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Last-modified: 2010-11-25 (木) 22:48:36
 

~ロドニア研究所・大運動場

 

「あのフリーダムをここまでボロボロにするとは、相手は相当な手練れ共のようね……」
タリア・グラディスは、アークエンジェルのハンガーに佇むフリーダムを見上げて言う。
それは、アークエンジェルに出向いたミネルバクルー全てに共通する意見でもあった。
彼女がそう言いたくなるほど、フリーダムは‘傷だらけ’の状態だったのである。
V字アンテナが片方折れ、床に横たえられたシールドは、
ラミネート装甲が粘土細工のように、表面が溶けて所々穴が開いている。
装甲も所々高温で焼けただれ、フレームがむき出しになっている箇所も見られた。
武装も、腰のレールガンは無事だったが、
背部ウイングに併設されたプラズマキャノンは両方焼け落ちており、
『ヤキンのフリーダム』を追い込んだ連中の恐ろしさを切実に現していた。
「敵は新型のビーム兵器を開発したのでしょうか?」
「そう考えるのが妥当でしょうね、詳しく聞いてみないとわからないけど」
不安げなアーサーにタリアが言うが、彼が不安になるのもわかる。
先の戦闘で猛威を振るった……と言っても彼らは別人だと主張しているので断定はしないが、
圧倒的な戦闘力を誇ったフリーダムを追い詰める程、練度の高い部隊、
性能の高い機体が投入され始めたと考えなければなるまい。
それはそうと、タリアはどんどん頭痛の種が増えていくことに疲労感を覚え始めた。
タリア、アーサー、ハイネ他、パイロットが何名か見に来たのだが、
ルナマリア・ホークが、苦々しくフリーダムを見上げていたことに不安を感じざるを得なかったのである。
手は何かを押さえつけるように震え、唇をかみ、目は尋常じゃない色に染まっている。
「……何もおこらなければいいんだけどね」

 

当のフリーダムのパイロットはと言うと、
ミネルバ船内の客室に通され、シャア・アズナブルと相対している所であった。
テーブルを挟んでシャアとパイロットが向き合い、アスランが間に座る形となっている。
シャアは『ガンダム』を操縦していたのが若い少年だと言うことに既視感を感じていた。
まるで、『彼』のようだと。
そして、この少年が先の戦闘での『悪魔』とは別人だという確信を抱いていた。
あの悪魔から感じた不快な『あそび心』が、この少年からは感じないのである。
シャアは少年、キラ・ヤマトの前に淹れたてのコーヒーを置いて、
「砂糖はいるかね?」
「……あ、お願いします」
この間解った事だが、自分の声は議長に似ているらしい。
この少年も、少し驚いた顔をしていた。
「では、キラ・ヤマト君」
「はい……」
「話はアスランから聞いた。彼とは幼い頃からの親友だそうだな」
「ええ。月の幼年学校から、家族ぐるみの付き合いでした」

 

少し話をもどそう。
アークエンジェル艦長マリュー・ラミアスが、
ミネルバに戦時国際法に則った保護を求めたのが数時間前。
驚いたことに、オーブでミネルバの修理担当だった技術士官が彼女だった。
しかし、先の戦闘の蟠りが払拭されるはずもなく、クルーの何名かが食ってかかりそうになったのも事実。
アスラン・ザラの仲介のおかげで、第一段階が滞りなく終了した、というのが先程までの経緯である。
それに、そこから先が面倒だった。
アークエンジェル側の主張によれば、彼らはオーブ脱出後、大西洋連邦の旧カナダ行政区に潜伏。
大西洋を横断しバルト海へ逃げ込むも、謎のMS群に襲撃され、
旧東欧諸国を北から南へ転々として今に至ると言う。
「グラディス艦長が、貴艦の航海日誌を確認しにアークエンジェルへ乗っている。
その間は君も含めて、我々に拘束される訳だが、是非君の口からも聞かせてはもらえないか?
その、君らを襲った『謎のMS』とやらがどういうものか」
「……わかりました」
キラは頷いて、ポツリポツリと、この間アークエンジェルで何があったのかを語り始めた。

 

※※※※※※※

 

バルト海、ボスニア湾。
バルト海の中で北に位置するこの湾の底に、アークエンジェルはその巨体を横たえていた。
「マリューさん、バルトフェルドさんからは何も連絡は入ってませんか?」
「ええ、もう四日目になるけど、何も」
「そうですか……」
キラは、こうして大西洋連邦を脱し冷静に考え直すと、ラクス・クラインを疑って正解だったと
思っているが、やはり二年間共に過ごした女性なだけに振り切れないものがあるのも事実である。
だがこれまでの経緯を考えてみれば、彼女の行動は不自然であった。
例えば、ブレイク・ザ・ワールド直後のアスハ家別邸襲撃事件。
機体がZAFT製の新型という事もあり、最初はZAFTの特殊部隊ではないかという考えが濃厚だった。
しかし、本当にコーディネイターの特殊部隊だったとすれば、音も立てずに自分たちを殺せたはずだ。
事実、使用人達の遺体は寝ている間に喉をかききられたものばかり。
最初から手を抜いていたと想定すると、つじつまが合うのである。
二年前から続けていたトレーニング、襲撃のあった日見た突き立てられた包丁、
オーブ脱出後のメールと不審な電話。
大西洋連邦の協力者に会いに行くと言い、バルトフェルドを連れて艦を離れ、
大西洋連邦の一画に身を潜めてみれば、彼女との連絡が途絶え襲撃される。
この艦の場所を知っていたのは、自分たちと彼女だけ。
どう考えても、彼女が裏で絡んでいるとしか思えない。気づけなかった自分すら憎く思える。
考えたくはないが、バルトフェルドももう連絡できない状態になっていると考えて良いだろう。
キラは複雑な心境で、これからどうするべきなのか考えていた。
「今更オーブに戻るわけにも行かないわね」
「だとしても、今連合に駆け込むのは愚の骨頂です。やはり……」
「……ZAFTということになるけど、みんな納得するかしら?」
オーブが連合に与することになったきっかけは自分たちの存在だ。
それがわかっている以上、今カガリの所に駆け込むのはこれ以上ない迷惑になることは必定。
連合は論外だった。ニュースを見ている以上、クルー全員、彼らの元に組みする気がしない。
選択肢として残っているのは、ZAFTに逃げ込む事であった。
デュランダル議長の人柄を考えれば当然の選択であったが、先の襲撃のMSも相まって、
なかなか決心が付かないのが現状だった。
カガリとつながりがあると言うことで、こうしてバルト海に潜伏しているのを、
スカンジナビアの王家に黙認していただいている状態だが、それに甘え続けるわけにも行かない。
「そろそろ出ましょう。……やはりZAFTに保護を求めるのが最適だと思います」
アーノルド・ノイマンの進言を、マリューはとうとう呑んだ。

 
 

機動戦士ガンダムSEED DESTINY IF
~Revival of Red Comet~
第18話

 
 

「スカンジナビアを出港したのが、ちょうど一週間前です」
「その一週間の間、君らは南へ向かって逃げ続けてきたわけだな?」
「はい。……これが、僕から貴方に出せる証拠なんですけど」
キラは、シャアの面前に持っていたアタッシュケースをひろげて言った。
中にはノート式の端末と、数枚のディスクが入っている。
「フリーダムの戦闘データです。
これに、そのMSの映像が不鮮明ですが残っていました」
アスランがキラの背後に立ち、彼が端末を立ち上げて、
再生ソフトを起動させるのを確認すると、シャアの方をむき頷いた。
キラが黙って、シャアの方へ端末を回し、彼は映像をのぞき込む。
シャアとアスランが並び、再生されていく映像を確認する内に、
アスランの顔色がどんどん青ざめていった。
「こ……これは……」
アスランは、見たこともない新型MS群の機動性とビームの威力に驚愕した。
シールドで防ごうとしてもシールドが焼け、掠めただけでフリーダムの装甲が熔けていく。
これほどの熱量を発するエネルギー源を、敵が開発したのだろうか?
だとすれば趨勢が傾くぞ。アスランはそう考え恐怖した。
しかし、別の意味で驚愕した男がいた。シャア・アズナブルその人である。
映像のMSを彼はよく知っていた。
数年前、クワトロ・バジーナと名乗っていた頃、刃を交えたMS達だったから。

 

 ・両腕にバインダーの形状をしたシールド・ライフルを兼ねたスラスターを備え、
  MAへの可変機構を備えた大型MS『ORX-005 ギャプラン』
 ・数機の『ベースジャバー』に乗っているのは、
  左肩のスパイクと右肩のシールドからZAFTのザクを彷彿とさせるが、
  それより大型の体躯と赤い塗装が特徴的なモノアイのMS『RMS-108 マラサイ』
かつて『ティターンズ』が運用し、『エゥーゴ』を苦しめたMS達が映像の中で猛威を振るっていた。

 

キラの手は震えていた。よほどの恐怖だったのだろう。
ギャプランとマラサイで編成された小隊相手に、よく一機で持ち堪えたとほめてやりたい気になった。
「敵が襲ってこなくなったのは、旧ウクライナに入った後になってからでした……」
ZAFTの勢力圏に入った瞬間、ぴたりと攻撃を中止し撤退したのは、
恐らく此方の存在を察知されたくなかったからだろう。
シャアはキラにコーヒーを飲むよう勧めた。落ち着くには温かい飲み物を飲むのが良い。
「君が遭遇した新型については、艦長を通じて議長にも伝えよう。
だが、問題は君等の処遇だが……」
そこまで言って、シャアは口をつぐんだ。
よく考えてみれば、アークエンジェルにはこのままディオキアまで向かってもらうのが、
一番望ましく安全な航路だと思うのだが、その点はどうなるのだろうか?

 

※※※※※※※

 

エーゲ海、ペロポネソス半島。
ファントムペイン母艦J.P.ジョーンズ並びに、オーブ軍艦隊は、
地球軍の基地に寄港し破損した船体の修理とMSの補修に時間を費やしていた。
ジョーンズのハンガーの一画で、セリナ・バークレイは乗機のウィンダムを見上げていた。
先の戦闘では、猛り狂った赤いザクのアックスに寸での所まで追い詰められるという屈辱を味わったのだ。
あの赤いのは覚えている。ユニウスセブンでいいようにあしらった奴だ。
ギリリと唇をかみ、悔しさを露わにしつつ、彼女は、先の戦闘に乱入した『白い奴』を思い起こしていた。
「……キラ」
不思議と、心の奥底から湧いてきたこの言葉。
まるで、心の隙間を埋めていくような、暖かな感覚がわき起こる。
「何なのかしら、この感覚は……」
ウィンダムのコクピットハッチを撫でて、彼女は呟いた。
しかし、『違う』という感情も生まれていた。
自分の知っている『彼』は、あんな事をしない優しい人で……
「……!? 彼って何よ!? まったく……」
セリナは頭を襲ってくるこの微妙な感覚と闘いながら、ハンガーの出口に向かう。
今日は早く寝よう。
そう思いながら、出口に差し掛かったあたりで、一人の男とすれ違った。
ブリッジの通信担当だ。
彼は、酷くやられたカオスの傍らに立つネオの元へ駆け寄ると、
「ロアノーク大佐!」
「どうした?」
「ロドニアの研究所の事でお話が……」
迂闊だ。彼女は、ネオの傍らで彼の手に抱きついていたステラを見て思った。
彼女は、ネオ達の下へと近づいていき、ネオに軽く敬礼してから、
「詳しく聞かせてもらえません?」
と言って、彼を少し離れたところに引っ張り、
「……ステラに聞こえたらどうする!」
と小声で叱責した。
「で、研究所がどうしたんだ」
ネオの問いに、兵はおそるおそる、
「アクシデントがありまして……『処分』が失敗したそうです」
そう聞いた瞬間、ネオとセリナは顔をしかめた。
『処分』~不要となった‘サンプル’を廃棄する単語。
今一番聞きたくない言葉の一つでもあった。
「担当官が巻き込まれ死亡。研究員達の安否も絶望的です。
それに……こちらが到着する前に、悪いことにあの『ミネルバ』が……」
「占拠したって?」
黙って頷いた兵を余所に、二人は頭を抱えた。
事後処理部隊が手を回す前に、よりにもよってZAFTに知られてしまったのだ。
そして、振り返ったセリナが、
「……あれ? ステラは?」

 

「にーにー! アウル! スティング!」
そのステラはというと、ハンガーを飛び出して、食堂に向かっていた。
さっき、ファブリスが二人を連れて先に行っていると言っていたのを思い出したのである。
みんなにも伝えなきゃ!
彼女は、ネオとセリナの顔色が変わったことから、
よっぽど大事な話なんだろうと察し、みんなにも伝えるべきだと判断したのである。
食堂でカレーを食べていた三人に近づいた彼女は、
「んぁ? どうしたんだよ、ステラ」
「ロドニアのらぼ……てなに?」
自分にはこの言葉の意味するところはわからないが、きっと彼らは知っているはずだ。
「ロドニアの研究所っつったら、お前」
「俺たちがいたところだよな」
スティングとアウルはお互いの顔を見やり、
「どうしたんだよ、それが」
「ネオがね、わるいことに『みねるば』がって」
「ステラ! それは本当か!」
彼女の言葉を聞いた瞬間、ファブリスが血相を変えて立ち上がる。
アウルとスティングも、信じられないという顔をしていた。
「ミネルバって、ZAFTの艦じゃん! どういう事だよ!」
アウルが真っ赤な顔をして、ステラの両肩を掴み揺さぶる。
冷静さを失った彼をスティングが後ろから羽交い締めにして押さえ込み、
ファブリスが、ステラの前に屈み、彼女の顔を見上げるようにして、
「教えてくれ、大佐はなんと?」
「えっと……『みねるば』がらぼを見つけて‘せんきょ’したって」
「「「 …………!? 」」」
三人が、固まった。特にアウルのうろたえ様は凄まじく、涙目になって、ワナワナと身を震わせる。
そして、火がついたように暴れ出した。必死にスティングとファブリスが抑えようとしたが、
「は、放せよ! 研究所には‘母さん’が……!」
そう言った瞬間、アウルの顔が引きつった。二人がしまったと思ったがもう遅く、
彼は今度は泣きわめき始めた。
「か、かあさ……かあさんが……」
「落ち着け、アウル!」
ファブリスが彼の頬に手を当てて顔をのぞき込み、宥めようとするものの、
アウルの目の焦点はもう合っていない。
「かあさん、し、死んじゃう! やだよぉ!」
その時、二人はステラの事も気にかけてやるべきだった。
彼女の変化を感じ取ったファブリスが振り向いたとき、彼女の姿はもういなかった。
「……マズイ!」
ステラは、元来た道を引き返していた。
アウルの必死な声を聞いて、何かに突き動かされるように、
同時に胸にわき起こる恐怖心を振り払うように、彼女は走り出す。
「死んじゃう……ダメ……」
ZAFTが行くところには‘死’が起こる。
そう教えられていた彼女には、あの街の風景がまた浮かんでいた。
「しん、あすらん、めいりん……死んじゃう。みんな、死んじゃう!」
助け出せばいい。自分が、「かあさん」と「街のみんな」。全て。
ハンガーで整備が終わろうとしていたガイアのコクピットに彼女は滑り込んで、
次々と発進シークエンスを終了させていく。
モニターが映ったとき、ハンガー入り口にファブリスの姿が見えたが、
「ごめんなさい、にーにー」
ステラはそう言って、いっこうに開く気配のないハッチを切り開いて、
夜闇の中へと飛び出し、大地を駆けていった。

 

※※※※※※※

 

「このままジブラルタルにですって!? 上層部は正気なの!?」
アークエンジェルの艦長室に入り、マリューと共に航海日誌に目を通し終えたタリアは、
ミネルバから廻ってきたプラント最高評議会の評決を聞いて驚愕した。
てっきり、ディオキア基地に寄港させるものと思っていたからだが、
評議会から下された命令は、
『大天使ト共ニ、ジブラルタルヘムカエ』
と言うものであった。
それも、研究所の調査が済み次第というのが、タリアのイライラを増やしていた。
装甲はすでに修理は完了しているが、タンホイザーがまだ破壊された砲塔を撤去したばかりで、
まだ新品は届いていないのである。艦首砲無しでジブラルタル行きなど、無茶にも程がある。
『艦長…』
通信機越しに、メイリンの顔が映り、
「今度はどうしたの?」
『研究所の調査員からです。研究所内で見て頂きたいものがあると……』
何故次から次へと、自分が出て行かなければならないものが増えていくのだろう?
タリアは、腹がキリキリ痛み始めるのを我慢しながら、
マリューに一事ゆっくりするよう伝えると、アークエンジェルを降りていった。

 

「C.E.64年……。
 7月、『11・廃棄処分』『3・入所』
 8月、『7・廃棄処分』『5・入所』……」
施設内のコンピューターの画面を見つつ、タリアは、胸くそ悪くなる数字を読み上げていた。
アークエンジェルクルー数名を、ミネルバの客室に留置し、
シャアとアスラン、シンも呼んだ上で、内部へと踏み入ったのである。
すでに中を見ていたシャアとシンはともかく、アーサーは所々でもどしそうになり、
アスランも驚きを隠せないようであった。
中央管制室とは別に、資料室と思しき部屋へと入った後、このコンピューターを見つけ、
「何なんです、それは?」
「恐らく、この施設の子供達の……『流通記録』だろうな。『出荷』とも書いてある」
怒りを抑えたシャアの声がアーサーに答え、彼は驚いて廻りのガラスケースに目をやった。
周囲には、脳が収められたケースが並び、どの脳にもNo.がふられている。
「え! って事はコレは全部!」
「子供達のなれの果て……」
アスランが絶望感すら滲ませた声を上げる。
「『強化人間』か……」
シャアは、何処の世界でも人間の暗部からこういう存在が生み出されることは認知している。
それに、彼自身使った人間である以上、この怒りが分不相応な気がして、複雑であった。
「コーディネイターに対抗しようと、薬や何かで肉体を強化・改造。
戦闘訓練の毎日を送らせて、適応できない‘サンプル’は廃棄処分される」
苦々しげにタリアは周囲を見回して、
「ここはそういう施設だったみたいね。
‘宇宙の化け物’を退治するために‘怪物’を造る場所……」
シャアは、アスランの手が震えていることに気が付く。
やり場のない怒りが、彼を支配していくのを感じ取り、シャアはアスランの肩に手を乗せた。

 

「……隊長?」
「少し体の力を抜け、アスラン。
……気にしすぎるとここの死者に呑みこまれるぞ」
「はい……」
「とりあえず、採れるだけのデータは採っておいて。
私はアークエンジェルの艦長さんと話を再開しなきゃ……」
タリアは付いていた兵士達にそう命令を下すと、施設を後にする。
彼女の足取りはフラフラとしており、過労が彼女にのしかかっているのだと真っ先に察したのは、
副長のアーサーだった。先程までもどしかけていた情けなさが、少し消えていた。
「艦長、それは後は自分がやります。貴方は休んでください」
「でも…」
「時には私を頼って頂きたい。何のための副長ですか!」
「じゃ、じゃあお願いするわね」
施設を出る段階になって、アーサーの進言を聞き入れたタリアは、
ミネルバの自身の部屋へ向かっていった。
その後ろ姿をアーサーは見送ると、キビキビと周囲に指示し始めた。
「意外ですね……」
「やはり副長になったのは伊達ではないらしいな……」
そんなアーサーを、意外そうにシャア達は見ていたが、
緊迫した空気を和ませてくれる存在はこの場所にはいないらしい。
ハイネが、血相を変えて三人の下へ駆け寄ってきたのである。
「お、おい! 三人とも早く来てくれ!」
「ハイネ!? 一体どうした!」
ハイネの額から、血が流れていた。
「俺のことは良い! 早くミネルバへ戻ってくれ!
ルナマリアの嬢ちゃんが『お客さん』に殴りかかって暴れてる!」
「「「 何!? 」」」
この施設といい、アークエンジェルといい、あの『ラクス・クライン』の事といい、
天は自分たちを殺す気なのだろうか?

 

「くそっ! 放せ、畜生!」
駆けつけてみれば、一体は騒然となっていた。
緑服の兵が何名か腕や脚を抑えて呻いており、
別の兵は血を流して医務室へ運ばれて行く最中であった。
当のルナマリアはと言うと、レイとノエミが必死になって押さえ込んでおり、
『お客さん』こと、キラ・ヤマトが、腫れた頬をメイリンに冷やしてもらっている。
「お前だ! お前がぁ!」
怒りのあまりに醜く歪んだ、狂気に染まった顔を見せるルナマリアに、
廻りの者達は皆唖然となっていた。
「ルナ! 落ちついて!」
「……くっ!」
ルナマリアの腕力はあまりにも強く、想定していなかったのか、
ノエミとレイの体が持ち上げられ、
「きゃぁああ!」
ルナマリアが腕を振るった瞬間、二人の体ははねとばされ、
通路の壁面に叩きつけられる。
「くそっ!」
アスランが、咄嗟に前に出た。
ルナマリアは、アスランが自分を阻害しようとしているのだと悟ると、
拳を握りしめ殴りかかる。彼は咄嗟にしゃがみ込み彼女の拳をやり過ごすと、
彼女の体に当て身を喰らわせた。
「ぐふ……」
ルナマリアの意識は刈り取られ、体がどっと床に倒れ込むのを視認したアスランは、
彼女を縛り、独房に放り込んでおくよう周囲の兵に下知した。
「大丈夫か、レイ?」
シンが、レイの体を抱き起こし、レイは痛みに呻きながら、
「あ、ああ。大丈夫だ」
そう言いながら、彼は殴られた『客』こと、キラ・ヤマトを見る。
見るというより、睨むと入った方が正しいかも知れない。
先程のルナマリアほどではないが、彼もキラ・ヤマト少年に含むところがあるようだ。
「キラ君……無事か?」
シャアがキラの傍らにしゃがみ、頬の腫れ具合を確認しながら言う。
キラは大丈夫だと言いつつも、彼女が何故自分に襲いかかってきたのか解らないでいた。
「ただ、客室から出たら彼女と出くわして、それで……」
「殴られたのか?」
シャアの問いにキラはコクリと頷く。
遅れてきたハイネ共々、怪我人は医務室へ行くよう指示をした時、
追い打ちをかけるように、ミネルバ艦内に警報が鳴り響いた。
『MS隊で動ける人は出撃してください! 敵影確認、『ガイア』です!』
索敵担当官のバートが、緊迫した声で告げる。
それを聞き終えたとき、ハイネがボソリと呟いた。
「おいおい、今日は厄日か?」

 

『現在確認できるのはガイアだけです! 後続は確認できません!』
「了解した。それだけ解っただけでも上々だ、出るぞ!」
ノーマルスーツも着ないまま、シャアはザクのコクピットに乗り込んで発進させた。
シンのインパルスと、アスランのセイバーが続く。
レイ、ハイネ、ノエミは、打ち付けられたり流血した箇所の応急処置のため、
一事医務室に連れて行かれている。
グゥルに飛び乗ったザクと、インパルス、セイバーは高度を高く取り、
夜の闇に染まった森林地帯を見回して……ガイアが黒い機体だという事を呪った。
赤外線モニタに切り替えると、森林の奥の方が、ほんのり赤くなっていることに気づく。
「あいつ、今日こそ!」
「まて、シン」
突出しようとしたインパルスをシャアは制した。
「ただ一機で来たのなら、何か特殊な装備を施してあるかも知れん。迂闊に戦うな」
「ならどうしろって言うんです! とっ捕まえるんですか?」
「察しがいいな」
そう言うや、シャアはグゥルを動かし、森林の木々ギリギリの所まで高度を下げて、
シンとアスランに、上空へ注意を引いておくよう言った。
やがて、森の中から緑の光の奔流がインパルスめがけ放たれ、
咄嗟に右に避けることでやり過ごしたシンは、その地点にバルカンを打ち込んだ。
ビームでは森を焼いてしまう。そう考えての行動だった。
セイバーも、その動きに習いジグザグに動きながらバルカンを発射する。
VPS装甲に実弾は効かないのだが、挑発の効果は大いにあったらしい、
業を煮やしたガイアが天高く飛び上がり、森の中から獣の如き姿を現した瞬間、
シャアが下からガイアに迫り、サーベルを一閃させ、四肢を切り落とした。
『きゃあああああ!』
「女だと!?」
地面に叩きつけられるのを防ぐため残った胴体を抱えたときに、
接触回線で相手パイロットの声が聞こえてきた。
幼い少女の悲鳴が聞こえ、シャアは一瞬たじろいだ。
「隊長! コレって……」
「皆まで言うな!」
ロドニアまでガイアのボディを運んだシャアは、
ゆっくりと、ミネルバのハンガーまで降り立ち、ボディを床に置いた。
レイ達が、処置を済ませたか包帯を巻いて待っている。
その手には、銃が握られていた。
インパルスとセイバーをハンガーに戻したシンとアスランも、
ガイアだった物の下へ駆け寄って、シャアがガイアのハッチ開閉スイッチに手をかけた。
「……開けるぞ」
プシュッと、空気の抜ける音と共にハッチが開いていく。
シャアが真っ先に銃を中へ向け、パイロットが気絶していることを確認した。
パイロットは、ノーマルスーツも着ず地球軍の制服姿であった。
頭を打ったのか、時折声を漏らすも、目を覚ます様子はない。
ベルトを外し、シャアはパイロットの少女を抱え上げ、
「誰か手伝ってくれ!」
そう言って医療班が担架を持ってきた段階で、シン達が気づいた。
パイロットの少女が、自分たちがこの間知りあった少女だと言うことに。
「ステラ……? 何で!?」

 

※※※※※※※

 

~地球・某所

 

基地と思しきハンガーの真ん中に、一機のMSが降り立った。
紺と緑で彩られ、巨大なバインダーを両腕に取り付けた大型MSである。
コクピットハッチが開き、一人のパイロットが、昇降用ワイヤーを伝って地上へと降りていく。
先に到着していた赤いMSのパイロット二名が、そのパイロットへと近づいていく。
メットを取ると、その下からは艶やかなグレーの髪と、端整な顔が現れる。
パイロットは青年だった。
近づいてきた二名も、同年代の男女で、片方は黒人の、
もう片方の少女は、露出の多い制服にアイシャドウが特徴的だった。
「お疲れさん。すげえじゃん、あの『ヤキンのフリーダム』に一発かましたんだからよ」
「ああ。この新型は実に良い機体だ。お前達のはどうだった?」
「もうウィンダムなんて比較になんない!
飛べないのが残念だけど、あの飛行機凄いのよ!」
喜々として語る青年達に、整備班の一人が、
「おい、スウェン! 中佐がお呼びだってよ!」
「ああ、解った、すぐに行く」

 

※※※※※※※

 

~東アジア共和国首都・南京

 

『紫禁城』
旧世紀時代の1406年、永楽帝が元の王宮を改築し、
清朝の崩壊まで中華帝国の権力の中枢であり続けた歴史ある建造物。
その化身ともいえる豪奢な建造物が、南京の中心にも存在していた。
それが、東アジア共和国・中央政府の『宮殿』である。
見た目がそのままだというのがまず第一。
さらに、未だに強力すぎる中央集権体制と、古き文化を重んずる東アジアの“サル共”への、
大西洋連邦・ユーラシアからの揶揄も込められている。
「……そちらの言い分は聞かせてもらったよ、アスハ代表」
壮年の男が、楼閣の上から南京の遠景を眺めて言う。
男は、上質な布地で織られたグレーのスーツを身に纏い、
翡翠を先端に装着した銀色の扇子を片手に、艶やかな黒髪を結い上げていた。
服装だけが、ここが現代なのだという認識を思いおこさせる。
男の名はツァオ・フェン。東アジア共和国大統領である。
彼は現在、一人の人間と面会していた。

 

~カガリ・ユラ・アスハ

 

オーブ連合首長国という、豆粒程度の国土ながら大国ばりの軍事力と技術力を持ち合わせる、
現在東南アジア地域では間違いなく‘最強’の国。
そこの元首たる彼女が、自分に会いたいと申し入れてきたのである。
「それにしても、貴国は大西洋連邦と協定を結んだばかりではないか。
……あちらの頭とは話をつけておられるのかな?」
「そんなことはない。……これは我々オーブ政府のみの判断だ」
大統領用執務室にと豪奢にしつらえてあるソファに、
カガリは悠々と座り込み、来賓用の信陽毛尖を一口すすった。
「私の一族縁の地、河南でとれたお茶だ。お気に召したのなら嬉しい限りだが」
「ああ。私はお茶には疎いが、これは今まで飲んだ中で一番美味い」
この娘の言い分には、少し耳を傾ける気になった。
豊富な鉱物資源と人的資源を保有しながら、
ただただ大西洋とユーラシア双方の下風に立ってきたこの東アジアの現状。
技術力は抜きん出ていても人的・鉱物資源に乏しいオーブ。
双方の欠点を補い合う経済・軍事交流の発展。つまり、大西洋連邦を裏切る形での二重外交。
それを、この娘は持ちかけてきたのである。
「……で、この話は考えてくれたのかな? ツァオ・フェン」
そう言うカガリの目は、ユウナの目に似た、
かつて『オーブの獅子』と呼ばれたウズミを彷彿とさせる眼光に変わっていた。

 
 

第18話~完~

 
 

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