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Last-modified: 2010-03-02 (火) 22:39:21
 

失いし世界をもつものたち
第27話「プラント動乱」(後編)

 
 

「シーゲル・クライン前議長が暗殺されただぁ!?」

 

 スミス中尉が思わず叫ぶ。こういっては何だが、彼が驚いてくれると我々は沈黙を守れる。もっとも、このときは誰もが唖然とした表情であったけれども。
 もちろん一番動揺していたのが、プラント大使並びにザフト一行であった。ついでに言えば、先導をしていた艦隊の指揮官だったグラディス隊長も言葉を失っている。
 さもあろう。私はつとめて平静な口調で、プラント外務副委員長のステファン・リーに説明を求めることにした。彼は、混乱した状況で出迎えにくることができなかったカナーバ外相の代理である。

 

「今から1時間半前のことです……」

 

 ※ ※ ※

 

 シーゲル・クラインは、最高評議会に対して数日前に投げかけられた拡大ユーラシア連邦(E.F.F.)新首相・ランズダウン侯爵の和平交渉案に前向きに応じるべきであると主張していたそうだ。そもそも、この1ヵ月の間にシーゲル・クラインは、積極的に和平を推進すべきと機会あれば発言していた。
 そのことが国論を大きく2分したことは言うまでもない。それに対して強硬派は容赦ない批判を浴びせていた。
 曰く、今時大戦の開戦は誰が判断したのか。この戦線が膠着した責任の一端は、積極策を採らずに和平を招いたためであるとか。様々な批判が罵詈雑言のように叩き付けられていた。

 

 そのような批判に対して、クライン前議長はその全てを甘受した。そして、それを受け止めてなお和平策を主張してきたのである。
 前議長の和平策について、現最高評議会議長であるパトリック・ザラは、地球連合がそれに応じるわけがない。応じるような連中であれば、そもそも大戦は起きなかったと。
 このような議論が半ば平行線として続いていたのである。だが、その議論が行われている間の戦局は芳しい者ではなかった。
 アラスカでは作戦目的は果たせず、パナマ戦での勝利はその意義を上回る損失のためにかえって批判の対象になり、ここ1週間の世論は和平に傾きかけていた。

 

 そうしたところに事態は大きな変動を迎える。地球連合が事実上瓦解したのだ。さらにはその中で一気に強国となったE.F.F.が、独立を承認することも含んだ和平交渉を条件付きとはいえ提示したのである。ランズダウン侯の提案にともかくも声明は出す必要がある。
 当初、ザラ議長は、プラント側の問題点のみを打ち出すランズダウン案を一蹴しようとした。しかし、外務委員長のアイリーン・カナーバが、少なくとも独立に関して話し合う用意がある以上、一蹴すればこちらの政治的な敗北であると主張した。
 その意見にタッド・エルスマン厚生委員長ら閣内の中立派や和平派が同調したのである。

 

 そこでザラ議長は、交渉の可能性や情報の整理を行うためにランズダウン侯やスカンジナヴィア王国のリンデマン外相等、地球上の政府に強力なパイプを有するクライン前議長を有識者として評議会に招いたのだ。
 これには和平派も強硬派も少なからず驚くことになった。
 もっとも当人や閣僚、そして彼らをよく知るものにしてみれば、ザラ議長とクライン前議長は立場や思想こそ異なっているが、プラントの独立を達成する目的においては一致しているので違和感を覚えなかった。
 だがこの行動が、強硬派の一部には現政権が和平案に応じる様に見えたのだ。
 現政権は成立したときから、勝利することを至上の命題としている。にもかかわらず、乾坤一擲の作戦は失敗し、パナマは無力化したものの損害激しく、アフリカ戦線が敗色濃厚となっている状況だ。望む和平など得られるのか。
 そのような考えが働いたのかもしれない。この辺りは事件が来てまだそれほど経過していないので推測するしかない。

 

 そして、1時間半前に事件は発生した。午前中に行われた評議会の内容に関しては不明である。
 ともかく評議会が終わり、ザラ議長がクライン前議長を見送りにロビーまで出ると、そこに司法相マクスウェルの前妻である、ヴァレリア・マッケンジーがナイフを持ち出して両者に体当たりをしようとしたのである。

 

「あたしの息子を殺しといて!!今更綺麗事で終わらせないでよっ!!!」

 

 護衛が殺到して彼女はすぐに取り押さえられた。しかしその直後に、ザラ議長を囲んでいた護衛の1人が突然クライン前議長に振り向き、彼に目がけてに発砲したのである。
 合計6発が議長に命中し、貫通した弾丸は、後ろにいた護衛2名の命も奪った。

 

「馬鹿者め……」

 

 それが、シーゲル・クライン最後の言葉であったという。父を迎えに来て居合わせたラクス・クラインは、父の最後に泣き崩れ、次いで父親の遺体をかき抱くように泣き続けたという。

 

 半ば呆然とするザラ議長を尻目に、居合わせたラウ・ル・クルーゼ隊長が直ちに指示を出し、暗殺者は取り押さえられた。彼は大声で叫ぶ。

 

「このナチュラルかぶれが!!ざまあみろ!!劣等なあいつらと対等な交渉などできるなけないだろう!!戦争によってあいつらを根絶やしにすべきなんだ!!議長閣下!!目を覚まして下さい!!」

 

 にわかに閣僚達から怒気が挙がる。けれども、それ以上に大きく透き通るような声が、暗殺者に対して向けられた。ラクス・クラインが、涙を流しながら叫んだのだ。

 

「それでは人類に未来はありません!なぜ、同じ人として生きていこうとしないのです!」

 

 彼女の叫びは、最高評議会ビルの前に悲しく響いたという。我々にそれら一連の出来事を話す、リー氏は彼女の叫びに心から胸が痛んだという。

 

 ※ ※ ※

 

「以上の出来事が、わずか2時間ほど前に発生したのです。ともかく当方が、皆さんを受け入れられる状況にありません。
 少なくとも1両日中は、待って頂けないでしょうか?もちろん、ホテル等の手配は全てこちらが行います」

 

 各々が目を合わせあう。ウィラー中佐が、基本的なことを確認する。

 

「副委員長、我々に関することと、議長の暗殺についての報道はどうなっているのか?」
「皆さんの件は、失礼ですが大使一行の安全が確認されてから、正式に発表するつもりでした。よって市民は一切知りません。
 またクライン前議長の件は、クルーゼ隊長が進言し、厳重な報道管制が為されています。
 生中継は許可しなかったので、映像は全て押さえました。けれども正式発表がいつになるか、私も正確なところは解りません」

 

 特に嘘はついていないようだ。起きた事実に精神がついて行っていないのかもしれない。

 

「副委員長、我々としても余りにも唐突すぎる。2時間、いや1時間ほど時間を頂きたい。ホテルに厄介になるか、艦に残って状況が落ち着くまで出島の外にいるか、対応を協議したい」
「当然であると思います。せっかく我が国に来て頂きながらこのような応対になってしまったことを心より申し訳なく思います。では、間を取り1時間半後でどうでしょうか?」

 

 このようなときに、人間性の一端を垣間見ることが出来る。彼は一定の誠実さと良識を兼ね備えているようだ。

 

「感謝します。副委員長閣下。それで、大使一行はどうされますか?」
「繰り返しますが、現状の我が方は対応出来る状態にありません。ハーネンフース君にも申し訳ないが、もうしばらくそこに留まって欲しい」
「わかりました」

 

 ハーネンフース大使は、顔色こそ悪いが努めて事務的に対応することで平静を保っているようだ。こうして我々は入港したものの、全くプラント足を付けることなく、会議室に向かうことになったのである。
 但し、アスラン・ザラだけはジャスティスの扱いがあり、同機体を基地に運んだ上で自分のオフィスで待機することになった。

 

 ※ ※ ※

 

「司令!!会談を延期すべきです!!大使らをここに搬送したことで、目的は果たしました。この不穏当な時期にあえて、プラント政府と協議する必要は無いと考えます!!」

 

 スミス中尉が進言する。彼の意見はもっともである。むしろ、こうした状況で慎重論を述べる役割を果たしてくれているかもしれない。

 

「そうは言うが中尉、まともにプラントのトップと接触出来るわずかな機会を棒に振るのか?」
「そこで得られるのもの対するリスクが大きすぎると申し上げているのです!!」
「リスクと言うが、我々はこの問題に全く関係がないぞ。特に問題とすべきではないのではないか。むしろこちらが過剰に硬化する方こそ危険だと思うが」

 

 ロングフォード艦長のハモンド中佐が反論する。

 

「ですが向こうは最強硬派の元首です。しかも、これまでの経緯を踏まえれば、穏健派はともかく強硬派が何をするかわからない!危険すぎます!」
「チャールズ、落ち着け。ですが司令、中尉の言うことも一理あります。会談場所をオーブで行ったように可能な限り我々の安全を確保出来る場所、例えばこの出島で行う様に提案してはどうでしょうか?」

 

 ウィラー中佐が、部下をなだめながら腹案を開陳する。私はそれに対する反論などを聞きながら、事態を確認する。暗殺者は単なる精神異常者だろうか。それはないだろう。
 暗殺者とその支援者達は、デコイ(囮)を用意しているし、さらには話を聞く限りはそのデコイに全員の気が取られるまで行動を取らなかったらしい。どうやらプラントにも反和平派がいるようだな。
 だが、その目的は何だろうか。今時大戦におけるプラントの最も基本的な目的はプラントの独立であるはずだ。ランズダウン侯爵の提案は、私がこの世界に来て知り得た提案の中では最も歩み寄りを見せたものだ。
 これを叩き台に妥協案は出来ると思うのだが、それを望まない勢力があるとするのであれば、スミス中尉の言う通りだ。さっさと帰還した方が安全である。だが、その勢力を見極めることは、今時大戦で大きなカギとなるのではないか。
 そこまで考えたとき、私は大きく頭を振った。なぜならば、いま自分が考えたことは、この世界の問題に積極的に関与する行為そのものではないか。
 私は状況に対応するといういつもの感覚で泥沼に嵌りかけたことに寒気を感じることになったのである。私が目前の議論に意識を戻そうとすると、右に座るアムロとキラが話しているのが目に入った。

 

「キラ、間違ってもいまラクス・クラインに会おうと不用意に出ていこうとするなよ」

 

 キラは驚いたようにアムロに顔を向ける。

 

「!?アムロさん、どうして?」
「顔に出すぎだ、ニュータイプでなくとも解るさ」

 

 キラは軽く頬を染める。

 

「今のおまえはロンド・ベルの一員なんだ。下手に入国しているところがバレでもしたら大問題になる。勝手な行動は全員の命を危険にさらす。絶対に動くなよ」
「……わかりました。でもラクスが心配です。彼女に接触する機会なんてあるのでしょうか?」

 

 アムロは、キラの質問に左手をあごに添えて、少し考えてから答えた。

 

「わからない。ともかくそのためには、プラントと協議を行わないとな。そうしないとコロニー内に入ることも出来ない」
「……そうですか……。よぉっし!」

 

 キラは意気込むと目の前の議論に参加した。

 

「あのっ!!」

 

 一同の視線が、キラ・ヤマトに集中する。

 

「どんな事情があるとしても、挨拶はしなければならないと思います。というのも、今回はオーブの時と違ってプラント側も僕たちを認めているからです。
 ですから、あまりこちらが露骨に警戒してみせるのは、かえって相手の対応を厳しくすると思います!」

 

ほう、私は少し彼の言い様に感心させられた。男子は三日会わなければ何とやらだな。

 

「それでどうすべきだね、ヤマト少尉?」

 

 ウィラー中佐が先を促す。

 

「よって、自分は十分に警戒した上で向こうの意向を受け入れ、プラント内での逗留を提案します!」

 

 一同が、彼の提案を首肯する。その場にいた者ですぐに発言した者はいなかった。
 キラが発言した驚きと、提案そのものをどうすべきであろうかという気持ちが半々だったと思う。最初に発言したのは、慎重論を唱えていたチャールズ・スミス中尉だった。

 

「少尉、そこは理解出来る。けれども我々にとって外交儀礼や慣習よりも生存権が優先されてしかるべきだ」
「それは先ほどウィラー中佐も言われたように、いくら何でも今回の事件を我々と結びつけるようなことにはならないと思います。仮にそういう人々がいるにしても、大使やアスランが証人となるはずです」

 

 スミス中尉が再度問いかける。

 

「仮に連中と会うとして、向こうのコロニー内まで行く必要があるのだろうか?」

 

 レーンが手を挙げる。

 

「そこはこちらだけでなく先方にも万全の警備を要請すればいいと思うな。我々が何か負傷した場合の責任になる」
「僕もそれは解るが、負傷ではすまない場合だってある。慎重に動いてしかるべきだ」

 

 その議論を聞き、どちらかと言えば協議を行うことに賛成していたハモンド中佐が、キラの提案を支持する。

 

「私はヤマト少尉の提案を支持する。細部は詰める必要があるがね。わざわざ艦隊を繰り出して宅配便をして帰るのも芸がない。この機会に我々の目でプラントの実態を知る機会ではないだろうか」

 

 対して、ガルブレイス中佐が反論する。

 

「私はスミス中尉の慎重論を十分踏まえるべきだと思う。ハモンド艦長、我々は異世界にいるという事実を踏まえるべきだ。そもそも我々はこの世界の問題に関わる理由がないことを忘れてはいけない」

 

 その言葉には説得力がある。私もその気持ちをまさに持ち直したところである。しかしながら、帰るあてもない現状では今後もプラント政府と付き合う必要が出てくるのだ。
 彼らのことを自分自身の目で確認する必要があるのではないか。私がそう考え始めたとき、クワトロ大尉がその考えを後押しする意見を述べた。ハモンド艦長が少し緊張した表情を見せる。

 

「私は各人の意見が、それぞれに妥当なものであると思う。だが、私もキラ君の意見を支持したい。理由は大きな視点で2つある」
「それは?」

 

 アムロが問いかける。

 

「第1にプラント側との外交チャンネルの確立だ。これは我々がこの世界に長居する事になる場合は、いずれ作らなければならない。ここで先送りすると下手したら戦争終結まで難しいことになる。
 第2はハモンド艦長が指摘したように、プラントに関する生の情報を得るまたとない機会だ。これまで艦長達は、プラントに関してバイアスのかかった情報しか聞く機会がなかったはずだ。そう、私の話も一同は完全な信頼を置けなかったはずだろう」

 

 その言葉は、シャア・アズナブルとしての自嘲が含まれていた。

 

「ゆえにだ、ロンド・ベルの正規のメンバー自身が、己の目で見極める機会として貴重ではないかと考えるのだ。それにな、ここで下手に過剰なリアクションをした方が、かえって向こうの疑惑を生むと思う」

 

 私は非干渉の方針と生の情報を天秤にしばし考えた結果、クワトロ大尉の言う第2の点から、プラントとの協議を決意した。

 

「よし、プラント内に逗留しよう。事実上向こうの監視に置かれることになるが、今だって楽観出来る状況にはない。もちろん、全員が一致している安全の確保は大前提である。
 万が一のためにも、我々がコロニー内にいるときは、艦隊を出島から出港させ即応体制を整えておこう。向こうも人目に付く港に正体不明の軍艦が数日もいる事は好まないだろう。オットー艦長、向こうに通信してくれ」
「了解しました。随員はどうしますか?」

 

 オットー艦長が確認する。

 

「そうだな、各艦艦長は動かすわけにはいかんだろうな。参謀諸君とアムロ大隊長以下、ゲストメンバーで行くことにする。何かあった場合、機動部隊はサイモン少佐の指揮で行動してくれ」
「わかりました」
「では解散する。各自支度を調えてくれ」

 

 全員が立ち上がり敬礼する。30分後、リー副委員長が、こちら側の条件を受け入れることを受諾することと、1時間後に彼自ら迎えに来る旨の通知を受けた。いよいよ、我々はプラントの内部に足を踏み入れることになったのである。

 

 ※ ※ ※

 

 エレベーターが高速に移動する中で、我々は初めてプラントのコロニー内部を見ることになった。プラントの内部は、かなり大きな空間であるという印象を抱く。
 これはひとえにシリンダー型と異なり、見上げると都市があるような構造ではないからだろう。少しでも地上のような感覚を得たかったのだろうか。さらに水場も整っている。
 シリンダー型では川と呼ばれるガラス部分が、ここでは本物の川であり湖であるのだ。シリンダー型では、中々出来ないことである。これは砂時計型であるからこその利点だが、空の部分から光を取り入れることが出来ることも自然に近い形を作っていると思う。
 窓の側でクワトロ大尉がウィラー中佐と共に、リー副委員長と今後の打ち合わせを確認している。特に協議の日程は早急に決める必要があるのだ。こういう場であっても、行った方がいい。その周囲には双方から編成された護衛が立っている。

 

 ちなみに我々の護衛は、ラー・カイラム警備主任のロドリゴ・ヴィーコ大尉が指揮する30名の臨時分隊を以て対応している。ザフト側の我々の警備は、引き続きグラディス隊が対応することになった。
 現時点では、あまり状況を知るものが増えることを望ましく考えていないのだろう。グラディス隊長は、我々に対して特に警戒しているようではなかったが、一応の壁をしっかり作っているように見えた。それなりに出来る人物との印象を受ける。

 

 私も大尉達と同じように窓越しに内部全体を見渡すと、改めてシリンダー型以上にコロニー内であることを感じさせにくい構造であることに関心を持つ。
 おそらくここで生まれたものが、側面部の見えないところで育ったとき、中央構造物がエレベーターと理解するまでは、コロニーに住んでいることが解らないかもしれないな。振り向くと、キラが椅子に座り悩んでいる様子が見えた。
 私は彼のとなりに座ると、目前に広がる風光明媚な町並みを眺めつつ、口を開いた。

 

「彼女に会いたいか?」

 

 私が具体名を挙げないことを、理解できたようだ。

 

「ええ、でも出来ないんですよね……」
「そうだな、君が彼女を心配するのは当然だ。だが、この状況下では難しいだろう」

 

 キラは俯く。アムロが気を利かせてグラディス隊長に質問をすることで、彼女を私たちの側から離れさせる。

 

「グラディス隊長、あの海についてですが……」

 

 アムロとグラディス隊長は、窓の側へと歩いて行く。レーンがアムロと入れ替わりにキラの隣に座る。

 

「彼女を取り巻く状況は、非常に緊張している」
「そうですね、どんな事態になるにせよ。僕らがその一押しをしては、厄介なことになる事は間違いない」

 

 レーンが同意する。キラも理屈では解っていても、感情では中々処理出来ないようだ。無理もあるまい。いうなれば彼女は命の恩人なのだ。それにしても心配なのは、穏健派が今回の件で激発しないかどうかだな。
 ラクス・クラインのような境遇の少女を悲劇のヒロインに仕立て上げて、お祭り騒ぎを考える馬鹿はいつの世にもいる。それに巻き込まれないためにも、協議は早いほうがいい。私は本格的に思索に耽けはじめる。
 その脇では、エレベーターが到着するまで、レーンがキラの色恋沙汰を冷やかしていた。

 

 ホテルに到着すると、各自が割り当てられた部屋と向かう。部屋がスウィート・ルームであることに驚かされたが、自分が勢力の代表である以上は当然の配慮であろう。もっとも、自分の人生でこのようなホテルに泊まったことなど一度もない。
 私は少々居心地の悪さを覚えながら、テレビのリモコンに手をのばす。全員に盗聴されていること前提として行動するようにと伝えてある。こういう場合は、音量を大きくして独り言も聞き取られないようにする方がいい。
 私がテレビを付けると、クライン前議長暗殺を最高評議会が公表しているニュースを放映しているところであった。なるほど、広間で客がテレビに食い入るように見ていたわけだ。
 ともかく、万事慎重に事を進めるとしよう。そのまえに、せっかくこういう場に泊まれたのだ。どういうサービスがあるのか確認してもいいだろう。私は小市民的な感情が芽生え、サービス・メニューを確認することにした。
 結局のところ、会談が実現するまで2日を必要とすることになった。ただ、その2日間は自分が経験もしたことがなかった部屋で、上流階級が如何に贅沢三昧をしているのか、その一端を知ることが出来たのだが。

 

 ※ ※ ※

 

 2日後、ホテルを出てプラント最高評議会ビルに移動した我々は、玄関でパトリック・ザラ議長の出迎えを受けた。当然ながら警備は物々しい。

 

「はじめまして、ブライト・ノア提督。最高評議会議長のパトリック・ザラです」
「ロンド・ベル司令のブライト・ノア准将です。このような状況下にもかかわらず、お会い頂き感謝します」
「いや、遠路来て頂きながら会談しないわけにも行きますまい」
「いえ、まずは貴国にとって偉大なる指導者であり、貴方の盟友であったシーゲル・クライン前議長に対して、心からお悔やみ申し上げる」

 

 ザラ議長は少し驚いたような目をしたが、頷いて弔意を受け取った。

 

「感謝する」

 

 こうして我々は、プラントの元首との直接交渉に入ったのである。会談は双方が抱える問題の確認から始まった。プラント政府は外相のカナーバが議論を主導し、重要なところで議長が発言してくるスタイルだ。
 こちらもウィラー中佐が発言の中心にさせている。

 

 まず我々が異世界から来たという件については、議長も含めて早い段階で理解してもらうことが出来た。これはクワトロ大尉と、彼がこの世界に来た時に乗っていたサザビーの脱出ポッドの存在が大きい。
 彼らはデータこそ吸い出せなかったが、コクピットのテクノロジーから自分たちと全く異なる者であることを理解したのである。

 

 次いで双方にとって最も障害となっている問題について議論となった。すなわち、数度にわたる戦闘とフリーダムの件である。戦闘に関しては、かなり強い口調で議論が交わされた。
 議長は元々非コーディネーターには好意的ではないのだ。けれどもカナーバ外務委員長の仲裁と、ザラ議長自身が、意外なことであったけれども、生存権を賭けた戦いをしてきたというスミス中尉の言葉に心を動かされたのだ。
 自らも同じ事をしてきたことに対する思いがあったのからかもしれない。そのうえで再び議長は私に問う。

 

「では、確認するが提督は我々と対立することは不本意であるというのか?」
「ええ、我々は自分たちの世界に戻る事が主目的であって、戦闘そのものは可能な限り最小限にしたいと考えています」
「……我々も本来はそうだったのだがな。血のバレンタイン事件で思い知ったよ。ナチュラルには話し合いに応じる様な知能を有している奴などいないとね」

 

 彼は深いため息を吐く。確かアスラン・ザラによると事件で妻を亡くしているという。そのことに対する怨念返しの側面もあるのだろうな。

 

「それにコーディネーターが突然変異でも亜種でもない、人間が進化した姿であると証明したいと思っている」

 

 彼のこの見解こそ、故シーゲル・クラインと最も相容れない点であったな。私自身も彼の言い様には違和感を覚える。けれども、それは我々の世界がニュータイプという概念を有しているからであろう。
 異を唱える類のことではない。だが、そのことが戦争を長引かせることに繋がっているのであれば、終着点が無くなるのではないか。脇でクワトロ大尉が不快な表情をしないよう努めている。アムロも同様だ。
 彼らにとっては好ましい人物ではないだろうな。ただ、彼は発言を避けている。彼はプラントにいた事情もあり、目立ちたくないと考えているようだ。彼はわざわざ似合わない付け髭まで用意して警戒している。
 私は彼らの、自分ものも含んでいたが、心情を代弁するように議論を投げかけることにした。

 

「閣下、差し出がましいことを承知で言わせて頂ければ、その人種対立的な発想そのものが、今時大戦の収拾を困難なものとしているのではないのですか?」
「提督、お言葉が過ぎますな」

 

 国防相のユーリ・アマルフィが、口を挟む。横でウィラー中佐が、これ以上は止めて欲しいという視線を送っている。確かにリスクは避けるべきだ。
 冷や汗をかく参謀に目配せをする。当のザラ議長は、特に不快には感じていないようだ。手を組み合わせてしばし目を閉じてから口を開く。

 

「……戦争は勝って終わらせなければ意味がない。今時大戦で勝利しなければ、我々に明日はないのだ。我々は勝つことで証明しなければならないのだ」
「……失礼した。議論としてはいささか脱線してしまったようです」

 

 私は、パトリック・ザラという男をアズラエル氏と同様に気難しい人間ではあるが、本質的に純粋な男だという印象を抱いた。ともあれ、こちらの生存権確保という主張が受け入れられたのである。
 これ以上和平に関する話をして、藪から蛇を出すこともあるまい。ただ、ヘリオポリスと今後交易する場合は、プラント側に10年ごとに継続を協議する事を条件に特恵関税措置を行うことになった。
 このくらいの譲歩はやむを得ない。そもそも、我々は輸入するほど余裕などない。もちろん問題を先送りにした形だが、これで対立を回避し安全を確保出来るのであれば高い投資ではない。
 何しろ我々は全人口併せても1万人もいないのだ。望んでもいないのに、2000万人を相手にまじめに戦争などしていられるか。

 

 しかし、議論はフリーダムに関する問題で再び紛糾した。プラント側はパイロットと機体の引き渡しを主張したけれども、こちらはパイロットを亡命者として扱っていると、断固拒否したからである。

 

「我々にとって、その期待は非常に重要な機体であるのだ!!!返還を拒絶するのであれば、これまでの合意は全て反故にしてもいいんだぞ!!!」

 

 アマルフィ国防相が怒気を発する。彼は穏やかな人物であったが、ニコル・アマルフィの戦死通知以後に強硬派になったと聞く。さて、そろそろカードを切るときだな。

 

「もちろん、貴国にとってフリーダムが如何に重大な機体かを理解しているつもりだ。よって、我が方はフリーダムとドレッド・ノートの返還をする用意はある。ただし、パイロットの引き渡しには応じない事が条件だ」
「不十分だ!!事件の前後関係を知るためにも、パイロットは引き渡してもらいたい!!!」

 

 司法相のマクスウェルがテーブルを叩く。先日の報道によると、前議長暗殺の発端となった女性の夫だった男だな。 そのせいで政治生命を絶たれようとしている人物だ。そのストレスも手伝っているのかもしれない。

 

「加えて、先日ガダルカナル島において救助した2名の兵士を機体と共に返還することで代案としたい」
「それが何の代案となるのか!?」

 

 アマルフィ国防相が口を挟む。

 

「兵士の名前はニコル・アマルフィ並びにディアッカ・エルスマンであるが、それでも代案たり得ませんか?」
「「なっ!!」」

 

 2人の父親が絶句する。これこそ彼ら2人には悪いが、我々にとってここまで押さえてきたカードといえる。これはハーネンフース大使が、我々を利用して地球を脱出することを持ちかけてきた際まで話が遡る。

 

 当時、大使は艦隊に乗艦することを目的にDNA鑑定をするといってすぐに報告をしなかった。それを逆手に取り、救助の事実をこの場まで伏せてもらっていたのだ。もちろん公式的には大使一行は、その事実を知らないことになっている。
 オーブ戦でのブリッツとバスターもロンド・ベル将兵が運用しているということにさせた。アスラン・ザラは、そういった駆け引きのやりように反発を覚えたが、オーブ戦における状況から妥協したのである。
 もちろん漏洩のリスクはあったが、オーブ戦以後の大使一行は通信出来る状況になく、実際に監視している範囲では疑わしい行動はしていない。私は2人を助けた経緯と治療の経過について全て話した。驚きを隠せない閣僚達の中で、銀色の髪を持った女性が口を開く。

 

「し、しかしそうまでして亡命者を助けたいというのか!?いや、そもそも交換条件などと、それが通ると思うのか!!」

 

 軍需相のエザリア・ジュールが、うろたえながら反論を試みようとしたのだ。だが、その意見を制したのはパトリック・ザラだった。

 

「もういい、エザリア」
「議長っ……!」

 

 軍需相が信じられない表情で議長を見る。

 

「不満ではあるが、我々も妥協すべきところは妥協していいだろう。提督はこちらの要求である特恵関税措置に応じた。さらにはほとんどパイプのなかった我々の同胞の要求を受け入れ、さらには兵士らを救助してくれている。
 対して彼らが主張しているのは、共存とパイロットの返還に応じないことだけだ。これ以上我々の意見をごり押しすることは、かえって傲慢なナチュラルと同じ事をしているようではないか。奴らと同じレヴェルになる事はない」

 

 この意見に外相ら穏健派だけでなく、アマルフィ国防相も同調を示した。かくて交渉は妥結に向かうことになった。議長にしてみれば、ロンド・ベルに大幅な譲歩を引き出したことで、事実上の勝利だと認識したのであろう。
 一方こちらとしては、キラとクワトロ大尉の引き渡しを防げれば勝利なのだ。内心の安堵感を表に出さずに、感謝の意を伝える。

 

「議長閣下、感謝します」
「たとえナチュラルであろうとも、話し合いに応ずるに値する相手であれば、議論することは当然だ。ただ当方としては、事件の事実関係に関して今後も真相究明を希求するものである。よってヘリオポリスでも構わないのでこちらの司法当局の尋問を要求していく」

 

 こうしてプラント側とは、フリーダムとドレッド・ノートの返還と大使一行並びにザフト兵の救助を以て、これまでの不幸な対立に幕を引こうという事で決着したのである。
 最終的な話し合いの結果、大使館一行は本日中に解放し、機動兵器は明日受領書と共に返還することになった。私は宇宙での安全が確保出来たことに、心の底から安堵したのである。

 

 ※ ※ ※

 

 会談が終わると議長から、大使一行と生存者の帰還を祝うささやかな式典に参加してくれないだろうかという要請を受けた。私は式典の参加を即答した。帰国するのは翌日となったし、無理に断る必要性もなく、何より交渉が妥結した安堵感が強かったことも大きい。
 慎重論を唱えてきた部下達も、あえて波風を立たせる必要がないと考えていたので、即答に異論は挟まなかったのである。会場は我々が泊まっている、アプリリウス・グランドホテルで行われることになった。
 我々は一旦ホテルで休んだ後に、その晩に同じホテルの大広間に集合した。会場の中央には、ハーネンフース大使ら帰還組が並んでいる。ニコルのところには、アスラン・ザラがいる。

 

「諸君らが無事に帰国出来たことを心から喜びとしたい。特にニコル・アマルフィ並びにディアッカ・エルスマンの両名は、本当によく生きていてくれた!」

 

 議長の形式的な挨拶の後、エザリア・ジュールが乾杯の音頭を取って会食は始まった。私達が固まってシャンパンを片手に食事を物色する。ヴァイキングよりつまんだロースト・ビーフを食べつつ、アムロに話しかけた。

 

「どうかな、雰囲気は?」
「ニュータイプはエスパーではないと言ったのはブライトだぞ? そりゃ政治家がこれだけいれば悪意は満ちあふれるさ」
「おまえにとって政治家は魔物か」
「天使には見えないさ」

 

 そこにアイリーン・カナーバ氏が話しかけてきた。その表情は私と同様にひと安心した風である。

 

「まだ、様々な問題で懸案はありましょうが、何とか前に進めることが出来て安心しました」
「同感です。今後はこちらから大使を派遣して貿易等の交渉に当たらせたいと思います」
「こちらからも貴国に大使を派遣したいな。共に宇宙で生活する仲間といえる。仲良くしていきたいし、大きい声では言えないが拡大ユーラシアとのチャンネルにもなって欲しい」

 

 私はコメントしようとしたが、国防相のユーリ・アマルフィと厚生相タッド・エルスマンが奥方を連れてやってきたのでうやむやになった。外相は大尉と離れていく。
 大尉の機転だろう。私はというと両名の母親の美しさに目を奪われた。美しさと気品を兼ね備えている。白状するが、妻やエマリー・オンス以来、久方ぶりに女性に見とれてしまった。全く不倫は良くない。自重すべきだ。
 いい年をして溜まっているのだろうか。私はそれをシャンパンが原因とすることにした。それにしても、両婦人に限らず、カナーバ外相やジュール軍需相ら女性達を見るとコーディネーターに対する羨望や嫉妬も仕方がないのかもしれないと思えてくるな。
 人は生まれながらに不平等であるとはよく言ったものだ。このようなことを考えるのも、少し安堵感から気がゆるんでいるのだろう。らちもないことを考えているとユーリ・アマルフィが、握手を求めてきた。

 

「提督、このたびは息子を助けてくれて本当にありがとう」
「いえ、彼らを発見したのは部下の功績で、手当をしたのも部下の功績です」
「ご謙遜をおっしゃるな、司令は」

 

 そこにユリウス・ハーネンフース大使が、黒髪の美少女を連れてやってきた。少女の方から挨拶を受ける。

 

「初めまして、シホ・ハーネンフースです。父を救ってくれて感謝します」

 

 簡潔だが心のこもった言葉に温い気持ちになる。それにしてもコーディネイターは、顔立ちが整いすぎているな。内心で肩をすくめる。私は当たり障りのない話をしながら、辺りを見渡し会場の様子を観察することにした。
 ニコル君は、幾度か世話になっているアムロとレーンを母親に紹介している。護衛の兵は、酒には手を付けず食事を物色していた。その中の何人かは、スミス中尉と何か話している。どうにも中尉は、いろいろな意味で人気があるようだ。困ったものだな。
 そこに、ザラ議長がラウ・ル・クルーゼ隊長を連れてやって来るのが目に入る。私はクルーゼ隊長の仮面にシャア・アズナブルを想起させ、にわかに笑いそうになってしまう。
けれども本人がいることや、国家元首である議長がいる前で笑うことは不適切であると思い、我慢することにした。

 

 その時である。帰還した大使館職員の1人が、突然銃を手に取りザラ議長に向けて叫んだ。

 

「パトリック・ザラ!!おまえがシーゲル閣下を暗殺したのだろう!!!!その報いを受けろ!!!」
「閣下!!!」

 

 SPと共にとっさに国防相ユーリ・アマルフィが躍り出る。そしてSPと彼に命中した。私は目前で、膝を突くアマルフィ国防相を呆然と眺めることしかできなかった。

 

「父さん!!!」
「あなた!!!」

 

 一同が唖然とする。SPだけが迅速にザラ議長を部屋から連れ出していく。クルーゼ隊長は銃を持った職員をその場で射殺した。そして私に対して大声で突然叫んだ。

 

「これは、どういう事かブライト・ノア提督!!」
「何!?」

 

 何を言っているのかがわからない。

 

「さては我々を安心させた隙を突き、プラントの首脳を消すつもりだったのか!!!」
「馬鹿な!!!言いがかりも甚だしいぞ!!」

 

 あまりも予想外の言いがかりに私は思わず叫ぶ。

 

「言い逃れるつもりか!!!現に帰還してくる大使館職員に工作員を紛れさせていたではないか!!!かまわん!!彼らを拘束しろ!!!」

 

 衛兵達が、我々を囲む。まずいな。レッドアラームが自分の頭に鳴り響く。ヴィーコが部下に警戒させる。

 

「Make ready!!!」

 

 護衛の全員が囲んだ衛兵にライフルを構える。

 

「待つんだ大尉!!!!こちらから発砲は絶対にするな!!」
「しかし艦長!!!!」

 

 あまりにも一方的な通告に、クルーゼの配下だった部下達は一斉に反発する。

 

「隊長!?」
「待って下さい!!」
「そんなこの状況だけで調べもせずに!」

 

 アスラン君とニコル君、そしてディアッカ君が、口々にクルーゼを諫める。

 

「君たちは洗脳でもされているのかね!!これは命令だ!!彼らを拘束しろ!!」

 

 どうする、この場でおとなしく捕まったら脱出は絶望的だろう。だが、ここで銃撃戦になっても泥沼だ。私は脂汗を流しながら打開策を考える。
 いまからネェル・アーガマに緊急信号を送って、戦隊がここに来るまでどれだけ奇跡的に迅速な対応が出来ても10分はかかるだろう。
 その時、檄鉄を挙げる音が耳に入る。その場の全員が、エメラルド・グリーンの瞳を持つ、父親を殺されかけた少年に目を向けた。

 

「……ブライト司令、ここは従って下さい!」
「「アスラン!!!」」

 

 キラとニコル君が同時に叫ぶ。

 

「僕は提督達が潔白であると信じています!短い間でしたが、信頼に足る人々と思いますし、何より父を……議長を殺す動機がない!!ですが!!!このままでは誤解によって無意味に血が流されてしまう!!」

 

 ディアッカ君もアスラン君に同調する。

 

「艦長!!ともかくこの場は従って下さい!!武装解除しないですむ方法だって……」
「ディアッカ!!何を言っているのだね!!武装解除が大前提だ!!!」

 

 クルーゼが即座に釘を刺す。

 

「アスラン!!一度でも提督達を容疑で逮捕すれば、オットー艦長達が黙っていないじゃないですか!!ここは彼らを帰還させ、そのうえで真相究明をすべきです!!!」

 

 ニコル君が、父親の亡骸の側で叫ぶ。その傍らにはその奥方が泣き崩れている。

 

「……どうやらニコル・アマルフィは造反したようだな!誠に残念だよ!!彼も拘束しろ!!」
「「隊長!?」」

 

 余りの事態に、その場にいた半数のプラント関係者は立ちすくんでいる。正直に言ってこの状況に心身共に対応出来ないのだろう。
 私とてどうしてこうなったのかが全く理解出来ない。それでも衛兵が律儀にニコルを拘束しようとして銃を向けて近づいた。

 

「ニコルっ!!!」

 

 キラがとっさに彼の元へと動こうとした。馬鹿者が、私も次いで反射的に動いてしまった。

 

「動くな!!!」

 

 クルーゼが銃をキラに向ける。私はその光景を見た途端に、ハサウェイが撃たれる場面がフラッシュバックした。

 

「ま、待て!!」
「司令ーーー!!!」

 

 私が反射的にキラを庇おうと前に出たとき、誰かが叫び右から何かがぶつかってきた。そして、床に倒れると同時に銃声を耳にした。

 

「ぬおっ!!」

 

 声の方に体を向けると、スミス中尉が肩を押さえて倒れていた。クルーゼの方も、グラディス隊長とその部下が銃を取り押さえている。

 

「落ち着いて下さい!!クルーゼ隊長!!彼らは非公式とはいえ国賓待遇者ですよ!!」
「ええい!状況を見てわからないのか!!!」

 

 我々はスミス中尉と亡くなったニコルの父親の周囲に集まる。ヴィーコ大尉が檄を飛ばす。

 

「方陣を組め!!!」

 

 我々を護衛が取り囲む。もう私とキラ以外で銃を構えていない人間は負傷した中尉のみである。くそ、なんてことだ。このままでは本格的にまずい。
 打開策も出てこないうちに緊張状態が続くかに思われた直後、突如ガラスが割れ、そこから風が吹き荒れる。何事かと確認するまえに煙幕が流れ込んできた。
 そして我々に対して呼びかける声がしたのだ。

 

「こちらに!!いそいで!!!」

 

 我々を救おうという連中がいるのか。どう考えても胡散臭いが、この場を離れることが最優先だろう。そして、ニコル君を見やる。気の毒だが巻き込まれた彼も一蓮托生だな。

 

「ニコル君、君も母上と共に我々と行動を共にした方がいい。この場に残るとどうなるか解ったもんじゃあない」
「……そう、ですね」

 

 ニコル君は、号泣する母親を揺さぶりどうにか正気に戻させようとする。

 

「母さん!!しっかりして下さい!!母さん!!!」

 

 私は、業を煮やして当て身でニコル君の母親の気を失わせた。

 

「ブライト司令!!!」
「すまない、状況が状況だ。」

 

 私は立ち上がって、半ば呆然とするカナーバ氏に声を掛ける。

 

「カナーバ委員長!!!我々は無実であるが、この場ではそれを主張する前に命の危険がある。よって我々は艦へと戻らせてもらう!!!!!!」
「まっ、待って欲しい!!提督!!!」
「総員撤収!!!!」
「「了解!!!」」

 

 号令と同時に、全員が駆け出す。ニコル君の母は彼が担ぐ。彼の体格を考え、私がしようとしたが、ウィラー中佐に止められた。冷静に考えれば当然だな。
 スミス中尉はヴィーコが担いでいる。後ろでクルーゼが発砲を指示しているのが聞こえたが、グラディス隊長が諫めていたので、ともかくその場を逃げることが出来た。
 部屋を出るとヘルメットから赤毛を忍ばせた若い兵士が、手招きをしている。我々に選択肢はない。そして、異常事態を知らせる緊急シグナルを、ネェル・アーガマに送ることにした。
 少なくともMSが来るまでは従わざるを得ないだろうな。我々は互いに頷き、走り出した。

 

 ※ ※ ※

 

 我々は全力疾走で階段を下りる。エレベーターでは待ち伏せの危険がつきまとうからだ。赤毛の兵士が、階段に立ちふさがる兵士に威嚇射撃をする。
 まだ兵士達には正確な情報が伝わっていないのだろうが、見た事もない武装した集団が走ってくれば警戒はするだろう。

 

「こういうときなんだが、自己紹介してもらえないだろうか?私は母親の遺言で知らない人にはついて行くなと言われていてね。特に銃で武装した人ははね!!」

 

 ウィラー中佐が、前方から銃を向けた兵士に牽制の射撃を加えながら尋ねる。

 

「ザフト軍、バルトフェルド隊のマーチン・ダコスタです!!!自己紹介が遅れてすみません!!!その他については後でお願いします!!」
「「バルトフェルド隊だって!!!」」

 

 ニコル君とキラが同時に叫ぶ。バルトフェルドという名は、確かにどこかで聞いた記憶がある。この世界に来てからのはずだ。
 だが、その時の私は会談に足下を見られないようにしながら目の前を警戒すること集中して思い出すことが出来なかった。

 

 2階に到達すると、バルコニーの階段でザフト軍同士が銃撃戦を行っている。どうやらダコスタ君の同僚らしい。

 

「副官殿!!!ご無事で!!!」
「あたりまえだ!!」
「そちらの方々が異世界からの?」
「そういうことだ」

 

 我々は呼吸を整える。人工重力でも、重力下の運動はそろそろ答える年齢だ。先ほど軽口を叩いたウィラー中佐は、息切れをしている。彼ももう若くはないうえに、参謀としての勤務が長いから仕方ない。

 

「スミス中尉は大丈夫か?」
「一応止血はしましたが、骨もやられています。早く医務室に連れて行くべきですね」

 

 ヴィーコ大尉が所見を述べる。彼の部下が中尉を気遣う。

 

「作戦参謀、死んじゃいやですよ」
「トム……」
「なんと言っても参謀殿には、さっき代金を払った『全裸紳士の冒険―突撃女子更衣室―』をもらってないですからね」
「おまっ……それを今言うか……」

 

 息も絶え絶えの中尉が、怪我以外の要因で顔が青くなっていく。

 

「へへっ!少しはどきどきさせないと駄目でしょ?」
「頭から血が下がるところだっ……たぞ……」
「守って見せますよ!中尉殿、ついでに『―混浴天国篇―』もいいですか?」
「……すきに……しろ……」
「やる気が出ただろ、みんな」
「「「応!!!」」」

 

 邪さを通り越したさわやかな返事だ。うん、とりあえず当分死なないな。私はダコスタ君に問う。

 

「さて、とにかくここから出られる算段はあるのか?」
「ええ、皆さんの呼吸が整い次第、行動に出せます」
「わかった。ヴィーコ!!スミスを頼むぞ!!そいつには生きて修正をしないといけないからな!」
「了解です、艦長!」
「勘……弁……して下……さい、司令……」

 

 その場皆が苦笑する。こういう時は笑って気持ちを紛らわした方がいい。

 

「それにしても、初訪問者を楽しませてくれますね」

 

 レーンが汗を拭きながら軽口を叩く。同感だな。私は弾丸の残りを確認する。その脇で、アムロはキラの持っている銃が安全装置を掛けたままであることに気がついた。

 

「キラ、銃のロックを外していつでも撃てるようにするんだ」
「アムロさん……僕が交渉を提案したからでしょうか?」
「今はそんなこと考えている状況じゃない。そんなこと考えながら行動していたらおまえが死ぬぞ。彼女に会いたいのだろう?」

 

 しばし俯いた後で、決意した表情を見せる。

 

「……はい!」
「おいキラ、無理に狙うなよ? MSと違って精密射撃なんて出来るほど、おまえは練習なんてしてないんだからな」

 

 レーンが、キラの心中を察してアドバイスをする。

 

「とりあえず体の中心を狙え、大丈夫だ。どうせ慣れていないんだ。反動で外れたところにあたる。生身の人間を殺すことに抵抗があるんだろうが、そんなこと言ってられないぜ」
「レーンさん……。わかりました」
「上出来だ」

 

 みんなの呼吸が整いかけた頃、クワトロ大尉がダコスタ君に質問をした。

 

「ダコスタ君、これだけは聞いておきたい」
「なんですか?」
「君たちは何がしたいのか?」
「そうですね、嫌いな脚本家の台本通りに進むのが、気にくわない困ったキャストとでも思って下さい」

 

 クワトロ大尉が私に目配せをする。まだ推測の域を出ないが、どうやら今回の会談をぶちこわしたい連中にまんまと乗せられたようだ。
 このままではすまさんぞ。私は怒りを隠さず各員に檄を飛ばす。

 

「各員無駄玉は使うな!味方が来るまで、何があるかわからんぞ!!」
「ではいきましょう!!」

 

 我々はダコスタ君が走り出した方向に駆けだした。

 
 

 ――第27話「プラント動乱」end.――

 

 

【次回予告】

 

 「私は理不尽な組織の暴力に対して抵抗の歌を歌います!」

 

 ――第28話「歌姫の出撃」――

 
 

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