アークエンジェルの右舷カタパルトデッキが開くと、νガンダムが左手に武器を持って出てくる。
ブリッジのマリューとナタルは、νガンダムが手にしているいる武器を見て驚く。
「えっ!三二〇mm超高インパルス砲!?どう言う事!?」
「どうして、νガンダムがランチャーストライクの武器を!?」
本来、νガンダムが使用不可能なはずのランチャーストライクの兵装である三二〇mm超高インパルス砲アグニを手にしているのだから無理もなかった。
マリューは格納庫のマードックに理由を聞くために内線を繋いだ。
「どうしてνガンダムが三二〇mm超高インパルス砲を使えるの?説明してもらえるかしら?」
「ああ、艦長ですか。いいですよ――」
マードックが説明しようとした時、νガンダムがアークエンジェルの甲板上に着地する。
「――ブリッジ、パワーケーブルを出してくれ!それから、回線を格納庫に繋いでくれ」
「あ、はい!ちょうど説明を受けるとこだったので、このまま回線を回します」
アムロからの回線が入り、マリューは格納庫のマードックとνガンダムの回線を繋ぐように指示を出す。
マリューは、そのまま受話器に耳を押し当て、アムロとマードックの会話の内容を聞き入る。
「――マードック、パワーケーブルはどれ位延びる?」
アムロは、矢次早にマードックに聞く。その間に、パワーケーブルを閉まっていた隔壁が開き、パワーケーブルブロックがせり上がる。
νガンダムは右手でパワーケーブルを引き出し、アグニと直結した。
「補給用も兼ねてますから、それなりに延びはしますよ」
「延びて二百と言った所ところか?」
「引き込んでいる予備ケーブルも含めればですが、大体、そんなもんだと思ってください」
「そうなると船から離れての戦闘は無理だな……」
「ええ、それを使う限りは、アークエンジェルから離れて戦うのは限界があります。あと、ターゲットのマーカー表示はされませんから注意してください」
マードックの言葉に、エネルギー切れの心配は無くなったが、νガンダムはアグニを使う限り移動範囲が限定され、どのように戦えば良いかを考える。
「――気休めですが、アムロ大尉なら、うまく使いこなせますよ!」
マードックは、かなり真剣な顔で言った。いつもならアムロの事を「大尉さん」と呼んでいるマードックが、他のクルーと同じように呼ぶのには、それだけの理由があった。
νガンダムが手にしているアグニは、コネクター、OSとも規格が合わず、マードックがアグニ内部の安全装置にあたる回路を切って、トリガーさえ引けば発射できるように改造が施されていた。
規格が合わないのだから、当然、ディスプレイにマーカー表示さえされず、ターゲットをロックする事もない。全ては、アムロの勘と経験のみで相手に当てるしかない代物となっていた。
「ああ、使いこなしてみせるさ!」
アムロは力強く頷いた。ビームマシンガンの弾薬が少ない以上、無いもの強請りは出来ない。
「アムロ大尉、相手を捕捉する事も出来ない武器で戦うのは危険です!」
「――えっ!?艦長、どう言う事ですか?」
アムロとマードックのやり取りを聞いていたマリューが慌てるように言うと、ナタルが何事かと聞き返した。
「言った通りよ。マーカーが表示されないのでは当てようがないでしょう」
「……本当ですか!?」
マリューの言葉に、ナタルは驚きを隠せず、また、ブリッジの全員が言葉を発する事が出来なかった。そこにアムロからの通信が入る。
「ラミアス艦長、形振り構っていられる状況ではないんだ」
「しかしアムロ大尉――」
「まだ、マードックと話がある。すまないが後にしてもらえるか?」
「……わかりました」
マリューは反論しようとするが、アムロはそれを受け付けず、渋々とマリューは返事をした。
アムロはマリューの返事を聞くと、マードックを再び呼び出す。
「マードック、一つ頼みがある。もしも、キラが出ようとしたら止めてくれ」
「はぁ……?そりゃ、また、どうして?」
「キラは戦う覚悟が出来ていない。あのまま戦い続ければ、いずれ墜とされる」
「はぁ、覚悟ですか……。俺も長年、パイロット達と一緒にこの仕事、やってきたから想像はつきますよ。わかりました。ボウズが覚悟が決めるまでは乗せませんよ」
「余計な手間を増やして、すまない。頼んだぞ。――アークエンジェル!状況は?」
マードックの言葉にアムロは礼を言うと、すぐに現状把握の為にCICに繋いだ。
「は、はい!えっと……、民間船は健在のようですが、距離があるので詳しい事は……」
CICに座るミリアリアが慌てながら答える。
ミリアリアの報告にアムロは眉を顰めた。
――未だに無事だと!?威嚇か?それとも民間船を玩具にしているのか!?
νガンダムが出るまでには、それなりの時間があったはずで、武器を持たない民間船など、軍艦が本気で攻撃すれば、物の数分もかからずに落とせる。
民間人に犠牲が無いのが一番だが、現状ではユーラシア所属艦がどのような意味で攻撃しているのかさえ、アークエンジェルには分からずにいた。
「一体、どうなってんだ!?」
左舷カタパルトデッキで発進出来る状態にあるメビウス・ゼロの中で、ムウが苛立つように声を上げる。
「今は、まだ、事態を見守るほかありません……」
「分かってはいるが、今ならまだ……」
マリューが、やるせなさそうな声で答えると、ムウも苛立ちを抑えきれずにいるようだった。
「……う、嘘!?――み、民間船からの信号、途絶しました!」
ミリアリアがモニターをCICのコンソールモニターを見ながら青ざめ悲鳴を上げる。その場にいた全員が息を飲んだ。
「――!」
「――奴ら、やりやがったかっ!」
「――なんて事を!」
ムウやアムロからの声も通信から漏れてくる。
「艦長、どうするよ?」
「……」
「――地球軍艦艇、移動を始めました。――えっ、なに、これ!?」
「どうしたの?」
マリューはムウから聞かれると苦々しい表情で無言になるが、続くミリアリアの報告の声に反応した。
「あ、いいえ!レーダーに地球軍艦艇とは別に同方向に移動する物体を捉えたので……」
「移動する物体?なにかしら……、分かる?」
「え、えっと……」
「――ゴミが多すぎる!よく、わかりませんが、随伴艦だと思われます!」
「地球軍艦艇の予測進路と距離は?」
動揺しているミリアリアをチャンドラ二世がフォローするように声を上げて報告する。
マリューは頷くと聞き返す。
「移動し始めたばかりなので……。ただ、おおよそですが方角と航行速度からして、六〇〇秒から九〇〇秒後までに本艦の右舷側を通過するのは間違いありません」
「……分かりました!各員、待機でお願いします」
アークエンジェルのクルーにとって、短いようで長い時間が始まった。
攻撃を受けたプラント船籍の民間船シルバーウインドから従者達によって、逸早く脱出ポットに乗せられたラクス・クラインは両手にハロを載せ、心配そうな表情をしていた。
「みなさん、ご無事だと良いのですが……」
「オマエモナー」
ハロはラクスの表情とは裏腹に間抜けな声を出す。そんなハロを見ながらラクスは悲しそうに微笑んだ。
――どうして、人々は分かり合えないのでしょう……。コーディネイターもナチュラルも共に手を携えれば平和に暮らせるに……。と、ラクスは思っていた。
「祈りましょうね、ハロ。みなさんがご無事であるように……」
「ラクス、ゲンキ?ハロ……?」
両目を閉じ祈るラクスの姿に、ハロは自らの主人の感情を読み取ったのかのように声をトーンを落とした。
宇宙空間にゴミと共に漂う脱出ポットの中を沈黙が支配した。
アークエンジェルは主砲の射程範囲外の距離で、地球連合軍ユーラシア所属ドレイク級艦二隻と対峙していた。
ユーラシア所属艦はプラント船籍の民間船を撃沈した事で、事実を知られれば不味いとばかりに、索敵をかなり慎重に行ってたようで、息を潜めていたアークエンジェルはあっけないほどに発見されてしまった。
アークエンジェルに対しても、民間船同様に臨検をすると通達がされたが、マリューは正面モニターを見据えながら、毅然とした態度で対応していた。
「――我々は、先程も申し上げたように極秘任務中です。よって、臨検を拒否します」
「――フフ、そうか!では、我々は貴艦を敵艦と判断させてもらう」
ユーラシア所属艦の指揮官は鼻で笑い、一方的に通信回線を切る。
マリューは明らかな怒りを含んだ表情で呟く。
「――っ!証拠を消すには好都合って訳ね……」
「艦長、本当に戦うのですか!?」
「……バジルール少尉、先程も言ったはずです。――総員第一戦闘配備!」
「……」
マリューの命令にナタルは何も言えなくなる。
ナタルが立ち尽くしていると、ミリアリアが声を上げる。
「――ドレイク級より発進する機影!随伴艦からも発進した模様です!」
「――っ!早く席に着きなさい!あなたは命令を承服したのでしょう!」
「……はい」
マリューは立ち尽くすナタルに怒る。
ナタルは、本当に味方同士が戦わなくてはならなくなり、命令を承服した事を後悔していた。しかし、承服した以上は命令を遂行しなければならず、渋々席に着いた。
ナタルが席に着くのを見届けると、マリューはアムロとムウに通信回線を開く。
「アムロ大尉、フラガ大尉、お願いがあります。なんとしても……目標の攻撃力と足を止めてください」
「――了解!こりゃ、先に相手艦を叩いた方が早いな」
「――了解した!俺は前には出られない。相手艦はフラガ大尉に任せる事になるが?」
「了解、了解!その代わり、アークエンジェルをヨロシク!」
「分かっている。フラガ大尉、頼んだぞ!」
「フラガ大尉、よろしくお願いします!」
やり取りを終えると、アークエンジェルはカタパルトデッキのハッチを開放する。
「――ムウ・ラ・フラガ、いくぜ!」
ムウのメビウス・ゼロが勢い良く飛び出して行くと、アムロはνガンダムにアグニを構えさせ、いつでも攻撃出来る体勢に入る。
マリューはアークエンジェルが攻撃体勢に入っていないのに気づき、叱咤の声を上げた。
「バジルール少尉!何をしているの!早く攻撃準備をしなさい!」
「あ、はい!……イーゲルシュテルン作動!艦尾ミサイル全門セット!」
ナタルは明らかに動揺をしながら、号令を発する。最後にゴットフリートの砲門がせり上がり、ようやく攻撃態勢が整う。
「――来るぞっ!」
アムロの声に響くと戦闘の火蓋が切って落とされた。
キラはブリッジを後にしてから部屋に戻るでもなく、自然とロッカールームに足が向き、ロッカールームでベンチに座り、パイロットスーツのヘルメットを抱えていた。
「……僕は何をしているんだろう……。戦いに出るわけでもないのに……」
キラの呟きが、誰も居ないロッカールームに漂う。
『――討たなければ討たれる!俺も、お前も!みんな!』
『――そんな事では死者に魂を引かれて、キラ自身が死ぬぞ。覚悟がないなら出ない方がいい』
『――守りたい物があって戦ったのだろう?それは相手のパイロットも同じで、それぞれに理由があって戦っているんだ』
『――戦争ってのは、血を流す人間がいるから、残った人間は後悔出来るんだ。じゃなきゃ、体を張って死んでった連中はただの犬死だぜ!』
『――例え、人は過ちを繰り返そうとも、自らの身を犠牲にして平和を築こうとする。それが解らないのであれば――』
『――俺はな、誰も犬死させねえ!敵も味方もな!』
キラの頭の中では、ブリッジでのアムロとムウの言葉が思い出されていた。
戦うのなら覚悟を決めろと言われ、その覚悟も出来ないまま、誰も守る事の出来ない自分がいた。キラの目からは、じわりと涙が溢れ出てくる。
「僕は……戦いたくないし、人も殺したくない……。ただ、みんなを……守りたいだけなのに……。守るだけじゃ……覚悟がなくちゃ駄目……なんですか……?」
キラは呟く。
アムロもムウも嫌いじゃない。むしろ、好きな人達だ。その二人に戦うなと言われたのがショックだった。答えるべき二人は、今、まさにみんなを守るべく戦っているのだ。答えは返ってこない。
その時、大きな揺れがキラを襲う。
「――うわっ!攻撃を受けたの!?」
揺れが治まるとキラは手にしているヘルメットを見つめる。
――覚悟なんて出来てないけど、戦わなきゃ、みんなが……。
キラは立ち上がり、急ぐようにパイロットスーツに着替え、格納庫へと急いだ。
νガンダムはパワーケーブルを引き出し、アークエンジェルから五〇メートル程離れて戦っていた。
アムロはマーカーが出ず、ビームライフルやビームマシンガンのように速射が利かないアグニを使いながらも、既に三機を撃墜し、残り七機のメビウスを相手にしている。
νガンダムは、図体の大きいアークエンジェルを守りながら戦わなくてはならず、戦況はあまり芳しくない。
性質の悪い事にメビウスは、νガンダムを狙う事無く、攻撃しやすいアークエンジェルだけを狙ってくる。
更に迷いのあるナタルが攻撃指示を出している為か、アークエンジェルの対空防御も散漫で状況を悪化させていた。
「――ちっ、そこかっ!」
アムロは、バーニアとアポジモーターを駆使しながら、機体の向きを変え、アークエンジェルへの攻撃を仕掛けようとするメビウスをアグニで撃ち落す。
――四つ!
すぐに左腕にマウントされているスペアサーベルを右手に装備させると、νガンダムの脇を抜けて行こうとするメビウスに切りつけ、撃破する。
――五つ!
そのまま視線をアークエンジェルへと向ける。νガンダムを避けて、アークエンジェルに取り付いた五機のメビウスの攻撃を受けていた。
「アークエンジェルは何をしている!そんな散漫な攻撃では落とされるだけだぞ!」
アムロは、残り五機のメビウスを撃墜する為にバーニアを吹かした。
キラは格納庫に来ると、ストライクへと急いだ。ストライクの足元にいるマードックを見つけると、声をかけた。
「マードックさん、ストライク出します!」
「駄目だ!アムロ大尉から、覚悟のねえ奴は出すなって言われてんだ」
「えっ!?でも、攻撃を受けてるんですよ!そんな事、言ってる場合じゃ――」
「――うるせいっ!覚悟もない奴がノコノコ出て行っても、弾除けにもなるわけないだろ!」
「……」
マードックの一喝にキラは驚き、立ち尽くした。
「ボウズ、お前は大切な何かの為に命を張れるのか?お前は誰かの為に敵を倒せるのかよ?」
「僕は……僕は、みんなを守りたいから……。それだけじゃ……駄目なんですか!?」
キラはマードックの問いに、涙を浮かべ、言葉を詰まらせながらも答えた。
マードックはキラの言葉を聞くと口を開く。
「いや、悪いとは言わねえよ。ただな、俺も長い事メカニックやって来てて、色んなパイロットの奴らを見てきたが、大抵、覚悟の無いのは帰って来たためしがねえんだ」
「……僕は戦争がしたい訳じゃ……それに死にたくありません……」
「ああ、アムロ大尉やフラガ大尉も好き好んで戦争をしてる訳じゃねえし、死ぬつもりはないだろうよ。きっと、何か大切な物や信念があるんだろうな」
「……」
キラの素直な答えにマードックは否定をしない。キラはどう言えばいいのか分からなかった。再びマードックは口を開く。
「俺達メカニックは、パイロットを殺す為に機体整備をしてるわけじゃねえからな。戦いで、パイロットが帰って来るって意味が分かるか?」
キラはマードックの言葉の意味を考える。
――戦場で戦って、生きて帰って来られるのは、相手を倒して、そして自分を……。メカニックの人達は、パイロットが少しでも生き残るように……?
それを考えると憂鬱な気分になるが、言いたい事は分かる。
「……なんとなくですけど」
「あの二人のように、何か守る為に自分の何かを引き換えにしてでも、敵を倒す覚悟は出来てるのか?お前は大切な奴らの処に、必ず帰って来るか?」
マードックの問いに、キラは目を瞑り、友人達の顔を思い浮かべた。
『――私達、そんなに辛い思いをしてるなんて知らなかったから……』
『――キラ、無理するなよ』
『――今度は俺達がキラを守るからさ!』
『――俺達、頑張るから』
『――例え、人は過ちを繰り返そうとも、自らの身を犠牲にして平和を築こうとする。それが解らないのであれば――』
『――俺はな、誰も犬死させねえ!敵も味方もな!』
そして、友人達やアムロとムウが言った言葉を思い出す。
「僕は絶対に死なないし、誰も犬死なんてさせないません!だから――」
キラの口にした言葉は、アムロとムウが言ったその物だった。しかし、まだアムロやムウには遠く及ば事はない。
覚悟としては紛い物かもしれないが、キラは自分なりの小さな一歩だった。
「――だから、僕は、必ず帰って来ます!」
キラはマードックに向かって、頷いた。
マードックはキラの瞳に意思が感じ取ると、ニヤリと笑う。
「俺はメカニックだから、パイロット同士の仁義とかは全部は分かんねぇけど、その言葉、聞けたなら満足だ。絶対、忘れるなよ!――ストライク出すぞ!エールストライカー装備だ!急げ!」
「――はい!」
マードックの言葉にキラは返事をすると、ストライクのコックピットへと急いだ。
ムウは、二隻のドレイク級の直援に残った二機のメビウスを叩き墜し、一番近い艦の上方に取り付く。
正直、メビウスを落とすのもエンディミオンの鷹と呼ばれたムウからすれば、軽い物だった。
攻撃に来たのが、そのエンディミオンの鷹のメビウス・ゼロと知ってか、砲火が一層激しさを増す。
「ったく!なめられたもんだ。その程度で、エンディミオンの鷹を落とせると思ってるのかよ!」
ムウは急降下をかけるとガン・バレルを射出し、主砲の全てを狙ってトリガーを引いた。ドレイク級艦は砲塔から炎を上げる。
そのままガン・バレルをメビウス・ゼロに戻すと、そのまま艦の下に回りこみ、急上昇をかけながらメインノズルに付近にリニアガンを一撃見舞う。
「おっしゃ!これで、こいつは動けないだろう!――残りはアイツか!」
後方に控えた、もう一隻のドレイク級艦を確認すると、メビウス・ゼロの機首を向け、スロットルを開き、突撃をかけた。
残りのドレイク級艦もムウにとっては、デカイだけの的でしかなかった。易々と砲撃を潜り抜けると、ガン・バレルを展開させる。
「俺はな、お前みたいな奴が一番嫌いなんだ!喰らいやがれ!」
ムウはユーラシアの指揮官を思い出し、怒りをぶつけるように攻撃をした。
メビウスの攻撃を受ける中、艦長席に座るマリューは呻いた。
「――くっ!まずいわね……」
「――何をしている!それでは墜とされるぞ!」
アークエンジェルのブリッジに当てさせまいと奮戦するアムロから通信が入ると、マリューは怒鳴るように言う。
「分かってます!バジルール少尉、しっかりしなさい!」
「――やってます!しかし、これでは――」
「言い訳は戦いが終わってからにして!」
ナタルは焦りながらも反論しようとすると、マリュー叱咤する。
メビウスは二機と三機のフォーメーションを組み、巧みに攻撃を仕掛けてきた。
アムロはアークエンジェルの後方から攻撃を仕掛けて来る三機編隊のメビウスを狙いアグニを発射する。
「――墜ちろっ!」
編隊の先頭を飛んでいた一機に直撃するが、二機はビームをギリギリ回避すると攻撃はせず、再び編隊を組みなおす仕草を見せる。
「――ちっ!撃ちもらしたか!」
その時アークエンジェルのカタパルトデッキのハッチが開放される。
「ハッチが開いた!?」
「――正面!?ミサイルか!」
マリューはハッチが突然開いた事に驚き、声を上げる。
アムロはハッチが開いた事にではなく、正面側、左右からのミサイル攻撃に直感が働いた。
ブリッジのマリュー達は遅れてミサイルに気づく。
「えっ!?――ミサイル!?直撃!?」
「――間に合え!」
アムロはνガンダムを反転させ、アグニで左側から来る四発のミサイルを狙い、右側からの三発には頭部バルカンで同時に対応する。
アグニのビームは左側から四発のミサイルを溶かし爆発を起こすが、右側の三発に対応した頭部バルカンが二発を落とした処で弾切れを起こす。
「――弾切れだと!ブリッジに直撃する!?」
「「――!」」
「――ストライク、間に合ってくれ!」
ブリッジにいた者、全員が死の恐怖に目を閉じた。
その時、カタパルトデッキから出てきたエール装備のストライクが最大加速で、ミサイルとブリッジの間に機体を滑り込ませると、ストライクは爆炎に包まれた。
アムロは、その光景に声を上げる。
「――キラ!」
ブリッジにいる者全てが、ブリッジに直撃していないのに気づき、目を見開くと目前の爆発に驚いていた。
爆発が治まり、トリコロール色のストライクが姿を現す。
ブリッジのクルー達は、それぞれ声を上げる。
「――キラ君!?」
「――ストライク!?」
「――キラ!」
「――助かった……のか?」
ストライクのコックピットの中でキラは肩で息をしていた。前の戦闘でも似た思いはしたが、やはり生きた心地がしなかった。
「はぁはぁはぁ……ぼ、僕は、い、生きてる……」
「――キラ、無事か?」
「はぁはぁ……はい!大丈夫です」
アムロからの通信が入ると、キラはストライクをアークエンジェルのブリッジの上に乗せ、バイザーを上げ冷や汗を拭う。
「覚悟が決まったようだな……」
「……はい。……アムロさんやみんなが言った事、信じます……僕は必ず生きて、みんなを守ってみせます!……いつか、必ず平和になりますよね?」
「ああ、いつか必ず。その前に目の前の敵を倒すぞ」
「――はい!」
その会話は、お肌の触れ合い回線と言うやつで、クルー全員に聞こえていた。
「キラ君……」
「キラ……」
その中、ナタルはキラの言葉を聞き、自分の不甲斐なさを噛み締め、そして、アムロから聞いたのニュータイプの話を思い出す。
――キラ・ヤマトは覚悟を決めて自ら戦場に赴き、自分達を守ったと言うのに、私は……。分かり合う事が出来れば、戦争なんて……。
ナタルは、目を閉じると、息を吐き出した。
――私も覚悟を決めなければ……。まずは、この戦いを終わらせる!
目を見開き、口を開く。
「まだ、戦闘は継続中だ!……レーザー照準!いいか!?ミサイル発射管、一三番から一八番、てぇ!一九番から二四番、コリントス装填!」
ナタルの力強い口調は、さっきまでとは違い、迷いなど感じさせなかった。
緊張感が走り、全てのクルーが顔を引き締める。
アムロとキラは、残り四機のメビウスを落としにかかる。
キラは向かってくるメビウス二機にビームライフルを向ける。
「――ごめんなさい!でも、僕はみんなを守るって決めたから――!」
そう言ってトリガースイッチを押し込むと、ビームは一機に直撃しメビウスは爆発した。
キラは、もう一機がかなり接近して来た為に、ライフルを手放すとビームサーベルに持ち替え、振り抜くようにメビウスを両断した。
アムロは残りの二機にアグニを向けると、メビウスは編隊を組むのを止め、突撃をかけてくる。
「――良く動くが!――バジルール少尉!ミサイルで、それぞれに左右から攻撃を!」
「――あ、はい、了解!――レーザー照準!ミサイル発射管、コリントス、一三番から十五番、一九番から二一番、てぇ!」
アムロが通信で指示を出すと、ナタルは突然の事に驚きながらも的確に指示を出すと、ミサイルが、それぞれ三発づつメビウス両機を挟むように追いかける。
「――そこっ!」
アムロはミサイルに追いかけられた二機のメビウスが射線上で重なる寸前でトリガー引く。アグニから発射された光の束に二機のメビウスは融け、爆発した。
「……凄い!これもニュータイプの力……」
ナタルは、的確な指示を出し、戦況を見極め、目標を捕捉出来ないのにも関わらず、アグニをマニュアルで使いこなす、ニュータイプ、アムロ・レイの能力に驚きを隠せなかった。
――アムロ大尉なら、本当に戦争を終わらせる事が出来るかもしれない……。そして、本当に人は分かり合えるなら……。
気がつかぬうちに、ナタルはアムロの事を考えていた。
マリューは撃墜を確認すると、息を吐きミリアリアに声をかける。
「――フラガ大尉は?」
「天使により鉄槌は下されたと言ってますが……?」
「作戦成功って事ね」
ミリアリアは不思議そうにムウの言葉をそのまま伝えると、マリューはクスっと笑う。
アークエンジェルのブリッジには歓声が上がる。
マリューは息を一つ吐くと、チャンドラ二世に指示を出す。
「じゃあ、ユーラシア所属艦に繋いでもらえるかしら?」
「――了解しました!繋げます」
「あなた方の行為は、民間船への攻撃も含めて、全て記録してあります。この事は地球連合軍本部に報告させていただきますので、軍事法廷に立つお覚悟をお願いします。それでは――」
マリューは一方的に言う事を伝えると通信を切り、次の指示を出す。
「フラガ大尉とキラ君に民間船の確認をするように伝えて。怪我人がいれば収容します。アムロ大尉は周辺警戒を。アークエンジェル微速前進!」
アークエンジェルのメインエノズルに火が点ると、民間船へと進んで行った。
アムロはνガンダムで警戒をする中、妙な感覚を覚える。されは不快な感覚ではなく、今までタイプが違う、感じた事のないような暖かい祈りの詩が聴こえた気がした。
「……なんだ……詩だと!?」
アークエンジェルに回線を繋ぐと、マリューを呼び出す。
「アムロ大尉、どうかしましたか?」
マリューは内線を取ると、ナタルに耳を指差し、ナタルも聞くようにと合図を送る。ナタルは頷き、耳に掛けているレシバー手を当て、耳を傾けた。
「ラミアス艦長、詩が聴こえなかったか?」
「詩……ですか?」
「ああ、祈るような感じの詩だ」
「……いいえ、私は聴こえませんでしたけれど……。バジルール少尉は?」
「はい、私も特に何も聴こえませんでしたが」
「……そうか……」
アムロは詩の聴こえる方向に目線を向ける。すると、ナタルから通信が入る。
「あの、アムロ大尉。先程の詩の事なんですが、ニュータイプの力なのですか?」
「いや、それは過大評価だよ。ニュータイプも、ただの人間なんだ。ただの感さ」
ナタルの質問にアムロは首を振って答える。
「……そうですか……少し、お待ちいただけますか?」
「ああ、了解した」
ナタルはマリューの傍に寄ると耳打ちをする。
「アムロ大尉の勘……みたいです」
「……勘?」
「もしかしたら、脱出をした民間人がいるのかもしれません」
「だとしても、勘なのでしょう……。それに、ここには長く留まれないわよ」
マリューは少し悩むような表情をする。その表情を見てナタルは思いついた事を進言した。
「それなら、アムロ大尉と……キラ・ヤマトに探索させるのはどうでしょう?周辺警戒にはフラガ大尉に当たってもらえば……」
「……分かりました。ただし、時間は一時間以内とします。その後は、この宙域を最大加速で離脱します。そのつもりでお願いします」
「了解しました!ありがとうございます!」
ナタルはうれしそうに礼を言った。そんなナタルを見てか、マリューはニヤニヤと微笑んだ。表情が怪しい。
「それにしてもナタル……」
「は!?……な、なんですか、か、艦長?」
マリューに突然、名前で呼ばれた事とニヤニヤと微笑む表情に、ナタルは驚き、引け腰になる。
「なんか、妙にアムロ大尉に肩入れしてるかなって、思ったのよ」
「はぁ!?な、何をいってるんですか!」
ナタルはマリューの茶化すような言いっぷりに、呆れながらも顔を赤らめた。
そのやり取りを珍しい物を見たと言わんばかりに、その場にいた全員の視線が二人に注がれていたのは言うまでもなかった。
キラとムウは合流すると、民間船の中を探索して回った。民間船は酷い有様で、誰も生き残った人はいなかった。
キラは、その惨状に涙を隠す事が出来なかった。
一回りしてストライクに戻るとアークエンジェルが、民間船に横付けするような形で停泊するところだった。
通信回線で状況をアークエンジェルに報告すると、新たにアムロと共に探索任務の指示が出される。
キラがストライクに乗り込もうとすると、目の端で何かが光った気がした。
「ん、なんだろう?」
目を凝らして良く見るが、遠いのとゴミでよく分からない。そこにコックピットを開けたままのνガンダムがやって来る。
「どうした、キラ」
「アムロさん。向こうの方で、何か光った気がするんです」
キラが指で指し示すと、アムロはコックピットから顔を出し、その方角を見据えながら呟いた。
「詩が聴こえた方角か……」
「……詩ですか?」
「ああ、キラが指した方角から詩が聴こえた気がしたんだ」
キラが不思議そうな顔で聞くと、アムロ頷く。
キラはニュータイプの事を細かい処までは聞いていない。思った事を口にする。
「……もしかして、それはアムロさんがニュータイプだからですか?」
「キラもバジルール少尉と同じ事を聞くんだな」
「え、ええっ!?」
アムロの言葉にキラは素直に驚いた。正直、苦手なタイプのナタルと同じ質問をしてしまった事に、軽いショックを受ける。
キラの驚きっぷりにアムロは不思議そうな顔をする。
「どうしたんだ?」
「い、いいえ!な、なんでもないです!」
キラは誤魔化すように両手を振るように答えた。
――苦手な人でも分かり合えるのかもしれないなぁ……。と、キラは思うのだった。
アークエンジェルの格納庫には、そこそこの人数のクルーが集まっていた。
クルーの目の前には、アムロとキラが回収してきた、明らかにザフト製と分かる脱出ポットが置かれていた。
マードックが脱出ポットの外側にあるパネルを弄くっている。
「開けますぜ?」
マードックが言うと、強制開放スイッチを押す。すると、空気が抜ける音と共にハッチが開いてゆく。
「ハロ、ハロー、ハロ、ラクス、ハロ」
「……はぁ?」
「――ハロ!?」
ピンク色の丸いロボットが、プカプカと浮かびながら出てきた事に、緊張の面持ちだった者達は一気に気が抜け、訳の分からない顔をした。
アムロだけは驚きながら、丸いロボット、ハロの名前を口に出していた。
ハロは、呼ばれたのかと勘違いしたのか、アムロの方へとやって来て、その手にスッポリと収まる。サイズや色、口調などは全く違うが、過去にアムロが自作した工作ロボット、ハロその物だった。
全員の視線がハロに注がれていたが、おもむろに視線が脱出ポットの方へと向けられた。
「ありがとう。御苦労様です」
今度は淡いピンク色の長い髪を長いスカートをなびかせた、年頃はキラと同じくらいの愛くるしい少女がハロと同じようにプカプカと浮かび、脱出ポットから出てきたのだった。