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Last-modified: 2010-11-12 (金) 00:39:51
 

~北アメリカ・テネシー州

 

C.E.という時代から逆行するような、バロック建築の洋館の中で、晩餐会が開かれていた。
シャンデリアのロウソクの淡い灯火、奏でられるピアノの音と、室内に施された装飾や、
館の主が買い集めた彫刻達が、荘厳な雰囲気を作り出している。
応接間のダイニングテーブルを挟んで、一組の男女が向かい合っていた。
女性の隣には、護衛と思われる屈強な男性が座り、二人の顔を見据えている。
桃色の髪を蓄える女性=ラクス・クラインはグラスを傾け、
シャトー・マルゴーを一口口に含み、舌で転がしてその味を楽しむ。
ゆっくりと、美味に酔い悦を感じているその横顔は、
護衛=アンドリュー・バルトフェルドすら、その横顔以外の存在を忘れさせてしまう魔力があった。
「お味はいかがですかな? ラクス嬢」
「‘頬がとろける’…というのは、まさしくこの感覚だと知りましたわ、閣下」
暖かみに溢れたこの部屋の中で、二人の間に流れる雰囲気だけが、
場違いなまでの冷たさを持っていることを、バルトフェルドは感じていた。
館の主=ロード・ジブリール。
現ブルーコスモスの盟主の館に、何故ラクスは足を運ぶ気になったのだろう。
全てのコーディネイターにとって、怨敵と言って良い存在であるこの男に、彼女は『閣下』と言った。
今までラクス・クラインという人物を近くで、
彼女を見てきたバルトフェルドにとって、これほど不可解なことはなかった。
ブルーコスモスこそ、今のこの混乱を生み出している張本人ではないか。
「大丈夫ですわ、バルトフェルドさん。
 ブルーコスモスの盟主とはいえ、ロード・ジブリールは誇り高い方と聞きます。
 コーディネイターだとしても、客人を無下にするような方ではありませんわ」
ラクスは飛行機の中でそう言っていたが、彼は内心戦々恐々していた。
そして、ポワソンを食べ終える頃に、ジブリールが口を開いた。
「そろそろお聞かせ願いたいな、コーディネイターの代表格たる貴女が、
 何故、ブルーコスモス盟主である私に会いに来たのかをね」
彼はバルトフェルドの予想を外れて、思った以上に平然としていた。
「今、私の目に見えているのは……狡猾、残忍、暴虐、不仁、侮蔑。
 ありとあらゆる悪意に苦しむ万民達です」
グラスの赤い液体に映る我が身を見つめて、ラクスは言った。
「ブレイク・ザ・ワールドの後、連合がプラント攻撃を行うまでの早さ、これには驚嘆いたしました。
 閣下が実に優れた決断力と、冷徹無比な実行力のある方だと、その時私は知ったのです」
(ラクスは何を言っているんだ!?)
「しかし、残念なことに地球連合は未だに一つとなれていない。
 これには嘆かわしい限りですわ。これからなさる閣下の偉業に泥を塗るかもしれませんのに」
「私の顔に、泥?」
ユーラシアによる中東地域への圧政、大西洋連邦内での反戦派の迫害、
東アジア共和国の西洋離れへの動きなどの情報は、すでにジブリールも聞き知っている。
「貴方は二年前、ムルタ・アズラエルがヤキン・ドゥーエで戦死した直後、
仲が悪かったアズラエル財閥と提携。
『頭首の死亡、それも戦死という企業人らしからぬ死に方によるものでは、
アズラエル財閥の崩壊を招く恐れがあった』
と、貴方はおっしゃってましたわね。
クックッ…頭首一人の死亡で財閥が壊れるわけ無いのに、
メディアはこぞって貴方を賛美して、アズラエル系列企業のCEOも全員、
いつの間にか貴方子飼いの企業人になっていた。アレには驚きましたわ」
「耳が痛い話だな……」
ジブリールは苦笑しながら、ワインをスッと喉に流し込む。
「ああ、話を戻しましょう。
私が此方に参ったのは、閣下のお力になりたいと願ったからに他なりません」
「な……!?」
バルトフェルドはとうとう声に出して立ち上がってしまった。
ジブリールの後方に控えていた黒服の男達は懐に手を入れたが、
バルトフェルドが彼女の言動に驚愕したのを見ると、困惑して立ち止まる。
「何故君が驚いているのかな? バグウェル君」
「あ、いや……」
今彼は、一護衛であるアンディ・バグウェルとしてここにいることをすっかり忘れていた。
ジブリールにそう言われると、彼は言葉に詰まったが、
「アンディ、無礼な行動は慎みなさい」
「しかし……」
「……聞こえなくて?」
心臓を鷲づかみにされる、とはこういう事を言うのだろうか?
バルトフェルドは、体全体に強いGがかかったような、息苦しくなる感覚が自らを襲うのを感じていた。
部屋の使用人や黒服達も、彼女の放ったプレッシャーに気圧され、動けなくなる者が続出した。
「そこまでだ! ラクス・クライン!」
ジブリールが一喝し、使用人、黒服、そしてバルトフェルドは我を取り戻す。
「私の護衛が失礼いたしました。申し訳ありません、閣下」
「まぁいい。彼には言ってなかったので? 貴女にしては、少し不用意でしたな」
周りの空気が元に戻ったと感じるまで、誰も、何も言葉にしなかった。
食事を再開し、ヴィアンドゥを食べ終え、広すぎる客間から出で、
一回り小さな応接間へと、ラクス達は通された。

 

「……これは?」
ジブリールはソファに腰を下ろすと、
目の前の小テーブルに置かれた書類に目をやって、ラクスに面と向かって言った。
「……閣下の御為に尽力する。その誓いの替わりですわ」
「ふむ、……戦艦にMS。それも見たことのない新型ばかり、か。
 つまりは、これらをくれてやるから信用しろ、と」
ラクスの渡した書類には、連合ではなく『ファントムペイン』で使うようにと、
彼女側から譲渡する品々の名が記され、その詳細についても事細かに明記されていた。
そして、
「これは……!?」
ジブリールも、来客の前でも驚愕を露わにする以外になかった。
一枚の画像が添付された、資料。その画像には、まるで巨大なキノコのような姿が映っていた。
「要塞……! 宇宙でいつの間にこんなものを作った!?」
「作った……? クックッ」
ジブリールの手が震えていた。
護衛達がついに痺れを切らしたのか銃を取り出し彼女に構える。
すると、突然護衛の拳銃がはじき飛ばされた。

 

撃ち落とされたのだ。

 

「天井裏だ、馬鹿者」
ジブリールは護衛達に言い、彼らが上を見上げると、天井に穴が開いていることに気が付いた。
その向こうで、人間が動いていることも。
「速い女だな、ラクス・クライン。この私に大言を吐く前にすでに準備をしていたか」
「フフフ、閣下も、怜悧・冷徹もありながら、激情家でいらっしゃいますのね」
ラクスは、護衛連中の姿が滑稽だったのか、思わず肩を震わせ笑い声をもらす。
「……その要塞は『月の大都市』と同じですわ。
 我々も『見つけた』だけにすぎません。尤も、すでに使える状態にはしてありますが」
ラクスはまた、鞄から一枚の紙を出し、同時に小さなナイフを取り出す。
ジブリールの護衛は身構えたが、当人は平静さをすでに取り戻し、ラクスの行動をじっと見つめている。
彼女が取り出したのは、真っ新な一枚の紙だった。
彼女はその上にさらさらと、

 

〈私ラクス・クラインは、ロード・ジブリールに対し永遠の忠誠を誓います。違約ならば……〉

 

誓約書であった。彼女はジブリールやその護衛達の目の前で書き上げると、自らの名をしたため、
持っていたナイフで自分の親指に傷をつけて、サインの後にそれを押しつけた。
「血判状か、古風な趣味だな」
「お笑いになりますか?」
「いいや、むしろ気に入った」
ジブリールの表情が綻んだ。
(この女は何を考えているのか解らんが、……まぁいい、乗ってやる)
何か不穏な動きをすれば叩きつぶせばいい。彼はそう思っていた。
そんな中、バルトフェルドは、二人の人間の笑い声を呆然と聞いていた。

 

「君は正気なのか!」
バルトフェルドは、飛行機の中に戻った後、ラクスに噛み付かんばかりの勢いで迫った。
「私はいたって正気ですわ、バルトフェルドさん」
「どこがだ! 今の今まで黙っていたが、なんであの男なんだ!」
会いに行かねばならない。
そう言っていたから付いてきてみれば、よりにもよってこの戦争を引き起こした張本人の所に行くとは!
さらに、これから向かうのは『ケネディ宇宙センター』だと言う。
彼は、彼女が気が触れたものだと思いたかった。
ラクスは、添乗員に淹れさせたダージリンを一口含んで、
「バルトフェルドさんは、どうすればこの戦争が終わると考えているのですか…?」
「それは……」
「今のままでは、地上の反連合・ZAFT双方と、地球連合との押し問答。
 二年前のように間に入るわけにはいきませんわ」
二年前、三隻同盟を組んで連合・ZAFT間に介入し両軍に損害を与えたあの時。
当時は、本当に幸運だった。両軍が異物を排除しようと動いていれば、自分は死んでいただろう。
それ故に、今回は前のやり方ではダメなのだ。 
どれかにすり寄り、すり合わせ、残った一つだけ相手できるように。
「プラントに今更戻るわけにもいかなくなりましたからね。
ギルバート・デュランダルがいる限り、あそこに私の居場所はありません」
「確かに、この前の襲撃は裏に彼がいる可能性もある。だからといって……」
「連合がバラバラであってはいずれ地球はデュランダルの手に落ちます。
 ザラの腑抜けもZAFTに戻ったと聞きますし、オーブもあのセイランの小僧がいる限り何時寝返るか…」

 

「……今なんて言った?」

 

バルトフェルドはとうとう、顔を真っ赤にして立ち上がり、ラクスの胸ぐらを掴んだ。
今ハッキリと解った。と言うよりも、気づいていても見ぬふりをするのが限界だった、と言うのが正しい。
「痛いじゃありませんか」
「当たり前だ! 君がそんな女だったとは」
「そんな? ではなんだと思っていたのです」
「俺の知っている……、みんなが知っている……、かつての『救国の歌姫』は何処に行った!」
「フフフ…バルトフェルドさん、私は二年前から何も変わっていませんわ。……そしてこれからも」

 

カチャッ

 

バルトフェルドは、後頭部に何か硬いものが押しつけられていることに気が付いた。
ゆっくりと、後ろに視線をやったバルトフェルドは、その主の顔を見て凍り付く……。
「キ、キラ!? どうして!?」
キラ・ヤマトが、そこに立っていた。しかも、彼の後頭部に銃を突きつけて。
だがその目、その顔、表情は、彼の知るキラとは違い、冷酷で残忍な色をもっていた。
「貴方が知る必要はありませんわ。
…………まぁ、知ることもなくなるんですけどね」
「ラ、ラク……!」

 

パァンッ

 

乾いた音と、何かが倒れる鈍い音、そして、何かが飛び散った忌々しい音が室内で響いた。

 
 
 

機動戦士ガンダムSEED DESTINY IF
~Revival of Red Comet~
第13話

 
 
 

~ペルシャ湾

 

旧世紀、湾岸戦争が起こった事で知られているこの湾の、
旧クウェートに存在するZAFT軍拠点、マハムール基地のドックで、ミネルバは巨体を休めていた。
ハンガーでは、各MSのチェックで、メカニックマンがかけずり回っている。
中には、息抜きの間に雑誌をのぞき込んだりしている者もいるが、
その大半に『ラクス』の写真が映っていた。
ハンガーに佇むセイバーの傍らで、それを見ていたアスラン・ザラは、
プラントで会ったあの「ラクス」の事を思い出す。

 

『私は、バックアップだもの』

 

バックアップ、彼女は自分のことをそう言った。
自分に意思決定権がないかのような、そんな言い方を、悲しい目で言っていた。
ボーっと、雑誌のラクスをのぞき込んでいると、横からルナマリアがヒョイと顔を出し、
「何をなさってるんですかぁ?」
「うわぁっ!」
アスランは後ろに飛び退き、にやにやと笑う彼女を見て、ため息をつく。
「驚かさないでくれ、ルナマリア」
「だって……、じぃっと婚約者のラクスさんの顔を見てるんですもん、つい…」
「あのなぁ……」

 
 

アスランとルナマリアがそういうやりとりをしている最中、
シャア・アズナブルは、タリア、アーサー両名と共に、
マハムール基地指令ヨアヒム・ラドルと相対し、この先の連合軍拠点攻略作戦に
参加して欲しいと言われていた。
「このガルナハン火力プラントさえ落とせば、スエズ基地への補給ラインの大半を抑えられ、
 中東地域の反連合勢力も勢いを回復するでしょう」
「ジブラルタル基地の目下の脅威であるスエズ。その防備の要がこのガルナハン基地であると…」
「然りだ、アズナブル隊長。しかし、再三この基地には煮え湯を飲まされていてね」
ラドル指令は、テーブルのコンソールをいじり、この地域全体の地図を3Dで表示し、
「ここがマハムール、そしてここがガルナハン。
 ご覧の通り、我々とガルナハンの間にはこの渓谷がある。
 ミネルバにもある程度の飛行能力はあるとはいえ、この高度では上を越えていくことは不可能。
 だとすれば間を通っていくしかないんだが……」
大方予想は付く。渓谷にZAFT軍に大打撃を与え得る大型兵器を設置しているのだろう。
シャアの予想通り、火力プラントの膨大なエネルギーを利用した、
大口径のレーザー兵器が設置されており、周囲に防御兵器を搭載したMAを展開しているという。
「まったく、こんな難儀な道のりを考えた人の気が知れないわ」
タリアは、今頃プラントの一室で書類とにらめっこ中の男を想像し皮肉を言い、
「ま、仕事ですからね。やりましょうか」
「そ、そんな軽いかんじでいいんですか?」
「いいじゃない。一々気にしすぎるよりマシよ」
「では、作戦日時はまた後にしましょう。お互い準備もありますでしょうし。
 今度こそ、ミネルバとあの壁を越えられるようにしたいですよ」

 
 

ガルナハンの北東、人、大きくても車両が一台通れる程度の細道を、一台のバギーが走っていた。
運転席には壮年の男性が、助手席には、少女が腰かけている。
少女が握りしめていたのは、一枚の古びたMOだった。
「そろそろ合流地点か」
男は手元の地図をみながら、周囲の地形を確かめて、目的地が近いことを確認し、
発煙筒を取り出し少女に渡した。
「コニール、解っているな? ZAFTのMSが見えたら…」
「うん、これに火を付ければ良いんでしょ」
「…良い子だ」
男は少女の頭を撫で、バギーを走らせる。
しばらくすると、広々とした、周囲を岩壁に囲まれた場所に出た。
「頼んだぞ、コニール。ガルナハンの趨勢はお前にかかってるんだ」
「ええ、任せて、パパ」
コニールが地に降り立つと、バギーはガルナハンに向けて走り去る。
彼女は父親を見送ると、風よけのために岩の影に隠れ、MSがここの上空に来るのを待った。
少し経って、ゲタのようなものの上に立った、白い単眼のMSが、上空に現れる。
彼女は岩陰から飛び出すと、発煙筒を点けて頭上で振り、MSがそれに気づいてゆっくりと広場に下りてきた。
MSはゲタから下りると身を屈め、コクピットハッチを開き、中からパイロットが下りてくる。
ノーマルスーツは着ていなかった。駆け寄ってきた彼女にパイロットは、
「ムスタファ・ハジーム殿の使いは君か?」
「あ、ああ」
コニールより少し年上くらいの、綺麗な金の髪をたなびかせる少年だった。
ガルナハンにはいない非常に端正な顔立ちで、コニールは少年の顔に一瞬見入っていた。
「ZAFT艦ミネルバ所属、レイ・ザ・バレルだ。
 ……ここには長居しない方が良い。行くぞ」
コニールははっとなって、レイが出した手を取ると、レイは彼女の体をグッと抱き寄せた。
「ふえっ!?」
「暴れると落ちるぞ」
あくまでレイは彼女が落ちないように支えているだけなのだが、コニールは気が動転する。
この時点でレイは、コニールに「活発で気の強そうな男の子」という印象しか感じていなかった。
開いたハッチの上に下りると、コニールはMSの掌に飛び移ろうとしたが、その手をレイが止めていた。
レイは振り返った彼女に、コクピットに入るよう言った。
「風で飛ばされる。中に入った方が良い」
「な……」
相手が女性だったらどれだけ良かったか。
~歳の近い男児と狭い空間で二人きり。
そんな事を考えているような状況ではないのだが、如何せん思春期女子にキツイ注文で……
コニールが戸惑っていたのを余所に、レイは沈黙を肯定と判断し、
コクピットに彼女を引き入れて、抱き留めるつもりが……

 

ムニッ

 

「……!?」
「……む?」
手の中に収まった、柔らかで暖かい感触。
普通の男なら、ここで手を離して平謝りするところだろう。
しかし、レイにはそういう一般的な常識が欠けていた。………彼は、もう一度『確認』した。
「……女か」
「な、何だと思ってたんだぁ!」

 

「アスランさん、『現地の協力者』が女の子だってのは解ったけど、
 なんでレイの頬があんなに腫れてんの?」
「さぁ……」
ミネルバのハンガーに帰艦したザクファントムから、
女の子が下りて、続いてレイが下りてきたのを確認したシン達は、驚愕した。
レイの頬に、鮮やかなモミジが咲いていたからである。
レイ当人は、納得できていないのか憮然とした顔をしており、女の子は若干涙目だった。
呆然と二人を見ていたシンとアスランにショーンが、
「まさか手ぇ出そうとしたとか……」
「レイが!?」
「まさか!」
レイは、アカデミーの時から女子に全然興味持たなかった奴だ。
それもどんな女子の告白もスルーし続けた「仮面の男」、
心ない連中の間、もしくは「ある偏った趣味」の女子連中は、彼をゲイだと思ったほどなのだ。
シンはショーンの仮説を直ちに否定し、レイが彼女をシャアに預けると、こっちに向かってきたので、
「レイ、あの子に何かしたのか?」
「わからん。俺には何も見当が……」
「いや、レイ。どこかでお前はあの子に殴られることをやったはずだ」
アスランの言葉にシンだけでなく、後ろにいたショーンやルナマリア、
ノエミにメイリンも、うんうんと頷いている。
「……あの子を迎えに行って、地に下りて、あの子の手を取った」
「うんうん、それで?」
「落ちたら行けないから背中に手を回してしっかりと支えて」
「そうか、『抱き寄せた』んだな」
「コクピットに入りたがらないから無理に乗せて」
「無理矢理『連れ込んで』」
「コクピットに乗せたとき体を打たないように受け止めて、
 体に手を回しました。そうしたら……」
「「そうしたら?」」
「何か柔らかい感触があったので、確認したら女性だと………」

 
 

「「「「 それだぁ!!! 」」」」

 
 

※※※※※※※

 
 

「よし、全員着席したな。ではこれよりラドル隊との合同で行う、
 『ガルナハン基地突破作戦』の詳細を説明する」
アーサー・トラインが、基地のブリーフィングルームに集合した、
ミネルバとマハムール基地のパイロット達にそう言って、モニターの前に屹立した。
シャア・アズナブルと、マハムールのMS隊隊長が並び、シャアの隣にあの女の子が立っている。
女の子は、レイを睨みつけており、シャア含め、シン達以外の人間は不思議に思っていた。
「ミネルバの諸君等に知っておいてもらいたいのは、敵基地に存在するレーザー兵器についてだ。
 これは、ミネルバ、そして連合の『アークエンジェル』に搭載されているものと同タイプであり…」
モニターに、3D化された渓谷の図面が表示され、その兵器が設置されている箇所を指し、
「我々が通過するこの渓谷を、『一部』を除いてほぼ全体をカバーできるように設計されている。
 つまり、この兵器を破壊しない限り、基地の攻略は不可能と考えて良いだろう」
そして、以前ラドル隊が突破を試みた際の戦闘記録を再生しながら、アーサーはある画面で一時停止させた。
「高々度、長距離からの狙撃もほぼ向こうとする装備が、あちらには用意されている」
「あれって……!」
「あの時のMA……じゃない」
「その通り、我々がオーブ沖で遭遇したあのカニ型とは別物だ」
アーサーは再生させ、MAがレセップスの長距離射撃を受けきる画像まで見せた。
今度のMAは、以前のカニ型ではなく、昆虫の下半身と、人型の上半身が合体したタイプ。
より上方、左右の攻撃に対して機敏に反応できるようになっている。
カニ型のような高火力では無いのが救いだった。。
「つまり、接近すればレーザーに狙われ、距離を取れば攻撃が通じない。
 ガルナハン基地は、近遠双方に於いて無敵と言っても良い基地である。……かのように見える」
「「はぁ?」」
ミネルバ・マハムール双方のパイロットの声がハモった。
「実は、基地の地下に通じている坑道が存在するそうだ。
 地元の人間、それも一部が知るのみで、今現在公の地図には載ってすらいない。
 そこを通って、地下から急襲しレーザー兵器を破壊しよう、と言うわけだ」
アーサーはニヤリと笑みを浮かべると、シャアに目で合図を送り、
シャアは頷いて、隣にいたコニールに向かって、
「ミス・コニール」
丁寧に声をかけた。シャアくらいの男性が少女に‘ミス’と言うとなんとも奇妙である。
コニールはシャアに言われると、上着のポケットから一枚のディスクを取り出した。
それを見たシャアはミネルバのパイロット席戦闘に座っていたシンを指さし、
「彼がそのパイロットだ、渡してやってくれないか」
「「(俺)彼が?」」
「ああ」
シンは驚いて立ち上がり、コニールは言われるまま、
シンに近づいていって、キッと、力強い目でシンの顔を見つめた。
差し出しているMOを、少女とは思えない力で掴んでいる事を知ったシンは、
「な、何だよ」
「約束してくれ。必ず成功させるって」
何を言っているんだ、この小娘は。
マハムール基地の若手連中はそんな感情を込めてコニールを見ているが、
シャアやアスランは複雑そうな顔で彼女の横顔を見ていた。
「失敗したら街のみんなが……」
「……!?」
シンも理解した。
警戒が厚くなっているはずの街を抜け出して、
こうしてここまでやって来たのも、街のみんなが開放されるため。
街には、きっと少女の親兄弟だっていて、友達がいて…………
コニールは、MOをつかむ手を緩め、シャアの所へ戻っていった。

 

『間もなく作戦開始地点に到達します。各員はスタンバイしてください』
アナウンスが響くと同時に、パイロットは各自持ち場に戻っていき、
シンとレイも行こうとしたとき、コニールがレイの腕を掴んでいた。
「どうした?」
「前にこの基地の連中があそこを攻めたとき、街は連合に襲われた」
「……!?」
「みんな、酷い目に遭わされた。見せしめに殺された人もいたんだ。私の母さんも」
「そんな……」
「マワされながら……首を。私は物置に隠れてたから……。
 だから! 約束して! 絶対彼奴等をやっつけるって!」
手や、肩が震えていた。そして最後は、地の女の子の部分が出ていて、
二人は彼女が背負ってきたガルナハンの人たちの声の重みをずしりと感じて、
「レイ?」
レイはコニールを抱きしめていた。
今度こそ、さっきみたいな無理矢理ではなく、彼女のふるえを止めるために。
レイ自身驚いていた。自分から、人をこうして優しく抱くことなどなかったから。
「約束するよ。シンが、俺たちが、全力であの砲台を潰す。だから待っていてくれ」
「ああ、約束する!」
「……ありがとう」

 

「ああは言ったものの、狭すぎだろ、これ」
ヨウランに頼んで、コアスプレンダーにデータを読み取らせている間、
シン・アスカは、画面に表示されている坑道の図面を見て零した。
コアスプレンダーの翼長と、坑道の幅がギリギリの所もある。万が一気を抜けばぶつかってあの世行き。
「……不安か? シン」
シャアが、ザクの最終チェックを終わらせてシンの所に顔を出し、シンの微妙な顔を見やると、そう言った。
この作戦は、シンのインパルスでなければ不可能な作戦だ。
「そりゃ不安にもなりますよ。俺の背中にミネルバと街の全てがかかってるなんて」
「……人間の信頼というのはそういうものだ、シン。人の心に重くないものなどない」
「それはわかってます。でも……イヤじゃありません」
コニールのあの顔を、声を聞いて、自分の責任がどうのなど思うのは愚の骨頂だと思った。
「それならいい。……お前は、坑道を突破して砲台を破壊することに集中しろ。
 地上は私とアスラン達でなんとかする」
「……頼みます」
シャアの言葉にシンは力強く頷いて、コアスプレンダーに飛び込んだ。

 
 

「我々の任務は、基地目下の斜面に取り付き、
 敵MS並びにMAを破壊することにある。最優先すべきは映像にあったMAだ。
 なるべく早くミネルバとレセップスが前に出れるよう、道を切り開くぞ」
「「「了解!」」」
「功を焦るな。シンの舞う舞台を整えることを考えろ!」
今回、中東地域の気候を考えて、防砂処理は施してあるものの、長期の滞空は望ましくない。
そう考えたタリアらは、万が一MAが飛んだときはセイバー・カオスの二機に任せる形とした。
『シン・アスカ、コアスプレンダー、行きます!』
中央カタパルトから、シンが勇んで飛び出し、戦闘機の後ろを上下半身が追従する。
それを見やったシャアは、全員に出撃命令を下した。
まず先に飛行能力を持たないザク部隊が降下。
そして、カオス、セイバーが飛び出して、ミネルバの両脇に待機する。
レセップスからも、数多くのバクゥとジンオーカー(ジン砂漠戦使用)が出撃する。
「グラディス艦長。敵MSが出撃し終えた段階で頼みます」
「了解したわ」
ザクが地上に降り立ち、岩肌に取り付いて様子をうかがい、
マハムールのMS隊が彼らと合流し終えたタイミングで、連合基地からもダガー達が出撃しだした。
ウィンダムの配備はまだ不完全なようで、隊長機と思しき機体以外はすべて旧式であった。
そして、肝心のMAは最奥のレーザー兵器の傍らに佇んでいる。
そして、それを確認したタリアは、ミネルバ最大最強の艦首砲を使う事をクルーに宣言した。
「タンホイザー起動。照準、敵MS群。
 プライマリ兵装バンク、コンタクト。出力安定。最終セーフティ解除、発射態勢、整いました!」
「タンホイザー、てぇー!」
タリアの命令と共に、ミネルバの艦首から凄まじい光の奔流が敵MS群めがけて放たれた。
その光が、敵MS達を塵にするかのように思えたとき、とうとう、敵が動いた。
(……速い!)
シャアは予想を外したMAの速度に驚嘆する。
カニ型MSの防御力は知っていたが、此奴はあのカニ型とは段違いのスピードを持っていた。
火力を犠牲にした分をすべてそこへ廻しているのだろう。
『YMAG-X7F ゲルズゲー』、基地の誇る最強の盾は、最強の鉾でもあったのだ。
ただ、これは想定の範囲内であった。早さに驚きつつも、シャアはほくそ笑み、
「今だ! MAの防御時の隙をつきMS部隊を叩く!」
ゲルズゲーがレーザーを受け止めるや、閃光が敵味方双方に襲いかかり、
MAの防御に驚いているだろうと、一瞬の油断を見せた連合MS群に、
ザク、バクゥ、ジン、そしてレセップスの一斉射撃をお見舞いした。
「MAに頼りすぎたな!」

 
 

「うぉ、危ね!」
シンはというと、右翼が一瞬岩盤を掠め、冷や汗をかいていた。
機体正面のライトで少しは坑道内部が見えるものの、暗闇の中を、
肉眼で見える少しの範囲とデータの映像だけで飛ぶのは、想像以上に骨の折れるものだった。
「ごぁ……!」
上から、衝撃が襲いシンはうめき声を上げる。
滝だ。
「なんでこんなとこに滝があるんだよ、畜生!」
怒りに似た感情すら覚えるが、
ブリーフィングルームで肩を震わせていた少女を思い起こすと、
「やってやるよぉ! 岩の壁が何だぁ!」

 

地上のMS部隊は大打撃を喰らい、
こちらの戦力で十分対抗できるレベルにまで落ち込んだ。
だが、くせ者がまだ生き残っていた。
あのMA、ゲルズゲーである。
「くっ、これ以上先に進めん!」
シャアは岩陰に隠れ愚痴をこぼす。
レーザー兵器下の斜面は死角が多く、兵器の攻撃はここにだけ届かない。
しかし、レーザー兵器近くに陣取ったあのMAが厄介だった。
空中はもちろんのこと、多脚を生かした、安定的な移動はMSすら翻弄するスピードで動き回り、
サソリやクモさながら、壁の至る所からその食指を伸ばし、ジンやバクゥを葬っていく。
ある者は頭上からビームで撃たれ、ある者は前脚で掴まれへし折られ、
ある者は勇敢に突進するも人型と昆虫型、安定性やトリッキーさで押し負け踏みつぶされる者が続出。
頼みの綱である空中は、セイバーとカオスの担当だったが、防砂処理を施した空中戦使用のダガー部隊が、
新たに基地から出撃しその相手をしている上、レーザー兵器の存在が近づくことをためらわせていた。
「あのクモを何とかしなければならんが……」
今思えば、あの少女、コニールをこの仕事に行かせた親の気持ちがわかる気がする。
もし失敗しても、ミネルバの足なら振り切って逃げ切れる。
街が襲われても、彼女はZAFTの保護下に置かれるだろう。
……あの子の親は、街を任せると同時に娘を守ったのだ。
こういうのも何だが、シャアはああいう少女の言葉には弱い。
何としてでもあの基地は落とす。そのためには、あのクモを何とかしなければならない。
「レイ! ルナマリア! ショーン!
 私が囮としてあのクモ型を引きつける。君たちは……」
シャアは、一段狭くなっている岩の影三カ所に彼らを伏せて、
自らを囮としてそこまで誘導する策を立てた。
そのためには、あのMAの注意を空中から逸らす必要がある。
「アスラン、ノエミ。二人ともミネルバ側に退け!」
「「……了解!」」
少しずつ、攻撃し、反撃しながらゆっくりとミネルバの方へと下がって行く内に、
ゲルズゲーは再び前へ出てきた。そして、それを見計らったシャアが飛び出した。
赤いザクを見やったゲルズゲーは、両手のライフルを撃ちながらシャアへと急接近する。
飛び跳ね、ブースターを噴かして、加速してくるその姿は、
U.C.でのビグロやザクレロを彷彿とさせるが、あれらより数段不気味で恐ろしかった。
「くっ」
横へ飛びすんでの所で交わすと、シャアはバズーカを奴めがけ放った。
こういう時のため、弾を散弾タイプにしておいのだ。
飛ぶ途中で飛散した細かな破片が、ゲルズゲーの肩、そして腰部の部分部分に直撃し、
バチバチという音と共に、あのバリアが破壊されたのだと言うことがわかった。
「……よしっ!」
しかし、
『散弾ではなぁっ!』
「何っ!?」
敵はひるむどころか、此方に向かってなお攻撃を仕掛けてきた。
敵のMS達に使ったから、シャアのバズーカはさっきの一発で終了していた。
ライフルはというと、
(私もつくづく運の無い男だ……)
先刻の攻撃を避けた時、思わぬ動きで腰のラックから外れ、目の前のMAが踏み砕いていた。
「隊長! 今援護します!」
その時、MAの前を一条のビームが走り、MAは其方へと向き直った。
ショーンのブレイズザクウォーリアが、ライフルを撃ちながらMAに突進していた。
「よせ! 奴に近づくな、ショーン!」
シャアは叫んで、彼女の方に向かおうとしたが、
今度は後ろから、生き残りのダガー達が彼に襲いかかり、
「くそっ……」
レイとルナマリアも、急にショーンが飛び出したのに反応しきれず、
後から彼女を追いかけていたが、一歩遅かった。
ゲルズゲーは、シャア達の予想を超えた動きをした。
多脚と滞空用のブースターを急制動させると同時に、機体上部のブースターをも用いて、
大ジャンプと急降下、それを同時にやってのけたのである。
「きゃああああ!」
「ショーン!」
レイが絶叫した。彼女のザクは奴の前脚二本に襲われ、
頭部と右腕、そして両足が一気に潰され、達磨のような状態で地面に転がった。
得物を見つけたカマキリが、今にも襲いかかる瞬間にさえ見え、
「いやぁ!」
「……! よせ、やめろ!」
シャアはダガー部隊を切り伏せて向かおうとしたが、
ショーンは恐怖のあまりにコクピットから脱出し、外に逃れたのだ。

 

最悪の…………選択だった。

 

グシャッ

 

ショーンの体を、ゲルズゲーの前脚が踏みつぶした。
……わざとだった。
ショーンの出る様子を見た奴は、わざわざ前脚を上げ直し、振り下ろしたのである。

 

「あ………ああ………」
ルナマリアの震える声が通信機越しに聞こえる。
シャアとレイは、言葉を失っていた。
奴は、汚いものを踏んだかのように、岩肌でごしごしとその足を拭い、
そして、何かが急変する感覚が、シャアを襲う。
「「……ルナマリア!?」」
驚愕と悲しみ一色に染まっていたルナマリアの感情が、
一気に、闇に呑まれていくような、恐ろしく冷たい『何か』に変わっていく。
レイも感じたらしい。MAから守るように、動かなくなった赤いスラッシュザクへと近づいていき……

 

「……フフ、……ハハ……アハ」

 

「ル、ルナ?」
レイがそう言った瞬間。ルナマリアのザクが前方に飛び出した。
マズイ。そう考えたシャアとレイが続いて前へ出たが、すぐに驚愕することとなった。
「「……何!?」」
それは、きっとゲルズゲーのパイロットもそう思ったに違いない。
横へ飛び退いたゲルズゲーであったが、奴がそう動いたコンマ一秒の差で、
彼女のザクも横へ飛んでいたのだ。それも、MSでだす限界の速度で。
Gが彼女の体を襲うが、ルナマリアの顔は冷たく笑ったままだった。
アックスを振りかぶり、左から右へと振り下ろして、ゲルズゲーの右前脚が宙を飛び、
着地を制御できなくなった奴は、そのまま坂を滑り落ちていく。

 

「……あ? さっきの動きはどうしたんだぁ、MAさんよぉ!」

 

坂を駆け下りていく彼女の後を、シャアとレイは、
「何だ! 何があったというのだ、彼女に!」
「わ、わかりません……ルナマリアは……彼女は……あんな……」
乱暴な女じゃない。それは、シャアとてよく知っている。
ミネルバMS部隊のムードメーカーで、みなの笑顔の中心にいることもあった少女。
妹思いで、いつもメイリンを気にかけていた少女。
そんなルナマリア・ホークを、皆はよく知っていた。

 

では、あの女は誰だ?

 

「ほら、こんどは左ぃ!
……おいおい、もっと保ってくれよ。こちとら二年ぶりに外に出たばっかなんだぜ」

 

喜々としてMAを切り刻むあの女は誰だ?

 

「ま、慣れねぇとちと扱いづらいが、体が動きゃ後は何とかなるってなぁ!」

 

一本一本、嬲り殺すようにMAを追い込んでいったルナマリアは、
止めにMAのコクピットにアックスを深々と突き刺した。
それと同時に、砲台付近の地面が爆発し、飛び出してくる三つの影。
「シンか!」
次々と形ができあがっていくMSが、レーザー兵器をすぐに襲える場所にあることを悟った連合基地司令は、
兵器をすぐに降下させて、防御シャッターを閉めるよう下知するが、もう遅い。
地面に降下し、シャッターが閉じ始める頃、シンはシャッターの中にライフルを何発もたたき込み、
兵器はシャッターが閉まった段階で誘爆し、基地の中が次々と爆発していった。

 
 

ショーンの遺体の改修はマハムール基地のメンバーに任せ、
シンとシャア達はコニールを送り届けるためガルナハンへと向かった。
ルナマリアは、ショーンの死でショック状態だったのが嘘のように、
目もくれずにミネルバへと帰艦してしまっていた。
MSのままで、街に足を踏み入れようとしたシンは、
連合の旗が掲げられた建物の門前に、群衆が群がっているのが見える。
おそらく、今まで圧政に苦しみ抑圧した民衆のエネルギーが爆発し、
この騒ぎとなっているのだろう。皆の目が正気ではなくなっていた。
コニールは、そんな人々の中から駆け寄ってきた男性に抱き留められる。彼女の父親だった。
彼は、空を飛んでいるミネルバに、何度も何度もバンザイを繰り返し、民衆にもそれが伝わり、
いつの間にか、佇むインパルス、セイバー、ザクの周りには、いつしか人だかりが出来ていた。
降り立ったシン、レイ、アスランは、熱狂的な歓喜の渦に驚きつつも、満足感を覚えていた。
しかし、シンとアスランはレイが妙に沈んだ顔をしていることに気が付き、
「どうしたんだ? レイ、どこか痛めたのか?」
心配そうに声をかけたが、
「い、いえ、何でもありません」
レイは時折ミネルバを見つめるだけで、大丈夫だと言い張った。
「…作戦成功、だな。よくやったじゃないか、シン」
「ああ。でもレイもアスランさんも頑張ったんだから、そんなこと言うなよ」
「‘アスラン’でいいよ、シン」
「……アスラン」
アスランは、シンの肩を叩きながら言った。アスラン・ザラにそういうことを言われるとは…!
シンは一瞬浮かれかけたが、隊長の姿が無いことに気が付く。
辺りを見渡してみると、先程黒山の人だかりができていた、
連合の接収していた建物の前にザクを立たせて、人が誰一人入れないようにしていた。
「あの人は何やってるんだ!」
シンはシャアの意図を図りかねたが、
「いや、あれでいいんだ」
アスランがシンの前に立って言った。
「もし、あそこを放置していればどうなると思う?」
「そりゃ、みんなあそこに突入して……あっ!」
勝利によって判断力が落ちていたらしい。
よく考えれば、この街の人間が連合兵に酷い目に遭わされたのは周知の事実。
となれば、基地が陥落し浮き足立った連合兵を、復讐心に満ちた住民が見逃すはずがない。
「私刑が始まってしまえば、俺たちはここの人たちを、彼女を、
国際法違反で逮捕しなきゃならなくなる。……お前らもイヤだろ?」
アスランは、遠くで父親に担がれ、街の人たちからたたえられる少女の姿だった。
「ええ」
「嫌ですね、そんなの」
コニールは、彼らの姿を捉えると、父親に催促して下ろしてもらい、
察した住人達が彼らとの間を、モーゼのように開けていく。
少女が近づいてくるのが見えて、
「コニール!」
シンはてっきり、砲台を破壊した自分の所に着たのだと思っていたが、
彼女がとびついたのは、沈んだ顔をしていたレイだった。
「ありがとう! ありがとう!」
コニールはそう何度も叫び、戸惑っているレイに顔を近づけて……キスをした。
「「ああっ!」」
「……あの……これは……」
「感謝の印。私にはコレしか貴方にあげられないけど」
幸せそうに頬を染めたコニールを横目に見ながら、シンは地べたにのの字を書き始めた。
「俺だって……俺だって頑張ったんだぞ……」
アスランは、苦笑しながらシンとレイ、二人を見やりながら、
かつて感じたことのない幸せを感じ取っていた。

 

一方、シャア本人からショーンの死を聞かされたノエミは、
シャアザクの傍らにかがませたカオスの傍らで、そっと涙を流していた。
「すまない、私がいながら……」
「いえ、いつかはこうなるかもって覚悟はしてました。でも……」
ノエミの肩を叩きながら、シャアは門の向こうから自分たちに抗議する数十名の民衆と、
今ミネルバに戻っていった少女の事を考えていた。
ルナマリアの急変ぶりには、何か裏がある。
「デュランダル議長……貴方は一体何を隠しているのだ……」

 
 

「やだ……やだ……何、何なの…何なのよぉ」
ルナマリア・ホークは、ノーマルスーツのまま部屋に駆け込み、スーツを脱ぎ捨て、
布団を頭から被って、恐怖のあまりに震えていた。
「あれ…あたし? ……ううん、そんなはず無い……」
信じられなかった。
あんな、無惨で残虐なやり方を、自分がしていたのか?
あんな、汚い言葉を、自分の口から出していたのか?
「そんな、違う! 違う! 違う!」
毛布の中で頭を震わせるルナマリアの部屋に、一人、入ってきた。
「お姉ちゃん……?」
「メ、メイリン……!」
メイリン・ホークだった。彼女は、布団を被ったままのルナマリアのそばに寄っていって、
「お姉ちゃん、大丈夫?」
「ダメ! 来ちゃダメぇ!」
「お、お姉ちゃん!?」
ルナマリアはメイリンのさしのべられた手をはねのけ、彼女を突き飛ばした。
倒れはしなかったが、姉の様子のおかしさに戸惑いながら、
「どうしちゃったの、お姉ちゃん。私は……」
「出てって! 今私に構わないでぇ!」
今度は、近くにあったものを投げはじめ、メイリンは追い出されるように部屋を後にしていった。
メイリンは、部屋から少し離れた廊下まで走っていくと、姉の様子の変化に一つの予感を見だした。

 
 

「ハァ…ハァ…、『お姉ちゃん』だ。……『お姉ちゃん』…帰って…来たんだ」

 

その顔には、絶望の色があった。

 
 
 

第13話~完~

 
 

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