Azrail_If_74_第04話

Last-modified: 2007-11-09 (金) 21:59:41

「DSSP…? ああ、深宇宙探査開発機構ですね。家も出資していますよ」

CE以前より医療分野に置ける医師とコメディカルの発展的な統合、即ち一人の患者の
治療からリハビリまで、医師に一元化するというシステムが既に一般的となって久しい。
セレーネはアズラエルの身体を支えながら、青と白でコーディネートされたリハビリ室
の中をゆっくりと歩む。
一時はショック状態にあったアズラエルであったが、見かけはほぼ、失調から回復して
来たと言える。
セレーネと雑談を交わしながら、ぎこちなく装具と共に歩むアズラエルの姿は、以前の
彼を知っている者からは、想像出来ないものであった。

「当然Mrアズラエルはご存知ですね。そう…あそこで働く事が夢でした」
アズラエルは意地悪そうな笑みを口元に浮かべ「では、医師の仕事は第二希望だったとい
う事ですね」と囁く。
少しだけ頬を赤らめ、セレーネは抗弁する。
「…そういう訳ではありません。ただ…何時も思うんです。人間には希望が必要だと」
「希望…?」
首を傾げ、その表紙にバランスを崩したアズラエルの身体が崩れ、それを支えていたセレーネ
と共に、膝を付く。
慌てて、その身体を支えなおし、セレーネは彼を抱き起こす。
「大丈夫ですか…? Mrアズラエル?」
少しだけ眉間に皺を寄せながら、アズラエルは返答する。
「え…ええ。見かけより力があるんですね。Drセレーネ」
「仕事柄、当然です」
アズラエルは内心、肩を竦める。
ちょっとしたセクハラのつもりで言ったんですがね、と。
そうして、話の途中で途切れていた言葉に気付く。
「そうそう、希望とは何なのですか? 希望なんてものは、死まで誘ってくれる、嘘吐きな
同伴者としか僕は捉えていませんが」
不思議そうにセレーネはアズラエルを見つめる。
「Mrアズラエルは宇宙『そら』を見上げた事は無いのですか」

『蒼い血、或いはノブレス・オブリュージュ4』

アズラエルの病室は、緊急の執務室となり、多くの来訪者を警備スタッフが念入りの検査をし、
漸く、彼の病室まで辿り着ける。
それはサザーランドでさえも、そのチェックは免れなかった。
「それにしても物々しい警備ですな」
些か憮然とした表情を浮かべ、サザーランドは入室する。
事件以降、何度か端末でブリーフィングは行っていたので、無用な見舞いの言葉などは告げず、
サザーランドは早速、鞄の中から書類の束を取り出し、アズラエルに手渡す。
面白くなさそうに、アズラエルはその書類に目を通す。
「何がオペレーションワルキューレだ…糞ッ!」
書類を苛立たしげに振りながら、激する。
オペレーションワルキューレ、軍部の反ブルーコスモス派将校の手によって仕掛けられた、ブ
ルーコスモス右派の上層部壊滅を狙った暗殺爆破事件は、軍上層部までその捜査の糸は伸びて
いった。
苛々と不機嫌そうに、指で眉間を揉みながら、アズラエルはその書類の最後まで目を通す。
「…モッケンバーグは亡くなりましたか。ふん、変わりにジブリールのオカマ野郎が死ねば
良かったんですが」
ごほん、とサザーランドは無言のうちに同意を示す。
亡くなったブルーコスモス関係者は32人。
殆どが、ブルーコスモスの中でも穏健派と呼ばれる人々であった。

「それで…何処まで捜査は進んでいますか?」
「内務省情報統括一課が動いています。今現在、152名の逮捕者を出していますが、首謀者で
あるシュタウフェンベルク大佐はプラントに亡命を図り、彼の意図を知りながら、それを看過
していた軍・政府内の上層部の探り出しに時間が掛かっているようですな」
「分りました。何処に逃げても逃げ場は無いという事を思い知らせましょう。プラントの方には
僕の方から圧力をかけます」
些か言葉を濁し、サザーランドは居を正す。
「…では、これを機会にハルバートンを失脚させますか?」
「それは中佐、君の私情でしょ…? 失脚させる事は何時でも出来ます。ただ…僕達の力は思い
しらせておく必要はありますね」
端末に指を走らせ、その内容を記憶させた端末をサザーランドに手渡す。
「これは内密に行って下さい。指揮は…」
そこで唇を歪めた笑みを浮かべ、続ける。
「ジブリールに執らせて下さい。汚名と悪名は彼のものですから」

軍部における反ブルーコスモス派の中堅である、ハルバートン准将の子女が何者かに誘拐された
上、女性としての陵辱を受けた上で解放された。
それは反ブルーコスモス派に取っては、明確なメッセージとして伝わった。
誰もが、ブルーコスモスの長い腕からは逃れる事は出来ない事を。
逮捕された事件関係者は、自白剤や拷問も辞さない取調べの後、ほぼ全員が処刑された。
ささやかではあるが、陰惨なそれは、幕間劇であった。
「宜しい。それでは…」
部屋の主の趣味であろう、ロココ調にアレンジされた薄暗い豪奢な部屋の中で、端末の一つにそう、
ジブリールは指示を下す。
騒乱は世界各地へと伝わって行く。
再構築戦争以来の地球圏全体の戦争は波のように、宇宙を地上をその色に染め上げて行く。
戦争当所は、ジブリールらブルーコスモス過激派とも最右翼とも目されていた、彼の派閥は比較的
小規模なものであった。
だが、この戦争を境に急激にその規模を拡大し、その都度、ジブリール家も又、その財産を確実に
増やして行った。
満足げに目を閉じ、手にした杯を一気に飲み干す。
大洋州連合はザフトの手に落ちた。
それは良い、とジブリールは一人ごちる。
まだまだ、戦争は泥沼に、そして長期化しなくてはならない、いやそうして見せよう。
世界とは庭の表象であり、庭は手入れされてこその庭である。
当然、庭に住まう毒虫は排除しなくてはならないが、邪魔な枝木も手入れしなくてはならない。
彼はこの戦争を、自分自身が勝者とするパーフェクトゲームで終るよう、その算段を繰り返していた。
そして、彼のもとに、また一つの駒が転がりこんで来た。
「ふ…盟主を気取るあの阿呆にも暫く謹慎して貰おうか」
ジブリールは満足げに、手元の書類に目を落し、微笑んだ。

「はいはい。え…! 漸く完成しましたか! では、私の端末に詳しいスペックをお願いしますよ」
アズラエルはリハビリの時間以外はベットの背もたれをに身を預けながら、端末と書類に埋もれていた。
西日が差し込み、紅い日が目の端にちかちかと眩しい。
今日の仕事もこれで終わり、とアズラエルが思った時、端末から重要項目としてフォルダ分けされた
通信が届く。
現在の連合の宇宙主戦力メビウスの発展改良型メビウス・ディープの量産化に目処が立ち、主に
月面プトレマイオスクレーターにおいて、その生産が急ピッチで進んでいる。
メビウスがザフトからの諜報により入手したMS開発技術をそのスラスターに生かしており、機動力が高い
事をその特徴としていたが、メビウス・ディープはそのスラスター技術を継承しており、機動性は
高いながらも、その装甲と武装を強化しており、救命用ポッドの整備により、その救命率も高いもの
ともなっていた。
メビウス・ディープの大凡のキルレシオはザフトのMSジンとの比較において3:1となっており、数で
圧倒する連合としては十分満足出来る数値である。
アズラエルは満足げに、端末を閉じ、満足の吐息を付いた。
そうして取り留めない事を考えながら、目を閉じる。

「宇宙ね…。僕も見ていますよ、何時だって」

数日前、下した一つの判断が正しかったのか否か、アズラエルには答えが出ない。
ただ、彼は純粋に知りたかった。
コーディネーターに付いて、そして…宇宙に付いて…セレーネ個人に付いて、を。

サザーランドは珍しく感情を露にし、声を荒げている。
「危険です…アズラエル様、これは危険ですぞ」
「何がですか…? そもそも彼女を遣したのは中佐、貴方なんですよ…?」
ハンカチで額を拭い、サザーランドは答える。
「…それは私もミスを認めます。ただ…彼女の両親がブルーコスモスの賛同員だった事から彼女自身に
ついては調査を怠ってしまいました。まさか…コーディネーターだったとは。だからこそ…! アズラエ
ル様のお傍にそのようなものを置いておくわけには!」
何故かアズラエルは不機嫌になった。
「ええ。ええ…これは貴方のミスですよ、中佐。僕はね、治療の途中で主治医を変えるつもりは無いんです」
「アズラエル様…困りましたな」
「何も困る事は無いでしょう? 身元はしっかりしているんだし、大丈夫ですよ。中佐、あんまり僕を困らせ
ないで下さい」
困らしているのはどちらだと、サザーランドは内心毒づきながらも、アズラエルが頑として譲らないものに対
しては、手の打ちようが無かった。
それに…この情報を、ブルーコスモス機関紙に公表したジブリールへの反発もある。
アズラエルも、ジブリールが発信源の自らのネガティブキャンペーンに対し、憤っているのであろうと、自ら
を納得させ、この件は機関紙に対し、然るべき圧力をかけるという事で終った。

「敵を知り己を知れば百戦危うからず…ですよ」
その言葉でサザーランドとの通話を終えた事を憶えている。

思い返しながら、アズラエルは時計に視線を写す。
さて、そろそろリハビリの時間ですね。
身じろぎし、アズラエルは一つ、欠伸をした。