BRAVE-SEED_660氏_子連れダイノガイスト_第13話

Last-modified: 2009-06-24 (水) 22:04:27
 

子連れダイノガイスト
第十三話 怪獣大決戦 南海の死闘

 
 

 オーブ領海の深海。深度一万メートルにも達する深い海溝の中を、数多の戦艦を継ぎ接ぎにして建造された巨大な万能戦艦サンダルフォンが航行している。
 無補給で冥王星までの往復を可能とする航行能力や、単艦で小規模の艦隊と真正面から対等以上に撃ちあう砲戦能力、機動性、重装甲、索敵能力を併せ持った規格外の超高性能艦であり、地球圏を荒らす悪名高き宇宙海賊ガイスターの母艦だ。
 自動航行状態の船内の、第一格納庫にユニウスセブン落下の際に別行動を取ったアルダ・ジャ・ネーヨを除く主要人員が顔を揃えていた。首領であるダイノガイストの居室も兼ねている格納庫に、艦長他アスカ兄妹とテレビロボが顔を突き合わせている状態だ。
 全長八百メートルにも及ぶ船体ゆえ、MSを一回りも二回りも上回る堂々たる巨躯を誇る恐竜形態のダイノガイストでも窮屈な様子はない。傷一つない漆黒の装甲からは目の前に立たれるだけで、膝を屈してしまいたくなるほどの重圧を伴う威厳が発せられている。
 一歩を踏み出せば大地が揺らぎ、その凶暴な牙が並ぶ口から咆哮が轟けば天が震え、深い知性と原始の本能が融合した光の浮かぶ瞳に見つめられれば、恐怖に舌の根はもつれてうまく言葉を操ることなど出来まい。
 流石に数年来の付き合いとあって、新生ガイスターの面々は萎縮したり動じる様子は見せないが、程度の差こそあれそれぞれが緊張した様子ではあった。オーブでの休養を終えて、心身ともにリフレッシュしている。
 口を開いたのは艦長だ。長丈のコートと、左目だけ隠すサングラス姿だ。オーブにひっそりと潜入していた時も、ほとんどサンダルフォンから降りずにいた。

 

「ユニウスセブンの戦闘以来、ガイア、アビス、カオスを強奪した部隊の行方は不明のままです。新たに情報が入るまで、どのように我々は行動しますか、ボス?」
『あのミネルバの連中もここに居る筈だな。まずは奴らから叩き潰す。アズラエルとの連絡は取れたか』
「いえ。ですが、ユニウスセブンの落下をコーディネイターの仕業として吹聴する放送が流れています。地球連合とザフトとの間で最悪の事態となるのも時間の問題でしょう。あるいは、すでに」
『オーブがミネルバを売り渡しているかもしれんと言う事か。となれば、連中の命運はここまでかもしれんな』

 

 面白げにダイノガイストは呟く。インパルス用のシルエットで手に入っていないものもあるが、それほど熱を入れ上げる価値があるとも思えない。アーモリーワン以来の縁はあったが、その縁がこれまででも構わないだろう。

 

『よし。シン、いつでもMSで出撃できるよう準備をしておけ。地球連合の艦隊ごと叩き潰してくれるわ!』

 

 空気がびりびりと怯えに震えているように感じられるダイノガイストの声に、シンは力強く頷いた。シンがインパルスの下へ、艦長とテレビロボが艦橋へ戻るべくその場を退席した後も、マユはその場に留まっていた。
 なにかダイノガイストに聞きたい事があるようだが、あのオーブの洞窟で溌剌と笑っていた面影はなく、仄暗い水の底に沈んでしまっているかのように、その顔色は暗澹としたものだった。
 マユほどひどくはないが、シンも同じような顔色だった。この二人がなぜそんな顔色になるのか、人間の心の機微を生物としての相違から完全に理解する事は出来ないダイノガイストでも、その理由は察しがついた。
 二年前にアスカ兄妹が両親と故郷を失い、焼かれたあの戦いが、再びオーブの地へと降りかからんとしているのだ。平静でいられる筈もない。血の気が引き、死人の様な顔色のマユが、おずおずとダイノガイストの爪先に手を掛けながら見上げる。
 椛の葉の様に小さなマユの手は、幾百幾千もの敵や建物を踏み潰してきたダイノガイストの銀爪に比べてあまりにちっぽけで、この少女と宇宙海賊のボスとが意思を疎通している様子は奇跡の様だ。

 

「ねえ、ダイノガイスト様」
『なんだ?』

 

 わずかだが、慰めるように柔らかな響きだった。そんな風に声をかけてくれるダイノガイストの配慮に、マユは心の中でありがとう、と呟く。直接口にしていたら、きっとそっぽを向かれてしまうだろうから。

 

「また、オーブが焼かれちゃうのかな。また、お父さんやお母さんみたいにたくさんの人が死んじゃうのかな?」
『さあな、まだ戦争は起きてはいない。それに、あの時とは国の政治家も違う。みすみす同じような過ちはせんだろう。お前とて、同じ失敗を繰り返さないよう気をつけるだろう? 子供のお前でもそうなら、大人がそうしないわけがあるまい』
「そう、かな。そうだといいな」
『子供がどうにもならんことを考えるな。お前の頭ではまだ難しい事など考える事もできんだろう』
「……ダイノガイスト様、ちょっとひどい。さっきもなんだかんだで失礼な事を言っていたでしょう」
『さて、知らんな。お前の勘違いだろう。それよりも早く艦橋に行け。すぐに出港するぞ』
「むぅ~、なんだか誤魔化されている気がする~」
『はやく行け!』
「はぁ~い」

 

 ててて、と軽やかな音と共に背後のエレベーターへ乗り込むマユの背を見送って、ダイノガイストはふん、と一つ吐き捨てる。溜息に似ているがどことなく苦笑しているようでもあった。

 

   *   *   *

 

 艦長がアズラエルからの連絡が無いと口にしたように、ユニウスセブン落下未遂に関する多くの報告事項や決断を下さねばならぬ事態とあって、さしものアズラエルもガイスターに連絡をつける事ができずにいた。
 だが、ダイノガイストや艦長の予想通りに、ミネルバと地球連合艦隊との間で戦端が開かれた。わずかに数日の後の事である。
 オーブがミネルバを売るという予想は見事に的中したようで、痛んだ装甲を修復し終えたミネルバが、オーブ領海を越えるや否や空母を含む地球連合の艦隊に待ち伏せを受けたのだ。
 くすんだグレイ色のミネルバの船体からは、夥しかった傷跡は消え去り、蹂躙された柔肌は、美しさを取り戻し揺らめく海面が照り返す陽光を受けて輝いてさえ見えた。
 ミネルバを待ち伏せた連合艦隊は空母四隻を含み、さらにミネルバの後方にはオーブの領海警護艦隊の姿があった。行く手には連合艦隊が、後方にはミネルバを売り渡したオーブの艦隊。
 飛んで逃げる事も潜って逃げる事も叶わず、ミネルバは八方塞がりの状態へと追いやられてしまっていた。
 フォースシルエットを装備したフォースインパルス二機で、十数機を越える連合のMS部隊と艦隊を相手に奮戦する様は、なかなか見事であったが、ミネルバ隊が最新鋭の装備と優れたパイロットで構成される部隊とは言え、所詮寡勢。
 数で勝る連合の艦隊に押し切られ、この美しい南の海の藻屑となって消えるのが時間の問題なのは、誰の目から見ても明白であった。それは戦っているミネルバが誰よりも確かに感じているのだろう。
 雲霞の如くミネルバへと押し寄せる地球連合の主力MSウィンダムを相手に、レイ・ザ・バレルとルナマリア・ホークは戦暦で言えばまだルーキーであるのに見事に戦い、時にはビームライフルの一射が並んだウィンダムを貫いて同時に二機撃墜する光景も見られた。
 敵MSのみならず連合の艦艇からの砲撃やミサイルが絶えずミネルバへと降り注ぎ、CIWS(迎撃システム)が絶え間なく稼働してミサイルを撃ち落とし、操舵手のマリク・ヤードバーズがよほど優秀なのか、砲撃はミネルバの周囲に水柱を上げるきりだ。
 MS隊と艦艇の砲撃がいま一つ成果を上げられずにいる状況に業を煮やしたか、地球連合艦隊の旗艦に動きが見えた。船体後方のヘリポートが左右に開き、そこから巨大な物体がせり上がってくる。
 異様、と言える機体だった。ほぼ半球状のボディには細く左右上方に吊り上がったピンク色のカバーに覆われたパーツが機体上方に四つあり、ボディから四方へと太く短い脚が伸びている。
 全長47メートル、重量526.45トンに及ぶ巨躯を誇る地球連合軍の新型MA・ザムザザーだ。ミストラル、メビウスと言ったこれまでザフトのMSに対して有効となり得なかった戦力と違い、一機で多数のMSを相手にできるほどの性能を持たされている。
 はるかに数で勝るMSや艦艇のみならず、データに無い新型巨大MAの出現に、ミネルバが迅速な対応を取った。
 ミネルバの艦首から陽電子砲タンホイザーの砲門が展開されたのだ。前大戦で使用されていた陽電子砲は、地上への環境に対する放射能汚染がどうしても発生していた代物だが、技術の発達によってぐっと悪影響を抑えられている。
 とはいえ、旧世紀から続く汚染の爪痕が色濃く残る海洋上での、陽電子砲の使用は褒められたものではない。しかし艦とクルーの命を預かる艦長の判断であるなら、止むを得ぬ所と釈明の余地はあるだろうか。
 果たして雷鳴の如き轟音と共に放たれたタンホイザーの光が、新たに出現したMAめがけてまっすぐに伸び、海面と触れるやタンホイザーが巻き起こした光の渦は水面を蒸発させて水蒸気爆発を発生させてゆく。
 真白い光が辺り一帯を染め上げる中、ザムザザーが制動の為か極端な前傾姿勢を取り、瞬く間にタンホイザーの光の中へと飲み込まれる。のみならずザムザザーの後方に位置していた地球連合の小艦艇が熱量に耐えられず爆発を起こし、数百名の命が海に散る。
 乗員の命を呑みこんだ爆炎が煌々と海面を照らしだし、毒々しい黒煙が青空に黒墨をぶちまけた様に広がる。ただの一撃でこれだけの破壊を生み出す陽電子砲の破壊力は、敵対する者にとって脅威と恐怖の二つ以外の何物でもあるまい。
 しかし、もうもうと立ち込める水煙の中に、前傾姿勢を維持したままのザムザザーの姿がミネルバのクルーの瞳に映る。いかなる手段を講じてか、この新型MAはタンホイザーの光を完全に防ぎ切ったのだ。
 無慈悲な破滅の光輝などなにごとでもなかったかのように、ザムザザーは洋上を飛行してミネルバへと迫りくる。ミネルバはトリスタン、イゾルデと言った主砲副砲の砲塔を旋回し、敵戦艦へと照準をつける。
 最強の砲撃を防がれても、まだミネルバの艦長陣はあきらめてはいないようだ。あるいは往生際が悪いと言うべきであろうか。
 ミネルバと地球連合艦隊の交戦を見学しているガイスターの面々から見た場合、ミネルバの奮闘はあきらめが悪いという評価であった。
 ミネルバの様に単艦で多くの敵との戦いを強いられた経験のある艦長ことナタル・バジルールは、かつての自分達の苦境をミネルバに重ねたのか、サングラスに隠れている眉間に皺を刻んでいる。
 オーブ領海警護艦隊がオーブ領海線へ接近したミネルバへと発砲を始めた時には、食い入るように見つめていたマユが、あ、と小さく声を漏らした。
 ユニウスセブン落下阻止の為に、ミネルバが奮闘していたのを知っていたから、オーブがミネルバに発砲している事が信じられないようだ。
 ユニウスセブン落下阻止にはガイスターの介入が大きな要因となっているが、それでも地球を守ろうとしたミネルバに、故国があのような仕打ちをする。その事が、小さな胸の奥をきりりと締めつける。
 悲しげなマユの背を見つめていた艦長が、ぽつりと呟いた。

 

「オーブ艦隊、うまくやっているな」
「え?」
「一発もミネルバに当てていない。政治屋はともかく、現場の軍人はあの船に恩を感じているのかもしれないな」
「……」

 

 落ち込んでいる自分を励ます為に艦長が口を開いたのだと気付いて、マユは小さく笑って背後の艦長を振り返った。マユの視線がこそばゆかったのか、艦長は目深に帽子を被り直し、ごほんと一つわざとらしい咳払いをする。
 しかし、顔を上げた時視線には厳しい軍人然としたものへと変わり、地球連合艦隊とミネルバとを睨み据えていた。

 

「マユ、シンに強襲のタイミングを間違えるなと厳命しておけ。サンダルフォン、後方カタパルト展開。ボス、いつでも発進できます」

 

 水中での機動兵器の出撃には格納庫部へ少しずつ海水を注入して満たしていかなければならない。そうしないとハッチを開いた時に大量の海水が流入して艦のバランスを崩しかねないためだ。
 戦闘開始からすでに注水を終えたサンダルフォンの後部カタパルトのハッチが開き、そこからゆっくりと巨大な影が大海原へと身を乗り出した。新旧ガイスター最強にして最高の戦力、そして精神的支柱でもある存在――ダイノガイスト。
 南洋の青い水の中でもなおひときわ輝く瞳を、上方の地球連合艦隊とミネルバの船底へと向け、ダイノガイストは口の端から気泡をごぼごぼと零れる。それは、これから破壊の宴へと落とし込む哀れな獲物へ向けた残酷な笑みの為であった。
 ゆるやかに戦闘機形態で海中へと飛び出たダイノガイストは数度バーニアを吹かし、機首を海面へと向ける。

 
 

 フォースインパルスを駆るレイは、ウィンダムの相手をルナマリアに委ねてザムザザーの相手をしていた。
 巨体に似合わぬ機動性を見せるザムザザーは、振り上げたビームサーベルの一閃をかわし、撃ちかけたビームライフルは背のピンク色のパーツから多角形の、光の盾を展開して全て防ぐ。

 

「タンホイザーを防いだのもこれか! このMA、手強いっ」

 

 氷の様な印象さえ受ける冷静なレイの細面に、かすかに苦いものが浮かぶ。ザムザザーは防御、パワー共にMSの比ではない。ずんぐりとした四肢の先から、複列位相砲を放ち、単装砲や低圧砲といった多様な火器が次々とフォースインパルスへと襲いかかる。
 こんな火器の塊の様な化け物に取りつかれたら、ミネルバといえども瞬く間に巨大な鉄屑に変わってしまうだろう。決死の思いでザムザザーと渡り合うレイだが、刻々と旗勢が劣勢に変わってゆくことを認めざるを得なかった。
 ザムザザーの四肢の一つの先端がくるりと回転し、収納されていた巨大な鉤爪が露わになる。超振動によって対象分子の接合を崩壊させて切断する爪だ。VPS装甲といえどもこれによく対抗しうるか。
 絶望が待ち受ける大穴へと徐々に近づく心境のレイが、不意に海面下から高速で接近する巨大な熱量に気づく。このタイミングでの出現、地球連合がさらに伏せていたジョーカーに違いあるまい。
 もはやミネルバ隊がこの戦いを生き残る事はまさしく絶望となった瞬間だ。だがそれは高速で上昇してきた熱源が、海面下五十メートルで戦闘機形態から恐竜形態へと姿を変える存在でなかったら、だ。
 まるで沸騰したかの様に沸き立つ海面から、巨大な水柱が上がり、白く染まる水柱の中に漆黒の塊が影を映す。苦衷に歪んでいたレイの顔に、更なる驚愕の色が広がる。アーモリーワン、ユニウスセブンで目の辺りにした暴虐の化身たる存在。

 

「ダイノガイストっ!?」

 

 レイの叫びに答えるかの様なタイミングで、ダイノガイストは水柱を割り裂き、海面が震えるほどの大咆哮と共にザムザザーへと襲いかかった。
 ダイノガイストの巨躯に比して小ぶりな三本爪の腕が鉤爪を展開したザムザザーの両前足を抑え込み、MSの頭部を軽く噛み砕く大顎が開かれ、ザムザザーのパイロットに対して威嚇の咆哮が叩きつけられる。
 アーモリーワン、ユニウスセブンに続きオーブ領海付近での戦いにもガイスターの介入が行われた瞬間である。
 心臓を内側から握りつぶされたかのような衝撃に呆然としていたザムザザーのパイロット達三人が我に返り、格闘戦を挑むダイノガイストへと焦点を合わせる。生物としての本能が告げる。
 今もっとも危険で、打倒しなければならないのは目の前の鋼の恐竜なのだと。生体CPUとして強化されたザムザザーのパイロット達は、過剰に分泌されたアドレナリンや脳内麻薬によって、気づかなかった。
 打倒しなければならないのは確かにダイノガイストだ。だが、それ以上になりふり構わず逃げ出さなければならないのが、このダイノガイストなのだと警告する生存本能の警鐘に。
 ダイノガイストの首を刈るべく高く振り上げられたザムザザーの鉤爪を、ダイノガイストの短い両手が受け止めた。モデルとなった恐竜を忠実に再現した構造の所為か、ダイノガイストの両手(前肢?)はひどく短い。
 ザムザザーの両前足を根元に近い所で受け止めた所為で、余ったその鉤爪の先端がダイノガイストの背中へと叩きつけられている。さらに各脚部に内蔵された四門の75mm対空自動バルカン砲塔システム・イーゲルシュテルンが、ダイノガイストの装甲を撃つ。
 地球連合のオーブ侵攻戦の時の全損寸前だった頃ならともかく、完全に回復し、グレートエクスカイザーとの最終決戦時よりも地味に強さを増したダイノガイストには、蚊が刺したほどにも痛痒を与えない。
 75mmAP(徹甲)弾も超振動クラッシャーXM518ヴァシリエフの爪先も同様だ。ふん、とせせら笑い、ダイノガイストは一気にザムザザーを押し込む。
 ダイノガイストの圧倒的なパワーに、ザムザザーも推力を最大にするがそれでも足りずダイノガイストの両手の爪が金属を引き裂く音と共に噛み合い、分厚い筈のザムザザーの装甲を内部のコードや機器ごと切り裂かれる。
 両前足の掴まれていた個所が切り裂かれた事で、ダイノガイストの拘束から解き放たれたザムザザーを咄嗟に後退させたのは、パイロット達を褒めるに値する判断であったろう。
 ぶらん、と垂れ下がった両前足姿のザムザザーはタンホイザーを跳ね返した時に比べれば惨めなほど滑稽な姿であったが、機体を半回転させてGAU111単装砲やMk79低圧砲の砲火を見舞った。
 ダイノガイストの周囲を着弾の水柱と直撃が襲って黒煙と真白い水柱の中へと閉じ込める。開いた距離を維持しつつ、ザムザザーのパイロット達は狙いだけは正確にトリガーを引き続ける。
 少なくともトリガーを引き続けている間は、自分達が生きている事を感じられる。残弾に気を使う事無く無茶ともいえる連射によって、ザムザザーに充填されていた弾薬があっという間に尽きた。いくらトリガーを引いても、エンプティの表示が出るだけだ。
 くそ、と三人それぞれが悪罵を吐く中、ダイノガイストを閉じ込める水柱の牢獄の一点が灼熱の炎の色の染まり、それは瞬く間に熱せられて水蒸気へと変わり内部から水の牢獄を打ち破ったものの正体を露わにした。
 それは、遥か地の底を対流する溶岩流が噴出したかの如き灼熱の炎だ。ダイノガイストの開かれた口から吐き出された炎が、あっという間に広がりザムザザーのダイノガイストよりも大きな機体を呑みこむ。
 数秒であっという間に上昇してゆく機体外部装甲の温度に気づき、このままでは中の自分達が蒸し焼きにされるだけだと、恐怖に慄いたパイロットの一人が、ザムザザーの持つ最硬の盾を展開した。
 陽電子砲さえ防ぐリフレクターだ。機体上部の四つのパーツから展開されたリフレクターは、数万度にも達しようかと言うダイノガイストの火炎を見事跳ね返し、千切れ雲の様に飛散した炎は瞬く間に海水を蒸発させる。
 モニターを埋め尽くす地獄の炎に恐怖しながら、それが決して自分達が焼かない事を悟って、あからさまにザムザザーの三人のパイロット達の顔に安堵が浮かぶ。それが浮かんでいられたのは、ほんの数秒のことであった。
 炎を吐いたままダイノガイストがザムザザーへと突撃し、息の呑む間にリフレクターへとその短い両前足を叩きつけ、吐いていた炎を止める。
 紅蓮の炎の代わりにモニター越しにこちらを睨みつけるダイノガイストの双眸の鋭さに、比喩でも何でもなく彼らの心臓が一時、鼓動を止める。舌の根が凍りついた様に動かず、喉から零れるは意味を成さぬ言葉のみ。

 

『小賢しいものを考えるな。だが、展開できるのは上方だけで、下方からの攻撃には対処できまい?』
「っ!?」

 

 耳に聞こえた声が幻聴ではないかと疑う間もなく、目の前のダイノガイストが拳を振り上げるのが目に映る。

 

『だが、その様な小細工はおれの性には合わん。この程度の小細工、正面から叩き潰すまでよっ!!』

 

 風切る音と共に振り下ろされたダイノガイストの拳がリフレクターへと叩きつけられる。無論、いかなダイノガイストのパワーとてタンホイザーさえも防ぐザムザザーのリフレクターを砕く事などできない。
 叩きつけた拳を支点に、ダイノガイストの巨躯が勢いよく空中へと飛び上がった。そのままバーニアを吹かしてさらに上昇し、雨の如く落ちる無数の遠雷の様な声が戦場に轟く。

 

『チェーーンジッ! ダイノガイストォ!!!』

 

 介入する暇のない高速の変形が行われるや、ダイノガイストは太陽の光も黒々と染めて跳ね返す暗黒の鎧を纏った、古武者の如き人型へと姿を変える。落下の勢いをそのままに乗せて、ダイノガイストの右飛び蹴りが再びリフレクターへと叩きつけられた。
 ガラスを雨粒が叩いても破れはしないように、エクスカイザー顔負けの見事なフォームのダイノガイストの飛び蹴りも、ザムザザーのリフレクターを蹴り破る事は叶わない。背のバーニアを吹かしてさらに勢いを増すダイノガイスト。
 その様を徒労だと吐き捨てようとしたザムザザーのパイロットのリーダー格が気付く。確かにリフレクターを展開していればザムザザーはダメージを受けない。
 しかし、ザムザザーがリフレクターを展開しながら使用できる武装でダイノガイストにダメージを与えられそうなのは、四肢に装備された複列位相エネルギー砲M534ガムザートフくらいのものだろう。
 それとて、下手に砲門を向ければリフレクターでカバーしきれない個所を晒す事になる。使用する状況を誤れば、こちらの命取りになるのは火を見るよりも明らかだ。だがザムザザーとて永久にリフレクターを展開していられるわけでもない。
 軍でも危険視されている謎の巨大MSダイノガイストの動力がなんなのかは分からぬが、持久戦に持ち込まれた場合、先にザムザザーが根負けする可能性も捨てきれない。そうなれば、なすすべもなく八つ裂きにされてしまうだろう。
 もはやザムザザー単機では手に負えないと、友軍に味方を要請しようとした矢先に、ミネルバを取り囲み、後退したレイとルナマリアによって迎撃されていたウィンダムに上空から次々と光の矢が突き刺さり、頭部やバックパックを破損した機体が続出する。
 先にサンダルフォンから出撃し、はるか上空で待機していたシンのエールインパルスだ。ダイノガイストが戦闘に介入してザムザザーを抑えたのを合図に、一気に降下して連合のMS部隊めがけてビームを見舞ったのだ。
 シンのエールインパルスに合わせて、海中を潜航していたサンダルフォンも機関の出力を最大にして急速に上昇し、ミサイル発射管に装填した魚雷を次々と発射して連合の艦艇の船底に大穴をあけて行く。
 詰めた火薬の量を減らしてあるから、機関部を巻き込んで引火し大爆発を起こす様な事はない。それなりに脱出までの時間の余裕はある筈だ。そのままサンダルフォンは連合艦隊のど真ん中へと、海面を割って飛び出し、ケミカルボムを装填したミサイルをばらまく。
 ミサイルは空中で内蔵していた小型の多弾頭を広範囲にばらまき、さらに弾頭は空気に触れることで強い粘着性を帯びるケミカルボムを蜘蛛の糸の様に空中でばらまき、びらびらと連合艦隊の残存艦艇に降りかかって、その動きを鈍らせる。
 砲塔やミサイル発射管、MSの発進口を塞がれた艦艇は動くもままならずその場に縫い止められる。蜘蛛の巣に掛かった哀れな虫そのままの有様だった。難を免れたのは、単独で二十隻を越す連合艦隊と戦っていたミネルバだけだ。
 哀れにも進退かなわぬ連合艦隊に、例の火薬量を減らしたミサイルが次々と突き刺さって戦闘能力を奪い、退艦する兵士達の乗る救命ボートが数を増す。
 ダイノガイストの出現を気に、わずか数分で戦場の天秤の傾きが変わった事に気づき、ザムザザーの各パイロット達の顔から血の気が引いた。
 本来ならこのような窮地を打破するのが、ザムザザーに寄せられた期待なのだろうが、それはとても叶えられそうにはなかった。
 拳を叩きつけた時と同じ要領で、飛び蹴りの姿勢からダイノガイストがリフレクターを蹴って飛びあがり、太陽に黒々とした影を映しながら背に負った刃の柄へと手を伸ばす。根元から切っ先に行くにつれて緩やかに弧を描く銀刃。
 ダイノガイストのパワーと技量が加わる時、比類なき切れ味を発揮する愛刀ダイノブレードだ。陽の光を受けて網膜を切り裂くような輝きを放つダイノブレードが、ザムザザーのリフレクターにXの軌跡を描いた。
 陽電子リフレクターとダイノブレードの接触は、鞘鳴りの音にも似た甲高い高音を発し、勝敗は後者に軍配が上がった。
 ダイノブレードの交差した軌跡に沿ってリフレクターが四つに断たれるや、再展開する暇を与えずにダイノブレードが雷光の如く疾走して、リフレクターを展開する四つのパーツを余さず切裂く。
 戦艦の陽電子砲さえ防ぐリフレクターは、陽電子兵器に対しては完璧に等しい盾であったが、それ以外の兵器に対しては決して完璧とはいえぬ盾で、高出力のビームや実体兵器でも破る事は不可能ではなかったのだ。
 更にダイノブレードが虚空に軌跡を描くこと六度。四肢と低圧砲を全て斬り落とされ、多大なダメージにザムザザーは機能不全に陥る。機体を浮かせる推力を失って海面に落下したザムザザーが上げた水しぶきが、足裏のバーニアで浮くダイノガイストに降り注いだ。
 海神が戦いの勝者を称えるかの如く降り注ぐ水しぶきに濡れるダイノガイストの巨躯が、太陽の光の下勝者の栄光と共に輝いていた。

 
 

―――つづく。

 
 

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