~『人が人に罰を与えるなどと!』
~『私、シャア・アズナブルが粛正しようと言うのだ! アムロ!』
~『エゴだよ! それは!』
~『地球が持たん時が来ているのだ!』
~『地球は、人間のエゴ全部を飲みこめやしない!』
~『人間の知恵はそんなものだって乗り越えられる!』
~『私は、世直しなど考えてはいない! ……愚民どもにその才能を利用されている者が、言うことか!』
~『……そうかい!』
~『命が惜しかったら、貴様にサイコフレームの情報など与えるものか!』
~『何だと?』
~『情けないMSと戦って、勝つ意味があるのか? ……しかし、これはナンセンスだ』
~『馬鹿にして! そうやって貴様は、永遠に他人を見下すことしかしないんだ!』
シャア・アズナブルは、モニターに映るアクシズの破片と、青く光る地球の姿をじっと眺めていた。
「だいぶ流されたようだな……」
シャアは先ほどまで気絶していて、目を覚ましてみればこの状況だった。身の回りを包んでいたサイコフレームの光も無く、あの時感じた暖かさも消え、ひんやりとした感覚だけが残っていた。
シャアはコンソールにある通信機のスイッチを押そうと手を動かした。何故だろう。自分の腕が自分のものでないかのように重い。しびれたのかと思って、少しじっと動かずにいてまた行動に移したが、どうもそのようではない。
「……こちらサザビー。レウルーラ、聞こえるか? ……ナナイ、聞こえていたら返事をしろ」
結局それに構うことなく、シャアは回線を合わせてレウルーラに通信を送った。そんなこと今気にすることではなかったし、艦に帰るのが今は一番重要だった。
しかし、
「……?」
おかしい。通じているはずなのに、通信機から聞こえるのは「ザ~ッ」と、砂嵐の音ばかりが聞こえてくるのである。
どう見てもまずい状況だ。まさか、あの光にジャミング機能がついているとは思えないし、ミノフスキー粒子の濃度も、先ほどから0を指している。通じないわけがない。
「通信不可能な距離まで流されたと言うことか……。くそっ!」
横に漂っていたはずのアムロのνガンダムの姿も、もう何処にも見えない。回収されたのだとすれば、自分は見捨てられた事になる。しかし、このままこの闇の中で干からびるつもりは、シャアには毛頭無い。なんとしてでも、本隊と連絡を取らねばならなかった。
シャアは通信機器のチャンネルをあらゆるネオ・ジオンの艦艇に合わせたが、それでも音信不通だった。装置自体が壊れているのか確認するため、彼は重い身体をシートから離し、その反動を使ってコクピットの下部に降り立った。すると……
ジャリッ
「……!?」
明らかに場違いな音が聞こえた。此処は宇宙で、今はただの脱出ポッドと化したコクピットも密封されているはずなのだ。それなのに、
「……砂だと?」
シャアが踏んだのは、砂なのは明らかだった。しかし、何故こんなものがここにあるのか、彼には見当も付かない。
よくよく周りを見渡せば、コクピットの中は、小さな砂が舞い散り、今まで気づかなかった事の方がおかしいぐらいの状態になっていた。さらに、死んでいるはずのモニターが生きていることになぜ疑問を抱かなかったのだろう。
(いったい何だというのだ、これは!?)
不測の事態に彼が困惑していると、アクシズを囲むデブリ帯の向こうから、何機かのMSが近づいてくるのが見えた。
しかし、ギラ・ドーガでも、ジェガンでも、νガンダムでもない機体だった。不思議なことに、それは彼らのよく知る機体とあまりに酷似している。
「ザク……?」
そう、近づいてくるのはザクだった。しかし、何かが違う。シールドは両肩に装備され、それに巨大。背中には、ザクⅢを彷彿とさせるバックパックを装備している。
アナハイムに、あんな機体を発注した覚えは彼にはなかった。ザクは、両肩のシールドからアックスを射出し、銃を僚機に渡して敵意がないことを示すと、そっとサザビーのブロックを掴む。いわゆる『触れあい会話』である。
すると通信機から、陽気な青年の声が響いた。
「こちらザフト軍特務隊所属。ハイネ・ヴェステンフルスだ。生きてるか? パイロットさん」
機動戦士ガンダムSEED DESTINY IF
~Revival of Red Comet~
第一話
~シャアがハイネと接触する二十分ほど前~
「何だ、あれは?」
ギルバート・デュランダルは、不可思議な小惑星がある事に気がついた。
彼は今、ヴェステンフルス隊の演習に視察として同行していた。以前から予定していた区域での演習だったため、
彼以外にもブリッジで気がついた者がおり、皆が騒然となった。
このあたりはNJの影響が強く、また軍事演習場とザフトが明言している場所であるため、
NJCの使用を控えざるを得なかった。それで詳しい状況は分かっていないのは分かる。だが、小惑星が忽然と現れるのはおかしいにも程がある。
「議長、あれは一体……?」
「私に分かるわけ無いだろう。第一、私とて初めて見るのだぞ」
不測の事態にデュランダルも少々驚いたが、落ち着いた声音であった。
オペレーターによれば、かなりの金属反応や微少のエネルギー反応が確認出来たとのことで、
もしかすれば、連合が新たに作り上げた要塞の一つとも考えられる。
しかし、わざわざこんな所に此処まで目立つ拠点を作るのはよっぽどの馬鹿ぐらいしかいない。
彼は、あれは連合製ではないと断定し、演習を中断したヴェステンフルス隊に、あの小惑星の哨戒に回るよう指令した。
ナスカ級戦艦・格納庫。ここは今、かつて無いほどのにぎわいを見せていた。
ハイネらが持ち帰ったアンノウンを一目見ようと、全クルーが集まってきたのある。
メカニック達は胸中、興味が9割で分析に取りかかっている。デュランダルも、見に来た者の一人だ。
メカニックの主任に連れられ、赤い球体の前までやって来て、そこで彼は初めて聞く言葉を耳にした。
「全天周モニター? ……なんだそれは」
「はい、従来のMSとは全く違う様式のコクピットで、約360度全てをモニターが囲み、
その球体の真ん中にリニアシートがあるという代物です。」
にわかには信じがたい話ではあったが、球体の中をのぞき込むと、彼はこの話は信じざるを得ないと言うことを悟った。空中に椅子が浮かび、周囲をモニターが包み込んでいる。
「と、言うことは、この球体そのものがコクピットブロック兼脱出ポッドになっていたということか……」
「はい。おそらく、あの赤い機体の頭部に搭載されいたものと思われます。
向こうの二機も同じ構造になっていますよ」
「動くのかね?」
「ええ、可動するかどうかについては問題在りません。ですが……」
メカニックは胴体部分の正面へ、デュランダルを連れながら言った。
赤い機体をじっくり見てみると、威厳を感じさせるような姿と、頭の角と機体の色も相まって、
日本列島の民族に伝わる『鬼』を彷彿とさせる容貌だ。しかし…
「ひどいものだな、これは……」
それが第一印象だった。至る所に砂がかかっており、長い間放置されていたような状態だった。
しかし、損傷は見られず、動かすことも可能とは、何故なのか彼には理解できなかった。
「あらゆる箇所にひどく砂が入り込んでます。この機体の構造が分からない以上、
取り除くにはしばらく時間が必要かと思われますが」
「まあ、使えるのであればいい。……で、これの性能は我が方のMSと比べてどうだね?」
「まず第一にですが、装甲が我々の知る装甲材とは段違いの出来ですよ。
この装甲は、FS並の硬度を持ちながら、目を疑いたくなるほど軽いのです。
武器等々を外せば、FSを用いた機体の半分から四分の三ほどでしょう。
性能も、この機体のバーニアや間接に施された磁気加工等々から仮にはじき出した結果、
信じられませんが、あの『ヤキンのフリーダム』ですら大きくしのぐものである可能性があります」
「なんと……」
彼は出る言葉もなく、ただ呆然と横たわる赤い鬼を凝視した。
(何でそんな代物がこんな宙域に漂っていたのだ?)
重たい沈黙の最中、にわかに騒がしくなった。別の機体を担当していたメカニック達のようである。
「何事だ?」
デュランダルらが彼らの元へ向かうと、機体の胸部メンテナンスハッチが開かれ、
何名かのメカニックが呆然と内部を見つめていた。
見たくもない物を見た。
全員が、そう言う顔を浮かべていた。
「どうした」
デュランダルが声をかけると、彼らはすっとそこをどく。
それが主任であろうと、誰であろうと、きっと同じ行動をとったであろう。
彼らの動きは、他者がすぐそうととれるほど、不気味であった。そして、メカニックの一人が言った
「エネルギーが切れているだろうと思い、電力供給用のアウトレットを探したのですが見つからず、
もしやと思ってハッチを開けてみたのです。ですが……」
「ですが……?」
「いえ、議長自らごらんになった方がよろしいかと思われます」
バッテリーでないのなら、NJC搭載機だろうに。そう思いつつも、
デュランダルは幾重ものプロテクトを解かれたハッチの中をのぞき……
時が、止まった。
彼にとって、信じがたい言葉が、刻まれていた。
「……『atomic fusion』だと ……」
デュランダルの発言は、その場にいる主任はおろか、
格納庫にいるその他大勢の度肝を抜くのに十分すぎる威力があった。
もしこの表記が本当だとすれば、本当に彼らは「とんでもない代物」を手に入れたことになる。
デュランダルは、いつもの政治家の顔に戻り、主任に尋ねた。
「あの機体のパイロットは今どうしているか」
「は、コクピットから出た瞬間、過度の疲労で気を失いまして、急遽医務室へ運び込みましたが……」
「演習は中止だ。部隊はこのままこのアンノウンを本国に運んでもらう……それも極秘でだ。クルー全員には、このことを口外しないよう伝えろ。違反した者は即厳罰に処すと。いいな!」
「り、了解」
主任はその剣幕に押され、何も言い返すことができなかった。
「ところで君、この機体からデータ抽出はできるかね?」
「あ、いえ。電子機器等の企画そのものが違うので、
直接あれに乗り込まなければ戦闘記録等はみれないかと」
「ふむ……」
デュランダルは、なにやら複雑そうな表情で立ち上がると、その場を後にした。
このMSをどう扱ったらいいものか、彼にはそれを考える時間が欲しかった。
(こればかりは‘あいつら’に渡すわけにはいかんからな……)
一方、アンノウンのパイロットは、医務室ですやすやと寝息を立てていた。
ハイネは、その寝顔を見ながら、一人考え事をしていた。
(……にしても、妙な場所だったな、こいつ以外誰もいないなんて)
哨戒に行ったときのことである。この男を見つける前に、ハイネは一通りあの小惑星の周りを巡ったのだが、
見つけた三機以外の存在はなかった。内部調査は後日別の部隊を向かわせるそうだが、
あれらの機体だけ、あの岩盤の上で漂っていたのがどうも気がかりだった。
そうして一人、思考の海に浸っていると、男の目元がぴくりと動いた。
「!?」
ハイネはすかさず男と距離を置く。この青年が味方なのか、敵なのか、まだ見当はついていない。
そして、男の目は、開いた
「目が覚めたか?」
男は辺りを見回す。すこし此方の様子をうかがうような目つきをし、少し経って、口を開いた。
「君、ここは何処だ? ……見たところ、医務室か何かのようだが」
「ああ、ここは確かに戦艦の医務室だ。ヒヤヒヤしたぞ。
コクピットから出たと思えば、いきなりぶっ倒れたんだからな」
先ほど、球体の中から出てきた男は、先ほど通信したときの体力は何処へやら、
急に気を失ったのだ。疲れがどっとふきだしたにしては、様子がおかしかった。
「それは……、すまない。世話をかけたようだな……! うあっ!」
男は身を起こしベッドから降りようとしたが、力が入らないようで、
バランスを崩し上半身だけがベッドからはみ出すという少々情けない格好になった。
「おいおい、安静にしてた方が良いぜ。医者によれば、
あんたは何年も眠っていたのと同じ状態なんだってさ。……何故かは知んねぇけど」
「何年もだと!?」
ハイネは男の身体をベッドに再び戻してやり、傍らのパイプ椅子に腰をおろした。
男は彼の行ったことを信用しなかったようで、なおも動こうとするが、手足の動きが自由にならないのを悟ると、
ようやくおとなしくなった。
男が狼狽するのも当然だったが、ハイネや同じ隊の人間だって、信じられなかった。
この男のスーツの中と、コクピットの中に残っていた酸素の量だってさして減ってはいなかったし、
それなら半ば仮死状態の人間を放り出すのにMSは分不相応だ。
ただ、これ以上続けたって不毛な会話であることに代わりはなく、ハイネはとりあえずこの男の事情聴取でもしようかと思った。
「それより、俺としてはあんたが何者なのか聞かせて欲しいんだが」
「私か? ……私は」
男は黙り込んだ。警察官に尋問される犯罪者のように、堅くその口を閉じた。
あくまでハイネの憶測であるが、先ほど持ち込んだMSの造りは、
連合と言うよりもむしろザフト側の系列である印象が強く、
この男は少なくとも連合の人間ではあるまいとは感じていた。
数分経った後、男はゆっくりと、一言だけ言った。
「……シャア・アズナブルだ」
「シャアねぇ。うん、良い名前じゃんか」
「!?」
彼は、率直な感想を述べただけだ。
しかし、男はその事自体驚いたようで、目をかっと見開き、
信じられないと言わんばかりの目つきでこっちを睨んだ。
(俺、何か変なこと言ったっけ?)
そう思った。何者かと聞かれればどもり(この場合は仕方ないにせよ)、
良い名前だと言っただけで驚くのは正直言っておかしい。男はハイネがそう思ったのを感じ取ったかのように、
「……ああ、目が覚めてから早々変なことを聞くが、さっき君が言っていた『ザフト』とは何なんだ?」
彼はそうして話題をそらすことで、話をそらさずにはいられないようではあった。
だが、
「は?」
ハイネは口をぽかんと開けたまま固まった。
彼からすれば、この男は一般常識であるはずのザフトの事を全く知らないと言っているのだ。
ワザとかも知れないとは思ったが、男の様子からはとてもそうとは思えない。本気で言っているようだ。
「はぁ……。いいか、ザフト(自由条約黄道同盟)ってのは、
プラント(テクノロジー人民解放国)の国軍の事だ。記憶喪失とかじゃないんだろ、 あんた」
「……? 私は何処もおかしくはないぞ。ただ、君の言うその『ザフト』も『プラント』とやらも知らないが」
「はぁ? ……じゃあ、『コーディネイター』は?」
「知らん」
ハイネは確信した。
(こいつ、どうかしてる)
そうハイネが思ったとき、医務室の戸が開き、デュランダルが中に入ってきた。
ハイネは仰天し、急ぎ身なりを正して敬礼した。
しかしシャアは、
「誰だ?」
「な!? ……無礼だぞ!議長に対して…」
「いやハイネ、構わんさ。……きっと彼は、我々の常識を‘知らない’のだろう。
さて、初めまして。私は、プラント最高評議会議長、ギルバート・デュランダルだ」
シャアは、目の前に立つ男が相当な地位にいる事を周りの雰囲気から察すると、
手足をゆっくりと動かして姿勢を正した。
「そんなに無理しなくてもいいさ。あの機体についても何かと聞きたいことがあるしね」
「……!? サザビーに何か?」
「『サザビー』? あの赤い機体のことかね?」
「ええ」
「サザビー……ねぇ」
やっと知ることができたと、デュランダルは満足そうな表情を浮かべるが、
何もわからず、いらいらがたまってきている人間が、一人いた。無論、シャアである。
彼は、先ほどハイネの口から出た単語の説明を、デュランダルに求めた。
「一つ聞いてもよろしいですか」
「何だね?」
「先ほどあのハイネという方から伺った言葉ですが、『コーディネイター』、『ザフト』。
そして、先ほどあなたもおっしゃった『プラント』なのですが、いったい何を意味しているのです?」
彼の発言に、デュランダルは少し複雑そうな顔をする。
まずい事態が起こったときの人間がする顔そのものである。
「やはり……」
「やはり?」
「あ、いや、何でもないさ。君も、目覚めたとはいえまだ疲れているのだろう?
質問はこれほどにして、後は本国でゆっくりと話をしようじゃないか」
デュランダルは少しあわてた表情で立ち上がる。
ハイネはそんな彼の行動が不可解に思えたが、シャアは、目の前の男が相当焦っていることを察すると、
それ以上何も聞かなかった。
ハイネも、デュランダルに連れられて医務室を離れ、部屋に残るのは彼一人となった。
「貴様は今どこにいるのだ? ……アムロ」
時はC.E73、八月一日。
これから二ヶ月ほど後に、大きな戦乱の火蓋が切って落とされようとは、
この時誰も予想だにしていなかった。
~第一話・完~