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Last-modified: 2010-11-14 (日) 01:07:04
 

「ん……、ふぁあ~あ」
カーテンの隙間から差し込む太陽の光が、彼の目を刺激して、目を開けると、
見慣れぬ天井がアスランの目に入ってくる。
寝ぼけ眼でカーテンを見つめたアスランは、
議長のすすめで、ミネルバMS隊の皆がこの施設に宿泊したことを思い出した。
カーテンを開けようと、ベッドに手ををつき立ち上がろうとしたとき、
「……あんっ」
「……はい?」
なんかこう……グニッとした、暖かくて、大きい何か。
おそるおそる、感触のあった方向に目をやると、乱れた桃色の髪と、
むっちりとした、グラマラスな肉体を持つ少女が、その身を横たえ眠っていた。
そして、自分が手を置いているのは、彼女のたわわなメロンの上で……
「だめですぅ……あすらん……もう」
「ひゃぁあああああ!」
アスランは驚きのあまり後ろに仰け反り、勢い余ってガラスに思いっきり頭を打ち付けた。
大きな音が部屋に響いたが、彼女は起きる気配を見せなかった。
アスランは色々と突然すぎて、頭を抑えたまま呆然となっていた。
隣の部屋で、なにがおこったと騒ぎが起き始めるが、彼も彼女も気が付かず、ドアが開け放たれた。
「アスラン! ……?」
「何なんです、今の……音……は……」
シンとレイが、何事かと踏み込んできたのだが、
彼らが見たのは、‘汚いオトナの世界’だった。
・乱れているベッドのシーツ
・同じく乱れた服装のラクス
・インナー姿のアスラン
とどめとばかりに、まだ夢の世界にいた彼女の口から、一言……
「ああ、いやぁ、そんなの入らないよぉ」
「「「 ………………!? 」」」
急激に、部屋の空気の温度が冷えていくのを、アスランは感じていた。
シンとレイが、まるでムシケラを見るような目つきで自分を睨みつけていたことにも。
「ああ、すみませんでした。おじゃましちゃって…」
「婚約者ですもんね。
そりゃあ? ヤることもヤってるんでしたねぇ…」
「ま、待て二人とも! これには深い事情が!」
「「深い……何です?」」
「あ、いや……その……」
「あ、朝食の時間が近いので、
『お二人で』ゆっくりいらしてください、邪魔者は退散しま~す」
「ま、待て! 頼む! 俺の話を聞いてくれ!」
アスランは焦って立ち上がり、部屋の入り口へ走って行き手を伸ばすが、
誤解した二人は妙に残酷だった。
アスランに目もくれず、彼の目の前で扉は力強く閉められた。
「もぅ~、そんなにいっぱい食べられないよぉ~」
ベッドの上で寝返りを打った少女を横目にみやると、
(終わった……)
アスランは、真っ白になってその場に崩れ落ちた。

 
 

機動戦士ガンダムSEED DESTINY IF
~Revival of Red Comet~
第15話

 
 

「え、議長はもうプラントに帰ったの?」
「そりゃあ、議長だもの。ああして、あたしが会えたのが不思議なのよ」
メイリンは、ノエミの口からデュランダル議長がすでに出立した後だと聞いて、
少々残念に思った。またとない機会だから、自分も会っておきたいと思ったのに。
ドクターペッパーを飲みながら、彼女らはダイニングに入っていき、
空き缶をダストシュートへ放り込むと、
「まぁ今日もオフだし、楽しみましょうか」
「うん。……あれ、でもシン達はどうするの?」
「来るでしょ。息抜きなんて殆どしていないんだし、街にもまだ出てないんだから。
……ルナマリアも外に出れば気分良くなるでしょ」
「ありだとう、ノエミ」
「いいっていいって。……ん? あれ、シンとレイじゃない。
なんであんな不機嫌なわけ?」
こんな豪華な施設に泊まれただけでもありがたいと思いなさいよ、そう言いながら、
彼女は彼らにズカズカと近づいていき、
「ちょっと、朝から何ふてくされてんのよ!」
「別に…」
シンはノエミに目を向けようともしなかった。
相当気が立っている事がそれからわかるが、イラっときたのは彼女の方だった。
「別にってねぇ…今日はルナマリアの元気づけにくり出そうって約束したじゃない!
肝心のあんたらがそんな調子でどうするのよ!」
彼女に背中をはたかれたシンは、渋々口に出した。
「……はぁ。婚約者同士がやることって想像つくじゃない。
何、シン…やっかんでるの?」
「そんなんじゃない!」
「……図星じゃん」
メイリンからとどめの一言が発せられ、シンは何も言えなくなった。
その時、彼らに窓際のテーブルに座った青年が声をかける。
「お前達」
目を向けた先には、先日テラスまで案内してくれた金髪の青年が座っていた。
朝食の最中だったのだろう。
ライ麦パン、コーヒーとソーセージ、そしてリンゴがテーブルの上に並んでいる。
「昨日の、シャアん所のヒヨッコだろ?」
「は、はい!」
「後二人……アスラン・ザラとルナマリア・ホークがいないが……、まぁ聞こえてたし、いいか」
彼は椅子から立つと、ゆったりとこちらにやってくるが、その物腰には、
気さくな言葉遣いとは裏腹に、禽獣の如き迫力があった。
「…初めてなのはメイリンちゃんだっけ? 後は俺のことは知ってるよな。
昨日はまともに挨拶も出来なくてすまなかった、ハイネ・ヴェステンフルスだ。よろしく」
シンは目の前に差し出された手を、おずおずと握り、
ハイネと名乗った青年はニヤリとした笑みを浮かべる。
「さて、お姫様にお付きの王子様が来られました、か……」
ハイネはシン達の向こうの廊下から、
ピンクの髪の少女にグイグイ引っ張られながらやってくる青年を捉え、言った。
彼は二人の前に歩いて行くと、彼女に軽く礼をして、
「おはようございます」
「あら、ハイネさん。おはようございます」
「昨日はお疲れ様でした。兵達もたいそう喜んでおりましたので、
きっと士気も上がること思います」
「貴方も楽しんでいただけまして?」
「ええ、そりゃもう」
ラクス・クラインへも、少し軽い雰囲気で接するこの男に、ノエミやメイリンは絶句する。
シンやレイは、さほど気にしていないようだったが。
ハイネはアスランに目をやると、
「昨日はゴタゴタで名乗ってなかった、
俺はハイネ・ヴェステンフルスだ」
「……アスラン・ザラです」
お互いが握手する姿は、貴重だった。

 

アスランが手を離してしまったので、ぶすっとへそを曲げていた少女は、
マネージャーが耳打ちして、名残惜しそうにして去っていった。おそらく、次の仕事だろう。
「何だ、けっこう仲いいのな」
「え!? あ、そんな事は……」
「さっき聞いたぞ、そこの若いのに聞いたんだがな……」
ハイネの一言に、アスランの顔が一気に真っ赤になった。
ハイネは笑っては悪いと思いつつ、口元をひくつかせ、
アスランは振り返って、少年二人を睨みつける。
「…………! シン! レイ!」
「いや、俺たちの話をハイネさんが聞き耳立ててただけで」
「つまりはノエミ達に言ったって事だろ! あれは誤解なんだよ!
何で人の話を聞かずに出て行くんだ!」
必死に説明しようとするが、シンを始め、彼らには伝わる気配がなかった。
やはり、ミーアのあの一言が思春期の少年にはインパクトが強すぎたらしい。
アスランは泣き出したい気持ちになっていった。
そんな空気に救いの手を差してくれたのは、隊長だった。
「おはよう……? 一体どうしたんだ?」
「…何でもありません」
アスランは覇気のない返事を返し、現れた隊長、シャア・アズナブルは首をかしげるが、
少年達は話す気がないらしい。
訳のわからぬまま、シャアは日当たりの良かったハイネの向かいに座り、エッグとベーコンを頼んだ。
そして、各々が食卓についた所で、ハイネは見回して一人一人数えていく。
「ええ、と。ザクが三、インパルス、セイバー、カオス。六人か……。
一隻の艦だと十分な数だよなぁ、実際」
「ハイネ、わざわざ数えてどういうつもりだ?」
「そんな冷たい言い方すんなよ。
……議長ってば、俺に『ミネルバに行け』ってんだぜ」
ちょっと離れたテーブルに座っていたシン達が「ええっ!」と叫んで立ち上がり、
「本当なのか?」
「休暇明けからミネルバ就きだと。
……俺の隊もようやく様になってきたって言うのに」
ハイネが若干元気がないのは、二年前から育ててきた子飼いの部隊である、
『オレンジショルダー隊』が今回の彼の転属で解散になったと言うことにあった。
メンバーの大半は、ジュール隊がそのまま吸収する形となるらしい。
「まぁ、そういう事だから、よろしく頼むわ」
普通ならもっと怒ってもいいだろうに、平然と言い切ったハイネを、
シン始め、アスラン達は開いた口がふさがらないようだった。

 
 

サイドバイサイドローターのヘリが、乗客待ちでアイドリングしているのを余所に、
ラクスことミーア・キャンベルは、アスランに別れのキスを迫った。
「ラクスはこんな事はしないよ」
アスランは彼女の耳元に小声でささやき、彼女の肩を掴むとグッと押し戻す。
「今だけでも良いから、『ラクス様』でいられる実感が欲しいの、……お願い」
涙目になって俯いた彼女を見ていると、アスランの胸中もモヤモヤしたものが渦巻いていく。
『バックアップだもの……』
そういって悲しい顔をみせた彼女を思い出し、かれはとうとう……
(ええい、儘よ!)
彼は彼女の両肩に手を乗せると、
柔らかな頬に、そっと自分のものを触れさせた。ほんの軽くだ。
「……ぇ?」
「さ、遅れますよ」
頬を紅潮させて、何も喋らなくなった彼女の手を引いて、
ヘリまで歩いて行くと、アスランはミーアをタラップの上まで押して、
「……出してくれ!」
「へ? ……ア、アスラン!」
目の前でハッチが閉まり、小窓の向こうで彼女が何か叫んでいたが、
アスランは見ようとしなかった。彼の顔も、真っ赤になっていた。
ヘリが上空へと飛んでいくのを見送る内、
アスランは自分がとっさにやったことを思い起こして、
サーッと体温が下がっていくのを感じていた。

 

(カガリ……ごめん。俺……)

 

施設に戻ると、シン達が私服に着替え、ロビーで何かを話しているのが見えた。
何処へ出かけようかを話し合っているようだ。
奥のソファで、皆の会話に混じろうとせず、ぽつんと座っているルナマリアを見て、合点がいく。
なるほど、ルナマリアの慰安も兼ねているからああも話しているのか。
アスランは、彼らの下へ歩いていくと、
「そんなに悩んで、どうしたんだ? お前達」
「アスラン。……いや、みんなで何処行こうかって」
「この街は港町でもあるんだ。
みんなでツーリングに行ってくるのも、いいんじゃないか?
海は今は綺麗な頃合いだぞ」
「……むぅ。なぁ、どうする?」
アスランは、心を落ち着かせるには潮風にあたるのもいいだろうと考えて、
海に行ってみることを勧めた。ノエミ、メイリン、そしてレイは無言で賛成した。
「ルナは……?」
シンは最後に、ルナマリアの手を取って優しく問いかけた。
ルナマリアは、俯いたまま、コクンと頭を一度動かしただけだった。
やはり、以前までの元気がかけらも残っていない。
海をみてくれば、少しは良くなるだろう。この時は、そう思っていた。
「せっかくの休暇なんだ。ゆっくり羽を伸ばしてこい。……そういえば、隊長は?」
周りを見渡して、アスランはシャアの姿がないことに気づく。
自室、という可能性も考えたが、一応聞いてみることにした。
「シャア隊長ならハイネさんと一緒に出かけていきましたよ」
「彼と!?」
「何か、知り合いだったみたいですよ、あの二人。
野郎二人で出かけて何が楽しいんだか」
「……あの二人がねぇ」
合点はいったが、少し意外だった。
先程の食事の時も、妙に親しげだと思っていたが、そう言うことか。
「あ、そうだ。アスランさんも一緒にどうです?」
「ん? そうだな……」

 

シン達は、アスランも連れて、海沿いの道をハンヴィーで走り抜けていた。
無論、キャビン上の物騒な代物は取り払って、あるのは通信機と強化ガラスぐらいだ。
エンジンの響きと、地面を滑走する音、そして窓から入ってくる風は、
外の風景と相まって非常に心地がよい。運転は、一台目がアスラン、後続車はノエミが担当している。
シンは、頬に当たる風が雑念を吹き飛ばしてくれるものと思っていたが、
頭の中では、余計なものがグルグルグルグル渦を巻いている。
『ロゴス』、もし存在するとすれば、それこそ連合以上の敵だ。
人の命を食い物にするなどと、到底許せる話ではない。

 

そして、『ニュータイプ』。

 

戦争をしなくてもすむかもしれない、人類の新たな可能性。
相手を理解し、受け入れる。口で言うのは簡単だが……
「難しいよな……」
「ん? 何か言ったか、シン」
「あ、いえ、何も」
シンは、運転しているアスランと隣でじっと海を見つめているルナマリアを見て思う。
もし今、ルナマリアの心中を理解することが出来るなら、それだけ力になれただろう。
もし今、アスランという人間を理解できたら、今以上に溝が無くなって、仲良くなれるんだろうか?
簡単そうに見えて、この世で最も難しい事なんじゃないか?
シンはそう思った。
『そういえば、グルジア地区って肉料理で有名らしいですよ』
通信機越しに、メイリンの快活な声が聞こえる。
この先数㎞進めばディオキア市街。そこで皆で食事にする運びになり、
シンもワクワクを隠せないまま道をながめていると、
ガードレールの先の岬で、少女が踊っているのを見つけた。
柔らかそうな金髪と、白と青を基調にしたドレスをたなびかせながら、
くるくると踊る少女の姿は、今その瞬間を楽しむ、生き生きとしたものだった。
しかし……
「ちょ、ちょっと止めて!」
「何!?」
『え!? どうしたの、シン!』
「女の子! 今あそこから落ちた!」
「……何!?」

 

※※※※※※※

 

ディオキア市街、ビーチを一望できるカフェテラスで、
バクラヴァをつまみ、コーヒーの香りを楽しみながら、
シャアはハイネに一つ一つ、『アクシズ』や『ゼダンの門』に関して説明していた。
周りの住民は、英語圏でない以上必要以上に警戒する必要は無かったが、
密偵を警戒して、周りには客のいない席を選択していた。
「じゃあ、『アクシズ』はネオ・ジオンの、
『ゼダンの門』はティターンズの宇宙での一大拠点だった訳だ」
「そういうことだ。もし、サザビーやギラ・ドーガ、クィン・マンサの様に、
他のMS・艦船・物資もなんらかの形で手に入っているとなれば、脅威になる」
特にゼダンの門は、月の地球軍基地との関係上、攻めるに難く守るは易しといえるものだ。
アクシズは、要塞故見つけるのに難は無いだろうが、
信頼できる人間に任せなければどう転ぶかわからない恐怖もあった。
「ま、当面評議会が気にすべきはゼダンの門と言うことになるか……。
早いとこ地上のゴタゴタを何とかしなきゃあ、不味いことになるな」
だんだん、この場の空気に相応しくない方向に逸れていったので、
ハイネは話をそらし、ミネルバがどんな艦なのか、
シンやアスランは普段どういった事をして過ごしているのか等、何気ない話題へと持っていった。
思った以上に、話がはずんだ。久しぶりだった。ただ何気ない話で笑い、愉快になるのも。
(貧しい人生だったか?)
シャアは自分の人生を振り返って、思う。
友人と呼べる人間は、いたにせよ片方の指で足りたし、少なくとも、孤独な人生だった。
それだけは、自覚している。このごろ年寄りのような発想しかしていない気がする。
数ヶ月前の自分であれば、大切な者の死に拘り続けることはあれども、
少なくとも自分の生き方について振り返ることは……していなかったかもしれない。
海から吹き上げてくる風が、彼の頬を撫で、彼はディオキアの街をながめる。
太陽の光が海を照らし、キラキラと星のように輝き街を明るくしている。

 

美しい…そう思った。同時に、この風景が壊されなくてよかったとも感じていた。
(全く、壊そうとした男が何を考えているのやら……)

 

シャアはそう自嘲した時、目下に見える人混みの中の、ある人物が目に入り、
現実から離れかけていた彼の心は現実へと引き戻された。
「アムロ……」
「おい、どうした?」
見間違えるはずがない。長い金髪の男と共に、サングラスをかけていたが、
その青年から感じたのはアムロ・レイのそれと一緒であった。
「すまん、払っておいてくれ!」
「はい!? あ、おい待てよ! 普通割り勘だろうが!」
怒鳴り声をあげるハイネを余所に、シャアはテラスから一気に路地に飛び降りると、
二人の男が去っていった方向へ走り出す。
ハイネは渋々お代をテーブルの伝票の上に置くと、
ウェイターを呼んだ後すぐさまシャアの後を追った。

 

※※※※※※※

 

「君は? この街の子?」
ノエミが海水で濡れた少女の体を拭きながら、顔をのぞき込んで聞いた。
砂浜の端の、岩場で囲まれた場所で、ノエミとメイリンが少女の体を拭いて暖める担当だった。
男共は、必死で少女を助け出したのに、服を乾かすための火おこしをさせられ、岩場から追い出された。
「「「……理不尽だ」」」
砂場で熾したたき火に両手をかざしながら、扱いの落差に愚痴をこぼすシン、レイ、アスランであったが、
様子を見に行くわけにもいかずに悶々としていた。
「名前は…?」
「なまえ…ステラ。街、知らない」
「じゃあ旅行かな……、誰と一緒だったの? お父さん? お母さんかな?」
「いっしょ? いっしょ……ネオ、スティング、アウル、にーにー、おねえちゃん。
おとーさん、おかーさん、知らない」
ノエミは少し厳しめの表情を見せると、寒さで震える男共の所へ歩いて行くと、
アスランの隣まで歩いていって、
「あの子、戦災孤児かも……」
「……本当か?」
「多分ね。親を知らないみたいだし、多分、施設の人と一緒だったんだよ」
「だとすれば、向こうも探してるだろうな。名前は聞いたのか?」
「『ステラ』ちゃんだって。……一端街に出ましょ、きっと今も探してる」
アスラン達は、まだ生乾きのままの服を着込んで、ハンヴィーに乗り込む。
ノエミの車に、少女は乗ることになった。ふと、メイリンが思いついたように、
「ああ、名前言ってなかったね、私はメイリン。『メイリン』よ……わかる?」
「めいりん……」
「でね、あのビショビショの人たちが、左から『アスラン』、『シン』、『レイ』
あの車の横に立ってるのが、あたしのお姉ちゃんの『ルナマリア』、そして、あの人が『ノエミ』よ。
いっぱいで覚えにくいかもしれないけど……」
「あすらん…しん…れい…るな…のえみ……」
ぼそぼそと繰り返し、繰り返し彼らの名前を繰り返していた少女、ステラは、嬉しそうに微笑んだ。
よく見てみると、柔らかくふんわりとした淡い金色の髪と、
透きとおった真珠のような肌と相まって、可愛らしい女の子だった。
ぼぉっとその顔を見つめていた男共の尻をノエミが蹴飛ばし、車に追い込み、
その様子を見ていたメイリンとステラは、笑った。

 

それから、しばらくの間、潮風を浴びながら街の中を走り抜ける。
窓から、街道に沿って所々に並んでいる屋台から匂いが漂い、ステラの鼻腔を刺激して、
「あれ……」
「ん? 食べたいの?」
ステラはこくんと頷いた。一端、街道の路上駐車場に車を止めると、彼らは街道に出た。
ホットドック、ドネルケバブ、ファラフェル等、がっつり食べるものから一口サイズのものと、
選ぶメニューに不自由はなさそうだった。
女性陣、と言っても、ルナマリアはシンにべったりだったが、クレープを選んでいた。
嬉しそうに、どんなフルーツを乗せるかキャイキャイとおしゃべりしている姿はかわいらしい。
シンはポピュラーなカレー・ヴルスト。
レイはムールフリットをそれぞれ注文していた。
国の違う料理同士が並ぶという、少し違和感のある光景だが、
国際化が進んだこの時代さして珍しいものではない。
アスランはと言うと、
「あいつは好きだったんだよなぁ、これ」
ドネルケバブを頼んでいた。今頃、本国の広間で閣僚と押し問答しているであろう少女を思い浮かべ、
アスランはいざソースをかけようと屋台のカウンターに目をやったが……
(あれ……? カガリって、チリソースとヨーグルトソース、どっちが好きだったっけ?)
赤と白、それぞれが『自分を使え!』と強く自己主張している。
そして何より問題なのは、アスラン自身がカガリの味の好みを知らないと言うことにあった。
「確か……辛いのが好きだったよな?」
自分で確認するように、赤いソースにおそるおそる手を伸ばすアスランを見つめる瞳が一つ。
レイ・ザ・バレルが、アスランの横まで歩み寄り、
「何て野暮な真似をするんです、アスラン」
「や、野暮!?」
「そうです。ケバブにチリソースなどと、それはこの料理への冒涜です」
レイは強く言い切ると、カウンターの白いチューブを手にとってアスランの眼前に差し出す。
「ケバブにはヨーグルトソース。これは常識ですよ」
「……そうなのか?」
「そうです。……さぁ 「ちょっと待ったぁ!」 ……何?」
レイの手を、がっしと掴む手が現れる。
アスランは、勘弁して欲しいとばかりに目をやると、ノエミが信じられないと横槍を入れたのだと理解した。
「ヨーグルト? バカ言わないで。ケバブにはチリソースでしょうが!」
「何を言う! ヨーグルトソースに決まって……」
白昼堂々、街のど真ん中で『ケバブのソースはチリかヨーグルトか』で口論を始めた二人を、
アスランを除く面々は遠巻きにながめていた。
今だけは、彼らと一緒に見られたくない。そういう気がしていた。
「ねぇ、とめなくていいの?」
「ステラ、人にはね、入っては行けない領域というのがあるのよ」
メイリンが心配そうにアスラン達をながめるステラに言う。
ステラも、彼女の言うことは理解していた。
ネオも、ネオの部屋の『ちゅーぼー』には入るなって言うし、
スティングも、並べられた『すぱいす』に触るなって言うし、
にーにーも、『こーぐ』に触らせてくれない。…きっとそれと同じなんだろう。ステラはそう思った。
アスラン本人はと言うと、二人をどうやって止めるか迷っていたのと同時に、
周囲の奇異な物を見る視線にいたたまれなくなっていた。
「だから、チリソースだって!」
「ヨーグルトソースだ!」
決着は、思った以上に簡単に付いた。………頭に血が上った二人が、チューブを思いっきり握ったのだ。
飛び出た赤と白のドロッとした液体が宙を舞い、アスランが持っているケバブの上に飛んでいき……
「「「 ああああ!! 」」」
赤と白に彩られたケバブが、アスランの眼前にあった。彼は手を震わせて、俯いている。
その段階になって取り返しのつかないことをしたと悟ったレイとノエミは、
青ざめてアスランを見つめている。
「ええぃ! もうどうにでもなれ!」
アスランが壊れた。少なくとも、シン達にはそう見えた。
涙目で、思いっきり口をひろげたアスランは、ケバブを頬張った。
野次馬達が、アスランの行動に思わずどよめき、肩を振るわせているアスランにレイがおそるおそる、
「ア、アスラン……」
「ごめん、今話かけないで。口の中が色々とエラいことになってるから……。
何だろ……、ほんのりとした甘みの中からぴりっとした舌を刺す感じ、それに肉汁が相まって……」
アスランの目がだんだん虚ろになっていく。
レイはアスランの背を支えて、周りの視線から逃れるようにそこを後にした。

 

海を一望できる広場に出て、アスランを除く面々が軽食を楽しんでいると、
「ステラー! おい、どこだこのバカぁ!」
そんな声が、群衆の向側から聞こえ、ステラは耳をピクッと動かすと立ち上がり、
「アウル!」
声の聞こえた方向に叫んだ。すると、行き交う人の中から、青髪の少年がスルスルと人の間を縫って現れる。
その後ろから、赤い長髪の女性と、緑の髪の少年が続いて、安堵の表情を浮かべた。
「ステラ! どうしたんだよ、お前」
ステラは嬉しそうに少年に駆け寄っていき、アウルと思われるその少年は、
彼女の向こうに見えるシン達を見て、言った。赤髪の女性がステラの服を軽くつまみ、
「あら、少し湿ってるわね?」
「あのね、うみにおちたの」
「うみにおちたぁ!?」
「でね、しん達がたすけてくれたの」
ステラが振り返って、手を広げてシン達を指し示し、シンが立ち上がる。
「たまたま近くを通ったもので。本当に良かったですよ。
何せ、色々とわからない事が多くて」
「ああ、そうでしたか。
ウチのステラがご迷惑おかけしたみたいで、申し訳ありません」
「いえ、当然の事をしたまでで…。ステラ、よかったね」
「うん!」
ステラは頷くと、緑髪の少年に引かれて、彼らのであろうエレカに乗り込んでいく。
少年達が乗り込むのを見届けた赤髪の女性が、最後にシン達に一礼すると、運転席に乗り込んだ。
「……また会える?」
ステラが、エレカから身を乗り出して叫んだ。
「会えるよ、きっと! いや、俺たちで会いに行く! 必ず!」
走り去るエレカに、シンは彼女に聞こえる大声で叫んでいた。
「じゃあね、ステラちゃん!」
メイリンとノエミも手を振りながらエレカを見送っている。
だが、アスランとレイは一安心しつつも、心の片隅に燻る不安をぬぐえずにいた。
何故か、また会えるという確信があった。
それも、シンやノエミの抱いている淡い希望ではなく、違う形のが。
そんな気がして、難しい顔をしていた。すると……、
「ねぇ…………」
背後から、底冷えのする声が響き、シン始め全員が身をすくませた。

 

忘れていたのだ。この外出が本来誰のためであったのかを。
そして、今の今までメインゲスト扱いされるはずが、完全に空気と化していたことを。

 

「あの、ルナマリアさん? その手に持ってらっしゃる鉄柱はどこから持ってきたんですか?」
「これは、『誰の慰安』が目的でしたっけ?」
「……ああ、わかってる、わかってるさ。でも物事には例外というものが」
「説明になっていませんよ、アスラン」
幽鬼の様に、朧気な闘気すら感じられ、皆は彼女が一歩進む毎に二歩下がる。
そして、彼女の堪忍袋の緒が切れた。
「あんた達ぃ~!」
鉄柱を振り回しながら彼らに襲いかかってきたルナマリアから、脱兎の如くシン達は逃げ回る。
しかし、ルナマリアから先程までの陰鬱な空気は消えていた。
怒っているから当然なのだが、ステラ達と食べ歩きをしているうちに、
自然と薄れてきているのは薄々感じていたのだ。
外出させて良かった。頭上をすれすれで通り抜ける鉄柱に恐怖しながらも、シンはそう思った。

 

※※※※※※※

 

自分を視認するや、駆けだしたアムロを追って、
シャアはガルナハンの路地を、通行人を交わしながら走り抜ける。
サングラスをかけた茶髪の男から感じるのは、期待感と嫌悪感。
今のアムロは恐らく記憶がない。しかし、心の奥底には残っているのだ。
あのウィンダムの塗装や、ユニコーンのマークを使い続ける所からの推測……、
いや、シャア個人の勝手な希望であった。
「おい、あの茶髪がそうなのか!?」
「間違いない。彼が『アムロ・レイ』だ」
ハイネがシャアの横にぴったりと付いて、茶髪、そして金髪の男を追う。
「あの金髪野郎は誰なんだろうな」
「推測に過ぎんが、アーモリーワンの強奪部隊の指揮官だろう。
マゼンダのウィンダムから感じたのと同じ感覚がする」
「『感じた』ね……。便利だねえ、その力はよ」
本来はこんな事に使うものではないのだがな。そうこぼしたシャアとハイネは、
路地の角を曲がって、少し広い場所に出る。
その隅、住宅にほど近い行き止まりに二人の男はいた。
「そろそろ観念したらどうだ?」
ハイネが二人に言う。だが、不敵にも彼らは余裕な態度を崩さなかった。
「この間といい、しつこいなあんたは」
「言っただろう。私は貴様の…」
「…〈ライバル〉か。
もしそれが本当だとして、俺の名が『アムロ』で正しいとしよう。
お前は、それを証明して何がしたいんだ?」
「ぐっ……」
シャアは言葉に詰まった。
自分が、目の前の男がアムロであると証明したとしても、意味がない。
それは、シャア自身もわかっていたからだ。
「復讐? それとも決着か?
そのどちらだとしても、悪いが俺には応えられん。……今の俺には本当の名などどうでもいい。
俺はファブリス。ファブリス・アナトール・ロワリエ。
地球連合軍第八一独立機動軍『ファントムペイン』所属の大尉だ」
シャアは、沸々と滾る怒りを必死に抑えていた。
女々しい気もするが、アムロの口から聞きたい言葉ではなかった。
だが、
「……それが今の貴様の名か?」
「そうだ」
「ならばこれ以上問うまい。私は、シャア・アズナブル。
ZAFT戦艦ミネルバ所属のMSパイロットだ」
敵に名乗りを上げるなど、いつの時代だとハイネが間に入ろうと思ったが、
入れる空気ではなくなっていた。それに、残った二人も乗るしかないような流れになっている。
「……ファブリスって言ったか、あんた。同じく、ミネルバ所属のハイネ・ヴェステンフルス」
「ファントムペイン所属、ネオ・ロアノーク。階級は大佐だ。
……なぁ、そろそろ終いにしようか。ここは市街地だ、ドンパチはやりたくない」
そもそもそのつもりだ。シャアは顎で「行け」と二人に指図すると、
「シャア・アズナブル……覚えておく」
「こちらもだ。ア……ファブリス」
「次は戦場でだ」
アムロ……、いや、ファブリスとネオはそう言い残すと路地を走り去っていく。
その後ろ姿を、シャアはじっと見つめていた。
「良かったのか? このままで」
ハイネは、こつんとシャアの懐を叩いて言った。
シャアの懐には、拳銃が忍ばせてあったのだ。
「かまわん。……あいつには、MSで勝つ」
「……わかんねえなぁ」
踵を返したシャアの後を、少し納得いかない様子のハイネが付いていく。
広場には、乾いた風が吹いていた。

 
 

※※※※※※※

 
 

広間を去っていく二組の男達を、一人の女が見下ろしていた。
桃色の長髪がたなびき、シルクのような白い肌と着込んだ純白のドレスが、絶妙な美しさを醸し出している。
ピクチャーハットを抑えながら、目下の金髪の男を、じっと見つめている。
その目には、何とも言えない感情がこもっていた。
愛情ともいえる暖かい気持ちもあれば、嫉妬や憎しみ、グラグラとした気持ちも沸き上がっている。
だが、女にとってこれだけは明言できる。

 
 

~あの男が欲しい

 
 

キラ・ヤマトにも、こんな気持ちは抱かなかった。
二年間一緒に暮らしても、手を握ってやるくらいの感情しか抱かなかったのに、
なぜあの男にはこんな気持ちが湧いてくるのだろう?
(……私の中の『彼女』が関係しているんでしょうけど)
女は自らの手を見つめる。
この世の全ての人間、その頂点に立ち、絶対なる指導者として導く。
そのために生まれ、今まで生きてきた。
そんな自分がこんな気分になるのは初めてだ。不愉快なのに、そうではない。
むしろ、あの男をそばに侍らせれば、この不可解な感情から不愉快さが消えるのではないだろうか?

 
 

「シャア・アズナブル……必ず、私の目の前で跪かせてみせますわ」

 
 

第15話~完~

 
 

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