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Last-modified: 2011-03-08 (火) 21:19:31
 

~イオニア海・海上

 

ジブラルタル基地を出立して丸一日。、
旧ギリシアの大地が望めるあたりになって、シン・アスカはミネルバの甲板へあがった。
ミネルバは、ZAFT側を代表するほどにまで声望が高まっていたそうで、
自ずと先頭を走る形となっており、東アジア艦隊の旗艦であるMS運用母艦『天龍』が、
ミネルバの三時方向、つまり南側を併走している。
彼はミネルバと天龍からのびているケーブルの先で牽引している、
赤い巨大MA『シャンブロ』へと目をやって、ベルリンやプラハ・ワルシャワを、
灰燼に帰すデストロイを運用した大西洋を声高に糾弾しながらも、
このようなMAを同じように開発するという東アジア政府のあざとさを、
彼はその身でヒシヒシと感じていた。
すると、背後でカツカツと音がして、振り返る。
ルナマリア・ホークが、そこに立っていた。
「何だ、ルナか。何の用だよ」
「何だって何よ。私も見ておきたかったの、東アジアのMA」
そう言って、彼女はシンと同じようにフェンスに身を任せる。
二人はしばらくの間無言のまま、地中海の心地よい風を味わい、
人間同士の争いなど気にしていないかのような、
母なる地球の大地と海、そして青天の美しさを眺めた。
「……胸、大丈夫なのか?」
シンは、思わず口を開いていた。
このところ、ルナマリアと落ち着いて相対することが出来ずにいる。
基地の医療部によれば、もう変貌の心配をすることは無いとの事だが、
今でも、あの歪んだ醜い顔が頭に浮かんできてしまうのだ。
彼女はというと、いつものように天真爛漫な笑顔を見せている。
それが何時ああして壊れてしまうのかが、彼は怖かった。
「ん、時々痛むけど、問題ないわ。
 それに、医師達も言ってたじゃない?」
「そうか、そうだよな」
「大丈夫よ、シン」
ルナマリアはシンの肘に手をそっと乗せた。
彼女の温かい体温が伝わってくる。シンは、彼女の顔を正面から見つめた。
「私は私のままでいるから、安心して」
「……! ルナ、お前気づいて……!」
「そりゃあ気づくわよ、あの手術の頃からみんな少し余所余所しいんだもの。
 自分で調べたの、モニターの記録とかでね」
彼女は、ジブラルタルで目覚めた後、ロドニアのあたりから何も覚えていないことと、
それ以降の皆の対応が変化したことで、疑問を持ったのだという。
そして記録を調べて、知ったのだ。皆に対し下品で卑猥で耳障りな言葉を並べる自分を。
「……実はね、ガルナハンで‘そうなった’のは覚えてるの。
 目の前でショーンが死んで、ショックだった。
 その時よ、まるで暗い空間に引き込まれるかのように、廻りが暗くなったの」
前の風景は見えるのに、身体が自由にならない恐怖を味わい、
その後の自分の蛮行をまざまざと見続けなければならなかった事は、
誰にも言い出せなかったのだという。
「怖かったのよ、自分の事もそうだけど、
 私が、戦いのせいでおかしくなったなんて……」
彼女はなるべく笑顔でいようとしている。そう、彼は感じた。
手がわずかながら、震えている。目の奥に、翳りが見える。
自らの肘に乗せられた手を、優しく握り返す。
「大丈夫だよ、ルナ。
 お前がそうやって元気でいれば、みんなすぐにわかってくれるさ。
 どれだけ一緒にいると思ってるんだ」
「シン……」
「もう一人のお前。誰なのかは俺にはわからないけど、
 其奴がまた現れたら、俺がお前を取り返す……絶対に!」
シンは、ルナマリアの手を引いて、抱きしめた。
彼としては、彼女を落ち着かせるつもりで、だ。
彼女の心拍がどんどん早くなり、体温が上がって行く。
でも、放さなかった。
(そうだ、ルナが変わったって、俺が……)
そう、彼は心の中で誓っていた。

 

だが、彼は知らなかった。
デュランダルが行った手術の、本当の目的を。

 

※※※※

 

~ジブラルタル基地・格納庫区域

 

基地全体のMSデータ、並びに補修用のパーツ。
重要な機器の収められている、基地の地下保管庫。
そのまた更に奥の部屋に、例の人形は収められていた。
「……ん? おい、また彼奴勝手に目明けやがったぞ」
「気味悪ぃな、人形の癖に。
 まぁ大丈夫だろ、強化ガラスで囲ってあるんだからよ」
二人の兵士が、交代で人形の見張りを行っている。
人形はと言うと、強化ガラス製のシリンダーに収納され、
さらにシリンダー内部は液体で満たされ、センサー付きの呼吸器を装着、
異状があれば彼らに伝わる仕組みである。
「よくもまぁ、良い造りにできたもんだ。作った奴の頭調べたいぜ」
彼らには、義手足の実験用自動人形だと言い含めてあり、
生体結合部の腐食を防ぐ措置であるともいってある。
それ故、彼らはあの人形の中にあるモノを知らずにいた。
見張りと言っても、時たま機器の不調か身体の一部が動く、
気味の悪い人形の入った容器の廻りをウロウロするだけ。
一見すれば、面白みのない任務であるとも思えようが、
役得と言えば役得かもしれない。人形に、服は着せていないのだ。
「本当、うまそうな身体してるよな、コイツ。
 モデルになったやつの身体も拝みてぇよ」
「全くだ…」
下品な笑いをあげる男共を余所に、部屋の中でブザーが鳴る。
「お、交代時間か」
男達はその音と共にのびをし、欠伸をしながら部屋を後にしようとした。
そして、部屋の自動扉が閉じた瞬間、人形の目が……大きく見開かれた。
扉の向こうで、ガラスの割れる音が聞こえた男達は、
サーッと血の気が引き、部屋の中へ再び飛び込んだ。
交代要員の兵士二人も、続いて部屋の中へ入ってきて、唖然となった。
金属バットで殴りつけようと壊れることのない強化ガラスが、
内側から破壊され、液体が床へと散乱していたのである。
勿論、中にいたはずの人形の姿もなかった。
「さ、探せ! 何としても見つけ出すんだ!」
彼らにとって不幸だったのは、
この部屋の中に緊急警報装置が設置されていなかったことだろう。
扉一つ向こうの、保管庫入り口にあったのである。
元々、危険物などを入れる為の箇所ではなかったし、
指定したデュランダルからすれば、独房の奥底に入れておきたかったのである。
しかし、人形であり人ではない以上そこへ入れるわけに行かなかった。
MSでは無いことから、ハンガーの格納庫もNGだったのである。
「ヨハンは入り口の警報を……!? ヨハン、後ろだ!」
駆けつけた警備兵の一人が、仲間に指示をしようとし、
彼の方向を振り向いたとき、彼の後ろにいるモノの存在に気が付いた。
しかし、遅かった。其奴はヨハンと呼ばれた兵士の背後から手を回し、
首をひねり、鈍い音が部屋中に響き渡る。

 

…ゴキンッ…

 

骨が粉砕される音と共に、さっきまで生きていたはずの人間が、動かなくなった。
其奴は、ブラリとなった死体をしげしげと眺めた後、
興味を無くしたかのように放り投げ、人間のようで人間でない顔で、笑った。
「ば、化け物がぁああ!」
三名の兵士達は各々悲鳴を上げながら、手にしていたライフルの銃口を奴に向けた、と思った。
「あ…れ…天井? なん……れ……」
其奴は、一瞬身を屈めたと思ったら、正面の兵士に飛びかかり、
さっきまでやらしい目線を向けていた顔に、思いっきり蹴りをかましたのである。
兵士の首は折れ、後ろにへんな形で曲がり、絶命すると共に身体は後ろへ倒れた。
着地したと思えば、其奴は後ろへ飛んで、左側にいた兵士の頭に蹴りを打ち込む。
顔面にめり込んだまま、保管されていたコンテナにぶつかり、兵士の頭がつぶれ中身が周囲に飛び散る。
其奴は、鋭い眼光を残りの一名に向けて、飛びかかろうとした。
「ま、待ってくれ! 出口を教える!」
兵士は、必死になって叫んでいた。其奴は振りかぶった拳を眼前で止めて、
「へぇ……」
兵士の顔に手を当てて、ジッと顔をのぞき込む。
顔の作りは美人であり、兵士は息を呑んだが、美しい顔は忽ち歪んで、
「……いいよ、もう知ってる♪」
其奴はもう片方の手も顔へ当て、一気にひねりあげる。
身体が持ち上がり、ビクビクとけいれんし顔が青ざめ、
白目をむく様子を眺めながら、人形は残忍な笑みを浮かべていた。
「さて、と。音がしてたし、ハンガーはすぐそこかな……」
人形は死体から軍服と銃・弾薬を奪い取ると、暗闇の中へ消えて行く。
十数分後、ジブラルタル基地格納庫よりバビが一機強奪される事件が起き、
破壊された格納庫の中でパイロットの無惨な死体が発見される。
保管庫の一室で四人の遺体が発見されるのはその調査中の事で、人形の紛失も確認された。

 

カメラに映る犯人の顔は、ルナマリア・ホークに生き写しだったという。

 

※※※※※※※

 

~地中海・スエズ沖

 

ZAFT・東アジア連合艦隊は、スエズ基地を囲むように海上に展開し、
30分ほど前に行った降伏勧告の返答を待っていた。
その勧告が実質形だけであることは承知の上で、
すでにZAFT・東アジア双方共に臨戦態勢へ入っている。
コンディション・イエローの発令と共に、パイロット達は搭乗機内で待機となっており、
シャア・アズナブルは、久方ぶりのサザビーのコクピットで出撃前の最終チェックを行っていた。
「サイコミュ受信調整、終了。
 索敵、駆動も問題無し……いつでも出せるぞ」
『了解です、アズナブル隊長』
「メイリン、シャアでいいと前から言っているだろう?」
『あえ!? で、でもぉ……』
この子と言い、姉と言い、何とも戦場の緊張感とは殆ど無縁な空気を漂わせる姉妹である。
その存在が、クルーの間で良き清涼剤になっているのは確かであるが、
年上の人間をさん付けするくらい簡単だろうに。
顔を真っ赤にして嫌々と頭を振る少女に首をかしげつつ、彼はシートに身をもたげた。
彼はモニタの一部に、スエズ基地の遠景を映し出して、
この空間越しに伝わる殺気を感じながら、戦端が開かれるのは近いと感じていた。
ふと彼は、シートから身を乗り出して振り返り、
デスティニー、レジェンド、シナンジュの姿を見、少年達に何か無いか心配になる。
デュランダルが何を思ったかはわからないが、
彼らが乗っている機体には‘サイコフレーム’が搭載されている。
どの程度かに問わず、彼らに何らかの影響は出るだろう。
それが、もし悪い方向に働いたのなら、彼らはどうなるか。
そう考えたとき、彼の背筋を何か寒い感触が駆け抜けた。
ブスブスと燻っていた何かが、とうとう引火して燃え上がり、
ばらまかれた油の上を這いながら拡散し続ける。
「隊長……」
「アスランか?」
シナンジュからの通信で、アスランの顔がモニタに現れる。
顔には、初めて不気味なモノを見た子供のような、
理解に苦しむ何かを見た人間の顔があった。
「隊長は感じますか?
 何か、どす黒くて、ザワザワしたモノが、その……」
「お前も感じるのか」
「……!」
シャアは、内心はやはりそうかと思いつつ、
自分も初めて感じているかのように彼には返事をした。
(ハイネには笑われるかもしれんな)
そう同時に感じながら、
「おそらく、コレはあの基地の兵士達の『殺気』だろう。
 人間の心が放つ力の一端かもしれん」
「憎しみの力、ですか?」
「もしそうなら、この黒い感覚こそ人の目を濁らせ、
 誤った方向へと導くモノだ。だが、お前も気を付けておくといい。
 戦場は生き物だ。いつ何時、我々がコレに呑み込まれるかは解らん」
「……ません」
「……?」
ズンッ…と、シナンジュを取り巻くプレッシャーが重みを増す。
サイコフレームの影響で増幅された感情が漏れ出ている。
それは、悪い感覚ではなかった。アスランは一度俯き、顔をまた上げる。
『覚悟』・『確信』、そう呼称すべきものが、そこにはあった。
「ありませんよ、決して。俺も、シン達も」
目が澄んでおり、濁りが一切見られない。
逆に、シャアは自分がその目に元気づけられたような、
何とも言い難い複雑な気分になる。それと、安心した。
彼らなら、もしや死者に呑まれず、道を誤ることは無いかも知れない。
「そうか……」
先程の不安が、シャアの胸中で再び起こることはなかった。
その時、メイリンがコンディション・レッドの発令を艦内放送で通知。
黒い感情が向こう岸で爆発し、ミサイル群が空中へと放たれ始めた。
向こうでは、その黒い感情に混じり、困惑や絶望に似たものもある。
(基地の兵士達が己の感情に負けた、か)
サザビーを固定している装置が、右舷カタパルトへ移送され、
同時に、左舷カタパルトへはシナンジュが移送される。
脚部固定装置の規格に合わぬ足であるため、
スターティングブロックのように装置が傾き、
シャアとアスランは足を乗せ、身構える。
『シャア機、アスラン機、発進どうぞ!』

 

「シャア・アズナブル、サザビー、出るぞ!」
「アスラン・ザラ、シナンジュ、出る!」

 
 

機動戦士ガンダムSEED DESTINY IF
~Revival of Red Comet~
第26話

 
 

蒼天の中へと飛翔した瞬間アスランは、
新たな機体シナンジュが自らの身体であるかのように、
文字通り『吸い付く』ような機動を見せることへの驚きが隠せなかった。
このリニアシートによってGが軽減されているからなのだろう。
身体にかかる負担も軽く、これまで以上の速度が出せそうだった。
アスランはペダルを踏み込んでみる。
背部バーニアの膨大な推進力が、シナンジュのボディを前へ前へと押し出して行く。
横を見ると、自分についてこれているのが、サザビーとデスティニーのみであると気づく。
シンも、デスティニーの莫大な推進力に舌を巻いていた。
サザビーやシナンジュとは別の視点から高い機動性の確保を目指し、
高い格闘性能と標準的な射撃兵装を備える特殊なMS、デスティニー。
ヴォワチュール・リュミエールの生み出す推進力は、まだ限界を見せていない。
二人の要求の斜め上を軽く飛んでいく出来の機体達であった。
「シン、アスラン、我々ミネルバ隊は先んじて上陸。
 基地上空到達後その空域の攪乱に当たる。地上施設を制圧する味方の突入口を開くぞ!
 海堡の心配はするな。東アジアMS部隊に鎮圧は任せてある」
「「 了解! 」」
そして彼らの後方に、空気を吹き飛ばすような爆音をあげ飛んで行く、
三機のMSを見つめながら、レイのレジェンド、そして三機のギラ・ドーガが追従して行く。
シナンジュ、デスティニーのような高速は出せないものの、
従来機とは比べものにならぬ能力は十分に備えている。
ギラ・ドーガは、ザクの後継機のような印象を与えつつも、中身は全く別物の、
それこそ、フリーダムやジャスティスのような伝説級MSに匹敵する代物である。
実際はそれどころではない開きがあるのだが、彼らにはそう受け止められていた。
見る見るうちに、スエズ基地のポートが見え始め、
防衛のため陣取っているダガーLや105ダガーが居並んでいるのが見える。
連装無反動砲やアグニ装備のような砲戦使用や、フォルテストラ装備。
バスターダガー、ソードカラミティなど、多種多様な種の機体が、
ZAFT並びに東アジア艦隊を迎え撃たんと、殺気を剥き出しにし待ち受けていた。
マラサイの姿はまだ無い。恐らく、基地本部施設の防衛にあたっているはずだ。
アスランは、まとわりついてくるような、どす黒い彼らの殺気を感じ、
シナンジュを一気に急降下させ、ビームや砲弾のカーテンをやり過ごす。
海面ギリギリまで機体を降下させて、基地のポートまで迫る。
シンは、更にデスティニーを加速させて前へと突っ込みつつ、
上空からMS部隊へと強襲をかける。すでに、背中の対艦刀は抜かれていた。
サザビーはシナンジュ同様、海上を滑りながら海面を蹴って左右へ機体を小刻みに動かし、
飛んでくるビームの光やキャノンの砲弾を避け続け、確実に第一防衛ラインへと迫って行く。
どの動きもなめらかで美しくすらあり、それを見る味方の目も多かった。
アスランは、防波堤を蹴り上げて一度空中へと飛び上がると、
新型ライフルの銃口を、デスティニーの横腹を狙うランチャーダガーに向ける。
引き金を、引いた。
かつて無い熱量を孕んだ光の奔流が、銃口から放たれ、
ダガーのボディめがけて吸い込まれて行く。
シュッと、音が聞こえたような気がした。
アスランは、ライフルなのにこの威力なのかと内心驚愕しつつも、
シールドのグレネード・ランチャーで対空砲の密集している区域を潰す。
そして地上へと降り立つと、膨大な推力でホバー式に機体を浮かせたまま、
ライフルを腰のラッチに収納すると、滑るように敵機の間へと割り込んで行く。
前腕部のサーベルを手に持つことなく、前腕部のアームに着けたまま、
まるで波の中を流れる木の葉のように、敵MSの間を持ち前の機動力ですり抜ける。
〈 く、来るなぁぁぁ! 〉
一瞬、敵ダガーから、新兵のかん高い悲鳴が響いた。
『聞こえた』のではなく、『感じた』のである。
それを認識したときはすでにその懐に深々とサーベルを突き刺していたときであり、
それが敵兵の魂の拡散と共に発せられた波動だと認識するまで、さして時間は掛からなかった。
「俺の中に、『人間』が入ってくるだと…………!?」
そう表現するしか、他に言い表せようがなかった。
人の思いが、機体を通して自分の心の中に踏み入ってくる。
悲しみ、痛み、憎しみ。押し潰さんばかりの重さをもって、のしかかってくる。
アスランは、振り払おうと一瞬だけ考えた。
しかし、すぐにやめた。
この思いを振り払ったら、何のために自分はここにいるのかわからなくなる!
そう思ったのである。元をたどれば、安定した世界を望む点においては同じものをもった者達。
目の前で自分に銃口を向け、弾丸を放つその姿は、
‘恐怖と迷い’を自分に向けてぶつけてくる。
もしそうやって、自分に思いをぶつけてくるならば、
……自分は、それを全て受け入れてしまえばいい。
自分は……平和を望む彼らの思い、怨念を体現する『器』になればよいのだ。
「残念だ、俺は君たちを殺さなければならない。
 デュランダル議長の作る新たな世のために、俺は徹底的に貴様等を叩く。
 だが君たちのその‘思い’は、このアスラン・ザラが引き継ぐ。安心しろ!」
自然と、姿勢が前のめりになる。
この気持ちの高揚が使命感なのか闘争本能なのか、解らなくなる。
そのどちらであるにせよ、心地よい感覚であることに変わりはない。
自分は死者に呑まれるのではなく、死者を呑み込む。そう言う立場であればいい。
アスランはサーベルを再び振るって、
一度に二機を切り下げると基地の奥へ奥へと突き進んでいった。

 

一方、ハイネ・ヴェステンフルスは、
シュツルムファウストを敵ハンガーにたたき込みながら、
その場で上記であるオレンジのギラ・ドーガをを一回転させると、
背中に回り込んでいたソードカラミティを振わんとしていた対艦刀ごとサーベルで切り裂いた。
「凄いな、こりゃあ……」
シャアから聞いていただけでは解らない実感が、
操縦桿だけでなく機体全体を通して彼を刺激していた。
核融合エンジンから生み出される膨大なエネルギーは、
従来機とは一線を画した圧倒的なパワーを見せつけ、ねじ伏せる。
「……!? 『勝って兜の緒を締めよ』だ、ハイネ・ヴェステンフルス!」
ハイネは頭を振って、一瞬心に生まれた慢心を振り払う。
これだけの機体を預かったのなら、ソレ相応の働きに、
相応の心根と姿勢を見せねば、特務隊の名折れである。
それに、過剰な力に呑まれた人間がどうなっていったかを、
二年前に嫌になるほど見てきたではないか。
ハイネは肺に溜まっていた空気を一気にはき出し、もう一度空気を吸い、
ペダルを踏み込んで別の建物の上へ飛び乗り、蹴っては飛び蹴っては飛びを繰り返しながら、
対空施設や停泊している巡洋艦のブリッジに残りのシュツルムファウストを打ち込む。
そして、少し離れた箇所で乱戦を繰り広げている二機のギラ・ドーガに目をやった。
スラッシュザクのアックスをそのまま用い、段違いの出力からなる威力の大斧と化している。
無論、耐熱処理もより高度な処理を施してある故に高価であり、
マッド・エイブスには壊すなと念を押されている代物であった。
ノエミはと言うと、ガナーを彷彿とさせる大型のバックパックとビームキャノンを用い、
彼女の進む先に入る連中への牽制に徹しており、息のあったコンビネーションで敵を葬っていた。
「見事な太刀筋だ、ルナマリア。ノエミもいいセンスだ」
「ハイネっ!? 隊長達は……」
「彼奴等はもう奥の軍事工廠付近だよ。レイも行っちまった。
 そろそろ東アジアの連中も上陸する頃合いだし、俺たちも続くぞ」
「わ、わかった!」
「合点、任されて!」
進行方向を南の司令部付近へと変えた彼らの後ろで、
爆音と共に巡洋艦や空母が次々と船体を切り裂かれ、真っ二つになりながら沈んで行く。
東アジアの切り札『シャンブロ』が、海中から姿を現す。
特撮怪獣がそのまま機械化したような印象すらあり、
スエズ防衛軍はその大きさに竦み、動きを止めていた。
「……来たか」
「大西洋にも水中MSはあるのに……」
ハイネは悔しげに呟く。
ZAFTの対地攻撃部隊はやっと基地上空に達し、攻撃を開始したばかりであり、
このMAが巨体に見合わぬ素早さを持って、スエズの海堡を潰してきたと見るべきであろう。
そして、奴の頭部がまるで生き物のように開き、
口腔の置くに見える砲塔が姿を見せ、エネルギーが収束して行くのが解る。
『前方のZAFT機へ、これより敵MS群を掃討します。
 待避行動をお願いします……!』
「この声って……」
「あの子、アレのパイロットだったんだ」
ジブラルタルで会った、東アジアのジョウ少尉の声である。
予想外の事ではあったが、彼らは咄嗟にギラ・ドーガを飛ばし、
建物を蹴って急加速すると、シャンブロの斜線上から飛び退いて、
そのままシャアらが向かった基地の奥の方へと向かっていった。
後方で、閃光が走った。
巨体から生み出される莫大な出力を用いた拡散ビームが、
基地沿岸部を守備していたMS部隊を直撃し吹き飛ばしてゆくのが、
レーダーから光点が次々と消えて行くことから解る。
残った光も、海から次々と湧いて出てくる東アジアの水陸MSに、
芽も残さず刈り取られて行く。
「ハイネ…」
「振り返るな!」
ノエミが何かを言おうとして、彼はそれを押さえつける。
言った言葉は、彼女へ向けたものでもあり、自分に向けたものでもあった。
ジョウ少尉はともかくとして、東アジアのMS乗り連中は、新型の力に‘酔っている’。
動きなどにそれらが現れていて、二年前のコーディネイター至上主義者共に通じる吐き気を感じ、
そんな連中のただ中に立てば、気が狂ってしまう気がして、
ハイネは一刻も早くシャアやシン達と合流したいという気持ちに駆られていた。
「……!? 言葉が走った?」
対艦刀を一閃し、ウィンダムのボディを両断したシン・アスカは、
一瞬だけ、向こう側でアスランの言葉が聞こえた気がした。
彼の気配がどんどん前のめりになって行くのも同時に感じ、シンは危機感を感じた。
アスランは良い奴であるが、馬鹿なくらい正直で純粋な男だ。
一端こうと決めたら、よほどのことがない限り曲げることはない。
すこし心配になりながら、シンはモニタの端に赤いMSが現れたことに気づく。
シルエットはザクに似ていながら、禍々しさがより強くなったフォルムを持つ、連中の新型機であった。
「あれが隊長の言ってた『マラサイ』か。
 ……でも、負けられないんだ。ルナの為にも俺は!」
アスランの事も心配だが、もっと心配なのは後方にいるであろうルナマリアであった。
心理的負担からいつ変わってもおかしくないと思っているシンは、
彼女により負担をかける訳にはいかないと奮起し、
五機前後の小隊で攻め掛かってくるマラサイ部隊に向けて、
背部の長射程ビームキャノンを掲げ、チャージが終わるや真ん中に向けて放った。
避けられることは最初から想定済みだ。
驚くほど軽やかな動きでビームを避けたマラサイ達は、取り囲むように散開し、
「もらったぁ!」
シンは左腕部にキャノンを抱えたまま三時方向に飛ぶと、
不意を突かれたマラサイの腹部に右掌を押しつける。
「このデスティニー、見くびってもらっては困る!」
デスティニーの掌が、光る。
~パルマフィオキーナ
ゼロ距離からのビーム攻撃という破天荒な発想の元に誕生した兵装であり、
不意を打つ事においては他の追従を許さない兵器が、炸裂した。
ジェネレータ直結式による膨大なエネルギーが、掌の砲塔から放たれ、
密着していた装甲を溶かし、パイロットを焼き尽くして貫通する。
ブスブスと煙を上げながら倒れ込む機体を横へと放り、
残りマラサイは仲間が討ち取られた怒りに燃えて、
ビームライフルをシンめがけ雨あられと浴びせかける。
シンは、この間の実機訓練から感じていた不思議な感覚が、
またやって来ていることに気づいていた。
(敵の攻撃が……読める……!?)
正確には、殺気を感じ取り、その矛先がどうなっているのかが解るのである。
機体を通して、機体から発せられる殺気がどこに向いているのかを把握し、先に行動する。
そして、ゾワッとした地点を弾丸やビームが通り過ぎるのである。
同時に、敵パイロット達が強烈なまでの憎悪を持って、
自分を殺そうとしている事、そして恐怖心までもが、機体を通して伝わってくる。

 

(…………気持ち悪い!!)

 

受け入れがたい感情が流れ込んでくるような不思議な感じに、シンは身体が一瞬強ばる。
ヴォワチュール・リュミエールの高機動によってマラサイの攻撃をかいくぐりながら、
一機一機、確実にボディへ一撃を入れて行く。
ライフル、キャノン砲、対艦刀を使い分け、その都度相手の断末魔が頭を走って行く。
だが、彼は全力でそれを右から左へと流していった。
彼らの怨念を背負いきれるほど、自分はまだ出来た人間ではないし、
自分は怨念を映し出すようなマシーンにもなりきれない。だから……、
「これ以上、俺にまとわりつくな! 重いんだよ!」
対艦刀を振りかぶり、最後の一機となったマラサイを唐竹に切り下ろした。
デスティニーの背後に灰色の機体が近づき、
シンは咄嗟に切っ先を向けようとしたが、対艦刀を抑えたその手はレイのレジェンドの腕であった。
「シン、心が乱れているぞ。
 何かあったかは聞かんが、平静になれ」
「レイ……? 悪ぃ、取り乱してた」
荒くなっていた呼吸を整えつつ、レジェンドの援護射撃の下、
一度引き返し、工廠だった建物の陰に隠れる。
ようやく呼吸が落ち着いてきた段階になって、
シンはレイにひとまず感謝の言葉を言い、
「沿岸部の戦況は?」
「途中でハイネ達が気になって引き返したが、殆ど終わってるだろうな。
 東アジアのMAとMS群が鎮圧しているはずだ」
「そっか……、俺等もうかうかしてられないな」
「待て、シン!」
レイは、また再び急いた心のまま前線へ戻ろうとするシンを引き留めていた。
「何すんだレイ、俺は大丈夫だって!」
「大丈夫じゃないから言ってるんだ。お前は何にそんな急いでいる」
「急ぎもするだろ! 俺がやらなきゃルナは!」
「……はぁ、そういう事か」
レイは内心、シンの真っ直ぐなところが裏目に出ていると呆れつつ、
何かの影響で、それが前へ引き出されているのだと察しを付ける。
そしてまた、その考え方に疑問を抱いた。
「お前は、同じ艦の人間を信用していないのか?」
「……どういう、事だよ」
「基地で、エトムント医師と医療部の医者が言っていたはずだ。
 ルナマリアが‘あの状態’になることはもう無いと。お前のその態度は彼らへの侮辱だぞ」
「でも、ならないって保証あるのか!」
「ないな。だが、そこだけに囚われて他が見えてなければ、何の意味も無い」
「そりゃあ、そうだけど……」
シンは何も言い返せなかった。
ルナマリアはもう変貌する事はないと、確かに医療部の人間は言っていた。
だが自分はソレを信じられず、彼女に負担をかけまいと懸命になりすぎ、心の余裕を失っていた。
敵パイロット達の怨念を振り払おうと必死になったのも、おそらくそのせいかもしれない。
「ルナマリアに何かしてやりたいなら、お前は‘寝床’になってやれ」
「寝床……?」
「彼女が何か悩んで、苦しんでいるとき、お前が安息の場所になってやるんだ。
 今のお前は、お互いを傷つけて、その傷の手当てすらしないようしている」
レイはそう断言した。
彼女をどうこうしようと動けばシン自身が消耗し、彼女を傷つけるし、
その結果ブーメランのようにシンの心にもダメージとなって帰ってくるにすぎない。
「俺、どうすればいいのかな……」
シンは、少し沈んだ声で言う。
レイは、レジェンドを建物の影から乗り出させて前線の様子を窺うと、
「お前がすべきは、生きて帰って、彼女と楽しく過ごす事だ。
 それが彼女のためになる。無理して何かをしようとすれば失敗するだけだ」
「そっか、そうだよな! ありがとう、レイ!」
ヘルメットのバイザーを開き、二度頬を叩くと、シンはいつもの気力を取りもどす。
レイは、少々単純な彼の思考を危ぶみつつも、羨ましく感じていた。
彼は何もかも難しく考えすぎる。……アスランもそうだが。
ふと、同時に自分がジジくさい言い方をしていることにも気が付いた。
(……あとどれだけ残っているかわからんが。
 俺に出来るのは残された時間を精一杯生きてやる事だ)
その発想が、そうさせてるのかも知れない。
レイは苦笑しつつ、前線へと飛んで行くデスティニーの後を追った。

 

ちょうどそのころ、シャアはビームショットライフルを拡散モードに切り替え、
周囲を囲みつつあるマラサイ部隊を相手取っていた。
アスランのシナンジュと背中合わせに、サーベルとライフルを駆使しながら、
一機一機確実に葬っていっているものの、見積もって後20機はいる。
さすがに数ヶ月乗っていないせいか、自分の腕もすこし鈍っている。
シャアは心の中でそう愚痴りつつ、シナンジュと入れ替わるようにしてサーベルを突き出し、
互いに互いを斬ろうとしていたマラサイを貫いていた。
「やるな、アスラン」
「隊長こそ……!」
あと18機。ダガーやウィンダムならまだ希望的観測も出来たが、
マラサイが相手でありかつ頼れる味方は自分たち二機。
時間稼ぎといきたいが、相手もそれは承知の上であり、むしろヤケクソな部分を感じ取れる。
東アジアとZAFTの対地部隊も到達していたのだが、
マラサイに良いようにやられるものが出始めており、突破どころではない。
加えて、連中は自分たち二機が強敵であると認識し標的を絞ってきており、
生き残ったダガーやバスターダガーもこちらに向かっているとの情報も入っている。
こめかみを流れる汗にも気づかず、二人はジリジリとマラサイと一定の距離をとり続ける。
その時、マラサイ部隊めがけて巨大なビームが二本駆け抜け、
二機ほどのマラサイが避けきれず爆散する。シャアは、この武器に心当たりがあった。
レーダーに映る機体番号から見て、察する。
「‘ランゲ・ブルーノ砲’と、デスティニーの長射程ビームキャノン……シンとノエミ達か!」
モニタの端に映った影が、味方機であると確認すると、
形勢が逆転した事を確信し、マラサイ部隊に銃口を向けた。

 

※※※※※※※

 

~月面・地下

 

「……スエズが落ちたか」
『はい、先程ヘブンズベースのロアノーク大佐がそのように』
「残ったのはそこと本土だけだな。
 ……ツァオめ、あのようなタイミングで裏切るとは!」
ロード・ジブリールは、月面のさらに下にある月面都市‘だった’所に作られた仮宿舎の中で、
ゼダンの門の副官からの通信でスエズ基地が陥落したことを知った。
彼は、月面調査団から入った秘匿通信の内容に興味を惹かれ、ここへやって来た矢先の出来事だけに、
東アジアとオーブのあの掌を返すような裏切りに怒り心頭であった。
「まぁいい、奴等にはいい気になったところで、
‘天の火’を喰らわせてやるとしよう。それよりも……」
呼吸を整え、ジブリールは秘匿通信で示された地点に向かうため、宿舎を出る。
送りの車が待機しており、かれはその後部座席に乗り込んだ。
高級車でなく、軍のジープであるのは不満であったが、
この空間の空気がふんだんに吸えた事で、それを洗い流す。
この月面下に広がる都市は、コペルニクスに似たような雰囲気を感じる。
だが、長い間人の手に触れずにきたことからか、空気は非常に澄んでおり、
ジブリールは少しの間だけ、穏やかな気分でいられた。
彼は、調査団が言っていた施設がこの建ち並ぶビルの中にあるのだろうと思っていたが、
車は彼の予想を外れ明後日の方向へ進んで行く。
「あの『フォン・ブラウン』とかいう街では無いのか?」
「いえ、閣下をお連れするのは、少し離れた施設の方になります」
少々疑問に思いつつも、彼らは信頼する部下である。
その言葉に従い、彼はトンネルを抜けた先にある光景を見て、
「これは……」
あの月面都市とはまた趣を異にする施設であった。
形状からして、今現在の地上でも見ることが出来る施設とよく似ている。

 

~プラネタリウム

 

それとよく似た施設の門をくぐり、待っていた研究者陣と合流すると、
彼らに導かれるまま、中央のドーム室まで案内される。
「あれが発生装置なのか!?」
ジブリールは、部屋の真ん中にキノコのような形をした機械があることに気づく。
タッチパネル式のようであり、今の時代には見られない代物であった。
研究者達は、それに幾つもケーブルを繋いでいて、
先程まで修復作業を行っていたのだと窺わせる。
「閣下にお見せしたいものがありまして、お呼びした次第でございます」
主任がおずおずと近づき、彼を真ん中へと誘う。
ドアが閉まり、薄暗く光る装置を残し、部屋が暗黒に包まれる。
ジブリールは、全身があの機械と関わっては行けないと信号を発しているような気がしていた。
手足が震え出す。
ジブリールは、とっさにそれを押さえつけようとする。
研究者達は、それを滑稽とは思わなかった。自分たちも、震えていたから。

 

そして、暗室に『映像』が映し出され始めた。

 

ジブリールが憔悴しきった表情で部屋を後にしたのは、
それから数時間後のことである。うわごとのように、

 

「歴史を書き直す力……なぞ、信じぬ、信じぬぞ、私は……」

 
 

第26話~完~

 
 

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