Azrail_If_443_第04話

Last-modified: 2007-11-09 (金) 21:57:31

 盟主であるアズラエルの一言から始まったその会合は、大方の予想通りに強硬派が勢力を強め、
穏健派が僅かな抵抗を見せるというものになっていた。
『血のバレンタイン』より先日の事件まで、アズラエルとしては強硬派の力を削ぐことを試み、
少しずつではあったがその陣営を中道派へと取り込むことに成功していたのだが、そこにヘリオポリス崩壊の報である。
ここぞとばかりに強硬派の中心人物、ロード・ジブリールは雄弁に自説を展開していた。
「やつらは中立のコロニーを攻撃しました。何一つ罪のない無辜の民衆に彼らはただ銃を突きつけ、その尊い命を奪いました。
 やつらにそのような権利があるのか? 否! 私は問いたい。これを許せる人間がこの世にいるでしょうか! 
 そんな者などこの世のどこにもいない! 我々はこの悲しみと、怒りを忘れてはならない! 
 我々はやつらに制裁を与えてやらなければならない! 我らの胸にやどる想いはこのうえない絆となり、力を与えてくれるでしょう!
 やつらに完全な死を! 青き清浄なる世界のために!」
 ジブリールの言葉に出席者たちは大きく歓声をあげ、応える。
中道派や穏健派の者たちにも賛同者が出始めていることが分かる。
アズラエルとしてもその意見に賛同する部分はあるのだが、感情のみで騒ぎ立てるように見える周りの面々の姿が、
頭の中で理性の警鐘を鳴り響かせる。
「ほんとに根絶なんてできると思ってるんですかね……全くいくらかかるか分かってるんだか……」
 誰にも聞こえないような声で呟くと、しばしの後、アズラエルは静かに閉会を宣言したのだった。

 それより数時間後、アズラエルの姿はデトロイト中心部にある財閥本部の自室にあった。
秘書であるオルガから報告を受け、指示を出しながら、今後の方針をたてていたのである。
「OSの方は?」
「こちらは少々てこずっています。OSが使いものになるまでにあと一、二ヶ月は必要です。
 機体自体の生産はすでに開始していますが……」
「ということはあとしばらくはメビウス頼みですね……
 メビウスのリニアガンからビームキャノンへの換装はうまくいってるんですね?」
「はい。オーブからの技術提携でバッテリーに関する問題も解決し、すでに量産体制へと移行しています」
「メビウスでどこまで対抗できるか……いささか不安ですが今は我慢の時ですね。
 強硬派の方はどうですか?」
「やはり世論も強硬派に傾いているようです。ジブリール氏の自信もその影響でしょう」
「ということはブルーコスモスに対する批判論もしばらくは収まるということですね。それはそれでいいんですが……
 また暴発なんてされたらたまりませんね」
「血のバレンタインですね」
「ええ。あのようなことが再び起きたら、せっかく収まったうちへの反発も復活するでしょうし、
 和平プロセスなんてぶち壊されちゃいますからね。彼らの動向には注意しておいてください」
「承知しております。すでに幹部連中には監視をつけておりますが、より徹底いたします。
 あ、そろそろ通信の時間です」

 そう言うと、オルガは端末を操作した。室内のモニターに浮かび上がったのは地球連合の制服に身を包んだ初老の軍人だった。
もっともその肌は引き締まり、若々しいその姿は壮年と呼んでも違和感がないかもしれない。
「お久しぶりですね、ハルバートン准将」
「ご無沙汰しております、アズラエル理事。Xナンバーの件では大きなお世話を受けながら、ご無沙汰して申し訳ありません」
「いえ、構いませんよ。で、GATシリーズのことですが……」
「はい。もう間もなく我が第8艦隊と合流できると思います。先ほど先遣隊も発進し、間もなく我らも出立する予定です。
 先ほど入った報告によりますと、ザフトは奪取したストライク以外の機体を即時投入してきたらしく、
 ストライクにはそれらとの戦闘データもあるそうです」
「分かりました。データを回収したら、すぐにこちらに転送してください。今回の件で貴方には大きな貸しがありますからね。
 少しずつ返してもらいますよ?」
「はは、お手柔らかにお願いします。微力ながら、全力を尽くしますので」
「よろしく頼みますよ」
 その後、アズラエルとハルバートンは今後のことについて幾つかの打ち合わせを終えると、通信を切った。

「本日予定されていた仕事はここまでです」
 その言葉を聞き、アズラエルが窓を眺めると、辺りはすでに夜の領域に深く沈みこんでいた。
ニューヨークでは粉のように舞っていた雪たちが、ここデトロイトでは彼らこそが主役であると主張するかのように、
しんしんと厳かに世界を埋めようとしているのが見える。外の景色を眺めながらアズラエルが呟く。
「ふー、頭の痛くなることばかりですね……世界が一色に染まっていたらどんなに楽なことか……」
「で、コーディネーターを根絶するってか?」
 ちゃかしたようにオルガが口をはさむ。
「それが可能で、メリットが大きければね。ま、なんとかしますよ、プラントも強硬派もね」
「ちょっときつい流れなんじゃねーの?」
「オルガ、覚えておきなさい。流れに乗れない者は二流、流れに乗って成功するのが一流です……
 そして超一流は流れをつくる者なんですよ」
「で、親父が流れをつくるってか?」
「ま、しばらくは辛抱しないといけませんがね。ま、少しずつ進めていきましょうか。着実にね」
 雪は静かに降り積もる。世界の全てを白で包み込むかのように。
白く包まれたそのキャンバスに、誰が新しい世界を描くのか? 世界は未だその描き手を選んでいない。

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