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Last-modified: 2012-09-21 (金) 05:44:34

 「や~ねぇ、男子って」
 「ほーんと、トールもなんだかなぁ。乗り換えちゃおっかしら」

 

 がらんとした〝アークエンジェル〟の艦橋で、フレイとミリアリアがぺちゃくちゃとお喋りをしている。それを側で聞いていたノイマンは、無駄口を叩いている二人を叱ろうかと考えたが、空になった同僚の椅子を眺め、ため息をついた。

 

 「今襲撃されたら、間違いなく沈むなこりゃ」

 

 ひとりごちてから、更にむなしい気分になってしまったので、もう考えるのはやめようと、もう一度深いため息をついた。

 
 

PHASE-06 父と子

 
 

 「押さないでくださいよ」
 「ぐえ……痛い……」
 「なあキラ、なんか聞こえるか?」
 「ば、馬鹿か貴様ら――」
 「じゃあなんでついてきて……ていうかなんでぼくまで……」

 

 士官室の前に、人垣ができ上がっていた。キラは最前列に押し付けられている。トールに付き合って――というか首根っこをつかまれるようにして付き合わされ、
それを見たカナードが「オレが先にやってやるさ!」などと言い出し問答無用でついてきて、ドアの向こうの様子をうかがっていたのだが、いつのまにかサイやカズイ、あげくの果てにトノムラやパルまでが加わって、後ろからぎゅうぎゅうと圧迫されている。
 ふいに、ドアにかかっていた人数分の過重が消失した。もっと簡単に言うと、突然ドアが開いたのである。「うわっ」と床の上に折り重なった少年たちを、ナタルは冷たい視線で見下ろした。

 

 「お前たちはまだ積み込み作業が残っているだろう! さっさと作業に――」
 「貴様あっ! オレの上から降りろ! くっ、また貴様かキラ・ヤマト! そうやっていつもオレの邪魔をして――」
 「だから違うってっ! ぼくだって下敷きになってて苦しいんだから我慢してよ!」
 「オレの上に乗るなと言っている!」

 

 見事なまでに無視されたナタルは、こめかみに青筋を浮かべ、鬼の形相を浮かべた。

 

 「――さっさと、作業に、戻れと、言っているだろうっ!!」

 

 それを聞いて少年たちは一瞬で逃げ出したのが、取り残されたキラとカナードはむすっとして睨みあい、いつものように言い合いを始めそうになる。
 部屋の中ではさいぜんのピンクの髪の少女が、びっくりしたように彼らを見ていた。彼女はキラたちの姿をみとめると、ひらひらと手を振る。
キラは赤くなり、カナードは舌打ちで返す、という全く違った反応をしてみせたが、ナタルの睨みつけるような視線を感じて、片方は慌てて、もう片方は鼻をならしてから部屋を飛び出した。
 ドアが閉まり、静寂が戻ると、マリューが軽く咳払いをした。

 

 「失礼しました。それで――」
 「わたくしはラクス・クラインですわ。――これは友達のハロです」

 

 少女は士官達の前に、ピンクのロボットを差し出して紹介する。ハロがまた、〈ハロ・ハロ・ラクス〉などと間抜けな声をだし、ムウががっくりと頭をかかえ、マリューとナタルも内心はそうしたそうだ。
ふいに、それを側で見ていたアムロとハロの視線が合うが、ハロはぷいっともとの方向を向いてしまったのをみて、彼は難しい顔をして何かを考え込む。ムウが呆れて言った。

 

 「君はラクス・クラインなんだろ? あー、ええと、最高評議会議長殿の、シーゲル・クラインの――?」

 

 少女が嬉しそうに手を打ち合わせ答える。

 

 「まあ、シーゲル・クラインは父ですわ。ご存知ですの?」

 

 無邪気というか、自分の置かれた状況がわかっているのだろうか。ラクスを前に、アムロを除く三人はがっくりと肩を落とす。

 

 「……そんな方が、どうしてこんなところに?」

 

 マリューの声にラクスがふわりと笑みをこぼす。

 

 「ええ、わたくし、〝ユニウス・セブン〟の追悼慰霊のために事前調査に来ておりましたの」

 

 ラクスが相変わらず可愛らしい声で、だがなかなか筋道立った話を始めて、ムウたちは、はっと居住まいを正した。

 

 「――そうしましたら、地球軍の船と出会ってしまいまして。臨検するとおっしゃるので、お受けしたのですが――
地球の方々には、わたくしどもの船の目的が、どうやらお気に障ったようで……。ささいな諍いから、船内は酷いもめごとになってしまいましたの」

 

 少女の柔らかな眉が、悲しげに寄せられた。

 

 「……わたくしはまわりの者たちに、ポッドで脱出させられたのですが……あのあと、どうなったのでしょう? 地球軍の方々が、お気を沈めて下さっていれば良いのですが……」

 

 しばらくの間、部屋を沈黙が支配した。やがて、透き通る声が発せられる。

 

 「――すまない。先ほどこの宙域に、最近破壊されたと見える民間船を確認した。その船には……砲撃の跡も見えた」
 「そんなっ! なんということでしょう……。それでは、あの船に乗っていた方たちはもう……」

 

 そう言って悲しげに俯いてしまうラクスを尻目に、ムウは呆れた口調でアムロに声をひそめた。

 

 「教えてやることもなかったんじゃないか?」
 「いや、先ほど捕虜にしたパイロットたちもいることだ。いずれ彼女の耳に入ることさ」

 

 やれやれと言う彼のお人好し加減にムウは内心呆れた。が、ふとアムロの表情に軍人の鋭さが宿る。

 

 「それにこちらの非を認めることで親近感を持たせられるかもしれないとも思った」
 「まあ、生存者がいらしたのですか!?」

 

 捕虜にした、という単語に嬉しそうに反応し、ラクスは笑みを浮かべる。ムウたちは彼女に聞こえていたことに少し驚いたが、すぐに首を振って否定した。

 

 「いや、彼らは別の部隊だそうだ。消息を絶った君を探すために来た、と言っていた」

 

 それを聞いて、少女は「そうでしたか……」と悲しげに俯いた。

 
 

 士官が立ち去ったあと、ラクスは壁のモニターに近づいた。船外の様子が映し出されている。無数のデブリが漂う中、砕かれ、荒れ果てた大地が真空の闇に晒されているのが見えた。
彼女はハロを膝の上に抱き上げ、ささやきかけた。

 

 「祈りましょうね、ハロ……。どの人の魂も安らぐようにと……」

 

 柔らかな面差しがかすかに悲しみで曇り、今にも溶けて消えてしまうそうな儚げな表情になる。
まるで何もかも――これからの自分の運命を、すべて悟り切って受け止めるかのような――そんな透き通ったまなざしが、長い睫毛の下に隠れた。
 それから数時間後、〝アークエンジェル〟は積み込み作業を終え、発信した。最後に〝ユニウス・セブン〟にもう一度祈りを捧げたあと、彼らは月への進路を取った。

 
 

 アスランは〝ヴェサリウス〟のハッチの手前に、父の姿をみとめると、顔をほころばせて彼のもとによって行った。しかし、どうも様子が違う。疑問に思っていると、パトリックが鎮痛な面持ちで問いかけてきた。

 

 「アスラン、ラクス嬢のことは聞いているか?」
 「ラクス……いえ?」
 「追悼式典準備のために、〝ユニウス・セブン〟へ向かっていた視察船が消息を絶った」

 

 パトリックの横にいたラウが、簡潔に言った。アスランは一瞬、目を見開く。むろん、その船にはラクスが乗っているはずだ。
彼女の安否に思いを馳せたあと、アスランの頭はその情報と父の悔しそうな姿をすばやく足し算し、ラウを見た。

 

 「――では隊長、〝ヴェサリウス〟が……?」
 「鋭いな、アスラン。その通り、我々は彼女の捜索に向かう。既に捜索に向かったユン・ロー隊の〝ジン〟も戻らぬのだ」

 

 それを聞いて、アスランの顔がけわしくなる。ラウは続けた。

 

 「〝ユニウス・セブン〟は地球の引力に引かれ、今はデブリベルトの中にある。……嫌な位置なのだよ」

 

 確かに、嫌な位置だ。地球に近すぎる。だからといって、地球連合がうろついて、わざわざ民間船を狙ったりするとも思えないが……。
 考え込むアスランに、パトリックが話しかけた。

 

 「ラクス嬢とお前が婚約者同士だと、〝プラント〟中が知っておる。なのにお前のいるクルーゼ隊が、ここでのんびりしているわけにもいくまい」

 

 そう言うと、父は念を押すようにアスランの肩を掴む。

 

 「彼女とお前には、〝プラント〟の未来を築いてもらわねばいかんのだ。何としても無事に発見せねばならん。頼むぞ、アスラン。彼女は〝プラント〟一のアイドルなのだ。
選りすぐりのパイロットを参加させることに意義を唱えるものはおるまい。彼女を敬愛するあまり、捜索隊への参加を申し出たものまでおる。大丈夫だ、きっと見つかる」

 

 力強く励ますように言ってくれたパトリックの姿を見送りながら、アスランは心の奥底にある疑問をつぶやいた。

 

 「――もしも、もしも彼女の身に何があったときは……」

 

 「簡単さ――その亡骸を号泣しながら抱いて戻れば良い。君は一躍、悲劇のヒーローとなる」

 

 隣のラウが言い、アスランはぎょっとして彼の顔を見た。時々この上官は、無神経というより冷酷なところを垣間見せる。ラウは彼の視線を受けて、薄く笑った。

 

 「――どちらにせよ、君が行かなくては話しにならない、ということさ」

 
 

 食堂から少女たちのかん高い声が聞こえてきて、キラは立ち止まった。

 

 「ね、フレイ、お願いっ!」
 「え~っ」

 

 ミリアリアが、食事のトレイを前にして、フレイに何かを頼んでいる。
キラは入って行き、そばにいたカナードに「……なに?」とたずねたが、「教えてやらん」と小気味良さそうに返されたので、仕方なくカズイにたずねた。

 

 「おまえが拾ってきた女の子の食事だよ。ミリィが持ってく予定だったんだけど、アムロさんに艦内の仕事を言い渡されてさ、今必死に頼んでるとこ」

 

 フレイがぶすっとして唇を尖らせた。

 

 「なんでわたしがそんなことしなきゃならないのよー。めんどくさいし、他の人にまかせれば良いじゃない」

 

 ミリアリアはぐぬと顔を顰め、目を逸らす。そこでキラと目があい、ミリアリアの目に怪しい光がともる。

 

 「キぃラくーん、お願いっ。フレイはわがままでぜーんぜん駄目なの!」

 

 キラはそれを否定できず、かといって「なぁによー」と唇を尖らせている本人の前で肯定もできず、黙ってしまう。
そばで見ていたカナードは意地の悪い笑みを浮かべながら、キラにしっかりと聞こえるようにつぶやいた。

 

 「ククク、バーカ」
 「――――」

 

 いらっときた。なんとか表情に出さないよう努めていると、カナードは近づいてきて更に意地悪く続けた。

 

 「よし、オレが持っていってやろう」
 「ウソよっ、あんたあの子を襲う気でしょっ。 変質者」

 

 カナードはきっとフレイを睨むが、ぐっと感情を押さえ込むように拳を握り、取り繕ったような笑顔を浮かべた。似合ってない所為で逆に不気味だ。というかこれは本当に笑顔と呼べるものなのだろうか。

 

 「ただ持っていくだけだろう? それくらいオレはできる、が――キラ・ヤマト、貴様にはできない、そして……」

 

 満足げに天を仰ぎ、拳を軽く握り続けた。 

 

 「オレにはできる」

 

 キラは呆れながらミリアリアに声をかけた。

 

 「……ぼくが持ってくよ、ミリィ」
 「……うん、そうして」

 

 そんな二人を見て、カナードは「おい!」と怒鳴り声をあげるが、もはや聞き入れるものはいなかった。
それほどまでに、カナードのキラ苛めは毎日――いや、下手したら毎分毎秒のように行われているのではないだろうか? つまり、日常茶飯事なのだ。そのとき――

 

 「まあ、皆さん大変仲がよろしいのですね」

 

 おっとりとした声が背後からかかって、キラは反射的に振り返った。

 

 そこにはピンクの髪、長いスカートをまとった噂の当人――ラクス・クラインが、にこにこして立っていた。
 一同は、そのままの姿勢で凍りつく。

 

 「あら、驚かせてしまったのならすみません」

 

 すみませんと思っているのかどうかもわからない、ぼやっとした調子でラクスは言った。

 

 「実はわたくし、喉が渇いて……それに、はしたないことをいうようですけど、ずいぶんお腹もすいてしまいましたの。あの、こちらは食堂ですか? なにかいただけると嬉しいのですけど……」
 「……って、ちょっと待った!」

 

 ようやく我に返った少年少女があわてる。

 

 「鍵とかって、してないわけ!?」
 「やだあ! なんでザフトの子が勝手に歩き回ってんの!?」
 「あら、『勝手に』ではありませんわ。わたくしちゃんとお聞きしましたもの。出かけてもいいですかって……」

 

 無邪気に目を開くラクスに、「で、行っていいって言われたんですか!?」とキラが慌てふためいてたずねた。

 

 「それが、お返事はどなたもしてくださらなかったんですの。でも三回もお聞きしたから、良いかと思いまして……」
 「……それを『勝手に』出歩いてるって言うんじゃないのかなぁ」

 

 カズイがぼそっと突っ込む。だがそんななか、嘲笑うかのようなくぐもった声が聞こえてきたので、みな、またかと冷めた視線をそちらに向けた。

 

 「……嘘が下手だな、ラクス・クライン」
 「まあ、酷いおっしゃりよう。わたくし、うそなどついておりませんわ」

 

 見る者をとろけさせるような柔らかな笑みを浮かべ微笑みかけるラクスを無視して、カナードは見る者を凍りつかせるような鋭い笑みを口元に浮かべる。

 

 「オレの目はごまかせん」

 

 ずばっと指を指し、きょとんとしたラクスの目の前でカナードが続けた。

 

 「貴様は見張りをなぶり殺しにし、食堂にいる軟弱なこいつらを人質に取ろうという算段だろうがそうは行かん」

 

 部屋の中が静まりかえった。仲間たちは彼の言葉に凍りつくようにしている。――もちろん、あまりの馬鹿さ加減にだ。流石にこればかりは自分達が平和ボケをしているのだとは思いたくない。
むしろ彼が戦争ボケをしているのではないだろうか。

 

 「そう、オレは貴様らの上だ。だから、オレが今ここで貴様を血祭りに――ぐおお!?」

 

 カナードの背中に、鋭いキックがとんだ。このすらりとした綺麗な足は……キラの大好きなフレイだ。

 

 「……ばっかじゃないの」

 

 倒れ込むカナードをフレイは冷やかな目で見やる。カナードは今度こそ殺気を撒き散らしながら、ゆっくりと立ち上がっていく。その様子を見て、キラは慌ててフレイに駆け寄った。

 

 「フ、フレイ、駄目だってこんなことしちゃ……!」
 「ふんだ、良いのよ。どーせコーディネイターって馬鹿の集まりなんだから」

 

 間近でそう言われて、ぼくもコーディネイターなんだけどなあと落ち込みながら小声で言うが、トールにぽんぽん、と背中を叩かれただけで、他に聞いたものはいなかった。

 

 「…………いい度胸だ小娘。貴様はここで――」
 「わたしは民間人っ」

 

 カナードの体がぎくっと固まる。フレイがマシンガンのように喋りだした。

 

 「――あんたは軍人ここは軍艦、外は宇宙ー」

 

 言われるたびに身体を硬直させたカナードは悔しそうにフレイを睨み返したのだが、彼女はさっとキラを盾にして隠れてしまい、彼は余計に悔しそうに顔を顰めた。
 キラは、密接している憧れの女性の胸の感触が背中を襲い、びくっと体を震わせる。それに……顔も近い、息がかかる。
夢のような状況に心臓が張り裂けんばかりに音を立てていると、キラの背後から即興で作ったような歌が聞こえてきた。

 

 「キラも民間人~。みーんな民間人~。あんたは軍人~」

 

 キラが恐る恐る前を見ると、顔を真っ赤にしてうつむきぶるぶると震え、必死に理性と戦っているカナードの姿があった。
さすがにこれにはキラも同情した。どうやら他の仲間たちも同じのようで、みなカナードに哀れみの視線を送っている。耐えかねたキラが、声をかけた。

 

 「……そのうち良い事あるさ。ね?」

 

 なるべく明るい調子で言ったつもりなのに、ぎろっと睨み付けたカナードの形相に思わずびくっと体を固める。

 

 「貴様……っ!」
 「ええっ!? 何で!? だいたいぼくが何したって言うんだよ、いつもいつも突っかかってきてさあ!」
 「貴様に何がわかるっ! 貴様は、オレの――」
 「まあ、兄弟げんかはいけません、メっですわ」
 「はっ?」

 

 皆の時が一瞬止まった。
 〝アルテミス〟脱出以来、言い出せなかったことがある。何故、自分と彼は似ているのか。それを偶然と呼ぶのは容易い。
だが、キラも、彼も、遺伝子を弄り産まれたコーディネイターという種なのだ。それゆえに、恐ろしい。
 キラの呼吸が止まる。心の中でもしかして? と疑念に思っていたこと。でも、それを聞くことが彼にはできなかった。
もしも彼が自分の兄弟だとしたら、その彼に、こんなにも恨まれている自分は何なのだろう。そしてユーラシア連邦に道具ように使われ、自分を見つけたとたん捨てられそうになった彼は何なのだろう。
なぜあんなところにいたのだろう。それを知るのが怖くて、ずっと聞けなかった。それを彼女は今、聞いてしまったのだ。

 

 「あら? あらあら? わたくし、何かおかしなことを言いましたか?」

 

 周囲の状況がわからず、ふんわりと問うが、誰も答えてくれなかったのでラクスは一人で考え込んでしまう。そしてはっと何かを思いつき、申し訳無さそうな顔でカナードに目をやった。

 

 「……わたくしとしたことが……本当にごめんなさい」

 

 彼女がぺこりと頭を下げた。やがて頭を上げたラクスがカナードをふわりと見つめ、言った。

 

 「女性の方でしたのね?」
 「男だ」

 

 憤慨するカナードに「あらあら?」と驚いているラクスを見ながら、フレイはどうだ、とばかりに胸を張る。

 

 「ほらね、馬鹿ばっかり」
 「うーん……」

 

 ミリアリアが呆れて頭をかくが、ラクスはまだ納得できていないようだった。

 

 「では……ええと、お二人は兄弟でいはらっしゃらないのですか?」

 

 短い沈黙ののち、ラクスは恥ずかしそうに自分の頭をこつん、と小突く。

 

 「まあ、わたくしまたやってしまいましたわ。お父様たちにもよく言われますの、『しっかりしなさい』って。そんなわけありませんですわよね?――あら? あらあら?」

 

 カナードは、キラを睨みつけたまま動こうとしない。その様子にラクスは困惑しつつ、おろおろとし始める。
それを見かねたフレイに「あんたはこっちにいんの」と引き寄せられ、ラクスは「あら~?」と声をあげた。
 ついにキラは、意を決してカナードに尋ねた。

 

 「……ぼくの……兄さん……?」

 

 言ってから、どくんと心臓が高鳴った。それは、親友のアスランと敵対することになったキラの心の隙間を埋めてくれるかもしれないことであり、彼の希望そのものであったから。
 トール達の注目が一斉にカナードに集まる。ラクスは何かを言いたそうだが、フレイとミリアリアに口元を押さえられ、もごもごとしているだけだ。やがて、カナードはいつものように意地悪く口元を引きつらせた。

 

 「馬鹿にするな」
 「えっ」
 「貴様がオレの? だと? 自惚れるなよ、オレが上だと言った筈だ」

 

 キラの心を落胆の色が支配する。では、本当に……ただの似た顔の人間? 世界には、自分と同じ顔の他人が三人はいると聞いたことがある。それが、彼だと……?

 

 「ご、ごめん」

 

 思わず謝ったキラは、そのまま頭を垂れたままカナードの顔を見ることはできなかった。
 憎憎しげに視線をそらしたカナードに、フレイが心底あきれたように口を開く。

 

 「……ああ、そう」
 「なんなんだよ、期待させちゃってさーっ」

 

 トールも脱力して机にべたっと体重をかけている。

 

 「あーあ、戦場でめぐり合う生き別れの兄弟なんて、ロマンチックだと思ったのになあ~」

 

 ミリアリアがため息をつく。

 

 「ま、そんなもんだよな」

 

 サイがやれやれと言った感じで手をひらひらさせる。

 

 「お二人とも、とってもそっくりでいらっしゃいますのに」

 

 ラクスがふわりと柔らかい笑みを浮かべる。

 

 彼女がまた何かを言いかけるが、それよりも先に何食わぬ顔をした男がやって来て言った。

 

 「ン、ここにいたかミリアリア。バジルール少尉はかんかんだ、早く行ったほうが――」

 

 が、部屋の何とも言えない妙な雰囲気に、アムロはぎくりと体を震わせた。

 

 「……何かあったのか?」

 

 男は眉を顰め、きょろきょろと少年たちを見回したが、この状況の理由をつかむことはできなかった。

 
 

 「しかしまー、補給の問題が解決したかと思ったら、今度はピンクのお姫さまか……」

 

 ムウがマリューを見やり、からかうように敬礼する。

 

 「悩みの種がつきませんな。艦長どの」

 

 よくまあ他人事のように言ってくれるものだ、と、マリューは思う。ただ、このごろは彼女もムウのスタイルに慣れてきた。普段はいいかげんに見えても、いざというとき非常になる男だ。
 ひょっとしたら、エースパイロットと呼ばれるような人物は、みんなそうなのかもしれない。どこか抜けたような人間だったり、もしくは自分達と何ら変わりないような性格だったり。
しかし、心の奥底には言いようの無いほどの暗闇を抱えてしまっている……。まあそれでも、この男はこれが素なのかもいしれない。と思いながら、マリューは口を開いた。

 

 「――あの子もこのまま、月本部へ連れて行くしかないでしょうね……」
 「ほかにまだ寄港予定地があったっけ?」
 「しかし、月本部まで連れて行けば、彼女は……」
 「そりゃ、大歓迎されるだろ」

 

 ムウが皮肉っぽくいった。
 〝プラント〟元首の娘だ。 外交上の有利なカードとして、利用される事は間違いない。

 

 「でも……できればそんな目には遭わせたくないんです。民間人の、まだあんな子供を……」

 

 マリューが迷いを口にすると、背後でナタルが不機嫌そうに言った。

 

 「そうおっしゃるなら、彼女らは?」

 

 彼女が目で示したのは、先ほど大慌てでやってきて、ナタルに叱られながら席についたミリアリアだ。

 

 「――こうして操艦し、戦場で戦ってきた彼らだって、まだ子供の民間人です」
 「バジルール少尉、それは……」
 「彼らを、やむを得ぬとはいえ戦闘に参加させて、あの少女だけ巻き込みたくないとでもおっしゃるんですか? 彼女はクラインの娘です。と、いうことは、その時点で既に、ただの民間人ではないということですよ」

 

 ナタルの言うこともわかる。マリューは反論できずに黙った。たぶん根っからの軍人気質の彼女には、マリューの意見は甘いと感じられるのだろう。
 自分は艦長に向いていない、と、マリューは思った。

 
 

  ミリアリアが慌てて艦橋へ向かった後、なんとなく重い空気の中で、先ほどからハロとじーっと見詰め合っているアムロに、ラクスは首をかしげた。

 

 「ハロのことをご存知なのですか?」

 

 テーブルの上で元気そうに頭の耳をぱたぱたさせているピンクのハロから視線をそらし、アムロが言った。

 

 「……いや、僕が知っているのは、これよりも一回り大きいタイプだが――。それよりも、君はなぜここにいるんだい? 許可を取って来ているようには見えないが」

 

 ぎくり、と部屋の中の空気が固まる。それに慌ててキラが説明をした。

 

 「きょ、許可を取ろうとしたら誰もいなくて、それで――ぼくがいけないんです、彼女の食事を誰が運ぶかで揉めちゃって……」
 「そうだ、貴様が悪い」

 

 くう、とキラは固まり、のど元まででかかった様々な言葉を全て呑みきった。そういうことができるほど、キラという少年は賢く我慢強い性格をしていた。
 にやにやとしているカナードを無視してアムロはつづけた。

 

 「それと、彼女がいることと、いったいどんな関係がある。だいたいどうやって部屋の鍵を……」

 

 アムロは疑いの目でラクスを見やるが、当の本人は気を害した様子もなく、優しい笑みを浮かべて、手の上に乗っているハロ差し出した。

 

 「この子が開けてくださったのです。ハロは部屋の鍵を開けてしまうようないたずらっ子ですの」

 

 何の悪気も無く、にこりと言ったラクスと手元で〈テヤンデイ・テヤンデイ〉などと言っているハロを見て、アムロは呆れてため息をつく。

 

 「ここは軍艦なんだ、そういった行動は慎んでもらいたい」

 

 みなはその言葉に、うっと身構える。
 だが彼らの予想に反し、アムロはその部屋にいる少年少女たちを見回してから、やれやれと苦笑した。

 

 「――しかし、こういった状況だものな。軍規軍規と言ったところで君達にはわからないだろう。それに……ラクス・クラインさん? この子たちに危害を加えないと約束してくれるのなら――」
 「まあ、そのようなこといたしませんわ。それにわたくしはザフトではありません。ザフトは軍の名称で正式には、ゾディアック――」
 「君がザフトでないのはいいとして。そう約束してくれるのなら、居住エリアくらいでの自由は保障してあげたい。艦長に進言しておくよ。理解してくれると思う」

 

 ラクスはそう言ったアムロに、ぺこりと頭を下げた。

 

 「あなたはお優しいのですのね。ありがとう」
 「アムロ・レイだ。元軍人だが、情けない事に世間には詳しく無くてね」

 

 苦笑しながら言うアムロを、カナードはつまらなそうに睨んだ。

 

 「オレは知らんぞ? 例えこの女が突然暴れだしたとしても、オレには関係の無いことだがな」
 「あんたってほんっと馬鹿よねえ。軍人が民間人を守るのは義務なんじゃないの?――フレイよ、フレイ・アルスター。ま、短い付き合いになりそうだけど、よろしくね」

 

 目元をひくひくとさせているカナードを無視して、フレイがラクスに声をかける。それにトールが元気良く続いた。

 

 「俺はトール・ケーニッヒ。わからないことがあったら何でも聞いてくれ。君みたいな可愛い子なら大歓迎だしなっ」
 「……ミリィに言いつけるぞ。――俺はサイ・アーガイル。まあ、適当にサイって呼んでくれればいいよ」

 

 ぎくっと体を震わせるトールに苦笑しながら、サイが続き、カズイがどぎまぎと言った。

 

 「えっと、カズイ・バスカーク。――アイドルなんて生でみるの初めてだよなあ……」

 

 彼は自己紹介を終えてから、独り言のようにつぶやき、キラが顔を赤くしながら続いた。

 

 「えっと、キラ・ヤマト。よろしくね」

 

 言ってから、少しぎこちなかったか? と自問したが、どこか暖かい場の空気が和らげてくれたかもしれないと思い内心ほっとため息をついた。
 そんな彼らの様子を見て、ラクスは可愛らしい笑みを顔いっぱいに浮かべて喜んだ。

 

 「ラクス・クラインです。わたくし、いっぺんにこんなたくさんの方とお友達になれたなんて、生まれて初めてですわ」

 

 その愛らしい笑顔に、少年たちはほぅっとため息をついた。その横でまだつまらなそうにしているカナードを横目でじとと見たフレイが言う。

 

 「ほら、あんたも自己紹介くらいしなさいよ」

 

 カナードはじろり、とフレイを睨んだが、やがて拗ねた子供のように目をそらし、意地の悪い笑みを浮かべてラクスに目をやった。

 

 「……敵に教えてやる名前などない」

 

 ラクスはそんなカナードを見て、切なげな表情になる。周囲からは「……最っ低」、「うへぇ、外道……」「そ、それはあんまりじゃないかあ?」などと声があがるが、
彼はそれを楽しげに聞いているだけだった。そんなカナードに見かねて、キラが声をかける。

 

 「ごめんねラクスさん、彼ひねくれてるから……。名前はカナード・パルス。元ユーラシアの――」

 

 カナードが話を遮るように言った。

 

 「そんなことよりアムロ・レイ。この女の拷問は済んだのか」

 

 拷問、という言葉に、ラクスの体がびくりと震えた。彼は少女の様子を楽しみながら、続ける。

 

 「――ザフトのトップの娘だ。そりゃあ、知ってることはたくさんあるんだろうな?」

 

 蛇が蛙を睨みつけるような目つきで、カナードはラクスを見つめる。その視線を遮るように、トールとフレイが前へ出た。

 

 「おい、いい加減にしろよな。大体女の子じゃないか!」
 「ほんっと最低! 馬っ鹿じゃないのあんた!? 野蛮人!」

 

 憤慨して言う彼らに臆することなくカナードは続けた。

 

 「どうとでも言うがいいさ。この女は敵だ――。なんならオレがやってやろうか? オレはプロだ、
このコーディネイターの女が泣いて命乞いをするまで痛めつけることだってできるし、女にふさわしい拷問だってあるよな?」

 

 意地の悪い笑みを浮かべて言った彼の言葉に、ラクスが悲しげに顔をうつむかせた。たまらずサイとキラも彼女を庇うように前へ出る。

 

 「そういうの、酷いと思うぜカナード」
 「そうだよ。同じ人間なのに――」

 

 だがそんなキラを、カナードはきっと見据えていった。

 

 「同じコーディネイターなのに、だろう? ならば貴様はザフトへ行け。その方がオレとしてもやりやすい」

 

 おろおろとしているカズイを尻目に、彼は再び意地の悪い笑みを浮かべた。フレイはそんな彼に、嫌悪も隠さずに叫んだ。

 

 「あんただってそうじゃない! 同じコーディネイター同士、ちょっとくらい仲良くしなさいよ!」

 

 言われた彼は拳を握りしめ、冷ややかな様子で彼らを睨みつける。

 

 「『同じ』だと? オレが? こんなのと?」

 

 含んだような笑いをこぼしてから、彼は立ち上がった。

 

 「――この女は敵だ。それ以外の何者でもない。痛めつけてから、知っていることを全て吐かせる」
 「で、でも……!」

 

 何か反論しようと、キラは思考をめぐらしたが、思いつかない。確かに彼女は敵なのかもしれない。だが――。
 少年たちは、助けを求めるように、先ほどから状況を静観していた男に目をやった。アムロは顎に指を当て、考え込むような仕草をしてから彼らを見回す。

 

 「拷問か。それも良いかもしれないな」
 「そんな!」

 

 震えたラクスを庇うようにキラたちが一斉に非難の声を上げた。彼はそのまま続ける。

 

 「食事をしよう。みんなでさ」

 

 アムロの唐突な内容に、彼らは目を丸くして「へ?」と情けない声をあげた。カナードが苛立った口調で怒鳴り声をあげる。

 

 「なんでそうなる! オレはこの女を――」
 「女性に相応しい拷問と言っただろう? アイドルだというのなら、ダイエットをしているかもしれない」

 

 言われた理屈に目を丸くし固まっている少年少女を見て、アムロは唐突に聞いた。

 

 「お腹は減ってる?」
 「え? あ、はい」

 

 どぎまぎと言うラクスの言葉を聞いてから、アムロは立ち上がって厨房のカウンターに向かいながら続ける。

 

 「ン。彼女は菜食主義者かもしれないな、肉もつけさせよう」

 

 独創的な拷問だ、とキラはこらえきれず噴出し、他の友人達も同じ様子であった。一人取り残されたカナードはむすっとして座りなおしたが、これ以上口を挟む気は無いように見えた。

 
 

 「――あれ?」

 

 通信士のシートで、マニュアルを読みながら勉強をしていたミリアリアが声をあげる。
〝アルテミス〟を脱出して以降、搭載された戦力が増えたので、やや本格的にモビルスーツ・モビルアーマー管制としての勉強をする羽目になってしまったのだ。
そんな彼女について指導をしていたメリオルが彼女の横から顔をのぞかせる。

 

 「何か問題でも?」
 「えーと、これって何です? 知らない反応なんですけど」

 

 そう言ってから、「これです」と問題の計器を指差して見せた。それを見て、メリオルは慌てて計器をいじる。

 

 「これは……!――艦長っ!」

 

 その声に、マリューとナタルは振り返った。今度はなんだ、と身構える彼女らに、メリオルは叫ぶように言った。

 

 「通信です! 地球軍第八艦隊の暗号パルスです!――パル伍長っ!」

 

 飲んでいたドリンクを放り出し、慌てて正規オペレーターのパルがやってくる。

 

 「追えるのか!?」
 「やってます!」

 

 ミリアリアがどいた席に座って、パルは計器をいじりはじめる。マリューとナタルが彼の横までやってきて、メリオルたちとともにモニターを覗き込む。やがて、ノイズにしか聞こえないが、独特の波形が計器に現れる。

 

 「――解析します!」

 

 パルがキーボードに指を走らせた。ほどなく、スピーカーからノイズ混じりの音声が飛び出した。

 

 〈――ちら……第八艦隊先遣……〝モントゴメリ〟。〝アー……ェル〟、応答……〉

 

 艦橋に安堵の声がわき上がった。

 

 「ハルバートン准将旗下の部隊だわ!」
 「位置は!?」
 「待ってください……まだかなりの距離があるものと……」
 「だが、合流できれば」

 

 トノムラとノイマンが、ぱしっと手を打ち合わせる。

 

 「ああ、やっと少しは安心できるぜ!」

 

 ここまで、寄せ集めの人材で、誰にも頼る事ができず、必死に逃げまわるばかりあった彼らに、やっと小さな希望の光が射した。
 その光は艦内のすみずみまでを照らすようだった。先遣隊派遣のニュースを聞いてから、これまで張り詰めていたクルーの顔に笑顔が戻り、避難民達の間にもほっとした空気が生まれる。
あと少しの辛抱だ。地上に降りたら離れ離れになった肉親とも連絡が取れるだろう、と。
 会話のはずむ食堂の一角で、ミリアリアがフレイに新たなニュースを告げた。

 

 「――パパが?」

 

 フレイは、花咲くような笑顔になる。

 

 「うん、先遣隊と一緒に来てるんだってさ。こっちの乗員名簿を送っておいたから、きっと気づいてくれるわ」
 「まあ、フレイ様のお父様っ。きっとお優しいかたなのでしょうね」

 

 彼女たちが幸せそうなのを見て、ラクスまで嬉しそうに微笑む。

 

 「そうよ、パパは優しいんだから。きっとあんたのことだって考えてくれるわよ。うん、絶対そうっ!」
 「フレイのお父さんってしっかりした人なのよねえ、娘と違って」

 

 顔を赤くして「むっかー、ミリアリアって毒舌」と怒って見せるフレイを見ながら、ラクスはくすくすと笑ってしまった。
 やがて、ラクスは笑うのをやめ、テーブルの上できゅるきゅると退屈そうに転がるハロ手に持ち、顔の前に引き寄せた。
 彼女はこれまで、ナチュラルを身近に感じたことがなかった。戦争のことは、頭では理解しているつもりだった。幼少時から聞かされていたナチュラルの様子。
父や、その親しい友人らから聞かされていた二つの種族の確執。だが、想像と体験はいつも異なる。時には裏切り、時には素敵な出会いをもたらす。彼女は幸せな笑みを浮かべて、ハロに話しかけた。

 

 「――では問題です。わたくしたちはどこへ向かっているのでしょうか?」

 

 ――どこへ向かっているのか……?
 それはわかりきったことのように見えて、実際には誰にも、わからないことだった。だが、その先にはきっと――。

 
 

 艦橋に、先遣隊からの通信が入った。

 

 〈本艦隊のランデブーポイントへの到着時刻は予定通り。合流後、〝アークエンジェル〟は本艦の指揮下に入り、月本部との合流地点へ向かう。あとわずかだ。無事の到着を祈る〉

 

 護衛艦〝モントゴメリ〟艦長のコープマンが、落ち着いた口調で言った。その落ちつきが、マリューには嬉しかった。組織の中に再び組み入れられることが、これほどの安堵をもたらすと、彼女は始めて知った。
 ふと、画面に別の人物が映った。軍の制服ではなく、スーツを着こなした、押し出しのいい中年の男性だ。彼は透き通るような声で名乗った。

 

 〈大西洋連邦事務次官、ジョージ・アルスターだ。まずは民間人の救助に尽力してくれたことに礼を言いたい〉

 

 ああ、と、マリューは思い当たる。フレイの父のことは、サイたちから聞いていた。
こうしてあとから考えてみると、政府の重要人物の愛嬢を保護できた事は、今後の評価に少しは役立つだろう。キラのおかげだ。

 

 〈あー、その、乗員名簿の中に、わが娘フレイ・アルスターの名があったのだが……できれば顔を見せてもらえると――〉
 「――パパっ!」

 

 トールの代わりにコパイロット席に座っていたフレイが、嬉しそうに声をあげる。マリューは少し当惑したが、どうやら他のクルーたちも同じ様子だった。
ここは軍艦だとわかっていないのだろうか。気持ちはわからないでもないが、公私混同もはなはだしい。
横からコープマンが苦り切った声で、〈事務次官どの、合流すれば、すぐに会えますので〉と牽制しているが、それを聞く耳持つ気なくジョージは愛娘との再会を楽しんでいた。

 

 〈フレイ! 大変だっただろう? 寂しかっただろう? パパが迎えに来たよ。さあ、もう大丈夫だ〉
 「もう、パパったら……。でも、大丈夫よパパ。色んな人が守ってくれたもの」

 

 流石に気恥ずかしいのかフレイは顔を少し赤らめるているが、モニターの中にいるジョージがそれを気にした素振りはなかった。
彼の隣には、顔に手を当ててうつむいてしまっているコープマンの姿もある。おそらく、事務次官という地位をかさにごり押しされ、断りきれなかったのだろう。
 彼はしばしの再会を楽しんだ後、居住まいを正しマリューらに向き直る。
 その鋭い視線にマリューは思わず背筋を伸ばした。

 

 〈――現在地球では、中立国の〝ヘリオポリス〟が破壊された事で、反コーディネイター意識が高まってきている〉

 

 マリューはそれを聞いて顔を顰めた。この艦には自分達を護ってくれたコーディネイターも乗っているのだ……。彼は続ける。

 

 〈だが、こうやって多くの者が無事に戻り――そのために尽力を尽くしてくれたコーディネイターの少年もいると聞いた。
これは地球に住むコーディネイターたちにとっても、迫害や差別を抑えることのできる大きな要因となるだろう〉

 

 ジョージは悪戯っ子のような笑みをこぼしながら言った。彼のその表情はまるでマリューの表情が変わっていくのを楽しんでいるようにも見えた。ナタルが驚いた様子で彼に問いただす。

 

 「アルスター事務次官殿は……〝ブルーコスモス〟だと聞きました。だのに何故彼らを庇うようなことを――」

 

 彼女が口にしたのは、自然主義を掲げるロビィ団体の名称だった。
C.E.30年代の遺伝子改変ブームに対抗するように発生したこの団体は、「人類よ、自然に還れ」をテーマにしたさまざまな抗議活動を行ない、中にはテロや海賊行為にまで発展する、危険な分派も存在する。
コーディネイター迫害の先頭に立ったのも、この〝ブルーコスモス〟だ。

 

 〈何時の時代も極端な暴力ばかりが目立つものだ〉

 

 心外だと言う様に力なく首を振ったジョージは、少ししてから仰ぎ見るように顔を上げた。

 

 〈私はね、お嬢さん。地球が好きなんだ。そしてそこに住む人々も……〉

 

 クルー達はみな、口をつぐんだまま彼の次の言葉を待った。

 

 〈そして私と同じように地球を愛し、そこを故郷と選んでくれた者ならば。たとえコーディネイターだろうと――それこそエイリアンだとか、漫画に出てくるような宇宙怪獣だとか――どんな者たちでも、私は歓迎するよ〉

 

 ジョージ・アルスターとはこういう男か、とマリューは胸の底で感動していた。自分のしたことは間違っていなかった。
 ナタルがそのまま反論した。

 

 〈ですが! 我々はコーディネイターたちと戦争をしているのですよ!?〉
 〈そう、私たちは戦争をしているのだよ。――ザフトと、ね〉

 

 ザフトの部分を強調して、彼は正面からナタルを見据えて言った。

 

 〈命とは、それを産み出す者にこそ責任が問われる……。既にそこに存在する者たちには、何の罪も無い。私はそう思う〉

 

 反論してくる女性がただの士官だということを気にした素振りもなく、彼は少し悲しそうにうつむいた。

 

 〈……そう、産み出す者にこそ、真の罪がある……。だから私は〝ブルーコスモス〟をやっているのさ〉

 

 想いを馳せるような顔で言った彼に、横でコープマンが軽く咳払いをしたのが見え、ジョージは少し肩を竦ませてからはっと我にかえった。

 

 〈と、とにかく。よくやってくれた、〝アークエンジェル〟。ジョゼフ大統領もお喜びになられるだろう〉

 

 マリューたちは彼の真意を聞き、「――はっ!」と見事な敬礼をしたのだが、
お構いなしとばかりにジョージの顔が緩みきり〈ようしフレイ、久々にパパとお風呂に入ろうか!〉などと言いながらモニターいっぱいに寄って来るのを見て呆れてしまった。
フレイは顔を真っ赤にして、「もうそんな年じゃなないわよぉっ!」と反論している。

 

 「こういう人ですよ。フレイの親父さんって」

 

 オペレーター席で、サイが苦笑する。先ほどの様子はなんだったのか、とマリューとモニターの中のコープマンは苦い顔をして、同時にため息をついた。
 ともあれ、合流まではあとわずかだった。

 
 

 一方、〝アークエンジェル〟より先に、先遣隊を捉えた艦があった。ラクス・クライン探索の任を負った、〝ヴェサリウス〟である。
それに寄り添うように、二隻のナスカ級戦艦〝ヘルダーリン〟、〝ホイジンガー〟の姿もある。

 

 「地球軍の艦隊が、こんなところで何を……?」

 

 アデスが口にした疑問に、レーダーパネルをのぞきこんでいたラウが独り言のように応じた。

 

 「『足つき』が〝アルテミス〟から月へ向かうとすれば、どうするかな」

 

 『足つき』――〝アークエンジェル〟の伏せた動物の前足を連想させる特徴的な両弦の形から、彼らはこの新造艦をこう呼ぶことにしたのだった。

 

 「補給……もしくは、出迎えの艦艇……と?」
 「ラコーニとポルトの隊の合流が、予定より遅れている。もしあれが『足つき』に補給を運ぶ艦ならば……このまま見過ごすわけにはいかない」
 「我々がですか? しかし我々は……」

 

 アデスは当惑してラウの顔をうかがう。ラウはいつもの、何を考えているかわからない笑みを浮かべた。

 

 「我々は軍人だ。いくらラクス嬢捜索の任務があるとは言え、たった一人の少女のために、あれを見過ごすというわけにもいくまい。
……私も後世、歴史家に笑われたくないしな。彼らには、私から言っておこう」

 

 彼らとは、〝ヘルダーリン〟と〝ホイジンガー〟に乗っている者たちのことである。
その二つの部隊は、ラクス・クライン探索に名乗り出たものたちで急遽結成された部隊で、その士気は同型艦である〝ヴェサリウス〟以上だ。

 

 「――私も出る」

 

 ラウはにいっと不敵な笑みを浮かべたが、その表情は仮面に隠され、それを確認できたものはいなかった。

 
 

 「レーダーに艦影三を補足! 護衛艦〝モントゴメリ〟、〝バーナード〟、〝ロー〟です!」

 

 〝アークエンジェル〟の艦橋に、喜びの声が溢れた。しかしレーダーパネルを見つめていたパルは、急に怪訝そうな表情になる。
ノイズが入ったのか、画面が乱れたのだ。計器を調整しても、画面の乱れはひどくなるばかりだ。
 マリューが何気なくそちらに目をやり、徐々に青ざめるパルの顔を見て、さっと表情を変えた。

 

 「――ジャマーです! エリア一帯、干渉を受けています!」

 

 パルの悲鳴のような声に、たった今沸いた艦橋は、冷水を浴びせられたように静まり返った。
 それが何を意味するか、誰もがはっきりわかっていた。先遣隊は、敵に見つかったのだ。

 
 

 遅まきながら敵艦に気づいた〝モントゴメリ〟でオペレーターが叫ぶ。

 

 「熱源接近!――そ、そんな……」

 

 うろたえるオペレーターに、コープマン艦長が一喝した。

 

 「どうした! 報告は正確にしろ!」
 「――は、はい! 〝シグー〟三――」

 

 基本性能の高いが、〝シグー〟は指揮官機としてのほうが有名である。その〝シグー〟が三機、という報告に眉を顰めつつ、コープマンは次の言葉を待った。

 

 「――X三○三〝イージス〟……――」

 

 泣き声になりながら言うオペレーターの声に、コープマンが一瞬息を潜める。だが、オペレーターの言葉にはまだ続きがあった。

 

 「――〝ジン〟十四です……っ! 艦長ぉ!」

 

 艦内が凍りついた。コープマンは驚きのあまり、しばし言葉を失う。はっと気を取り直し、彼は唸るように命令した。

 

 「〝アークエンジェル〟へ反転離脱を打電!――モビルアーマー発進急がせ!」
 「な、なんだと!? 合流できねば、ここまで来た意味がないではないか!」

 

 かたわらのジョージが抗議するのに、コープマンは怒鳴り返した。

 

 「あの艦が落とされるようなことになったら、もっと意味がないでしょう!?」

 

 一方、〝アークエンジェル〟でも、その事実を確認していた。

 

 「モビルスーツを十八機――〝イージス〟もいる!?」

 

 マリューは一瞬目を閉じた。握りしめた手が震える。

 

 「あのナスカ級は、それほどの大群を送ってよこしたと言うの?」
 「〝モントゴメリ〟より入電! 『ランデブーは中止、〝アークエンジェル〟はただちに反転離脱』とのことです!」
 「反転離脱ってなによっ……、ねえっパパの船は!?」

 

 フレイが思わず声を上げる。自分の父親が乗っている艦を、見捨てなければいけないということだ。
 うつむいて考えていたマリューが、決断したように頭を起こした。

 

 「今から反転しても、逃げ切れるという保障もないわ。それに、彼のような人物を失うわけにはいきません。――全艦第一戦闘配備! 〝アークエンジェル〟は先遣隊援護に向かいます!」

 
 

 〝アークエンジェル〟艦内に、警報が鳴り響いた。自室を飛び出したキラは、パイロットロッカーへ向かう。
ちょうど食堂の前を通り過ぎようとした時、中で手伝いをしていたラクスが大きな目できょとんとキラを見上げた。

 

 「なんですの? 急ににぎやかに……」
 「戦闘配備なんです。危険ですから、部屋に戻っていてください」
 「せんとうはいび……って、まあ、戦いになるのですか?」
 「そうです……ってか、もうなってます」
 「……キラ様も、戦われるのですか?」

 

 曇りのない淡いブルーの瞳で見つめられ、一瞬キラは言葉につまった。だが、突然何かに後頭部を思いっきりはたかれ、キラは前のめりに転びそうになる。

 

 「遅いぞ、何をやっている!」

 

 苛立ちを隠そうともせずに後ろからやってきたカナードは、そのまま飛ぶように走り去っていった。キラははっと我にかえり、ラクスに言った。

 

 「とにかく、安全なところにいてください――。ご、ごめん。待ってよ!」

 

 慌て駆けつけ、カナードのとなりにやってきたキラは、走りながら状況を聞いた。

 

 「敵に見つかったのかな? またあのナスカ級が――」
 「月の本隊から来た護衛艦がザフトに発見された。モビルスーツの数は十八。大群もいいとこだ!」

 

 不機嫌そうに叫ぶカナードに、キラは驚いて聞き返した。

 

 「十八っ!? 何でそんなに!?」
 「オレが知るか! だいたいなんだ貴様は、あんなところであんな女と無駄口を叩いてっ!」
 「知らないよ! ぼくだって困ってたんだからっ!」

 

 口論をしながらも急いで着替え、格納庫へ飛び込むと、〝ゼロ〟と〝エフ〟がすでに発進体勢に入っていた。

 

 「来たか! 坊主たちはモビルスーツに乗ってくれ、すぐに出せる!」
 「はい!」
 「……了解だ!」

 

 カナードはキラとまとめて坊主あつかいされたことが気に食わなかったのか不機嫌そうに舌打ちした。すぐさま彼は〝ジンアサルト〟へ向かっていった。
 キラはそれを追うように、〝ストライク〟のシートに着く。システムを立ち上げてる間に、ミリアリアが状況を教えてくれた。だがその声は恐怖に震えている。

 

 〈て、敵は……ナスカ級三隻に〝ジン〟十四機、〝シグー〟三機、〝イージス〟もいるわ! キラ、カナード……気をつけて!〉

 

 あらかじめ数を聞いていたので、それほど驚きはなかったが、いざこうして耳にすると、体が震えてくるのがわかった。
それに……〝イージス〟――キラの胃がずしりと重くなる。割り込むようにフレイから通信が入った。

 

 〈あの船にはパパが乗ってるのよ! 大丈夫よね? パパの船、やられたりしないわよね!? ね!〉

 

 モビルスーツ、十八機――。絶望的な数字。

 
 

 「だ、大丈夫だよ、フレイ。ぼくもカナードも、みんな行くから……」

 

 不安な顔をしたフレイをなだめるように明るい口調で言おうとするが、キラは体の震えが止まらない。

 

 「――大丈夫、大丈夫だよ……」

 

 半ば言い聞かせるように言ってから、視線を落とした。ここで、死ぬかもしれない。それは恐怖でしかない。あの暗闇の無重力で、命を落とす――。

 

 〈臆病ものめ〉

 

 ふとカナードがいつもの調子で言う。思わずキラはじっと見つめた。

 

 「――カナードは怖くないの……? これからぼくたち、あんな大群を相手にするってのに……」

 

 不安げなキラを見て、カナードは喜々とした表情を浮かべて口の端をゆがめた。

 

 〈怖い? ハハハハッ! 戦いこそがオレの存在理由、生きる証! この程度の相手にやられたのなら、オレはその程度だったというだけだ〉

 

 当然の用に言い切った彼を、キラは一瞬、怖い、と感じた。戦うために生きるだなんて……それを、自分と同じ顔をした少年が言うのだ。だが彼の次の言葉でその思いは覆される。

 

 〈生きていれば、負けじゃない。戦って戦って、最後に生き残っていればオレの勝ちだ……!〉

 

 彼の浮かべた笑みは不敵なものであり、何故だかキラは勇気が沸いて来た。まるで、鏡に映る自分が笑っているように思えたからかもしれない。
釣られて笑みを浮かべそうになるほど、彼はよく似ていた。どうやらその言葉を聞いていたクルー達もまた、キラと同じように勇気付けられたようだ。
――そう、ここで死ぬわけにはいかない……。自分達は生きなければならない。どんなに困難な障害が立ちはだかろうともそれを乗り越えていかねばならないのだ。

 

 「うん、そうだね。ありがとうカナード!」
 〈――は?〉

 

 目を丸くして驚いているカナードを無視して、キラたちはモニターに映るクルー達とともに意気込む。
その奥で、呆れたように頬をぽりぽりとかいているメリオルの姿が映っていたが、それに気づいたものはいなかった。
 アムロから通信が入る。

 

 〈キラ、君は〝モントゴメリ〟の支援を優先してくれ。フェイズシフト装甲もある、耐えることができるはずだ。シールドを二つ持っていくといい〉
 「シールドを……? はい、わかりました!」

 

 彼は短く答え、〝ストライク〟の起動完了を確認する。

 

 〈カナード、捕獲したジンに装備されていたスナイパーライフルがある。使えるな?〉
 〈当然だ〉

 

 自信に満ちた声で答えるカナードを見て、アムロは満足そうに頷いた

 

 〈ン、君は〝ストライク〟を中心に、護衛艦に近づいてくる敵機を撃ち落してくれ。頼りにさせてもらう〉

 

 〝ストライク〟の支援を言い渡されたカナードが不愉快そうに舌打ちするが流石にこの状況で駄々を捏ねるほど、自分勝手ではない。

 

 〈俺とアムロが先行して、敵をかく乱する。頼んだぜ坊主どもっ!――ムウ・ラ・フラガ、〝ゼロ〟出るぜ!〉

 

 そう命令をしてから出撃するムウに続いて、〝エフ〟もカタパルトへ向かった。

 

 〈フレイ、今はできる事を精一杯しよう。だから君も頑張るんだ。――アムロ、〝エフ〟出るぞ!〉
 〈貴様の支援は不本意極まりないが……、ちっ、今回だけだぞ!――カナード・パルス、〝ジンアサルト〟出す!〉

 

 舌打ちしてから、不敵そうににやりと笑い、予備弾装をたっぷりとくくりつけた〝ジンアサルト〟が出撃する。それに左腕と、背中に予備のシールドを背負った〝ストライク〟が続き、キラは決意を込めた。

 

 「キラ・ヤマト、〝ストライク〟行きます!」

 
 

 〈アスラン! そいつの性能、見させてもらうぜ!〉

 

 先行した橙の〝シグー〟から通信が入り、アスランは低く「ええ、先輩もお気をつけて」と答えた。
 本当はラクスの生死を一刻も早く確かめたい。そして、なるべくならキラとは戦いたくない――。だが、父と仲間の顔を思い出してから彼は迷いを振り捨て、キっと前方を見据えた。
 〝イージス〟の隣には、巨大な筒のようなものを四本背負いダークブルーに塗装された〝シグー・ディープアームズ〟と、
〝ジン〟をベースに宇宙空間での機動力に特化させた〝ジンハイマニューバ〟が寄り添うように集まり陣形を組む。慣れない様子の〝ディープアームズ〟にアスランは優しく声をかけた。

 

 「シホ、君はまだ実戦経験がない。〝シグー・ディープアームズ〟のテストだと思って戦えばいい」
 〈了解です、アスラン先輩!〉

 

 モニターの中で意気込むように答えた少女の名はシホ・ハーネンフース――エースパイロットの証である赤い軍服を着ている彼女は、
もともとはビーム兵器開発の技術者であったのだが、〝アークエンジェル〟の予想を超えた戦闘能力に対抗するために、
試験機でもある〝シグー・ディープアームズ〝ごと、急遽クルーゼ隊に転属となったのだ。長い黒髪をきっちりとそろえた、負けず嫌いでクールな少女である。
〝デュエル〟からのデータが反映されているのだが、実戦が早すぎるため、さほどの効果は期待できないだろう。
 真面目な彼女には、リラックスしろという意味で言った言葉を理解してもらえなかったようだ。アスランは軽くため息をついてから〝ジンハイマニューバ〟に通信を入れた。

 

 「ミハイルさん、『ドクター』のお力を拝見させていただきます」
 〈もちろんだ。私こそ、精鋭部隊のお手並みに期待させてもらう!〉

 

 ふっとクールに微笑むミハイルを心強く感じてから、アスランは遠くに見事なコンビネーションで動く漆黒の三機の〝ジンハイマニューバ〟に目をやるが、
その機動に関心する間もなく、敵艦から〝メビウス〟が発進し、展開する。地球連合軍の主力モビルアーマーだ。一瞬、前の戦いで出てきた鋼色のモビルアーマーを思い出し、顔を顰める。
全機が、なんてことは無いよな……。わずかに緊張を覚えたが、発射されたミサイルの軌道は甘いものであり、ひらひらと交わし、片端から打ち落としていく。

 
 

 「X三○三〝イージス〟、防衛網を突破! 本艦に向かってきます!」

 

 〝モントゴメリ〟の艦橋で、戦況を告げられたアルスター事務次官が唖然とする。

 

 「奪われた味方機に落とされる……? そんなふざけた話があるものか!」

 

 迫る〝イージス〟に、〝メビウス〟がその接近を阻もうとするが、片端から落とされていく。みるみる艦への距離をつめる敵機の姿を、ジョージは信じられない思いで見つめていた。その時、突然雨のような射撃が〝イージス〟を捉える。
 艦橋の直前まで来て、慌てて引き返す〝イージス〟。その射線の向こうには、太陽からの光を受け、剣のように輝くモビルアーマーの姿があった。

 

 「来てくれたのか!」

 

 助かった、という喜びを上げるジョージの横で、コープマン艦長が愕然とし、次に拳を握りしめた。彼はその拳をシートに叩きつけた。

 

 「――馬鹿な!」

 

 〝イージス〟はモビルアーマー形態に変形し、パッと先端のクローを開いた。その中心から除いた砲口、〝スキュラ〟からまばゆいエネルギーが発され、〝エフ〟に迫る。
 だがそれをたやすく回避し反撃してくるモビルアーマーにアスランは全身を震わせ息を呑む。

 

 「……奴が来たのか!?――シホ、ミハイルさん、こいつは手強い!」

 

 慌てて後退しながら通信を入れる〝イージス〟を無視して〝エフ〟は別の標的に狙いを定める。ドレイク級に迫る〝ジン〟の部隊だ。アスランは〝ジン〟の部隊に慌てて通信を入れた。

 

 「そちらに敵が行きます、すぐに退避をっ!」

 

 だが、帰ってきた声はアスランの意思に反して、緊張感のないものばかりだった。

 

 〈敵? ただのモビルアーマーだろう?〉
 〈そんなもの、さっさと落としてしまえばいい!〉
 〈そうすればラクス様の捜索もできるっ!〉

 

 馬鹿な、とアスランは言い返そうとするが、遅すぎた。
ドレイク級への攻撃に気を取られていた事、相手がモビルアーマーであることへの油断、そのパイロットがナチュラルであることへの侮蔑、そして自分達がコーディネイターであるという奢り。
それら全てが災いし、彼らの命を奪い去る。〝エフ〟がレールガンをまるでマシンガンのように三射すると、
放たれたそれらが取り付いていた三機の〝ジン〟のコクピットを正確に撃ちぬき、勝負は一瞬で決まった。

 

 「……!」

 

 ――一瞬で、三機……!

 

 苦渋に顔を歪めるアスランに通信が入る。

 

 〈アスラン、これがお前の言っていたとんでもない〝メビウス〟か!?〉

 

 通信先の男の名は、ハイネ・ヴェステンフルス――橙色の〝シグー〟を駆るこの男は、アスラン達の大先輩であり、その名を轟かせているエースパイロットだ。
その気さくな態度で、アスラン達とすぐにうち解けた。ラクス・クライン捜索のために組まれた部隊の隊長を任されている、頼りになる男だ。

 

 「ええ、クルーゼ隊長まで手玉に取るような化け物です。ヴェステンフルス先輩も――」
 〈ハ・イ・ネ。そう呼べって言ったろう? だが確かにあれはまずいな……――ミハイル、ヒルダ! 俺たちであれを抑える!〉

 

 そういって黒い〝ジンハイマニューバ〟に通信を入れたハイネに、驚きを交えた声がかかる。

 

 〈たった一機のモビルアーマー相手にかい!?〉
 〈おいおい、マジかよ?〉
 〈何ィ?〉
 〈ふっ。ハイネ・ヴェステンフルスともあろうものが、臆病風にでも吹かれたかな?〉

 

 リーダー格の眼帯をした女性、ヒルダ・ハーケンに続き、ヘルベルト・フォン・ラインハルト、マーズ・シメオンが驚きの声をあげ、ミハイルが軽く皮肉った。
 その様子を見たアスランは顔を顰めたが、ハイネは気にした様子なく苦笑を浮かべただけだった。

 

 〈臆病なくらいが丁度良いのさ。――行くぞ、一気に落とさせてもらうっ!〉

 

 メインスラスターを煌かせ、力強く飛ぶ橙の〝シグー〟を先頭に、四機の〝ジンハイマニューバ〟が続く。
アスランは、これならば……と期待をかけた所で、コクピット内に警報《アラート》が鳴り響き、慌てて回避運動を取る。一条のビームが機体を掠めた。

 
 

 「――外してしまった!? いや、避けられたんだ……」
 〈何をやっている!〉
 「避けられたんだよ!」

 

 怒鳴るカナードに反論したキラは、瞬時にモビルスーツ形態に戻り接近してくる〝イージス〟の姿に息を呑む。

 

 〈キラ・ヤマト、わかっているな? オレたちの任務は――〉
 「〝モントゴメリ〟の救援! 言われなくてもわかってるよっ!」

 

 〝イージス〟のライフルからビームが放たれた。〝ストライク〟は慌ててライフルを構えるが、周りにいた〝ジン〟も攻撃に加わってきたのでどうすることもできない。
その状況を見ていたカナードの苛立った声が通信から聞こえてきた。

 

 〈何をやっている! シールドを二つ持ってきただろう!?〉
 「持ってるけど、どうしろっての!」
 〈それくらいわかれ! クッソォ……なんでこんなのが……!〉

 

 キラはわけがわからず反論しようとするが、〝ジン〟が執拗な攻撃をしてきたのを見て、気持ちを切り替える。

 

 〈両手にシールドを持て! 〝モンゴゴメリ〟の盾になればいい!〉
 「えっ? で、でも敵は!?」

 

 キラは驚いて聞き返すが、カナードは不敵に笑うだけだった。

 

 〈貴様が敵を引き付け、オレが遠距離から狙撃をする……組織戦というやつを教えてやる!〉
 「――組織戦……?」
 〈生き残っていた〝メビウス〟部隊にも通信を入れた。貴様は守ることだけに集中していれば良い!〉

 

 そういうことなら、とキラはライフルを腰のアタッチメントに固定し、回避運動を単調にしてシールドを両手に構える。
〝ジン〟がそれを好機と見たのか一斉に攻撃をしかけてきた。〝ジン〟のライフルやバズーカから撃ちだされた弾がシールドに当たって弾ける。
キラは衝撃に顔を顰めながらも、〝ジン〟が真横からの攻撃に横なぎにされ、四散していく姿を捉える事ができた。
それに追い討ちをかけるように、わずかに残っていた〝メビウス〟部隊が一斉に攻撃をしかける。
周囲の〝ジン〟は慌てて回避運動を取るが、更に遠距離からの正確な射撃で、一機、また一機と着実に戦力を削っていく。それに気づいた一機の〝ジン〟が、カナードの所へ向かおうとした。

 

 「カナード。くそっ、行かせるわけには!」

 

 キラは意を決して、シールドを構えたまま〝ジン〟に体当たりを仕掛けた。たまらず避けた〝ジン〟が、カナードに狙撃されて機体を損傷させていく。

 

 〈そうだ、ライフルは使うなよ? フェイズシフト装甲を持っているのは〝ストライク〟だけだからな〉

 

 満足そうなカナードに、キラははっと気づいて声をかけた。

 

 「〝イージス〟がいない……?――そっちに行ったかもしれない!」

 

 通信から舌打ちをしたのが漏れ聞こえた。

 

 「待ってて、ぼくが行くから――」
 〈来るな!〉

 

 キラは「えっ?」と声を出すが、カナードはそれを聞いた様子は無い。

 

 〈貴様は〝モントゴメリ〟を守ることを考えていれば良い! 敵の〝ジン〟は〝メビウス〟が潰す! それにオレはこんなところで死なん!〉

 

 そうやって意地の悪い笑みを浮かべているカナードに、キラは目頭が熱くなるのを感じた。

 

 「うん、そうだね……。そうだよカナード。ありがとうっ!」

 

 頼もしく――まるで兄のように励ましてくれる彼に感激しているキラには、〈何をさっきから!〉と苛立った声をあげるカナードの言葉など、耳には入らなかった。
 〝ゼロ〟は〝ロー〟に攻撃を仕掛けていた六機の〝ジン〟とダークブルー〝シグー〟相手に、見事な奮戦をしていた。
〝エフ〟で得られたデータを反映したこともあり、〝ガンバレル〟の機動も見違えるよう俊敏さを見せている。今まで以上に〝ゼロ〟が自分の感覚についてきてくれるのを感じ、ムウはにやりと笑みを浮かべた。

 

 「敵の数は多いが……今の〝ゼロ〟ならば!」

 

 〝ガンバレル〟二機の〝ジン〟を捉え、レールガンでもう一機の〝ジン〟を破壊する。そこへデータに無い青い〝シグー〟がビームを撃ってきた。

 

 「ザフトがビームを使ってきた?――だがそんな大振りの攻撃に俺と〝ゼロ〟が当たるものかよ!」

 

 不敵な笑みを浮かべ、ムウは〝ゼロ〟を加速させた。
 目の前の〝ゼロ〟からの攻撃に四苦八苦しながらも、シホは何とか〝シグー〟を操って攻撃をする。それでも、〝ガンバレル〟の予想以上の機敏さに、額に汗を浮かべた。

 

 「情報と全然違う!? 本物の〝ガンバレル〟がこんなに早いだなんて……!」

 

 すぐ横にいた〝ジン〟が撃破されたのを見て、シホは青ざめる。

 

 「これではもたない!? わ、私は……こんなところで……!」

 
 

 〝イージス〟の中で、アスランは苛立ちを隠そうともせずにひとりごちる。

 

 「この数で攻めて押し切れてない?――〝ストライク〟……。キラが乗っているのかもしれないというのに……!」

 

 目の前の灰と赤に塗り分けられた〝ジンアサルト〟に照準を合わせ、ライフルを放つ。

 

 「鹵獲したモビルスーツなどっ!」

 

 〝イージス〟から放たれたビームを避けながら、〝ジナサルト〟はスナイパーライフルを腰に戻し、バズーカを構える。

 

 「あの衝撃を防ぎきる事はできない……!」

 

 舌打ちをして〝ジンアサルト〟の攻撃を交わすアスランは、この一機に手間取る事に苛立っていた。ビームを何発か放つが、当たらない。
こいつもなかなかの手馴れだ……。そう考えてからのアスランは早かった。〝イージス〟を一気に加速させ、ビームサーベルに持ちかえて切りかかる。
 〝ジンアサルト〟は距離を取ろうとして後退するが、〝イージス〟はそれに追いすがる。
引き離せないと悟ったのか、〝ジンアサルト〟が肩のガトリングをばら撒きながら体当たりを仕掛けてきた。
 サーベルを振る前に懐に入られてしまい、慌ててシールドを構える。コクピット内に衝撃が走る。
〝ジンアサルト〟の自重をかけた体当たりで、シールドを構えた腕が軋むのがわかった。その時、接触回線で開いた通信から、聞き慣れた声が漏れ聞こえてきた。

 

 〈このパワー差!? オレにもコイツがあれば……!〉
 「キラ!?」
 〈オレはカナード・パルスだ!〉

 

 激昂したように叫ぶ相手の声に、アスランは一瞬びくっと体を震わせる。どうやら触れてはならない部分に触れてしまったようだが、驚きのあまり我を失ったアスランにそれはわからなかった。

 

 「嘘だっ! 俺がお前の声を聞き間違えるはずがないだろう!? 俺と来い。お前は利用されているんだ!」

 
 

 敵が動きを止めた隙にカナードはバズーカを撃ち、衝撃で弾き飛ばされていく〝イージス〟を睨みながら彼はひとりごちた。

 

 「どいつもこいつもキラ、キラ、キラ、キラっ! 何だというんだ!」

 

 だがすぐさま〝イージス〟は体勢を立て直し、〝ジンアサルト〟に向かってくる。カナードは応戦しようとするが、後方からの強力なビーム射撃が〝イージス〟を狙うのを見て、驚いて叫んだ。

 

 「〝アークエンジェル〟が前へ出てきた!?」

 

 言ってから、それも仕方ないか、と顔を顰め、スナイパーライフルを構えなおす。〝イージス〟は艦の猛攻にさらされ、後退していく。ふと、カナードは別に動くものを見つけたのでそれに狙いを定めた。

 
 

 「〝ゴットフリート〟一番、照準合わせ! てェッ!」
 「〝イージス〟、後退していきます!」
 「〝ヴェサリウス〟よりミサイル! 〝ロー〟へ向かっています!」
 「……くそっ!」

 

 〝アークエンジェル〟艦橋では、号令が飛び交い、モニターにはめまぐるしく変わる戦況が映し出されている。

 

 「〝ジンアサルト〟がミサイルの狙撃に成功!」

 

 パルの報告に艦内が沸きあがる。だが、それも束の間、新たな報告が入ってきた。

 

 「ナスカ級の後方から、新たな機影を確認! ローラシア級、来ます!」
 「あのローラシア級か!」

 

 ナタルが驚きの声をあげる。マリューは意を決したように命令を出した。

 

 「特装砲〝ローエングリン〟一番、二番用意! 〝アークエンジェル〟は更に前進し、艦隊の盾になります!」

 

 特装砲〝ローエングリン〟――両艦首に一門ずつ装備されている、〝アークエンジェル〟に試験的に装備された、実質、艦の最も強力な主砲である。
陽電子破城砲と名のついたそれは、目の前の障害全てをなぎ払うほどの驚異的な性能を誇る。だが、それゆえに、使用をためらってきたのだ。しかし、その封印がついに解かれた。

 

 「……っ! 了解。〝ローエングリン〟チャージ! 各自管制を怠るな!」

 

 ナタルが命令を反復し、艦内に再び慌しい号令が飛び交う。
 〝アークエンジェル〟の一室で、一人の少女が何かを考え込むようにたたずんでいた。
振動が来るたびに、悔しそうに顔を顰める。ピンク色の丸いロボットが、少女を慰めるように〈ハロ・ハロ〉と電子音を流す。少女はそれに目をやり、何かを決意したかのように立ち上がった。

 
 

 橙の〝シグー〟が、一本の重斬刀を両手に持ち、執拗に〝エフ〟を追い回す。何度切りかかっても紙一重でかわされ、ハイネは少しずつ焦りを覚えはじめた。
四機の〝ジンハイマニューバ〟たちもマシンガンやライフルを持ち、援護してくれるのだが、それらはすべて無駄と終わった。

 

 「くっそぉ……! アスランの話以上じゃないか! こういうことはできるものなのかよ!?」

 

 苛立ったハイネが声をあげるが、周囲にいる仲間も同じ気持ちのようだ。

 

 〈あたし等がこれだけ揃って手玉に取られるなんて……!――マーズ、ヘルベルト! あの色無しに〝ジェットストリームアタック〟をしかける!〉

 

 〝ジェットストリームアタック〟――彼らのチームワークが生み出す必殺技は、三機の連続攻撃によって撃墜するという大技である。
そしてこの技を成功させるためには個々の技量、メンバー間の連携、いずれもがハイレベルでなければならない。
 ヒルダの相棒の二人から、〈おう!〉という威勢の良い声が聞こえてくる。ならば、とハイネは考え、四人に通信を入れた。

 

 「俺は援護に回らせてもらう!――ミハイルは、逆方向からの支援を! 挟み撃ちにする!」
 〈了解した〉

 

 このチームワークならば!
 〝シグー〟の武器をマシンガンに持ち替え、〝エフ〟にばら撒いた。その隙に黒い三機の〝ジンハイマニューバ〟が陣形を組み、太陽光を反射する鋼色に迫った。
 〝エフ〟に装着されている〝ファントム〟のうち、三基がぱっと放たればらばらに発射されていく。それはあたかも鋭い意志のように漆黒の宇宙を舞う。
 ――使ってきた!

 

 「ならあれを引き付けるのが俺の役目だろうが!」

 

 〝ガンバレル〟とは違い、虚空の闇を抉り裂くような鋭い機動で迫る〝ファントム〟を、橙の〝シグー〟が友軍機を守るように立ちはだかった。
三基の〝ファントム〟が一斉に攻撃をしかけてくるが、ハイネはジグザグに機体を滑らせ辛うじて回避する。
 〝エフ〟に一機の黒い〝ジンハイマニューバ〟が迫る。いや、正確には一機ではない。三機の息の合った機動により、一機に見せかけているのだ。
 ――いける。ハイネは心の中でそうつぶやいた。

 
 

 ヒルダは〝ジンハイマニューバ〟のコクピット内で、直進してくる〝エフ〟に対して武者震いをしていた。勝負に出る気だと直感的にわかったのだ。
だが、〝ジェットストリームアタック〟は未だ破られた事のない無敵の技だ。
最初に一機目がしかけ、影に隠れた二機目が追い討ちをかけ、最後の三機目が止めを刺す三段構えの攻撃――。やぶられるはずがない!
 彼女は雄たけびを上げた。

 

 「〝ジェットストリームアタック〟を……くらえっ!!」

 

 まずはヒルダが仕掛けた。マシンガンをばら撒きながら〝エフ〟に突撃する。しかし、〝エフ〟は直進したまま軽くロールをかけ、弾の軌跡のすれすれを縫うようにして回避していく。
 恐ろしい腕前だ……。ヒルダは舌打ちした。

 

 「――ヘルベルト!」

 

 二機目が仕掛けた。重斬刀を両手でがっしりと持ち、力いっぱい切りかかる。〝エフ〟は更に回転を続け、装甲の曲面でそれをいなす。

 

 〈なっ!?〉

 

 ぞっとするヒルダと同じように、ヘルベルトの悔しそうな唸り声が通信から聞こえてきた。
 だが、これで終わりだ。最後のマーズが止めを刺すべくライフルを向ける。
 しかし〝エフ〟は最後の〝ジンハイマニューバ〟の撃つ前に、――二機目のヘルベルトの後からマーズが現れるよりも一瞬早く、レールガンを連射した。
マーズは慌てて回避運動をとらせたが、ライフルを破壊されてしまった。

 

 〈こっちの姿が見えていた!?〉
 「――あのタイミングで……!」

 

 〝エフ〟から最後の〝ファントム〟が射出されたのを見て、ヒルダははっとして、回避運動をとるが、
コクピットへの直撃コースを予感し慌てて両腕でガードすると、その両腕がはじけ飛びその衝撃でシートに体をたたきつけられ「あうっ」と肺に残っていた空気を吐きだした。
ヘルベルトの〝ジンハイマニューバ〟も同様に、背中から撃たれ、バーニアが起動しないようだった。

 
 

 少し離れた位置から援護射撃をしていたハイネは驚愕して叫んだ。

 

 「なんでこういうことができるっ!?」
 〈来るぞ、ハイネ!〉

 

 慌てたようすのミハイルからの通信で、ハイネははっと顔を上げた。
マシンガンを構え連射して応戦するが、〝エフ〟は興味を失ったかのように〝ファントム〟を帰還させ、待機状態にさせる。ハイネは思わずカッとなり、激昂した。

 

 「俺を馬鹿にしたのか!」

 

 それが、致命的な隙となった。待っていたとばかりに〝エフ〟はその隙を目掛けリニアガンを放つ。

 

 「――しまっ……」

 

 死を覚悟したハイネだったが、次に襲った衝撃は想像したものと違っていた。驚いて状況を確認すると、ミハイルの〝ジンハイマニューバ〟が彼の〝シグー〟を抱えて後退しているところだった。

 

 「ミハイル!?」
 〈死ぬよりはよかろう。ヒルダたちも回収して帰投させてもらう!〉

 

 ミハイルから弱気を感じ取ったハイネは苛立つも、モニターに映る〝ジンハイマニューバ〟の右肩が欠けているのを見、はっとした。
 ミハイルは、ハイネを庇ったのだ。悔しさに唇を噛み締めたハイネの様子を察知したのか、励ますような声で通信が入った。

 

 〈生きていれば次がある。たとえ何度負けようとも、生きている限りは未来があるのだ。今は耐えたまえ〉

 

 ハイネは、その言葉に何も返す事ができなかった。

 
 

 激しい戦闘が繰り広げられるなか、それに参加せずに静かに佇む〝シグー〟がいた。ラウである。彼はやや離れた宙域から、戦闘の様子を眺めながらひとりごちた。

 

 「『足つき』がわざわざ前へ出るか……。そして、〝ストライク〟は――ほう、ネルソン級の盾となるか。これはこれは、ずいぶんと献身的なことだ」

 

 にやり、と意地の悪い笑みを浮かべたラウは確信する。〝ヴェサリウス〟のアデスへ通信を入れた。

 

 「アデス、攻撃をネルソン級に集中させろ。他のは後回しで良い」
 〈――はっ……、ネルソン級でありますか?〉
 「そうだ、恐らくあれには地球連合にとって失うわけにはいかない重要な人物が乗っている――ラコーニとボルトの隊も発進させろ、補給は落ち合う前に済ませているはずだ」

 

 アデスが〈了解です〉と言って通信を切ったのをみて、ラウはまたいやらしく口元をゆがめる。
 〝シグー〟はスラスターをゆっくりと吹かせ、戦場へ向かっていった。

 
 

 〝ジンアサルト〟は、左足を失ったまま狙撃の体勢を崩さない。カナードは敵から攻撃を受けたのだ。それも見えない場所から突然に。
彼は、周囲に全神経を集中しながら、同時に〝モントゴメリ〟に近づく敵を狙撃するという離れ業をやってみせたのだが。撃墜できる数が激減したのを見て、舌打ちをしていた。
あのローレシア級が接近してきたという報告は既に聞いていた。〝ジン〟の増援があったことも。そしてそれらの攻撃が〝モントゴメリ〟に集中していることも。
更には、今自分を狙っているのが〝ブリッツ〟だということも、カナードにはわかっていた。
 ――どこだ……。次はどこから来る……。
 額に汗を浮かべながら感覚を研ぎ澄ましていたカナードだったが、どうも様子がおかしい。増援で来る〝ジン〟は全て〝モントゴメリ〟に向かって行くし、〝イージス〟だって……。
 カナードははっとひらめき、突然集中を解いて無防備な姿を宙空に晒した。
 ……攻撃は来なかった。やがて、みるみるうちに彼の顔に焦りが浮かんでくる。彼は慌てて〝ストライク〟へ通信をいれた。

 
 

 キラは、突然攻撃が激しくなってきたことに疑問を感じていた。また一機、また一機と〝ジン〟が集まってきているのだ。
〝イージス〟までもがやってきて、攻撃をしかけてくる。カナードと〝メビウス〟部隊が必死に攻撃をしかけるのだが、巧みに避けられ決定打を与えられないでいる。太いビームが、〝ストライク〟の体を掠めた。

 

 「あれは……〝バスター〟!?」

 

 驚愕して顔をゆがめるキラに、突然通信が入った。

 

 〈〝モントゴメリ〟を守れ! 〝ブリッツ〟が隠れているっ!〉

 

 キラは慌てて〝モントゴメリ〟の艦橋の空間に、体当たりを仕掛けた。何も無い空間に、衝撃が走る。その中から、〝ブリッツ〟がたまらず姿を現した。

 

 「あ、当たった!」

 

 キラは自分の勘が的中した事に顔をほころばせて喜んだ。また一歩、カナードやアムロに近づけたことが、嬉しかったのだ。が、そこまでだった。
 カナードと〝メビウス〟部隊の狙撃を全て回避しやってきた〝シグー〟が〝ストライク〟とすれ違う。一瞬、反応できなかったキラは背筋を凍らせる。すぐさまトリガーを引いたが、遅かった。
 〝シグー〟はストライクに応射をしながらも〝モントゴメリ〟に近づき、そのままの加速で艦橋を踏み潰した。ぐしゃっと歪んだ艦橋の様子を見て、キラの全身に戦慄が走る。

 

 「そ、そんな……」

 

 そのままの勢いで反転し、〝シグー〟はライフルで〝モントゴメリ〟の船体に銃撃を加えていく。キラは頭を振ってから前をキッと見据えた。

 

 「まだだ、まだっ!」

 

 シールドを構え、再び〝モントゴメリ〟の盾になろうとする〝ストライク〟。鋭い射撃が〝シグー〟を襲うと、〝エフ〟が舞うようにやってきた。

 

 〈間に合わなかったか……!〉

 

 アムロの悔しそうな声が聞こえる。キラは思わず声をあげた。

 

 「まだです! 生存者がいるかもしれない!」
 〈――行け! ここは俺が抑える!〉

 

 〝エフ〟は反転して、〝イージス〟と〝ブリッツ〟、〝シグー〟に狙いを定める。
〝ファントム〟の猛攻にたまらず三機は後退するが、他の〝ジン〟たちも〝エフ〟に攻撃を仕掛けてきたので〝エフ〟も一旦距離を取るしかなかった。

 
 

 〝モントゴメリ〟が〝シグー〟に攻撃された様子は、〝アークエンジェル〟でも捉えていた。
 艦橋は、凍りついていた。
 父が乗っている艦橋が潰れた瞬間を目の辺りにしたフレイの顔からさあっと血の気が引く。

 

 「…………うそ……」

 

 まるで魂が抜け落ちたかのような少女の声に、マリューははっとして命令を出した。

 

 「艦内の様子は、アルスター事務次官はどうなったの!?」
 「映像、映します!」

 

 先ほどジョージ・アルスターらが映っていたモニターにはもう何も映っていない。パルが慌てて計器をいじり、やがてモニターに別の映像が表示された。それを見て、マリューはうっと目を逸らす。
 映っていたのは、血と肉が飛び散り、見る影も無いほどに破壊された……先ほどまでコープマン艦長らがいたところだ。だがその中で動く影が一つある。
少し前まではコープマン艦長だったであろうものの下敷きとなって、ジョージがいた。

 

 「パパ……!」

 

 父の生きている姿を目にして安堵の声をあげるが、すぐにその表情は驚愕に変わる。ジョージは潰れた機材に腰から下を挟まれ、動けないでいたのだ。通信から苦しそうな彼の声が漏れ聞こえてくる。

 

 〈――コープマン艦長……。すまない〉

 

 フレイが泣きじゃくる。

 

 「あの子は何やってるのよ! パパを助けてよぉっ!」
 〈アルスターさん! フレイのお父さんは……。誰か、誰か返事してください!〉

 

 同時に聞こえてきた声は、間違いなく『あの子』のものであった。フレイは息を呑む。

 

 「ローラシア級より、〝デュエル〟の発進を確認! 〝イージス〟、〝ブリッツ〟と合流してこちらに向かってきます!」

 

 マリューの背筋に冷たいものが走る。――全滅。その二文字が、彼女の脳裏をよぎる。
だが、三機の〝G〟を目視したところで、カナードの〝ジンアサルト〟と〝ゼロ〟が追いつき、攻撃を加え始めた。しかし両機とも随所に被弾しており、長く持ちこたえる事はできないだろう。

 

 「パパ……パパぁっ……!」

 

 尚も叫び続けるフレイに言葉をかけてあげれるものなどこの場にはいなかった。通信から、キラの必死な声が漏れ聞こえてくる。

 

 〈……生きてる。早く脱出をしてください、何とか持ちこたえますから!〉
 〈君は……。そうか、君が〝ストライク〟に…………。――君だったか〉

 

 フレイはモニターを食い入るように見つめるが、映像がまた悪くなる。

 

 〈ぼくは……〉
 〈君に、罪はない――。裁かれるべき者たちはみな裁かれた。いきなさい。ここはもう危ない〉

 

 見れば、〝モントゴメリ〟の艦橋を体全体で覆うようにして〝ストライク〟が砲撃の盾となっていた。

 
 

 〈おい、エンディミオンの! もう持たないぞ!〉
 「弱音を吐くなんてらしくないな、カナード!」

 

 不敵な笑みをこぼしてムウがカナードに言った。既に〝ガンバレル〟は残り二基となり、カナードの〝ジンアサルト〟はもライフルの弾は既に撃ちつくしている。
にも関わらず、〝デュエル〟と〝ブリッツ〟は万全の状態で押してくる。
 肩のガトリングで応射しながら、カナードはつぶやく。

 

 〈オレは、まだ――〉
 「やるべきことがある、だろ? だがな、死に行く者に最後の言葉を残させてやる時間くらいは、与えてみせる!」

 

 〝ゼロ〟から二基のガンバレルが射出され、〝デュエル〟と〝ブリッツ〟目掛けて飛んでゆく。

 

 「俺とお前で〝イージス〟を抑える! 行っくぜえぇぇ!」

 
 

 砲撃を受けながらも必死に〝ストライク〟は耐えていた。艦の中にいるのはフレイの父親なのだ。憧れの、大好きな人の大切な人が乗っているのだ。
最近の彼女は、〝ヘリオポリス〟にいた頃よりもいっそう可愛らしくなったように思えるし、キラはそんな彼女に悲しい思いをさせたくなかった。
 彼はシートベルトを外し、外に出ようとした。

 

 「今そちらに行きますから……。諦めちゃだめです! あなたはフレイのお父さんなんでしょう!?」

 

 〈私はあの子に寂しい思いをさせた。妻が亡くなってから、あの子はいつも一人だった。
その所為でコーディネイターを恨んでいないだろうか? 地球の人々を殺したコーディネイターを、憎んではいないだろうか……〉

 

 その言葉にキラは胸を締め付けられた。コーディネイターとはそういうものなのか?
結局コーディネイターだって、〝ユニウス・セブン〟を破壊したナチュラルのように多くの命を奪っていったのだろうか……。
だがキラは、うつろな口調でその様な事を語りだした事務次官の様子を見て、それとは別の事を確信した。
 ――この人は、ここで死んでしまう。
 目の端で、十数機にもなる〝ジン〟を相手に獅子奮迅の戦いを繰り広げている〝エフ〟を捉えながら、キラは叫んだ。

 

 「そんなことありません! コーディネイターのぼくにだって他の友達と同じように接してくれて――
この前コーディネイターの女の子と友達になったんです。その子はいつもフレイとミリィと一緒にいて――」

 

 言いかけた所で、〝ジン〟のバズーカが〝ストライク〟に直撃した。
シートベルトを外していた所為で、その衝撃でコクピットの壁に思い切り体を打ち付けられ、鈍い痛みと体のうちに響く不快な音を感じ、どこかの骨が折れたかもしれないと脳の片隅で考えた。
また声が聞こえてくる。

 

 〈私の娘は……〉

 

 その時、〝エフ〟から淡い光が漏れたはじめたのに気づいたものはいなかった。

 
 

 無数の〝ジン〟が繰り出す雨のような攻撃を〝エフ〟は必死で回避している。ラウはその様子に舌打ちした。
〝ファントム〟はとうに破壊しつくしたというのに、こうも戦える〝エフ〟は恐ろしいと感じる。だが、だからこそ、素晴らしい。ラウは仮面越しからもわかるほど強烈に顔をゆがめた。

 

 「たいした男だよ貴様は! ムウなどでは比較にならないほどの実力を持っていながら、今まで私の耳に入る事がなかったとはな!」
 『あの時の男か!』

 

 走らされた言葉に、ラウはまたにいっと笑みを浮かべた。〝エフ〟に向かってマシンガンを連射する。

 

 「本当に素晴らしいよアムロ・レイ!――今ここで死んでもらおう!」

 

 〝エフ〟はその攻撃を回避し、二機の〝ジン〟を撃ち落す。

 

 『何故そうも簡単に人を殺せるんだ!? その力で他にできることがあると、何故気づかない!』
 「――力だと!?」

 

 青臭いことを! ラウは軽蔑の眼差しで見据えるが、すぐにいつもの表情の顔にもどり、〝エフ〟に迫った。

 

 「力ならあるさ! 貴様はあの世とやらで、私が成し遂げることをじっくりと観賞しているがいい」

 

 更に一機の〝ジン〟を撃墜し、〝エフ〟が次の獲物を探す。その時、太いビームが〝エフ〟を襲った。〝バスター〟、そして二機の〝シグー〟であった。片方の〝シグー〟は橙に塗られている。

 
 

 「ディアッカ、ラスティ。今度こそあの色無しを落とすぞ!」
 〈了解、任せときな!〉
 〈狙い撃つってね!〉

 

 無駄口を叩く二人を叱りつつ、ミゲルは激を飛ばした。

 

 「ハイネ先輩の借りは、返させてもらう!」

 
 

 〝ジン〟、〝シグー〟、そして新手三機を相手にしながら、アムロは激昂した。

 

 「残ったのは〝モントゴメリ〟だけなのか……!――俺は何をやっている、こんなところで。俺は……!」

 

 何射ものビームをかわしながら、ふと淡い光が漏れていることに気づいた。目をやると、サイコ・フレームが光を発している。

 

 「これは――人々の死を吸収している? いや、死に行く者の力か!?」

 

 人の思いを力にできるというこのサイコ・フレーム――。いったい誰が……。そこまで考えて、アムロはああと思い立った。
 ――自分の子供を大切に思わない親なんて、いないものな……。
 それは、アムロの独りよがりな願望であったのかもしれない。いくらコーディネイターだろうと、人の革新と呼ばれようと。
本当に人を動かすことができるのは、心に愛を満たしたものだと、そう信じたかった。
 アムロはきっと前を見据える。

 

 「ベルトーチカ、力を貸してくれ!」

 

 少なくとも自分を狙うこの敵だけはなんとしても落とすべく、アムロの目に再び力が宿った。

 
 

 モニターからアルスター事務次官の声が漏れてきている艦橋《ブリッジ》に、〝エフ〟と〝モントゴメリ〟、〝アークエンジェル〟を繋ぐように、
うっすらと――よく見なければわからないほどの淡い光がうっすらと伸びている。それに気づくものはいない。

 

 「――カナードッ!」

 

 メリオルの声にマリューははっと我に返った。目の前にまで迫った〝デュエル〟と、装甲をパージした〝ジンアサルト〟が刺し違える形で四散、爆発していくのが見え、背筋が凍る。

 

 「パイロットは!?」

 

 慌てて聞き返すマリューは、口元を押さえて震えているメリオルを横目に捉えながら、パルに聞いた。

 

 「待ってください!――脱出を確認!」
 ほっと安堵に胸をゆだねるのも束の間、新たな報告が入る。
 「〝ロー〟撃沈!」

 

 一瞬、青い〝シグー〟に船体を撃ち抜かれた〝ロー〟の姿が映り、遠くで爆発の光が見えた。
 その時、背後にあるドアが開いた。そちらを見やったカズイは、目にした光景が理解できずに唖然とした。その反応に気づいたクルーが振り返る。
 そこには、いつものふわりとした様子とは違い、いくらか凛としたラクスが立っていた。

 

 「――わたくしを盾にしてください……!」

 

 決意を込めた目で、ラクスは言う。
 そこにいるすべての者が、耳を疑った。

 

 「早くっ! わたくしはシーゲル・クラインの娘、ラクス・クラインです!――フレイさま……!」

 

 目の前で涙を流している少女に、悲しそうな顔をして手を伸ばす。

 

 〈フレイは……コーディネイターの友達を作ることができたのか……〉

 

 アルスターの声が、モニターの中から漏れ聞こえる。それとは違うモニターの中で、〝ヴェサリウス〟の主砲が火を噴いた。
二本の光条が宇宙空間を切り裂く。その先には〝モントゴメリ〟があった。
 弾かれるように〝ストライク〟が飛翔し、二つのシールドを両手に構えてその光条の先へと躍り出た。二枚のシールドがビームをはじき返してゆく。
しかし、いくらビームコーティングを施したシールドだろうと、戦艦の主砲を完全に抑えきることなどできない。
二枚のシールドは完全に溶け、ビームが直撃した〝ストライク〟は半身を抉られ、ぼろきれのように虚空へと投げ出される。
だが、その行動が功を制し、光条は辛うじて〝モントゴメリ〟を反れ虚空の闇へと吸い込まる。

 

 それを見つめていたマリューたちは息をのむ。

 

 「キラーっ!」

 

 トールの悲痛な叫び声がこだました。
 そして、護るもののいなくなった〝モントゴメリ〟に先ほどの〝シグー〟が近づいた。
ついさっきまで、群がるように飛び回っていた十数機の〝ジン〟は全て撃墜され、その残骸に混じって、太陽光を受けた鋼色の〝エフ〟が力尽きたように漂っている。

 

 「艦長!」

 

 ナタルが叫んだ。だがマリューは動かない。すでにキラがそこにはいないことに気づかずに、アルスター事務次官は弱々しく言葉を続けた。

 

 〈『約束』は、もう破られてしまった。私には誰も救うことができなかった。誰一人として……〉

 

 震えながら涙をこぼすフレイは何もできずに、〝シグー〟がマシンガンを構えるのをただ見つめていた。
 男の声は既に息絶え絶えだ。
〝シグー〟がゆっくりとトリガーを引いた。

 

 〈あの子に伝えて欲しい。どうか誰も――〉
 「――パパぁっ!!」

 

 マシンガンが、火を噴いた。連続で撃ちだされる弾丸が〝モントゴメリ〟の艦橋を直撃する。
そのままシグーは動力部へ向けて弾が切れるまで撃ち続け――次の瞬間、凄まじい爆発が起こる。
 パッとスクリーンが白くなり。すぐに明度が調整され、爆散していく艦の――かつて艦だったものの残骸が、残酷なほどくっきりと映し出される。
その瞬間、ラクスは見た。〝モントゴメリ〟と〝アークエンジェル〟を結ぶように、淡い光がつぶとなって伸びている。
そしてそれは爆発と同時に弾け、フレイを包み込んだ。艦内の誰もが気づかなかったであろう一瞬の出来事である。
 フレイは膝を落とし、座り込んでしまう。

 

 「あ……ああっ……」

 

 もはや口から出るのは、意味をなさないうめき声ばかりだ。壊れた玩具のように、その手足ががくがくと動く。ラクスは慌てて駆け寄り、震える手で抱きしめた。

 

 『――誰も、恨まないで欲しい』

 

 ……声が、した。ラクスははっと頭をあげ、辺りを見回したが、そこには何の変わりも無い、先ほどと同じように静まりかえった艦橋があっただけだ。
 フレイが泣きじゃくりながら、独り言のようにつぶやいた。

 

 「いやよ……。側にいてくれなきゃ……」

 

 彼女の呻きはそこまでしか聞こえなかった。
 ラクスは口元を押さえて震えて涙をこぼした。何も、何もできなかった。生まれて初めてできた友達だったのに、何ひとつとして……。それが悔しくてたまらない。
 〝シグー〟が弾の切れたマシンガンを放り、重斬刀に持ち替えて〝アークエンジェル〟に迫る。それに呼応するかのように立ちはだかった〝ゼロ〟と交差し〝シグー〟は四散した。そして〝ゼロ〟も――。

 

 「そんな……! 〝ストライク〟、〝ゼロ〟、〝エフ〟、全て機能停止! パイロットの生存は不明です……!」

 

 ミリアリアが涙声で言う。慌ててパルが計器を見直す。マリューはふと目の前を見た。そこにはフェイズシフトが落ちた〝ブリッツ〟が力なく漂っている。彼女は顔を顰めた。

 

 「……〝イージス〟は!?」

 

 それを言うのが早いか、艦橋の目の前にシールドと右足を失いつつも力強くライフルを構えた〝イージス〟が姿を現した。

 
 

 「――これで終わりだ……!」

 

 満身創痍、まさに今の状況に相応しい言葉だろう。
 しかし俺たちは勝った。多くの犠牲を払い、戦い抜いたのだ。
 だがトリガーを引こうとした瞬間、そこに捜し求めていた少女の姿を見つけてアスランは驚愕した。
薔薇のような赤毛の少女に寄り添うように桜色の髪が揺れる。見る者を幸せにさせるような可愛らしい瞳が涙に濡れ、こちらをじっと見つめている。

 

 「――ラクス?……ラクス・クライン!?」

 

 トリガーにかけた指が震える。なぜ彼女がここにいる。なぜ、なぜ『足つき』などに……。その時、コクピット内に警報《アラート》が鳴り響いた。慌てて避けたその位置に、無数の銃弾が降り注いだ。

 
 

 「――あれは……旗艦〝メネラオス〟!?」

 

 マリューが驚きの声をあげる中、ナタルが釣られて声をあげた。

 

 「ハルバートン提督がじきじきに来てくださったのか!?」

 

 地球連合軍第八艦隊――知将ハルバート率いる艦隊は、今、颯爽と〝アークエンジェル〟に接近し、その中に包み込もうとしていた。
数十にものぼる戦艦、駆逐艦から発進された数百ものモビルアーマー部隊が、〝イージス〟目掛けて一斉に攻撃をしかける。
 流石に慌てた〝イージス〟は、小破した〝デュエル〟と〝ブリッツ〟をさらって全速力で帰投していく。
少し離れた位置では、補給を済まして戻ってきた〝ジンハイマニューバ〟が、生き残った機体の回収に全力を当てている。
 やがて、〝ヴェサリウス〟以下の戦艦も反転し逃げ帰っていった。

 
 

 旗艦〝メネラオス〟がしずしずと近づいてくるのを唖然として見つめながら、ナタルが独り言のようにつぶやいた。

 

 「……助かった……のか……?」

 

 マリューははっと顔を上げ、慌てて命令を出した。

 

 「キラ君たちの回収を急いで!」

 

 その言葉には、彼らの無事を願う意味も含まれていたのだろう。マリューの号令ののち、艦橋内はまた慌しくなった。そこへ一際目立った活躍をしていた一機の〝メビウス・ゼロ〟から通信が入った。

 

 〈――そう心配しなさんな、そいつらは無事だ。かろうじて、だがな〉

 

 にっと頼りがいのあるような笑みを浮かべた男を、マリューは知っていた。彼の名はモーガン・シュバリエ。
――ユーラシア連邦の戦車部隊に所属していたのだが、アフリカ戦線で大敗したのをきっかけに、戦いの主役がモビルスーツに移り行くことを幾度と無く進言をしたことで厄介払いをされ、
大西洋連邦に訓練交換士官として配属されることとなったという変わった経緯を持った男である。しかしその腕前は『月下の狂犬』の二つ名を持つほどの手馴れで、その豪快そうな外見に似合わずかなりの知略家である。
 そのような男がいったいなぜここに……? マリューのその疑問を読んだかのように、モーガンは屈託の無い笑みを浮かべて言った。

 

 〈とんでもない〝メビウス〟使いがいると聞いてね。一パイロットとして、是非合いたいと思って艦隊に編入させてもらったのさ。――おっと、〝ストライク〟の坊主が少しやばいかもな。回収してそちらに運ぶから着艦許可をくれないか?〉

 

 特に慌てた様子もなくそう告げたモーガンに、ナタルはマリューの後ろから声をかけた。

 

 「わかるのですか!?」
 〈この宙域に来たとたん調子が良くてな。包み込んでくれるような何かを感じるが――回収した、今そちらに行く〉

 

 マリューは慌てて格納庫に指示を出したところで、ようやく一息がつくことができ、深い安堵の息をついた。
ナタルも帽子を取り、疲れた様子で椅子にふかぶかと座っている。ふと、うつむいたままのフレイが目に入った。マリューは視線を落として独り言のようにつぶやいた。

 

 「……今更来てくれたって。――死んだ人は帰ってこないのよ」

 

 そのうめきを聞いたラクスは、泣いているフレイにかける言葉すら見つからず、結局何もできなかった自分が許せなくて手を握りしめてうつむいていた。

 
 

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