CCA-Seed_427◆ZSVROGNygE氏_14

Last-modified: 2009-08-06 (木) 22:30:40
 

失いし世界をもつものたち
第14話 「広がった波紋」

 
 

 既に桟橋は記者が集合している。この桟橋は我々にとって何か起こると必ず会場が設置されているな。艦隊がオーブに寄港すると、ウズミ・ナラ・アスハ前代表から連絡を受けた。出撃したときに懸念された問題がいよいよ顕在化したのである。
 私はグレーのスリーピース・スーツと青地のネクタイに身を固めて、設置された会見場へ向かう。タラップを歩きながら、これまでの経緯を思い起こす。

 

   ※   ※   ※

 

 艦隊がオーブへ戻る途中に救助者をラー・カイラムへと集中管理させた。救助した2人はいまだ意識が回復しない。トール・ケーニヒは両足を切断することになった。墜落時にコクピットが山の岩場に突っ込み圧壊し、その際に両足が潰れてしまったのである。
 一方で、認識票から「ニコル・アマルフィ」という名が判明したブリッツのパイロットは、依然として意識不明で目を覚ます様子がない。彼は火傷がひどく、特にヘルメットが損傷したため、顔の一部に火傷跡が残ってしまった。
 ノーマル・スーツがなければ死亡していただろうと、ハサン医師が報告してくれた。先生によると、まだ楽観はできないが、助かる見込みに目処がついたそうだ。
 それでもまだ確定ではないため、ザフト側に連絡するのは時期尚早であるということになった。これには我々が情報を欲していたことも大きい。

 
 

 オーブに戻ると、入港時にまずウズミ前代表から連絡を受けた。一通りの挨拶の後で、彼は複雑、というより迷惑そうな表情を浮かべて口を開いた。

 

「あまり騒ぎを起こしてほしくないといったのだがね」
「は?」
「君たちは知らないだろうが、こちらでは既に騒ぎになっている。ザフト軍カーペンタリア方面軍が大損害を受けたとね。しかも、オーブ政府が関与しているのではないかと疑念が抱かれている」

 

 ……別に間違いではないと思うが。

 

「では、公表されたのですか?」
「そうだ。君たちの技術等は我々も全て関知はしていないが、知っている範囲で報道各社には公表したよ。『異世界』から来たことも含めてね」

 

 ……なるほど、また面倒ごとが増えたということか。

 

「了解しました。閣下、つきましては会見をする必要があると思います。また貴国の桟橋で開きたいと思いますが、許可をいただけるでしょうか」
「その辺についてはできる限り協力しよう」
「感謝します」

 

 とはいうものの、記者会見は得意ではない。それでもせざるを得ないだろう。記者に対して、というよりもオーブ政府との関係悪化は避けたい。私は通信後、メランに艦の職務を任せ、先任参謀らとともに記者会見の準備に従事することになったのである。

 

   ※   ※   ※

 

 経緯を一通り説明すると、好奇心と不審、困惑が混ぜ合わされたカクテルのような視線が私に集中する。無理もあるまい。質問は予想の範疇にとどまる物が多かった。
 これは記者たちが無能であると言うよりは、未知の出来事に対して手探りであったのだろう。情報参謀のコレマッタ少佐に進行を任せて質問を捌く。
 印象的な質問は、BBCをはじめとする欧州の記者であった。世界は変われども、欧州のジャーナリズム精神は健在と言ったところか。ただ我らが宇宙世紀であろうと、ここコズミック・イラであろうと欧州的な思考が鼻につくが。

 

「BBCのピーター・ジェニングスです。組織として自らを国家としたのは何故か」
「『国家』としたのは、言うなれば方便である。我々はこの世界において自立的な存在であろうと考えている。いずれかの組織に埋没することは、不用意にこの世界に混乱を与えるからだ」
「先日のザフト軍との交戦はそれに該当しないか」
「我々は不用意に混乱を求める物ではないが、かかる火の粉は払う」
「もうふたつお聞きしたい。第一に国家と標榜しても、人口構成や産業とその他において独立は維持できると考えているのか。第二に提督は民主国家出身者にもかかわらず、事実上の独裁者となられたわけだが、その点について思うところはないか」
「第一の点からお答えしよう。私は楽天家ではない。その辺りの問題は十分にわきまえている。当面は我が国が有する技術と軍事力、概ね後者になると考えるが、それらを主要産業として行動していくつもりである」
「それは不用意な混乱を招かないか」
「これは第2の点に関することの答えともなるが、生存権が優越すると認識している。
 付け加えるならば、共和制ローマがディクタトールを、ヴェネツィア共和国が十人委員会を、イギリス帝国が議会制民主主義の祖といわれながらも、君主権力が使われないだけで存続したように、国家というものは常に相矛盾する要因をはらむ物だ。
 国家はその時々の状況や環境によって形成されるものである。我が国も同様で、構成員のほとんどが自由と法的平等を志向する共和主義者である。けれどもこの状況で我々が、自らの価値観を以て自律した行動するためには、やむを得ないという認識で一致している」

 

 私は低俗なマスコミには好意的ではないが、それなりに年を重ねたし対応の仕方も学んできたつもりである。
 ただアムロに言わせると、低俗な質問の時にシニカルな表情がしっかり現れていると後で指摘された。オールドタイプにはわからないで欲しいものだ。
 もっとも俗物はそういった感情には機敏であるから、気付かれたかもしれないが。政治家である以上はそれなりに対応していく必要がある。

 

「Le Mondeのアンリ・ギードです。ザフト軍との交戦について伺いたい。先に火の粉を振り払うと言われたが、ザフト軍との3回の交戦のうち、最後の物は避けられたのではないか」
「我が艦隊、いや我が国はアークエンジェルと契約を結んでいた。それに基づき行動した物で非難されるいわれはない」
「それは地球連合との協約を結んだということか」
「我が国としてはアークエンジェルとのみの関係であると認識している。もちろんそれは連合との断行を示唆する物でもなければ、プラント政府と積極的に戦闘を望む物でもない」
「最後に、先ほど共通した認識を持ったといわれたが、軍事組織である以上は上官の命令に逆らえないのではないか。つまり提督のいわれる認識には虚構はないか」
「わかる話だ。そこは無記名で意識調査をしているが、私が何を述べても、記者諸君の信憑性は獲られないだろう。こちらの見解を疑うのは当然であろうし、そこは甘受する」

 

 逆に一番失笑しかけた記者連中もいる。我々の世界についてのあまり意味のないことを根掘り葉掘り聞いてくる連中だ。
 細かいことまで聞いてくることは、煩わしいが不快はではなかった。だが今後の我々の行動を断定的に論じ、露骨に誘導する言い方に不快指数は急上昇した。

 

「デイリー・オーブのジョン・結城です。オーブ政府は信頼できる相手と考えているのか。その関連で言えば、水面下で様々な国と交渉しているはずだが、感触を得ている勢力があれば教えて頂きたい」
「それは、君がどう思うかは自由だが、私からは何も言うことができないな」
「情報の公開を阻むのか」
「勘違いをしてもらっては困る。私は地球連邦政府という民主主義国家の人間で、個人の自由と権利は尊重されてしかるべきであり、情報の公開はその尊い価値観を守るための重要なファクターであると考えている。
 だが、今現実に我が国が置かれている状況を踏まえれば、情報はミサイル1発より尊いものである。よって国内ならともかく、国外に対してディスクローズしないことは妥当であると判断している」
「民主主義の原則に反していないか」
「そう思うのは自由だが、私からはなにも言うべき言葉はない」

 

 こういった形で、私の記者会見デビューは終了した。今後ついては、重要なもの以外は、高等参事官のメインザー中佐か情報参謀のコレマッタ少佐に任せようと考えている。
 別に国家元首が毎日のように新聞記者の相手をする理由も必要もない。

 

   ※   ※   ※

 

 司令室に戻り、軍服に着替えているとアムロが入ってきた。冷やかしに来たな。

 

「ブライト、ずいぶんと温厚になったな。ロンド・ベル時代の頃よりもっと、こう、なにか、深みが出てきたよ」
「素直に言ったらどうだ。老けたとな」

 

 私は苦笑してみせる。アムロは肩をすくめて、次いで本棚からブランデーを取り出しグラスに注ぐ。

 

「いや、頼もしく思うよ」

 

 私のグラスを執務机に置き、自分はその机に座り一杯目を飲み干す。こういった風景、すごす時間に安らぎというか、安堵感のようなものを覚えるとき、やはりアムロ・レイが私にとって単なる戦友ではないと認識させられる。
 付き合いでいえば、メランの方が遙かに長く、彼に対してもアムロと同様に、上司と部下以上の個人的な信頼関係で結ばれている。
 だが、アムロ・レイは別格なのだ。私も一杯目を飲み干すと、グラスにブランデーをつぎながらとりとめもない会話を始めた。記者会見について我々の間で話すべきことはあまりない。

 

 アムロもそう考えているのだろう。全く別の話題を話し出した。先の戦闘の後で、部隊のMSパイロットたちに改めて驚嘆され、レクチャーを頼まれているという。
 私はそれが容易に想像できたため苦笑した。パイロットには若手もいる。そういった連中にとって、アムロは崇拝の対象ともいっていい。
 だがあまり度を超した崇拝は問題であるから、近いうちに何らかの対応はしなければならないと感じる。

 

 そうは思いながら、アムロを申し少し困らせてやろうという気になり、先日のささやかなパーティーでレーン・エイムと交わした会話を話題に振った。
 先日の模擬戦に思うところがあったらしく、また模擬戦をしたいということ。また機動戦術について議論したいと話していたことを伝えた。
 そのときの彼は印象的だった。次はもっとやってやるぞという、若者らしい生気に溢れたていた。
 そう、まるで自分より強い相手と戦うことに意欲を見せる挑戦的な表情を見せ、私は自然と笑みをこぼしていた。アムロは私の思い出した笑みに気付かず、苦笑して見せた。

 

「戦術に関しては士官学校卒のブライトやレーンの方が詳しいと思うがな。いよいよ過大評価が過ぎる」
「実践という見地で聞きたいのだろう。一年戦争の戦いやグリプス戦役とかの経験をな」
「ガンダムやディジェとペーネロペーでは、基本的な運用方法から違うぞ。そういう意味では、今度乗ってみたいな」
「本人もその辺はかまわんだろう。むしろ喜ぶだろう。模擬線の時は、こう、やってやろうというバイタリティに溢れていたからな」
「良い風に育って欲しいな。こないだの戦闘でも感じたが、彼は確かに良いセンスを持ったパイロットだよ。まぁ若いのはほめると調子に乗るからな」

 

 アムロはそういったものの、すぐに口に出したことを後悔した様子だった。
 模擬戦と先日の戦闘に触れたことで、レーンとともに活力をみせた行動をした少年を思い出させ、憮然とすることになったのだ。
 私もカツ・コバヤシを死なせ、失ったこと。そして、ハサのことを思い出させた。父親であろうとして失ってしまった少年たち、特に後者は実の息子であったが、彼等をを思うともう少し酔いたかった。

 

 そこへメランとハムサット、そして補給参謀のエリック・トムスン少佐が補給計画について相談したいと入ってきたので、すぐにその雰囲気は打ち消すことができた。
 トムスン少佐はやや大きすぎる眼鏡を中指で押し上げ、我々が飲酒していたことに羨望と批難が7:3の割合で作られた表情を見せる。
 謹厳な男だが、アルコールに目がないことが唯一の欠点だ。先日の飲み会後に発覚した、スミス中尉が裏取引用に買い込んだ酒は、破棄される予定であった。
 ところが彼は居残り組に振る舞うべきだと主張し、実行させた。
 彼は本来補給計画に使われるべき事務処理能力と合理的思考をフル活用して、酒が振る舞われることで生じる艦内のモチヴェーションについて演説を行った。
 実際のところ首脳部はその勢いにのまれて採用したようなものだ。会議の後でレディング艦長が苦笑して私にこう言った。

 

「よくよく考えると、どう考えても屁理屈なんだが、会議の席ではそんなもんかなと思わせるのが少佐の困るところですな。彼にはアジテーターの才能がありますよ。
 その才能が公務にいかなくて幸いです。なんと言っても我々の食糧事情などはあいつの手のひらの上ですからね」

 

 私は彼の羨望を避けるために、それぞれにグラスを渡してブランデーを注ぐ。その後で、我々は今後の補給計画について、ささやかではあるが、重要な議論を交わすことになった。
 そして、その議論の最後に何故がその場にいた全員が艦内での禁酒を一部緩和することで一致することで合意がなされたのである。それは翌日の艦長会議で何となく承認された。

 

   ※   ※   ※

 

 ウズミ・ナラ・アスハがラー・カイラムを訪問したのは記者会見の翌日であった。
 私はいつもの幹部とアムロを加えて迎えることにした。直に艦内を見てみたいと言うことだ。
 友好国で影響力もある人物だ。無下にはできない。後日に本人から聞いたが、ロンド・ミナ・サハクはアスハ氏の行動に激怒したそうだ。
 彼女はアスハ氏の行動を明確に洞察していたからであろう。
 会見の目的は技術供与及び、より踏み込んだ情報の開示、そしてオーブの国内事情を私に漏らすことで、我々を国内問題に引きずり込もうとしていたのである。
 後になって考えれば、その日に限って他の首長クラスを呼ばずにキサカ一佐のみを連れているあたり、警戒はしていたが、その真意に関しては推測の域を出なかった。
 そのため彼女の説明を受けてすっきりしたものだ。やはり政治家という人種は度し難い。その嫌悪感は今や自分に対しても該当することがさらなる嫌悪を招く。

 

 ともかくウズミ氏との対話はオーブという国の特殊性を改めて垣間見ることになった。
 彼はやはり君主、それも権力を強く有する君主なのだ。いうなれば啓蒙絶対君主のようなものか。
 ある種の超然さ、傲慢さは選挙の洗礼を通して生き抜いてきた政治家には持ち得ないものだ。現在は事実上の院政を敷いているという。
 そうしたやり方に若い首長、ロンド・ミナやユウナ・ロマ・セイランのような連中に反感を抱かれているだろう。
 このような状況で院政を敷くということは他の首長の力量を全く考慮していないか、自分の能力に絶対の自信がある現れのどちらかだ。
 彼との対話では後者の印象が強い。彼は現状の世界を強く憂慮していて、そのためにオーブがなすべきことを模索していることを語った。
 その姿勢は娘のカガリ・ユラの情熱に通じるものがある。しかし基本的にこの世界の行く末に何の責任もない我々に対しては空虚なものだった。

 

 会談に先立ち、技術協力はやむを得ないということで艦長間の了解は一致している。
 先の戦闘での救助作業への代価は高く付くと考えていたからだ。今後の補給計画等を話す過程で2点を提示した。

 

「いかがでしょう。貴国が防衛に徹する上で重要な技術とアイデアの2つを提示したい。コンセプトは『海』と『空』です」
「ふむ、具体的には?」
「我が艦隊で使用している、サブ・フライト・システム技術と水中用MA技術の供与です」
「ほう」

 

 ウズミ氏の目に好奇心が宿る。

 

「貴国は島国である以上、自国の防衛で市民に犠牲を出させずに迎撃するには、領海上で戦う必要があるかと考えます。
 そこで貴国製造のMSを航空戦力と組ませて海上で迎撃させるためにSFSの技術を供与します。
 また水中用MAですが、潜航深度を欲張らなければ宇宙用の作業ポッドを改修することで十分使用できます。ザフトの海中MSなどを想定した守りとして有効と考えます」
「なるほど、大いに重要な技術と提案だ。指導はしてくれるのかな」
「無論です」

 

「わかった。魅力的な案だと考えるが、一応持ち帰って検討したい」
「わかりました」

 

 ……おそらく独断で決めるだろうな。
 私はそのあと補給について何点かの議論を交わした後、艦内を案内してまわった。
 艦橋まで案内が終わり、当番兵からコーヒーを受け取ると、外を見ながらウズミ氏が独り言のように語り出した。

 

「君たちはこの世界を導く笛吹きになるかもしれんな」

 

 冗談ではない。私はできるだけ皮肉にならないよう押さえながら切り返した。

 

「閣下、笛吹き士はハーメルンから子供を失わせたという伝説で汚名を着せられました。我々に汚れ役をさせる気ですかな」
「そのつもりはない。だが『縁』という考えがアジアにはある。君達が望まなくとも、君たちの存在は大きな波紋となって世界に広がるだろう。
 それが本来向かうべき世界とどう異なる道を進めるのか、我が国の未来にどのような影響を与えるのか、関心はつきないな」

 

 ウズミ氏は逆に切り返し、コーヒーを飲み干すと公務の関係で退艦していった。不本意きわまりない事実を突きつけられ、私はいよいよ憮然とすることになった。

 

   ※   ※   ※

 

 2日後、ブルーコスモスのムルタ・アズラエル氏から会談の要請を受けた。私には断る理由はない。
 かくて再び同氏と対話することになった。
 率直に言えば、彼の要請を受ける気持ちは全く起きていない。だが彼には会ってみようと思わせる独特の魅力があった。

 

「あなた方の存在が表に出たことは残念ですが、オーブ政府に気兼ねなく交渉できるという点では、好都合ともいえます」
「そうでしょうな。とくに現オーブ政府の主流派からは、貴方が我々と接触することに、良い顔をされないでしょうからな」
「残念なことです。もちろん全てのオーブの方がそうであるとは考えていませんが」

 

 コーヒーを口につけ、アズラエル氏は残念がってみせる。

 

「……そちらの方は?」
「はじめまして、アムロ・レイ中佐です。アークエンジェルにいた正体不明機のパイロットといえばわかると思います」

 

 アズラエル氏は好奇心にたたえられた目をアムロに向ける。

 

「なるほど、君があのMSの……。司令と同じ世界から来たということであれば、ナチュラルですね」
「あなた方の世界の概念ではそうです」

 

 アムロの微妙な言い回しに笑みが浮かぶ。彼にはその表現に引っかかるところは無かったようだ。

 

「やはりあなた方はすばらしい。人間は遺伝子を調整せずとも可能性は開けることを示唆している。この世界にとって我々ナチュラルの希望といってもいい」
「そう過剰な期待をよせないで欲しい。私たちの世界がたまたま人間の活動していく上での手段として、遺伝子改良を採用しなかっただけです。
 他の世界では軌道エレベーターのような手段で宇宙進出したかもしれない。所詮は可能性にすぎないと思います。パラレル・ワールドなんてものはそうしたものでしょう」
「そうであろうとは思うが、手段として我々は誤ったのです。ともかくコーディネイターは滅びるべきである、と私は思います」

 

 アズラエル氏は古典教養をもじって自身の見解は譲らぬ姿勢を見せる。

 

「大カトーですね。だが、現実に存在するものをジェノサイドすることは人類にとって不幸なこととは考えませんか。人として生存権は確保されるべきだ。ゆえにコーディネイターは生き残るべきである。と考えることはできませんかな」

 

 私のコーディネイター擁護の発言よりも、古典教養の切り返しに愉快そうな風を見せる。

 

「しかし元老院は大カトーの意見が採用され、カルタゴは滅んだのですよ」
「それを言われると辛い。しかし今は古代ローマではない。あなた方の世界でもホロコーストやスターリニズムによる粛正、各地域における民族浄化を経験しているはずです。
 我々がいた世界においても、そうしたものが根絶されたとはいいません。しかし戦争の、しかも統合された国家が行う戦争の主題が、そうしたものになることには違和感を覚えます。
 それが繰り返しの協力要請をためらわせる理由のひとつです」

 

 私の言葉に対して、彼はゆっくりと背もたれに体を預け、彼等の見解を淡々と述べる。

 

「それは司令が彼等を人類と見なしているからですよ」
「確かに、そこに認識の不一致があることは事実です。しかしコーディネイターは人類が生み出したものであり、そもそもナチュラルが生み出した存在であることはお認め出来きませんかな」

 

 そこにアムロがかぶせるように切り出した。

 

「人間の知恵は新しいものを排除しないと先に進めないものなのか」
「誤った技術は淘汰されてしかるべきだと思います。それに、最早そういった議論の段階では無いのですよ」
「私は理想論でいったのではない。あなた方の落としどころはジェノサイドなのかということを伺っている」

 

 アズラエル氏は少し首肯して見せる。

 

「なるほどそういうことであるならば、率直にお答えしましょう。確かにジェノサイドを志向する連中もいます。
 ですが、個人的な意見としては種として根絶できるのであれば、ジェノサイドをする必要は無いと考えている。例えば出産することを禁止すること、コーディネーター男性の生殖機能を奪うことなどをすればいい。
 また経済的に問題に関しても折り合いが付くのであれば交渉することにやぶさかではありません」

 

 唖然とするアムロに対して、私は折り合いに興味を覚え訊ねる。

 

「折り合いというと、かつてヴェルサイユで列強がドイツに課したような条件ですか?」
「もちろん過大な要求が次なる混乱を招くことは承知していますよ。具体的な検討はしていませんが。憎らしい事実として彼等によって担われる産業があることは事実です。
 それらに対するケアがない限り、私はジェノサイドについて慎重であるべきと考えています。繰り返しますが、種として根絶出来ればいいのです。もちろん早いにこしたことはありませんが。
 これでもビジネスで生きている人間ですからね。莫大な損失を抱えることは避けたいと思っています。むしろあなた方の登場から、私はまずコーディネイターの優位思想を粉々にしたいと考えています。彼等の傲慢さを打ち砕いてからでないとおもしろくない」

 

 薄笑いをしながら語る彼に対して、エリートにおける負の側面を強く感じる。だがこうはっきりと主張する姿勢には、発言内容の禍々しさとは異なる爽快感もあった。そして最後の言葉こそ、彼の反コーディネーター感情の重要な点ではないかと漠然と感じる。

 

「ではコーディネーターがその優越思想を捨てるのであれば、存続を認めるのか」
「どうでしょうかな。率直に言ってそんなことはあり得ないと思います。連中は新人類のつもりなんです。あの傲慢さは直ることはないでしょう」
「仮にそうなればどうか」

 

 アムロが問いただす。だが彼はにべもなく言い放つ。

 

「仮定の質問に答える必要はありませんな。少なくとも現在のプラントで行われている選挙では、そういう考えの人物とはかけ離れた男が当選するようですから、その質問は無意味と思います」

 

 アムロは何か言いかけたが、口をつぐみ黙り込む。元々対話が得意な男ではないから仕方がないと思う。私は改めて協力の上での問題点を伝え、協定を結びにはより相互の溝を埋める必要性を指摘した。
 アズラエル氏は残念な表情は作って見せたが、それほど深刻な表情ではなかった。最後に彼は次の会議について提案をした。

 

「今回もこちらにとっては好ましい結果にはならず残念です。ですが有益な議論はできました」
「議論に関しては同感です」
「どうでしょう。私は言うなればこれまでアウェーで交渉してきたのですから、次の会談は私のホームへと来て頂けないでしょうか」
「ふむ、確かに外交儀礼上は貴方の言うことは正しい。ではどこで行うのが妥当でしょうか」
「連合の軍本部のあるアラスカはどうでしょう?」
「確かに貴方が2度もこちらに出向いている以上は、こちらも断るわけにはいかないでしょう。ですが艦長会議で検討した上で返答したい」
「いいでしょう。但し貴国の返答如何で連合の態度が硬化することはご留意いただきたい」
「当然でしょうな」

 

 こうして彼との2度目に会談も妥結することはなかった。
 彼が帰る姿を見送りつつ、アムロは私に語りかけた。

 

「無邪気なほどのエゴを出す男だったな」
「ああ。だがそういって人間は恐ろしいぞ」
「そうだな」
「彼らのメンタリティは狂信者と同じだ。そう、シャアの奴が絶望した類の人種だよ」
「全く冗談じゃない」

 

 アムロが頭を振るのは、シャア・アズナブルに共感してしまったからだろうか。確かに彼がこの世界を見たらどう思うのだろうか。

 

 甲板でアズラエル氏の車が去るのを眺めていると、トール・ケーニヒが意識を回復したという知らせが入った。我々は互いにうなずき医務室へと向かった。

 
 

(つづく)

 

 

【次回予告】

 

 「さてさて、オーロラでも見に行きますか」

 

  第15話 「アラスカへ」