CCA-Seed_787◆7fKQwZckPA氏_17

Last-modified: 2010-11-18 (木) 16:28:56
 
 

ミネルバのブリッジは、誰もが状況把握に追われ、何が起こったのか理解できずにいた。
衝撃でブリッジモニターが一時死に、それらの回復を待たずに、
黒煙を上げながら船体がバランスを崩し海面へと着水する。
「タンホイザー被弾、FCSダウン!」
「被害状況知らせい! 艦内各員は艦首の消火作業へ!
浸水箇所はあり次第閉鎖、FCSは再起動急いで!」
タリアがブリッジ各員に下知し、メイリンが艦内にそれを通達。
パニック状態になったクルーがブリッジにいないことが唯一の幸いだった。
タリアは、回復したメインモニターに映る、天界から舞い降りた天使気取りのMSを睨みつける。
「『ヤキンのフリーダム』……、二年前の亡霊が一体何の用なの?」
そして、奇妙なことに、フリーダムは連合、ZAFT、オーブを見回し、
周囲が攻撃の意思を表さない限り、攻撃をしないらしい。

 

その中で、オーブ軍側のムラサメとアストレイ達は、
思わぬ乱入で混乱し、フリーダムに銃を向けようとしていたが、
先頭のマゼンダのムラサメが、彼らを制した。
「待て、『彼』の意図がまだわからん以上攻撃はするな」
彼、確かに自分はそう言った。ユウナ・ロマ・セイランは、不思議に思った。
何故、あのフリーダムのパイロットが男だと思ったのだろうか。
ユウナは、彼らに迂闊に動かぬよう命令すると、
自らフリーダムから距離五〇〇まで近づいていき、
「フリーダムのパイロット、聞こえるか。
私は、オーブ遠征軍司令官、ユウナ・ロマ・セイランである。
貴殿の所属と階級を直ちに明らかにされたい。
これが認められない場合は、敵性非合法戦闘員とみなし排除する!」
サーベルをフリーダムに向けて通信を開き、彼は通告した。
『…………』
しかし、返事がない。ユウナの予想が正しいとするならば、
搭乗しているのは、アスハ家別邸の住人であり、カガリの知人の可能性が高い。
もしかしたらと、そう期待している甘い自分を、ユウナは恥じることになる。
「……くっ」
フリーダムが、ライフルを此方に向け、有無を言わさずビームを発射したのである。
まるで、親の言うことしか聞かず、攻撃意識を向けた瞬間反撃する小さな子供のように。
『ユウナ様!』
ユウナは咄嗟に身をひねりやりすごしたが、アマギ三佐の声が通信機越しに聞こえ、
オーブ艦隊からフリーダムにミサイルが次々と発射されていく。
迂闊に前に出たからだと、そうユウナは後悔していた。トップが撃たれれば、部下がどう出るかぐらい予想は付くのに。
(僕もまだ甘ちゃん、か……)
フリーダムがオーブのミサイルを迎撃して、せき止められた時の流れがまた元の勢いを取り戻す。
地球軍艦隊の前衛で事態を見据えていた『J.P.ジョーンズ』から、ウィンダム部隊が新たに出撃する。
「スティング・オークレー、カオス、行くぞ!」
「アウル・ニーダ、アビス、出るよ!」
「セリナ・バークレイ、ウィンダム、出ます。
……ステラ、今回はガイアはお預けよ。あたしのフォビドゥンで我慢してね」
「……うん」
ネオは虎の子達を投入する事を遅らせて、正解だと思った。
今現在、オーブ軍とZAFTは奇妙な乱入によって混乱状態であり、
ミネルバを叩きつぶすには今がベストなタイミングだ。
「よぉし、奇妙な乱入で混乱したが、幸い状況は此方に有利だ。
手負いのミネルバ、今日こそ沈めるぞ!」
ネオは気合いを込めて号令し、艦隊を前進させるよう通達した。
「気になるのはオーブの動きだが……。
ま、あの大将のことだ。ああなっちまえばやることは一つだよなぁ」
攻撃を開始してしまったオーブ軍へ、有無を言わさず攻撃しだしたフリーダムを見、
アイツがこちらに矛先を向けないことだけを祈っていた。
「大佐。私はあの『ガンダム』が此方へ向かい次第出撃ですか?」
「そうだ。お前だけでも残っていてもらわんとな」

 

※※※※※※※

 

「やはり来たか。だが奴は出ていないようだな」
シャア・アズナブルは、モニタの向こうに浮かび上がる地球軍を見やり、
紺と白のウィンダムが出撃していないことに気づく。
切り札は最後までとっておくものだが、この段階で出さない事は意外であった。
次に、オーブ側のムラサメ、アストレイらを、
無差別に撃墜していくフリーダムに目をやる。
「だが、あの『ガンダム』も何とかせねば危うい。…どうする? シャア」
またも襲いかかってきたウィンダムとダガーの群を前にして、
シャアは自らに言い聞かせるようにして、
「シン、アスラン、ノエミ。
我々も一端下がるぞ、ミネルバの防衛に……?
アスラン、どうした!?」
シャアはセイバーの挙動がおかしい事に気が付いた。動揺したことが外から見てもわかる。
しきりとフリーダムの動きを気にしており、心ここにあらずといった具合である。
「ハイネ! 聞こえたらでいい。シンとノエミをミネルバに戻す。
合流して地球軍の迎撃に当たってくれ。私は、アスランを連れ戻す」
『アスランがどうしたって? おい!』
ハイネはシャアの通信を聞いて何が起きているのか一瞬理解できずにいたが、
まっすぐオーブ軍間を飛び回るフリーダムへ向かうセイバーを視認すると、
納得したように、シンとノエミを囲むウィンダム達へ攻撃していった。
グフの象徴的な兵装の一つであるビームソードを、
ノエミのカオスに斬りかかろうとしたウィンダムの後ろ姿に突き通し、
「そぅら!」
グフの機動性で振り回し、迫るウィンダムの部隊の中へ投げ込むように放ると、
腕部ビームガンをたたき込み爆散させる。
「ミネルバの火線上まで引き込むぞ、それまで保てよお前等!」

 

「あいつ、何で! ……キラッ!」
「アスラン、戻れ! 我々の任務はミネルバを守ることだぞ!」
シャアはセイバーの後ろ姿に何度も呼びかけるが通じない。
急性ストレス障害に近い、軽いパニック状態になっているとは容易に想像が付く。
~だが、何故アスランともあろう者がこうも簡単に?
シャアはグゥルの速度を最高まで上げ、セイバーに追いすがると、
ザクを宙へ浮かせセイバーの横腹に軽く掌底を入れた。
衝撃が走り、アスランは体を左右に揺さぶられ、我に返る。
「目が覚めたか? アスラン」
「た、隊長……。でも、アイツ……アイツは!」
「話は後でゆっくり聞いてやる。今は奴を気にかけるのをやめろ!
急いで援護しなければミネルバが沈むんだぞ」

 

「くっそぉ、やらせるかぁ!」
シンはウィンダム小隊が放つビームをかいくぐりながら叫んだ。
頭部バルカンを牽制がてら放ち、一機が飛行ユニットにヒットし墜落していく。
この高度ならまず助かるまい。シンは目もくれず突っ込み、
ダガーにライフルの銃口を突きつけ、盾にしつつ別のダガーへと押しつけると、二機ごと撃ち抜いた。
すると、その爆煙の向こうから、Gタイプがヌッと顔を出す。
カオスであった。シンは一瞬ノエミかと思ったが、カラーが違う。
(深緑? ということは!)
デブリで受けたあの時の屈辱を思い出し、シンはライフルをカオスに向ける。
だが、前もって抜いておいたのだろう、サーベルを振るったカオスがそれを切り落としていた。
「落ちな、白いの!」
二の太刀を浴びせてくるカオスの刀刃をかわし続けるという、
危機的状況となったシンは戸惑わなかった。
カオスが縦に斬りつけてくる機を狙い、若干下を向く体勢になったカオスを見て、
今なら足のサーベルが来るまで時間がかかると踏んだ。
奴が右手に握っていたライフルを両手で掴み、
「これならどうだぁっ!」
「……何っ!?」
カオスの手からライフルをもぎ取ったシンは、銃身を握ったまま、
棍棒のようにしてカオスの横っ面をぶん殴ったのである。
VPS装甲とはいえ、内部への衝撃までも和らげるわけではない。
特に、MSの頭部は繊細かつ重要なセンサー類の塊と言って良く、
そこを硬い物体で殴られればどうなるか、想像は難くない。
「くそっ……メインモニターが死ぬ!? 何!」
カオスのパイロット、スティング・オークレーは焦った。
まさか、このようにして反撃してくるなど予想だにしていなかったのだ。
そして……
「カオスのライフルって言ったって、元はZAFTのなんだ……よし!」
シンは、ライフルをインパルスのマニピュレータに接続させると、
シンクに成功した事に喜びを感じた。
元々、セカンドステージMSとして同時期に開発されたものであり、共用できないわけがない。
「以前の俺だと思うな……落ちるのはお前だ!」
「くっ……」

 
 

機動戦士ガンダムSEED DESTINY IF
~Revival of Red Comet~
第17話

 
 

「誰もいねぇ海からってか、させるかよ」
ハイネは、水面に映った二つの影を見て、MSクラスの物体だと悟ると、
その場にいたダガー二機の内一機を切り倒し、もう一機にウィップを絡ませ、急降下した。
接続回線が開いたのか、通信機越しに敵パイロットの悲鳴が聞こえるが、彼は気にしなかった。
……気にすれば躊躇ってしまうから。
「元気なお魚さんに、撒き餌の大盤振る舞いだ、受け取れ!」
直進して来る二機の眼前に落ちるようにハイネは腕をしならせダガーを放り投げると、
目の前を飛んでいくダガーの本体にビームガンを何発か撃ち込んだ。
ダガーは火花を散らし水柱をあげて海中に落ちていくと、
しばらくして爆発が起こり、より大きな水柱ができあがる。
海水が吹き飛ばされ、二機のMSが姿を見せた瞬間をハイネは見逃さなかった。
「そこぉっ!」
両腕のウィップをそのMS達の腕部に巻き付けると、
「大漁大漁っと」
グフのスラスター推力が高い事をハイネは感謝した。
切られないよう左右に小刻みに振り回しながら、
彼はMS、アビスとフォビドゥンヴォーテクスを、近くの小島の上までグイグイ引っ張っていく。
いかに相手が水中用とはいえ、特性を生かせない体勢であれば一機で二機は引っ張れる。
そして、アビスとフォビドゥン両機を陸地へ放り出し、
「ミネルバを沈ませる訳にはいかねぇんだ。恨むんじゃぇぞ」
ビームソードを抜いて、彼は言い放った。

 

「キラ…どうして、くそ!」
一方アスランは、フリーダムの乱入に今だ疑念を振り解けずにいた。
だが周りに群がり始めたウィンダムの相手をしなければならず、
もどかしい気持ちを抑えながらビームを相手にたたき込む。
背部ビーム砲で無理矢理散開させ、分散した敵小・中隊をシャア、レイ、ノエミ等が落としていく。
ルナマリアはと言うと、ブラウンのウィンダムを視認するやそれへと襲いかかり、
それを援護しようとするダガーやウィンダム達を片っ端から叩ききると言う離れ業をやってのけていた。
次第に、オーブ軍からの攻撃も激しくなっていた。
フリーダムの猛追を振り切ったムラサメが、低空飛行でミネルバに接近するのだが、
ミネルバ側面のCIWSの壁に阻まれ、そこをレイが撃ち落とすか、そのままCIWSによって蜂巣になるかだった。
フリーダムはフリーダムで、その名の通り自由気ままに、戦場を縦横無尽に飛び回り、
辺り一面に『死』をばらまいていた。
連合側のMS群に飛び込めば、一斉射撃で複数のウィンダムを撃墜。
オーブ軍へ突貫して、アストレイ数機を一の太刀二の太刀で輪切りにした。
アスランは、その姿が受け入れられずにいた。
キラは、彼の知るキラ・ヤマトは、あんなやり方をする人間ではない。
まして、喜々として人を殺すような悪鬼でもない。
そしてアイツは……
「……!? 不味い! ハイネ!」
小島の上で時代劇さながらの大立ち回りを見せているオレンジのグフを、
まるで得物を見つけた梟のように見やったのだ。
「あ……、何だ?」
ハイネは、アスランの叫びを聞き、
とっさにブルーのG二機の間から距離を取り、上空のフリーダムをみやった。
二機も同様で、上空に浮かぶMSが此方を標的にしたことに気が付いたらしい。
アビスの胸部大口径ビーム砲が火を噴き、フリーダムめがけて赤い光の奔流が向かうが、
あっさりとかわすと奴は十枚の羽を広げ、三機めがけて突進してきた。
牽制のつもりか、肩部のプラズマキャノンを数発放ち、
フォビドゥンがアビスをかばうようにして、シールドを前に構えやり過ごす。
しかし、奴はそれが狙いだったらしい。
急制動をかけて視界の遮られたフォビドゥンの懐を蹴りでこじ開けると、
サーベルを腰から逆手で抜き、瞬時に両腕を切り落とした。
バランスを崩したフォビドゥンは、仰向けに倒れ、
追撃しようとしたフリーダムを止めたのは、アビスだった。
奴の眼前にランスを突きだし、フリーダムは後ろへと飛び退く。
その隙を縫って、アビスは両腕を失ったフォビドゥンを抱えて海へと飛び込んでいった。
「ちっ、残ったのは俺だけかよ……」
ハイネはフリーダムが逃げた二機に目もくれず、
真っ直ぐ自分を見つめていることにおぞましさすら感じた。

 

善悪の是非も解せぬ子供が、そのまま大きくなればこうなるのだろうか?

 

ハイネはふとそんなことを感じながら、
此方に距離を詰めてくるフリーダムを右前方に飛びやり過ごす。
しかし、体に掛かるGが気にもならないのか、
地面を蹴りつけ急激にフリーダムが後方へ加速をかけ、ハイネのグフ左に追いすがる。
「バケモンか、てめぇは!」
ハイネは左腕のビームガンで応酬しようと試みたが、
奴はグフが向けようとした左腕を掴むと、グフの体を引き寄せて、
「ぐぁああ!」
背負い投げを敢行し、グフを地べたへ背中から叩きつけ、
ハイネは全身を襲う衝撃と痛みに苦悶の声を上げたが、意識を失わなかった彼は、
とっさにウィップを伸ばしフリーダムの足を絡め取ると、
お返しとばかりに足をすくって引き倒した。
「『特務隊』を嘗めるんじゃねえ! 俺はハイネ・ヴェステンフルスだ!」
ハイネはたまったものをはき出し緊張を解くように、啖呵を切った。
同時に、フリーダムが伝説になった理由も理解した。
ここまで手こずる上に、また何事もなかったように立ち上がろうとする奴を見て、
強さが尋常ではなく、二年前の自分ならどうなっていたか想像すると、ゾッとした。
それに……
「しっかし、ヤバイなぁ…こりゃあ」
先程地べたに叩きつけられたとき、腕部ビームガンが不調をおこしたのだ。
よりにもよってこんな時に……、そうハイネが冷や汗をかいたとき、
上空から赤い影がフリーダムに襲いかかった。
「大丈夫か、ハイネ!」
「シャアか!」
ミネルバ周辺のウィンダムが撤退すると同時に、
シャア・アズナブルはこの小島の戦闘を察知し駆けつけたのである。
ハイネが背負い投げをかまされる瞬間、彼も内心ヒヤリとしたが、
「無事なら何よりだ」
「遅ぇよ……」
シャアは改めて、伝説となった『ガンダム』と対峙して確信した。
出撃前感じていた子供の癇癪に近い感覚、それを発していたのはコイツだ。

 

一緒に家族で出かけるのをワクワクしながら待つ……

 

クリスマスや誕生日の前日、プレゼントは何なのか期待する……

 

新型ゲーム機を買って、テレビに繋ぎ電源を入れるあの瞬間……

 

そんな子供達が放つ、どんな‘楽しみ’なのか喜々として待っている子供の感情だった。
「戦場でふざける気か……」
シャアの胸中を、沸々と怒りの感情が滾る。
戦場での命のやりとりを、まるで子供の遊び、
ゲームのように楽しんでいる目の前のパイロットは、
「……気に入らんな」
シャアはザクを急加速させ、フリーダムに真っ正面から突っ込んでいく。
馬鹿っと叫ぶ声が後ろから聞こえたが、自分はあくまでも正気だ。
フリーダムは余裕を見せ、サーベルを右手で抜いてシャアを待ちかまえ、
ザクが眼前に迫ったときに勢いよく振るった。
その瞬間、フリーダムのパイロットは『勝った!』とばかりの喜びの感情を露わにするが、
「甘いなっ!」
シャアは屈んでそれをやり過ごすと、左手で奴の右手を掴み持ち上げ、
がら空きになった胴体にシャアは思い切り蹴りをぶちかました。
掴んでいた衝撃でフリーダムの右手は砕け、サーベルは刃を失い地面に転がる。
奴は、一瞬自分が攻撃を受けたことを信じられないようだった。
シャアは落ちていたサーベルを踏みつぶし、
一歩前へ出で、威嚇するように奴へと近づいていく。
奴に乗っているパイロットが、癇癪を起こしている事に気づくが、同時に恐れを感じたことも、シャアは察した。

 

フリーダムは、一歩、一歩、後ろへと後ずさり、三歩に達したとき、地面を蹴って大空へと飛び上がっていく。

 

ザクは、グゥルがなければ空へ上がることは出来ないし、
後ろにいたハイネのグフは飛べるが、損傷を負った今では追いつけるか不明瞭だった。
「ハイネ、撤退するぞ」
「まだ俺はやれるぞ!」
「無理だ。外から見ればわかる」

 

※※※※※※※

 

「生存しているMS部隊へ告ぐ。……総員艦隊へ帰投せよ。
我々は一度撤退し体勢を立て直す」
ユウナ・ロマ・セイランは、
憤然とした心中を押さえつけ、オーブ軍全員に号令した。
ユウナ・ロマ・セイランは、この瞬間、多くの兵を無駄死にさせた司令官になってしまった。
~これほどまでに屈辱的な結果に終わると、誰が予想しただろう?
まさかあのタイミングで、ミネルバの艦首砲が破壊されるとは思いもしていなかった。
それは、オーブ艦隊の壊滅を免れた幸運と見て良い。しかし、問題はその後だった。
ミネルバを沈める覚悟、そしてカガリの苦渋の決断を背負う覚悟を持ってここに来た、
全てのオーブ軍人の心をあの死の天使は踏みにじって行ったのである。
まるで、軍人としてここに来た者達をあざ笑うかのように、遊んでいった死の天使。
タケミカズチに帰投したユウナが見たのは、屈辱に身を震わせる将兵達の姿だった。
「ユウナ様!」
アマギ三佐が、自分の元へと駆け寄ってくる。
ユウナは、申し訳ない気持ちになった。とても顔向けできない。
「……すまない、私があのような判断をしていなければ」
「何を言われます! 貴方様が命令せずとも、恐らくこうなっていたでしょう」
周りの兵士達が、アマギに同調して、ユウナを元気付けようと声をかける。
ユウナにとって、その一言一言が重く、足取りも次第に重くなった。
ロッカールームでノーマルスーツを脱ぎ、シャワーを浴びながら、
彼は何度も、タイルの壁を殴りつけ、拳から血がにじみ出す。
「くそっ! くそっ! くそっ!」
そう己を責めながら、ユウナは天井むけて雄叫びを上げた。

 

凄惨な結果だった。
ネオ・ロアノークは、帰投したスティング達の機体、
帰還したウィンダム・ダガー部隊の少なさを見て臍をかむ。
カオスは頭部破損、フォビドゥンは両腕損失、セリナのウィンダムは装甲が何ヶ所か融解。
アビスは機体そのものに問題は無かったが、アウルはあの死の天使に恐怖を抱いたらしい。
帰投するや、荒れて自分の部屋にこもってしまったのである。
スティングも相当ショックだったそうで、一度勝った相手だと油断したのが敗因であったが、
やはり機体の頭が無くなったことが堪えたようだ。
ステラはフリーダムへの恐怖心が強すぎたのか、コクピットから引きずり出すまでに苦労した。
周りが全て敵に見えるほど心に刻み込まれたに違いない。
「やはり私も出撃するべきでした…」
「いや、気にするな。終わったことを逐一気にするほど、俺たちには時間もないしな」
医務室のベッドに横たえられ、うなされているステラのおでこを撫でながら、
ネオは後ろで後悔の念に駆られるファブリスに言う。
「……にしても、カオスはどうするかなぁ~。
ガイアとアビスは予備パーツ掻っ払ってきたから良いけど、あれだけ持って来損ねたからな」
ネオは頭を抱えた。
アーモリーワンで、カオスの予備パーツだけ強奪に失敗し、
今現在、カオスの扱いでメカニックは頭を悩ませている状態だというのを思い出した。
「ヘタに弄くれば妙なものが出来上がりかねんしな…」
この結果を『あの上司』にどう報告しよう。
そう考えるに連れて、ネオのお腹はキリキリと悲鳴を上げていた。

 

※※※※※※※

 

「タンホイザー発射寸前でしたからね。
艦首の被害は相当なもんですよ、時間がかかりますね、これは……」
「そう……」
マッド・エイブスの言葉に、タリアは力無く頷いた。
地球軍・オーブ軍双方は、フリーダムの突然の乱入で被った被害と、
ZAFT側の援軍であるアフリカ共同体艦隊が接近との情報を受け、
彼らが接近してくる前に避ける為、撤退していった。
しかし、エーゲ海は海峡を挟んですぐである。その警戒のためにミネルバは、
一時的にイスタンブルの港へ現地政府の許可の元寄港している。
タリアは、タンホイザーが存在していた箇所のゆがみ具合を改めて認識し背筋を悪寒が走った。
ただ……
「ミネルバの船体はいいのよ。船体は……」
彼女の目線は、タラップの向こうがわに並べられている黒いものへと注がれる。
遺体袋である。中身は、言うまでもあるまい。
「とにかく、可能なだけ早急にお願いね。ごめんなさいねいつも」
「いえ。それが仕事です」
マッドはそう言って、破損部位の取り外し作業に加わるため、タラップから艦内へ戻っていった。
タリアは、タンホイザーと遺体袋、双方を交互に見てため息をついた。
敵との戦闘でもなく、突如現れたMSによる攻撃。
きっと、死した者達は自分たちに起こったことを理解できぬまま、身を焼かれたに違いない。
それを思うと、彼女は憤りを感じずにはいられなかった。

 

「聞かせてもらおうか、アスラン」
「……はい」
ミネルバ艦内、ブリーフィングルーム。
シャアとアスランは、誰もいないこの部屋の中で、二人向き合っていた。
先ほどの戦闘での挙動不審。シャアは勿論、シンやレイからも、彼に何があったのか、という疑念の声が出ている。
「本来なら命令違反で責められても文句は言えんが……」
シャアは、黙って俯いたアスランの経歴を、順を追って思い出していた。
そういえば、前大戦でアスランは……
「あの『ガンダム』……フリーダムとは、前大戦で共に戦った仲だと聞いた。理由はそれか?」
彼は頷いて、シャアの質問に答える。
「あのフリーダムに乗っているのは……俺の、親友です。
あんな……あんな! 喜々として人殺しをする奴じゃないんです!」
涙目になって訴える。未だに信じられないのか声も大きくなって、
シャアは、まるで自分の息子が殺人で捕まった母親の台詞に聞こえた。
「しかし、現実は違った。あの機体はミネルバの艦首を貫き、十八人が死傷したんだ。
……君は、彼らの家族の前で、同じ台詞を言えるのか?」
シャアはアスランの顔をのぞき込むようにして言う。
それは、とアスランは言葉に詰まり、視線を彼の目から逸らす。
気持ちはわからないではない。知人がああやって理解不能な行動に出れば、誰しも戸惑うだろう。
事実、シャアもアムロとああいう形で再会したときはパニックになりそうだった。
しかし、自分たちはその戸惑い一つが生死を分ける役目を負っているのである。
アスランは、悩むようにして床を見つめていたが……しばらくすると、何かを思いついたかのように、
「隊長、相談があるのですが……」

 

アスランは、自動車運転席で地図をひろげ、コーヒーを一口すする。
ダーダネルス海峡付近の、旧トルコ行政区。その海に沿って、アスランは車で移動していた。
“フリーダムのパイロットとの交友関係を利用して近づき、その真意を問う”
アスランとしては、親友を疑い、友情を利用するのは心苦しい行為だったが、
ああいう事態になってしまえば仕方のないことだった。
アスラン自身、接触してこの頭の疑念を払拭したい気持ちが強く、シャアが折れたのである。
「そこまでして彼らと言葉を交わしたいのなら別にかまいはしないが……念のためだ」
シャアからは、一本のボールペンを渡された。
それを胸ポケットに入れたままにしておくこと。それが、離艦の条件でもあった。
アスランはすでに、海沿いに南西へ、三つほど町を訪ねては見たのだが、
何の収穫もなくイスタンブル県からテキルダー県へ入った。
フリーダムが出てきたと言うことは、あの付近にアークエンジェルがいたと言うことだ。
ならば、あの白い戦艦の巨躯を誰かが見ている可能性がある。
そのわずかな望みにアスランは賭けたのである。…だがこの有様だ。
もう一度、アスランはため息をついて群衆へと目をやる。
すると……
(ん? 彼女、どこかで……)
白いレザージャケットの少女が目に留まり、彼女が何者か確信すると彼は車から降りて、
「ミリアリア!?」
「……アスラン・ザラ!?」

 

そんな二人の邂逅を、少し離れた所の赤いハマーH3Tを運転する少女が見つめていた。
「全く、何で私がこんな事しなくちゃ行けないのよ……」
ノエミ・ジュベールは、愚痴をこぼしてあの三十路過ぎの隊長への文句を言いながら、
アスランの後をつけていた。
艶やかな黒髪を結い上げてベレー帽を被り、トレンチコートを纏って目立たぬようにしながら。
当の隊長本人は、別件が入ったらしくシン・レイ二人を連れてどこかへ行ってしまっていた。
……正直気が重い。
ナビで転倒している光点は、アスランが立っている位置をしっかりと表示している。
きっと、アスラン本人も気づいているはずなのだが、
形としては監視していなければならないのだと、隊長は言っていた。
『監視などしなくても戻ってくるだろう…』
そう信頼した上での物言いなのだろうが、頼まれる側としてはたまったものではない。
誰が、好きこのんで仲間の監視をしなければいけないんだ?
「それにしても……可愛い子ね」
戦場カメラマンらしきその少女は、アスランのことをよく知っているらしい。
しかし、近くのカフェで話し込んでいる二人の表情を見るに、
仲が良いとはお世辞にも言い難い。アスランの方がなんだかぎこちない動きだ。
テーブルの上の写真を、彼女は数枚手にとって、アスランと何か話している。
写真の内容は見えないが、彼と何か関係があるのだろうか?
ふと、アスランと少女が立ち上がり、
彼女はそのまま町の奥へ入っていく二人を見失わないようにして、
ハマーのエンジンを吹かした。

 

「貴方に会えたのはラッキーだったわ、アスラン」
「キラがこの町に来ているって、本当なのか?」
「付いてくればわかるわ」
ミリアリアは、町の中で、あまり人通りの多くない日陰の多い区域へと入っていく。
手には、差し入れらしき食料がある。
アスランは、時折洗濯物や地べたのどぶなどを避けながら、
彼女の後を付いていき、時折後ろを振り返っては、
(隠れるのがヘタすぎだ。……ノエミ)
赤いハマーが途中路駐し、トレンチコートを着た少女が下りたのを視認したアスランは、
サングラスの下の顔立ちがミネルバの同僚だと確認すると、内心ため息をつく。
アスランが振り返ると慌ててものの影に隠れる。
それも、体の大部分が隠れたところから出ているのでバレバレだ。
どうぞ疑ってください見つけてくださいと体で言っているようなものだ。
彼女はアカデミーでの‘そのテの課目’評価は低いに違いない。
しばらくすると、古びた共同住宅‘跡’が目に入る。
「ここか…!?」
「信じられない?」
「いや、そういうわけじゃ……」
ミリアリアは正面ゲートに張られたフェンス……からではなく、
裏手の壊れた塀の間から中へと入っていく。その共同住宅の最奥、
ちょうど町から死角になる部屋の前にミリアリアは立ち、戸をノックした。
すると、扉の向こうから、
「……『のり』」
「……『たま』」
日本語だ。
アスランは、その言葉のチョイスはどうかと思ったが、
開いた扉に入っていくミリアリアに続いて、部屋の中へと入っていく。

 

こっそり、胸ポケットのペンのノックを押していたが……

 

「……キラ」
「…ア…スラン?」
部屋の中は、隠れ家と言う割には綺麗にまとめられていた。
共同住宅跡から伸びていたケーブルは、情報を入手できるよう『彼』が勝手に繋いだネット回線だろう。
部屋の中には、アスランとミリアリアを除いて、二人の人物がいた。
キラ・ヤマト。そして、マリュー・ラミアスである。
「ZAFTに戻ったんだってね」
「ああ……」
キラは、アスランの態度が妙によそよそしいことに気が付く。
何故だかわからなかった。同時に、彼が怒っていると言うことも容易に察知できる。
マリューはというと、アスランがここへ来たことに素直に喜びを露わにして、
ミリアリアが買ってきたコーヒーを入れるためキッチンへと入っていった。
アスランは、ここが好機だと思った。
「確かに俺はZAFTに戻った。今はミネルバに乗っている」
『ミネルバ』……確か、ブレイク・ザ・ワールドで活躍して、
今も地球各地で奮闘中の、ZAFTの新型戦艦だ。
「そうなんだ……すごいね」
素直な気持ちを口にしただけだったのだが、アスランの顔がさらに険しくなる。
キラには訳がわからなかった。
何故、言葉を口にすればするほど彼は敵意を増すんだろう?
「キラ……なぜあんなことをした。あんな……馬鹿な事を」
アスランは何を言っているんだ!?
「おかげで戦場は混乱して、オーブ軍も多大な被害が出たんだ。ミネルバもだ!」
「え、ちょっと待ってよアスラン。『馬鹿なこと』って何さ?」
「しらばっくれるな!」
アスランはキラの前に数枚の写真を怒りにまかせて投げつけた。
キラはその写真を手にとって、絶句した。
「何……コレ?」
確かに、フリーダムだ。
だが、それは自分の知る『ソレ』とは違う、あまりに凶悪な『悪魔』の姿だった。
ムラサメを両断し、アストレイのボディを引きちぎり、
ダガーを消滅させ、ウィンダムを海の藻屑へ変えていく、フリーダム。彼の愛機。
「これでもまだ違うというのか!」
アスランはキラの胸倉を掴み迫る。
そこにかつての親友の顔はなく、峻厳なZAFT軍人の顔があった。
「ま、待って! 僕の話を聞いて!」
「……!? アスラン君止めて!」
キッチンから様子が変なことを察したマリューが割り込み、二人を引き離した。
彼女も、足下に散らばる写真を見て絶句したが、すぐに彼へ向き直り、
「これは誤解よ、アスラン君!」
「……誤解?」

 

「そうだよ! だって僕ら、一昨日までずっと、
スカンジナビアからユーラシア東まで逃げ回っていたんだ!」

 

「…………え!?」

 
 

第17話~完~

 
 

第16話 戻る 第17.5話