「わかっています、でも、やらなくちゃ」
やらなくちゃ……か。
前の戦闘で戦場を荒らし回ったガンダムの乗ったパイロットがこんな少年とは、いくらなんでも皮肉の効き過ぎだな。
年齢に相応しくない、どこか達観したような風情すらあるキラ・ヤマトと対峙しつつ、思案を重ねる。
出来ることなら、彼らと戦いたくはなかった・・・・しかし、お互いの、いや、アムロの立場がそれを許さない。
「君たちに覚悟があることは分かった。そしてそれがとても強いことも」
本来ならこの場で取り押さえるのが一番ベストなのだろう。
後方にいるルナマリアと協力すれば不可能ではないし、このまま見過ごせば只でさえ宙に浮いたアムロの立場はさらに……
(だが、俺はザフトじゃない……そこまでする義理はないさ)
「君たちと会えて良かった。やはり、人伝に聞くより直に会ったほうが納得もしやすいからね」
「貴方はどうするんですか?」
「戦うさ。今後も君たちが戦場に介入してくれば、戦うしかないだろう」
「でもっ! でも私達は、争いを止めたいだけなんだ!!」
懇願するかのような、どこか不相応に幼いともとれるカガリ・ユラ・アスハの口調にも、アムロは揺らがなかった。
「結果は昨日で明らかだろう。止まりはしない。その段階はとうに過ぎてる」
「じゃあどうすればっ!?」
「……僕に意見を求めないでくれ。こちらが進言出来るのは降伏の二文字しかないに決まってるだろう……それから、キラ君」
「はい」
「君は何時まであんな戦い方をするつもりだ」
『ソレ』が何を指すかはキラにも直ぐに伝わったのだろう。
「僕が戦場に出る限りは」
「戦争における偽善は、苦痛と自己の犠牲を伴うと知っての上でか」
「……はい」
「醜いエゴだな」
ぱしーーーんっ
焼けるような感触を右の頬に覚えたアムロは、目の前に立ち、涙ながらに睨みつけようとしているもう一人の少女、ミリアリア・ハウを、むしろ気遣うように見つめた。
女性の平手打ちほど心に響くものはない。
しかもそれが自分が泣かせたのだとしたら……ブライトの修正も形無しだ。
「アムロさんに……キラを非難する資格なんて、ないわ」
「……キミは彼らと行動を伴にしたほうがいい。その方が安全になるはずだ……守ってやれなくてすまない」
「ばか」
ギュッ……
涙に濡れた瞳を閉じるとアムロの首に手を回して抱き締める。
一度の逢瀬で嗅いだ懐かしい香りに、アムロは頭を撫でてやることでしか応えてやれなかった。
10秒ほどそうしてしただろうか。ミリアリアはサッと身を翻すと、「行こ」とカガリの手を掴んでフリーダムの方に向けて歩き出す。「お、おい」
「君も行ってくれ。僕は君達が去るまでは一歩も動かないでおく」
「……ひとつ質問させてください。何故、貴方はザフトに?」
「色々と想う人たちがいる……それだけさ。君たちとおなじにね」
最後の言葉にアムロとキラは思わず苦笑しあい、そして離れていった。
お互いに、また遠からず戦場で出会うことを予感しながら。
「……よかったのか?ミリアリア」
「いいのよ、これで」
三人でフリーダムのコクピットに入り込んでいるためにかなり鮨詰め状態のなか、脇のモニターはアムロと彼に近づく人間――ルナマリア・ホークを映し出していた。
徐々に小さくなっていく人影を見つめながら、しかしミリアリアは微笑みを浮かべていた。
「きっとまた会えるわ。まだまだ、言いたいことが抱えきれない位あるんだから」
轟音とともにあっという間に視認できなくなったフリーダムから目を放すと、傍らに立つルナマリアに目を向ける。
と、いきなり柔らかい肢体がぶつかってきて思わずアムロは砂の上に押し倒されてしまった。
驚いて声を出すより先に、唇に湿った、水蜜桃のようなモノが覆い被さり、さらに仰天してしまう。
「―――――、―――――――」
「ん――ちゅ、―――――はあ」
不意打ちでファーストキス兼バードキスを仕掛けることに成功したルナマリアは、そっと唇を離して上気し潤んだ瞳で覗きこんできた。
「誤魔化すなんて、やっぱり無理……好きになっちゃったんだもの」
「……とりあえず、どいてもらえるかな?ルナマリアさん」
「あ、やっぱりそう来ます?」
う~~~~~~~~~ん、ちょぉぉっとだけ急ぎすぎたかな。
赤い物体――赤ハロをげしげしげしげしと足蹴にしながらほんの少し反省するルナマリア。
あの時は、アムロさんの言葉が嬉しくて、つい感極まってあんなことをしてしまったしなあ。
アムロさんが、私たちと共にいてくれると分かり、ザフトにいてくれると分かって、――本当に嬉しかった!
ナチュラルで、オーブに居たっていうアムロさんなら、ひょっとしたら、って思ったのに私達と一緒にいてくれることを選んだのだ。
感激のあまり感情の赴くままに、平たく言えば、
『ホウ、勝負下着ナド身ニ着ケテ、誰ニ見セルツモリハロ?』メキィッ!!『グェッッ!』
ついつい力を入れ過ぎてしまったではないか――迂闊。
「お、お姉ちゃん……!?」
「なんつったんだ?」
信じられないという目でこちらを見つめるメイリンと、暢気なシンはひとまず置いといて。
むんずとハロを掴みあげると、一言。
「消去」
『…ハロ』
「本当でしょうねえ」
『ハ、ハロハロッ!』
「まあいいわ、もし画像流出なんてことがあったらアドリア海の彼方まで吹っ飛ばしてやるから。肝(メモリー)に命じておきなさい」
『ハ、ハロ~~~~。→<直訳:死、死ヌカトオモッタ(滝汗)>』
その後、ホーク姉妹が連れ立って退室したあと、ドッと冷却水を噴出すハロ――さながら冷や汗の如く――を見兼ねたのか、シンは備え付けのタオルで拭いてやることにした。
らしくないことしてるなあと自分でも思いながら。
「お姉ちゃん」
「ん?なに?」
テクテクと二人でミネルバの艦内を歩きながら、メイリンは隣にいる姉をチラチラ盗み見る。
なんなんだろう、何というか今の姉には妹の自分がハッとさせられる色気のようなものが滲んでいた。
「や、やっぱり何でもない」
「なによ、気になるじゃない」
そんなやり取りをしてるうちに自分たちの部屋につくや否や、なにを思ったのかルナマリアは身嗜みを気にしだした。
しきりに髪を整え、赤服に皺が寄ってないか、なによりもメイリンを驚かせたのは、普段あまり興味を示さない口紅を手に取り、色を確認しいしいゆっくりと唇にまぶしていったことだ。
そこまで来てやっとわかった。
たしか、姉はこの後は非番である……そしてあのヒトも……
「メイリン」
「え、え?」
「お姉ちゃん、頑張るからね」
そう言って笑う姉の顔を、メイリンは一生忘れなかった――――本当に、綺麗だった。
「……恋してるんだね、お姉ちゃん」
一人になり、電気を消した暗闇の中でベッドに倒れこんだメイリンは、ボンヤリと呟く。
恋をしてくれている……
インターホンが鳴り、開閉スイッチを押すとルナマリアが立っていた。
それなりに経験を積んだアムロは、その表情で、仕草で、彼女がなんの目的でここに来たのかすぐに理解した。
少女から漂うかすかな香水の匂いと、うすく光る唇を目にしたら、不覚にも涙がでそうになった。
成すべきことはひとつしかなかった。
細い、しかし弾力に溢れた肢体を抱き寄せ、思いっきり抱擁する。
ルナマリアも背に手を回して受け入れた……そして………
―同時刻、ミネルバ艦内、とある通信室にて―
《そうか、アムロ・レイがキラ・ヤマトと接触したか》
「はい、しかし、彼は奴に迎合することなく戻ってきたようです」
《フム…レイ、キミはどう思うね。彼は、アムロ・レイは我々の計画に賛同してくれると思うかね》
「現状では判断材料に乏しいのでなんとも言えませんが、敵に回ることはなんとしても避けるべきと進言致します」
《不確定材料は早めに除外するに限るか…まあいい、暫くは様子を見守るとしよう。彼の持つ力は余りに惜しいからね》
「…………」
《ご苦労だったね、レイ。追って指示は出すから、暫くは休んでくれ給え―――身体を大事にすることだ》
「ありがとうございます……ギル」
―廊下―
そこには通信室のドアに張り付くように、赤いハロが沈澱していた。
『…革命はいつもインテリが始めるが、夢みたいな目標を持ってやるから、いつも過激なことしかやらない……だったな、アムロよ』
その喋り口調をアムロが耳にしたらなんと思ったことだろう。
紛れもない、その人を惹きつける声こそ……
――続く