地球衛星軌道上での地球、ザフト両軍の戦いは、アークエンジェルの降下を以て幕を閉じた。地球降下時にイージスの追撃を振り切ったアークエンジェルは、灼熱の大気を越え、大地と海を眼下に捉えながら蒼穹の中を降りて行く。
アークエンジェルの格納庫では帰艦したνガンダムと左腕を失ったストライクがハンガーへと、その巨体を納めていた。
ストライクは灰色の機体と外されたエールストライカーパックに見受けられる傷は、戦いが如何に壮絶な物だったかを物語っていた。
「――ハァハァ……済みません……ストライク、壊して……しまい……ました……」
「――おい、大丈夫かよ!?……たっく、馬鹿野郎が!パイロットがそんな事、気にするんじゃねえよ!そんな事より、自分の体を心配しろ!」
「……ハァハァ……ありがとう……ございます」
ストライクのコックピットを降りたキラは肩で息をしながら、マードックの元へとやって来た。見るからに疲労の色が濃く、足元も覚束ない様子だった。
コーディネイターのキラが、ここまで酷い顔色を見せているのをマードックは心配しながら肩を貸した。
その様子を見た整備兵達がキラに声を掛ける。
「――お疲れ、大丈夫か?」
「……ハァハァ……はい……大丈夫……です」
「……全く、大丈夫に見えねえぞ。ストライクを直すのは俺たちの役目だ。気にしないで休め」
「……ありがとう……ございます。ストライクの修理……お願いします」
誰がどう見ても、無理をしている様に見えるキラに対して、マードックは呆れた顔を見せる。
キラはストライクを壊してしまった責任を重く受け止めているのか、マードック、そしてキラを見つめる整備兵達に頭を下げた。
そこへムウが駆け寄って来て、キラに声を掛けた。
「おい!大丈夫かよ!?」
「……ハァ……ハァ……はい……」
「無理すんな!肩、貸してやるから、とっとと医務室に行くぞ!……キラ、出れなくて済まなかったな」
「はぁはぁ……いいえ」
「ま、何であれ、無事に帰って来れたんだ。行くぞ!」
「……ハァ……ハァ……はい……済みません……」
ムウはマードックから引き継ぐ様に、キラの脇に肩を差し込み支えた。
その傍らでは、νガンダムを降りたアムロが出撃前にマードックから渡されたバッグを返そうと差し出した。
「マードック、これは必要無くなった。返しておく」
「ええ。お疲れ様です!」
「また、よろしく頼む」
「ええ。勿論ですとも!」
マードックはバッグを受け取ると、アムロが差し出す手を取り握手を交わした。
その二人を見ながら、ムウがアムロに声を掛ける。
「お疲れさん!」
「ああ。また世話になる事になった。よろしく頼む」
「ああ。こっちこそ、ヨロシク」
アムロはムウに挨拶をすますと、ムウの支える反対側からキラの肩を支える。
その間もキラは肩で息をし、苦しそうな表情を見せていた。
「キラ、大丈夫か?」
「……ハァハァ……はい……大丈夫です。……ハァハァ……アムロさん、さっきは……ありがとう……ございました」
「気にする必要は無いさ。それよりも、熱でやられたんだな?早く治療をした方がいい」
「ああ、今から医務室に連れて行く。手伝ってくれ」
「分かった」
アムロはムウの言葉に頷くと、医務室へと二人でキラを支えながら格納庫を後にした。
格納庫を出てすぐの居住区へと繋がる通路の角で、アムロは目の端にピンク色の淡い髪の少女を捉えた。
「――ラクス・クラインか?」
「――あ?」
「……ラ……クス!?……ハァ……どうして……こん……な所……に!?」
アムロの声に反応したムウが顔を向けると、項垂れていたキラもゆっくりと顔をラクスの方へと向けた。
本来なら、ここはまだ格納庫に分類されるブロックで、ラクスは立ち入りを許されてはいない。
しかし、展望デッキで傷ついたストライクの帰還する姿を見たラクスには、立ち入り禁止である事さえ忘れて、この区域に走って来たのだった。
アムロとムウに支えられたキラの姿を見たラクスが、彼の元へと駆け寄る。その表情は、血の気が引いている様に見えた。
「――キラ、お怪我は!?大丈夫ですか!?」
「……ハァハァ……あ、うん……僕は……大丈夫……。……ハァハァ……ストライクは……壊しちゃった……けどね……」
「――大丈夫ではありません!そんなにお苦しそうなのに……」
キラはラクス心配掛けまいと無理に作り笑いを浮かべる。
しかし、キラの笑顔は痛々しく見え、ラクスは心配しながらも無理をするキラに怒った。
「……ハァハァ……ラクス……心配かけて……ハァ……ごめん……ね……」
キラにラクスの怒っている意味が伝わったのか、キラは本当に申し訳なさそうな表情を向けて謝った。
そして、言い終えたキラは、ラクスに少しだけ笑顔を見せると、力尽きたかの様に意識を失った。
「――!しっかりしてください!キラ、お願いですから目を開けてください!」
「ラクス・クライン、落ち着け!」
気を失ったキラを見てパニックを起こしたか、ラクスはキラの顔を手で包むと揺り動かそうとする。
それを見兼ねたアムロがラクスに怒鳴る様に声を上げると、ラクスは一瞬、体を強張らせた。
続ける様にアムロはムウに声を掛ける。
「ムウ、急ごう!」
「ああ!おい、お姫さん!ここに入った事は見逃してやるから、一緒に来てくれ!キラを医務室に連れて行く!」
「――はい!」
ムウは頷くと、目の前に立つラクスに声を掛け、一緒に来る様に促す。
ラクスは、必死に頷くと、キラを支えるアムロとムウの後を涙を溜ながら付いて行った。
地球軍プトレマイオス基地への奇襲を成功させたクルーゼ率いるザフト軍艦隊は、月の他の地球軍基地よりの援護を確認し、一路、帰還の途へと着いていた。
作戦自体、クルーゼの望み通りには行かなかったが、プトレマイオス基地ドックの完全破壊には成功し、旗艦ヴェサリウス、そして、他の艦でも、兵士達は作戦成功で歓喜が溢れんばかりだった。
そして、作戦の立て役者であるイザーク・ジュールは、バスターに乗るディアッカ・エルスマンにより救出され、旗艦ヴェサリウスの医務室で体を横たえていた。
「……ううっ……こ、ここは……?」
「お、気が付いたか?安心しろ、ヴェサリウスだ」
「……ヴェサリ……ウス……だと?」
「ああ、そうだ。作戦は成功したんだ。君はあれだけの爆発に巻き込まれたのにも関わらず、大きな怪我も無い。全く運がいいな」
イザークは目の前に見える蛍光灯の灯りに目を細めながら、体を寝かしたまま声のした方へと顔を向けた。
そこには、あまり世話にはなってはいないが、ヴェサリウスに常駐勤務している軍医の顔があった。
「……本当に成功したのか……?」
イザークは呟くと体を起こしす。体の節々が痛み、自分が生きている事を実感させた。イザークが体を起こし終えると、軍医がベッドの上半身側を起こして寄りかかれる様にと気を使う。
軍医にイザークは「済まない」と礼を言うと、体が五体満足なのを確認する。しかし、心の中では作戦を見届ける事が出来なかった為に、未だに半信半疑の表情を浮かべていた。
医務室の扉が開き、ディアッカが顔を覗かせる。
「――イザークはどうですか?」
「ああ、目を覚ましたぞ」
軍医は顎でベットの方を指すと、ディアッカは医務室へと入りイザークの元へとやって来た。
イザークは、その遣り取りを見ていた為、ディアッカが声を掛けるよりも早く口を開く。
「ディアッカ、貴様も無事な様だな」
「ああ、当たり前だ。イザークこそ大丈夫なのかよ?」
「……ああ。それよりも、作戦が成功したらしいが本当か!?」
「ああ、凄かったぜ!」
作戦が成功した事を実感出来ないイザークは、本当に成功したのかとディアッカに確かめた。
ディアッカは片手で椅子を引き寄せると、腰を下ろしてにやけながら答える。
そこへ新たな来訪者が訪れた。イザーク達よりも若干年位に見えるが、グリーンの制服に身を纏っていた。
「――失礼します。こちらに、ブリッツのパイロットが運び込まれたと聞いたのですが……」
「――ん?ああ、それなら彼だ。さっき目を覚ました」
「話をしても大丈夫ですか?」
「見て分かる通り、話しているだろう?」
軍医はディアッカの時と同じように顎でイザーク達を指すと、机に向かい書類の整理を始めた。
グリーンの制服を着た兵士はイザーク達に歩み寄ると、敬礼をする。
「――お話中の所、失礼します」
「――ん?なんだ?」
「脱出の時に助けて頂いたジンに乗っていた者であります!この度は助けて頂き、ありがとうございました!」
「……あのジンに乗っていたのか……大丈夫か?」
イザークは基地内で起こった脱出時の出来事を思い出した。
声を掛けられた兵士は背筋を伸ばし、脱出の時に情けない声を出していたのが嘘の様な凛とした声で答える。
「はい。あなたに助けて頂けなければ、今頃は死んでいたはずです。感謝しても、しきれないくらいです。それで、お怪我の方は?」
「ああ、見ての通り大きな怪我も無い。気にするな。それから、今度は情けない声を出すなよ」
「――は!あの時は、情けない姿を晒しまして申し訳ありませんでした!」
「イザーク、流石は英雄様だな。言う事が違うぜ」
二人の遣り取りを見ていたディアッカは、ニヤけながらイザークを茶化す。
イザークはディアッカの言葉が気に入らなかったのか、少し怒気を含んだ様に睨んだ。
「……英雄だと?俺は任務を全うしただけだ!ディアッカ、貴様は何寝ぼけた事を言っている!?」
「寝ぼけてるのは、お前だってぇの。作戦成功させて、しかも、コイツ助けたのを評価して、隊長がお前に勲章与える申請するって言ってたぜ」
「……本当か?」
「……本当でありますか?」
イザークと兵士は飄々と答えるディアッカに言葉に目を丸くした。
ディアッカは二人の表情を見て、「信じられないのかよ」と言うかの様に息を吐くと、少し怠そうな感じで口を開いた。
「マジだよ。敵基地ぶっ壊して、味方まで助けたんだ。勲章でも何でも、貰える物は貰っとけよ」
「……信じられん……」
「私は、あなたが勲章を受ける、それだけの働きをしたと思います!」
「……」
イザークが呆然としながら呟くと、兵士はイザークに向かって言った。
言われた当のイザークは、一瞬、時が止まったかの様に固まるが、あまりにも真っ直ぐ過ぎる褒め言葉に、顔をディアッカ達とは反対側に向けた。
それを見たディアッカはニヤケながらイザークをからかう。
「……イザーク、何照れてんだよ?」
「――だ、黙れ、ディアッカ!お、俺は照れてなどいない!」
「――あっははは!その割には、顔が赤いぜ!」
「――わ、笑うな!貴様も見てないで、要が済んだなら出ていけ!」
「――は!失礼します!」
豪快に笑うディアッカにイザークは怒鳴ると、その矛先は兵士へと移った。
イザークに怒鳴られた兵士は、すぐに敬礼をすると踵を返し、医務室を後にする。
それを見たディアッカは呆れながらも、イザークを諭す様に言った。
「おいおい、照れを隠すのに、心配してくれた相手を無下に扱う事ないだろ?イザーク、お前の悪い癖だぜ」
「う、うるさい!それ位は自分でも分かっている!」
「はいはい、分かりましたよ、英雄様」
「その、英雄様は止めろ!」
「茶化して悪かった。イザーク、そう、熱くなるなよ」
「――フン!それなら、初めからそうしろ!」
ディアッカは降参とばかりに、答えるとイザークは鼻を鳴らして怒鳴った。
しかし、やがてその怒りも治まったのか、思い出した様にイザークは自分の乗っていたモビルスーツが気になり、ディアッカに真面目な顔を向けた。
「……そう言えば……ブリッツはどうした?」
「ああ、ありゃ駄目だ。ほとんどスクラップ状態だったからな。新しく組み直した方が早いって言ってたぜ。まぁ、助かったのが不思議な位だったからな」
「……そうか……ニコルに悪い事をしたな……」
ディアッカから出て来た言葉に、イザークは目線を落としながら呟いた。
出撃前に自分のデュエルを壊すなとニコルに言いながらも、その借り物であるニコルのブリッツをスクラップ同然にしてしまったのを後悔していた。
「……何、湿気たツラしてんだよ!作戦成功させたんだ、ニコルだって文句言うはずねえだろー!」
イザークの責任感の強さはディアッカにも分かっている。らしくないイザークを見るのは、あまり好きではなかった。
ディアッカは、そんな事は気にするなとばかりにイザークの背中を大きく叩いた。
その後、再びイザークの怒鳴り声が医務室に響き渡る事となる。