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Last-modified: 2012-09-17 (月) 00:37:38

 何も無い漆黒の空間に、一機のモビルアーマーが漂っている。
 ずんぐりとしただ円状の物体の下に、スラスターと四○ミリバルカンが装着された土台のようなものが取り付けられ、左右には二本のアームが折りたたまれたその機体の名は〝ミストラル〟。地球連合軍の多目的ポッドだ。
 主な用途は、コロニーや要塞などの哨戒任務、物資の搬入といったものなのだが、今はモビルスーツのデータ収集のために、同行している。
 どこか心配げな様子でやってきたその〝ミストラル〟から、通信が入る。

 

 〈――戦闘は終了したようです〉

 

 赤と黒に塗り分けられたパイロットスーツを着た男は、いつのまにかあらぬ方をさまよっていた視線をスクリーンモニターに戻し、投げやり気味に答えた。

 

 「……見ればわかる」

 

 黒い髪、アメジスト色の目をした小柄な少年だ。まだ幼さを残す繊細な顔には好戦的な笑みが浮かび、東洋系のようだが、一見して人種を判別できない。
 漆黒の宇宙の中に、ぽつりと浮かぶのは、彼が乗る専用の〝ジン〟だ。
 だがその躯体は、〝ジン〟の細身なシルエットとはかけ離れた外見をし、まるで全身を鎧で覆われた武者のような雰囲気を醸し出している。
両肩には増加装甲を兼ねたガトリングガン、脚部にはミサイルポッドが装着され、胸部はコクピットを守る分厚い装甲で覆われている。
特徴的な背中に翼を模したスラスター部分には、上部方向に可動式のものが追加され、あらゆる方向への機動力が高められている。この機体の名は〝ジンアサルト〟。
〝アサルトシュラウド〟という増加装甲を装備した、鹵獲した〝ジン〟である。胸部は灰色、両腕から両足には黒と白で塗り分けられ、鶏冠にあたる部分は彼の滾る闘志を反映したかのように赤く塗られている。

 

 〈――どうやらあの新型戦艦は、針路を〝アルテミス〟へと……〉

 

 モニターの中では先ほどから女性士官が計器を弄りながら情報を伝えている。眼鏡をかけ、肩まで伸びた栗色の髪は、軽く内側へカールしている。
生真面目そうな顔はまだ少女と言えるであろう年齢とは裏腹に、大人びた印象を醸し出している。
 しかし彼にとってそんなことはどうでも良いことだ。

 

 「ビラードのやつに報告しておけ。『見つけた』、と」

 

 少年の顔が、狂気に歪む。彼が続ける。

 

 「〝アルテミス〟には何度か行ったことがあるな?」
 〈それは……はい。ガルシア少将は元々ビラード准将の部下ですから〉

 

 一瞬躊躇したように、少女が言った。

 

 「行くぞ、〝アルテミス〟に」

 

 少年の目が、ぎらりと光った。年齢に似つかないその表情は、見るものをぞっとさせるには充分な殺気をばら撒くかのようだ。
 彼はもう一度深く息をはき、独り言のようにつぶやいた。

 

 「見つけたぞ――キラ・ヤマト」

 
 

PHASE-04 アルテミス脱出作戦

 
 

 ムウが格納庫に降り立った時、先に帰投した〝ストライク〟のハッチはまだ閉じたままだった。整備士のマードックが、中に声をかけている。

 

 「どうした?」

 

 側に寄って尋ねると、マードックが困惑の表情をムウに向けた。

 

 「いや……坊主がなかなか降りてこねえんで……」
 「おやおや」

 

 ムウは大体の事情を察し、外部ロックを操作してハッチを強制解放した。
 中には、まだレバーを握り締めたまま、凍りついたような姿勢のキラがいた。ムウはハッチから身をくぐらせ、側に寄る。

 

 「おい、何やってんだ、ほら!……キラ・ヤマト!」

 

 名を呼ばれて初めて、少年はびくりと体を震わせた。ひくっと喉が鳴り、思い出したように激しく息をつく。
 ムウはふと、この少年が可哀想になった。キラにとっては、これがほとんど初陣だ。新兵にはよくあること。恐怖のあまり吐いたり漏らしたりなんてのは当たり前で、それでも生きて帰ってこれたら上等なのだ。
それなのに、キラがまだ幼いとさえ言える年齢であること、訓練も受けずにいきなり実戦に放り込まれた素人であることを、コーディネイター故の能力の高さに、つい忘れそうになる。
 まだ虚空を見据えたままの目を、ムウは覗き込んだ。

 

 「もう終わったんだよ、坊主」

 

 まるで接着剤で張り付いたように、レバーを硬く握る指を、一本一本外してやり、ムウはぽんとキラのヘルメットを叩いた。

 

 「よくやったな……」

 

 キラは目を瞬かせた。恐怖で凍りついた体が、その言葉に反応してやっと動き始める。ムウは、父親めいた顔で笑って言った。

 

 「俺もお前も、誰も死ななかった。艦も無事だ。上出来だぜ?」
 「あ……」

 

 今頃になって、キラの体は思い出したように激しく震え始める。ムウは優しい手つきでその肩を叩いた。このとき少年は、彼がこれまで見てきたごく普通の新兵たちと同じように、幼く傷つきやすい存在に見えた。

 

 「生きているようだな、キラ君。――大尉もご無事で」

 

 やってきたアムロが声をかけた。

 

 「おいおい、俺はついでかよ?」

 

 屈託の無い笑顔で笑うムウに、アムロもふっと笑みを浮かべる。

 

 「最初から大尉の心配はしていませんよ。――それより……立てるかい、キラ君。今日はもう、部屋に戻ってシャワーを浴びて、グッスリ眠ると良い」
 「……はい。――はい……!」

 

 ようやく訪れた恐怖からの解放。その安心感からか、キラの目には涙が浮かんでいた。

 
 

 「クルーゼ隊長へ、本国よりであります」

 

 〝アークエンジェル〟追討を一旦断念し、大き目のスペースデブリの陰で停泊していた〝ヴェサリウス〟に、通信が届いた。通信兵がプリントアウトしたメッセージを、ラウに渡す。
 ラウは文面に目を走らせると、それをアデスの前へ突き出した。アデスは通信文を受け取り、その内容に顔を顰める。 それは、〝プラント〟の最高決定機関である評議会からの出頭命令だった。

 

 「〝ヘリオポリス〟崩壊の件で、議会は今頃てんやわんやといったところだろう。まあ、仕方ない」

 

 ラウは淡白に笑う。

 

 「〝ヴェサリウス〟もこの有様では、どうにもならんしな。――修理の状況は?」
 「ほどなく、航行に支障が無いまでには――」
 「アスランを〝ガモフ〟から帰投させろ。修理が終わり次第、本艦は本国へ向かう。――あれは〝ガモフ〟に、引き続き追わせよう」

 

 指示を終えるとラウは、艦橋を後にした。評議会へ召喚されれば、〝ヘリオポリス〟崩壊の責任を追及されるだろうに。それに対する懸念はまったく感じられらなった。アデスには、そんな上官が理解できなかった。

 
 

 〝アークエンジェル〟は〝アルテミス〟へ入港した。第五宙域に位置するユーラシアの軍事基地〝アルテミス〟。辺境の小惑星に造られた小規模なもので、軍事拠点としては大したものではない。
だがこの基地は、その独特の防御装置で名高い。小惑星全体を光波防御帯がすっぽりと取り巻き、どんな物体も兵器も、レーザーさえそのシールドを通さない。
通称〝アルテミスの傘〟――難攻不落と言われる絶対防御兵器である。
 軍の認識コードを持たない〝アークエンジェル〟だけに、すんなり入れてもらえないのではないかというマリューの懸念に反し、入港許可はあっさり下りた。
 だが、入港前にムウが、極秘めかした口調でキラに言った。

 

 「〝ストライク〟の起動プログラムをロックしておくんだ。君以外の人間には、誰も動かす事ができないようにな」

 

 キラにはその言葉の意味がわからなかった。しかし、ほどなくして彼は、その意味を知ることになる。
 入港したとたん、〝アークエンジェル〟は武装した兵士はモビルアーマーに取り囲まれた。エアロックが破られ、兵士達がなだれ込んで来る。唖然とするクルー達は、銃を持った兵士に引っ張られ、食堂へ集められた。

 

 「これはどういうことです!」

 

 気色ばむマリューに向かって、ユーラシアの士官がねっとりと笑いかけた。

 

 「一応の措置として、艦のコントロールと火器管制を封鎖させていただくだけです。仕方ないでしょう? 貴艦には船籍登録もなく、無論我が軍の認識コードも無い。
状況から判断して入港は許可しましたが――残念ながら貴艦はまだ、友軍と認められたわけではない」

 

 言っている事は最もだが、矛盾している。もし本当に敵の可能性があると考えたなら、〝アークエンジェル〟を入港させたりはしないだろう。
 士官達は他のクルーと別に、〝アルテミス〟内部へと案内された。無論、前後を武装した兵に固められての事だ。
司令官室へ通された彼らを待っていたのは、がっちりとした体格の、禿頭の士官だった。 ジェラード・ガルシア、この〝アルテミス〟の司令官だ。

 

 「ようこそ、〝アルテミス〟へ」

 

 取り繕った慇懃な物腰で、マリュー、ナタル、ムウを招き入れる。

 

 「――なるほど、君らのIDは確かに大西洋連邦のもののようだな」

 

 各自名乗らせた後、手元のコンピュータで検索したらしい。それに対し、ムウが嫌味を込めて言う。

 

 「お手間を取らせて申し訳ありません」
 「いや、なに。 君の輝かしい名は私も耳にしているよ、『エンデュミオンの鷹』殿。しかしその君が、あんな艦とともに、ここへ現れるとはな」
 「特務でありますので、残念ながら仔細を申し上げる事はできません」

 

 おっとりと切り返すムウに向かって、ガルシアは目を細めた。

 

 「――秘密というものはどこからか漏れる。無論、『どこから』という事より、『何が』の方が、より価値の高い情報だと思うのだがね」
 「……なるほど」

 

 理解できずにいるマリューとナタルの横で、ムウが微かに顔を顰めた。薄々予測していた事だが、どうやら当たったらしい。しかしまだガルシアの思惑に気づいていないナタルは、真っ当な主張を始める。

 

 「出来るだけ早く、補給をお願いしたいのです。我々は一刻も早く、月の本部へ向かわねばなりません。また、ザフトにも未だ追跡されていると思われ――」
 「ザフト?――これかね?」

 

 彼女の言葉を遮って、ガルシアは鼻で笑う。その手が壁のモニターを操作した。
 画面に映し出されたのは、〝アルテミス〟からほど近い宙域に停泊している艦の姿だった。

 

 「――ローラシア級!」

 

 息を呑むマリュー達と対象的に、ガルシアには全く緊迫感が感じられない。

 

 「見ての通り、奴らは、〝傘〟の外をうろついておるよ。先刻からずっとな」

 

 緊張した面持ちの三人を見て、彼はにやりと笑う。

 

 「これでは補給を受けても出られまい」
 「奴らが追っているのは我々です」

 

 ムウが言った

 

 「このまま留まり、〝アルテミス〟にまで被害を及ぼしては――」

 

 その言葉は、突然沸き起こったガルシアの笑いにかき消された。

 

 「――『被害』だと? この〝アルテミス〟がか? 馬鹿馬鹿しい! 奴らとてこの衛星の恐ろしさを良く知っている。やがてあの艦も去るさ。何時も通り、何も出来ずにな」

 

 マリュー達三人は、司令官の姿を唖然として見ていた。笑いを収めると、ガルシアは例の慇懃な調子で言った。

 

 「奴らが去りさえすれば、月本部との連絡の取り様もある。それまで、ゆっくり休みたまえ。見たところ君らもだいぶお疲れのようだしな。……部屋を用意させよう」

 

 ――つまり、体の良い監禁ということか。
 ムウはむっつり思った。呼ばれて入ってきた兵士達に連行されつつ、彼はガルシアに向かって声をかけた。

 

 「――〝アルテミス〟は、そんなに安全ですかね?」

 

 既に彼らに背を向けかけていた司令は、ちらっと振り返ってせせら笑うように答えた。

 

 「安全さ。母の腕の中のようにな」

 
 

 「〝傘〟はレーザーも実体弾も通さない。――まあ、向こうからも同じ事だがな」
 「だから攻撃もしてこないってこと? 馬鹿みたいな話だな」

 

 ディアッカが呆れて言うと、艦長のゼルマンがジロっと睨んだ。豊かな髭を蓄え、服装には何時も一分の乱れも無い、いかにも生真面目そうな人物である。
実際、彼は異常なほどに真面目である。手元にデスクには、常に懐中時計が置かれ、時間厳守、遅れは一切許さない。
アスランやニコルは性格が合うのか、なかなか可愛がられているようだが、ディアッカ、ラスティとはまったく反りが合わない。彼らにしてみれば、説教好きな頑固親父、としか映っていない。
 〝アルテミス〟を睨む位置に停泊していた〝ガモフ〟の艦橋では、ゼルマン艦長とディアッカ、ニコル、ラスティ、ミゲルがブリーフィングの真っ最中だった。
 ザフトには厳密な階級というものは存在せず、ただ隊長、艦長などという役職があるのみだ。基本的な知的レベルの高い軍隊だけに、上官の命令に従うだけではなく、兵士達が現場で独自の判断を下す事が許されている。
 ディアッカはいつもの斜に構えた様子だったが、ニコルは酷く真剣に戦略パネル上の〝アルテミス〟を見つめていた。

 

 「あの〝傘〟をぶっ壊す手段、無いんだよなぁ」
 「どうするの? 出てくるまで待つ?」

 

 ラスティがやる気なさげに言うと、ディアッカがくすくすと笑い、さらにラスティが返す。

 

 「お、良いねそれ。んじゃ解散」

 

 そう言われて、ディアッカは大げさに肩をがっくりと落としてみせた。

 

 「って言ってもねぇ。こんな宙域で待ちぼうけくらってさ、可愛い子だっていやしない」
 「それ駄目だね、ザフトの底が知れるね」

 

 二人がどうしようもない会話を繰り広げてる中、唐突にニコルが口を開いた。

 

 「〝傘〟は常に開いてるわけではないんですよね?」

 

 彼の問いに、ゼルマンが答える。

 

 「ああ、周辺に敵のいない時までは展開していない。だが〝傘〟が閉じているところを狙って近づけば、こちらが衛星を射程に入れる前に察知され、展開されてしまうだろう」

 

 同じ事だ。ディアッカとラスティがお手上げというように両手を上げた。だが、ニコルは言った。

 

 「僕の機体――〝ブリッツ〟なら、上手くやれるかもしれません」

 

 だらけきった顔をしていたディアッカ達ははっとしてその顔を見た。柔和なニコルの顔には、いつになく悪戯っぽい表情が浮かんでいた。

 
 

 「――カナード・パルス特務兵?」

 

 司令官室で寛いでいたガルシアは、突然『元』上官からの通信があり、慌てて応答していた。

 

 〈そうだ――〉

 

 モニターに映る口元に髭をたくわえた初老の男性は、老いてもなお己が野望に目をぎらつかせている。

 

 〈我々ユーラシアのモビルスーツ開発部隊〝特務部隊X〟。それの試験運用として使っているパイロットだ〉

 

 〝特務部隊X〟――それはガルシアの知らない名だ。自分の知らぬところでことが運ばれていることは気に食わないが、ガルシアはただ驚いた表情でいることに努めた。

 

 「はぁ……しかし――」
 〈まあ聞きたまえガルシア君〉

 

 老人が言葉を制し、言った。

 

 〈報告にもあったが……〝ストライク〟、か。これで我々は大西洋連合に遅れを取った事になる。が、しかしだ〉

 

 ガルシアは次の言葉を待った。老人が醜く口元を歪め、言った。

 

 〈彼らには、もう一つ別の任務がある〉
 「別の任務……でありますか?」
 〈そうだ――〉

 

 モビルスーツ開発と併用するほどの価値がある任務とはいったいなんなのだろう。だが、この上官がわざわざ通信を入れてくるということは、自分がその任務に関わることであるし、自分から何かを言わずとも、手元に舞い込んで来ることを知っている。
すなわち、厄介ごとである。
 〈十六年前……。〝メンデル〟で作られた、スーパーコーディネイターの捕獲だ〉
 「……スーパー?」

 

 それは、コーディネイターを超えたコーディネイターということなのだろうか? ガルシアにはわからない。一体どういうものなのだろうか。

 

 「それがあの小僧とどういう関係があるのですか?」

 

 ……しばしの沈黙が流れた。モニターの中で老人の顔が禍々しく歪む。その表情は恐ろしい。ガルシアは一瞬身震いをしてから、彼の言葉を待った。
 ああ、これだったのかと。全ての疑念が解決したのは、このときであった。

 
 

 〝アークエンジェル〟内では、人々が不安げにひそひそと言葉を交わしていた。入り口には銃を持った兵士が立っている。
 訳がわからず囁き合う避難民達。だがクルー達も、同じような状態だった。

 

 「ねえ、ユーラシアって味方のはずでしょ? 大西洋連邦とは仲悪いんですか?」

 

 サイがトノムラに訊き、「そういう問題じゃねえよ」と、突っ込まれている。パルがため息をついた。

 

 「識別コードが無いしなぁ……」
 「……本当の問題は、どうやら別の所にありそうだがな」

 

 マードックがぼそりと呟き、ノイマンが険しい顔でうなずいた。
 地球連合軍――と一言に言っても、一枚岩ではいかない。対〝プラント〟という共通の目的を持って、C.E.70に設立された地球連合だが、所詮別々の国家の寄り集まりだ。
北米大陸全土から中南米にまで及ぶ大国、大西洋連邦。かたやユーラシア連邦は、その名の通りユーラシア大陸の北部から西部にかけた、北欧など一部の国家を除くヨーロッパ諸国を母体とする
。この二国に加え、東アジア大陸の一部の国家をまとめた東アジア共和国や、太平洋に点在する小さな島国をまとめ、水上都市を築いた太平洋連合。
その他の小国などで、地球連合は構成されている。寄り合い所帯の常として、利権や大国の思惑、過去のいざこざなどもあって、足並みが揃っているとは言いがたい。
 そして〝アークエンジェル〟と〝ストライク〟は、北大西洋連邦が総力をつぎ込み、他の共同体にも極秘で建造した新兵器だ。同盟国とはいえ、ユーラシアとしては無関心ではいられまい。
 そこへ、ユーラシアの士官達が足音も荒く入ってきた。先頭に立った禿頭の男が、横柄な口調で尋ねる。

 

 「私は当衛星基地司令、ジェラード・ガルシアだ。この艦に積んであるパイロットと技術者はどこだね?」
 「あ……」

 

 素直にハイと手を上げようとするキラを、マードックがぐいっと押しとどめた。キラは訳がわからずきょとんとする。すると、ノイマンがむっつりと聞き返した。

 

 「何故我々に聞くんです? 艦長達が言わなかったからですか?

 キラははっとした、入港前に、ムウが〝ストライク〟を「ロックしておけ」と命じた理由が今になってわかった。

 

 「――〝ストライク〟をどうしようってんです?」

 

 ガルシアはむっとした様子だったが、ふいにふっと笑うと、発言したノイマンに近寄ってくる。

 

 「――〝ストライク〟? ああ、そうか。いやそれは良いんだ。もちろん我々としては興味の尽きない事柄だがね? しかし、今は、あの灰色の〝ゼロ〟のパイロットにお会いしたくて、ね」

 

 ガルシアが続ける。

 

 「先の戦闘はこちらでもモニターしていた。〝ガンバレル〟付きの〝ゼロ〟を扱えるナチュラルは、今ではムウ・ラ・フラガ大尉だけだ。では、もう一機の〝ゼロ〟は……?」
 すると――。

 

 「私が動かしました」

 

 おもむろにアムロが立ち上がり、ガルシアに冷ややかな視線を送る。
 しかし、当のガルシアは意外そうな顔をしてひょいと片眉をつりあげ、言った。

 

 「うん……?――そうなのか、カナード?」

 

 すると彼の背後からカナードと呼ばれたらしい少年がすっと前へ出た。
 おびえるようにしてうずくまっていたミリアリアが、ぎょっとして目を見開く。いや、彼女だけではない。
サイも、トールも、フレイも、まるで同じ人間が二人そこにいるかのように、その少年と、もう一人の少年――キラ・ヤマトの顔をちらとうかがう。
――似ている。よくよく見れば、髪の色が少しばかり違うが、目の色、鼻の形から口元まで、瓜二つだ。
 だが、そのキラと良く似た少年は、キラが決して見せないような醜い笑みを浮かべ、警戒を強めるクルーたちの中から自分と同じ顔をしたものを見据えた。

 

 「馬鹿を言え、その男が、キラ・ヤマトであるはずはない」

 

 キラとよく似た声色の少年が言うと、ガルシアが聞き返す。

 

 「どいつがそうかわかるか?」
 「……当然だ」

 

 カナードと呼ばれた少年は、ゆっくりと歩き出す。おびえるミリアリアの顔を覗き込み、言った。

 

 「……俺は、良く似ているよな?」

 

 彼はゆっくり、ゆっくりと、今の状況を楽しむように歩き出す。

 

 「なあ、貴様もそう思うだろう? 俺は似ているよな?」

 

 トールを一瞥した後、またゆっくりと歩き始める。カナードは喜々とした表情を顔に浮かべ、またゆっくりと……その足音はキラのもとへやってきた。

 

 「お前を、見つけた」

 

 氷のような冷たい視線で睨む同じ顔の少年に、キラは困惑した。

 

 「ぼくは――ぐっ!?」

 

 鋭い痛みが頬を貫き顎から頭蓋骨にまで響き渡る。すぐに自分が殴られたのだと気づき、口の中に血の味が広がって行く。抵抗しようとする前に、少年は更に追撃を加える。

 

 「お前だッ! お前だッ! お前だァッ! お前がァァッ!」

 

 少年がキラの上に馬乗りになった。彼は再び拳を振り上げる。何度も、何度も――。
 鈍い音と共に血が飛び散る。

 

 「おい、やめろよっ!」

 

 立ち上がって止めようとしたサイが殴り払われ、フレイが悲鳴を上げてその体にすがる。

 

 「待てっ! 彼は――」

 

 アムロが何かを言おうとする前に、ガルシアがつまらなそうに片手で合図をし、副官と兵士がカナードを拘束した。

 

 「ちぃっ、放せっ! 放せっ放せっ放せっ放せぇっ!! オレは今ここでコイツを殺して、オレがコイツになるんだっ!」

 

 奇声となったそれをあげながら抵抗するカナードを何とか抑え、ガルシアがため息をついてから顔を潰されたキラをまじまじと見る。

 

 「カナード、この坊主が――」

 

 荒くなった息を整えてから、カナードはキラを睨みつけた。

 

 「ああ、そうだ。間違いない。そしてあの色無しの〝ゼロ〟に乗っていたのも――」
 「……〝メビウス〟に乗っていたのは僕だ、彼じゃない」

 

 カナードの声を遮ったのは、アムロだった。ガルシアは呆れた表情で告げる。

 

 「このガキを庇おうとする心意気は認めるがね、彼がコーディネイターだと言う事は、既にばれているのだよ」
 「あの〝ゼロ〟には、〝ファントム〟という兵装が搭載されている、それを使う事はその少年にはできない。先の戦闘はそちらでモニターしていたはずだ。試してみてもいい、結果はすぐにわかる」

 

 淡々と告げるアムロを見て、カナードの表情は怒りへと変わる。

 

 「嘘だっ! コイツにはその〝ファントム〟とやらも使う事が――」
 「試してみればわかる、と言っただろう?」

 

 間髪いれず、アムロが言った。カナードは信じられないといった表情でキラを睨みつけた。やがてその表情は驚きから落胆に変わり――。

 

 「――では、お前は……まさか、〝ストライク〟……? お前は、あの程度……!? お前はあの雑魚どもに!? お前は、お前はっ!」

 

 既に目の焦点があっていないカナードを、キラは口にたまった血をべっと吐き出して睨み返す。

 

 「〝ストライク〟に乗っているのはぼくだったとしても、貴方に殴られる筋合いは無いですよ!」
 「貴様あっ!……ぐっ」

 

 顔を真っ赤にして殴りかかろうとするカナードに、遂に鎮静剤が打たれた。やがて彼は力なく頭を垂れ、兵士たちにがちりと拘束具をつけられていく。
 その様子を、まるで汚いものでも見るかのように睨みつけたガルシアは、キラとアムロに声をかけた。

 

 「一緒に来てもらおうか。是非、本物の〝ゼロ〟のパイロット殿もご一緒に」

 

 もう一度ベッと血を吐いてから、キラはアムロに抱き起こされた。

 

 「……立てるかい?」
 「ええ。何なんです一体」

 

 アムロの肩を借り手何とか歩き出したキラは、兵士達に連行されて行く。

 

 「アムロさんっ!」
 「大丈夫だ、すぐに戻る。僕も、キラもね」

 

 フレイが怯えた様子で声をあげるが、アムロはそれを一瞥してから優しく声をかけた。

 
 

「確かに〝ファントム〟とやらは起動しない、か。おいカナード、この小僧は本当にそうなのか?」

 

 ガルシアが不機嫌そうに声をかける。カナードは未だ拘束されていたが、鎮静剤が聞いているのか、大人しくしていた。

 

 「……このオレが間違うはずがない、こいつはキラだ。オレを良く見ろ、似ているだろう?」

 

 だが、再び彼の顔に狂気の笑みが浮かぶ。

 

 「入れ替わって何食わぬ顔をしながらやつらのところに戻っても、あのおめでたい連中は誰も疑わないだろうなあ。ふっ、フ……クククッ」

 

 心の底から楽しそうに笑うカナードを無視して、ガルシアは続けた。

 

 「ふむ、アムロと言ったな。お前はコーディネイターなのかね?」
 「やれやれ、本当にその質問が好きなのだな、あなた方は」

 

 アムロはガルシアを一瞥してから、嫌なものを見るような態度を隠そうともせずに言った。ガルシアは歯噛みし、アムロを睨みつける。

 

 「……質問に答えたまえ」

 

 「検査ではナチュラルと出ているし、両親もナチュラルだ。僕の遺伝子をいじったなどと言う話は今まで生きてきて一度も耳にしたことは無い」

 

 ガルシアは、疑わしげな目をアムロに向ける。

 

 「……隠れコーディネイターと言うものが、世界にはいてね」
 「ならそちらでも検査でも何でもするが良いさ」

 

 今度こそ、ガルシアは上機嫌になってアムロに言う。

 

 「どれ、本当にナチュラルかどうか今この場でテストしてやろう」

 

 そう言って、護衛の兵士からライフル銃を受け取り、アムロの後頭部を全力で殴った。「うっ」という呻き声をあげ、あっけなく気絶してしまうアムロを見て、ガルシアは目をぱちくりした。

 

 「お、おい……。カナード、こいつは本当にナチュラルかもしれんぞ!?」

 

 カナードも信じられないといった表情で、意識を失ったアムロを眺めている。キラは、コーディネイターとナチュラルの差を知らない。ゆえに、こんなことで人の差をはかれるものかと内心毒づいた。
 だが、カナードという少年は違った。彼はついに叫んだ。

 

 「キラ・ヤマト! オレを殺せっ!」
 「なっ!? 何を言ってるんですか、あなたは!」

 

 驚愕して聞き返すキラに、カナードは更に激昂する。

 

 「お前ならできるはずだ。今すぐここにいる連中を皆殺しにしろっ! さあ! さあ!! さあっ!!」

 

 ――狂っている。自分とそれほど変わらない年齢だというのに、彼はいったいどんな人生を歩んできたのだろう。

 

 「何をしている、早くオレを――」
 「本当に見間違いでは無いのだな? カナード」

 

 ガルシアのむっつりとした声が、激昂するカナードを遮る。

 

 「何度も言わせるなっ! こいつこそが最高の――」
 「ふむ、ならば眠っているのかもしれんな。獅子というのは、普段は怠けているものだ」

 

 ガルシアは、半ばカナードを無視しながら一人で語りだす。やがて、思案がまとまったのか、カナードを見ようともせずに言った。

 

 「……パルス特務兵、今までご苦労だった」
 「な……に……?」

 

 状況がつかめないような表情でカナードは声を出す。

 

 「ビラード閣下から伝言だ。『さようなら、不良品のコーディネイター』だと、さ」

 

 そう言ってから、さっと向き直りカナードを見つめた。

 

 「……幸い俺も同意権だし、貴様には似合わんよ。――こいつを独房に閉じ込めておけ。後で俺が直々に処分してやる。二度と、近づかせんようにな」

 

 カナードが暴れだすよりも早く、もう一度――今度はさっきのよりも数倍強力そうな鎮静剤が、惜しみなく彼の首筋から流れ込む。
 キラは、それを見てびくっと体を震わせた。まるで、彼の扱いは獣だ。人が人に行うことではない。

 

 「なぁ、キラ君。我がユーラシアの下で戦う気はないかね?」

 

 ガルシアは機嫌を取るような猫なで声で言う。

 

 「そ、そんな……ぼくは……っ!」
 「ああ、心配はいらない。君はあんな出来損ないのような、ただの捨て駒などとは全く違う。最上級の御もてなしをしようじゃないか
――無論、そこまでしてくれるのは、我がユーラシアだけだと思うがね。このまま大西洋連邦になどいたら、どうなることやら」

 

 これまでの人生の中で、キラは自分がコーディネイターだと強烈に自覚したことがなかった。自分がどちらかにつくなんて、考えた事もない。だが――。
 そんなことよりも、キラは自分に似た少年を塵のように語るこの男が嫌で嫌でたまらなかった。
先ほどまで自分に殴りかかっていた張本人だとしても、目ので人があんな扱いをされる事を、許せないのだ。それに、まるで自分がコーディネイター以上の化け物だと言っているように聞こえて、キラは苛立った。

 

 「……ぼくは……ただのキラ・ヤマトです……っ!」
 「そう、君は真正銘のキラ・ヤマトだとも! 我々が捜し求めていた、ね」

 

 喜々とした表情でそう言われたキラは、この汚らしい男に怯えている自分の情けなさを呪うことしかできなかった。
 キラの脳裏に、懐かしい〝ヘリオポリス〟での日々が蘇える。

 

 『コーディネイター? そんなの関係無いさ。おまえが俺たちの友達だってのに変わりはないだろ?』

 

 はじめてゼミの仲間達に自分がコーディネイターであると告白したとき、サイは笑ってそう言ってくれた。

 

 『あ、でもそんならさ、ちゃちゃっと俺の量子物理学のレポート手伝ってくんねえ?』

 

 トールがふざけ、ミリアリアに『調子に乗るんじゃないの』とたしなめられて、みんな笑った。月でアスランと過ごした日々に勝る、大切な思い出だ。
 今、目の前でガルシアが舐めるようにキラを見つめ、嫌な笑みを浮かべている。それは、貴重な獲物を前に舌なめずりする狼にも似た視線で、相手がキラのことをただの「モノ」としかみていないことを露骨に証明している。
 もうあの日々は遠いのだ、キラは否応無しに悟らされる。
 自分はコーディネイターなのだ――キラの意思や望みに関わらず、自分の運命を絡めとって押し流していくのだというその事実を、キラはこの汚らしい男に突きつけられたのだ。

 
 

 医務室のベッドで眠っていたイザークは、いつもより遅い目覚めを向かえ、欠伸をしようとするが、そこで不思議な違和感を覚えふと鏡を見る。
そこには、切れるように、端整な顔の半ばを包帯で覆われている、自分の姿があった。一瞬驚き、片方の目を見開いたが、やがてわずかにまどろみ、再び横たわる。
 前回の戦いの最後、〝エフ〟と〝ストライク〟との猛攻によって、〝デュエル〟は全身のあらゆる箇所に多大なダメージを受け、更にはコクピット内部で小規模の爆発を起こした。
その爆発でイザークのヘルメットは損傷し、バイザーの破片が彼の顔を傷つけたのだった。もしコクピットに亀裂が生じていたならば、即、生命に関わる事態となっていたはずだ。
そんな状態であんな口論をしていた事を考えると、ぞっとするどころか馬鹿馬鹿しく思えてしまう。
 ――俺は、生き残れたのか。
 顔に負った傷は熱を持ってずきずきと疼く。イザークにはエースパイロットとしての自負があったし、それだけでも終わるつもりもなかった。
自分には当然その能力があると信じ、それを証明するように、自分はいつだって一番だったのだ、それなのに――。
 アスラン・ザラがやってきてから世界は変わってしまった。今まで自分が一番だったものは、その殆どをやつに奪われたのだ。
イザークはいつだってアスランをライバル視して、執拗に追いすがっていた。俺はこんなものではない、アスランさえ邪魔をしなければ、俺は、俺は……! そう思って挑んだあの一戦――。
 色無しの〝メビウス〟は、自分の攻撃をまるで児戯の如く退けた。
〝デュエル〟、〝ブリッツ〟、〝バスター〟、同じエースの証明である、赤服を着たラスティの乗る〝ジン〟、そして赤こそ着ていないが、ザフトの誇るエースパイロット、
〝黄昏の魔弾〟の異名をもつミゲルが駆る〝ジン〟。それらを同時に相手にし、幾度となく〝デュエル〟に致命傷となる攻撃を与え続け、気が付けば残っていたのは自分だけだったこと。
〝ブリッツ〟を一瞬で戦闘不能にしたこと。あのアスランですらも赤子のようにあしらわれたこと。そしてイザークに、傷を負わせた……。こんな事はありえないと思っていた。
自分よりも本来劣った種――ナチュラルのパイロットを相手に……そして、モビルスーツの三分の一程度の力しか持たないとされるモビルアーマーを相手に手傷を負わされるなど、考えた事もなかった。
それだけではない、今まで自分が超えるべき敵だと思っていたアスランにまで大きな借りを作ってしまったのだ。あのラウ・ル・クルーゼ隊長までも、倒すことができなかったという〝メビウス〟。
 これまでおのれの能力を信じ、人間の価値は個人の能力によって決まると信じてきたイザークにとって、ナチュラルに完膚なきまでに負けつけられたこの傷は、今まで自分を築き上げてきたナチュラルへの優越感や侮蔑感を真っ向から否定するものだった。
 ――他のやつらは……どうなったんだ。みんな無事なのか?
 ふと思い立ったイザークは、体に力を込めて起き上がった。そのままのろのろと医務室を出て、少し騒がしいデッキへ向かって歩いていった。

 
 

 「定時哨戒、近接防空圏内に敵影、感なし」

 

 〝ガモフ〟が付近の宙域を離れたのちのことである。

 

 「よし――もう良いだろう。全周囲光波防御帯収容。第二警戒体制に移行……」

 

 〝アルテミス〟の管制室では、敵艦は攻撃を断念したものと見なした。これまでこの宙域を訪れた、他の敵と同じように……。
 ――〝アルテミス〟から〝傘〟が消えた。
 それを待っていたニコルは、当該宙域を一時離脱していた〝ガモフ〟から〝ブリッツを発進させていく。
 デッキからそれを見ていたディアッカが、「ふぅっ」とため息をついた。今回はニコルだけの出撃なのだ。もしも、またあの〝メビウス〟が出てきたら、今度は太刀打ちできないだろう。
 隣にいるラスティの表情からも、いつもの明るさは消え、どこか心配げな雰囲気をしている。

 

 「ま、まあ……。大丈夫だよな? たぶん……」

 

 ディアッカは一言多い友人の言葉に、唾をごくりと飲み込んだ。既に小さな点になりつつある〝ブリッツ〟を不安げに眺めていると、ぬっと男の影が現れた。ラスティが驚いて声をかける。

 

 「おいおい、イザーク。傷は――」
 「イ、イザーク? 寝てなくて良いのかよ!?」

 

 驚愕して声をあげるディアッカに、イザークはだるそうに自分の首筋を揉む。

 

 「大声を出さないでくれ、傷が疼く」
 「お、おう、意外と冷静だな……」

 

 ラスティが呆れ気味につぶやいたのを無視して、イザークは険しい顔をする。

 

 「……出撃はニコル一人なのか?」
 「ああ、〝ミラージュコロイド〟とか言うのを使うんだとさ。ほら、この前透明になって〝ストライク〟をぶっ飛ばしたろ?」

 

 ディアッカが答えた。あの時の様子を思い出したのか、イザークは苦い顔をする。

 

 「あの〝メビウス〟には、〝ブリッツ〟の場所がわかっていたようだったな」
 「……それも覚悟の上なんだろう。真面目すぎるのさ……」

 

 普段は見せないような心配した顔をしながら、ディアッカは既に見えなくなった〝ブリッツ〟をじっと見つめる。あの〝メビウス〟の恐ろしさを忘れられない三人は、不安を抱いたまま〝ブリッツ〟の無事を祈ったのだった。

 
 

 宇宙空間を進む〝ブリッツ〟の黒い機影は、とても見つけにくい。いや――機体の各所にある噴射口からガスのようなものが噴出し、広がるにつれて、その機体は消えていく。

 

 「――〝ミラージュコロイド〟生成良好……散布減損率三十七パーセント……。使えるのは八十分が限界か……」

 

〝ブリッツ〟のコクピットの中でニコルはひとりごちる。
 やがて〝ブリッツ〟の姿は完全に消えた。視覚的にだけでなく、レーダーにすら、もはや映る事は無い。
 あの〝ストライク〟の砲撃からイザークを救うために使った機能を、ニコルは再び使ったのだ。
 いま、〝ブリッツ〟は誰にも気づかれることなく、〝アルテミス〟に取り付いた。ニコルは右腕に装備された〝トリケロス〟を構える。
 〝アルテミス〟表面の岩壁からは、エアダクトやアンテナなどのほかに、一見して用途を計りかねる設備がいくつも突き出していた。ニコルはその中から正確に、光波防御帯を作り出すリフレクターを見つけ、照準を合わせる。
 〝トリケロス〟のビームライフルが火を噴いた。

 
 

 キラはストライクのコクピットに入り、OSのロック解除させられていた。外に立った兵士が、こちらに銃を突きつけたままなのが気になった。
キラが〝ストライク〟を動かして逃げ出すのを恐れているのだろう。
こんなことをするよりも、外で気を失っているアムロを人質に取られでもしたら自分は絶対逆らえないのに、と考えてふとアムロの方を見ると、どうやら目を覚ましたようで、キラの顔に安堵の色が浮かぶ。
 そして遂にOSが起動し、〝ストライク〟の目に灯が入る。
 その時、鈍い地響きが機体を揺らした。キラがぱっと顔を上げる。

 

 「管制室、この振動はなんだ!?」

 

 ガルシアの副官が無線に怒鳴るが、返ってきたのは狼狽した声だった。

 

 〈――不明です! 周辺に機影なし!〉
 「だがこれは爆発の振動だろうが!」

 

 次のは近かった。ゴォンとぐぐもった爆音、激しい揺れが襲ってくる。

 

 「攻撃か!?」

 

 今度無線機から返ってきたのは、驚愕の叫びだった。

 

 〈ぼ、防衛エリア内にモビルスーツ!?〉
 「――なんだと!?」

 

 その報せに、ガルシアたちも呆然とする。〝傘〟の絶対性を過信していた彼らにとって、ありえないことだった。

 

 「〝傘〟が破られた……?そんなばかな!」

 

 呆然とした兵士たちの、キラに向けられていた銃口がそれた隙に、すかさず彼の手はハッチ開閉ボタンに伸びた。シュッとハッチが閉まり、〝ストライク〟が動き出す。
 ガルシアが我に返る。

 

 「――坊主! なにをする!」
 「攻撃されてるんでしょう? こんなことしてる場合ですか!」

 

 外部スピーカーを通して答え、キラはモニターでアムロを探すが、その姿がどこにも見えないことに焦りを感じていた。しかし、その焦りはすぐに自分の杞憂であったと思い知る。

 

 〈キラ君。もう一頑張りできるね〉

 

 通信モニターにアムロの顔がぱっと表示された。先ほどの混乱で、いち早く行動を起こし、自分の〝エフ〟にまでたどり着いていたのだ。

 

 「あ、はいっ!」

 

 キラは笑みを浮かべて答えたが、やがてはっと思い出し、アムロに問う。

 

 「アムロさんこそ――」
 〈心配するな。君ほどではないし……慣れっこさ。――〝ソードストライカー〟というのがあったな、あれはこういう狭いところで有効に使えそうだ。今回はそれを使うといい〉

 

 ふっと笑みを浮かべてから、アムロは指示を出す。
 キラはもう一度「はいっ!」と言ってから〝ソードストライカー〟を選択し、カタパルトレールへ向かう。ガントリークレーンが〝ストライク〟にパワーパックを装着した。

 
 

 暗い独房の中、カナードは激しい揺れを感じて顔をあげる。
 ――戦闘か?
 そう思い立ち上がろうとするが、拘束具が邪魔をして上手く立てない。

 

 「くそっ……。オレはこんな所で死ぬのか……何もできずに……」

 

 思えば、オレには何も無かった。ただただ誰かを殺し、殺し、殺し、それだけだった。思い出など、ありはしない。オレは何かになりたかった。実験道具ではない、何かに。それが、こんな所で――。
 その時、見張りの兵士と誰の問答がわずかに聞こえ、やがて金属が肉にめり込む音と誰かが倒れる音がし警戒を強めた。
 ややあってから、独房のドアが開き、一人の女性士官がやってきた。先ほども〝ミストラル〟に乗り、自分の補佐をしていた女性――メリオル・ピスティス。

 

 「敗者となったオレを嘲笑いにでも来たのか?」

 

 オレの監視役が、何を今更。だがメリオルは彼の言葉を無視して無言で拘束具を外していく。やがて、彼女は悲しそうに口を開いた。

 

 「……戦って死ぬこと、それがあなたの本当の目的?」

 

 普段、あまり感情を表に出さないメリオルからは想像できないような、辛そうな表情に、カナードは息を呑む。鉄の女、歩く計算機。そんなイメージを漂わせる少女が、生の表情を見せたのは初めてのことだ。
ああ、でも、ガルシア子飼いのバルサム・アーレンドが嫌いというところだけは、二人の共通点だったかもしれないと思いすこしばかりおかしくなった。

 

 「……我々の任務は、ユーラシアのモビルスーツを開発するまで終わりません。そして、そのテストをするパイロットを失うわけにはいきません」

 

 すぐにもとの表情に戻り淡々と告げるメリオル。

 

 「――スーパーコーディネイター捕獲の任務も残っています。隙を見て必ず……!」

 

 そういい終えた頃には、拘束具は全て外されていた。
 カナードはじっと目を閉じた。おかしな女だ。全く理解ができない。ガルシアの慰みものかと思えばそうではない。
ガルシアのお気に入りというのは間違いないようだが、当の本人は毛嫌いしていて、それでもガルシアが執拗に言い寄るのは、あいつがただのロリコンだからか?
だがヤツに犬のように懐いているバルサム・アーレンドは、権力者によくある性の捌け口などということは決して無く、ただ純粋にバルサムはガルシアを慕っている。
思えば、カナードは彼らの事を何も知らなかった。道端に転がる小石程度のものとしか考えていなかったのだ。しかしその小石だと思っていた彼女の言っていることは概ね正しい。
三年前にチームを組まされたものの、未だに彼女の行動目的をつかめないでいたが、今はいい。――そうだ、諦めるわけにはいかない。立ち止まるわけにはいかない。
それこそが敗北であり、失敗作の証明であるから――オレは、ひたすら走り続けなければならない。研ぎ澄まされた牙を唸らせ、ヤツの喉元に食らいつくその日まで……。
 彼は前を見据えた。メリオルの表情は、もういつもの機械のような顔に戻っている。カナードは、それで良いと鼻を鳴らし、立ち上がった。

 

 「……良いだろう。生きている内は負けじゃない。――そしてお前がオレを生かしたということは、まだオレは負けてないということだな? それなら!」

 

 カナードが叫んだ。
 鎖に繋がれた狼が、自由になった瞬間である。その狼は、獲物を食いちぎるために走り始める。その足取りは素早く、風のようだ。

 
 

 ノイマンたちは爆発に気を取られた見張りの兵を鎮圧しようとしていた。だが、もう少しのところで、ミリアリアが人質に取られてしまった。クルーたちの間に緊張が走る。

 

 「ミリィっ!――卑怯だぞ、大人が子供を盾にするのかよ!?」

 

 トールが怒鳴り声をあげるが、ミリアリアに銃を突きつけている兵士は全く動じる素振りをみせない。

 

 「暴動起こしておいて! 動くなよ。これ以上おかしな真似をしなければ危害は加えな――」
 「――動くな。ナチュラルの女を盾に取るとはな」

 

 ごつっと鈍く輝くものが兵士の後頭部に当たり、兵士の顔が強張る。ミリアリアが恐る恐る振り向くと、そこには先ほどのカナード・パルスという少年の姿があった。不敵な笑みをこぼす彼とは対照的に、兵士は恐怖に震わせた声で言った。

 

 「……コーディネイター、俺たちを裏切るのか?」

 

 兵士は顔を引きつらせながら――それは命乞いのようにも聞こえた。

 

 「そ、それに、この状況で意味があるとは――」

 

 そう言いながら振り向こうとする兵士の後頭部に向かって、カナードは躊躇無く引き金を引いた。想像していたよりも小さな銃声、そして血液の塊が周囲に飛び、ミリアリアがビクっと体を震わせる。

 

 「動くな、と言ったはずだ。もう聞こえていないか、ハハハハ!」

 

 心底楽しそうに笑うカナードは、銃を向けたまま話を続けた。

 

 「おい、大西洋連邦とユーラシア連邦は味方同士だよな?」

 

 敵対心を剥き出しで言うカナードに、ノイマンが警戒を隠さずに言った。

 

 「……当然だ。我々地球連合は――」
 「なら話は早い。〝アルテミス〟はもう駄目だ。おまえ達大西洋連邦には、基地を破壊された『味方』のユーラシア兵を救助する義務がある。そうだな?」

 

 ノイマンはぐっと息を呑むが、何かを言う前にカナードが叫んだ。

 

 「行け! 見張りの連中は全員片付けてある!――ああ、それとオレ以外にもう一人乗るやつがいるからそれも許可しろよな?」

 

 そう言い終えたカナードは、また飛ぶように格納庫へ向かっていく。
 ノイマンたちは、厄介ごとが転がり込んできたことに顔を顰めるが、今はこの場をしのぐ事が第一だと考え、急いで艦橋へ向かった。

 
 

 「起動するぞ!」
 「でも艦長たちは!?」
 「このままじゃ、ただの的だ!」

 

 彼らはすばやく自分のシートに滑り込み、艦を起動させた。ほどなく、一人の女性士官に連れられて、共に脱出してきたマリューたちが〝アークエンジェル〟へたどりつく。

 

 「艦長!」

 

 クルーたちが喜びの声を上げ、ムウが「よくやった、坊主ども!」と、手近なサイの頭をくしゃっとかき回してシートについた。当然のようにCICシートに座る、マリューたちを連れてきた士官――メリオル・ピスティスを、ナタルは気に食わなそうに睨みつけた。

 

 「何なんですか、この衛星」

 

 さっき殴られたサイは、ぶすっと口を尖らせて応じる。まったく。マリューも同じ感想だった。彼女は声を張った。

 

 「〝アークエンジェル〟発進します!」

 

 いつのまにか外では、〝バスター〟や〝ジン〟も攻撃に加わっている。〝傘〟の欠けた〝アルテミス〟など、彼らにかかればひとたまりもない。
〝ブリッツ〟が〝トリケロス〟から巨大な銛にも似たランサーダートを撃ち出し、次々に〝メビウス〟を落していく。
〝バスター〟のランチャーが管制室に撃ち込まれ、凄まじい爆炎が開口部から噴き出す。次々に誘爆の炎が上がり、宇宙空間に浮かんだ衛星の表面で花開いた。
 ――〝アルテミス〟は陥落した。
〝アークエンジェル〟は〝ストライク〟と〝エフ〟、そして白と灰と赤に塗りわけらた武者のような〝ジン〟を先導にして、からくもその爆発から逃れることができた。

 
 

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