その日のことは忘れない。俺たちが信じて戦ったものを失った日のことを。宇宙世紀0088年2月22日に、俺が信じた旗を掲げた組織・ティターンズは崩壊した。
俺は自問する、カール・マツバラにとって、あの戦いは誰がための戦いだったのか。そして、答えはいまでも変わらない。
失いし世界を持つものたち・外伝
「再び同じ旗の下に」
それから20年近くが経った。俺はコロニー公社で生計を立てている。軍に戻っても良かったかもしれないが、エリアルドほど理想主義者じゃない。
それに、俺はオードリーを放っておけない。あいつを愛しているからだ。仲間としてだけじゃなく、女としてな。
そんな俺の暮らしが、再び連邦の野郎にかき乱される事にあるとは夢にも思わなかった。月面都市フォン・ブラウンとサイド4を行き来する日常の中で、久しぶりの休暇を楽しんでいると思わぬ来客があったのだ。
呼び鈴に応じてドアを開けると、連邦の軍服に身を包んだ男がふたり立っていた。今更軍が俺に何のようだ。それが、こいつらを見た俺の第一印象だった。眼鏡の男が敬礼する。
「連邦軍情報局サキ・デッサウ大佐です」
「同じくオルトヴァン・ジェスール少佐です」
俺は条件反射で答礼しかけるが、右手を硬直させた。何事かと後ろから、オードリーが顔を出す。
俺とオードリー・エイプリルは、エリアルドの裁判の後に同棲している。彼女は男のうち、見覚えがある人物がいたようだ。
「貴方は……」
「こうしてまた会うことになるとは思わなかったよ、中尉」
何だ、昔の男か。俺は軽い嫉妬を覚えかけたが、オードリーの次の言葉ですぐに違うことがわかった。
「軍に残ったのね」
「この人が助けてくれた」
デッサウ大佐という黒めがねの男に顔を向ける。秀才然として神経質そうな印象だ。そういうことをするタイプには見えない。
「……いいか少佐?」
「申し訳ありません、大佐」
「まずはカール・マツバラ、オードリー・A・マツバラ退役中尉には話を聞いて欲しい」
ともかく俺は、彼らを家の中へと入れた。特に危険という風には考えなかった。
連邦がその気になれば、俺やオードリーなど簡単に消せるが、今更俺を消すことに躍起になるほど国家という奴は暇じゃないはずだ。
それに定期的に盗聴器の有無は調べている。最も、彼ら2人も入るなり盗聴を警戒していたので、いよいよ胡散臭かった。
※ ※ ※
「何だって!!第13機動艦隊が造反!?」
俺はオルトヴァン少佐から出た言葉に驚く。そして、そのような情報を俺たちに知らせる意味は何だという気持ちが起こる。確実に碌な話じゃない。
「上層部はそう見ている」
「俺はブライト・ノアという人をよくは知らないが、今更艦隊ごと反連邦運動するような人間じゃないだろ。
そりゃ、この数日くらい流れている、あのマフティー・ナビーユ・エリンが自分の息子で、それを連邦が知らせずに処刑させたという話が事実なら、反乱も起こしたくなるだろうさ。
おまけにあんな新聞記事まで作っているんだしな。だからって事件が完全に収束していない段階で反乱だって言うのも短絡的じゃないか」
俺はこの数日ほど流れている胸くそが悪くなる話を持ち出した。探りを入れるつもりだったが途中から熱が入っていくことも自覚していた。
第1報の新聞ではブライト大佐のコメントに腹を立てたが、その日のうちにどうやらそれが連邦の工作らしいという話を耳にして、余計に頭に血が上った事を思い出す。オルトヴァン少佐は意識してか、砕けた感じで応じた。
「俺だってそう思うさ、今回の一件はどうにもおかしな事が多い。だがな連邦の上層部にとっては、そんなことどうでもいいんだ」
「つまり、タイミングと言う事ね?」
オードリーが冷静に指摘する。
「そうだ。マフティー・ナビーユ・エリンが、ハサウェイ・ノアであるなんて話がどこから出てきたのか、その辺りは俺もよくわからない。だが、この吐き気がするような一件は、概ね事実らしい」
「そうね。連邦なら、そうするわね」
オードリーが軽蔑を込めて言う。俺も正直にいえば、目の前にいるこの野郎どもをぶん殴ってもいい気分だ。少佐は俺の殺気に近い感情を受け流すように話を続ける。
「連邦政府にしてみれば、息子殺しをさせてみたら、父親の指揮する艦隊が丸ごといなくなったんだ。慌てもするさ。幕僚どものひとりは、将官にしてやったのに恩知らずとまで叫んだらしい」
「そいつは……」
今の連邦はそこまで腐っちまったのか。俺たちが戦っていたあの時代、考え方は違うが、連邦のあり方を本気で考えて、己の誇りに賭けて戦っていた。あの戦いは何だったんだ。
俺はマグマのような怒りを抑える。そのために言葉が濁ってしまったことは否めない。情報局の連中にとんだ隙を見せてしまった。
「その辺にしておけ、我々には時間が限られている」
「……申し訳ありません」
デッサウ大佐が眼鏡を中指で押し上げる。
「さて、そこで君たちに参謀本部からの特命である。君たちは軍務に復帰し、第13艦隊捜索及び討伐部隊に参加して欲しい」
「待って下さい。大佐、俺やオードリーはもう随分MSには乗っていない。何で俺たちに白羽の矢が立った理由くらいは教えて下さい」
「失踪した、第13独立機動艦隊の随伴艦にはラー・キェムも含まれている」
「ラー・キェムだと……」
ラー・キェムにはあいつが、エリアルドがいたはずだ。あいつは恩人のコンラッド・モリス中佐と共にロンド・ベルに転属して、再び前線に赴いている。
そこでは機動部隊の指揮官になっていた。そして、その指揮を任されている船が、ラー・キェムだったはずだ。俺は参謀本部の考えていることが理解出来た。
子供じみている。もはや押さえることは出来ない。俺は頭に血が上り、脳みそが沸騰しているような感覚に襲われる。クソメガネめ、ぶん殴ってやろうか。
「……俺たちが、本気で、そんなことすると思っているのか?」
「参謀本部はそう考えているから、私を派遣している」
「……よかったな、10年前ならもう手が出ているところだぜ」
「オルトヴァン少佐、貴方はかつて私たちがティターンズいた頃に、そのあり方に疑念を抱き、コンペイトウで武装蜂起すらしたわ。それなのに、いまは体制の犬をやって、腐った連邦に尻尾を振るの?見下げ果てたわ」
オードリーが絶対零度の視線をオルトヴァン少佐に浴びせる。連邦から来たクソ野郎達は、意に介していない。
「以上が参謀本部からの要請である。これは実質命令と考えてくれていい。拒否した場合にどうなるかは想像の翼を働かせて欲しい。さて、もうひとつ査閲局次長から連邦軍将官特別権限による命令を預かっている」
この上何をやらせる気だ、このメガネは。それに何だって査閲局の次長からの命令を受けなければならない。グリプス戦役以後、ほとんど死文に等しい将官特別権限命令を発令する程の事態なのか。
だいたい、この話を聞いているだけで後戻り出来そうにない。俺にエリアルドを殺れというのか。クソメガネめ、黒縁なんて流行らねぇんだよ。俺みたいにツーポイントがイケメンの証明なんだ。
やっぱぶん殴るべきか。右手に力を入れかけたとき、デッサウ大佐から驚くべき言葉が出てきた。
「このファイルを、君たちが赴任する第13独立機動艦隊の第3戦隊司令オットー・ミタス大佐に渡して欲しい。そのうえで、第13艦隊救出にあたって欲しい」
「……は?」
「我々が渡すのは色々と拙いのでな」
そういうことじゃない。何て言ったんだ。この黒メガネは、救出だと。オードリーと目を見合わせる。先に口を開いたのは、彼女だった。
「救出とおっしゃいましたが、先ほどの参謀本部の命令と異なるようですが?」
「我々は彼らを救いたいと考えている」
デッサウ大佐は、淡々と述べる。
「消息を絶ってから既に1週間が経過している。この時間の経過は、参謀本部、というよりも幕僚長官のグッゲンハイム大将ら上層部に冷静さを失わせている。
仮に何らかの事故であったとして、もはや上層部は聞く耳を持たないだろう。わざわざ第3戦隊を降下させて、部隊戦力を増強しているのも、いつ自分たちに報復攻撃をされるか、わからない恐怖からだ」
俺は怒りが冷め、この神経質そうな黒縁眼鏡の大佐をまっすぐに見つめる。強い誇りと自信に裏打ちされた目だ。多分、俺がティターンズで失った目だ。連邦に尻尾を振るような男にこういう目はもてない。
「だから提案したのだ。この際に邪魔な連中をまとめて処分する算段を建てればいいとね」
「「なっ!!」」
「機動兵器だけでなく、仮に13艦隊の司令直率部隊とやり合うのであれば、相応の戦力が必要だが、正規軍に対応出来るだけの腕利きは、第13艦隊と一部のヴェテランくらいである。使えそうな人間を使うので、任せてくれとね。
もちろん万が一の事態のために、後方には核兵器搭載のガルダを待機させる事で保険とするようにとも言ってある。つまり捜索は、我々の仲間で行うことが出来るということだ」
とんだ狐野郎だな。いや黒幕は査閲局の次長か。そのうえ俺らのことを仲間だと。俺の反応に気付いたのか、オルトヴァン少佐が、椅子の肘掛けを握りしめてやや前のめりに語りかけてくる。
「おまえはエリアルドを救いたいのだろう?俺も同じだ。俺だってあいつとは戦友なんだ。グリプス戦役では、信条から袂を分かったが、今は違う。共に連邦の改革について憂う同志だ。こんなくだらないことで奴を失いたくない」
オルトヴァン少佐が真剣な目で俺を見つめる。エリアルドの奴、まだ連邦をどうにかしようとか考えてやがったのか。相変わらず理想主義に過ぎるぜ。俺はあいつの心に触れる感じがして、胸が熱くなってきた。だが、オードリーは懐疑的だ。
「それが貴方の本心なら喜んで協力するわ。でも貴方は情報部の人間よ。そういうところにいる人を、迂闊に信じることが出来るような箱入りじゃないわよ」
多少耳が痛い。デッサウ大佐は、事もなく頷く。
「当然だな」
「それに、第13艦隊が本当に造反していたら、どうするおつもりですか?息子殺しというレッテルを貼られれば、世界を壊したくなるって感覚、出ますよ」
「だからだよ、中尉」
「は?」
「仮に本当に造反していたら、それこそ我々は全力で諫めなければならない。いまの我々には、ブライト・ノアをこういう形で失うわけにはいかないのだ」
デッサウ大佐は、立ち上がると外を見る。俺も釣られて外を見ると、ジャンクの山がそびえ立っていた。
「この10年だけでも、月面破壊未遂事件にラプラス戦争、そしてマフティー・ナビーユ・エリンの一件だ。もはや地球連邦は制度的に限界に達している。だが、未だに改革は成し得ていない。なぜだと思う?
少なくとも、あの2人のアナスタシアの演説は、アースノイドもスペースノイドも人間の心に期待と可能性を与えたはずだ。にもかかわらず何故、今回みたいな事になったのか。わかるか?」
『アナスタシア』とは、ラプラス事件と月面破壊未遂事件の双方に現れたミネバ・ザビのことを指している。
当時のマスコミが、旧世紀にあったロマノフ朝のアナスタシア王女詐称事件になぞらえたのだ。連邦は彼女たちを公式に偽物と発表した。
そんな報告を鵜呑みにした民衆は皆無だったが、実際に2人現れたことは民衆に混乱を与えるのに十分な話である。結局、迎合的なメディアは一時の熱情に冷め扱わなくなる。
それに釣られるように市民は感心を無くしていった。濁流として流れる日常の中で忘れ去られてしまったのだ。俺はラプラス戦争の方が本物じゃないかと、ヘンドリックじいさんと賭けたもんだ。
結局真偽不明で引き分けた。そう他ならぬ俺自身が、あの演説で心を動かれていなかったのだ。オードリーは探るように言葉を紡いでいる。
「音頭を取る者の欠如、ですか?」
「そうだ、ゴールドマンではあの事件以前に保守主義者に過ぎた。彼はあの事件後は改革派だったが、民衆はそうは見ないさ。それにあの事件でG20や議会を敵に回している。
彼ではその後の旗振り役にはなりえない。あのアナスタシア達も、各々があるべき期待を述べでおきながら、その後は各々に判断を委ねてしまい主体的な行動をしなかった」
「そこで、ブライト・ノア准将を利用すると?」
「飾らないで言えばそうなる。彼は一年戦争伝説の英雄であり、歴代のニュータイプを誰よりも側で見てきた男だ。
さらにいち早くエゥーゴに参加して連邦の改革に身を投じ、第二次ネオ・ジオン戦役ではアムロ・レイと共に地球を救った。この経歴は改革派の吸引力に成り得る。本人の意志と関係なく、な」
「息子さんを亡くしていることが事実なら、そんな人を御輿に挙げるなんて酷いことをされるのですね」
オードリーの言葉に、デッサウ大佐はしばらく無言だった。オルトヴァン少佐は何か言いかけたが、口をつぐんだ。しばらく気まずい沈黙が流れた後に、デッサウ大佐は口を開いた。
「君たちはタマーム・シャマランという人物を知っているか?」
どっかで聞いた名前だ。確か殺された人だったと思うが。
「ジオン・ズム・ダイクンにアースノイドの側から、思想面と政治理念の双方より批判をした人物ですね。
ただ、批判といってもスペースノイドを優位的に見るのではなく、地球と宇宙の共存と融和を志向すべきという意見で、スペースノイドの自治に関しては一致していたと記憶しています」
それでアースノイドの保守派に殺されたのだ。確かに何度かテレビで見たことがあったな。
「彼は私にとって恩師でね。私自身シャマラン思想を強く支持している。だがね、彼の理想は一年戦争後に禁忌となってしまった」
「ニュータイプ思想の拡散ですね」
俺の意外そうな視線に気付いたオードリーは、ウインクして見せる。
「あたしだっていつまでもバーで酒浸りじゃないわよ、カール。ともかく、スペースノイド優位論は、さらにギレン・ザビの論文『優勢人類生存説』と混同されることになると、いよいよ危険思想になりました。
デラーズ紛争がだめ押しです。一般人にはその理論を奉じているような連中と共存を述べること自体が、グリプス戦役の頃までタブー視される風土が出来てしまいました。実際、私たちもそう信じていましたからね」
そうだ、俺たちは実際ジオニズムをザビ家的な物と混同していた。だが、俺に言わせればシャア・アズナブルも同じ穴の狢だ。ザビ家を否定して見せて、結局は自分が大切にすべきと説いたはずの水の惑星を駄目にしようとしたのだ。エリアルドは、そのことに心底怒っていたな。
「そう、もはや共存や融和など議論すら出来る土壌にないのだ。
スペースノイド自身が、人類の至上例のない同胞を含めて50億も殺したという事実は、もはや共存云々話すというレヴェルではなくなってしまった。
君の言う通りで、その後の紛争がだめ押しになった。ふたりのアナスタシアの演説は、その点を無視しすぎていたのだ。いや、それを承知で言っていたのかもしれない。
……だが、実を言えば私も彼女らと同意見だ。つまり一年戦争を生きた人々が存命している間に連邦を改善しなければ、今後100年はこの状態が固定化してしまうだろう。
だから、たとえ綺麗事に聞こえようとも動かなければならないのだ。巨大な官僚機構は惰性で動くからな。マフティー・ナビーユ・エリンの件は、確実にさらなる後退を連邦政府に及ぼすことになるだろう」
「そのためにも、ここでブライト・ノアを失うわけにはいかないと?」
「そうだ。そして参謀本部の復讐心だけで罪無き人々が、再び戦火に巻き込まれることを避けねばならない。これはもうひとつの先生の教えでもある。
このことはまだ造反が確定していないブライト・ノアだけでなく、艦隊乗員も含まれている、君たちの戦友だったハンター大尉もな」
年齢と風貌に似合わぬ言い様に、俺はもはや驚きを隠さなかった。オードリーも驚きながら、少し呆れている。
「失礼ですが、大佐は相当なロマンチストですね」
デッサウ大佐は何も言わなかった。少し喋りすぎたという自覚があるのだろう。オルトヴァン少佐がオードリーに向く。
「俺はあのとき、行き過ぎたティターンズを排除することで、連邦は自浄が出来ると思っていた。ところが何てことはない、危機を回避した組織は安穏としただけさ。
俺を利用したコンペイトウの司令部など、エゥーゴに対して保身が確保出来たら、俺のことなど忘れやがったからな。
だから、事件後に大佐に救われてから体制内改革を本気で志向した。数年前に、エリアルドとモリス中佐にそのことを話して、賛同してくれた」
こいつも、グリプス戦役で色々失った口だろう。俺の心は少しずつ固まってきている。だが聞いておきたいこともある。
「大佐、俺はあんた達に覚悟があることはわかった。けど、早々思い通りになるか?それにそれこそブライト司令がこうしている間にマジで造反している場合だってある。その時に改革は諦めるのか?」
デッサウ大佐は、右手でメガネを挙げ、オードリーも抱いた疑問に答えた。
「もちろん、彼と協力、いや君らから見れば利用だろう。それが望まぬ結末になろうと、改革を諦めたりしない。私は殺されようとも連邦を改革してみせる」
俺は、自分が恥ずかしかった。あの戦いのとき、俺は自分の信じたティターンズの旗の下で戦っていた。その時の俺は、少なくとも俺は改革に参加しているという意識が片隅にはあった。
だが今はどうだ。こうして宇宙に関われる仕事に就いて満足している。だが、こいつらは俺と同じくらいに連邦に絶望しているのに諦めていない。俺の腹は決まった。それにエリアルドの奴を助けないとな。
「今のMSに乗るにはだいぶ鍛えないといけないな」
「君は元テストチームだろう、やれると確信している。私もかつて正規軍の教導隊で指揮をしていた。君ら参加させようと言い出したのは少佐だが、私はそれだけで選んだわけではない。エイプリル中尉はどうか」
「ここで失ったものをいつまでも後悔するよりはマシね」
こうして、俺とオードリーは、参謀本部の要請を受け入れた。デッサウ大佐の本当の目的と共に。
俺たちは数日後、地球へと向かった。
※ ※ ※
フィリピンのミンダナオ島にあるダバオ基地は、熱帯特有の暑さがあり、宇宙で快適な生活に慣れた体にはキツイ。基地に付くと、俺にとって予想外の人物が待っていた。
「カール!オードリー!!」
「「隊長!!」」
元アスワンのブラックオター隊隊長ウェス・マーフィー少佐だ。現在はナイメーヘンで教官をしているはずだ。それに脇にはびっくりする位の美女がいる。まさか隊長のかみさんなのか。そんな馬鹿な。
「元気そうで何よりだ。おまえらいい加減に籍を入れちまえ」
「今更な感じですよ、隊長」
オードリーの言葉が、ぐさりと胸に突き刺さる。俺はしたいがオードリーは、乗り気ではないのがわかっている。彼女に言わせれば、連邦の監視下で重いものを背負いたくないそうだ。
子供のことを言っているのだろう事は想像出来た。だからいまでも愛し合うときは対策している。そういった事情から、籍を入れないままただ時間だけが過ぎてしまった。
「勘弁して下さい。ところで、そちらの美人さんはどなたですか?まさか隊長の」
「違うぞ、むしろエリアルドの想い人さ」
「What?」
俺とオードリーが素っ頓狂な反応をしてしまった。東欧系の美女が、顔を少し赤らめて自己紹介をはじめた。
「初めまして、ネェル・アーガマ主計班長ヒルデガルド・スコツェニー大尉です」
「オードリー・エイプリル中尉です」
「カール・マツバラ中尉です。あの失礼ですが、エリアルドとは?」
「彼とはグリプス戦役で心を通わせただけですよ」
あの野郎、俺の知らないところでこんな美人と関係があったのか。
「ですが、別に付き合っていたというのじゃないんです。私はあのとき元ジオンでエゥーゴでしたから」
俺は、エリアルドがスパイに騙されたという話を思い出した。だが、あえてその話を蒸し返しても仕方がない。
「……ともかくお互いスネに傷を持つ同士だ。仲良くやろう」
それにしても、俺と同じくらいだろうに、何でここまで若さを保っているんだ。オードリーは最近肌に張りがとかぼやいていたのに。
「カール、いま何か失礼なこと考えていたでしょ?」
ニュータイプかよ。いのちだいじにだな。
「ところで、隊長まで駆り出されたんですか?」
「いや、俺はこれから……」
「きゃあ!」
オードリーのその場に似つかわしくない叫び声に全員が振り向く。
「良いケツしてやがる。すげぇ美女ばっかりじゃねーか、おいおい俺はこっちの方が良かったぜ」
金髪でオールバックにしている、いかにもアメリカ人を思わせる親父が、事もあろうにオードリーのヒップをなで回している。
俺のオードリーに手を出すとは死にてぇらしいな。拳を握りしめた直後、俺が手を出すまえに、オードリーの胴回し回転蹴りがこめかみに命中していた。
「ぐぉ!油断した」
「てめぇ殺されたいかぁ!!!」
俺はだめ押しにみぞおちに拳をたたき込もうとしたとき、中年の女性士官の一喝が響いた。
「よさないか!!!!」
全員の視線が、その女性に集中する。
「ここはキャバクラでもアメリカの裏通りでもないぞ、大尉!!!軍隊の女性は貴様の性欲解消の道具ではない!」
「Yes, sir!!」
金髪のアメリカ親父は悪びれもせず、姿勢の整った敬礼をした。敬意はみじんも感じないけど。
「ネェル・アーガマ副長のレイアム・ポーリンネア中佐だ。デッサウ大佐はどうした、ロイザー大尉?」
「チョイと、野暮用ですよ」
「それはもう済ませたよ」
計っていたようなタイミングで大佐がジープから降りてきた。全員が大佐に敬礼する。
「マーフィー少佐、ロイザー大尉、君たちは直ちに支度にかかってくれ」
「「了解!!」」
「隊長!!!」
俺とオードリーの意外そうな声に、隊長は笑顔で応じた。
「俺はこのロイザー大尉のような人外じゃない。前線は無理だ。だから大佐と共に行動する。エリアルドによろしくな。本当はおまえらに会わなくても良かったが、下手したら今生になるかもしれない」
「「隊長!!!」」
「会えて良かったよ。色々言いたいこともあるが、ともかく俺とおまえ達は同じ旗の下で戦うと言う事だ、じゃあな」
隊長は、右手の親指を立てると振り返らず歩いて行った。もうひとりのスケベ野郎は俺に余計な言葉を残していった。
「緑髪、いい女を逃すなよ」
言われるまでもない。俺は中指を立てようかと思ったが、軍に戻ったことから思いとどまり頷くだけだった。向こうで、今日の金言とか言って隊長に絡んでいる。
とんでもない奴だったな。オードリーは殺気めいた視線を送っている。ともかく俺たちは赴任先である、ネェル・アーガマに乗り込むことになった。
ネェル・アーガマ艦長オットー・ミタス大佐は、くたびれたタヌキみたいな風貌だった。
「ふむ、元ティターンズのパイロットか」
「「はっ!!」」
大佐は、経歴のファイルをめくりあげて、しばらくそれを見つめた後に俺たちに視線を向けた。
「デッサウ大佐が連れてきた以上は、妙な主義者ではないだろう。ハンター大尉の知己と聞く。うちの部隊は、エゥーゴ出身の兵士も多い。実力を示せ。私から言うべき事はそれだけだ」
「はっ!!つきましては、こちらも合わせて受け取り下さい」
「なんだ?さすが日系人だな、菓子折かね」
デッサウ大佐との打ち合わせ通りに行動する。受け取った書類はフォン・ブラウンで購入した菓子折に紛れ込ませている。
「モナカであります!」
「私は紅茶が趣味でね。ありがたく頂いておこう。だが、それが勤務評定に影響されると思わないでくれよ」
「はっ!」
「うむ……?」
オットー艦長が、菓子折の袋からファイルを見いだす。ファイルを読んでいくとみるみる真剣な顔つきになる。
「副長、君も読んでおきたまえ」
「はい?」
副長も読み進めると顔が険しくなる。
「大胆なことをするな、デッサウ大佐」
「いえ」
「クルムキン提督の差し金か?」
後に説明を受けたが、クルムキン少将は、現在の連邦ではリベラル派の領袖的な存在だ。
月面破壊未遂事件後は、ゴールドマン大統領の要請で参謀本部の査閲局次長になったという。
ただリベラル派なだけに上層部と幾度か衝突し、次の人事異動ではどこかの基地司令に転出することが濃厚だと言われているそうだ。
ラプラス戦争後に、ロンド・ベルの第13艦隊司令再編とブライト司令の復職に積極的に動いてくれたそうだ。
「ともかく、後ろに核の圧力はありますが。司令には自由に捜索に当たって頂けます。他の部隊もリベラル派の指揮官です。核装備部隊だけ保守派ですが」
「やり手だな。ともかく事が起きた場合『彼ら』の扱いは任せてくれ。我々と行動を共にすれば先方も安心するだろう」
きな臭い話になってきたな。俺たちに話してもわからないと思っているのだろうか。いや、既に仲間としてみているのかもしれない。その時、ノックの後に懐かしい顔が入ってきた。
「久しぶりね、カール、オードリー」
「ケイト!!」
かつてアスワンに乗艦していたケイト・ロスが、正規軍の軍服に身を包み立っていた。
「実は、先に送られた経歴から知り合いと思ってね。呼んでおいたのだ」
タヌキ親父は粋なことが出来る人らしい。艦長にいい印象を持ち始める。艦の雰囲気が良いことは任務にとっても重要だ。
「いまはこのネェル・アーガマのCIC主任で、階級は大尉なの。敬語使いなさいよ」
冗談半分にえばって見せるケイトに、俺たちは吹き出した。
「でも、どうしてここに?」
「ロンド・ベルの時代に配属されたのよ。いわゆる島流しね。最初はラー・カイラムに勤務していたのよ。もちろん、オードリーが言いたいことはわかっているわ。
確かにブライト司令は、かつてあたし達と戦った人よ。だけどあの人と会ったときの言葉は忘れない」
俺たちは黙って先を促す。
「『ティターンズに居た連中全てが、バスク・オムのような軍国主義者ではないだろう。エゥーゴにだって、理想と現実のギャップになやみ仰ぐ旗を替えた人間も居る。
君が自信の意志で選び戦っていたのであれば恨んだりするような話じゃない。大事なことは君が最善を尽くせる人間かどうかという事だ』ってね。私はあの誇りを持って戦った事を後悔していない。
だから、その言葉でこの人の元で戦ってみたいと思うようになったの。本当は退役願いも書いてあったのにね。論理的じゃないと思われるだろうけど、それが理由かな」
少し老けていたが、その笑みはケイトの往年のかわいさを失っていなかった。
「カール、射的の的になりたい?」
あるぇ?なぜわかったんだ。にこやかに笑うケイトを脇に、デッサウ大佐がオットー艦長に向き合う。
「オットー艦長、ファイルにあるように『彼ら』の件はお任せ下さい。旧エゥーゴの連中からルートを付けてみます」
「頼む、君も気をつけてくれ」
「大丈夫です、フョードル・クルムキン少将が動いてくれていますから」
「あの方が動いてくれるなら安心できる」
オットー艦長は安堵した表情を見せる。
「『あれ』の封印解除指示が来た以上は、もうひとつの角に目を付ける将官は出てくるでしょう」
「ああ、びびってばらせない辺りが、上層部らしい」
俺には何を話しているかよくわからないが、色々動いているようだ。
「ともかく両名並びに先任参謀代行としてオルトヴァン少佐の乗艦を歓迎する。共にどぶ底まで付き合ってもらうぞ」
「はっ!」
応答する俺は、オルトヴァン少佐が同行することに意外さを感じた。
「よし、本艦はこれより第13独立機動艦隊捜索任務に就く!!各員配置に付け!!!」
「「了解!!!」」
廊下に出ると、デッサウ大佐が「よろしく頼む」とだけ言って去って行く。思った以上に器用な人じゃないな。そして、目の前の男もだ。
「俺だって、エリアルドを助けたいさ。ま。俺は今回上層部にしてみれば、厄介払いその1さ。なんといってもコンペイトウで武装蜂起した跳ね返りだからな」
「ふっ、おまえも相当だな」
「エリアルドの裁判で無茶したおまえに言われたくはないな」
互いに苦笑し合う。こうして俺たちは各々の思惑が交錯する中で出港した。俺たちにとって予想外だったのは、第13艦隊が異世界へと転移していたことだ。ついでに、俺たちも巻き込まれてしまったことだろう。
※ ※ ※
ラー・カイラムは、さすがにすごい船だ。俺たちが昔乗ったアスワンよりはるかに大きい。
オーブ連合首長国とか言う場所で、いきなり戦闘に巻き込まれた俺たち対するミーティングが終わり、その場が解散になり廊下に出る。
それにしても第13艦隊が異世界で愚連隊になっているなんて、誰が想定出来るんだ。こりゃデッサウ大佐も気の毒だな。
だいたい、アムロ・レイにシャア・アズナブルの生存なんて悪い冗談かと思ったぜ。
「びっくりさせないでくれ、カール」
後ろから声を掛けてくるのは、親友エリアルド・ハンター大尉だ。握手の後に互いに抱き合う。そして、申し訳ない顔を見せる。
「本当に驚いたよ、だが俺のせいで変なことに巻き込んでしまってすまない。オードリーに何て謝ればいいんだ」
「エリアルド!」
「!!!オードリー・エイプリル!?」
ふたりの抱擁に、男としての独占欲に少しだけ火が付いてしまう。そういったところが俗物なんだろうな。エリアルドにもうひとつ爆弾を投下させることにした。
「大尉殿、俺たちだけじゃないぜ。おまえがびっくりする奴がいる」
「ネェル・アーガマならケイトだろ?」
俺は、横に退きケイトとヒルダを視界に入れさせる。
「エリアルド、久しぶりね」
「ヒルダ……」
何とも言い難い雰囲気がふたりの間に流れる。おまえらいい加減な年だろうに。
「マツバラ中尉?」
だがから何でわかるんだよ。そこにアムロ・レイ隊隊長代行が来た。俺は正直に言って緊張した。
「エリアルド、すまないが隊長会議をしたい。来てくれないか」
「はい、いま参ります!」
アムロ中佐が、俺たちを一瞥すると会議室から出てきたブライト司令の方へと歩いて行った。
「おまえ、よく緊張しないな?」
「ああ、要は慣れだよ。それに中佐は穏やかな人だよ。じゃあまた後で」
エリアルドは、部屋に入るまえに、振り向いた。
「カール、さっきは謝ったけど、俺はまたお前と飛べると思うとうれしいよ!!」
「今度はお前に先に言われちまったな。当たり前だろ?異世界だろうが、俺たちはやれるさ。再び同じ旗の下で戦うんだからな!!!」
「ああ!!なまっていないだろうな!」
「おまえら捜索するときに鍛え直したぜ!!安心しろ!!!」
「男ってほんと、馬鹿ね」
「ええ、でも嫌いじゃないわ」
俺は戦う。理由は簡単だ。同じ旗の下に集う仲間のためだ。ロンド・ベルは悪い旗じゃない。とんでもない世界に来てしまったが、俺には同じ旗を仰ぐ仲間がいる。あの時と答えは変わらない。その仲間のためなら、俺は戦っていけるさ。
『再び同じ旗の下に』end.