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Last-modified: 2011-04-21 (木) 19:04:37
 

~ゼダンの門・VIPルーム

 

ロード・ジブリールは、部屋の大展望から見える、青く美しい水の惑星の姿を眺めていた。
全身を襲ってくる脱力感と戦いながら、彼は今まで自分が学んできた、
『歴史』そのものを根本から覆す真実を頭の中で反芻していた。
以前マラサイやギャプランを見、ジェガンやデルタプラスの存在を知ったとき、
一度は科学者陣や彼の中で浮かんだ説が、まさしく的中する結果となった。
プラネタリウムのような施設で見た映像は、鮮明に思い出すことが出来た。
 ・ストライクと同じトリコロールのGタイプが、ザクに似たMSを指し貫く瞬間
 ・オーブのムラサメをより強化したようなGタイプが、マラサイを切り裂く瞬間
 ・額にビームキャノンを備えたGタイプの重MSが、大型のビームサーベルを振るう瞬間
 ・大型バーニアを方に装備したGタイプと、核兵器搭載のGタイプが切り結ぶ瞬間
 ・陸戦系のGタイプが、グフ系のMSと肉弾戦を繰り広げる瞬間
 ・花のような形状の赤い巨大MAが、分身する小型のGタイプと戦闘をしている瞬間
 ・光の羽を広げたGタイプが、天使のわっかのような施設に向かう瞬間
 ・神々しく輝くGタイプと、悪魔のように巨大なGタイプが対峙している瞬間
 ・Gタイプが月の光のエネルギーを糧に、尋常でない規模のレーザーを放つ瞬間
 ・天使の羽のようにしなやかなウイングを持つGが、禍々しいGタイプと切り結ぶ瞬間
 ・緑色に輝く粒子をまき散らすGタイプと、赤い粒子をばらまくサムライのようなMSが切り結ぶ瞬間
 ・現在はヘブンズベースに配備中の『νガンダム』が、赤い鬼のようなMSと激戦を繰り広げている瞬間
様々な映像が、信じがたいリアリティをもって彼につきつけられた。
かつて人が住んでいたものが、天から飛来し地を焼き尽くす時や、
ある科学者が希望を込めて造り上げたものが、一部の者の野望で悪魔と化する時。
そして、人を超えた存在であると増長した者や、果ては宇宙から飛来した地球外生命体。
今の彼に、それら全てを理解しまとめ上げる気力は残っていない。
加えて、現実としての問題の処理も彼には残っていた。
大西洋連邦並びにユーラシア連邦政府が、ロゴスと実質的に距離を起き始めている事。
これについてロゴスの古老どもが騒ぎ始めているし、
地球における拠点はスエズが陥落した今、
大規模な施設はヘブンズベースしか残されていなかった。
今朝方届いた情報に寄れば、ZAFT側が投入した新型によって、
虎の子であったはずのマラサイも敗退している事実。
東アジアの水陸MSには善戦したらしいが、それは慰みにもならない。
ただ一つの幸運と言うべきは、宇宙要塞アクシズがようやく姿を現したことであろう。
L2宙域、すなわち『鎮魂歌』を設置しているダイダロス基地、
そしてあの『地下の月面都市』にほど近い宙域にアクシズが出現し、
現在L2宙域駐留軍と睨み合いになっているとの噂もあるが、正確なところはまだ伝わってはいない。
しかし、危機的状況といえどもジブリールは、現状に焦ってはいなかった。
想定外の事実を知ってしまったショックは大きいし、地上の拠点が減っていることは確かに厳しい。
だが、当初の自分の目的からは別に外れてはいないのである。
「いくら損害が増えようが、最終的に勝者になればそれでよし」
アクシズには、今まで引っ込んでいた分だけ働いてもらうつもりである。
此方の『鎮魂歌』という切り札はきっていない故、ちらつかせて動かすのは簡単だ。
それに、謎の第三勢力の出現はプラント並びに裏切り者共の動揺を誘うのに効果的であるし、
このまま混沌とした情勢が続けば、死者はますます増えて行くだろう。

 

……それでいいのだ。

 

どんどん戦って、どんどん憎しみが広まれば、人間には余裕が無くなってくる。
前大戦以前から続くナチュラルとコーディネイターのいざかいなど、
考えようとも思わなくなる期間が、きっとやってくる。
ぶつくさ言いつつも金魚の糞のようにくっついているロゴスのジジイ共も、
人々が余裕をなくし、戦争する気も起こさなくなれば黙っている他はない。
人が少なくなれば、食糧問題も深刻化しないし、統治するには都合が良い。
そして結果的には、緊迫した情勢を維持し続け、適度に爆発させ続ければいいのである。
ふくらませしぼませ、ふくらませてはしぼませ、繰り返し、繰り返し。
「安定したまま発展し続け、その果てに『埋葬』があるならば、
 私は常に後退し続けるようにすればいい。簡単な話ではないか……」
鋭く濁った眼光は変わらぬまま、尖鋭化した発想を胸中に抱え、
ジブリールは青き地球の姿を目線から外すと、鎮魂歌の視察のために部屋を後にした。

 

※※※※※※※

 

~旧トルコ・アンタルヤ

 

かつてはトルコ屈指の観光地として知られたこの地域の港に、
ZAFT戦艦ミネルバと中心とするZAFTの潜水艦艦隊と、
東アジア艦隊空母天龍を初めとした連合艦隊がその巨体を休めていた。
観光地であった頃の名残は今だ強く、各地にトルコ料理のレストランが居並び、
日が傾き駆け至る所で街灯に火がともされて、街を明るく照らし出している。
飲み屋や歓楽街には、ZAFTの制服や地球軍の制服が入り交じり、
なんとも不思議な光景が広がっている。
タリア・グラディス艦長を中心に、ミネルバのクルー達も、
作戦成功を祝う席を、街の一画にある宴会場で設けていた。
食卓にはすでにラクと呼ばれる食前酒と、ベヤズ・ペイニルやウスクルム・ドルマスが並び、
酒と肉とが織りなす芳しい香りが部屋に満ち始めていた。
音頭を取ったのは無論艦長のタリアであり、
艦内に溜まっていた疲れや陰気を全て吹き飛ばすつもりで、という締めくくりで宴会は始まった。
シャア・アズナブルは、一番隅っこの席でラクを一口すすりスィミットをかじりながら、
宴会場の中心でクルーから立役者と称賛をあびるシン達を眺めていた。
周りの連中の中にはもう酒が回り、半ば叫んでいる者もみられるが、そこは酒宴に付きものであろう。
「ルナマリア、歌いまぁ~す!」
ルナマリア・ホークが、軽やかな足取りでステージに上がる。
赤らんだ頬が妙に色っぽく、前列の男共のヒートアップ具合は凄まじい。
カラオケのリモコンをいじり、穏やかな曲が流れ始めて、ルナマリアは深呼吸すると、
〈 君が流す涙 拭うためだけに~ 〉
「ほぅ……」
意外な一面を見た。シャアはそう感じていた。
酒宴の席に歌う曲かと聞かれれば首をかしげざるを得ないが、
ルナマリアの歌声は綺麗で、心穏やかな素敵な声音であった。
「何かお腹に入れた方が良いですよ、シャアさん」
「メイリンか、んっ、ありがとう」
メイリン・ホークが、そっとシャアの隣に座る。
一人で離れた場所に座っていた彼を心配してか、キョフテの乗った小さな皿も持って。
メイリンからフォークを受け取って、口に放り噛みしめる。
肉の仄かな甘みが口の中に広がって行き、穏やかな心地になった。
「結構歌うの上手でしょう、お姉ちゃん」
「……ああ、確かに上手だな」
「なぜお一人なんですか? こういう時くらい、シン達と一緒の方が」
「こういうときは、若者同士の方が盛り上がるものさ。
 私のようなオジンが混ざっても面白みがない」
「そんなこと……」
ないですよと言いかけて、メイリンは黙っていた。
ふと当人達に目をやると、ルナマリアの歌う姿をジッと見つめているシンやレイ。
ハイネと談笑しているアスランなどの姿を見、
「……言ったろう?」
「そうですね」
メイリンは、そんな彼らを温かい目で見ているシャアの横顔を見る。
彼女は最初、ミネルバに来た頃は心を開かない冷たい人間のように思っていた。
比べて現在は、色々な経験を積んできた『大人の男』として周囲と接している
最近気づいた事であるが、大人をやりつつも子供っぽい所を捨てきれない『弱さ』も持った人であるとも。
酒が廻ってきたメイリンは、そのシャアの左腕に身をもたげる。
頭がふわふわして、瞼が重い。不安は感じず、むしろ安心している。
父親の腕に抱かれていた小さい頃のような、何とも温かい気持ちに包まれる。
「メイリン、おい。……参ったな」
シャアはと言うと、メイリンが自分に身をもたげて、
すやすやと眠ってしまったことに少し焦りを覚えていた。
作戦の疲れがどっと出たのも解るし、コーディネイターとはいえ16才だ。
しかし、場所を考えて欲しいものである。
かといって起こすわけにもいかず、彼女の寝息を聞きながら酒を飲んでいた。
酒が廻って火照ったその寝顔はなんとも扇情的で、グッと来る何かを必死で押さえつけながら。
……酒の席が続くに連れ、皆の別の一面が現れ始めている。
ルナマリアが歌が上手い事もそうだし、ハイネも同様に抜群の歌唱力を発揮していた。
〈 乱れ立つ夢の 互いの刃が吠える~ 〉
と、今の混沌とした情勢下に良く合っている内容の歌を。
一方のレイは普段の冷静さが消し飛んでおり、
いやがるヨウランとヴィーノを捕まえて、メイドのすばらしさについて延々と語っている。
アスランはと言うと、一見して理性を残しているかのように見えるが……、
「歌はいいねぇ」
「……は?」
「歌は心を潤してくれる。人の生み出した文化の極みだよ。
 そう感じないか、シン」
何を思ったのか隣にいたシンの手を握り、驚いたシンが手を振り放すと、
「一時的積極を極端に避けるね、君は。
 ……怖いのかい? 人とふれあうのが」
「ち、近寄るなぁ!」
アスランは酔っぱらっているはずなのに、何とも爽やかな笑顔を浮かべている。
シンは酔いが一気に醒めたようで、顔は青ざめて椅子から転げ落ち後ずさりし、
アスランは微笑んだまま彼へ近づいて行く。ハッキリ言って、気持ち悪い。
そんな一時を、当事者がどう思っているか関係なしに、シャアは楽しんで眺めていた。
明日には、こんな楽しみとは無縁の環境に戻るのだと考えると、止める気にもならなかったのである。
ギルバート・デュランダルとツァオ・フェン両者の公式会談が、
ジブラルタルで行われたのは、ミネルバ一行が出港した数時間後のことであった。

 
 

機動戦士ガンダムSEED DESTINY IF
~Revival of Red Comet~
第27話

 
 

~地中海・海上

 

数日後、ミネルバはジブラルタル基地に向けて出港し、
その途上においてアスラン・ザラは、レクルームのソファに身をもたげ天井を見上げていた。
レクルームに設置されているTVには、ジブラルタルに集結しているZAFTと東アジア、
そしてオーブの艦艇が居並ぶ映像が映し出され、同時に彼の知る女性の姿も見えた。
(カガリ……)
オーブ首長として、デュランダルとツァオの隣に立つ彼女の姿を見、
アスランはもう彼女が、自分が隣に立てる女性では無くなったのだと悟る。
ずっと隣で守っていたかった…と、そう考えている自分がいる。
そして同時に、最初から自分たちは叶わぬ恋をしていただけなのかも知れないと、
諦めている自分がいることも否定できなかった。もう良き思い出でしかないのだと。
また同時に、再開が成ったとしても、彼女も自分も変わりすぎている。
数ヶ月の間で、彼女は大きくなった。自分は……どうだろう?
「シナンジュ……か」
素晴らしいMSだとは思う。
圧倒的な出力に機動性等、従来のMSのはるか上を行っている。
しかし、彼には一つだけ引っかかる事が残っていた。
先のスエズ基地攻略戦において、機体を通して敵パイロットの意思や感情が把握できたり、
それすら超えて吸い込むように自分の中に流れ込んできたりと、理解不能な現象が起こったこと。
そしてまた、自分が自分でなくなった瞬間があったことを。
後で基地の技術者に問いただすつもりでいるが、
あの機体は、確実に他者の魂や思念を吸い上げる機能が搭載されているのではないだろうか?
戦う気持ち。闘争本能が前のめりになってゆくのを肌で感じた。
ウィンダムやダガー、マラサイを切り裂く瞬間、高揚してゆく自分のを自覚し、
同時に操縦していたパイロットの無念や怨念が自分の中に流れ込んでくるのも明確に感じ取って、
その瞬間、アスラン・ザラと言う人間が変容していくような、
不気味で、冷たく何も見えぬ闇が、自分を押し包んでいくのを、確信した。
闘争本能の赴くままに、敵を切り伏せてゆく時、快感を覚えていた自分がいる。
そう考えるだけで、アスランは背筋がゾッとなる……はずだった。
「やっぱり変わったな、俺も」
この間までの自分なら、そんな自分に吐き気すら覚えたろうが、
今はソレすらも受け入れている。あの基地だけでない。
アーモリーワンで、決意を新たに国のために働こうとしていた若者達が死に、
ユニウスセブンで、今までの人生を否定された戦士達が怨念を露わにして死に、
今まで受けた弾圧を跳ね返し、自由を手にしようと藻掻く人々もいる。
それら全てが、目指す極致には平和な世界があることに変わりはないはずであった。
彼らの理想と希望、無念と絶望。その全てを体現する『器』になる。
アスラン・ザラが、それをやってみせる。
こう考えるのは正直言って、悪くない気がする。
あのシナンジュなら、成し遂げることも出来るのではないだろうか?
だがアスランは、そこから先に踏み出す気に、まだなれなかった。
このまま変わってしまえば、多分、シン達との心の距離も開いてしまう気がしていた。
十中八九、シンやレイ、ルナマリア達は先のマシーンのような人間は嫌うに違いない。
「何か考え事か、アスラン」
「隊長……」
その時、レクルームに入ってくる影が一つあった。
その方向を彼が見ると、シャア・アズナブルが、そこにいた。
シャアは自販機のスイッチを押して、コーヒーを二杯取り出すと、
アスランにそっと手渡した。
「砂糖はいらないんだったな」
「ええ、ありがとうございます」
シャアはそっと、アスランの隣に座る。
ソファに身を任せている彼の心は揺らいでおり、ふと心配になった。
「この間の宴会のことは気には……」
「そっちじゃありませんよ!
 まぁ、シン達と少し距離が出来たのは気になりますけど、
 今考えていたのは別のことです」
「別?」
大方見当は付いている。先の戦闘の時、アスランが纏っている雰囲気が、
シロッコやハマーンのようなプレッシャーを内包しつつ、
かつての自分が持ち得なかった『冷徹』さを兼ねたものになっていたことだ。
恐らく、シナンジュのサイコ・フレームによって尖鋭化された闘争本能のなせる業であろう。
そして、アスランはそんな自分を受け入れかけていた事に恐怖を感じている。
「スエズでの自分自身がおかしかった…とでも言いたそうだな」
「……否定はしません。あの時、俺はああやって戦っていることに、
 どんどん気持ちが高揚していくのを確かに感じてました。
 それに、冷静に敵を切り倒した時に相手の『魂』を吸い込んでいくんです」
まるで空虚な『器』になったように、と、アスランは目元を手で抑えた。
シャアは、そんなアスランの様子を見、少しの間床を見てから、アスランの肩を軽く叩いて言う。
「それは君が機体に呑まれたんだ。
 機体を操っているつもりが、いつの間にか操られていた。
 こういうのもおかしな話だが、シナンジュはソレをやってしまう機体だと思っている」
「……人を操る!? 機械が!?」
「そうだ。シナンジュだけではない。
 シンのデスティニーも、レイのレジェンドも、そして私のサザビーもだ。
 『サイコ・フレーム』……人の意思を吸い込む装置が組み込まれている。
 信じがたいだろうが、人の意思を吸い込んで、 物理的精神的エネルギーを発現させる事も可能かも知れん」
「そんなオカルト、機械に出来るはずがありません」
「私は一度だけ、アレが奇跡を起こす瞬間を見ているんだよ。
 理解してくれとは言わないがね」
シャアはそこまで言うとコーヒーを一口含んで、舌の上で転がして味わう。
アスランは、シャアの横顔から僅かながらの寂しさを感じて、
「何で……」
「……ん?」
「何で俺は、ああして機体に振り回されたのかって。
 シンやレイは、私のように急激に気持ちが変わったわけでもないし……」
「それはな、アスラン」
シャアはアスランに面と向かうように姿勢を直した後、
アスランの胸元に指を突きつけて、
「君が、この艦の誰よりも……。
 シンやレイにルナマリア、ハイネとノエミ、
 艦長や副長、メイリン、そして私以上に、
 物事を深く考えて受け止める『情』がある人間だからだ」
「情……」
「純粋過ぎるんだ、君は。
 正直で真面目で、馬鹿らしいほど真剣……。
 だから、簡単に振り回されがちで、機体に操られる」
「では、俺にあの機体に乗る資格は……」
「逆だ。その『情』が無い人間がああいうMSに乗ることほど恐ろしい事は無い。
 物事を真剣に、真面目に対面して解決しようとする君の心。
 それこそが、今この世界において最も必要で価値のある考え方なんだ」
シャアは一気に残りのコーヒーを飲み干すと、
立ち上がり、アスランの目を見据えて、
「私は、君やシン、議長達に会えなければ破滅していた人間だ」
「……!? 何を言い出すんですか!」
アスランは驚愕しシャアの空いた手を掴む。
自然と力がこもる。アスランから見て、シャアという人間ほど、
このミネルバの中で大人で、自分という存在を確立した人間はないという印象を持っていただけに。
そんな表情を見せる彼にシャアは微笑んで、返す。
「私も、物事について深く考え過ぎる上、事を急く質をもっている。
 それ故、一度身を滅ぼした。
 ……私は生き返ったんだ、アスラン。
 もし、君らの隊長という立場に立っていなければ……。
 君らが成長して行く姿とそれを見る喜びが無ければ、きっと私の『情』は壊れて死んでいたかも知れん。
 そう言う意味では、私は君らを頼っていると言って良い」
「……隊長」
「だから、君ももっとシン達や議長を頼れ。
 一人で抱え込もうとすれば、いつかきっと私のようになる」
それだけは避けろよ。
シャアはそう言い残すと、アスランの手を放してレクルームを後にしていった。
アスランは、シャアのその言葉に一抹の不安を感じつつも、
自分もまたレクルームを後にした。

 

※※※※※※※

 

~ジブラルタル基地

 

ZAFT、東アジア国軍、そしてオーブ軍。
三つの勢力が有する艦船が一堂に会し、
C.E.史上最大規模の威容を見せる大艦隊の姿が、そこにはあった。
ギルバート・デュランダル並びに、カガリ・ユラ・アスハは、
艦隊の威容さとは裏腹に、一皮むけば呉越同舟の集団である事に気が付いていた。
ZAFT側からすれば、アジアの両国は勝ち馬に乗ってきたキツネ同然と見ていたし、
オーブ軍人の中には、プラントに賛同する者反発する者と様々であるし、
東アジアから見れば、MS開発において両国に遅れをとり続けたという劣等感がある。
傍目には一つの目標に向かう大きな人間の集団に思えても、
その実は互いの国家の利益のみ追求した形で手を組んだだけでしかない、極めて脆く崩れやすい集団といえよう。
「……それにしても、驚きました。
 姫……いや、代表が先だって大西洋から手を切る手はずを整えておられたとは」
「その物言いは感心しませんね、議長。
 我々とて国民の利益と安全を最優先しなければなりません。
 ……父の二の轍を踏む訳にはいきませんから」
この二人の間にも、アーモリーワンの時のように、喚く子供とあやす親のような雰囲気は無い。
父親すら食ってしまいそうな獅子の子供と、猛虎が対峙しているかのような、
間に立てば忽ち肉塊に変えられんばかりの緊張感が室内に張りつめ、
侍従達の中には冷や汗を垂らしている者も少なくなかった。
デュランダル自身、今こうして平静を保っているが、内心は驚愕していた。
男児三日会わざれば刮目して見よと言うが、
(この場合男児ではないものの)その言葉通りの人間が目の前にいる。
オーブの理念をあえて切り捨て、国民の大半をその行為に納得させた。
これだけでも相当な手の早さを持っていると考えて良いし、
大西洋が不利に転じたと見るや即座に掌を返した所から見ても、
当方が不利になれば、銃口を此方に向けることに躊躇はすまい。
(油断すれば此方が食われる……か。父君は喜んでいるのか悲しんでいるのか……)
デュランダルはそう思いつつ、カガリにも次週決行予定の作戦について簡単に説明し始める。
 ~ ヘブンズベース攻略作戦 ~
恐らく、今大戦において最大規模になるであろう作戦には、
ZAFTの地上艦隊だけでは足りず、
東アジアの艦隊を足してもまだ心許なかっただけに、
オーブ軍艦隊の作戦参加は何としてでも行わなければならなかった。
何せ、ヘブンズベースは中東の要であるスエズすら超える規模を誇る、
大西洋……いや、そのバックにいる‘ロゴス’の勢力が集結した一大拠点であり、
アイスランドのほぼ3分の1が軍事施設という前代未聞の基地なのだ。
かねてより潜入させている諜報員によれば、基地中央部、
ちょうど山岳部のあたりに殲滅兵器が、そして島の反対側にマスドライバーの存在も確認。
さらには宇宙から『マラサイ』以外にも新型が配置され始めているようで、正直、彼の心中は不安に満ちている。
敵は未だ相当な戦力を蓄え、味方と言っても獅子身中の虫に近い。
「怖がっておいでか? 冷静で知られた議長らしくもない」
カガリは口元に笑みを浮かべ、タカのような眼光のまま、
デュランダルを見据える。彼は斬って返すように、
「私が怖がる? まさか。
 ならば今すぐ貴女のタケミカズチを沈めてもみせようか?」
自然と挑戦的になる。行けないと解っていても、血気がはやる。
デュランダルは、自らの闘争本能が滾っていることに気が付く。
それは向こうも同じらしい、戒めるように、
奥歯を噛んでいることを察すると、無理矢理笑みを造り、
「……いや、冗談はこのくらいにしよう、アスハ代表」
「そうですね、我々は寡兵ですから」
そんな張りつめた空気の中、ZAFT軍の基地司令部から来賓室に通信が入り、
スエズを陥落させたミネルバと天龍が帰港したとの一方が入り、
目の前の女の顔に、かつての少女の顔が、一瞬だけ戻る。
「解った。私自ら出迎える、四輪を司令部前へ……。
 それから、アスハ代表もご一緒するとの事だ」
そう言って彼は通信を切り、カガリの顔を見る。
彼女は顔では乗ってやると言いたげであったが、目はそう言っていない。
デュランダルはカガリを先に出るようにと促し、共に来賓室を出で、廊下を進む。
用意されていた豪奢な車に乗り込んで、軍港へと向かい、
出迎えの兵が居並ぶ中に、東アジア共和国大統領、ツァオ・フェンの姿が見える。
(古狸め……)
自分より一回り年上の男を見たデュランダルは、
二人がこうして出向くのを知っていたかのように待っていた男に内心毒づく。
危険視すべきは、カガリもそうだがこの男もだ。
すでに世間では、『非道なる大西洋と、それに抵抗するプラントと東アジア』という構図ができあがっている。
(最初は傍観を決め込んでいた癖に……)
そういう気持ちがプラント側ことごとくの軍人達にはあった。
「我が国の空母が基地を落として来たのです。
 私が出向かずして、兵等の士気は上がらんのでな」
ちょっと目を離せばすぐにゆるんでしまうのでね。
そう言い切った彼の台詞に拳を後ろで握りしめるが、
デュランダルはグッとその気持ちを抑えつけていた。

 

ミネルバのタラップを下りながら、シン・アスカは、
ミネルバがこの数ヶ月の間で、普通の戦艦なら考えられない程、
数々の戦いをくぐり抜けて来たのだと改めて認識した。
補修によって取り替えられたところは勿論の事、装甲板の各所に傷があり、
皆を乗せて頑張って来てくれた証にも見え、今まで以上に頼もしく感じられる。
本来なら、確か月の周回軌道の警護が任務だったはずで、
こういう風に苦難を強いることもなかったろうに。と、艦長も以前ぼやいていた気がする。
だがそれも、終わらせるのは近いと、シンは感じていた。
基地でミネルバと天龍を出迎えるZAFT、東アジア国軍、そして気にくわないがオーブ軍。
それらの威容を前にすると、後々の作戦も上手く運びそうな、そんな気がしていた。
シンを始め、ミネルバブリッジクルーとパイロット達は、
わざわざ出迎えに来ていたデュランダル、以前TVで見たツァオ、
そして、カガリ・ユラ・アスハの前へと並ぶ。
シンは、ふと違和感を感じた。カガリから感じるものが、違う。
以前の綺麗事を並べていた姫君のソレではない。
二年前、TVで同じような綺麗事を言っていた彼女の父親のものでもない。
むしろ、圧迫感が増して、眼光もすでに以前とは別人と言っても良い。
(そうだ! アスランは何とも思っていないのか?)
シンはふと心配になってアスランの横顔にチラリと横目をくれるが、
アスランはすでに覚悟を決めていた顔で、動揺もせずまっすぐ彼ら三人の姿を見つめている。
その表情に少し安心感を抱きながら、シンはねぎらいの言葉をかける議長を見、
隣のツァオという男に目をやった。
一言で正直に言い表すなら、『怖い』……この言葉に尽きる。
デュランダルのように、威厳に加え親しみやすさを持っているような政治家ではない。
生まれながらにして政治の世界にいて、地球圏で最も人口の多い国の中で頂点に上り詰めた男の、
冷徹なまでの思考と手腕、そして獰猛な肉食獣から発せられる殺気。
抜き身の刀のような感覚を覚え、自然と手が震える。
この先大丈夫なんだろうか?
先程の軍勢の威を見た時の安心感がハリボテなのではないか?
シンの胸中に芽生える拭えぬ不安と、この極めて不安定な協定の下に、
史上最大規模の作戦が行われるのは、もう間近と迫っていた。

 

※※※※※※※

 

~ヘブンズベース

 

ZAFT・東アジア艦隊にオーブ軍が加わったというニュースは、
このヘブンズベースにも知らせられ、ギルバートデュランダル、ツァオ・フェン、
そしてカガリ・ユラ・アスハらによる共同声明が出されるのも間近となり、
基地の内部は喧噪に包まれていた。
宇宙の新要塞『ゼダンの門』から送られてきた新型であった『マラサイ』も、
スエズ戦に於いてZAFTが投入した『ミネルバ』の新型の前に敗れ去ったという情報が入り、
大丈夫なのかという不安が将兵の間で充ち満ちている。
しかし、この基地にはマラサイだけでない新型が配備されており、いくらか心の余裕はある。
特に基地の将兵が頼りとしているのは、ネオ・ロアノーク大佐の部隊であった。
ミネルバに苦汁を嘗めさせられ続けているものの、
この基地の中で連中との戦い勝手を知っているのは彼らだけであり、
大佐と旗下のファブリス大尉の実力はすでに基地中に知れ渡っている。
加えて、新たに配備された機体のスペックを見ても、装甲、機動性や火力など、
あらゆる点に於いてマラサイ等を凌駕しており、基地の誰しもにZAFTが来ようと安心だと思わせてくれた。

 

・『RGM-89S スタークジェガン』
ダガー系列と思わせる外観と、より屈強な体躯を持ち、増加装甲とスラスターによって機動性と防御能力を確保。
武装の換装が可能で、途中装備をパージしても自動的にベストな推力調整がされるようになっているらしい。

 

・『RGZ-91B リ・ガズィ・カスタム』 ・『MSN-001A1 デルタプラス』
オーブのムラサメの様な可変タイプのMSで、
通常の飛行可能なMSが行けない、さらに高々度の空域までの上昇、並びに空中での高速戦闘を可能にしている。

 

そして……基地の将兵が一際目を惹かれたのは、二機のGタイプであった。

 

・『RX-93 νガンダム』 ・『GAT-X10AF ストライクフリーダム』
前者は白、紺、赤、黄の四色で彩られたGタイプで、
何を元にして開発されたのか等の由来が、全くもって定かでない「謎のMS」である。
放熱板に見える六枚のフィン状のパーツは、宇宙から派遣されてきた技術者に因れば、
ZAFTのドラグーンに似たオールレンジ兵器で、
『サイコミュシステム』と言う、脳波による制御によってなめらかな機動を可能にした新兵装との事だ。
以前はこの兵装は撃てばそれで終わりという状態だったそうで、
詳しいことは知らされていないが、月基地の立ち入り禁止区域で改修された結果、
背部のユニットを換装し、エネルギーを再充填できるようにしたらしい。
そして、後者は前者のGタイプの特色を色濃く受け継いだ仕様となっており、
パッと見て、『師匠と弟子』のようにも見える。
ZAFTのフリーダムを踏襲し、『目には目を、フリーダムにはフリーダムを』などという、
笑えない冗談のようなデザインのMSである。
こちらにも、宇宙での宙間戦闘時にはオールレンジ兵装を装備させるそうだが、
ウイング部のフレームが剥き出しで、将兵の間ではあそこを被弾したらなどという不安も生まれていた。

 

そんな不安を余所に、キラ・ヤマトは栄養ゼリーを一口すすり、
アウル・ニーダのスタークジェガンの調整を手伝っていた。
「へぇ、凄いね。こんな完成されたOS初めて見たよ」
「だろ? でも誰も開発者とか知んねーってんだから、ソッチがびっくりだわ」
「誰も!? まさかぁ、月の人たちとかなら知ってるんじゃないかな」
「……いじるなよ?」
「……や、やめてよね!
 い、いじるわけないじゃない!」
「現に指がワキワキ動いてる訳だが……」
触りたいですいじりまわしてみたいですと、全身ですでにアピールしてしまっているキラに対し、
アウルは若干冷ややかな目で睨み、キラはすごすごとコクピットを出る。
「お前のMSはもういいのか?」
「……フリーダム?
 うん、後は戦闘前に最終チェックすれば何とか」
「羨ましいよ、ソフト得意な奴」
「でも、僕の出番なんてほとんど無かったよ?
 OSも怖いくらいカンペキだったし、武装のコネクトに難があるくらいで」
「コイツもそうだけどよ……それって、まずくね?」
「……マズイよねぇ」
アウルやキラの機体だけでなく、ロアノーク隊、そしてホアキン隊など、
新型MS群の欠点が二つほど目立っていたのである。
・実弾はともかく、従来のビーム兵器を使用する際、月から送られた互換アダプタを付ける必要があること
・可変タイプ以外のMSは、地上を滑るように移動できる変わりに長時間飛べない
という所である。
月の技術者陣の努力のたまものである互換アダプタはまだ数が少なく、
ロアノーク隊やホアキン隊など実力のある部隊に優先的に廻されているのが現状。
それも、武器に付けなければならないので、もし失えばPS装甲持ちに対抗する術が限定されるし、
それでなくとも実弾兵器の威力が新型MS群は抜群に高い事もあって設置が進んでいない。
二人は頭を抱えた。もしこの基地にZAFTが攻めてくるとなれば、十中八九『ミネルバ』がいる。
連中との戦闘で武器の一つ二つ失うのは覚悟しなければならない。
「ちょっと技術主任に頼んでくる」
キラはアウルにそう言うと、立ち上がって昇降機のワイヤを掴む。
アウルは、そんな後ろ姿を見て、彼とどんどん慣れていく事に少しうれしさを感じもしたし、
寂しさが胸中にこみ上げてくるのも同時に感じていた。
彼奴ならステラとも仲良くやれたろうな。そういう気持ちが生まれている。
自分たちが、場合によっては捨て石にされかねない存在であることは、
周りの将兵連中の態度からみて察しは付いているが、
彼やセリ(ry…フレイの姉貴に、ネオの奴、ファブリス兄ぃは、
気にすることなく仲間として接してくれている。
こういう事に感謝を感じている事を、アウルは少し恥ずかしくなり頭を振る。
後ろを一々振り返るような、情けない真似はステラの前では出来ない。
スティングも、アウルと同じように意気込んで機体のチャックにいそしんでいるし、
姉貴も、初めての可変機という事もあってシュミレータと格闘中。
ファブ兄ぃに至っては、メカニック顔負けの手つきで機械をいじっている。
(……失ってたまるか。もう誰一人死なせやしない!)
「頼むぞ……」
コイツとならできる。アウルはスタークジェガンの顔を見上げ、そう言って心に刻みつけた。

 

※※※※※※※

 

~アクシズ宙域

 

黄色い巨体が、周囲に漂うデブリの間を縫うように駆けている。
MSと言うよりMAとも呼ぶべきシルエットを持つそのMSは、
重量が90t近くもあるとは思えないほどの敏捷性と機動性を持っていた。
それもそのはずで、全身に小型のスラスターを搭載し、
その一つ一つが一機のMSに匹敵する推力を有しているのだ。
全身をAMBAC能力に特化させていると言っても過言ではない。
脚部も空間戦闘を前提にした設計が為されており、スタビライザ等の機動ユニットと言った方が良く、
地球の重力下における戦闘は可能ではあるが、歩行能力は高く作られていない。
特筆すべきは、その推進装置全てが、搭乗者の思考で操る仕組みになっている事に尽きよう。
加えて、武装にも搭乗者の考え方の変化が顕著に表れていた。
ビームサーベルとビームライフルのみ。Simple is the bestを地で行く装備である。
恐らく、搭乗者の過去を知っている人間の大半は、この発想の変化に違和感を拭えぬはずだ。
過剰な火力を有したMSを率いた人間でありながら本人は、
MSに必要なのは搭乗者の操縦を正確に反映し得る高性能なハードウェアとソフトウェア。
そして何よりそれに耐えうる堅牢性と高い白兵戦闘能力にあるとしている。
当の搭乗者は、デブリを易々と回避し、自らの思う方向を向き、
思うところへ忽ちたどり着くこの機体の力をおおいに堪能していた。

 

『PMX-003 ジ・O』

 

神の意志を現すその名称からは、彼女の最終目的を匂わせているのか、
それとも従来のようなMSの名付け方なのかは解らない。
しかし、圧倒的な存在感はアクシズ宙域の警護に当たっているMSパイロット達の目を惹きつけ、
自分たちの指導者が絶対的な力を得た事への喜びと心酔が感じられる。
搭乗者、ラクス・クラインは機動試験を終えると、
MSハンガーにその巨体を預け、酸素のあるフロアに入ると、
恭しく差し出されたタオルを手に取り、ヘルメットの下の汗を拭く。
最高の出来だ。
彼女は素直にあのジ・Oを心中で称賛した。
アレにはオールレンジ兵器の搭載も一度は考えたが、
そんなものを搭載せずともという気持ちがあり採用しなかった。
正解だった。その分のエネルギーも機動に廻すことでこの機動性を実現したのだ。
地球ではそろそろ、ジブリールの手勢とデュランダルの手駒、
そしておこぼれにしがみつくハイエナ連中がぶつかり合う頃だ。
地上のゴタゴタは早い内に片づいてくれた方が、こちらも動きやすい。
彼女は、彼らが早く宇宙に上がって来ないものかと待ちこがれていた。
それが、自らの目的を達成するためなのか、
『彼』にもう一度一目会いたいという気持ちなのかは、彼女しか知らない事であった。

 
 

第27話~完~

 
 

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