BRAVE-SEED_勇者戦艦ジェイアスカ_第08話

Last-modified: 2010-12-15 (水) 23:33:28
 

 ────オーブの工業コロニー、ヘリオポリスから脱出したアークエンジェルと
合流を果たさんとした地球連合軍第八艦隊の先遣隊は、不運にも先んじてザフトに発見され、
その命を風前の灯と化していた。
 出撃したMAメビウス──連合軍もMSを保有しているが、現行の主力機である
ガンタンクは下半身がキャタピラ式のため、地上でしか使えない──は、ヘリオポリスで
ザフトに奪われたイージスガンダムによって容易く打ち砕かれ、護衛艦もジンを乗せた
SFS(サブ・フライト・システム)バルルスの機動性に対応できずにいる。
 先端に砲口を備えた細身のバイクを思わせる機体に搭載された、大型バッテリーと
後部の大推力スラスター、小型化こそ叶わなかったものの消費電力の効率化を果たした
重粒子砲により、ジンへ飛躍的な火力と機動力、継戦能力を与えるこの機体は、
ザフトに唯一対抗できたMAメビウスを、その性能でもって情け容赦なく戦場から蹴落とした
という開戦当初の活躍同様に猛威を振るい、連合の護衛艦を獰猛なシャチが
鯨へ群がるかのように次々と沈めていった。
 キラ・ヤマトのストライクは強敵であるイージスに抑えられ、ムウ・ラ・フラガ大尉の駆る
ガンバレルダガーも得意の有線砲台ガンバレルによるオールレンジ攻撃を掛けるが、
スピードに物を言わせて巧みに射線を掻い潜ろうとするジンの編隊を食い止めるので手一杯だ。

 

 そんな中、遂に残された最後の護衛艦モントゴメリまでもが、アークエンジェル隊の
奮戦むなしくザフトのナスカ級戦艦ヴェサリウスの主砲に貫かれ爆沈した。
 アークエンジェルのブリッジに、その光景を目撃したフレイ・アルスターの悲鳴が響く。
彼女の父である大西洋連邦の事務次官ジョージ・アルスターは、妻を亡くして以来
ひと際愛情を注いできた娘に会うために、無理を言ってモントゴメリに乗り込んできたのだった。
 フレイは父を救うために、保護されていたプラントの歌姫ラクス・クラインを人質に取り
ザフト軍を退かせようとしたが、結局その策は間に合わず、最愛の父の命は無残にも
彼女の眼前で喪われてしまう。
 蝶よ花よと何不自由なく育てられてきた、世間の苦労を知らぬ十五歳の少女にとって、
その悲しみは如何ほどのものだろうか。

 

「────アンタ、自分もコーディネーターだからって、本気で戦ってないんでしょ!」

 

 アークエンジェルそのものは遅まきながらラクスを人質にすることでその生命を永らえたものの、
フレイはその怒りと悲しみを、ストライクを操っていたキラにぶつける以外に何も出来なかった。
 そして戦闘が終わってしばらくしてから、フレイはアークエンジェルの艦内通路の影で
会話を交わすキラとトールの口から、到底許しがたい言葉を耳にしてしまう。
「あのイージスに乗ってんの、友達だったんだろ……?」
 ────やっぱりキラは本気で戦ってなんかいなかったんだ……フレイは怒りの余り
蒼白となった顔で、地獄の底から這い出してくるようなかすれた声を絞り出した。
そのときから彼女の胸の奥には、マグマより熱く煮えたぎるコーディネーターへの
果てしない憎悪が湧き上がった。
「────このままには、しないわ……」

 
 

No.08『白銀の不死鳥』

 
 

 まだ夜も明けきらぬ頃、オーストラリア北部にあるザフトのカーペンタリア基地へ
ジェイダーはひっそりと赴いていた。降り立ったジェイダーは、浄解されたボズゴロフ級の
艦長やアスランたちを降ろすと、突然の来訪で泡を食ったように飛び出してきた
ザフト兵たちを尻目に悠々と飛び去ってゆく。
「……どうしてこうなってしまったんだろうな」

 

 ────DSSDの獅子王博士がアメノミハシラを訪れてからというもの、
世界は対ゾンダーという目標へ向けて水面下で激動の時を迎えていた。
 世界各国に複製されたJジュエルとジュエルジェネレーター、超AIの技術が提供され、
プラントには高効率の推進機関や食料の自給装置など、コロニーそのものを太陽系の他惑星、
ひいては外宇宙へと乗り出すための世代宇宙船へと改造する技術がもたらされた。
 事実上の地球外追放であったが、同じ地球人類であるコーディネーターとナチュラルが
いがみ合い、無益な戦争を引き起こされるよりは余程いい。
 ソルダートJはシーゲル・クライン議長を始めとするプラント評議会に、
このまま火種が燻る現状が続くことの危うさを訴え、クライン議長も彼との邂逅をこれ幸いと、
一足先に“人類と宇宙への架け橋となる”というファーストコーディネーター、
ジョージ・グレンの遺志を継ごうと賛意を示してくれた。
 連合は与えられた技術に飛びついている。プラントもじきに地球を離れて行く。
これでもう戦争は起こらない────オーブは、家族は、人類によって焼かれずに済むのだ。
 そうシンが安堵する中、宇宙船として生まれ変わりつつあるプラントへ組み込まれる
予定だった農業コロニー、ユニウスセブンが無情にも核の炎に包まれ、応酬のように
プラントの繰り出した報復攻撃、元々は暴走した原子炉の沈静化のために使われていた
核分裂阻害装置、ニュートロンジャマーの軍事転用によって、地球全土から原子力の火が消えた。
その日付は、まるで予定調和のようにグリニッジ標準時で四月一日を指していた。

 

 かつて自分も来たことがあるカーペンタリア基地を後にしながら、シンは起こるはずの無かった
血のバレンタイン、そして不可解なエイプリルフールクライシスへ思いを馳せる。
 プラント側がとった行動は当初、プラントコロニー群の存在するL5宙域を
効果範囲を拡大したNJで取り囲み、地球側からの核攻撃を無効化するという
消極的な防御策だったのだが、血気にはやる一部のザフト兵によって幾つかのNJが持ち出され、
プラント理事国のうち旧アメリカを中心とした大西洋連邦。旧ロシアと、一部の北欧を除いた
ヨーロッパ諸国で構成されるユーラシア連邦。中国と日本を始めとするアジア諸国で構成される
東アジア共和国の、主要三ヶ国の地下深くに埋設された。
 しかし同胞を核で焼き尽くされた憎悪のままに解き放たれたNJだったが、
どういう訳かその発信源は自在に地中を移動し、台風のようにたちまち地球全土で
荒れ狂うという常識はずれの猛威を振るったのだ。
 ソルダートJが地球へ来訪して以来、国連から発展する形で新たに設立された国際機関である
地球連合を構成する諸国は、この事態を“オーバーテクノロジー独占を狙った
プラントによる自作自演である”として徹底抗戦を主張。
 プラント側も核攻撃に関して同様の主張を譲らず、お互い提供された技術の軍事利用こそ
制限されたものの、危惧されていたとおり地球とプラントはその戦端を開いてしてしまった。
 保護されたアスランたちの証言から、ラウ・ル・クルーゼがゾンダーへの協力者となっていた
ことが明らかとなったのは記憶に新しい。
 不自然極まる核攻撃といいNJといい、これらの異常に何らかの形でゾンダー、
あるいはゾンダリアンが関わっていることはまず間違いない。それもおそらくは……
「ラウ・ル・クルーゼ……もしこの戦争がお前のせいで起こったというのなら、覚悟して置け」
 ────アンタがレイの兄貴だろうと知ったことか、俺が必ず殺してやる。

 
 

「アスカさん、起きなさいよアスカさん!」
「むにゃむにゃもうたべられないよ……」
 ────スコーン!
 イチコの気遣いもむなしく、ベタすぎる寝言を呟きながら思う様惰眠を貪っていたマユは、
担任教師によって振り下ろされた出席簿の一撃をその脳天に受け、極めて不本意な目覚めを迎えた。
「あうう……」
「目は覚めたかしら? アスカさん」
「すいませんでした先生」
 やっちゃったー、とマユは赤面し、級友たちの笑い声が響く教室の中、自らの失敗に恥じ入った。

 

 ────所変わってオノゴロのメインオーダールーム。前回の戦いで判明した情報を前にして、
ギナ、ユウナ、獅子王博士の三人が額を突き合わせていた。
「まさかザフトにゾンダリアンへの協力者が居たとは……」
「司令、これは由々しき事態じゃ。先日確認された情報どおりなら、
 奴等がゾンダー胞子のストックを持っていることは明らか、
 最悪のケースを考えれば複数のゾンダーロボをいくらでも同時に生み出すことができるじゃろう」
 かつて獅子王博士も現場に居合わせ、GGGの阻止した最初のゾンダーメタルプラント
建造作戦の舞台となった、日本の北海道に建造された世界最大の出力を誇る粒子加速器
イゾルデで、人間としての意識、知能を保ったまま巧妙に正体を隠したゾンダーと遭遇したことがあった。
 クルーゼがゾンダリアンなのか、はたまたそういった特殊なゾンダーなのかはわからないが、
早急に対策を立てなければならないことは皆の意見の一致するところだった。
「いくらゾンダーメタルが希少なものだとはいえ、それとは別に生物をゾンダーへと変異させる
 ゾンダー胞子があるのなら、いくらでも融通は利く。
 現に先日出現したのは実質四体分ものゾンダーだったじゃろう」
「でも博士、敵がプラントにまぎれているのなら、どうして始めから向こうで
 行動を起こさなかったんでしょうかね?」
「ラウ・ル・クルーゼがゾンダリアンと接触したのが本当につい最近だったのかもしれんし、
 今回の事件を起こすまでゾンダーメタル、あるいはゾンダー胞子を持っていなかったのかもしれん。
 データがあまりにも不足しすぎて現状ではなんとも言えんな」
 ユウナの疑問に、獅子王博士はお手上げのポーズをとる。
「今は上(ミハシラ)に通達して、プラントの監視を強化するしかあるまい」

 

□□□□

 

 修理を終えたアークエンジェルとそのクルーたちは、オーブへの感謝を胸にハウメア基地を出港した。
「アラスカまでもう一踏ん張りだ、一同、気を抜くなよ」
「了解!」
 思えば今までよく生き延びていられたものだ。事の発端であるヘリオポリスでは
虎の子のガンダム四機と正規の士官の大半を失い、残された戦力はコーディネーター
だったとはいえ素人の学生が操るストライクと、大尉用に突貫工事でガンバレルを組み込んだダガー。
 おまけにこれまた素人の操る、地上でしか使えない旧式のガンタンクといった有様で、
当時の光景を思い出しただけで眩暈がしそうだ。
 低軌道会戦で払った第八艦隊の尊い犠牲もむなしく、ザフト勢力圏の北アフリカへ降下
してしまったアークエンジェルは、“砂漠の虎”と呼ばれるザフトの名将アンドリュー・
バルトフェルドを辛くも下し、どうにか連合の勢力圏である南アフリカへ落ち延びた。
 しかしそこで補給を受けることは出来たものの、ザフトのジブラルタル基地と
プラント側に付いた南アメリカ合衆国によって大西洋行きを阻まれ、アークエンジェルは
広大な太平洋を横断する破目となった。
 もしストライクに物理的ダメージを無効化するPS装甲が採用されていなければ、
アークエンジェルがビームへの耐性を持つラミネート装甲で覆われていなければ、
唯一の正規パイロットであるムウ・ラ・フラガ大尉が“エンディミオンの鷹”と称される
エースでなければ……どのピースが欠けていても、早々にこの艦は沈んでいたに違いない。
「……オーブに来て正解だったな」
 座りなれた艦長席から眼前に広がる大海原を眺めつつ、この艦の指揮を執る
ナタル・バジルール──乗艦当初は少尉だったが、現在は昇進して大尉──は誰に聞かせるでもなく呟いた。
 始めのうちこそ、一般には秘匿されているが軍部ではその問題が公然と議論されている
地球外生命体の襲来などという、子供向けのSFか出来の悪い悪夢のようなことが
確固たる日常として存在している魔境オーブへ寄港するなど、いくら背に腹は代えられない
とはいえ正気の沙汰とは思えなかったものだが、実際過ごしてみるとなかなかに良い所だ。
 それにしてもヘリオポリス以来執拗に追撃をかけ、散々自分たちを苦しめてきた
四機のガンダムが異星人の尖兵ゾンダーに乗っ取られ、噂のキングジェイダーに
撃破されたことは僥倖であった。
 もしこのまま奴等との再戦ということにでもなれば、艦の消耗は避け得ず、
折角の補給や修理が無駄になってしまったことだろう。

 

「これでひとまず心配なくなったよな」
「そうだな、キングジェイダー様々だよ」
 アークエンジェルの艦内通路で、ブリッジの手伝いやMSパイロットを務める
少年兵たちが談笑していた。
 ヘリオポリスで暮らしていた彼等はザフトの攻撃でコロニーが崩壊してからというもの、
両親と離れ離れとなっていたが、この艦がオーブへ寄港してようやく家族と再会を果たすことが出来た。
 だが近頃オーブにゾンダーなる怪物ロボットと、それを迎撃する巨大ロボットの一団が
出没していることを知り、本土で暮らす家族の安否を気にしていたものの、
強奪されたガンダムがキングジェイダーに撃破されたという先日のニュースは、
その不安を吹き飛ばしてしまうほどのインパクトがあった。
 中でも旧式のガンタンクを任され、これまで必死に艦の砲台として働いていた
トール・ケーニヒとサイ・アーガイルの喜びようは群を抜いており、もう勝ち目の無い
ガンダムと戦わなくて済むのだ、という嬉しさが全身から溢れているようだ。

 

 そのように、乗組員の大半が安堵する中、明かりも点けずに独り暗い部屋にこもるフレイは、
モニターに浮かぶ人物と言葉を交わしていた。だがその相手を見るものが見れば、
必ずやその眼を疑ったことだろう。
 何故ならばモニターの向こうに居たのは、回転する歯車で編み上げられたドレスを纏う
紺碧の少女────機界四天王ピルエッタだったのだから。

 

「この艦の乗組員たちのマイナス思念は、度重なる戦いで充分すぎるほどに蓄積されております。
 必ずや貴女様のご期待に応えられることかと……」
 彼女の形のいい唇が言葉を紡ぐたびに、その瞳の奥に秘められたカメラの絞りそのものな
瞳孔が機械的に収縮する。
『心弱き者よ、その務めを果たすがいい』
 主の命に応えるように、少女の白く滑らかな柔肌から鈍く輝くゾンダーメタルが浮かび上がる。
フレイはその端正な顔に見た者を凍りつかせるような愉悦の笑みを浮かべると、
しなやかな指先から伸ばした金属糸のような触手を室内に設置されている端末へ進入させ、
艦全体のコントロールを乗っ取った。
 たちまち艦内は紫の光に包まれ、混乱の極致に見舞われる。
「一体何が起こった!?」
「操舵不能、計器類も滅茶苦茶な値を示しています! ────うわあああああ!!」
 混乱とともにアークエンジェル内部が瞬く間に生物めいた形状に変化してゆく中、
ブリッジだけでなく居住区を中心とした艦内各所にも、おびただしい触手の群れが湧きだして
悲鳴を上げるクルーたちを拘束してゆく。
 そこへ悠然と現れるのはフレイ・アルスター。彼女は目の前の少女が犯人であることにも
気付かずに、自分へ逃げることを勧める乗組員たちへと口端を吊り上げるような嘲笑で返すや、
桃色の軍服に包まれたその豊かな胸元を、一寸の躊躇いもなく引き裂いた。
「な、何を!? ────うわああああああ!!」
 だが露になったのは若さに溢れる柔らかな膨らみではなく、複雑な紋様に覆われた
血のように赤い円錐の群れだった。解き放たれたゾンダー胞子は身動きの取れない
乗組員たちへ突き刺さり、彼等を次々にゾンダーへと変えてゆく。
「坊主、早くストライクへ乗り込め! 他の皆も早いとこ脱出するんだ!!」
 そんななか、格納庫では異状を察知して駆け込んできたムウの指示で、
キラがストライクへ乗り込まされていた。辛うじて侵食は免れていたが、このままでは時間の問題だろう。
「一体どうしたんですか?」
「アークエンジェルの中に、例のゾンダーとかいう奴が侵入しやがったんだ……来たぞ!」
 だが触手の群れとともに通路から現れた人物を見て、各々の機体へと乗り込んだ二人は目を見開いた。
「そんな! フレイ!?」
「嬢ちゃんだと!?」
 しかし彼女の人間とは思えない無機質な視線が、整備班を束ねるマリュー・ラミアス技術大尉に
先導されて脱出艇へ乗り込もうとしている整備兵へ向けられるのを見たムウは、
言い知れぬ悪寒のままに自らのダガーをその間へと割り込ませた。
 刹那、放たれたゾンダー胞子が装甲を貫き、ガンバレルダガーの右脚をゾンダー特有の
有機的な金属塊へと変える。
「少佐!」「ムウさん!!」
「早くしろ! このことをオーブに知らせるんだ! ────行け、坊主!!」
 肉体がゾンダーへと変質してゆく恐怖を振り払うように吐き出された言葉に背中を押されたキラは、
逃げ遅れてゾンダー化される整備兵たちを、胸の奥から湧き上がる罪悪感共々振り切って、
手近のランチャーストライカーを引っ掴みカタパルトへ走った。

 

□□□□

 

「────ゾンダー! ……それもたくさん!!」
 ゾンダー出現を感じ取ったマユからの連絡を受け、ジェイキャリバーとミハシラ艦隊は
速やかに発進、アークエンジェルの後を追った。
「フォグナイト、ムラサメブルー10への懸架、終了しました」
「よし、ミハシラウイングス及びフォグナイト空中装備、発進!!」
 格納庫からのナガオの報告を受け、指揮所であるメインオーダールームから放たれた
ロンド・ギナの号令一過、エリカの管制とともにシルバーウイング、ゴールドウイングの二機と、
赤青合わせて二十機のムラサメ、その翼下へ上下逆の姿勢で吊り下げられたビークルモードの
フォグナイトがタケミナカタのミラーカタパルトで加速され、大空へ舞いあがる。
『スキャンビーム、照射します!』
 通報時に添えられたマユからの忠告を基に、上空のフォグナイトがすれ違いざまに
そのヘッドライトに内蔵された高感度の複合センサーでアークエンジェルを走査し、
パピヨンがコンソールへ指を走らせて送られたデータを解析した。
 するとアークエンジェルの主推進機関である核融合パルスエンジンからのエネルギーが、
一箇所へ不自然に集中しているのが見てとれる。
「────これは! 地熱発電所の時と同じ……」
「ゾンダーメタルプラントか! だがこの素粒子Z0反応は……!!」
 だがそれ以上に博士たちを驚愕させたのは、どう少なく見積もっても二十は下らない
大量のゾンダー核の反応だった。
「これだけの数……やはり例のゾンダー胞子の仕業か!?」
「そうと見て間違いないじゃろう。奴らめ、一気に打って出てきおったか!!」
 即座にゾンダーアークエンジェルへの攻撃命令が下されようとしたとき、
放たれたフォグナイトの声がそれを押しとどめる。
『ムムッ、これは……司令、ゾンダーの体内に生存者の反応があります!』
「何だと!?」
 フォグナイトとのデータ共有でスクリーンに映し出されたのは、CGで透過処理された
アークエンジェルの艦首カタパルト内で、ゾンダーの迫る中ハッチの扉と悪戦苦闘する一体のMS
────先日モルゲンレーテで修理したことも記憶に新しい、ストライクガンダムの姿だった。

 

「────畜生!」
 ランチャーストライカーによる砲撃にもびくともしない内壁を前に、焦るキラの口から
悪態がほとばしる。確かにラミネート装甲はビームに対して耐性がある。
だがそうだといっても内側からの攻撃、しかも戦艦の主砲に匹敵する威力のビームで
破れないのはどう考えてもおかしい。
「こんなことなら、ソードを持ってきたほうが良かったかな……」
 連射に次ぐ連射でもはや三分の一を割り込んだバッテリー残量を見て、彼はランチャーパックの
火力に眼が眩み、実体剣としても使えるレーザー対艦刀を備えた近接戦闘用パックを
持ち出さなかった自らの行いを悔やんだ。
 しかしこれほどまでに強化された装甲強度では、もしその選択をしていたとしても
ハッチを破れたかは疑問だ。
 そうしている間にも、背後からはゾンダー人間となった乗組員たちが続々と迫っている。
金属や機械類を粘土のようにこね合わせて、子供の落書き同然に無理やり擬人化したような
その醜悪な姿を前に、キラは咄嗟にランチャーパックの超高インパルス砲、“アグニ”の
引き金を引きそうになり、慌てて操縦桿を握る手を押さえた。
「あれはアークエンジェルの皆なんだ! 撃てるわけが無い!!」
 必死に自らへ言い聞かせるように言葉を搾り出すキラの脳裏に、苦楽をともにした
友人たちの姿が浮かぶ。お調子者だけど正義感の強いトール、しっかりした世話焼きのミリィ、
臆病だけど、それでも除隊のチャンスをふいにしてまで艦に残ってくれたカズィ。
 そして憧れだったフレイと……かつて僕の一時の気の迷いで傷つけてしまったサイ。
 眼前のゾンダーのなかにはアークエンジェルのクルーだけじゃなく、彼等も居るかもしれないのだ!
 そうこうするうちに迫り来るゾンダー人間によってじわじわと壁際へ追い詰められ、
ついに完全に逃げ場を失ったストライク。
 だがしかし、いっそ一思いに彼等の仲間になってしまおうかと諦観の念に囚われそうになる
彼のもとへ、思いもよらない救いの手が伸ばされた。

 

『フォグナイト! ゾンダーは我らに任せて、お前は生存者の救助を!!』
『了解しました!────システムチェーンジッ!!』
 ウイングスの面々がゾンダーアークエンジェルの注意をひきつける中、閉じ込められた
生存者を救うべく、ムラサメに懸架されたフォグナイトがそのまま黒一色のビークルモードから
紫にまとめられたロボット形態へ変形する。
 変形した彼はムラサメに両腕でぶら下がるような体勢を経て、ビークル形態時に
車体底面へ繋がっていた固定器具を自らの背部へと接続しなおした。
 この身軽さは彼の兄弟機とも言えるGGG諜報部所属のボルフォッグ同様、
獅子王博士によって諜報ロボとして可能な限り軽量になされている設計ならではのものである。
 そのままムラサメブルー10へ指示し、ゾンダーアークエンジェルの艦首へと迫るフォグナイトは、
右腕からワイヤーアンカーを射出して艦首上部にあるハッチの継ぎ目を穿った。
『スパイアンカー!』
 流し込まれた電磁パルスが一瞬遅れて機械に誤作動を引き起こし、今まで微動だにしなかった
ハッチが音を立てて開放され、絶体絶命だったストライクへ救いの手を伸ばすように
太陽の光が差し込んだ。
『さあ、この手に掴まってください!』
 青と黒に塗り分けられた戦闘機を背中に背負った出で立ちの、
ストライクの半分も無いようなサイズのロボットから差し伸べられた手を
本当にとってよいものかどうか、キラはほんの一瞬迷ったが、思い切ってカタパルトの床を蹴り、
空中へと躍り出た────しかし。
「うあっ!? ────脚が!!」
『おのれっ、ゾンダー!』
 ストライクの手がフォグナイトのそれを握り締めたのと同時に、彼を艦内へと
引き戻そうとする力が働いた。見ればストライクの左脚には、ソードストライカーに
備えられているはずのロケットアンカーが絡み付いており、カタパルトの奥からは
ガンバレルダガーと近接戦用のソード、空中用のエールといった、格納庫に残された
ストライカーパックが融合したゾンダーロボが顔を出している。
 フォグナイトを抱えるムラサメブルーは全力でスラスターを噴かして離脱しようとするが、
戦艦の大質量に根ざしたゾンダーダガーには焼け石に水で、その推力を物ともせずに
ワイヤーを手繰り寄せ、ストライクを取り込もうとする。
『ダメだ! パワーが違いすぎる!!』
 見る見る引き寄せられてゆくムラサメブルー10から悲鳴が上がった。ワイヤーを切断しようにも、
ストライクの手を握り締めるフォグナイトの武器は届かず、ビークルモードの
ムラサメブルー10もまたしかり。他のムラサメたちも、ゾンダー特有の変幻自在さで
死角など無いと言わんばかりに縦横無尽に射掛けられるゾンダーアークエンジェルの
対空砲火に晒されて、近づくことが出来ない。
「装甲の強度もかなり増大しているな!」
 プラグアウトしたジェイダーも、スピードを活かして弾幕を掻い潜り、両腕のプラズマソードや
シューターによる攻撃を仕掛けるが、ちまちま砲台を潰してもすぐに再生され、
強化されたラミネート装甲に阻まれてビーム兵器は満足な効果を発揮できないでいる。
 かといって下手にESミサイルや反中間子砲を撃ち込めば、艦内に散らばっている
ゾンダー核を破壊してしまいかねず、ストライクの救出が済むまで有効な手が取れない。
 それでもなお抵抗をやめないブルー10を煩わしく思ったゾンダーダガーは、
巨大な左腕と化しているガンバレルユニットを彼等へと向けるや、その名の通り
樽のような指先からの銃撃で邪魔者を打ち据えた。
『くそう! ブルー10! フォグナイト!!』
「もうやめてください! このままでは助けに来てくれたアナタたちまでやられてしまう!!
 僕なんかに構わず、ゾンダーと戦ってください!!」
 目の前で味方が何も出来ずに打ち砕かれてゆくという状況に耐えられなくなったキラは、
自ら手を離そうとした。しかし、彼の手を握るフォグナイトがそれを許さない。
『いいえ、絶対に離しません! 』
「どうして!」
『貴方を救うのが……決して放棄してはならない私の任務だからです!!』
『貴様も諦めるなストライクのパイロット! 貴様も、ゾンダーにされた貴様の仲間たちも……
 我らが必ず助ける!!』
 その言葉に迷いを断ち切られたのか、キラは機体各部に設置されたサブカメラで
背後のゾンダーダガーを視界に収めると、左肩に装備されたアグニを機体を捻ることで照準をつけ、
そのまま警告音が鳴り響くのも厭わずに撃ち放つ。
「当たれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
 強引な体勢で発射された超高インパルス砲“アグニ”のビームが、
見事に機体を拘束していたワイヤーを焼き切り、三人は遂に自由の身となった。
 それと時を同じくして、ミハシラウイングスを苦しめていたアークエンジェルの各砲座が
ジェイキャリアによるおびただしいメーザーミサイルの洗礼を受けて沈黙、
すかさずウイング姉弟が体勢を立て直す。
「よし、後はゾンダーだけだ!」
「よかろう! ジェイキャリバー及びミハシラウイングス、フォーメーション開始!!」
『了解! ────シンメトリカルドッキング!!』
「Vフライヤーッ! ────フライヤーコネクト!!」
『天(アマツ)────ミナァ!!』
「武装合体! ジェイッ、ダー!!」

 

 ストライクを連れてタケミナカタへ帰投するフォグナイトたちをよそに、ジェイダーたちは
ロンド・ギナの指示を受けて合体変形を完了させ、飛び出してきたゾンダーダガー、
ゾンダーアークエンジェルへと必殺の一撃を放つ。

『クロスウイングッ! ディフェンダー!!』
 先んじてゾンダーダガーから射掛けられたビームや砲弾が、アマツの主翼を重ねた
十字盾によってその悉くを防がれる。
 ならばと左手から分離した有線砲台ガンバレルが縦横無尽に宙を舞い、あらゆる方位から
アマツへ攻撃を仕掛けようとするが、すかさず高速回転するディフェンダーが振るわれ、
刃と化した十字盾がその命綱であるワイヤーを断ち切った。
『クロスウイングッ! ブーメラン!!』
 焦ったゾンダーダガーはソードパックの右腕からビームブーメラン
“マイダスメッサー”を投げつけるも、そのまま投げ放たれたアマツの巨大ブーメランが
白銀に光り輝いて、ぶつかり合ったマイダスメッサー共々ゾンダーダガーを頭から両断。
敵機の爆発を背景にして主の手元へ戻るのと同時に、見事にゾンダー核を確保した。

 

 一方武装ジェイダーたちも、ゾンダーアークエンジェルの正面と直上の二方向に陣取り、
大量のゾンダー核を一気に確保するために、タイミングを合わせた同時攻撃を放つ。
《ジェイクォース、発射!》
「プラズマッ! フィオキーナァァァァァァァァァ!!」
 どちらの技も、これまで数々のゾンダーロボを打ち破ってきた伝家の宝刀。
張り巡らされたゾンダーバリアなどものともしない威力を誇るその同時攻撃を受けて、
大天使の名を冠した艦は途方も無い規模の水蒸気爆発に飲み込まれた。
 だが双方から迫る火の鳥に食い破られ、大天使はあえなく地に堕ちたかと思われた次の瞬間、
オーダールームの面々は信じがたいものを目撃した。
「ゾンダーの反応……健在です」
 パピヨンの言葉とスクリーンに示されるデータに、オーダールームの面々が凍りつく。

 

 爆煙が晴れたそこには、全身の装甲が融け落ち沸騰したであろう見るも無残なゾンダーの姿が在った。
しかし、あろうことかその満身創痍の艦体は、武装ジェイダーの右手とジェイクォースを
すんでのところで受け止めていたのだ。
 さらに変化は艦体後部に蔓延るゾンダーメタルプラントにも及んでいた。
植物のように花開き、結実してゆくゾンダーメタルが、驚くべき速さでそのプロセスを終了させ、
まるで産声を上げるように素粒子Z0を撒き散らして完成を告げる。
「ゾンダーメタルが……」
「完成してしまった……!?」
「うわああああああっ!!」
 瞬間的に強力なゾンダーバリアを発生させて、突き刺さっていたジェイクォースと
武装ジェイダーを跳ね除けるゾンダーアークエンジェルを前にして、自身のコンソールへ
目をやった獅子王博士は素早くキーボードを叩きデータを分析する。
「こ……これは!!」
 ディスプレイに表示されたもの、それはゾンダーから発散された熱量と
メタルプラントへ流入したエネルギーの総和が、ジェイクォースとプラズマフィオキーナの
それとほぼ一致するという結果だった。
 ────反物質であるJジュエルとゾンダーメタルのエネルギーは、ぶつかり合えば
対消滅を起こしエネルギーの大きいほうが生き残る。
 そもそも、ジェイクォースは反中間子砲や五連メーザー砲と併用すれば、
月と同程度の直径を持つ衛星すら易々と粉砕できる威力を持っており、並みのゾンダーが
いくらバリアを展開しようとも到底防ぎきれるものではないし、互いに相反する性質を持つために
そのエネルギーを逆利用することも出来ない。
 だが防ぐ側がエネルギー攻撃と相性の良い機械を取り込んでいたうえに、
並みのゾンダーでなかったとしたらどうだろう?
 アークエンジェルには、ビームのダメージを熱に変換して艦全体に拡散、排熱する
ラミネート装甲が搭載されている。かつて別の地球でゾンダー化した第二次世界大戦時の
列車砲グスタフが、倍以上の射程距離と短縮された発射準備時間を得たように、
また模型飛行機を基にしたゾンダーが実物以上の性能を得たように、
ゾンダーと融合した機械はそのスペックを大幅に引き上げられる傾向にある。
 それに加えて二十人以上の人間を素体としたゾンダーならば、その瞬間的出力は
素体のストレス如何によってはキングジェイダーすら上回るのだ。
「ジェイクォースが、効かないなんて……!!」
「獅子王博士、一体何が起こったのだ!?」
 ユウナが目の前の事態に顔色を無からしめ、ギナから博士へと説明を求める声が飛ぶ。
「おそらく奴は積層ゾンダーバリアでジェイクォースおよびプラズマフィオキーナの
 勢いを殺したうえで、そのエネルギーをゾンダー化した装甲で吸収発散。
 天敵であるはずのJパワーを熱へと変換し、
 ゾンダーメタルを製造するための糧としたのじゃ!」

 

「ソルダートJ、今日こそが貴様の最後の日だ!!」
 空に浮かぶ雲の間からその様子を眺めるラウ・ル・クルーゼは、そう言って高笑いとともに
ゾンダリアン・ピスタティーヴォの正体を現した。背中まで伸びたうねる金属繊維の頭髪、
普段から顔を覆う仮面を鳥の嘴のように前後へと引き伸ばしたような頭部に加え、
元の白服の面影を残しつつもメカニカルな硬質さを備えたボディからは、
後方へと十本の鉛色をした鋭い円錐が放射状に伸びている。
 彼の眼下には再生、変貌を遂げ、今まさに反撃に移ろうとするゾンダーアークエンジェルの姿があった。
 ザフトからは「足つき」と呼称される、どこか木馬の前足を思わせる特徴的な双胴艦首は
一対の剛腕へと変わり、ミサイル発射管やリニアカノン、核融合機関を備え、
内側にゾンダーメタルプラントを抱く艦尾は、健常だった頃の翼のような優雅さなど
見る影も無い太く短い脚部へ変形する。
 最後に前方へ迫り出したブリッジが頭部となり、窓だった位置にゾンダーメタル状の
エンブレムを現出させた。
『ゾォォォォンダァァァァァァァァァァァァァァァ!!』
 強大無比なゾンダーロボとなったアークエンジェルがその両腕を振り上げて咆哮し、
まるで瘴気の津波とも思えるほどの、膨大なゾンダーパワーを一帯の海域へ解き放つ。
『こ、これは!?』
『ち、力が抜けてゆく……!!』
《大規模なゾンダーパワーの放出を確認、ジュエルジェネレーター及び
 ジェネレーティング・アーマー出力低下! まずいことになったぞ、J!!》
「いかん! ウイングスを今すぐ下がらせるんじゃ!!」
「全ムラサメのJパワー残量及びアマツミナ、ジェイダー、ジェイキャリアの
 ジェネレーター出力、急速低下! このままではムラサメがゾンダーに融合される危険があります!!」
 ゾンダーパワーに飲み込まれたミハシラウイングスたちを早急に退避させるべきとの声が上がり、
彼等の状態を確認したエリカが悲鳴のようにその危機を告げる。
 ミハシラ軍で運用される勇者ロボたちは、全身にJパワーが循環しているおかげで
ゾンダーに融合されることはないが、現状ではコストの都合からジュエルジェネレーターを
搭載していないムラサメは、その供給を充電式のJパワーパックに依存しているために
一度その加護を失えばたちまち通常のMSと変わらない状態となってしまう。
 いくら中枢が無事なら再生できるといっても、ゾンダーに融合されてしまえばまず助からない。
オーダールームの面々にとってもそれだけは避けたい事態だった。
 辛うじてムラサメ隊はゾンダーから距離をとったものの、未だ付近の海上に残された
キングジェイダーやアマツミナへ追い討ちをかけるように、ゾンダーアークエンジェルが攻撃を開始した。
 肩から生える二連装高エネルギー収束砲ゴットフリートを始め、脚部のリニアカノン・
バリアントや各種ミサイル、全身に設けられた対空機銃イーゲルシュテルンに至るまでの
あらゆる火器が一斉に火を噴き、動きの鈍った白い巨艦と赤黒二体の巨人を打ち据える。
「うわあああああああああああ!!」
「きゃあああああああああああ!!」
 猛攻に晒されるジェイキャリアのサブブリッジに、マユの悲鳴がこだました。
 放射された高熱のせいか、はたまた戦闘の余波によるものか、青空を黒雲が覆い尽くし陽光を遮った。
それはまるで敗北へと歩を進める勇者たちの運命を暗示しているかのように不吉な有様で、
それを現実のものとするかのようにゾンダーは艦首特装砲ローエングリンを起動する。
「避けるんじゃソルダートJ! 奴はアークエンジェルの陽電子砲を使う気じゃ!!」
「だめです博士! ゾンダーの射線上には市街地が存在、完全に奴の射程内です!
 計測されたエネルギー量から計算した陽電子砲の威力は、戦略核兵器にも匹敵します!!」
「それほどの威力では……避難が済んでいてもシェルターが持たんぞ!」
 パピヨンの報告を受け、ギナを始めとするオーダールームの面々が凍りついた。

 

「なら……避けるわけにはいかないな」
「なんじゃと!?」
 胸の前で打ち合わせるように拳を結合させて巨大な円形加速器を形成し、
途方もない威力を秘めた陽電子を加速し始めるゾンダーアークエンジェルを前に、
シン・アスカは仮面の下の口元へ不敵な笑みを浮かべると自らの相棒へ指示を下す。
「トモロ、合体だ! 陽電子砲の一つや二つ、キングジェイダーで受け止めてやる!!」
 機体が万全な状態ならいざ知らず、対消滅によって消耗しきった今、シンの行動は
あまりに無謀であった。しかし無辜の市民の生命の危機とあらば、彼は決して迷うことは無い。
 合体を終え、荒れ狂う海原へ降り立った大巨人は、その全身を持って敵の砲口へ立ち塞がった。

 

「────そうだ、手はあるよ! ムラサメ10とフォグナイトの再出撃を急いでくれ!!」
「そうか! ボシュボッシュなら!!」
 絶望的な状況の中、ユウナの閃きが一筋の光明となったように、オーダールームが
慌ただしく動き出した。シモンズ夫妻の操作で、ムラサメブルー10の装備が
武装ユニットから、流線型をしたスピーカー様の追加ブースターへと速やかに換装される。
「ムラサメブルー10、フォグナイト装備及び換装終了しました!」
「よろしい! ムラサメサウンドブースター仕様、発進!!」
 ギナの叫ぶような命令とともに、タケミナカタのリボルバーミラーカタパルトから白銀の弾丸が放たれた。
 痛んだ身体へ鞭打つようにして、命を賭して持てる力のありったけを搾り出す彼のもとへ、
勝利をもたらす軍神の名を冠した艦から救いの手が差し伸べられたのだ。
『ジュエルジェネレーター、出力全開!』
『ディスクP、ドライブ開始!』
 より効果を発揮するためにフォグナイトのエネルギーが注ぎ込まれたムラサメが、
二つのスピーカーユニットの間へ設けられたディスクドライブを起動する。
 ディスクから読み取られたプログラムに従い出力されたエネルギーは、
ジュエルジェネレーターを活性化、その一部がジェネレーターへ再入力されて出力を
際限なく増幅させてゆき、さらにエネルギーウェーブへと変換されて増幅装置でもある
スピーカーから出力された。
 どん底の状態でも耳にするだけで気力が湧いてくるような勇壮なメロディーが、
先程まで戦場を満たしていた絶望に成り代わるように満ち満ちてゆく。
「────!? この曲は!!」
《J、ジュエルジェネレーターの出力が回復してゆくぞ!》
『こちらもだ! 先程までの倦怠が嘘のように力が漲ってくるぞ!!』
 ────ディスクPによってサウンドブースターから発生するエネルギーウェーブは、
増幅された本体との共振作用を起こして周囲に居る勇者ロボたちのジェネレーター出力を
活性化させるのだ。
「……すごいや! ムラサメにこんな力があったなんて!!」
 マユが驚嘆の声を上げるなか、キングジェイダーの両肩に設けられた光子変換翼が、
周囲の赤外線を吸収し、物質へと変換することで損傷部位をたちまち修復する。
「馬鹿な、奴等の力が回復しているだと……?
 ええい、このようなもの、こけおどしだ! やれ!!」
「来るなら来てみろ、アークエンジェル!!」
 予想外の事態に狼狽るクルーゼ──ピスタティーヴォの命令とともに、ゾンダーの両腕から
解き放たれた陽電子の奔流がキングジェイダーへ迫る。だが彼は避けるそぶりも見せず、
果敢にローエングリンへ立ち向かった!
 ────再び海上で起こった大爆発と、それに伴う大量の蒸気が全てを覆い隠したせいで、
陽電子砲の直撃を受けたキングジェイダーの様子を窺うことはできない。
「やったか? ────何ッ!?」
 蒸気の中から現れたのは、満身創痍どころかまったく無傷のキングジェイダーの姿! 
その全身は、溢れんばかりの闘志に輝くフィールドジェネレーティング・アーマーによって
赤々と燃えていた。

 

「今度はこっちの番だ! トモロ、全エンジン出力最大!!」
《了解、ジュエルジェネレーター及び歪曲反応炉、出力最大!》
「ジェイダーホールド!!」
 胸の鳥頭から鋭い眼光が迸り、プラズマ状の力場でもってゾンダーアークエンジェルの動きを封じた。
それは牽引ビームを応用した強力な拘束フィールドだった。
 キングジェイダーが右腕を天高く掲げると同時に、手首からジェイクォースが跳ね上がり、
その中央から柄を生やしながら回転する。落ちてきたそれを掴み取った彼は、
大風を起こす大団扇か円月殺法のような動作で勢い良く振り回すや、
その姿形をみるみるうちに変じさせる。
 真紅の剛腕が必殺の大錨を振り回すたびにその切っ先はぐんぐん伸びてゆき、
その動作が二、三度繰り返される頃には元の錨の姿は見る影もなく、
彼の手に握られていたジェイクォースは身の丈ほどもある幅広の大剣へと形を変えていた。
「なんだあの武器は!?」
「────シルバリオンカリバー! チャージアーップ!!」
 ピスタティーヴォの問いに答えるかのように名前を叫んだキングジェイダーは、
全身を眩い白銀に輝かせ、その刀身を炎に染める。
 腰を落として上体を捻り、両手で握る炎の大剣の切っ先を、前方へ向けるように構えた
キングジェイダーは、脚部のメガインパルスドライブを噴かしてゾンダーとの距離を怒涛の如く詰める。
 シルバリオンカリバーの切っ先から噴出す炎は、まるで航空機が音速を超えた際に生じる
ショックコーンのように機体を覆い隠し、キングジェイダーを燃え盛る不死鳥へと変えた!
「力が足りねば足らすまで! ────往くぞぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
 速度×質量×硬度=破壊力の公式が示すとおりに、音速すら超える速度と
強固な単結晶構造を持つ刃が、キングジェイダーの3万2720tに及ぶ大質量を乗せ、
身動きを封じられたゾンダーへ迫る!
 大上段から振り下ろされた剛剣が、ゾンダーアークエンジェルを斬るというより
叩き潰す勢いで両断した。
 それはまさに力技の極致ともいえる光景だったが、あれほど苦戦した敵の装甲が
一刀の下に切り捨てられるのは見ていて爽快感すら覚える。
 両断されたゾンダーにスパークが奔り、一拍遅れて天にも届こうかというほどの大爆発を起こした。

 

「今日のところはここまでだ!」
 練りに練った計画の下生み出したゾンダーどころか、せっかく完成したゾンダーメタルまでも失い、
憎々しげに退却するピスタティーヴォを他所にして、得物を担いだキングジェイダーは
勝利を祝福するように雲間から顔を出した太陽に照らされる。
 その白銀の体表が元の姿を取り戻し、右肩に担がれた刀身からも炎が消えるのと同時に、
回収された大量のゾンダー核がぽろぽろと余すところなく左手へと収まった。
「さあマユ、出番だぞ!」
「うん!」
 赤い光を纏う浄解モードとなった彼女は、背中から翼を生やしサブブリッジの窓から外へ出た。
『テンペルム・ムンドゥース・インフィニ・トゥーム……レディーレ!!』
 振り下ろされたマユの指先から波紋が広がり、ゾンダー核を元の人間へと戻してゆく。

 
 

 ────諸々の処理が終わり、検査のためアークエンジェルの乗組員たちが収容されていた
オノゴロの医療施設にキラ・ヤマトとフレイ・アルスター、サイ・アーガイルの姿があった。
「キラ……私、あなたに謝らなきゃいけない! いままでずっと、パパの仇を討つために
 サイの気持ちを踏みにじってまでアナタを利用していたわ!!」
 その言葉に、キラはショックを受けながらもやはりと得心が行った。
コーディネーター嫌いの彼女が急に優しくしてくれるなんて、それも父親が死んだ後になんて
おかしいとは薄々とは感じていたのだ。
「それを言うなら僕だって! 友達と戦いたくないあまり、君の優しさに甘えてサイを傷つけた!!」
 彼の胸に、二人が関係を持ったことに激昂したサイの腕を、易々と捻りあげた時の
苦い思い出がよみがえる。
「サイ! 今ここで僕を殴ってくれ!! そうでなきゃ僕の気がすまないんだ!!」
「本当に、いいんだな? ────歯、食いしばれよ」
 サイは自らに縋り付くキラの言葉にうなずくと、渾身の一撃を彼の頬へ叩きつけた。
 ガンタンクのパイロットになって以来死に物狂いでトレーニングを積んできたおかげで、
速さも威力も昔とは比べ物にならないものとなった拳がキラを打ち据える。
 突き刺さるようなその痛みは、まるでかつて傷つけられたサイの心の痛みのように思えた。
「グゥッ!」
「……これで、あのときの借りはチャラだ」
「────サイ!」
 よろめき、膝をつきかけるキラへ差し伸ばされる手に、彼の眼から熱いものがこみ上げる。
 サイの手をとったキラは、完全に元通りとは行かないまでも、これでまた
ヘリオポリスの友達として彼等とやっていけることを確信した。

 
 

 ────次回予告
 君たちに最新情報を公開しよう。
 休日に連れ立って遊園地へと出かけたマユたち。
 だが楽しいアトラクションに迫るゾンダーの影は、
 笑顔溢れる夢の国をたちまち恐怖に染める!
 さあ会場の皆、大きな声で僕らのヒーローを呼ぼう!!
 勇者戦艦ジェイアスカNEXT『アベルの残せし禍(わざわい)』
 次回もこのスレッドにメガ・フュージョン承認!

 

 これが勝利の鍵だ! 『ミハシラ軍諜報部』

 
 

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