CCA-Seed_427◆ZSVROGNygE氏_01

Last-modified: 2009-03-21 (土) 16:01:52
 

失いし世界を持つ者たち
第1話「失いし世界」

 
 

―宇宙世紀0093―

 

 シャア・アズナブルの起こした反乱『第2次ネオ・ジオン戦争』は、突然現れた緑色の光によりアクシズの軌道が逸れるという、およそ非現実的な結末を迎えた。
 この戦乱の首班とそのライバルはついに戻らず、行方不明と判断された……
 私はこの戦いで多く信頼できる部下と、友人を2人失った……

 
 

―宇宙世紀0105―

 

 ……南太平洋の海は、コロニー落としによって環境が破壊され今またテロの被害に遭ったオーストラリア大陸西部と違い、旧世紀と変わらぬ美しさを私に見せてくれる。
 変わることのない自然の上を、コロニー落としによる汚染が強く生き物こそ死に絶えているがその青さだけは変わらぬグレートバリアリーフを望みつつ、第13独立機動艦隊旗艦『ラー・カイラム』艦橋で、私は「あの日」に感じた喪失感と同じ、もしかしたらそれ以上の喪失感を心に負っているのではないかと自問しつつ、艦長席で脈絡もなく、結論も出ない思索にふけっている。
 本来ならメランなどが、航行中の定時訓練計画の書類を提出するなり、航路情報について打ち合わせを持ちかけたり、気晴らしとして眼下に広がる自然について話したりするのだが、彼をはじめ部下たちは気を使い、私に話しかけてこない…… そうだろうと思う。

 

 「あの日」……私は2人が行方不明と判断されたことに、例えようもない大きな喪失感を受けた。
 1年戦争以来の知己を失ったことは、当時30代初めの私に退役を考えさせるのに十分な出来事であった。
 しかし、地球連邦に対する反抗の象徴を失おうとも、いや失ったからこそ反地球連邦運動は散発化した。
 連邦政府はこの10数年の間、その鎮圧に奔走する羽目に陥ることになる。

 

 私はこの約10数年をロンド・ベルの司令として、第13独立機動艦隊司令として、様々な事件に関わった。
 宇宙移民者の自治権獲得運動に端を発するこの20数年の戦乱に、ほとんど関わりある時は主体的に参加した人間として、責任は取らねばならないと考えたからである。
 『ラプラス事件』や『月面破壊未遂事件(ムーン・クライシス)』と事件後のジオン共和国自治権放棄など、イデオロギーの戦いは簡単に終わることなどなかった……

 

 私がシャア・アズナブルに対して怒りを覚えるのは、グリプス戦役の土壇場でエゥーゴを捨てたことである。
 もし彼がエゥーゴを率いていれば……連邦政府の体制内改革に少なくとも着手はできたはずである。
 それを……彼はその手段を手に入れながら、軍事的行動に、それも短絡的と言ってもいい行動に切り替えてしまった。

 

 確かに地球連邦は腐敗している。
 反連邦政府運動にも身を投じ、連邦の改革を志向した私も痛切に思う。
 しかし今、この段階で軍事的に反連邦運動に関わる人々……マフティー・ナビーユ・エリンと名乗っていたという、我が息子はわかっていたのだろうか。
 仮に地球連邦を打倒したとして、次に何を考えていたのだろうか。
 地球上にいる人類を宇宙へたたき出すことは異論がないが、軍事的行動で行政機能を破壊した後に、減少したとはいえ、50億の人間をどのように統治するつもりだったのだろうか。

 

 ジオン・ズム・ダイクンやデギン・ソド・ザビの目的は、理解できるし、明快でもあった。
 彼らは国家システムを構築し、自治獲得を目指した。
 私がシャア、いやキャスバル・レム・ダイクンを含めてギレン・ザビ以後、ジオンの連中に対して本気で理解に苦しむのは、地球連邦を打倒した後のビジョンが荒唐無稽であるか全く不明確なことだ。
 腐敗に対する怒りを体制に叩きつけて、それを破壊した後に何がしたかったのであろうか。
 超巨大化した国家体制は、その権力中枢や軍など構成要素・要因が分裂しない限り、打倒は不可能なのだ。
 1年戦争で、ジオンはほとんど無差別に各コロニー、月面を攻撃した。
 そのことが、本来の目的を達成させることを困難なものにした。私には理解できない諸行だ。
 その意味でグリプス戦役においての連邦政府は危うかった。
 しかしながら、ここでもジオンは理解不能の行動をとる。
 ティターンズ壊滅後に勢力を伸ばし、事実上連邦政府を掌握しながら、突如内紛で自滅したのである。

 

 1年戦争以後、私は元々持っていた歴史的好奇心と、自身が属する世界に関わる問題関心から、地球連邦の改革をかくあるべきかと探究してきた。
 結論として、全員が独善を捨てない限り、世界が変わることは不可能ではないかとも考えた。
 しかし、直近の課題としてすべきは、体制内改革を通じて、連邦政府を浄化することは必要であろう。
 その運動を行うのであれば、軍人という枠組みから視点を含めて脱却する必要がある。
 戦乱に関わった人間のけじめとして、そうすべきではないか。
 退役してレストランの親父をやるのは、そのことも考えないではなかった。

 
 

 そう、今回の事件が起こるまでは……

 
 

   ▽   ▽   ▽

 

「……長、艦長!!」

 

 メランの声が、私を現実に引き戻した。どうやら明後日の方を向いて思索していたようだ。

 

「なんだ?」
「オペレーターからの報告です。前方に嵐が発生しているようです。迂回路を採りますか?」
「ん……」

 

 確かに、よく見ると前方に薄暗い雲が見える。
 さて、急ぐ必要があるかといえば、ある。
 マフティーの首謀者を処刑したといっても、逃亡したMSの問題がある。
 その対処のためにも、ケネス・スレッグ准将の残したダバオのキルケー後方支援部隊並びに司令部と合流して、掃討作戦の指揮をとる必要がある。
 なにせ、アデレードで積んだスレッグ准将にとって虎の子だった試作MSは、大規模なメンテが必要で使える状態ではない。
 特にサイコミュ兵器に関しては補給と整備が必要だ。

 

 なにより、マフティーの構成員を捕縛し、あの情報の真偽を確かめる必要もある……いや、いまさらだな。
 あのテロ予告のビデオ・レターに映っていた男は、シルエットに隠されていたが、ハサウェイ……だった。
 そも、あの自分のあずかり知らぬ新聞報道が、連邦のやり口にうんざりするほど精通している自分に、真相の一端を推測させた……

 

「艦長?」

 

 メランが不安げに、そして露骨に気を使う風に私を見ている。自分でもどうかしていると思う。
 データに目を通す。この程度であれば、問題ないだろう。
 自然の力は確かに脅威だが、宇宙戦艦がこの程度の嵐に負けるわけがない。
 心配なのは、アデレードで積んだMS隊だ。格納庫は一杯なので、甲板に立たせている。
 横に寝かせて括りつければ大丈夫だろう。

 

「迂回する必要はない。このデータを見る限り、警戒さえ怠らなければ、艦隊に被害を与えるほどではないだろう。
各艦に打電、第1警戒態勢を発令する。突風による被害に留意しつつ、予定に従いトレス海峡からインドネシア地域を経て、ダバオに向かう」
「了解」

 

 アムロ……お前はあの時、行方不明になれて幸せだったのかもしれない。
 年をとることとか、連邦に利用されるとか、連邦に絶望するとか、そんなことではない。
 「失う」ことや「残された」という感情を持たずには済むのだから……

 

   ▽   ▽   ▽

 

 クラップ級巡洋艦『ラー・ザイム』から「下駄」を海中投棄したという事後報告を受け、私は己の判断ミスとそれを招いた原因に自己嫌悪した。
 しかし、データではこれほどの嵐ではなかったが……

 

「艦長!!『ラー・キエム』から通信です。甲板係留していた『グスタフ・カール』3機の内2機が海中に落下したとのことです!!」

 

 馬鹿な……いくらなんでもありえない。

 

「なにやってんの!!いったいどんな係留をしていた!!ぐっ!!」

 

 『ラー・カイラム』の船体が嵐で動かされているだと……!

 

「か、艦長! レーダーがダウンしました!」
「こちらはミノフスキー干渉波使用不能!」
「各部、損傷チェック! それと、僚艦の被害状況を纏めろ!」
「艦長!通信回線ダウン! 各艦との連絡不能です!」
「だったら機械は使うな! 目を使え! 僚艦の無事を確認しないか!」

 

 私は部下に檄を飛ばすと、艦長席わきから双眼鏡を取り出し、艦橋から外の状況を再度確認した。
 前方には『ラー・エルム』がいるはずだ。双眼鏡には熱帯特有のスコールによって、視界が妨げられる。
 けれども、目を凝らすと薄らであるが、クラップ級独特の後部シルエットが確認できる。

 

「よし、『ラー・エルム』は無事だな。メラン!艦橋下の窓で残りを確認し……ぐわっ!」

 

 何が起きたかはわからない。
 『ラー・カイラム』に艦砲の直撃ほどの衝撃が走り、油断していた私は床にたたきつけられ、気を失った。

 

   ▽   ▽   ▽

 

 ……まさか嵐の衝撃で転倒して気絶するとは、若さを失うとはこういうことだな。
 体に変調はないようだ。いや……むしろ、体が軽く感じる。

 

 違和感を覚えて艦橋を見渡すと、メランなど立っていた連中の幾人かは気絶している。どうやら年齢を言い訳にしなくて済みそうだ。
 既にオペレーターの何人かは、状況の確認に努めている。どうやら計器類は回復したらしい。

 

「艦長、ご無事ですか?」

 

 頭から血を流している、副官のレーゲン・ハムサット少佐が、意識を取り戻したらしく声を掛けてきた。見たところ何かに頭をぶつけたようだ。

 

「いや、たいしたことはない。君こそ大丈夫か、少佐。被害状況の確認と医療班の手配を」

 

 副官に指示を出しメランたちを起こすと、私は艦長席に戻り状況の確認を始めた……本当に軍法会議ものだな……

 

 各艦の報告は、私を引責辞任させることに十分な内容であった。
 人的な損害こそないが、甲板に露天係留していたキルケー部隊のMS及び支援兵器が、全て海中に落下していた。
 特に、新鋭機『グスタフ・カール』を10機も失うとは洒落にならない損害だ。近隣の連邦軍に回収を要請しようか、そも、できるのかと思案しかけたところで、私は妙なことに気がついた。
 確か私は、レーダーがダウンしたと報告を受けた時に、いつもの習性から、席の右手パネルを、ミノフスキー干渉波に切り替えたはずなのだ。ところが艦の周辺にミノフスキー粒子の反応がない。
 この空域は、大戦後も反連邦勢力や、ティターンズ残党の拠点があったので、粒子濃度が高いはずだ。
 本格的に異常な事態であることを自分で意識する前に、オペレーターが報告の声をあげた。

 

「艦長!MSが3機、艦隊に接近しています。ですが、妙です! 識別コードが不明で、該当機種も確認できません」
「不明とはどういうことか、メッサーのデータは入力しているはずだぞ」
「まて、メラン。おい、ミノフスキー干渉波で確認したのではないのか」
「それが……空域にミノフスキー粒子が確認できませんでしたので、通常レーダー等で確認を……」
「ミノフスキー粒子がないだと?そんな馬鹿な!!」

 

 メランがオペレーターを叱りつける。私も座席のシートで確認していなければ、同じことをしただろう。

 

「メラン、それは私も確認した。ともかく、全艦に第1戦闘配置を出せ。連邦軍でないのは確かだ。おかしくはあるが、マフティー以外の反連邦勢力という可能性もある。
各艦の状況は酷い、先手を取らせるわけにはいかん。ダーウィン基地に救援要請を出せ。邂逅までどのくらいだ?」
「速度から、約10分後と予想されます!」
「何でそんな近くに接近されるまで気付かなかった!ミノフスキー粒子はないんだろ!」
「艦長!」

 

 私から見て右手に座る、黒人のオペレーターが声をあげた。

 

「長距離レーダーに反応あり。識別を確認したところ、こちらに向かう部隊とは別に同様の識別を出すMSを確認。
さらに別の識別反応を確認しました、やはり連邦、マフティー、旧ジオンのいずれにも該当するものはありません。しかし……」
「なんだ?報告は正確に行え」
「それが……その識別反応の周辺に地球連邦軍のMS識別コードを確認しました。しかし……」
「はっきりしろ!」
「それが……所属はロンド・ベル隊……機体は……νガンダムです!
 3度、確認しました。機器の故障でも操作ミスでもありません!」

 

 振り返るに、この時の私――ブライト・ノアは、どのような顔をしていたのだろうか……