Azrail_If_74_第01話

Last-modified: 2007-11-09 (金) 21:59:13

「蒼い血或いはノブレスオブリュージュ」

大西洋連邦首都ワシントン、そのお膝元にあるニューヨークは往時の繁栄を取り戻せず、
夜の闇の中に咲いている。
NJによるエネルギー危機は他の理事国と比べ、比較的軽いと言われている大西洋連邦の
一大都市でさせ、多くの悲哀と絶望、怒りなどを飲み込み、沈んでいた。

「雪、ですか」
先ほどより降り始めた雪は内部の熱気とは裏腹に、張り詰めたように冷えきっている外
を白く染めている。
スコッチをちびりちびりと舐めながら、彼、ムルタ・アズラエルは外に降り行く雪の切片
をぼんやりと眺めていた。
それは、彼の多忙な日常の中でぽっかりと空いた真空のように静謐な時間であり、彼はそ
の得難い時間を存分に味わい、楽しんでいる。
「……様。アズラエル様」
振り向くとそこには、大西洋連邦事務次官であるアルスター氏と彼をこの場…ブルーコス
モス上層部の私的なパーティに誘った大西洋連邦国防総省付武官である、サザーランド中佐
がぎこちない笑みを口元に称え目礼した。
長い付き合いから彼は、アズラエルがひとりで佇んでいるような時には、決して話かけない
のだが、アルスター事務次官が是非、というので渋々アズラエルの意識をこの地上に引き戻す。
アズラエルは気を悪くした風も無く「ムルタ・アズラエルです。ようこそ、事務次官閣下。
今夜の会は如何でしたか?」と手を差し出す。
その手を両手でがっちりと握り締めながら、アルスター事務次官は満面に笑みを浮かべた。
「はい。中佐のお陰でこのような場に私も出席出来ましたこと、大変恐縮であります。さきほ
どの…ジブリール氏でしたかな。そう、ジブリール氏のお話、大変興味深かったですよ」
内心、アズラエルは数度舌打ちし、それでもそれは表には出さず皮肉げに口元を歪めた。
「そうでしたか。彼もブルーコスモス運動の中で熱心に基金を募っていますからね。宜しけれ
ば、事務次官閣下も是非幾ばくか、お願い致しますよ」
尊大なのか、卑屈なのか分らないような事を言いつつ、アズラエルは「環境保護団体」としての
ブルーコスモス盟主としての役割を果たす。
数度のやり取りの内、アルスター事務次官はパーティに戻っていく。
その後姿を見つめながら、アズラエルは溜息をついた。
…お疲れですかな、アズラエル様」
「ふん…下らないパーティに出れば、そりゃ、疲れもするさ」
不思議と、サザーランド中佐の前ではアズラエルは何時もの彼に戻る事が出来る。
サザーランドは外見から中身まで軍人そのものであったが、思想的にはアズラエル派と呼ばれる
軍部の中でもコーディネーターに対する強硬派で鳴らしていた。
そんな彼は、アズラエルが政治とビジネスを志して以来からの付き合いであり、彼の複雑な性癖
を知り尽くしていたとも言える。
それゆえ、アズラエルは彼に対しては胸襟を開く事が出来た。

サザーランドは肩を竦めながら、苦笑いを浮かべる。
「今夜も雪ですな、アズラエル様。私は雪は嫌いです」
「僕だって嫌いさ」
そう言いながら、言下に彼が言いたい事をアズラエルは正確に理解していた。
このホテルでは豪奢な料理、一流の音楽、調整された空調の中で富裕な男女がさざめいていたが、
1歩外を出ると、そこには貧困と飢え、それに加え寒さという地獄が広がっている。
その現状、それを齎したものへの怒りをアズラエルも共有出来た。
「…それでどうですか? そろそろプトレマイオスから発った艦隊も奴等と交戦している予定でしょ」
サザーランドは腕時計を一瞥し「そろそろですな」と続ける。
アズラエルはこのパーティの会場に用意された、スクリーンに目をやったが、まだそのスクリーンは
灰色に沈黙していた。
ふと、嫌な声が聞こえたので、そちらの方に嫌々ながら目を向けると、ジブリールがブルネットの
美しい女性の腰に腕を絡め、談笑していた。
彼もこちらに気付いたようだが、一瞥の後、彼も又、黙殺をする。
アズラエル家とジブリール家は、ロゴス内部における序列においては、圧倒的にアズラエル家の方が
格式、財産、共に大きかったが、こと影響力となると、自然と声が大きい、ブルーコスモス最右翼で
ある、彼、ジブリールの影響力は絶大であった。
それ故もあるが、幾度となくパーティや会議の場で顔を合わせ、言葉を交わした結果、双方がこう
思ったのであった。

…あいつは嫌いだと。

それにと、アズラエルは思う。
彼の横に居る女性…名前はマリエッタと言ったか、某銀行家一族の傍系だが、先月までアズラエルの
公式な恋人であったのだ。
お互い、お互いに冷めた結果の別れであったし、アズラエルも今までどれだけの女性と付き合ったか
分らないせいもあり、未練は一遍も無い。
だが…相変わらず趣味が悪いとアズラエルは思う。
ジブリールにはこういう子供じみた一面があった。
「…相変わらず趣味の悪い男だ。僕のお下がりがそんなに欲しいのですかねえ」
サザーランドは聞かなかったふりをし、時計にちらちらと視線を向ける。

もう一つ、アズラエルがジブリールの事を嫌う理由があった。
自身、子供じみていると思うのだが、昔から不思議とアズラエルは庶民的な一面が存在した。
それは学生時代に彼と付き合ったものなら誰もが口にした事であり、それがアズラエルの魅力ともな
っていたのだが、彼は意識していない。

曰く、大西洋連邦有数の富裕階層、アズラエル家の嫡男にして若き跡取。
その性癖、肌の色に拘らず。
彼の数多い恋人達、フランソワ…レイコ…キム…ヴァイオレット…マーサ……etc
その点、ジブリールは保守的であった。
彼が愛するのは金髪碧眼の白人女性だけ。
そんな彼をWASP野郎とアズラエルは見下していた。

ふ、と会場に闇の帳がおりる。
「時間ですな」
サザーランドがそう呟くのと、アナウンスはほぼ同時であった。

特別な回線を利用した戦場の光景。
それは自らが血を流す場に立たない者たちにとっては最高の余技であった。
まだ、メディアにも卸されていない、新鮮な映像。
連合のMAメビウスとザフトのMSジンは1:5のキルレシオで、お互いが真空の火花となり消えてゆく。
戦況は五分五分であったと言えよう。

「…それで例の噂はどうでしたか?」
暗闇の中、点々と灯る人の命が散っていく光景が見つめながら、アズラエルは続ける。
「諜報部の連中は口が堅くて…。ただ、例の筋からリークがありました。恐らく意図的と思われ
ますが」
「何て?」
「ルーズベルトが何か企んでいる、とだけですが」

その時、プラントの一角が輝いたと思うと、その輝きは拡大し、プラントの一つを飲み込んで行った。
広場にざわめきが広がる。
気の早いものは「空の悪魔に鉄槌だ! 蒼き清浄なる世界の為に!」と叫んでいた。
アズラエルはプラントの一つが完全に爆散する光景を、冷めた気分で見つめ続ける。
内心、あれを一基作るのに幾ら掛かるんだ、と計算し、その算出額に幻滅しながら。

こうして「血のバレンタイン」と呼ばれる事件は起き、歴史が動いていく。
それはアズラエルでさえも抗えない、流血の道であった。