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Last-modified: 2011-06-20 (月) 12:53:36

第19話「異邦人の苦悩」

 

 

結局のところ、残存部隊指揮官の説明を受けて残留者は1638名に収まった。将兵は家族を抱えるケースも多く、残留するケースは少なかった。もっとも、それでよくも1500名以上も残留したとは感じたが。士官ではハルバートンの副官のヒサオ・ホフマン大佐が離脱を表明した。彼自身も今回の一件に不満はあるが、高級士官から離脱者が出ないと出て行きにくい人間もいること、また連合軍に残留することで果たす役割があると述べた。

 

また連合軍ユーラシア陸軍部隊で撤退を指揮したアンリ・ブリアン中佐が同じく離脱を表明した。彼は今回の大西洋連邦主導の作戦に対して怒りを感じ、ユーラシア連邦にこの一件の真実を伝える役割があると述べた。また彼はユーラシアに対してパイプの役割を果たすことを約束してくれた。

 

逆にリューリク艦長のハンス・オズヴァルド・エリアス大佐は10万名以上の将兵を降伏も許さずに切り捨てるような作戦を行った組織に戻ることはできないと残留を表明した。
また艦橋被弾で艦長と航海長を失ったユーコンで艦長代行となっている副長のピョートル・アレクセイエフ少佐も敬愛する上官の死に対して思うところがあり、ロンド・ベルに残留する旨を我々に告げた。

 

離脱者はオーブで帰国する措置が執られることになり、セイラン弁務官も人道的な見地から協力を約束してくれた。
後に判明したことだが、彼はこの件で個人的に大西洋とユーラシアに対して我々と同様にパイプを作ろうとしていたらしい。
水上艦艇は艦長が亡命拒否の意思を示した4隻が帰国することになったので、オーブ到着後に東アジア共和国へ向かうことが決まった。

 

残留艦船は、アークエンジェル、リューリク、オレーグ、ユーコン、ハドソン、ブレーメンの6隻である。
各艦長はいずれもユーラシア所属の士官で、今回のやり方で連合に愛想を尽かしたそうだ。

 

残留将兵の家族に関しては、オーブへと移民させるなりの措置を執らなければならない。その辺りはオーブへ到着してから、オーブ政府と協議して決めるべきだ。
さすがにこの辺りまで考えると頭痛がしてくる。とにかくそれらを決めた上で会議は終了した。

 

※※※

 

会議の後で、私はラミアス艦長とキラ・ヤマトを伴い食堂へと向かった。アークエンジェル・クルーに遅ればせながら、トール・ケーニヒ生存の報告を行うためである。 食堂にいたミリアリア・ハゥは泣き崩れて喜び、ヤマト少尉を始めケーニヒ二等兵の友人たちは目を見開き驚き、そして喜んだ。キラ君ら少年兵たちには私が帰るときに共にラー・カイラムへと案内することを約束してその場を離れた。

 

用件も済んだことから、私は艦へと戻ろうとしたが、デッキは士官や負傷兵の移動で混み合っているので、しばらくしてから帰ることにした。

 

時間ができたので、トイレを済ませ1人歩いていると通路でキラ・ヤマトとレーン・エイムが会話しているところに出くわした。私には気付いていないようだった。

 

「しかしおまえも難儀な奴だな。パイロットがでかいこと語るのもどうかと思うぞ。」
「そうでしょうか。」
「そうさ、俺たちパイロットは目の前の戦場をどうするかだ。大局的な視野なんて指揮官が持っていればいい。理想や願望が戦場で役に立つものかよ。」

 

キラ君は何ともいえない表情を見せる。

 

「それでは争いはなくならないじゃないですか。」
「おまえは元々軍人じゃないからそう考えるんだろうが、その疑問ははっきり言って無意味だな。俺たちは先着制限の定食を食べるために並ぶだけでけんかするような存在だぜ。
恨み、ねたみ、欲望とか、愛情や希望、理想だって人を殺すんだ。そういった感情や争いの否定は人の否定とかわらないさ。」
「・・・。」
「それに疑問に持つのはいいけど、おまえ自身の答えを確固としないと意味がないぜ。」
「そうだな。」

 

私が声をかけると、レーン・エイムは柄にもないことをした自覚からか、照れた表情を見せ、敬礼してきた。

 

「司令!聞いていたんですか?!お人が悪いですよ!」
「ブライトさん。」

 

キラ君は私に問いたい表情を見せる。

 

「レーンの言うとおりだ。確固たる信念とまでは言わんが、自分の意見もないのに人に意見は求めるもんじゃあない。人は各々自分の欲求を持っているから争う。否定したり反対したところで、そういった問題に関係ない者が叫んでも空虚だよ。この戦争が人種問題だけだと思っているわけでもないだろう?」
「ブライトさん・・・。」
「立ち話もなんだ、展望室で少し話そう。レーン、おまえも来るか。」
「はっ!」

 

こうして我々は場所を変えて、少し話すことになった。

 

※※※

 

展望室へ着くと、ちょうどそこにシャア・アズナブルが座っていた。
そこに我々と逆の方向からアムロが歩いて来るのが見えたので、私とキラ、レーンは陰に隠れてしばらく様子を見ることにした。
アムロはシャアの横に座ると、しばしの沈黙の後で話し始めた。

 

「どうして俺に判断を委ねようとしたんだ。」
「この世界に1人しかいないと思った時、本当に死のうかと思った。・・・だが自殺ではララァはあってくれないと思った。」
「・・・どうして俺に判断させようとした!!!」

 

アムロが怒りで顔を歪める。シャアは冷ややかというより、特に感慨を湧かせた様子はない。

 

「逆に聞きたいな、貴様は私を自分以外の人間に裁かれる事を許容できるのか?私は貴様が私以外の人間に討たれることなど、絶対に納得できないが。」
「!?」
「確かにあの場ではブライトが判断するのは妥当ではあると思うがな。正直に言って少し失望したよ。」
「ちっ!だが、俺に殺されに来るならある意味自殺じゃないか。ララァがそれを認めるとは思えないが。」

 

アムロは売り言葉に応じた形だったが、ララァという単語はシャアには簡単に流すことができる言葉ではなかったようだ。

 

「・・・貴様がララァを語れると思っているのか。」
「・・・今の貴方よりかは語れるさ。」

 

互いのどちらの方がたち悪いと思っただろうか。ここからでも一瞬険悪な雰囲気が伝わってくる。アムロは頭を振り、改めて問い直す。

 

「貴方は俺が殺さなければキラやラクス・クラインといった若い奴らを導くと言うが、それをしてこの世界で何をする気なのだ?」
「導くという言葉は傲慢ではある。だが彼らの誠実な思いが世界を誤った方向に持って行かないようにすることは、ひょっとしたら私がこうしてこの世界に転移した意味ではないかとも思うのだよ。
私自身の贖罪としてな。それに・・・。」
「?それに、なんだ。」
「異世界に来てなお戦いの場に巡り合うと、改めて戦士は生きている限り戦うことが宿命だとも思ったのでな。」
「シャア・・・。」

 

アムロは何か思い当たることがあるようだ。

 

「さらに言えば、この世界で生きていく以上は、生きる者の責任を負うべきだと思うが?」
「なに?」
「ブライトは非介入と言っているが、その言いようは元の世界に帰れることを前提にしている。本当にできると思っているのか?」
「それは・・・。」

 

アムロも我々よりもこの世界にいる分、うすうす感じていたことだったらしく、反論できずにいる。私にとっても耳が痛い話だ。

 

「生きている者は生きているうちにするべき事がある。異世界といえどもな。それが死んだ者に対して責任を果たすことに繋がるはずだ。」
「・・・今の貴方にそれを言う資格はない。貴方は地球という人類だけじゃない、生きとし生けるものにとっての故郷に許されないことをしようとしたのだ。」
「その母なる地球を汚し続けたのは誰だ?地球の連中はアフリカ大陸の半分が砂漠になった現実も見えず、大地に居座り続けたんだぞ。」
「それは一年戦争とその後の混乱だとも考えられないか?シャア・アズナブル。」

 

私は少年と青年を残して、議論に加わることにした。私も言いたいことは山ほどあるからだ。

 

「ブライト・・・」
「貴方の言うことはわかる。だが、一年戦争で人類が宇宙移民した意味を失わせるほどの破壊がもたらされた事実を忘れてはならない。もちろんその後の混乱で連邦が迷走したことは確かだ。いや、だからこそ私が貴方に対して我慢ならないのは、エゥーゴを捨てたことだ。ティターンズを倒し、議員たちの意識も動かすところまでしておきながら、なぜ全てを捨てたのだ?あの段階で体制の改革はできたはずだ。その後の混乱だってそうだ。ペズンの反乱があったとはいえ、エゥーゴが君という指導者の下で連邦軍の残存戦力を糾合していれば、第1次ネオ・ジオン戦争は早期に収束できた。ダブリンにコロニーも落ちなかったさ。」

 

シャアは私から目をそらして窓の外を見ると、しばし沈黙した後に語り出した。

 

「・・・いくら希望を見いだしても、地球の重力に引きずられた人々のエゴに全てが押しつぶされて、刻の涙が止まることがないということを思い知らされたからだ。」
「カミーユのことか?」

 

アムロが問う。シャアは黙ったままだ。アムロが続ける。

 

「見捨てない選択もあったはずだ。貴方はあのときそれをしなかった。それだけで地球連邦政府を批判する資格があるのか。カミーユは貴方の言い訳の道具ではないはずだ。人類に絶望するには早すぎたんだよ、貴方は。」
「アムロ・・・。」
「だから隕石を落とす貴方が許せないんだ。貴方はカリスマもあり、スペース・ノイドを導ける存在だった。ああいった形でなくともな。エゥーゴでそれはできたはずだ。」

 

17年前にアムロはダカールで彼に期待したのだ。政治的な人間でない自分ではできないことを、ジオン・ダイクンの忘れ形見という政治的サラブレッドである彼が連邦を変えてくれると信じたのだ。もちろん私もそうだ。

 

「もしエゥーゴの背後にいたアナハイムを嫌悪したというのなら、それは潔癖すぎるな。俺が言うのもなんだが、ウォンさんのように利権だけじゃない気持ちで動いた人だっていたのだ。それにこれは俺にもいえることだが、貴方は大衆を知らなさすぎる。シロッコやハマーン・カーンもそうだった。あの時代に自分の野心を展開した奴らは大衆を俗物と見下したが、世界は今を生きることに一生懸命な、その大衆が支えている事をわかっていない。」

 

シャアは沈黙している。我々の話に対してどう感じているのか、彼の表情からは読み取れない。

 

「シャア・アズナブル。貴方は本当にアムロとの決着に勝利して、世界をどう導こうとしたのだ。」

 

かつて轡を並べて戦った男は、しばらく沈黙の後に語り出した。

 

「私は人類がニュータイプになるには、まずそれを阻害する存在を排除しなければならないと考えたのだ。人々が覚醒すれば世界は変わる。その土壌を立てる人柱になろうと思ったのだ。
地球を寒冷化させ、人々を宇宙に上げる。その後のことは別の者がやってもいいとも考えていた。地球を寒冷化した人間が統治者として君臨することに問題を感じる人々もいるだろうからな。だがそうした不満を抑えてなお、ジオンの後継者として私が行動を許されるのであれば、宇宙に軸足を置いた国家を築ければとは考えていた。正直に言えばその辺りは地球を寒冷化させてからの話であると思っていた。」

 

その言葉にアムロは不満を隠さない。

 

「ニュータイプは万能者でも超能力者じゃない。貴方は重力に縛られた人々のエゴを卑下したが、貴方自身がエゴの固まりとなり、ニュータイプであろうとするエゴにとらわれていたのだ。」
「それを貴様が言うのか?アムロ。」
「俺は貴様ほど急ぎすぎちゃいない。ニュータイプは殺し合う道具ではない。そういったのはララァだ。貴様もア・バオア・クーで聞いただろうに!」
「・・・貴様はそのララァを殺したんだぞ!」

 

シャアが立ち上がる。

 

「だから、6年前に貴方に諭され、俺は努力したつもりだ!それは俺が生涯背負わねばならないことだ。だが貴様のやったことはなんだ?」
「・・・。」
「エゥーゴに参加せずとも、アクシズでハマーン・カーンを正しく導くことだってできたはずだ。貴方は果たすべき事から逃げたんだよ!!」
「アムロ・・・。」
「結局我々はニュータイプからほど遠いな。」

 

自嘲を込めた私の言葉にかつてニュータイプの有り様を示したはずの2人はうつむき、沈黙が辺りを支配する。しばらくしてアムロが口を開く。

 

「シャア、貴方は今ニュータイプをどう思う?」
「・・・。」
「クェス・パラヤをマシーンにした貴方に聞きたい。」
「・・・。クェスには素養があった。あの感覚はニュータイプ的な思考だと考えていた。貴様の言う通りだ。ニュータイプは正しいものの見方と感覚を有する人間だ。あの子にはそれがあった。」
「そこまでわかっていながら・・・なぜ貴方は・・・。」

 

クェス・パラヤ、ハサが殺した少女か。私は息子の死の原因を思い、沈黙して平静を装っていた。そこに若いバイタリティに溢れた声が割って入った。

 

「いい加減にしろよ!!」

 

レーン・エイムだ。キラ・ヤマトはレーンを押さえていたようだったが、彼には押さえきれなかったようだ。
無理もない、レーンは怒りの表情を見せている。

 

「人類の革新を説き、地球を寒冷化させてまで人類を宇宙へ上げようと考えたほど人が、こうまで情けない人だったとは!!」

 

レーンと異なり、キラは若干場違いな気持ちを持っているように見える。確かにここまでの会話はキラにはチンプンカンプンだろう。

 

「貴様は?」
「地球連邦軍のレーン・エイム中尉だ!」

 

シャアはレーンを見定めているようだ。だがレーンにはそれをさせる気もなかった。

 

「そうやって大人を演じて見せても、やっていることがガキなんだよ!」

 

そういうとレーンはシャアにストレート・パンチを浴びせた。シャアは吹っ飛ばされる。

 

「「レーン(さん)!!」」

 

アムロがレーンを押さえ、キラ君がシャアを起こす。

 

「これじゃあんたを真似て死んだ奴が浮かばれない!」

 

レーンは私に気を遣っているのか。真似た奴とは、マフティー・ナビーユ・エリンを言っているのだろう。
私は場違いにも彼の行動にうれしさを感じてしまった。シャアは顔の湿布がずれてしまっている。
彼はキラの助けで起き上がり、レーンを見て羨望も込めながら言う。

 

「若いな。それに資質もあるようだ。」
「貴方だって30半ばくらいでしょうが。そうやって達観しているから人を見下せるんだ。」

 

一同がレーンを見る。

 

「それに大人ぶる奴は女にこだわりすぎる。亡くなった女の魂に縛られて怨念返しをアムロ中佐にするのか!
そんなのはニュータイプとか強化人間とか関係ない、ただの人間だよ!!どこにでもいる普通のな!それがよくも革新なんて語れる!」

 

レーン自身もシャア・アズナブルには思うところはあるだろう。我々の世界にで彼に憧れや希望を持つ若者は少なくない。
ハサがそうだったように。彼もその1人だったのだろうか。洞察できない私はオールドタイプということか。
私は心の中で苦笑した。そうではない、私はこの青年の全てを深く理解できるほど話していないからだ。けれども彼の若い情熱を私はまぶしく感じた。

 

「新しい時代を作るのは老人ではない、ということか。」

 

シャアはそう漏らすと、私に向きを変え語り出した。

 

「・・・ブライト、私も魂が縛られている俗物のようだ。すぐに切り替える事は出来ない。だがこうして若い世代から活をもらった。そして全てを失った私にもまだできることはあることがわかってきた。できる限りのことをしていくつもりだ。艦長の言うように行動で示していきたい。」

 

彼とは今後も話していく必要はあるだろう。だが今はかつて友だった男を受け入れ、共に行動していきたいと思えるようにはなった。だからこそ友だった頃の名で呼んでいきたい。

 

「そうか、あてにさせてもらうぞ。クワトロ大尉。」
「了解だ。艦長。」

 

そして、アムロ・レイもシャアに言う。

 

「貴方の全てを信用したワケじゃない。だが若い奴に入れてもらった活を受けてなお変わることができないなら、そのときは俺が殺させてもらう。」
「いいだろう。おまえに殺されるなら不満はない。」

 

そこへ副官のレーゲン・ハムサット少佐がやってきた。彼はこの取り合わせに少なからず動揺を見せた。少し震えた声で、ラー・カイラムへ戻れる旨を報告してきた。
私はキラ君に友人たちとフラガ少佐を呼んでくるように伝え、アムロとレーンを連れてデッキに向かうことにした。シャアも自室に戻ると言って途中まで同行することになった。キラ君と別れた後で、未だノーマルスーツの彼に軍服について話した。

 

「軍服は赤くするかな?大尉?」

 

その言葉にアムロたちから笑いがこぼれる。シャア、いやクワトロ大尉はアムロとレーンの軍服を見て言った。

 

「そうだな、そうしてもらおう。」

 

私もその言葉には苦笑させられた。クワトロ大尉は服の話の後で別れ、我々はデッキへと向かう。途中のエレベーターで、私は思い出したようにレーンに謝意を述べた。

 

「レーン、・・・ありがとう。」
「いえ。」

 

レーンは何に対する謝辞か理解し、照れてうつむいていた。それを見て私とアムロは若者に純粋さを好ましく、そしてうらやましく思ったのである。

 

※※※

 

下駄でラー・カイラムに戻ると、我々はまず医務室へと向かった。トール・ケーニヒに会うためである。医務室に入ると、トール・ケーニヒとニコル・アマルフィがボードゲームをしていた。どうやら軍人将棋のようだ。
ハサン先生が負傷者の退屈しのぎにボードゲームをそろえていた事は覚えていたが、ずいぶんマニアックなものをやっている。

 

その周りを若いパイロットたちがやんやと囲んでいる。よく見てみると、チャールズ・スミス中尉がホワイトボードにレートを書いている。さては賭をしているな・・・。スミス中尉は私に気付くとホワイトボードに何か書きながら、「司令!」とわざと声を上げて皆に注意を喚起してみせた。パイロット連中はいつもの1.5倍ほど慇懃に姿勢を正して敬礼してきたので、私は後でこいつらにおしおきをすることを決めた。

 

トール君とニコル君もばつが悪そうな表情を見せる。だがミリアリア・ハゥが泣きながらトールに抱きつくと、雰囲気は一変した。
生きていてくれた事への喜び、そして足を失った彼への悲しみでミリアリアはトールの首に腕を巻き付け泣き続ける。フラガ少佐も直接の上官として、生き残っていた事への感謝を述べた。友人たちも彼を囲む。穏やかな時間が流れる。けれども、しばらくするとトールとミリアリアの空気の甘さに、パイロットたちの間に死ね死ね団が持つ雰囲気が醸造されてきた。

 

「なんか段々喜ばしい気持ちが減ってきたのだが・・・」とトマス・パトナム少尉。
「アレおかしいな・・・僕の心に燃え上がるこの炎はなんだろう・・・」とチャールズ・スミス中尉。・・・そりゃ嫉妬だ。
「ははは、涙が止まりませんよ。」とシモン・イレーヌ少尉。他にも数名が嘆きの声を上げる。ついでにキラ君の友人であるカズイ・バズカーク二等兵もうらやましそうに見ている。だめだこいつら・・・。フラガ少佐も冷やかす。

 

「おまえら、医務室はお泊まりなしだからな。」
「す・すみません。」真っ赤になる両名を私は微笑ましく思った。

 

みんなが笑い合う中で、ニコル・アマルフィが素朴な疑問を口にした。

 

「ブライト司令。僕も先ほどの放送は見ていました。アークエンジェルもロンド・ベルに参加するのですか?」
「うん?そうだな、そういうことになる。」
「司令?この坊やは?」とフラガ少佐が訊ねてきた。
「そうか、君たちには紹介していなかったな。彼はニコル・アマルフィ、ブリッツのパイロットだ。ケーニヒ二等兵と同じ戦場で救助したのだ。」

 

その言葉にキラ君を始め、アークエンジェル・クルーは驚きの反応を見せた。

 

「はじめまして。・・・なんか変ですよね。」とニコル君。
「確かにな。」とケーニヒ二等兵。

 

この2人はここ数日の交流でパトナム少尉らも含めて親交を暖めていた。
元々この2人が視野狭窄というか、いわゆる原理主義的な感覚と無縁であったことも親交を暖めることができた理由だろう。
そんなニコル君を見てフラガ少佐が、ザフト兵ディアッカ・エルスマンを捕虜としていることを思いだし、私に伝えてきた。
彼の捕虜の話を聞くと、ニコル君は驚いた表情を見せた。私はもはや捕虜扱いすることもどうかと思ったので、後でラー・カイラムに移送するように指示した。

 

「ともかくめでたいから飲みますか!」とスミス中尉。
「君たち!ここが医務室であることを忘れすぎだ!!」

 

ハサン先生の怒りはもっともだが、我々はその怒りが滑稽で部屋は笑いに包まれた。結局士官食堂でそこにいた面々は朝まで飲み明かすことになった。ちなみに翌日、賭博の容疑がある参謀とパイロットたちには睡眠を許さず、『私は賭博をしてしまいました』のボードを首に掛けて、甲板をデッキブラシで掃除する事を指示しておいた。

 

※※※

 

ひもじい思いをしながら、艦隊は数日後にオーブへと到達した。それというのも、本来2000名程度の食料しかないところに1万人がひしめいているのだ。水上艦の保有食料を考慮しても圧倒的に足りない。
そのため先日の飲み会で食料を消費したことで、私も補給参謀から説教を受ける羽目になったほどだ。
到着まで私の食事の量が、パン1枚(ジャムやバターなし)とコーヒー1杯だけだったのは疑いなく補給参謀のお仕置きだろう。

 

入港の際にオーブ側は出港時よりも数が増えたことに、少なからず驚いていた。
到着すると我々はすぐに先の会議で検討した案件等をアスハ前代表と協議した。会談には先任参謀と各艦艦長並びにハルバートン提督、フラガ少佐、ヤマト少尉とクワトロ大尉が出席した。
オーブ側ではウズミ氏の他に、カガリ・ユラとユウナ・ロマ、ロンド・ミナが並ぶ。

 

「セイラン弁務官も了承していることです。手配しましょう。」
「感謝します。」
「いや、我々としても先の技術供与は我が国の国防上有益であった。今後とも協調関係を続けていきたいから当然だ。」

 

ロンド・ミナはウズミ氏が答えるより早く発言した。彼女はまるで前代表を牽制しているようにも見える。

 

「特にSFS技術は我が国の戦術を格段に広げるだろう。我が国にも同様の方法を研究していた技術があったのだが、こちらの方が安価である事は疑いない。今後も様々な技術の供与をよろしくお願いする。」

 

言い回しは鼻につくが若く才能を自負する輩はこんなもんだろう。ロンド・ミナはその後いくつかの技術供与を求めたが、それについては即答できない旨を伝えて切り返した。彼女の話が終わると、ウズミ氏が次の話を切り出した。

 

「ブライト司令、ひとつ残念な知らせをしなければならない。」
「なんでしょうか?」

 

前代表の知らせとは、我々の一番の目的に関する調査報告である。
結論から言えば転移作用の原因は不明であるということだ。
あまりおおきな期待を持っていないとはいえ、突きつけられるとやはり失望を禁じ得ない。
調査した科学者の話によると、同じような出来事を実際に観測しないと難しいそうだ。無茶を言うなと思う。

 

「これについては今後も調査するが、どうするね?これから。」
「と、申されますと?」
「君たちはいつまでこの世界に関わらずに、根無し草を続けるつもりなのかね。」
「は?」

 

発言の真意はなんだ?

 

「アラスカを見てなお、君たちはこの世界のあり方に対して疑問を持たないのかな。
連合、いや大西洋連邦は君たちが見たやり方を以て、世界を救いようもない殲滅戦に導こうとしている。
例の事件後に中立国に圧力を掛けてきている。協力しなければ敵対国と見なすとな。無論、我が国にも。」
「奴らはオーブの力が欲しいのさ!」とカガリ・ユラが毒づく。

 

前代表は連合政府のニュース画像を我々に見せる。大西洋連邦国防相のブライアン・ヴァン・トソンが愛国心に溢れる高邁な演説を行っている。政治家が『歴史的』なんて言うとろくなもんじゃ無いな。
それにしても改めて思うのは、コーディネーターに対する差別的な発言が失言にならないことに、この世界の人種対立が深刻であると感じる。最も政治家やマスコミによる情報操作でもあろうが。それにしても前代表の意図はなんだ。我々を取り込む気なのか、それとも連合に合流させないようにするための牽制なのか。

 

「ご存じの通り、我が国はオーブの理念と法を守る限りにおいて差別なく暮らせる国家だ。
そういった国はもはや少ない。特に法の下での平等は、18世紀に市民革命を経験して以来、それを乗り越えて来たはずなのにな。
キラ君やカガリがコーディネーターであったりナチュラルであったりするのは、本人に責任があるわけではないのにな。」
「そうですね。」とキラ君が応じる。

 

カガリはキラと目線を合わせる。彼女は少し照れている。確かに入港直後にキラに抱きついたらしいから、ばつが悪くもあるのだろう。代表の話は続く。

 

「遺伝子操作に対する倫理的な問題ではなく、現実に存在する生命に対して国家がなにか制限を掛けること自体が誤りなのだ。だからこそコーディネーターを悪と断じて排除しようとしている現在の大西洋連邦が主導する連合に参加することはできないし、容認することもできない。」

 

言っていることはわかる。それで我々に何を期待するのか。私が意見を言う前にフラガ少佐が発言する。

 

「閣下、おっしゃりますがそれは理想論であるし、戦争の原因はそれだけではないと思いますが。」
「そうだ。だが大西洋連邦はそうした問題を人種問題に集約させようとしている。それが問題であるのだよ。そのような世界でいいのか。このままでは取り返しの付かない事態を招きかねない。」

 

だからどうするつもりなのだ。我々に望むのではなく、自分たちがどうすべきかが問題のはずだ。

 

「それで、ウズミ様はどう思っておられるのですか?」

 

キラ君が質問する。彼が何を思って問うたのかはわからないが、この質問は核心を突いたものだ。

 

「このままでいいわけがない。そして我が国には力がある。それを飾っておける状況ではないと思う。」

 

ロンド・ミナやセイランはやや批判的な視線を見せる。さもあろう。

 

「だから君たちにも問いたい。今後も君たちには連合から協力要請があり続けるだろう。どうするつもりなのかと。」
「閣下、それは前にもお話したはずです。我々は異邦人です。この世界に対して責任を負う立場にありません。
そうした集団が世界のありように介入することなど、できませんし、してはならないと考えています。」
「だが今回貴艦隊は亡命者を受け入れた。それによってこの世界に責任が生じ始めたのではないか。」

 

痛いところを突いてくる。

 

「人道的な見地に立っただけです。それ以上の意図はありません。
ですが失礼ながら、そこまで世界を憂いておられるならば、貴国こそ中立国という立場を生かして積極的な調停を推進すべきではないでしょうか。」
「そうですな。もちろんその努力は惜しまない。だが君たちはどうだ。君たちは帰る当てがない。しばらくはこの世界と付き合っていかなければならない。
こうした現状に対して思うところはないのか。もちろんどう考えるのも諸君の自由ではある。見極めて欲しい。」

 

先日、クワトロ大尉がアムロに指摘したことだ。帰れないのであれば、どこかで生活しなければならない。
だが現実問題として自分たちの領土は艦隊のみだ。軍事物資どころか、食料や水すら、輸入しなければならない。
今後もオーブに寄生しながら行動せざるを得ないのだ。ウズミ氏の問いは我々への協力を遠回しに望んでいる。

 

「・・・今も申し上げたように、我々は介入するつもりはありません。もちろん自律性を捨て貴国に合流する気もありません。」

 

特に後者は何があろうと譲ることはできない。我々は自分たちの意思決定を他者に委ねることは断じて回避しなければならないのだ。ウズミ氏には予想通りだった反応であったらしく、それほど意に介したようではなかった。ところが次の言葉は私にとっては予想のはるかに超えた申し出でだった。

 

「そうであろうな。だがいつまでもこの世界において我が国に依存し続けるつもりもありますまい。そこでだが、我が国は君たちに住むべき大地を提供する用意がある。」
「なっ!」

 

その場にいた全員が驚く。一番驚いているのは令嬢のカガリ・ユラだ。席を立って叫んでいる。私も絶句した。

 

「もちろん。条件がある。それは貴国が保有する全技術の無条件供出が条件だ。
その条件を呑むのであれば、我々オーブ政府は修復中のスペース・コロニー、ヘリオポリスを貴国に割譲する用意がある。」

 

唖然とする一同の中で私は即答しなかった。いや、できなかったのである。

 

※※※

 

会談終了後、我々はまず原隊復帰を希望する連中の移送手配と損傷の修理等に忙殺されることになった。
連合のペロー外務参事官に連絡したところ、まずはユーラシア所属兵を優先して対応してくれるとのことだ。
というのも今回の件について陸軍戦力は戦死したロストツェフ少将の指示という形で処理されているので、脱走としては処理されていないからだ。
ペロー氏はユーラシア軍本部へ話を回し、案件は迅速に処理された。連合軍本部ではなくユーラシアの軍に話を回す辺り、複雑な事情が垣間見える。
それを処理するペロー氏もできる人物のようだ。ただ同氏は海上戦力に関して時間が欲しいそうだ。これは艦隊司令のハルバートン提督が亡命していることが大きい。
ユーラシアと外務省の方で調整しているそうだ。大西洋連邦所属兵については、ホフマン大佐がペロー氏と協議しているが、しばらく時間がかかるようだ。
プラント政府は関しては、いまだアラスカの敗北で混乱していて、後任大使が決まっていないので、案件は受理するが解答は待って欲しいとのことである。
どうやら救助者の引き渡しにはまだ時間がかかるようだ。

 

ウズミ氏の提案については幹部も冷静に考えたいとの意見で一致したので、次の艦長会議に結論は先送りすることになった。
条件が条件だけに慎重論も強い。それにしても辛辣なカードを切ってきたな。さすがはオーブの獅子ということか。
あるいは国内の意見かもしれない。これは場合によっては将兵にも意見を聞く必要がある。

 

正直に言って頭が痛い。艦長室で私が頭を抱えていると、副官のレーゲン・ハムサット少佐が紅茶を持ってきてくれた。

 

「司令、大丈夫ですか?」
「あまり大丈夫ではないな。」

 

私は苦笑いを見せる。

 

「ともかく今日は例の件は考えないようにする。他にやることが山ほどあるからな。」
「そうですね。そうだ、先ほどユウジ・アスカ氏が修理の件でトラジャ・トラジャ大尉に会いに来ていましたよ。どうです、息抜きにといったら失礼ですがお会いになっては?」
「ありがとう。このお茶を飲んで、今書いている書類を書き終えたらそうさせてもらう。」

 

※※※

 

MSデッキに向かうと、ユウジ・アスカ氏は部下のタロウ・サナダ氏とトラジャ・トラジャに修理についてぼやいていた。

 

「いい加減にある程度教えて頂かないと、代用品を作るとしても完全なものを作れない。技術屋としても完璧な仕事にならないから不満ですよ。事情はわかりますが信頼して頂きたいものです。」
「申し訳ありません。私は貴方個人を信頼していますが、我々に対する好奇心は貴方の誠意をかき消していますから。」
「!ブライト司令、ご壮健で何よりです。」
「アスカさん、お子さんたちは元気ですか?」
「ええ、息子たちも会いたがっていますよ。」

 

とりとめのない会話から本題へと移る。

 

「アスカさん。今も言いましたが、貴方個人ではなくオーブという国家が我々に対して抱く好奇心を私たちは警戒しているのです。申し訳ありません。」
「それはわかる話ですが、艦船の装甲については開示して頂きたい。これでは水上艦はともかく、ラー・ザイムとラー・エルムは安易な代用品とは行きますまい。」

 

確かにそうだ。艦船の安全性が落ちることは、我々の存在そのものを危うくする。

 

「・・・わかりました、艦船の装甲については我々の生命に関わるものです。会議にて相談した上で、お伝えできるように努力しましょう。」
「感謝します。司令。」

 

ユウジ・アスカ氏は謝意を述べると、トラジャと歩いて行く。ハムサットは確認してきた。

 

「よろしかったのですか?」
「実際、艦艇を失うことは我々にとっては死を意味している。武器ではないしやむを得ないだろう。あとでジョバンニとジェームズに伝えないとな。損傷しているのは彼らの船だ。」
「そうですね。」

 

こうして我々はオーブにて、とりあえず落ち着いたものの、新しい難題をいくつも抱える事になったのである。

 

2週間後、連合軍パナマ基地のマスドライバーが破壊されたというニュースが届いた。
これにより連合軍は全てのマスドライバーを喪失したことになる。この一件は戦局を新たな段階に向かわせることなるだろう。
私はその知らせを聞くと、今後進むべき道を思うと胃痛と頭痛がしてきたので、薬をもらうために医務室へ向かうことにした。

 

第19話「異邦人の苦悩」end.

 

 

次回予告

 

「理想だけで民衆は支持してくれると本気で思っているのですか?」

第20話「君主国の論理と大国の論理」