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Last-modified: 2009-04-27 (月) 21:56:46
 

失いし世界を持つものたち
第10話 『軍事産業』

 
 

 桟橋の向こうに車が停まり、高等弁務官ユウナ・ロマ・セイランが武官と随員3名を連れて歩いてくる。淡い青色の髪は若さを強調し、その瞳には自信に満ちた色を湛えている。
 私は各艦艦長と参謀を桟橋に並べて彼らを迎えた。セイラン氏は大仰な仕草で握手を求めてきた。

 

「改めてよろしく、ブライト司令」
「こちらこそ、セイラン高等弁務官閣下」
「異世界の艦がどんなものか、想像すると興奮してしまって昨日は寝つきが悪かったよ」
「わかる話です」

 

 異世界への関心は人類が地球という揺籠で戯れていた頃から、多くの人が抱いていた感情であろう。
 古くはヘロドトスの『歴史』における非ギリシア世界への関心や、マルコ・ポーロのいわゆる『東方見聞録』など、むろんそれらの書物には各々異なる動機が存在している。
 前者はペルシア戦争というギリシア人にとって、衝撃的だった出来事への関心があり、後者は虜囚になったマルコがやることもないので獄中で口述したことが発端であった。
 けれども後世の人々に異郷への好奇心を沸かせたのは間違いない。書物に限らず、実際に行動したコロンブスやクックら大洋の冒険者たちのように、人間は知らない世界への好奇心を常に抱いてきた。
 その意味では宇宙への進出は人類にとって必然的な出来事であったのかもしれない。

 

 挨拶を済ませ、随員を会議室へ案内する。最初の会談から、この若者は外交を半ば楽しむかのように、会話を切り出した。

 

「いやぁ貴国のMS装甲は非常に素晴らしいものですな。チタンとセラミックの複合材があれほどの強度と軽量を兼ね備えるとは、率直に言って驚きです。
 派遣されてきた人員も、全員がナチュラルですからね。我が国の技術は飛躍的に進歩しますよ。今後とも様々な面で協力願いたいものです」

 

 全く悪びれずに装甲技術の盗用を匂わし、今後の技術供与を暗に求めている。一方でユウナ・ロマの若さが垣間見える。本来ならば流用の件は言わなくてもいい、それをわざわざ述べるのは自国、というより自分の立場の優位さを口に出すことで実感したいのだろう。

 

「いえ、相応の代価と考えます」
「ですが、我々にとっては未開拓の技術です。こちらの想定予算を超えた場合は、見合うものを提供していただけるものと期待している」
「わかっております」

 

 ピレンヌ艦長が不快な表情を見せる。彼の心情は理解できるが、こればかりはこちらにアドバンテージはない。我々は錬金術師ではないのだ。軍人がいかに非生産的な存在であることか思い知らされる。
 その後も彼は会話することを楽しむかの如く振舞った。軍人で構成されたロンド・ベルの首脳には不快を感じさせるものであったが、私個人としては鼻につくほどではなかった。覚えたばかりの知識を披露したい子供、そんな印象を受けたからである。
 また実際に彼の教養は年齢を考慮すれば高い方だといえる。会談の最後にユウナ・ロマは我々をモルゲンレーテに招待したい旨を言い出した。

 

「最後に司令、冒頭述べた補給物資の件だが、明日には試作品ができる予定です。どうでしょう、確認のためにも我が国に足を運びませんか。我が国の国営工場をお見せしたいという思いもある」
「ユウナ様!」

 

 これまで眉をひそめつつも沈黙を通してきた、武官のソガ二佐が声をあげて諫める。

 

「我々は同盟国です。貴艦隊は我々を信用して装甲の発注をして頂いた。ならばこちらも開発の段階で誠意を見せたいと思う。もちろん、試作品がそちらの希望どおりのものかを確認してもらいたいという理由もあります」
「なるほど。わかりました。伺いましょう、ついでにパイロット養成の視察も行いたいがよろしいか」
「ええ、断る理由はありません」

 

 彼の本音は後者で、我々の口から実質的な技術流出を狙うものだろう。だが現実にどの程度装甲の質が低下しているのかを把握する必要がある。
 私が賛意を示したもうひとつの理由に、この世界に関する技術や単純な情報に乏しいことが挙げられる。知る機会はリスクを冒しても利用するべきと考えたのである。

 

 会談が終了すると、ユウナ・ロマはメランの案内であてがわれた部屋へ退出した。先任参謀のトゥースが視察について問うてきた。

 

「工場訪問の件はよろしかったのですか?」
「先方がこちらの技術を求めていることは承知している。だがこちらも奴さんの実態を把握するにはいい機会かもしれんと思う。何といっても工場は国の技術力を把握するには一番明瞭な場所だからな。
 それに今回の工場訪問で流出する危険がある技術は、既に盗用された可能性が強い類のもので、神経をとがらすものではないと思う」
「先日にコンタリーニ艦長が述べていた、人的な危険性はありませんか」

 

 参謀のスミス中尉が指摘する。

 

「それはキルケー部隊を派遣している段階で、既に常にある危険だ。意識はすべきだが、工場訪問を躊躇する要因にはならん」

 

 まだ不満の表情を見せる者もいたが、明確に反対意見を述べるものもいなかった。話を進めようとレーゲン・ハムサットは派遣要員について尋ねてきた。

 

「誰を随員としますか」
「そうだな、パイロットと技術者メインでよかろう。整備班からトラジャとアンナを、パイロットはアムロとエイム中尉、ベアード少佐、そして副官のおまえでいいだろう。ボディガードとしても十分だ。あまり仰々しくする必要もない」
「そうですな」
「よし、それでは解散しよう。各時通常業務に戻ってくれ」

 

 全員が立ち上がり敬礼してその場は解散となった。

 

   ※   ※   ※

 

 翌日、我々一行はモルゲンレーテ社に向かった。入口ではロンド・ミナ・サハク女史が出迎え、工場の役員とともに案内ということで随行することになった。
 工場は非常に整った設備を有していて、この国の技術力が非常に高いことが理解できた。ロンド・ミナはユウナ・ロマとは対照的にあまり積極的に会話をしようとしないが、ときおり交わした話の節々から、自分への絶対的な自信が垣間見られた。
 オーブの統治を担う首長一族の第1印象がカガリ・ユラだったせいか、私が抱いていたオーブ支配階級の印象は大きく変化した。私はオーブという国の人的資源並びに技術は軽視すべきではないこと、当面はこの国と協調する判断に間違いはなかった思いを強くした。
 地上の施設を一通り視察した後、我々は特に秘匿が要求される技術開発、研究を行っている地下施設へと案内された。本視察の最重要目的である、装甲の試作品を確認するためだ。私はそこで意外な人物と再会した。

 

「これは……ノアさんではないですか!」
「アスカ……ユウジ・アスカさんでしたね」

 

 先日の公園で奇妙な交流をした兄妹の父親ユウジ・アスカが、作業服を着た一団の中心に立っていたのである。

 

「貴方が『ゲスト』と呼ばれている方であったとは驚きです」

 

 なるほど、あまりおおっぴらに異世界人とは言えないからな。

 

「私もです。技術者とおっしゃっていたが、まさかここで会うことになるとは思いませんでした」
「ブライト准将、お知り合いか?」

 

 ロンド・ミナは目に好奇心の色を湛えながら聞いてきた。彼女はこのような反応をすることに意外さを感じた。
 私が応答する前に、アスカ氏は私の階級に驚いていたが、とりあえず私は彼への反応を流しつつ、先日の公園の件を話した。彼女は関心を失くしたように見えた。

 

「偶然とは怖いものですね」
「全く同感です」

 

 私はこの女性の思考がつかめないことに不安を感じたが、とりあえずは本題に入ることにした。脇に立つハムサット少佐に目で促す。

 

「非常に短期間でありましたから、データと同じような装甲はできなかったかと思います。実際の値としてどのくらい低下したのでしょうか」

 

 少佐の言葉にアスカ氏は予想以上に強く反発した。

 

「低下したとはどういうことでしょうか。こちらは、そちらのデータに基づき開発しているのです。同じものを作れないなど技術者への侮辱です!!」

 

 彼は技術者として高い誇りを持つ人物なのだろう。私は彼の誇りを傷つけてしまったこと謝罪した。

 

「失礼しました。しかしながら、我々も生命がかかっているのです。確認はさせていただきたい」
「こちらこそ申し訳ありません。私も少し大人げなかったと思います。ですが、私も技術者として、ものつくりへの誇りがあります。
 そして兵器に関わる部品を作る以上は、使用者の命にかかわるものであることも承知しているつもりです。だからこそ最高のものを作ろうという意識で仕事をしています。それを頭から低く見られるのは面白くありません」
「尤もです。それは我々が軽率でした。この装甲はデータを渡したとはいえ、精製するのに手間がかかると思っておりました」

 

 その後耐久試験などを確認した結果、技術者として誇りを持つアスカ氏の作り出した装甲は期待以上のもので、今後のMS部品に対する不安は解消された。安心する一方で、この国の基礎技術が高く、油断はできないことを実感した。ロンド・ミナはあまり感情を出さずに言葉を紡ぐ。

 

「私も驚いている。貴艦隊がもう少し早く現れていれば、我が国のMSの装甲はこの技術が採用されていただろう。残念だよ。今後はこの装甲をスタンダードにできないか、検討するつもりだ」

 

 若いレーン・エイムの表情に、不満の色が浮かぶ。

 

「我々は装甲の技術を供与したつもりはないぞ」
「やめろ、レーン」

 

 アムロが諫める。ロンド・ミナは特に不快に感じた様子も見せずに話を続けた。

 

「それだけ貴艦隊、いや貴国の技術は目を見張るということだ。無論、対価は支払おう。私個人としては貴国の技術を積極的に導入したいと思っているし、良好な関係を築きたいと思う。
 今後の情勢次第で、我が国が現在の立場を維持できるかは不透明だ。ゆえに自国の戦力は強固なものにしておきたい」

 

 彼女はいわゆる『軍事産業』に関わる一族なのだろう。この企業も国営というから、オーブはさしずめアナハイムが独立国になったというところか。軍事産業とは妙な縁があるものだ。
 私は特に意識したわけではないが、エゥーゴ時代を、そしてウォン・リーを思い出していた。ロンド・ミナの発言には我々よりもアスカ氏の方が、難しい顔をして反応した。

 

「あまり政治に我々を巻き込まないでいただきたい」
「ふふ、君は堅物だな。だがそこが信頼できる」

 

 オーブに政治的な暗闘があることは、会談の時から感じている。カガリ・ユラに対するユウナ・ロマとロンド・ミナの反応からも明らかだ。
 ロンド・ミナは我々を取り込みたいのだろう。あまりこの話を続けさせるべきではないと感じた私は、次の場所へ移ることを促すことにした。

 

「では、次の視察場所に行きましょう。サハク女史。アスカさん、今後ともよろしく頼みます。シン君たちにもよろしく」
「ええ、本当に今度食事をしましょう」
「そうですね」

 

 互いに握手を交わして、次の場所へ向かうためその部屋を離れた。次の視察場所であるMS実験場へ向かう途中、ロンド・ミナは側近に耳打ちされると、急用ができたと述べ、我々の前を辞した。
 何かアクシデントがあったのだろうが、大型陸上船がどうとか聞こえたので、少なくとも我々には関係あるまい。
 ロンド・ミナと別れしばらく歩いていると、廊下の向こうから『アークエンジェル』のフラガ少佐とヤマト少尉が作業服の姿で歩いてきた。そういえば先日の修正を行って以来、顔を合わせていなかった。声をかけると2人は答礼した。

 

「少佐、少尉。調子はどうか」
「司令! しばらくぶりに、命の危険を感じない生活ができていますよ」

 

 フラガ少佐がおどける。ヤマト少尉は特に口を開かなかった。気のせいか顔が沈んでいる。彼は普段からこうなのか。

 

「どうした? キラ」

 

 アムロが問いかける。沈黙するヤマト少尉に代わって、フラガ少佐が説明した。

 

「実は、キラたちヘリオポリスで乗り込んだ連中の家族の面会が許可されたんです。ですが……」
「少尉の両親は亡くなっていたのか」

 

 ヤマト少尉は俯いたままだ。

 

「いえ、面会を拒否したんです」
「……そうか、私からは何とも言えないな。少尉、君の行動を批判するつもりはないが、あまり暗い顔をしていると、みんなが心配するぞ」
「……すみません」
「君たちもMSの施設へと行くのだろう。一緒に行こう」
「ハッ! ご一緒します」

 

 開発室に到着すると、キルケー部隊のアーノルド・メインザー中佐とキルケー部隊のMS部隊隊長のカルロス・デステ大尉、それに見目麗しい女性たちが我々を出迎えた。

 

「はじめまして、開発主任のエリカ・シモンズです。後ろはテスト・パイロットのアサギ・コールドウェル、ジュリ・ウー・ニェン、マユラ・ラバッツです」
「ロンド・ベル司令のブライト・ノアです。トラジャとアンナは既に面識はありますね。部下のアムロ・レイ中佐とジャック・ベアード少佐、レーン・エイム中尉です」
「よろしくお願いします」

 

 互いに自己紹介を済ませると、早速現状の確認を行った。驚いたことに、ここ数日のOS作成には、ロンド・ベル側からとは別に、キラ・ヤマトが関わっているとのことだ。
 最初に聞いた時は、ここのスタッフは少年に頼まないと何もできないのかと呆れたが、ヤマト少尉のプログラム作成能力は、確かに目を見張るものだった。
 これまでの経過報告を聞くと、この世界のMS開発はかなりいびつな印象を受けた。なぜなら、ハードウェアの開発とそれを動かすソフトウェアが同時に作られていないからである。
 パソコンを自分で作るときに、OSを買わずに作るようなものだ。国営企業である以上は国家予算を投じているだろう。その割にはずいぶんと間の抜けた話に感じる。

 

 窓からは、問題のMS『M1アストレイ』が見ることができる。ガンダムタイプを量産するのか。量産機の場合コストがかかるだろうに。しかしながら説明を受けると、それなりに安価にしてあることがわかった。
 ガンダムタイプが高価だというのは、我々の世界のある種の思い込みであることに気づかされて、思わず苦笑した。シモンズ主任が不思議そうに私を見る。

 

「いや、偏見は人の目を曇らせることに気がついたのです」
「? そうですか。それにしても貴方方とキラ君のおかげで、ようやく稼働状態に持ってこられました。早速稼働テストをしたいのですが」

 

 目を輝かせる技術主任に対して、私は半日歩き回っていたので、少し休みたかった。また、主任の言い方にヤマト少尉が暗くなっているのも気になった。

 

「ふむ、申し訳ないが、少し休憩してもいいかな。我々は半日視察してきたので少し休みたい。30分後でどうだろうか。」
「わかりました」

 

   ※   ※   ※

 

 休憩の間に処理をしようと、トイレへと向かうと、先に来ていたヤマト少尉と出くわした。
 私は少尉の隣の便器に立つと、おもむろに用を足し始めた。20秒ほどの沈黙のあと、ヤマト少尉が終わって去ろうとしたのを見計らって、気になったことを問いかけることにした。

 

「会えるときに会うべきだぞ。少尉」
「えっ」

 

 小気味よく止めて、ささやかな快楽を堪能した後、ヤマト少尉のいる洗面所の隣へ行く。手を洗いながら、言葉を続ける。

 

「戦争に関わりすぎて悩んでいるのだろう?」
「えっ!」

 

 図星か。少尉は鏡を見るのをやめ、驚いて私を見る。

 

「君の境遇を考えればニュータイプでなくとも、察しはつくさ」
「ブライト司令……」
「たとえ君が手を血に染ようとも、君の家族は暖かく君を迎え入れてくれると思う」

 

 息子を殺した父親が言える言葉ではないな。
 私は自分に苦笑しかけて、誤解を与えるかもしれないのでこらえた。

 

「……僕も両親は好きです。でも、今会うと……言ってしまいそうになるから嫌なんです」
「何をだね」

 
 

「何故……僕をコーディネイターにしたのかって……」

 
 

 俯く彼に、私は彼の性格が基本的に内向的であることを強く意識させた。そして先の修正の際にも感じた、ある種の同情を覚えた。
 私とヤマト少尉はトイレから出て通路をしばらく無言で歩いていた。
 親から離れて悩む姿は、もしかするとハサウェイもそうだったのではないかと感じさせられ、私は少尉のため、というより贖罪の意識から少尉に話を切り出した。

 

「親が子供に幸せに生きてほしいと願うのは当然だよ、少尉。この世界ではコーディネイターであることは、確かに他の人に比べて選択肢が広いように思う。
 だからかもしれないな、君をコーディネイターにしたのは」
「選択肢……ですか」

 

 少尉が怪訝な表情を浮かべる。

 

「そうだ、自分の子供には自分にはない可能性がある。ならば子供が何を目指すにせよ、それができる環境を整えてやりたいと考えるのは、一般的な親ならば考えるものさ」
「ブライトさん……」
「もちろんこれは私の勝手な推測だ。本当のところは知らん。だが、君をコーディネイターにしたのは君を苦しめることではないことは、間違いないはずだ。
 だから……会うといい。会って話すといい。君をコーディネイターにした理由だって話してくれるかもしれん。君は幾つだったかな」
「えっと、16歳です」
「ならばもう立派にものを考えられるはずだ。両親としっかり話し合ってもいい年齢だと思う」
「司令…… ありがとうございます。僕、両親と会ってみます。僕をコーディネイターにした理由は聞けないかもしれないけど……」
「そうか、それがいいと思う。生きている人とは話し合うことができるはずだ」
「はい!」

 

 涙を少しこぼしながらも、明るくなった表情を見て、心が少し軽くなった。彼の方でも涙を見せたことが照れ臭いらしく、苦笑いの表情を見せた。
 私は彼と初めて打ち解けた感情を分かち合ったのである。その後しばらく彼のこれまでの生活について会話をしながら歩いていた。
 話を聞くと、私は改めてこのような性格の少年が、自分の存在を意識せざるを得ない戦争に関わらなければならないことに同情を感じた。角を曲がると、アムロとカガリ嬢が話している場面に出くわした。

 

「アムロ!」

 

 私から2人に声をかける。振り向いたカガリ嬢を見ると、顔が大きく腫れていた。おそらく父親にひっぱたかれたのだろう。彼女はバツが悪そうな表情を見せたが、ヤマト少尉を見ると付き合えと彼の手を強引に引っ張ろうとした。
 するとヤマト少尉は戸惑いながらも従おうとしたが、一度彼女の手を振り払い、アムロに話を切り出した。

 

「アムロさん」
「なんだ?」
「明日お時間を頂けないでしょうか」
「なぜだ?」

 

 彼は俯き、少し躊躇したが、意を決して口を開いた。

 

「……実はフレイのこと、サイとちゃんと話そうかと思うんです。それで……最初だけでもいいですから、いて頂けませんか」
「……本来なら俺はいるべきじゃないぞ」
「わかっています。でも、まだ……2人で会う自信がないんです」

 

 ヤマト少尉は再び俯く。私は少し不快を覚えたが、これが彼の性格なのだろうと、今回は沈黙することにした。
 その態度にカガリ嬢の方が腹を立てたようだ。

 

「情けないこと言うなよ! 確かにあの時のお前はおかしかったさ。でも自分でまいた種だろ! おまえが向き合わないでどうすんだよ!」

 

 カガリ嬢の言うことは正しい。だがこと恋愛に関していえば、正論を言えば済む問題ではない。アムロが彼女を諫める。

 

「落ち着けカガリ。キラ、わかった、立ち会おう。ただし俺は一切仲介することはしない。それが条件だ」

 

 ヤマト少尉は頷きアムロに感謝した。カガリはそのやり取りが終わるとヤマト少尉を自動販売機の方へ引っ張って行った。

 

「そういうわけだ。いいか? ブライト」
「ああ、かまわんが……それほどこじれているのか?」
「……まぁな」

 

 互いにこれ以上話しても仕方ないと思ったのか、半ば引きずられていくヤマト少尉を見ながら、溜息と同時に肩をすくめて、実験室へと戻ることにした。

 

   ※   ※   ※

 

 実験場には合計6体のMSが立っている。OSの調整が終わり、いよいよ起動試験を行おうというのだ。
 先ほどの三人娘と、アークエンジェルの2人も含めて、こちらのパイロット全員が下に降りている。

 

「これより、起動試験を行います。各パイロットにはよろしくお願いします」

 

 シモンズ主任の号令がかかる。

 

『『了解!』』
「ではアサギ、歩いてみて」
『はい!』

 

 一機目が動き出す。先ほどの開発経過画像で見せられた出来の悪いワルツを見せることなく、ホモ・サピエンスが勝ち取った直立二足歩行を行った。

 

『すごい! 本当に歩けるわ!』

 

 アルプスに療養に来た少女の如く、心からの喜びを見せる。他の連中も同様に問題なく稼働した。

 

「ありがとうございます、ノア司令。キラ君とロンド・ベルの技術供与のおかげでここまですばらしい動きが実現できました」

 

 興奮するシモンズ主任に対して、私は適当に頷く。脇にいたメインザー中佐がせっかくなので模擬戦をしてはどうかと提案した。
 シモンズ主任は目を輝かせて同意した。私はというとパイロットから稼働データは取られようが、既に想定のうちであることから了承した。正直なところ、各々の模擬戦を見てみたいという思いもあった。

 

   ※   ※   ※

 

 模擬戦のすべてを語ることはあまり意味のあることではあるまい。だが、非常に興味深かった戦闘があったのも事実だ。いくつか述べておこう。形式としては模擬の剣と盾、ペイントのバルカンを装備して行われた。

 
 

《アムロ・レイ中佐 対 キラ・ヤマト少尉》

 

 先に仕掛けたのはヤマト少尉であった。彼はまず盾を前に出しながら間合いを詰める。アムロ機はそれに応えて前進する。
 ヤマト機の剣の切っ先が動こうとした刹那、アムロはバルカンで仕掛ける。盾を動かすタイミングを逸したところで、アムロはバーニアを吹かして盾で体当たりした。

 

「くそ!」

 

 ヤマト少尉が毒づく。機体がバランスを崩して後退する。彼が姿勢を立て直そうとする中で、アムロ機は一気に間合いを詰め、けりをつけようとする。

 

「このぉ!」

 

 ヤマト少尉の叫びとともに、バーニアを全開にしたM1は大きくジャンプした。アムロ機を飛び越えて背後から仕掛けるつもりだろう。

 

「ちぃ!!」

 

 対してアムロ機は振り向きざまに、持っていた模擬剣を投げつけた。空中のため避けることができないかに見えたが、ヤマト少尉はスラスターをふかすことで何とか回避することができた。
 しかしそのために姿勢が乱れて着地に失敗、アムロの予備の剣を突き付けられて、試合は終了した。

 

 アムロがヤマト少尉に話しかける。

 

「ストライクのつもりで戦っただろう。この機体はまだ動かし始めたばかりで、動作パターンも完全ではない。無茶な動きよりも、堅実に動いた方がいい。キラ、いい機会だから、堅実な動作で戦ってみるといい」
「は、はい」

 
 

《アムロ・レイ中佐 対 レーン・エイム中尉》

 

「行きます!!」

 

 開始と同時にエイム機は盾を前に出し、バーニアを全開にして突進した。

 

「動きが直線的だ!!」

 

 アムロ機は左に避けてかわそうとする。

 

「させるか!」

 

 エイム機は強引に振り向くと剣を投げつけた。アムロ機は盾で受け止め、その場に止まる。

 

「今だ!!」

 

 エイム機がペイント弾を乱射しながら、接近する。

 

「このぉ!!」

 

 アムロは左腕の使用不能判定を受けつつも、剣を投げ捨て牽制する。さらに判定上使用不能な盾を左腕ごとパージすると、時計回りに走り出した。

 

「くそ、逃がすか!」

 

 予備の剣を持ってエイム機が追いかける。しかし、盾のない分、柔軟な動きをするアムロに振り回される。

 

「遅い!!」

 

 ペイント弾がエイム機のメインカメラに命中する。

 

「くそ! サブに切り替えないと、ええい!」

 

 レーンにとって、全天球型リニアシートではない機体に乗り慣れていないことが如実に表れた。
 カメラを切り替えているうちに、5時の方向から接近されてしまい、画面が回復した直後に切りつけられる。

 

「やられるかよっ!!」

 

 何とか機体をアムロに向けたが、一瞬遅く、盾と左腕が使用不能と判定された。

 

「はぁっ……はぁっ!」

 

 エイム中尉の呼吸が荒い。2人は間合いのぎりぎりで対峙する。エイムは上段、アムロは下段の構えだ。

 

「このおっ!」

 

 エイムが上段から振り下ろすが、右手のためぶれてしまい、アムロに剣をはじかれてしまった。勝負あった。

 

「はぁ……はぁ……くそっ!」

 

 悔しがるレーンに、アムロがアドバイスをかける。

 

「レーン、モニターに頼りすぎだ。モニターが危険な時はまず動け。止まったら狙い撃ちに遭うぞ」
「すみません」
「それと、剣で戦うときは気をつけろ。上段から振り下ろす時、右手で振るとまっすぐ振り下ろそうとプログラムされているから、モーションが遅れて攻撃が遅くなる。戦場では命取りになりかねない。」
「申し訳ありません。ありがとうございました」

 
 

《レーン・エイム中尉 対 キラ・ヤマト少尉》

 

 試合が始まると、両機ともゆっくり前進する。どちらが先に仕掛けるか警戒しているようだ。
 互いに数歩歩いたところで、エイムが仕掛けた。こういうときパイロットの性格がわかる。

 

「いくぞ!」

 

 バルカンを掃射してけん制しつつ、距離を詰める。ヤマト機は防御しながら反時計回りに走り間合いを取ろうとする。

 

「退避などさせん!!」

 

 エイム機はバーニアを全開にして低空を滑空する形で距離を詰め、斜めに切りかかった。

 

「くっ!」

 

 ヤマト機は少し後ろに下がりながら盾で受け止め、すぐに切り返す。

 

「このぉ!!」

 

 真横から切りかかる。エイム機は盾で防ぐしかない。

 

「ちっ!」

 

 エイム機はこう着状態をバルカンを掃射してかく乱する。

 

「うわっ!」

 

 不意を突かれたヤマト少尉は、カメラ損傷判定を受ける。

 

「これで終わりだ!!」

 

 後ろに下がったヤマト機をエイム機は再び斜めから剣を振り下ろす。

 

「っ!まだまだぁ!」

 

 ヤマト少尉は叫ぶと同時にバーニアを吹かしてエイム機に体当たりをした。

 

「なんだとっ!」

 

 ぶつかったエイム機は体制を崩して後ろに倒れる、もちろんヤマト機も同様だ。
 エイム機が体勢を整えようとする間に、ヤマト少尉はカメラをサブに切り替えて、勝負を決めようと馬乗りのような体制のままで予備の剣に手をかける。

 

「やらせん!!」

 

 再びエイム機からバルカンがはじき出される。しかもそれは関節を狙ったもので、ヤマト機の右手関節の使用不能判定が出た。

 

「しまった!」
「こんのおおおおお!」

 

 エイム機はヤマト機を全力で振り払い、仰向けにひっくり返ったヤマト機のコクピットに剣を構えた。勝負ありだ。アムロが2人に総評する。

 

「キラ、バルカンの使いどころに気をつけろ。今回はペイントだが、実弾はフェイズシフトで防がれようとも、パイロットにはダメージを与える有効な兵器だ。使い方さえ学べば、相手に有効打を与えることができる」
「はぁ……はぁ……はい!」

 

「レーン、カメラをふさいだ事で油断したな? とどめを刺すまで気を緩めるな。キラを見てカメラが故障した時の対応がわかっただろう。キラの場合は、やみくもではある、だが動くことは大切だ。バルカンの使い方は上手かった。特に関節を狙ったのは良かった」
「はっ! ありがとうございます!」

 

 倒れたヤマト機にエイム機が手を差し伸べる。

 

「こないだの戦闘じゃ腹が立ったが、すごかったぜ。次の戦いでは今日みたいに頼むぜ、また勝負しよう」
「……はいっ!」

 

   ※   ※   ※

 

 彼らの勝負以外では、ベアード少佐が奮闘した。全天球モニターが開発される前からMSに乗っていたからであろう。
 アムロにこそかなわなかったが、エイム中尉とヤマト少尉を下し、ベテランの名に恥じぬ戦いぶりを見せた。
 彼は模擬戦の後、ジムに比べて固い印象を持ったと述べ、開発者であるシモンズ主任は彼に操縦した時の感覚や感想を根掘り葉掘り問いただし、ベアードを辟易させていた。

 

 他にフラガ少佐も参加したが、まだMSに慣れておらずヤマト少尉以下、全員にボコボコにされてしまった。
 もっとも、最後の方にはある程度戦うことができ、三人娘に負ける事はなくなったが。彼は模擬戦終了後にアムロを捕まえて、もっと訓練させろと荒れていた。
 ヤマト少尉は模擬戦の後、実験室に我々といたはずの鳥のロボットが飛んで行ってしまったので、それを探したいと言ってきた。すでにやることも終えているので、我々は許可した。
 彼は礼を述べた後、タオルで汗を拭きながら部屋を出て言った。フラガ少佐は相当悔しかったらしく、アムロに今夜は付き合えと絡んでいる。
 ベアード少佐がフラガ少佐をなだめながら、パイロット同士で酒でも飲もうと話している。エイム中尉はそれを見て苦笑している。どうやらパイロット同士の交流は深まったようだ。

 

 こうして、我々のモルゲンレーテ視察はそれなりの意義を持って終えたのである。

 

   ※   ※   ※

 

 翌日、ユウナ・ロマからある人物と会談する場を設けてほしい旨が伝えられた。送られてきた情報に私は眉をひそめた。
 男の名はムルタ・アズラエル、例の反コーディネイター団体『ブルーコスモス』盟主である。私はユウナ・ロマの意図を量りかねたが、明確に断る理由がない。
 私は桟橋、つまりオーブ領での会談を条件に了承した。不快感は存在するが、一方で好奇心もあった。なぜならばこの世界を動かすことができる人物を直に見ることができるからだ。
 実際に反コーディネイターの指導者から、彼らを嫌う理由を聞くことは意味のないことではあるまい。その日の艦長会議は、会談受諾に異論が噴出したが、情報を得るという点から各艦長は納得してくれた。

 
 

 そして次の日、桟橋にアズラエル氏が現れた。若く、活力にあふれた表情で、顔立ちも整っている。彼がコーディネイターを嫌悪する理由などあるのかと、疑問に思うほど私が彼に感じたのは「持てる者」という印象だった。
 形式的なあいさつの後、私は率直な感想から会話を切り出した。

 

「よく、我々のことを知りえましたな」
「そりゃあ、どんな情報でもビジネスの世界にいるものは敏感なものです。ロンドンのシティでは経済活動にとって有益であれば、政治家の朝食もその日の午前中には流れますよ」
「なるほど、そこは我らの世界と大差ないということですな」
「思ったより話のわかりそうな方だ」

 

 アズラエル氏は愉快そうにコーヒーに口をつける。それをカップに置くと彼の方も率直に切り出した。

 

「単刀直入に申しましょう。連合に参りませんか?」
「率直なお方だ」
「我々ならオーブなどよりも遥かに良い条件を提示できますが、どうですかな」

 

 私は手を組み、椅子に体を預けて即答を避けた。

 

「アズラエルさん、返答する前にお話を伺ってもよろしいかな」
「ええ、何なりと」

 

 彼は笑みを絶やさない。

 

「なぜブルーコスモスはコーディネイターを嫌悪するのですか」

 

 彼は笑みを絶やさず答える。

 

「自然な形で生まれない生命を神が許すとお思いですか。僕は旧合衆国デトロイトの生まれで、敬虔なキリスト者です。神に与えられた命に手を加えることに違和感があります。
 無論それだけではありません。彼らは傲慢で、自分たちが新しい人類になったつもりで、我々ナチュラルを古い人類として見下します。そういった連中をどうして好きになれるのですか」

 

 彼の言い方に、私は前者が建前で後者が本音のように感じた。後者の方に強い感情があったからだ。

 

「しかし、今の戦争は君たちブルーコスモスが始めたという意見が、貴方の同朋であるナチュラルにもあると聞き及んでいますが」
「『血のバレンタイン』のことですか。あれは我が方の公式見解では、プラント側の自作自演だと主張しているのですがね。
 もちろん、当事者間の主張が一致しないことは戦時においては特に珍しいものではないと思いますが。そうした見方は一方的です。
 しかしながら、あれのおかげで、いまは正面からコーディネイターと戦うことができますが」

 

 彼の愉快そうに言葉を紡ぐ。私はさらに問うた。

 

「彼らは迫害され、宇宙に移住したと聞く。貴方方の生活に絡まないのであれば、無理に攻撃する必要もないのでは?」
「そういうわけにはいかないのです。閣下は御存知ないでしょう。現在の我々がいかにコーディネイターに依存させられているかということを」

 

 笑みは絶やさないが、彼に感情の波が浮かび上がる。

 

「しかも連中は、連中は科学技術だけでなく、スポーツや音楽といった文化活動すら我が物とします! 我々ナチュラルが日々努力しているのを、彼らはたいした努力もせずにやってのけるのです。不条理と思いませんか!?」
「だが、コーディネイターはやはり人間ですよ。アズラエルさん」

 

 とうとうアズラエル氏は顔をゆがめて声を荒げた。

 

「あなたはこの世界の不条理さを御存知ないのです! 連中が我々の努力をあざ笑い、そして劣った人間であると見下してくることか!」
「しかし、アズラエルさん。我が艦隊は全員が貴方方の言うナチュラルですが、先の戦闘でコーディネイターを撃退しました。そして、我々の装備を開発したのは全てナチュラルです」
「それは貴方方の世界に、遺伝子を調整した人間がいないからだ!」

 

 彼の言葉は不正確ではあったが、特に修正しようとは思わなかった。いまはより大事な点がある。

 

「どうか落ち着いてほしい、アズラエルさん。確かに生まれた時に、そして容姿の点では差別があるかもしれない。だがナチュラル……というよりも人間はそんなに可能性のない生物でしょうか」
「……どういうことです」
「我々は確かに異世界の人間です。だからこそ客観的に世界が見ることができます。例えば、貴方のビジネスの世界に遺伝子は関係ありますか?」
「……!」

 

 アズラエル氏の瞳孔が開く。

 

「つまり、人と人の繋がりは遺伝子でどうにかなるものではないという事です。それに遺伝子が先天的に優れていようとも、それに見合う教育を行わなければ、たいしたことはできないと思いますが」
「……確かにそうかもしれないが……貴方は何が言いたいのです、僕を説得しようとしているのか!」

 

 激昂するアズラエル氏を手で制する。彼はコーディネイターに対しては必要以上に感情的になるようだ。強硬派であるブルーコスモスの盟主である以上は無理もない。

 

「いや、そうではありません。私はこの世界のことを正確に知りたいと思っているだけです。アズラエルさん」
「正しい理解だと……!」
「そうです。私はブルーコスモスという団体について、これまで批判的な感情を持つ者からしか話を聞いてこなかった。率直に言って私は貴方方に対して良い感情を持っていない。協力することにもためらいを覚えています」
「では、なぜ会談に応じたんです? 物珍しさからですか?」

 

 彼は皮肉な笑みで問うてきた。

 

「貴方から見ればそうかもしれない。だが、自分たち以外に味方がほとんどいない世界にいる以上は、常に自分で物事を知る必要があるからです。
 貴方方の考え方を知る機会がこうしてあったのです。生の声で君たちがコーディネイターをどう思っているのか知りたかった」
「……わかりました。それで、我々連合とともにコーディネイターと戦ってくれるのですか?」

 

 私は首を横に振り答えた。

 

「今回のお話を伺う限り、連合、というより貴方方ブルーコスモスとともにあることはできません。ですが、必ずしも貴方方に積極的に敵対するつもりもない」
「……そうですか。こちらはそうは見ませんが、よろしいか?」
「その様な脅しには、断固として屈しない。ですが、こちらから交渉の扉を閉ざすつもりもありません」

 

 互いの目をまっすぐに見つめあう。しばらくすると溜息を洩らし、アズラエル氏が立ち上がった。

 

「ブライト司令、今回は大人しく引き下がりましょう。しかし個人として有益な議論でした。またお会いしたいと思います」

 

 彼はそういうと、車に向かった。ドアの開けたところで彼は振り向いて聞いてきた。

 

「貴方は本当にナチュラルがコーディネイターに勝ると思うのですか?」
「勝ち負けの問題ではありません。要は、如何に目標を成し遂げるために努力するか、ということです」

 

 彼は少し考えるそぶりを見せたが、我々にそれを見せることを好ましく考えなかったようで、すぐに表情を改めて車に乗り去って行った。
 メランが深いため息をして声を掛けてきた。

 

「艦長は何でまたあそこまで挑発したのですか」
「単純に知りたかったということもあるが、相手が思ったよりも若い指導者だったからからかもしれん」
「考え方が変わる、と」
「そこまで期待しちゃいないさ」
「そうですか?」

 

 いぶかしむメランに私は降参した。

 

「すまん、正直に言えば少し考えたよ。それに今回はオーブの時と違って生存の危機を抱えているわけじゃない。
 自分がどれだけ対話で人を動かせるのか、試してみたかった」
「艦長……」

 

 メランが情けない声を出す。

 

「そりゃそうだろう、我々は今後も政治的な対話を続けなければならないのだからな。
 今回の件、こういっては何だが、ある意味『断ること』が前提の会談なのだ。経験は積みたい」

 

「司令……」

 

 トゥースも呆れている。

 

「それに政治結社は馬鹿にはできんぞ。18世紀以来、近代社会が民主化を経験していく過程で、結社というのは大きな役割を持った事実がある。英米では特にな。
 彼らの思考に影響を与えることができればと考えたのだが、そうそううまくはいかないのだ。期待もしていなかったが」

 

 私は照れ隠しに苦笑した。トゥースとメランは溜息を吐く。そこにハムサットが気になることを言い出した。

 

「それにしても、今回の件はオーブ政府の意向だったのでしょうか?」
「ウズミ前代表の意向ではないだろうな。国防関係者か、だれか」
「少なくとも、セイラン弁務官ではないでしょう。彼にはそこまでの政治的なコネクションがある様には見えません。もちろん断定すべきではないでしょうが」
「いずれにせよ、我々は地球上の軍事産業関係者たちから、大人気になってしまったことは間違いないな」

 

 部下にはおどけてみせたものの、私は今後も各方面から熱烈なラブコールを受けること思うと内心うんざりしていた。

 

 

【次回予告】

 

「すると、どうやらしっかりと待ち伏せされることになるな」

 

  ―第11話「オーブ出国、そして・・・」―