――パトリック・ザラ、シーゲル・クライン両名を機密漏洩、及びスパイ容疑で逮捕。同時にマルキオを指名手配とし、彼を匿うオーブへと引渡しを要請した。
自国のトップらの裏切りという事実に、プラント国民は震撼した。それは同時に今の議会への不信へと繋がり、新たな議長選抜を余儀なくされることとなる。
そして幾多の候補を押しのけ、見事にプラント最高評議会議長の座を獲得したのが、ギルバート・デュランダルであった。
元遺伝子科学者でありながら、巧みな政治手腕や具体的な進路を示して見せ、更にはニューミレニアムシリーズと呼ばれる新型の量産機まで持ち出せば、他の者にその座を譲るはずもなかった。その不自然なほどスムーズな議会の進行に、異議を唱える間すら無く……。
オーブはパトリックらとの関与を否定したが、それに耳を傾ける者など皆無に等しかった。
――そう、彼らを除いては。
PHASE-25 怒れる瞳
「地球へ向かう」
唐突に下された命令に、ラスティは大げさに驚いて見せた。
「おいおいイザークってば! どうしたんだよっ!」
ディアッカがひゅっと口笛を吹くのを聞きながら、真剣なまなざしのミゲルが口を開く。
「良く許可が下りたな?」
すると、イザークの背後からシホが手元の資料を眺めながら答えた。
「新造艦〝ミネルバ〟、及び〝インパルス〟の実戦テストを兼ね、我々はそれの護衛という形になりました」
壁に背を預けていたミハイルが、ふむと顎に指をあて考える。
「なるほど。姫君は?」
「慰安巡礼と言う形で、なんとか」
すかさずシホが応答し、一同はほっと胸をなで下ろす。彼女の父であるシーゲル・クラインもまた、裏切り者として投獄されたのだ。無論彼らはそれを信じるはずもなく、何者かによるクーデターに近いものだと推察していた。
が、それでも彼らがそう信じることができたのは、アスランを通していくつかの情報を共有しているからでおり、仮にそれを公表したところでプラント評議会のトップすらも策略により謀殺する連中が相手では、結果は同じことだろうと踏んでいる。
そして、そのトップの娘のラクス・クラインにもまた、噂レベルだがスパイだったのではないかという疑いが広がり始めている。市民は、疑心暗鬼へと駆られていた。彼女を想う愛が、憎しみに変わろうとしている。
そして、政府はそれを煽っているようで……だから、今彼女を守るためには、彼女を信じてやれる者がやるしか他ならず、そのアスランの頼みをザラ隊の面々が実行した形になる。ザラ隊で、彼女を守るのだ。
そんな中、ニコルはこの戦いの謎めいた部分を解くべく、必死に思考をめぐらしていた。この技術の発展速度――。尋常ではないことだ……。ましてや新造戦艦など、そう易々と……。
そんな彼の様子に気づき、イザークは気づかうようにしてニコルの肩に手を置いた。
「考えすぎるな、ニコル」
「ですが……」
異常なのだ、今のザフトは、あらゆる意味で。ニコルは不安げな瞳をイザークに向けたが、彼は苦笑で答えるだけだ。
「今はできることをすれば良い。俺たちは〝ミネルバ〟に乗って地球へ行く、そのことだけを考えろ」
「……了解です」
未だ納得はできないが、自分たちはこれからその疑念の元ともなる新造戦艦に搭乗するのだ。調べるのはそれからでも遅くはないかもしれない。
ふいに、ミハイルが壁から背を起こした。
「ギルバート・デュランダルという男、信用できると思うかね?」
実際に彼と会い、指令を受理してきたイザークへ向けられた質問である。彼は短い沈黙の後、慎重に答えた。
「プラント国民を思う気持ちは、本物だと思う。だが、何か裏があるようにも感じられた――主観だけど、な」
ミハイルはふむと考え、短く「信じよう」とだけ告げた。
今でも信じられない。まさかアスランの父パトリック・ザラと、ラクスの父シーゲル・クラインが連合のスパイであったなどと……。ニコルの父であるユーリ・アマルフィも同意見のようで、彼らのそのような素振りなど見たことも無いのだという。
二人は間違いなく、ザフトの為に、そしてニコル達若いコーディネイターの未来の為に行動をしていた。それなのに――
強大な、敵がいるのかもしれない。ぞっと身を震わせ、弱気になりかけた自分を否定するようにニコルはぎゅっと拳を握る。
「……はぁ、僕たちこれからどうなっちゃうんでしょう」
が、皆の気持ちを代弁するかのようにアイザックがつぶやき、ミゲルに軽く頭を小突かれた。
〝JOSH―A〟を出発した〝ドミニオン〟の格納庫は、新たに配備された〝ストライクダガー〟の部隊の整備でごった返していた。基地守備隊の中から新たに六名のパイロットが選出され、六機の〝ストライクダガー〟がメンテナンスベッドに寝かされている。
そこから少し離れた場所には、トール用にと用意されたエースパイロット専用機、〝デュエルダガー〟が丁寧に寝かされており、外見上は青い〝ロングダガー〟でしかないが、その機体自体がなかなかの性能だったので、戦果は期待できるだろう。そんななか、カナードは手に持つ資料を睨みつけ、難しい顔になった。
「おい、〝E型〟は本当に治せなかったんだな?」
マードックは、またかと言いたげな視線を彼に向け、乱暴に溜息をついた。
「何度も言ってんだろお? 当たり所が悪かったんだ、諦めろってよ」
「だが、やりようは――」
「こっちだって大半を〝アークエンジェル〟に持ってかれちまったんだ、贅沢言うな坊主」
そう言われれば、納得するしかないのも現状なのだ。マードックの相棒であったハマナとブライアンも、〝アークエンジェル〟に乗って月まで行ってしまったのだから文句の一つもあるだろう。
「ようやく育ってきたってのに、半分以上あっちに持ってかれて、こっちに残ったのはあのキツイ姉ちゃんと小僧なんだってのに……」
また愚痴が始まりそうだ。カナードはやれやれと首を振り、「悪かった」とだけ告げ、新たに配備されたモビルスーツへと足を進めた。
ダークホワイトに塗装された四肢、ボディはグレイと黒のツートン、頭部には赤く塗られた二本のアンテナ、Xナンバーに良く似た特徴的な顔立ち、背部には特徴的なクローアームのような二本の翼のようなものを装備された機体――CAT―X一〝ハイペリオン〟。
モビルスーツの量産化を始めた大西洋連合に対抗するべく、ユーラシア連邦が〝アクタイオン・インダストリー〟と協力して作り上げた機体だったのだが、大西洋連合の技術の高さに敗北し、お払い箱になった機体のうち一機をアズラエルが拾い上げ、完成にまで持ってこさせたという異質な出自を持つ機体だ。
「――お前も捨てられたのか……?」
〝ハイペリオン〟の双眼《デュアルアイ》を見つめ、独り言のように呟いてみたが、虚しくなるだけだ。いや、そもそも自分と似た出生を持つこの機体だが、その名に関していれば遙かにマシであった。〝ハイペリオン〟の名の持つ意味、それは『高い天を行く者』。反して、自分の名であるカナードの持つ意味は『偽り』。
彼はなんとなくさびしい気持ちになりながら、スペックを頭に入れていった。
〝ドミニオン〟の航海は順調であった。連合の勢力圏内であるし、これといった戦闘もない。艦の操作性は良好で、〝アークエンジェル〟よりもさらに少数で運用できるべく改良された艦橋の居心地も悪くなかった。クルーも良く育ってきてくれている。
先の戦闘で、サイはバレルロールという離れ業をやって見せてくれたし、カズイとミリアリアも慣れたものだ。メリオルに関しては、言わずもがな、である。天候は快晴、実に順風満帆な航海である。――隣に座る男を除いては、の話だが。
「んー、退屈ですねエ」
彼が一言発する度に胃が重くなる。勤務中の艦橋で、ポップコーン片手に何かの資料を悠々と読む姿は実に腹立たしい。いや、資料だけならまだ我慢できなくはない。だがポップコーンは何だ、ポップコーンは。というか自分の部屋でやれ。
ふいに背後の扉が開き、ナタルは振り向いた。
「あ、失礼します」
キラが上目遣いで入り、ぺこりと一礼した。律儀なものだと思いながら眺めていると、アズラエルが「あーはいはい、ドウモ」と言いながらシートから身を乗り出し手を伸ばす。キラは少し迷うそぶりをしてから、一枚のデータディスクを彼に手渡した。
「はい、どうも。Nジャマーキャンセラーのデータ、確かに貰いましたヨ」
Nジャマーキャンセラー――キラが乗ってきた〝フリーダム〟とかいうモビルスーツは、核で動いていると知ったときは驚愕したものだ。この男にそのデータが渡るのは危険なことにも思えたのだが、そうでもしなければ、この少年の身柄を拘束されかねないので了承するしかなかったのも事実。
ナタルは己の判断が正しかったのか、未だに自信が持てない。核の炎を、再びこの世界に呼び戻してしまったのだから。だが、これで地球のエネルギー問題は解決に向かうのも事実である。これにより多くの人々の命が救われるのも、大切な事柄の一つなのだ。
そんな彼女の思惑とは裏腹に、アズラエルの表情は冴えない。
「キラ君、でしたっけ? これをくれたのは、フレノワ・グランって人なんですよネ?」
「えっ? は、はい」
思わず言葉を詰まらせたキラに、アズラエルは訝しげな顔を向ける。
「今、〝プラント〟がどうなってるか、知ってます?」
「いえ……」
難しい顔になったアズラエルが、そのまま考え込む。
「シーゲル・クラインが、君の〝フリーダム〟強奪の手引きをしたとかで、反逆罪に問われて捕まったんですよネェ」
「え――ッ!?」
思わず反応したナタルに、アズラエルはやれやれと溜息を吐いた。
「どうやらあちらもかなりきな臭いことになっているようですが……」
キラは驚愕の色をうかべ、わずかにぐらりと立ちくらんだ。それに追い討ちをかけるように、アズラエルが続ける。
「キミ、利用されたんですヨ、あっちのわるーい人たちに、ネ?」
キラは、アズラエルから言われた事を、引きずっていた。シーゲル・クラインとはラクスの父だ。それなら、嫌疑は彼女にも……? それだけではない、アズラエルが言うには、更にパトリック・ザラも同罪だとされているようで、彼はアスランの父で……。
取り返しのつかないことを、してしまったのかもしれない。みんなに会いたい一心で、守りたい一心で飛び出してきた。しかし、それは――
キラの心に、また罪が一つ一つ積み重なっていく。生まれ出た罪、存在する罪、生き続けている罪……。
とめどない自責の念に押しつぶされそうになりながら、キラは食堂の椅子に座りながらぼうっと視線を泳がした。
ふいに、乱暴にやってきたフレイがそのままキラのテーブルにとんと腰かけ、ちらと視線だけで上から見る。暴虐無人な振る舞いであったが、今のキラにはそうしてずかずかと心に割り込んでこられたほうが、まだ救いである。
「あの、さ。この前の事、覚えてる――?」
この前――? 訝しげな顔になったキラであったが、フレイはわずかにばつが悪そうにして視線を逸らす。
「ほら、〝ダガー〟で、ええと……」
わずかに彼女は頬を赤らめたが、キラはそれに気づかずに思考した。この前、〝ダガー〟……? 相変わらず彼女はアレだとかコレだとかこの前だとか、わかりづらい言い方だ。しかし……
「あ、空での? 大尉が〝デュエル〟で飛んできた時の」
「そう! それよ! その……ぷっ、ふふふ、飛んできたってあんた……」
キラの言い様がおかしかったのか、フレイは思わず噴出し、キラもそれに釣られた。
「ご、ごめん、だって……」
二人だけで、そのままひとしきり笑った。確かに思い出してみれば、凄い光景だ。〝フライトストライカー〟も何も無い、ただの〝デュエル〟で、〝アークエンジェル〟の艦体から四○○○メートルもの上空まで単機でやってきたのだから。しかしキラも、飛んできた以外にどう表現したら良いのかもわからず、それがまたおかしく、湧き上がる笑いは収まらない。
後から聞いた話であるが、この逸話は『〝デュエル〟の四○○○メートルジャンプ』などと題され、尾ひれをつけて連合内に広まっていったのだという。その尾ひれと言うのが、敵のモビルスーツや〝グゥル〟を足場代わりにして、三角飛びの要領で敵から敵に渡り、そのまま上空へと飛んだのだとかなんとか。
それを聞いたキラは、あれ、別に尾ひれついてないんじゃないそれ……と思ったが、その事は黙っておくことにした。
ようやく笑いが収まってきたフレイが、「ああもうっ」とうっとうしげに赤く艶やかな髪をかきあげ、透き通るような灰色の瞳でキラをじっと見据えた。
「それでさ、わたしが言ったこと、お、覚えてる……?」
言った、こと……? キラは少し真面目に考えた。と言っても、キラ自身あの時切羽詰った状況で、記憶も曖昧である。
ひとしきり悩んだ後、キラはようやく一つのことを思い出し、
「あっ!」
と声を上げた。フレイがびくっと身を震わせ、わずかにきょろきょろと周囲に誰もいないことを確認するかのような仕草を取った後、どぎまぎとキラの顔を覗き込む。
「お、思い出した……?」
「うん、命があるから光を、とか言ってたけど、あれってどういう意味だったの?」
「はあ!?」
「えっ」
「な、何それ!?」
「ご、ごめん!」
「ていうかわたしそれ知らないわよ! そんな事言ってない!」
「ええっ!? でも、確かにそんなこと言ってたような……」
「言ってないったら!」
と言ったものの、フレイの心臓は張り裂けんばかりに鼓動しており、キラの視界に入らないようおいた指先は震えていた。
あれ、なんでわたしこんなに緊張してるの? ていうかこの前のあれは間違いでしたって言いに来ただけよね……?
むうっと真面目な顔になり考え込むキラの横顔は、意外と、ええと、そこそこ、ま、まあ悪くない方? だと思うし、てかそこそこ良い方? だと思うし、目が少し大きいけど、くりくりしてて可愛いし、真面目な顔してると、け、結構カッコイイかも? だし……
「あっ!」
キラがまた何かを思い出したように目を瞬く。フレイはぎくっと身を引いた。
「ごめん、あの時フレイ凄く怒ってたんだよね……それで――」
「違うわよ! そこじゃない、もっと後!」
フレイはまた苛立ち、なんだか思い出して欲しいのかそのまま思い出して欲しくないのか自分でも良くわからなくなった。
キラがまた難しい顔になりうーんと考え込む。
よ、よくよく見てみれば、顔はかなり、良いもんよね? ま、まあでも、これくらいならわたしアルスターだし、顔だけの連中なんていやってくらい群がってきて、これでもかってくらい断ってきたから見慣れてるけど! 見慣れてるけど!
ちらとキラの顔をもう一度覗き込む。意外と睫毛長いんだ、などと考えていると、彼は申し訳無さそうにちらとフレイの瞳を覗き込み、
「ご、ごめん、覚えてない……」
と頭を垂れた。
――こ、こいつ……。
言う手間が省けて安心したのか、どこか凄く悔しいような不思議な気持ちになったフレイであったが、ばつが悪そうにしているキラにはぐーのパンチもする気は起きず、そのままきびすを返す。
「お、覚えてないなら、それで良いけど! わたしは別に良いけどさあ! 後で思い出して泣き付いてきてもわたし知らないからっ! お、覚えてたら、その、考えてやら無いでもなかったけど、もう駄目だからね! あれは無しだから、つい口が滑っただけだから!」
なんだか恥の上塗りでしか無い気がしたフレイは、彼の言葉を待つこともできずそのまま早足に食堂を後にした。
短い船旅を終えた〝ドミニオン〟は、太平洋を南下してオーブへとたどり着いた。表向き――といっても市民たちには伝えられないが――としては、要人同士の秘密会談の護衛としてなので、補給や支援は一切受けないという条件
――裏ではアズラエルがカガリ・ユラ・アスハの件を問題にするかどうかで脅しを入れたようだが――だったので、オーブはそれを拒むことはできず、入港を許可した。
〝アークエンジェル〟で訪れた時と同じように、オノゴロ島の秘密ドックへ入港し、見守っていたウズミたちは、その姿に安堵と嫌悪のこもった視線を投げる。そして、カガリは――
彼女は艦が到着する何時間も前からそわそわし、ドックに繋留されると同時に、艦へ通じるタラップを駆け出した。ハッチが開くのも待ちきれないようすで、開くやいなや飛び込もうとして、逆に艦から出ていく一団の内一人と思いきり正面衝突してしまった。
「いった~い! この馬鹿っ! 気をつけなさいよ!」
尻もちをついた少女の華やかな声に、同じように尻もちをついてしまったカガリは反射的に怒鳴り返した。
「ば、馬鹿とは何だ馬鹿とは!? お前こそちゃんと前見て歩け!」
「はあ!? あんた何様よ? わたしは――ああっ!」
口の悪い少女ははっと何かに気づき、言葉を止めた。カガリはお尻をさすりながら立ち上がり、目の前の少女を見据える、すると――
「あ、お前――」
「やだ、カガリー!」
「――フレイっ!」
懐かしい友人が、ぱっと顔を綻ばせ抱きついた。カガリも思い切りぎゅっと抱きしめ、二人は再開を喜びながらぴょんぴょんとその場を跳ねまわる。
「お前が落とされたって聞いて、死んだかと思ったんだぞっ!」
「落とされたけど大丈夫だったのっ! カガリだって、何も考えずに突っ走ってきて!」
「しょうがないだろ、心配だったんだから! お前こそ我先に出てきたじゃないか!」
「良ーじゃない、早く行きたかったんだからっ!」
きゃーきゃーと再開を喜びながら、彼女は一団の中にもう一人探していた者の顔を見つけた。
「あー! キラ、お前もだ!」
「えっ? ぼく……?」
「死、ん、だ、と、思ってたァ! この馬鹿やろう!」
「ご、ごめん……」
なんで怒られてるのかわからず苦笑いを浮かべながら、とりあえず彼は謝罪の言葉を述べた。
そのままカガリはぐるりと一団を見回し、嬉しくなって満面の笑みを浮かべた。
「よう、カナード! 馬ぁ鹿!」
「……おい」
「ミリアリアー! 元気だよな!」
「はいはい、カガリさんも元気そうね」
「トール! 生きてるな!?」
「ま、なんとか」
「サイ、お前メインパイロットなんだって!? 凄いな!」
「は、ははは……」
「カズイ、お前今なにやってんだ!?」
「オーブに通信入れたの俺なんだけど……」
「そうか、すまん、気にするな!」
マシンガンのように言葉を放ち、カガリは最後の一人を探した。
「ラク――あっ……」
彼らに会えた嬉しさで、忘れていた。ラクス・クラインはオーブを出発してすぐに奪還され、〝アークエンジェル〟も多大な被害を受けたことを……。カガリはすぐに表情を改め、どう言ったらいいかわからなくなってしまった。なんて気遣えば良いのか……。すると――
「人が――」
かつん、とフレイのつま先がカガリの脛を蹴る。骨の髄から響く鈍い痛みが、彼女の顔を歪ませた。
「いったぁ……」
小声でうめき、フレイがまたかつんと蹴る。
「必死に、頑張って――」
かつん、かつんと同じくして蹴り、その度にカガリは悪いと思ってるが故に抵抗も満足にできず、フレイから繰り出される小さな足蹴りを懸命に避けようとするが、無駄である。
「死ぬ思いを、して、やって、あんたは、それェ?」
かつんかつんかつんかつんと脛に当たり、鈍い痛みがじわりと広がっていくと、別に私だって遊んでたわけじゃないのにといくつかの言い訳も思い浮かんだが、フレイははんと鼻をならし、いわゆる苛めっ子のオーラを撒き散らし始めたからカガリは黙りこくった。フレイは勝ったと言わんばかりに口元を歪め、言い放つ。
「カガリ、わたしお腹すいた」
この女は……。カガリは拳をぎゅっと握りしめながら、悪いのは私だと必死に言い聞かせた。
「ク、クリームあんみつでどうだ……」
三越オーブのあのクリームあんみつなら、彼女も満足するだろう。苦渋の選択だが、仕方ない……。すると――
「わー、ありがとうカガリさんっ!」
にこやかにミリアリアが言い、カガリは思わず「へっ?」と情けない声を出した。
「サンキュッ! 俺も腹減ってたんだ!」
トールが調子よく笑い、カズイが「ありがとー」と心のこもってない感謝の言葉を述べる。これにはたまらずカガリは待ったをかける。
「ちょっと待っ――」
彼女の口元をぱんっとふさいだカナードが、どうしていいかわからないでいたキラの首根っこを抱え、歩き出す。
「よし、今日はそのくりいむあんみつを食いに行くぞ」
「んー! んー!」
抗議の声を上げようとするも、カナードの手が邪魔で上手くしゃべれない。
「ん! けってーい! 今日の夕食はカガリのおごり!」
フレイが高らかに言い、彼らは各々喜びの声をあげた。
「んー! んんー!」
いつ夕食になった!? クリームあんみつだけだろう! と言いたかったが、例によってカナードが邪魔をした。
「運転しろ、アーガイル」
カナードが言うと、サイが目をぱちくりさせた。
「俺がか?」
「メインパイロット、だろ?」
「全く、わかったよ」
苦笑しつつサイが続き、結局カガリは全員に三越オーブの和食料理とクリームあんみつをごちそうする羽目になり、悔しい思いをするのだった。
「デ、返事はまだいただけないのですか?」
アズラエルが嘲るように言い放つ。彼の表情はどことなく楽しげだ。
オーブ軍本部の一室に、〝ドミニオン〟側からアズラエルとナタル、メリオルと、そしてアムロが、オーブ側は、ウズミ、キサカ、少しばかり疲れた様子のカガリがこの会合に現れた。
「オーブは中立の国。どの勢力にも加担することはいたしません。そう打診したはず」
ウズミが深い声で言い、アズラエルは鼻で笑ってから話題を変える。
「あ、そーいえバ、マルキオという男はどうしましたか?」
すると、先ほどまで無表情だったウズミの表情がぴくりと動き、アズラエルは口元を歪めた。
マルキオ導師――ザフトが探し求める反逆者の一人。親善大使として幾度となくプラントを訪れた彼もまた、パトリックとシーゲル同様生死問わずの罪人として指名手配がかかっているのだ。ずいぶんと面倒なことをしてくれたものだとキサカは内心毒づいたが、それですむ問題でないのは承知のことだ。
マルキオは、オーブを出国してから行方知れずとなっているのだから。
「ザフトは、今のオーブの在り方を良しとしてくれるでしょうかネエ?」
なおも重い面持ちのウズミを、カガリが不安げに見つめ、アズラエルは続ける。
「アナタ個人としても、親しい間柄だとか……?」
この男……。キサカは端目で睨みつける。アズラエルは、今オーブが危うい状態だと、そしてザフトに攻め入られるかもしれないということ全てを知りつつ、あえて遠まわしにじわじわとこの国を追い詰めようとしているのだ。逃げ道を全て潰し、言い逃れを一切できなくしてから本題に入る――キサカは心の内にうずめく嫌悪の感情を抑え、ウズミの言葉を待った。
「他国の戦争には関与しない。それがオーブの理念でもあります」
決して破ってはならない理念。だが、アズラエルは待ってましたと言わんばかりの表情で、大げさに両手を広げた。
「あーそうそう、まだ言ってませんでしたネ。Xナンバーと〝アークエンジェル〟の開発に協力していただき、アリガトウゴザイマシ、タッ」
ウズミはぐっと拳を握る。彼はつづけた。
「いやー助かりましたよ、貴方達の協力のおかげで、見事、ザフトに対抗するモビルスーツを作り上げることができました」
「でも、それは――!」
たまらずカガリが声を上げると、アズラエルはバンとデスクを叩き、こう告げた。
「少なくとも、あちらの目にはそう映っていると思いますけどねえ?」
ぐっと押し黙るカガリ。苦い顔を浮かべるキサカを尻目に、ウズミは重く閉ざす。
「……我々の中にも、オーブを救いたいと思っている者がいることを理解していただきたい」
重い沈黙の中、透き通るような声でアムロが言った。
「それは……存じておる」
ウズミが苦い顔で頷くと、メリオルが手元の資料に目を通しながらてきぱきと告げる。
「現在地球連合ではナチュラル、コーディネイター問わず軍への受け入れを認めています。地球に住む全ての者が手を取り合い、というこの構図はオーブの理念に適ったものではないでしょうか?」
こういう場に慣れている様子のメリオルに関心しつつ、このような人材がオーブにもいればと考えたが、今更だとも思った。ナタルも口をはさむ。
「このまま滅ぼされるおつもりですか?」
「むざむざ滅ぼされるつもりはない。我々は理念を守るために戦うだけだ」
ウズミがすかさず答え、アズラエルがにっと顔を歪め、アムロに「だそうです」と促した。アムロはふっと溜息をつき、ウズミの目を見据える。
「M1〝アストレイ〟、良い機体だと思います。ですが――」
カガリの肩がびくっと震えた。アムロが続ける。
「今の状況で作ったのは失策としか言えません」
静かに息を吸い込み、ウズミが「なぜかね?」と問いただす。
「〝アストレイ〟の性能を引き出す技量を持つパイロットが育っていない。初めて使う機体なら、もっと素直で扱いやすい機体にするべきですし、機体性能よりも搭乗者の生存性を優先すべきでした。
これは平時の、対モビルスーツ犯罪用のマシンです。それに今のオーブでは、このモビルスーツで〝ザフト〟に対抗できるものは数えるほどもいないでしょう」
もはや右に出るものはいないであろうほどの知識と戦闘経験を持つ専門家の意見……彼の発する一言一言に、カガリはうつむき唇をかみしめるだけだ。
「……そんなこと、もうわかってるんだ……」
消え入りそうな声でカガリが言った。
「それで、次は『この機体は拠点防衛用としてはあまりにも力不足だ』とか、『〝ディン〟のような空中戦用の機体に攻められたら何もできない』とか、そう言うんだろう!? 私だって、それくらいわかってるんだ!」
顔を赤くして悔しそうに唇をかみしめるカガリを、意外そうな顔でウズミが見つめ、キサカが「カガリ……」と彼女を気遣った。
「でも、じゃあどうしたら良いんだよ! 理念も守らなきゃならないのに、国も守らなきゃいけないのに、私たちは――!」
「子供の意見ですネェ、カガリ・ユラさん? キミはそんな事を言う為にここにいるワケじゃあないでしょう?」
泣きわめく彼女を、アズラエルが嘲る。ぎりと奥歯をかみ締め、カガリはうつむいた。
「ま、今日はこの辺にしておきましょうか」
アズラエルがゆるりと席を立ち、ナタルらに合図した。彼女たちは静かに部屋を後にし、最後に扉を閉める前に、アズラエルが無言のウズミに向かって投げかけた。
「良く考えてください。守るべきは『国』か、『理念』か、『人』であるのかを――」
守るべきもの――その言葉が、彼らに重圧となって重くのしかかった。
その夜、キサカはこそこそとアスハ邸を抜け出していくカガリの姿を捉えた。どこへ向かうのかなど、とうにわかっていた。たぶん、彼女にとって心の拠り所はこの家ではないのだろう。どこかさびしい気持ちになりながらも、親代わりとして接してきた身として、彼女の巣立ちはそう遠くないのではないかと感慨深い気持ちになった。
久しぶりにオーブのつまらないテレビ番組を堪能し終わったころには、もう時計の針は十一時を示していた。シャワーも浴びたし、そろそろ寝るか、とフレイは寝室へ向かおうとしたが、ふと人の気配を感じ、玄関の戸をそっと開けてみた。
視界には、いつになく元気のなくうつむいたカガリ。フレイは自然に笑みを浮かべ、彼女の頬にそっと触れた。
「……また泣いてる」
家に招き入れると、彼女はそのままぽろぽろと涙をこぼした。暖かいミルクを渡し、飲み終わるのを待ってからここで寝ていくかと尋ねると、彼女は無言で頷いたので、寝室まで案内してあげた。明かりを消し、自分の枕に顔をうずめると、カガリも出された枕に顔をうずめた。
「どしたの、今日は」
長い長い沈黙。ほーほーという秋の訪れを告げる虫の鳴き声だけが、夜の寝室に響き渡る。カガリはようやく、消え入りそうなほど小さな声で口を開いた。
「選ばなきゃいけないんだ……」
「選ぶって?」
フレイはどこまでも優しく、カガリにそっと話しかける。
「……『国』か、『理念』か、『人』」
発された言葉は、重く、それでいて深い何かが篭っていた。
きっとこの子はとても難しい問題を抱えているんだ。フレイは直感的に、その全てが彼女のとってかけがえのないものなのだと理解した。彼女にとって、『国』とは故郷そのものであり、心の拠り所。彼女にとって、『理念』とは、父との、そしてアスハの名を継ぐ者たちとの絆であり、『人』は彼女が守っていかねばならないもの。
「お前は……フレイなら、どれを選ぶんだ……?」
こわごわと、まるで叱られた子供のように彼女はきいた。
「わたしは――」
彼女の脳裏に、今まで出会った人たち、失ってしまった大切な人。叶わなかった願いや思いが駆け巡る。
「…わたしは、『人』を選ぶ」
カガリは無言で唇を噛み、そのまま枕をぎゅっと抱きしめる。その様子がおかしくて、フレイは思わずくすりと笑みをこぼした。
「難しいわよね、そういうのって」
そのままカガリは視線を落とし、また言葉を噤んだ。
「でも、さ。わたし、オーブが無事でも、理念とやらが残っても、カガリがいないと、嫌よ……?」
結局、フレイは一人が怖いだけなのかもしれない。国がどうとか、そういったものまで理解が及ばず、目先のものだけを優先する。しかし、それは人の真理である。十年や百年先の為に、今を犠牲になど、誰ができるものか。ましてや、他人を巻き込んでまで――。
人の為、未来の為にと今を犠牲にする、それは狂気であり、例え善意から出た行動だったとしても、それは悪と呼べるものなのかもしれない。
カガリが小さくうめく。
「私だって、お前が死んだら嫌だ……でも、でも……わからないんだ、どうしたら良いのか……」
ああ、とフレイは理解してしまった。きっとこの子は、どちらに転んだとしても、辛い思いをするんだろうな、と。ここで理念を選んだとしても、人を選んだとしても、人の命は失われる。それで自分を責めて、泣いて……。
だから、フレイは言うのだ。
「カガリ、わたしたち友達よね?」
「えっ。う、うん……」
カガリはキョトンとした顔をフレイに向けた。その顔が可愛らしく、フレイはふふ、と笑った。
「だから、カガリがこの先何をやっても、何を選んでも、それで失敗しても、何が起こっても、わたしはずっと貴女の友達でいてあげる」
少女の金色の瞳が、わずかに揺らぐ。
フレイの言葉は、呪縛に近いものであったかもしれない。それは即ち、カガリの人生を自分のそれに巻き込むことである。フレイも、寂しいのだから。独りよがりな思いなのかもしれない。安心を求めていただけなのかもしれない。その結果、出た言葉であったのかもしれない。
それでも、フレイはカガリが泣く姿を見たくなかった。
カガリはぐしぐしと涙を拭き、ベッドから起き上がる。
「……私、帰らないと」
「そう?」
彼女は立ち上がり、寝間着のまま歩きだす。
「うん、帰るよ」
「ん、頑張ってねカガリ」
「……ありがとう」
彼女はだっと駆け出し、すぐに見えなくなってしまった。ベッドの脇にあるランプが、玄関口のオートロックが作動したことを示す。
一人きりになったベッドの天蓋に向け、フレイはそっと手を伸ばす。そのまま拳を握りしめ、独り言のように呟いた。
「パパ、ママ、守ってね……」
オノゴロ島のどこかにある秘密格納庫の一室で、血塗られた何かが獣のような唸り声をあげた。
ようやく朝日が照り始めた早朝の五時。エリカ・シモンズは連合と合同で急ピッチで進めていた作業が一つの区切りを迎え、一杯のコーヒーを飲むことができた。しかし、本当にこれでよかったのだろうか……。ロンド・ミナ・サハクとアズラエル指示のもとに組み込まれたあのコクピット……。
アズラエルの目を盗み、辛うじてだがいくつかのデータを盗み出すことができたのだが、使われている素材すらも解析不能と記されてしまい、疑問は深まるばかりだ。虎の子の〝アカツキ〟も、機体こそ形にできたものの、付随する予定の兵装などあらゆるものが未完成。このままウズミが連合の協力を拒むとなると、オーブの存続は――
「エリカ、いるか?」
ふいに扉が開き、黒い長髪をたなびかせながらロンドが入ってきた。彼女はそのままにっと口元を歪め、こう告げた。
「面白いことになってきた」
と。
「どういうつもりだ、カガリ」
皆がそろった会議室で、ウズミは静かな視線をカガリに向けた。彼女の周囲には、セイランやサハク、ホムラ代表までもがつき、それがただ事でないことを示している。
「お父さまは、何をお選びになるのですか……?」
カガリもウズミと同じように、静かに告げた。彼女は続ける。
「……私は、『人』を選びます。オーブに住む……当たり前のように暮らす、人々を救う道を」
それが、彼女の答え。父はなんて言うだろう。勘当されてしまうだろうか、それとも愛想を尽かされてしまうだろうか。でも、それでも、私は……。
「お前がそれで、オーブの『理念』はどうなる。他国を侵略せず、他国の侵略を許さず、他国の戦争に介入しないという『理念』があったからこそ、オーブという『国』を守ることができてきたのだぞ」
そう、その通りだ。父の言うことは正しい。しかし、とカガリは思う。
「その『理念』が、今この『国』そのものである『人』を殺そうとしているのです、お父さま」
人がいれば、そこに町ができ、やがて国となる。理念が消えようと、国が壊されようと、人がいれば、また作ることができる。〝アークエンジェル〟の航海で得た答えは、奇しくも一番最初に砂漠でアムロらが言ったことと同じであった。内心おかしく思いながら、気分はどこか晴々としていい気もちだ。
父から発せられる静かな、それでいて重いプレッシャーに負けじとカガリは唇をぎゅっと引き締める。ウズミは静かにカガリの意見に賛同した士族たちを見回す。
「ウナト・エマ・セイラン、貴公も同じ考えか?」
問われたウナトは無言で頷き、応える。
「我々は、オーブの復興を第一に考えてきました。これまでも、そしてこれからも――」
彼は何かに思いを馳せるように眼をとじ、続けた。
「民を守るために作られた理念。それならば、今は民を守るために理念を捨てるべきなのだと、私は思います」
ウズミは静かに視線をロンドへと移す。
「ロンド・ミナ・サハク。貴公もか」
長身の彼女は一歩踏み出した。
「無論。民の為に、我らはいるのです」
小さく首を横に振り、ウズミはカガリのそばで無言で佇む男を見つめる。
「……キサカ」
「申し訳ありません、ウズミ様……」
頭を垂れた彼は、一番最初にカガリの意見に賛同してくれたのだ。こんなに頼もしいやつだなんて思っていなかった。カガリの周りにいるものは、皆思惑は違えどオーブの民のことを真剣に考えているものたちばかりだ。みんなこの国が好きだから、ここに住む人たちを愛しているから……。
ウズミは力なく背もたれに寄りかかり、ふっと呟いた。
「好きにしろ」
「えっ……」
父がなんと言ったのか理解できず、カガリは思わず聞き返す。するとウズミは少しばかり躊躇した後、ぎこちなく笑みを作り、カガリに微笑みかけた。
「娘の我ままくらい、聞いて見せると言ったのだ」
この日、オーブ連合首長国は、中立国の姿勢をやめ、正式に地球連合の一員として与することになった。この知らせはすぐさま世界中へと駆け巡り、プラント本国へと知れ渡ることになり、オーブ攻略を予定していた部隊らは、戦力の再調整を余儀なくされることとなるのだった。
「アスラン、我々の標的が決まった」
クルーゼが短く告げた言葉の意味が理解できず、アスランは思わず聞き返した。
「出撃なのですか?」
「オーブ本国を攻略する」
今度こそアスランはぎょっとし、馬鹿なと言わんばかりの表情で詰め寄った。
「何故です!? あの国は中立国では――」
「オーブ連合首長国はつい先ほど地球連合の一部となったと通達があった。マルキオも、そして〝フリーダム〟も今はそこにあるのだ。この機を逃せば二度と取り戻せなくなる」
そう淡々と言い放ち、最後に「君のお父上の潔白も」と付け足し、アスランの心に巻きつけられた鎖をいっそう強くする。
「デュランダル議長は何と……?」
確かに〝フリーダム〟奪還は大事な任務だ。しかし、それは罪もない人々を犠牲にしてまで行うことでは無い。だが、アスランの思考とは裏腹に、クルーゼは冷淡な視線を向け、こう言い放った
「これは全会一致の決定だよ、アスラン」
それは死刑宣告のように冷たい響きだった。父から与えられた〝ジャスティス〟で、最初に行うことが一般市民の虐殺だというのか……!
「それにだ、もはやオーブ市民は我等コーディネイターに仇なす敵へとなり下がったのだ。ここで潰しておかねば取り返しのつかないことになる」
まるでオーブを潰したくて仕方がないような言い回しに、アスランは強い嫌悪を覚える。だが、次の言葉で、アスランはオーブ攻略戦参加を余儀なくされることになる。
「今やらねば、オーブに地球連合の援軍が到着することになる。そうなれば〝ミネルバ〟にも参加してもらわねばならなくなるかもしれないな? 確か、ラクス・クラインも乗艦していると聞いたが――」
――この男!
アスランは拳をぎゅっと握りしめ、殴りかかりたい衝動を必死に抑え込んだ。
「……人質のおつもりですか」
そう言うと、クルーゼは心外だと言わんばかりに白々しい笑みを浮かべた。
「事実を言っているだけだよ、アスラン。我々も必至なのだ。いざとなれば彼女にも銃を――」
思わずかっとなり、通路の壁を思い切り殴りつけた。クルーゼはさして驚いた様子もなく言葉を止め、アスランに視線を向け言葉を待つ。
「俺が〝ジャスティス〟で出れば良いのでしょう……!」
いつから〝ザフト〟はこんな軍になってしまったのだろう。罪なき人々を殺し、大切な人を人質に取るような軍に……。数ヶ月前までは、確かにそこに『誇り』と呼べるものがあったのだ。コーディネイターの存在をかけた大義が、信念が、だからこそ〝ザフト〟は今日のここまで戦ってこれたのだ。だというのに――。
クルーゼはにたりと笑みを浮かべ、小さく首を横に振った。
「少し違うな。――君が、〝ジャスティス〟で、オーブを、潰せば、良いのだよ」
今度こそ、アスランは明確な敵意をもってかつての上官を睨みつけた。この男にだけは、ラクスを近づかせるわけにはいかない。
「勝ちたまえよ、アスラン。やつらの血が、お父上の罪を洗い流してくれるかもしれんからな」
クルーゼの発する言葉の一つ一つが、アスランを縛る鎖となって彼の胸に容赦なく巻きつけられていくのであった。
〝ドミニオン〟の作戦司令室に、クルーたちが集められ、整列させられていた。彼らの前に立ったナタルが、厳しい顔で口をひらく。
「現在、このオーブへ向け、ザフト艦隊が進行中だ」
皆はきっと表情を引き締め、次の言葉を待つ。
「――Nジャマーキャンセラーを搭載した〝フリーダム〟奪取の首謀者であるマルキオをかくまい続けるのであれば――」
すると、クルーたちの中から一人の少女が手を上げ、口を挟んだ。
「じゃあ、そのマルキオってのを引き渡しちゃえば良いんじゃないんですか?」
その場に似つかない素っ頓狂な質問ではあるが、的を得てはいる。
「疑問はもっともだ、アルスター少尉」
ナタルは答え、副艦長のメリオルに視線を送る。彼女は資料片手に眼鏡のずれをぴっと直す。
「現在マルキオ導師はオーブに入国しておらず、行方をくらましているというのがオーブ側の主張です」
「それは信用できるのか?」
と、カナード。
「我々の方でここ数ヶ月オーブに入国した者を調べ、近辺の調査を行いましたが、二週間ほど前にオーブを出国して以来、足取りがつかめなくなっています」
メリオルが答えると、カナードは腕を組み席に座り直す。
「ってことは、本当に行方不明?」
トールである。メリオルがちらと視線を向ける。
「そうなります」
「じゃあ、オーブは無実なのに攻められようとしているんですか?」
カズイが言った。キラがわずかにうつむき、唇をぎゅっと結ぶ。その無実のオーブが、攻められる理由を作ってしまったのは――。キラがそう考えるのは、オーブのマスドライバーや研究施設の重要性を理解していないが故である。
「ええ。そして地球連合に与したことに焦り、このタイミングでの戦闘となったようです」
思わずクルーたちの間から、「なんだそりゃ」とか「ひでえ話だ」とかいうつぶやきが漏れる。キラはナタルの後ろに、様子を窺うように立った軍の礼服姿のカガリが、無念そうに唇を噛むのに気づいた。彼女もまた自国を参戦へと導いた自分を責めているのだろう。
「あの、〝フリーダム〟を返せば、とか……」
キラがおずおずと言うと、メリオルは小さく首を振り否定を示す。
「〝プラント〟の新議長となったギルバート・デュランダルは、マルキオの引渡しのみを要求しています。こちらから〝フリーダム〟の件は打診したそうですが……」
アズラエルが言っていた事が脳裏に過ぎる。〝フリーダム〟の件など、きっかけでしか過ぎなかったのだ。恐らく、〝プラント〟であったマルキオも既にこの世には――
いるはずの無い者を渡せと、そう言って戦争を始めようというのだ、今の〝プラント〟は。それは狂気であり、勝つための戦争ですら無いように思える。戦争をする為に、戦争をしている……? それは、恐ろしい想像であった。
「でも、そういうことなら俺たちにもできることがあるってことですよね?」
と、サイ。彼の質問には、ナタルが答えた。
「そのために、我々はここにいる」
彼女は短かくそう告げた後、アムロに位置を譲った。
「――オーブは全国民に対し、都市部、及び軍関係施設からの退去を命じ、不測の事態に備えて防御態勢に入るとのことだ」
アムロはここで息をつき、クルーたちの顔を見渡す。
「俺たちは戦場の最前線――」
彼はホワイトボードに映されたオノゴロ島の地図の最北端を示す。
「この位置に陣どり、敵を殲滅する」
クルーたちはごくりと息を呑み、戦闘隊長の次の言葉を待った。
「〝ストライクダガー〟部隊は〝ドミニオン〟から離れるな。極めて長期戦が想定されているから、少しでも長く戦い続けることだけを考えるんだ。サザーランド大佐は援軍を約束してくれている」
配属された〝ストライクダガー〟のパイロットたちは各々が頷き、決意を込めた眼差しを浮かべた。
「幸いなことに、〝フリーダム〟は拠点防衛を目的として設計された機体のようだ。ヤマト少尉は固定砲台として一機でも多くの敵を近寄らせないようにしてくれ」
キラは短く「はいっ」と返事をし、次の指示を待った。少しでも、多く人のを救う。その為なら自分の命など安いものだ、とキラは暗く沈み行く心で思う。
「パルス中尉の〝ハイペリオン〟とケーニヒ少尉の〝デュエルダガー〟には遊撃をしてもらう。ヤマト少尉とチームを組み、〝フリーダム〟を守るんだ」
「了解」
二人は同時に答え、アムロは短く「ン」と頷いた。すると、おずおずとフレイが手を上げ、質問する。
「あの、わたしモビルスーツ無いんですけど……」
「ン? ああ、それなら――」
アムロの言葉をアズラエルが遮り、いつもの笑みを浮かべながら、指で合図してみせる。
「あー、キミには、オノゴロ島の地下ドックから出撃してもらうことになりそうです。現在新型の――〝ストライクルージュ〟の最終調整にはいっています」
フレイが、〝ストライク〟に……? キラは驚きを隠せず、フレイの顔をまじまじと凝視した。
ナタルから作戦開始時刻を知らされると、会議は解散となり、クルーたちは素早く自分の持ち場に戻っていく。キラも持ち場に戻ろうかと思ったとき、ふと沈痛な面持ちのカガリに声をかけるフレイに目が留った。
「カーガリっ。また元気無いんだ?」
「だって、オーブが戦場になるんだぞ……? それも、私の所為で――」
「ザフトは遅かれ早かれ攻めてくるって言ってたじゃない」
「でも! でも……!」
「ならさ、わたしの所為にしちゃえば?」
「えっ……?」
「わたしがあんたに変な話しちゃったから、こんなことになっちゃったんだって。そう思っちゃえば良いのよ」
「そ、そんなことできるわけないだろう!」
「ふふ、ならわたしはあんたを守ってあげるっ」
カガリは何を言われているのかわからず、きょとんとした顔のまま硬直した。そのやり取りを見ていたカナードが、笑いをこらえ切れずにくぐもった笑みをこぼしながら口を挟んだ。
「悩み過ぎなんだよ、貴様は」
「だ、だって、自分の国だぞ!?」
「もう少しオレ達を頼れと言ってるんだ。仲間ってそういうものだろう?」
「えっ……あ、ああ……うん……」
カガリはぱっと顔を赤らめバツが悪そうに視線をそらす。すると、トールが快活に笑い、言った。
「それに、オーブは俺たちの国でもあるんだぜ? 頼まれなくたって闘うさ!」
「でも、そうやって悩んで困ってるのもカガリさんらしいかも?」
ミリアリアがくすりと笑みを浮かべ、カガリは「あ、あのなぁ!」と憤慨した。仲間の輪に入る気すらも起きず、キラは自分を責め続けることしかできなかった。
ザフト軍艦隊から巡航ミサイルが打ち上げられる。開戦の火蓋が切って落とされたのだ。
領海戦上に並んだオーブ護衛艦隊が、オーブを狙って放たれたミサイルを迎撃し始める。
ザフト軍艦隊から空中戦用モビルスーツ〝ディン〟が飛び立ち、波立つ青い海を水陸両用モビルスーツ、〝グーン〟と〝ゾノ〟が出撃する。一方オノゴロ島の海岸線には、M1〝アストレイ〟部隊がずらりと並び、守りを固める。
開戦の報は、オノゴロのドックにいた〝ドミニオン〟に届けられた。
「オーブ軍、戦闘開始しました!」
通信シートに座るカズイが報告し、ナタルは宣言するように告げた。
「〝ドミニオン〟、発進!」
ゲートが開き、黒い巨艦が会場に浮かび上がる。飛来するミサイルが、視界にとらえられた。
「〝ゴットフリート〟、てーっ!」
まるで霰のように降り注ぐミサイルを、地上のM1部隊が次々と撃ち落としていく。
ミサイルの第一波がとだえかけたとき、海岸にザフトの水中用モビルスーツがたどり着いた。
「モビルスーツ隊を出撃させろ!」
ナタルが指示を出すと、即座にカタパルトから搭載されたモビルスーツたちが出撃し、〝ドミニオン〟の弾幕と連携しながら〝グーン〟を撃破していく。
ビームライフルに二丁のバズーカ、マシンガンなど持てる武器全てを装備した〝デュエル〟が出撃し、〝フリーダム〟、〝ハイペリオン〟、強化装甲を装備した〝デュエルダガー〟がそれに続いた。
カガリとキサカが詰めているオーブ軍作戦司令室に、報告が届く。
「オノゴロ上空に大型機接近!」
何機もの大型輸送機が上空に到達すると、ハッチからザフトの主力である〝ゲイツ〟が吐き出される。島に襲いかかるモビルスーツは、地上施設からの迎撃を受けつつも、ビームライフルを撃ちながら島の各所に降り立つ。すかさず〝デュエル〟が嵐のようなビーム射撃を加えていくも、敵の数は多く完全に対応しきることはできない。
群がる〝ゲイツ〟を迎撃すべく、〝フリーダム〟が舞い降りる。瞬時に数機をロックオンすると、五つの砲口から光が迸った。狙われた〝ゲイツ〟は一瞬にして破壊され、辛うじて回避した機体も〝ハイペリオン〟の攻撃により殲滅されていく。一気に距離を詰め〝フリーダム〟に斬りかかろうとした〝ゲイツ〟を、〝デュエルダガー〟が胴から真っ二つに切り裂く。
オノゴロ島はモビルスーツが入り乱れての混戦状態となった。
一方、オノゴロ島の格納庫では――
〝ストライクルージュ〟のコクピットに収まり、慌ただしく起動の準備を進めていくフレイは、施設を襲う振動の強さに顔をゆがめた。たまらず彼女はコクピットから身を乗り出し声を荒げる。
「――ねえ! まだ動かないんですかあ!?」
「もう少し待ってください!――うーん、おかしいですねエ……」
エリカとセレーネが共同でシステムを再チェックしている横で、アズラエルが不思議そうな面持ちで首をかしげた。
「何がいけないんでしょうかねェ……。あー、モシモシ、二人とも聞いてますカ?」
「え、ええ……」
慌ただしく手を動かしながら心底迷惑そうにエリカが反応した。
「電力ケーブルは繋がってますよネ?」
「……はい」
〝ストライクルージュ〟のいたるところにスターター用の電力ケーブルが繋がれているのを確認し、エリカはすぐにシステムの作業へと戻る。無言でコンソールを素早く操るセレーネの横で、アズラエルはうーんうーんと大げさに考える。その時、一段と大きな振動が格納庫を襲ったが、彼は無視して言った。
「再チェックしてくれてるんですよネ? 異常は見当たりましたか?」
無いから困ってるんだと言いたげな顔で、エリカは「ま、まだです」と答える。
「うーん? じゃあいったいどうし――」
「五月蠅いッ!!」
セレーネが振り向きもせず、怒声を張った。ぎくっと顔を引きつらせてから、アズラエルは小さく口笛を吹き身を引いた。
エリカも、セレーネも必死でこの子を動かそうとしてくれている。キラも、カナードも、トールだって闘っている。カガリだって……、なのに、わたしはどうしてこんなところにいるの! フレイは行き場のない苛立ちを胸にうずめきながら、整備員の間で飛び交う号令に耳を傾けていた。
領海戦上のザフト潜水艦で、アスランは〝ジャスティス〟で出撃命令を待っていた。彼に下された任務は、ラウの駆る〝ザクファントム〟らとともに、防衛網の穴を突く強襲作戦だ。モニターに映るラウが、冷たくほほ笑む。
〈そろそろ時間だ、準備は良いなアスラン〉
「……了解」
アスランはもうザフトのことがわからなくなっていた。
合図とともに、数機の〝ゲイツ〟が〝グゥル〟に飛び乗り、出撃する。アスランとラウもすぐに続き、オーブの青空へと飛び出していった。
「敵増援来ます!――こ、これは……!」
「どうした!?」
言葉を濁らせた通信士に、カガリは問いただす。通信士は血相を変えて振り返った。
「し、市街地に向かっています!」
モニターに映し出される勢力図の様子に、カガリははっとして向き直る。
オーブ軍は、北のNフィールドに守りを集中させていた。これはそこに戦力の拠点があり、モビルスーツの施設もあるからであり、当然敵はそこを狙ってくると判断したからだ。案の定ザフトは北から攻め込み、基地施設の破壊を優先させた。それはある意味、戦争のルールといっても等しい。
オーブとしても、そこを破壊されてしまえば抵抗する力は残されておらず、降服するしか手は無いからだ。だから、それ以外の地域――たとえば、今まさに敵が攻め入ろうとしている東側――住宅地などは、数台の戦車とモビルスーツくらいしか――。
「モビルスーツ隊を回せ! どこからでも良い!」
カガリは蒼白になりながら声を荒げた。
「無茶です、どの部隊も手一杯で――」
「ならユウナに連絡を取れ、あいつらなら、〝アカツキ〟を――!」
もはや隠し事をできるような状況ではない。虎の子である〝アカツキ〟を出すしか……。
〝アカツキ〟――ロンドの指示のもとに作られたオーブ最高傑作であるそれは、カガリを守る親衛隊――ゆくゆくはカガリにも――専用に作られた最新型モビルスーツ。もともとプランはあったのだが、ロンドが手に入れた連合の技術により、辛うじて一機、完成にまでこぎ着けたのだ。武装も、装備もほどんど作られていないが、使うのなら今しかない。
疑似AIによりパイロット認証システムが備わっているので、一度搭乗すれば、他の誰にも扱うことができなくなるので、例え〝ザフト〟に回収されても、Xナンバーのように敵戦力として使われることのないという、過去の失敗を生かした教訓も組み込まれている。
「りょ、了解――!」
通信士が慌てて指示を出す。その時、全てのモニターが完全にブラックアウトし、明かりを灯していた電灯までもがその光を落した。
「な、何が……!?」
カガリの心臓がどくんと跳ね上がる。ザフトの攻撃? 新兵器? それとも、電力施設の破壊? なら、予備電力は……。
ややあって、予備電力が作動し、すぐにモニターに現状が映し出されていく。そのとき、カガリの耳には確かに届いていた。耳をつんざくように鳴り響く鈴の音が、獣のような何者かの産声が――。
「急げ、シン!」
「マユ! 頑張ってぇっ!」
やや息を切らせた父の声と、うわずった母の声。それらをかき消す轟音とともに、巨大な機影が飛来する。上空に舞い降りたのは、鬼を思わせる、一つ目をした純白の巨神だった。それは凄まじいスピードで飛び回り、浴びせられる放火を避けて、背中のコンテナからミサイルをばらまいた。シンは一瞬、その光に目を焼かれる。
彼らは避難のために港を目指していた。シンたちの一家が住んでいたオノゴロ島は、オーブの軍需企業モルゲンレーテや軍施設などが集中し、オーブ攻略戦の主たる標的とされたのだ。
巨大な機体、そしてビームやミサイルが飛び交う空には、すでに幾筋もの黒煙が立ち上っている。高層ビルを抜ける通りを走り続けるシンの目に、奇麗にいくつも並べられた窓ガラスを透かして港が見えた。港には脱出用の艦艇が横付けされ、軍の人間が避難民を誘導している。あと少しだ――シンは安堵しかける。
いまにも泣きだしそうな顔で、母に手を引かれ、走っていた妹のマユが、そのときふいに声をあげて立ち止りかけた。
「お、お兄ちゃん――!」
ひっと短い悲鳴を上げ、空を見上げる妹。シンは釣られて空を見上げた。
一機の輸送機がモビルスーツと激突し、そのまま避難する人たちの頭上にあるビルに突っ込んだ。シンの目の前で瓦礫に押しつぶされる人々、生々しい音を立てて飛び散る血飛沫。いくつもの場所で起きる爆発。耳を弄する轟音が全身を殴りつけた。
世界が回った。
気づいた時、シンは狭く暗いどこかで、何かに体を挟まれ身動きがとれなくなっていた。それにひどく暑苦しい。ここはどこなのだろう。シンは覆いかぶさるそれを何とかどけ、周囲を見回し唖然とした。
まるで背景が挿げ替えられた舞台のように。立ち上る硝煙。燃え盛る炎。崩れ落ちたビル。生きたまま灼熱の業火に焼かれていく人々の悲鳴。
マユは……両親は!?
シンははっとなって最愛の人たちを探す。すると――
「……お兄……ちゃん」
すぐ脇で妹の声がした。シンは慌てて焼け焦げた何かを引き離す。
「マユ!」
ところどころに擦り傷を負っているが、生きている! シンは思わず妹を抱きしめた。妹はぼろぼろと涙をこぼし、言った。
「お父さんと、お母さんが――」
「えっ……?」
マユは言葉にならない嗚咽を漏らしながら、シンが先ほどどかした何かを震える手でそっと触れる。
そんな、そんなはずは……。
信じられない気持で、その黒い――焼けただれた何かを……。自分たちをかばうようにして覆いかぶさっていた何かが、『誰』であったのかを理解した。とたんにつんと鼻につく焼けた肉の臭い。周囲から聞こえてくる泣き声。少し離れた場所で、見知った人間の声がした。
「だれか、生きているものはいないか!」
二件となりに住むおじさんの声。幼いころシンは何度もこの人の家に遊びに行ったことがあった。シンはすぐに立ち上がる。逃げなくてはならない、妹を連れて、この場から、すぐに!
その時、ビルに突っ込んだ輸送機の中から、何かがずるりと滑り落ちる。
それはゆっくりと落下し、まだ息のある人々の上に倒れこんだ。
それでも勢いは止まらず、それは人間の血と肉を潤滑剤の代わりにしてずるずると滑りシンの元へ迫る。
妹はひっと短い悲鳴を上げ、目の前にいた誰かを押しつぶした際に飛び出た血がシンの頬にびちゃりとこびりつく。
シンは茫然と、目の前に佇むモビルスーツの双眼《デュアルアイ》を見つめる。
機体のコクピットが静かに開く。
それはまるで自分を戦場へといざなう運命の扉か。
彼らの背後に、深緑の一つ目がゆっくりと迫る。
マユが震える体でシンに抱きつき、彼の取ろうとする道を否定するように首を振る。
ここから逃げよう。でも、どこへ? どうやって? 熱風がぐらりとシン達を取り囲む。灼熱の業火が、二人の兄弟以外全てを焼き尽くす。地獄の光景に、シンはその場で立ちすくみそうになる。
それでも、震える妹の小さな体が、シンの心をわずかに繋ぎとめる。守らなければいけない命が、そこにある。戦わなければならない理由が、そこにある。心臓の鼓動が、高鳴る。
――迷っている時間は、無かった。
シンはマユを無理やり引き連れ、コクピットに乗り込む。それは、二度と戻ることのできないどこかへの片道切符なのかもしれない。
……こんなモビルスーツ、見たことなかった。基本的なフォルムは〝ストライク〟タイプに酷似しており、二つの目を持つ頭部から角のようなアンテナが突き出し、四肢はすっきりと直線的だ。腰にはビームサーベルを備え、背面は何かを取り付ける予定だったのか、接合部が丸出しになっている。
本来ならば磨き上げた鏡のように眩い 黄金の色をしていたのだろうが、既におびただしい量の血を浴び赤銅色のようになっている。
目の前のコンソールには、この機体の名前と思われる文字が記されている。
ORB―○一〝アカツキ〟。それがこの機体の名であった。
即座に赤外線がシンの頭から足の先まで照射され、モニターにシン・アスカと表示される。彼はそんなことに気づくはずもなく、ゲームセンターで遊んだモビルスーツ用のシミュレータの記憶を頼りに、何とか操縦桿を握る。
ゆっくりと、辛うじてだが〝アカツキ〟は立ち上がり、目の前の敵機に対峙した。モニターにZGMF―六○○〝ゲイツ〟と表示され、主だった特徴と武器が記される。
……武器は、腰のビームサーベルとバルカンだけ。幸いなことに、敵はビームライフルを持っておらず、ビームクローを構える。それでも、当たれば一撃でやられることは変わらなかった。傍らのマユが茫然とつぶやいた。
「……お兄ちゃん。お父さんとお母さんが燃えちゃうよ……」
「黙ってろ、マユ」
年端もいかぬ甘えん坊の妹に、何を言ってやれようか。
シンはぎゅっと唇を噛みしめ、目の前の敵を見据える。
「でも、お父さんとお母さんなんだよ――!?」
「良いんだ」
シンの脳裏に、幸せだった日々がよぎる。こんなことになるなら、どうしてもっと一緒にいれなかったんだろう。どうしてもっと素直になれなかったんだろう。どうして――
後悔の波が押し寄せる間もなく、〝ゲイツ〟はだっとビームクローを構え迫る。
「だって、だってぇ! お父さんとお母さんが!!」
眼前いっぱいに広がる〝ゲイツ〟の単眼《モノアイ》。その威圧感に、シン気押されそうになる気持ちを吹き飛ばすように、とめどなく溢れる涙をぬぐう間もなく獣のように叫んだ。
「良いんだよ!」
頭の中で、何かがはじける音が聞こえたような気がした。同時に全方位に視界が広がり、周囲の全ての動きが指先で触れられそうなまでに精密に感じ取れる。まるでどこかでスイッチが切り替わり、時間が止まったかのようだ。
シンはすばやくビームサーベルを腰から抜き去り、〝ゲイツ〟のコクピットに光の刃を突き立てた。なおも抵抗しようとする〝ゲイツ〟に、光の奔流に己の怒りをまぎれさせるようにして、無理やり押し込んでいく。やがて、単眼《モノアイ》は光を落し、完全にブラックアウトした。
シンが、初めて人を殺した瞬間であった。その時――
ずうん、と何か巨大なものが降り立った音が、〝アカツキ〟の外部マイクを通じてシンの耳に届いた。はっとして振り返り、見た。灼熱の炎の中、静かに佇む純白の巨神を。先ほどシンの街にミサイルをばらまいたあの悪魔が――。〝アカツキ〟のコンピュータはそれをアンノウンと示し、新型であることを教えていた。
〈ふ、ふふふ……〉
底冷えのする笑い声に、シンはぞっと身をすくめる。
〈いけないなァ、ボウヤ。それは子供の玩具ではない……人を殺す為の道具だ〉
こいつ、戯れているのか……? 恐怖に飲まれながらも、冷静な部分がそう告げた。そして、危険だとも。
〈だが、オーブの新型程度では、我が〝ザクファントム〟に勝てるはずもない、な?〉
その声は、弱いものをいたぶる時に出す猫撫で声そのものだった。何とかして逃げる算段を考えなくてはならない。いや、せめてマユだけでも……。シンはモニターを見直すと、既に敵モビルスーツの姿は無く、はっと周囲を見回す。
「ど、どこに――うわっ!?」
背後から組み伏せられ、〝アカツキ〟は情けなく血と肉の海に擦りつけられる。モニターに千切れた人の腕が映りこみ、シンは戦慄した。
〈実力は余興にもならない、か〉
特に感情も無く、男はつぶやいた。
殺される……! シンは心の底から恐怖し、慌てて操縦桿を握りでたらめに動かす。〝アカツキ〟の手足が滅茶苦茶に動き、巨人は地を這う蟻を踏み潰すかのように〝アカツキ〟の脚部を太い足で踏み潰す。
〈さ、て。後は……死ぬしかないな?〉
嫌だ、こんなところで死ぬのは嫌だ。どうして死ななくてはならないんだ。僕たちはただ平和に暮らしていきたかっただけなのに! どうして……。
白い悪魔がゆっくりと手に持った斧を振りかぶった。
理由はわからなかった。施設が攻撃され、敵にここの位置がばれ、〝フリーダム〟のデータベースに登録されていた〝ジャスティス〟が、ビームライフルを構えたところまでは明確に覚えている。もうお終いかと思った。ここでわたしは死んじゃうんだと、本当に。
珍しく血相を変えたアズラエルも、エリカも、セレーネも、まとめて殺されてしまうのだと。
そうだ、重要なのは、その後だ。誰かが私に囁き、こう聞いたのだ。
『さあ、どうする?』
と。
だから、わたしは答えた。
「みんなを守りたい」
オノゴロ島の全施設が一斉に停電を起こした。すぐさま予備電力が起動したが、この格納庫だけは予備の電力も同時に落ちていた。
皆が混乱するなか、アズラエルだけはわかっていた。彼は、胸に湧き上がる勝利への確信を抑えながらも、ついにこらえ切れずつぶやいた。
「〝ガンダム〟……!」
エリカがえっと疑問の声を上げ、アズラエルの視線の先を見上げる。
電力を供給していたケーブルが乱暴に外れていき、灰色の〝ストライク〟はフェイズシフトを最高硬度の赤色へと変えていく。
「そうだ、行け、〝ストライクガンダム〟! お前は『可能性の種子』だ! ナチュラルの――いや、人類全ての、未来のための!」
アスランはその様子を信じられない思いで見つめていた。〝ストライク〟を見つけ、それを破壊すべくビームを放ったまでは良い。だが、淡い光の粒がバリアーのようなものになって、それを弾いたのは理解を超えたことである。
外見上はカラーリングが変わっただけの〝ストライク〟。目の前でゆっくりと飛行用のストライカーパックが装備され、アスランははっとしてビームサーベルを構える。
「まずい、〝ジャスティス〟!」
目の前の〝ストライク〟は、ゆらりと流れるような動作で〝ジャスティス〟の懐に滑り込み、両の腕を無理やりつかみ、大の字に広げられた。
「〝ジャスティス〟がパワー負けしているだと!?」
核の力で動くはずの――ビーム兵器に出力を大きく割いている〝フリーダム〟に比べ、〝ジャスティス〟はそのほぼ全てを機体のパワーへと転換している。この世に〝ジャスティス〟を上回るパワーを持つモビルスーツなど、いるはずがない。そう自負していたにもかかわらず、この赤いモビルスーツに――!
「パワー負けしているだとォッ!」
〝ストライク〟はそのまま〝ジャスティス〟の両腕を引きちぎり、アスランは慌ててスラスターを吹かせ撤退させた。
「使いこなせていないのか……!」
父から与えられた正義の剣。アスランは唇を噛みしめながらも、これで市民を撃たずに済んだのかもしれないなと考えていた。
――知ってる人が泣いている。
それが最初にフレイが感じたことだ。〝フライトパック〟を装備し、心の命じるがまま戦場を駆ける。フレイはすぐに、目をそらしたくなるほどの惨状へと行きついた。三越オーブに輸送機が突っ込み、大地は炎と血に照らされ真っ赤に染まっている。
そのとき、警報《アラート》がコクピットに鳴り響く。だが、フレイは疑念を感じる。
「こんな音、聞いたこと無い……」
びー、びー、びーっと鳴り続け、メインモニターには大きく『A』という文字と『R』とう文字が交互に点滅している。
『反応したか、〝ガンダム〟!』
ふいに、言葉が走った。フレイははっと叫んだ。忘れるはずもない、この感じは……。
「――ラウ・ル・クルーゼ!」
振り上げていた斧をぴたりととめ、彼は今止めを刺さんとしていた赤銅色のモビルスーツに興味を失い振り返る。すぐさまコンピュータが白い機体の情報を映し出す。
「――ッ!?」
その情報に、フレイは目を疑った。出てきた情報は三つに分かれていたのだ。〝ルージュ〟に搭載されているAIがそれぞれの判断を示す。
一つめのAIは、その新型をアンノウンだと識別した。
敵機は見慣れぬ新型。その判断は正しい。だが、フレイはラウの乗る機体に良く似たモビルスーツを知っている。それは、〝ダガー〟のコクピットでカガリと共に戦ったあの一つ目の――
二つめのAIは、その一つ目の巨神を、〝MS―○六FザクⅡ〟と表示した。
〝ザク〟……。なぜ、わたしの〝ストライク〟は、ザフトの新型の情報が記録されているのだろう。だが、同時に表示された〝ザク〟の外見と、目の前の白亜のモビルスーツとは細部が異なっていることにも気づいた。むしろ〝ザク〟とは、例の赤い一つ目そのものだ。
だが、最後のAIが映し出したデータは、それら二つの情報と大きく食い違うものであった。
三つ目のAIは、その純白の巨神を、〝RX‐九三νガンダム〟と表示し、投降、および撤退を推奨する。
フレイは反射的に感じた疑問を口にした。
「〝ガンダム〟って言った……?」
『ハッハッハッハッ! やはり我等の機体は闘う運命にあるようだッ! そして、我々も!』
稼動停止した赤銅の機体を端目で捉えながら、フレイはビームライフルを構える。
「どうしてこんなところで! ザフトってそういう軍だったんですか!?」
『子供が言っている!』
フレイはかっとなって叫んだ。
「子供で悪いかァ!」
ばっとビームを撃つと、〝ザク〟は難なく回避し背中のミサイルコンテナから無数の誘導ミサイル――〝ドラグーンミサイル〟を撃ち射出した。
『〝ファンネル〟!』
彼が叫ぶと、ミサイル群は一斉に意志を持ち、フレイに襲いかかる。すかさず後退しつつ、フレイはビームサーベルを投げつけ、それをライフルで撃ちぬき、ビームの竜巻を作り、嵐のようなミサイルを呑みこんでいく。
『やるようになった!』
「誰かさんのおかげで!」
『へらず口もぉッ!』
一機の距離を詰め、〝ルージュ〟のビームライフルを蹴り飛ばす〝ザク〟。反射的にバルカンで〝ザク〟のビーム兵器を撃ちぬき、二機のモビルスーツは同時に近接武器へと切り替える。ビームの刃と斧がオーブの空で交差する。
『その機体の意味さえ知らない小娘にっ!』
「パパを殺した男はッ!」
フレイは〝ザク〟を蹴り飛ばしたが、ラウはにたりと笑みを浮かべ再び〝ドラグーンミサイル〟をばらまいた。〝ルージュ〟は手に持つビームサーベルを高速で回転させ、ビームでできたシールドを作りそれを凌ぐ。
戦況は不利だった。機体の性能は互角。だが、技量の差が大きく離れているのだ。フレイは全身が汗ばむのを感じたが、目の前に映るラウのイメージは、汗一つかかず、むしろこの状況を楽しんでいるようにも見えた。
「戯れるなッ!」
フレイは翼のハードポイントに装着したショットガンを構え、撃ち放つ。〝ザク〟はたまらず距離を取り、接近できる機会をうかがいながら周囲を旋回した。そこへ――
〈フレイ、下がって――!〉
既に満身創痍の〝フリーダム〟が、市街地での戦闘を聞きつけ慌てて駆け付けた。
「キラ、来ないでッ!」
無茶だ! フレイは叫んだが、キラはビームを連射しながらラウの〝ザク〟に迫った。〝ザク〟はやすやすとビームライフルを蹴り落とし、サーベルを構えた〝フリーダム〟の腕をつかみ取り、強引に引きちぎる。
〈キラ、下がれ!――トール!〉
カナードが叫ぶと、トールの〝デュエルダガー〟はビームサーベルを構え、ビームナイフを手に持つ〝ハイペリオン〟と同時に斬りかかる。すぐさま〝フリーダム〟も、残された左腕でビームサーベルを持ち、〝ザク〟を囲むようにして襲いかかる。
ラウはにっと口元を歪め、〝ザク〟は〝デュエルダガー〟の一閃を身を低くして回避しつつ右手に持つ斧でその首を落す。そのままの勢いで〝ハイペリオン〟に回し蹴りを食らわせ、〝フリーダム〟の首根っこに左の手刀を捩りこませた。
『ハハハハハッ! これが〝ガンダム〟の力! 私の力! 神話の王の力を、私は手に入れたぞォッ!』
三機のモビルスーツを弾き飛ばし、〝ザク〟は何事もなかったかのように崩壊しかけている三越オーブの屋上へと着地する。
――狂っている。
改めてフレイは目の前にいる狂人に薄ら寒いものを覚えた。
その時、力強いビームの粒子が〝ザク〟を襲う。フレイははっと顔をあげた。
「大尉!」
一瞬でビームの粒子に飲まれていく〝ザク〟。しかし――
『命があるから、光が輝く……』
光の粒子が過ぎ去ると、そこには淡い光をまとった〝ザク〟が、何事も無かったかのように佇んでいる。
「うそ、直撃したのに!」
〝デュエル〟が傷ついた〝フリーダム〟らをかばうようにして躍り出た。
『命とは、そこにいるものを……』
彼は歌い上げるかのように続ける。
『他者の血肉を食らい――』
フレイははっとしてショットガンを構えなおす。
『他者の未来を奪い――』
あの時、彼女たちを守ってくれたあの光が――
『生きている――』
どす黒い輝きを放ち、ラウの命に従い、彼を包み込む。彼は口元を醜くゆがめ、言った。
『即ち、命とは罪! 存在そのものが、大罪である!』
翼のようにして溢れる虹色の輝きが、ふわりと白いマシンを持ち上げ、そのまま加速し〝デュエル〟に斬りかかった。
『そしてアムロ・レイ! 我が〝サイコフィールド〟は、既に! 貴様の〝νガンダム〟を私の自身の力へと昇華させたッ!』
光の奔流の中で、アムロがぐっと目を細めた。
『貴様が――!?』
『その愚鈍さが、ララァ・スンを殺し、シャア・アズナブルをも殺したのだ!』
『――ッ! 俺はやるべきことをやっただけだ!』
『それが間違っていたのだよ! 貴様がララァを殺したあの瞬間に、人類は永遠に続く黒き歴史の歩みを止められなくなったのだ!』
『俺が――ッ!?』
『もしもあの時、死んだのがララァではなく、貴様だったら! 世界はどうなっていただろうな!? キャスバル・レム・ダイクンは道を迷うことも無く、完全な平和とやらを、作り出していたかもしれんが、そうはならなかった! 貴様と言う存在のおかげで、全ての未来が、闇に染まった!』
そのまま白い〝ザク〟は、ただの手刀で〝デュエル〟のシールドを突き破る。〝デュエル〟が慌ててそれをすて、応射する。放たれたいくつものビームを、〝ザク〟は光の幕を自在に操り、全てを跳ね除けた。
『貴様さえいなければ、コーディネイターも『我ら』も! 生まれていなかったかもしれないぞォッ!』
いくつものビルを飛び崩し、加速した〝ザク〟が斧を振りかぶる。ビームライフルを連射しつつ、一瞬の動作でサーベルに持ちかえ二機の刃が交差した。
『だが、それは推測でしかない!』
『ならばどうする! 自分は悪くない、何もしていないと! 平穏に生きていこうというのか!』
『俺はそこまで馬鹿じゃない! 今の世だって、強い子供たちに出会えた!』
『だったら、どうする!』
『過ちを繰り返させないためにここにいるッ!』
〝デュエル〟の右腕が宙を舞った。フレイははっとして飛びかかろうとしたが、〝ザク〟は首から大量のオイルを撒き散らし、慌てて後退していった。すかさず追いすがろうとするフレイを、〝デュエル〟は手で制する。
〈無策で追うな!〉
言い終えると、〝デュエル〟は稼動限界に達し、スパークを撒き散らせながら片膝をついた。アムロが言う。
〈……彼らを〉
フレイは赤銅色の機体に、慌てて駆け寄った。
敵の攻撃は休むことなく加えられていく。見るも無残に撃破されていくM1〝アストレイ〟を目に焼きつけながら、カガリは悔しさのあまり唇を噛みしめた。
――ここまでなのか、オーブは!
〝ドミニオン〟はいまだ健在で、ハリネズミのような弾幕を張りながら懸命に戦っているが、敵の新型によりキラたちは撃破されたと聞き、カガリの脳裏に敗北の二文字がよぎる。
辛うじて市街地の部隊を撃退した〝ストライクルージュ〟と片腕の〝デュエル〟が〝ドミニオン〟へ舞い戻り、〝ゲイツ〟や〝グーン〟を蹴散らしていくが、戦力差は明らかであった。そのとき――
「大型機接近!」
その知らせに、カガリは蒼白になって振り返る。
「そんな……どこからだ!?」
「ま、待ってください、これは――」
カガリはすぐさまモニターを睨みつける。一機に大型輸送機が上空に到達すると、ハッチから見慣れた五機の機影が飛び立った。そのうちの一機にモビルスーツ――総合兵装ストライカーパック〝I.W.S.P.〟を装備した〝ストライクE〟が二本の試製九.一メートル対艦刀で〝ゲイツ〟を薙ぎ払っていく。
上空を飛びまわる〝ディン〟を、同じように降り立った〝バスター〟が対装甲散弾砲で残らず撃ち落とし、〝デュエル〟と〝ブリッツ〟が地上を駆け巡る〝バクゥ〟を蹴散らす。〝イージス〟が変形し、五八○ミリ複列位相エネルギー砲〝スキュラ〟で〝ドミニオン〟を取り囲む〝ディン〟らを一掃した。
その鮮やかな手並みにしばし呆然と見とれ、ようやくカガリは理解した。
「連合の、増援部隊――」
炎に焼かれるオーブを、冷たい風がそっと吹きなでた。
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