論アズラエルも、それで各国政府を動かせるとは思っていなかった。

 しかし、世にはびこる「金満オーブ」のイメージを払拭する助けにはなる。
自分たちも苦しいのだと訴えれば、民衆は多少なりとも心を動かされるだろう。

 アズラエルは更に続ける。

「ミスタ・セイラン、敵というのはどんなに理屈を付けても来る時は来ます。
それはあなたもお分かりでしょう?」
「敵というのは、連合諸国のことですか。それともザフトのことですか?」

 ウナトは若干の不信感をにじませて、問い返した。

「それはあなた方次第です。
世論工作でも何でもして、攻めてこられないようにすることが重要です」

 アズラエルは誤魔化して話を戻した。

 彼は彼で、オーブのことを一切信用していなかった。
気分はまさしく獅子身中の虫だ。
 
彼はオーブがロゴスと心中するしかない状況に追い込まれていることは理解していたが、
土壇場で事大して安全を取る可能性もあると考えていた。

 オーブには、このままの路線で、
なおかつ連合、ザフトとの外交合戦に打ち勝ってもらわねばならない。
 そうでなければ彼と、ついでにジブリールに明日はない。

 ――全く絶望的じゃないか。これが「世界の敵」になるということか。

 およそ非現実的なフレーズに、アズラエルは口元を歪めて笑った。

「アズラエル理事?」

 急に笑い出した相手を、ウナトは怪訝に思って声をかけた。

「ああ、いや、失敬。何でもありません」

 アズラエルはすぐに生真面目なポーカーフェイスを作ると、頭を振った。
 さてどうする、と彼は思考を回転させようとした。

すると――

「セイラン首長!」

 それを妨害するようにして、ノックもなしに部屋のドアが開き、
真っ青な顔をした男が現れる。

「何事だ。騒々しいぞ」
「も、申し訳ありません。首長、大変です、すぐに政務室においでください!」
「だから、何事だと訊いている! 説明したまえ」

 ウナトはひどく嫌な予感を覚えて、咄嗟にアズラエルを振り返った。
 彼は極めて不安定な立場にある客人が、動揺をするのではないかと危惧したのだ。

 当のアズラエルは、
どうせこれ以上悪いことは起きるまい、と淡々と男の言葉を待っていた。

「ぷ、プラントが、全世界に向けて発表することがあると――
我が国とロゴス問題について!」