CCA-Seed_98 ◆TSElPlu4zM氏_第40話

Last-modified: 2011-09-15 (木) 21:56:37
 

 ザフト軍部が管理するとある研究施設――。
ここでは主に敵兵器の分析や新兵器の研究開発が行われていた。
鹵獲されたGATシリーズのデータも当然のようにここを経由し、パトリック・ザラの元へと送られる。
ザフト軍にとっては当然の事だが、重要な役割を担うセクションである。
この研究施設はザフト軍の管理と言えど、役目が違う為か、
すれ違う人々は私服やスーツ姿の者が多く見受けられた。
その人々に混じり、廊下をどう見ても軍人には見えないスーツ姿の若い男性が鞄を手に歩いていた。
当然、彼も研究員の一人だ。
彼はいつもならもう少し遅い時間に扉を開けていたはずなのだが、
自分の都合で同僚に仕事を押し付けてしまった事もあって、罪滅ぼしに早めに出勤して来たところだった。

 

「お疲れ。解析終わったのか?」

 研究室へと入った彼は、鞄を置くと同僚に声をかけた。

「一応な。奥さん、少しは喜んでくれたのか?」

 多少、恰幅が良い同僚は、疲れた表情で眉間を指で圧すと聞き返して来た。

「ああ。近場とは言え、本当に旅行に行くと思わなかったらしくてな。
 少しはサプライズになったよ。それで、これ土産だ」
「わざわざすまんね。それで早速で悪いがこれを見てくれ」

 そう言って彼に苦笑いを見せたが、すぐに表情を変えモニターを見るように促す。

「それほどの物なのか?」

 彼は同僚の表情で察したのか、食い入るように流れるデーターを見つめる。
モニターにはMSの残骸と思われる左腕の画像と立体構造図が表示された。

「地球軍から奪取した新型とも造りが違う? どう言う事だ……?」
「その辺りは分からんよ。
 それから、この装甲とザフト軍で使用されているモビルスーツの装甲を比べた物だ」
「おいおい。冗談は止してくれ」

 引き攣った笑いを浮かべる彼を尻目に、同僚はモニターの解析データを表示した。
それは正しく彼らに取って未知の代物である事を証明している物だった
もっとも、二人が険しい表情を見せるのも仕方が無い。
表示されたデータは、この世界には存在しないMS、RGM-89 “ジェガン”と呼ばれた機体の物だ。

 

「冗談で済めば良かったんだがな。地球軍から奪取した物と比べても、格段にこの装甲の方が上なんだ。
 それ以外にも異なった技術が使われている」
「……」
 同僚の言葉に、彼は言葉を失いながらもモニターを食入るように見つめ続けた。
「それから、もう一つ。こっちを見ろ。もっと凄いぞ」
 大型モニターを見るようにと、同僚が顎で促す。
そこにはこの研究施設に持ち込まれたもう一つの残骸が表示されるとデータが流れ始めた。
このもう一つの残骸だが、先のジェガンと同様にこの世界には存在しない機体である。
型式番号MSN-03 “ヤクトドーガ”と呼ばれていた物だ。
だが、そのヤクト・ドーガも明らかに戦闘で撃破されたと分かるほどで、
醜く歪んだ胸部・頭部を残しているだけで、エンジンや兵装などは全て失われている。
何であれ、彼らからすれば、ジェガン、ヤクト・ドーガ共に硬度の違いこそあるが、
謎の多い合金と言う事実は変えようがなかった。
両機の装甲を使用した衝撃テスト結果を新たにモニターに映し出した同僚が、
わずかに伸びた不精ヒゲを撫でながら言った。
「これと比べたらザフト軍のモビルスーツなんてボール紙を纏っているような物さ。
 比べるでもなく、どちらの合金も軽くて硬い。
 予測シミュレートでは、奪取したのと比べても総重量は半分以下だ」
「……こんな物、どこが造ったんだ? これを完全解析出来れば……」
「例え解析は出来たとしても精製方法がな。一応、予測の域でだが、何度かシミュレートしてみた。
 近しい合金は出来ても、ここまでの精度にはどれも至っていない。
 パーツに表示されていた……アナハイム・エレクトロニクスって所は余程な物を造りやがったよ」

 お手上げと言わんばかりの様子で同僚が髪を掻き毟ると、彼は眉間に皺を寄せながら問う。

「この事は?」
「もう少し解析したいんだがな。どちらにしてもすぐに報告するしかないだろう」
「報告が遅いとか文句を言われると思うと気が重いな」
「何言ってんだ? 倉庫の肥やしにしていたのも、地球軍の技術を新型に転用すると言って、
 俺達をそっちに駆り出したのも奴らだろ。例え文句を言われても、無理な物は無理だって言ってやるさ」

 地球軍の新型モビルスーツの解析に、駆り出された事を余程根に持っているのか、
強気な物言いをする同僚の様子に、彼は思わずキョトンとした顔で言った。

「本当に言えたら、俺、お前にビール奢るわ」

 

 この会話の数時間後に解析データの第一報がザフト軍本部へと報告される事となる。

 
 

※※※※※※※※

 
 

 アフリカ大陸南方に位置するトゥルカナ湖を目指し、
アークエンジェルは友軍アフリカ軍航空守備隊に守られながら航行していた。
流石に友軍領内と言う事もあって、今の所は平穏な船旅と言える状況ではあるが、
それも後数日と言った所だ。
その後には確実に海へと脱出し、再び単艦でもつらい船旅が待っているのだ。
そんなアークエンジェルの格納庫に、一人ストライクを見上げるサイの姿があった。

 

「サイ?」

 コックピットモニターでサイの姿を確認したキラは、
ストライクを降りると彼の元へと駆け、寄り声をかけた。

「どうしたの?」
「ただ何となく足が向いただけなんだ。……調子はどう?」

 砂漠を脱出して以降、フレイの事もあってサイは格納庫へと足を向ける事は
ほぼ皆無と言っていいほどだった。
キラにしてもその事は理解しており、見た通りサイの表情は芳しくはなかった。

「僕もストライクも調子は良いよ。サイは……どうなの?」
「……良くもないし、悪くもないよ」
「それなら良いんだけど。気にしてる……よね? そんな顔してるから」
「気にならないって言ったら嘘になるかな」

 事情を知るキラが何とも言いようのない表情で尋ねると、
サイは再び灰色のストライクへと視線を向けながら苦笑いを浮かべた。
サイの目から見てもストライクは良く整備され、大事にされているのが良く分かった。
そして所々に残る傷はヘリオポリスからここまで自分達を守る為に受けて来た歴史と言ってもいい。
そのストライクを操るのは隣に立つ友人キラ・ヤマトだ。
もしも、ストライクのパイロットがキラではなく自分だったら――。
などとサイは自然と考えているその所へ、ムウのMS指導を終えたアムロが通りかかった。

 

「二人してどうした?」
「サイが来てたので」
「はい。何となくキラに会いに来ただけです」

 二人は在り来たりで無難な返事をした。
アムロの事情を知らぬサイからすれば、目の前の彼は同じナチュラルとして可能性を見出した人間であった。
そんな事もあり、何気なく質問を口にしていた。

「あの……、アムロ大尉はMSを初めて動かした時って、どんな気分だったんですか?」
「ん、急にどうした?」
「いいえ、アムロ大尉はナチュラルだし、どうだったのかなって思って」
「僕だって死にたくはなかったからな。必死だったさ」

 息を吐いたアムロは、少しばかり遠い目をしながら答えた。
だが、質問を投げかけて来たサイの表情は、まるで鏡を見ろとでも言いたくなる物で、
何か心に大きな荷物を抱えているようにも見えた。

「アーガイル、何か悩みでもあるのか?」
「……」
「僕は無理に聞き出すつもりは無い。その為に君はキラの所に来たのだろう。キラ、相談に乗ってやれ」
「あっ、はい!」

 キラが返事をするを確認すると、アムロは去り際に肩を叩いて小声で囁いた。

「キラ。ストライクのコックピットにロックをかけておけ。俺は行く」

 声は出さずにキラは頷いた。
サイが不安定な状態で、何を仕出かすか分からない。兵士として予防線を張るのも大事な勤めである。
だが、その声がサイに聴こえたのだろう。

「……違うんです」

 と、アムロがその場を去ろうとした瞬間、サイが俯き加減に呟いた。
そして、涙声が混じる声で彼は独白を続けた。

 

「なんかこう、色々と考えちゃって……。
 フレイの事とか、どうやったらザフトを倒せるとか、どうすれば良いとか、
 俺は何が出来るんだろうとか。そんな事を一辺に考えちゃって。考えが纏まらなくて。
 キラやトールは外で闘って、やる事があって、頑張って、ザフト軍を倒しているのに……。
 俺がストライクを動かせれば、あいつにだってって、考えちゃって。それで……」
「あいつって……アスランの……事?」

 事情を知るキラは思わず顔を曇らせた。だが、サイは俯き肩を震わせるだけで、何も答えようとはしない。
 見兼ねたアムロは、振り返ると冷静な声で諭すように言った。

「アーガイル。俺は君達の間に何があるのかは知らない。
 だがな、例えストライクに乗る事が出来たとしても、そのような想いでは早死にするだけだ。
 だから乗せるわけにはいかない」
「それ位、自分でも分かってます! 色々あり過ぎて頭の中がまとまらなくて、
 フレイの事とかあいつの事とか色々割り切れなくて、自分でもよく分からないんですよ!」
「サイ……」

 肩を震わせるサイの涙が落ち、そして床を濡らして行く。
一方、複雑な事情もあって、どんな風に友を慰めれば良いのか分からないキラは唇を噛んだ。
ただの個人的感情であろうと、艦内業務や規律に支障無いならば手出しはしないが、
サイを見る限りはそうも言ってられないようだった。
アムロはコンソールパネルに置いてあったインカムを手にすると、νガンダムへとチャンネルを開いた。

「ムウ、悪いが降りてきてもらえるか」
『それは構わないけど、何かあった?』
「足元を見てくれ」
『足元……あれ、アーガイルか?』
「そうだ。済まないが頼む」
『分かった。少し待っててくれ』

 ムウとやり取りを終え、アムロは溜息を吐くと少年二人へと目を向けた。
思い返せばヘリオポリスで出会って以降、キラやトールを通じて、
それぞれ成長を見せる子供達に安心していた節が無い訳ではない。
だがいくら成長しようと、やはり彼らは未だ年端も行かない子供なのだと、アムロは実感するのだった。

 
 

※※※※※※※※

 
 

 いつもは薄暗い執務室に珍しく明かりが点され、
その部屋の主であるパトリック・ザラは来客用のソファに腰を沈めていた。
彼の前に座るのは、地球から帰還した“砂漠の虎”の二つ名を持つアンドリュー・バルトフェルドだ。
そのバルトフェルドはコーヒーを含むと、テーブルにカップを置いてこう口にした。

「このコーヒーも悪くはない。これはどこの豆を?」
「さあ、私には分からん」

 コーヒーには興味も無い様子でパトリックは厳しい表情で首も振らずに答えた。
当たり前だがパトリックはコーヒーの話をする為に彼を呼んだ訳では無い。
先ほどまで二人は労いと報告と言う公務的なやり取りに終始していたのだが、
いつしか両者は来客用ソファへ腰を下ろし、地球側の動向と今後の展望へと話題が変えていたのだ。
パトリック自身ザフト軍を束ねる立場ではあるが、その全てを把握している訳ではない。
現状をどう捉えているのかを参考にしようと思いはしたが、思いの外バルトフェルドの意見は厳しく、
執務室の中はお世辞にも良いとは言い難い雰囲気だ。
その空気の中、バルトフェルドが口を開いた。

 

「それはそうと、現実問題としてアークエンジェルをどうするおつもりで?」
「ラクス・クライン嬢を救った船とは言え、敵である以上沈めるに決まっている。
 その為の追撃は出しているからな。問題は無い」

 パトリックの言い様に、溜息を吐いたバルトフェルドが力の抜けた口調で聞き返した。

「赤服のお坊ちゃん方ですか?」
「彼らに何か問題でもあると言うのかね?」
「いやいや。ただハッキリ言わせて頂けば、恐らくどんなエリートが戦いを挑もうが、
 あの船はそう簡単には沈みやしない。
 何の策も無しに仕掛けるれば、返り討ちにあって無駄な犠牲を増やすだけです」

 目の前で鋭い視線を向けるバルトフェルドの言葉を聞き、パトリックは更に不機嫌さを増したようだった。
バルトフェルドが言う通り、現に新しい指揮官を迎えた北アフリカ方面軍は、
アークエンジェルの戦力に因って主力艦レセップスと基地の一つ、そして新指揮官自身を失っていた。
それを引き金に限定的ではあるが、タッシルでは地元レジスタンスの動きが活発化しており、
下手をすれば陥落しかねない状況にあった。
だがその反面、幸運な事に北アフリカ方面軍の管轄するタッシル以外の地域は、
問題無く戦線を維持出来ていた。
それは各地に点在する基地に長い事常駐する将兵達の奮闘に因るものだからだ。

 

「だから今は見逃せと? その発言は一指揮官の物とは思えんな」
「誰も見逃せとは言ってませんよ。
 まあ、今仕掛けるのであれば、少なくとも連携力のあるパイロットを揃えなければ無理でしょうがね。
 だが、それだけではまだ無理――」
「――貴様もあの艦に積まれている新型の事を知っているだろう!
 見逃せばナチュラルを付け上がらせるだけだ!」
「確かに付け上がらせるでしょうが、今は無駄に消耗を強いるよりも
 対抗出来るだけの力を持つ部隊を作る方が先だと思いますね。でなければ――」

 口論へと発展しそうな勢いではあったが、突然、電話の呼び出し音鳴り響いた。
 勢いを削がれたパトリックが忌々しそうに音源へと目を向けた。
「どうぞ」

 バルトフェルドは軽く促すと体をソファへと預け会話が終わるのを待った。
苛立たし気に受話器を取り話始めたパトリックだが、話をする間にその表情は
ますます険しいものへと変わって行く。

 

「今日の予定は全てキャンセルだ。私は研究施設に向かう」

 かなり強い口調で電話の向こうに告げたパトリックは、
受話器を叩きつけるようにして話を打ち切ると立ち上がった。

「君には私と共に来てもらう。いいな」

 バルトフェルドに向かって、パトリックは有無を言わせぬ言葉を放つ。
その雰囲気は何があったのかは分からないが、間違いなく大事であるとバルトフェルドは理解した。
二人は執務室を出ると、軍事研究施設のあるコロニーへと向かった。

 
 

※※※※※※※※

 
 

 遥かに望む水平線の向こうはオレンジ色が薄く馴染み、見上げれば夜空には美しい星が瞬いていた。
いつもと変わらない風景。
その風景の中、13、4くらいの少年がいつもより重いスポーツバッグを襷掛けにし、
駆け上がろうと思えば出来ないほどではない、長くなだらかな坂道を自転車を押しながら上っていた。
途中、乗用車が挨拶とも取れるクラクションを一度鳴らし、ゆっくりと少年を追い越して行く。

「父さん」

 彼は父が乗る車に向かって軽く手を振ると再び坂を上り始めた。
少年の名は、シン・アスカ。
この小高い丘にある閑静な住宅に家族四人で暮らしている。極々一般的な暖かい家庭だ。
シンはやがて丘の中腹ほどに十字路までやって来ると右へと曲がった。
この自宅の前を通る道はほぼ平地と変わらない。
サドルに跨るとペダルを思い切り踏み込み、自転車を加速させる。
そうして数軒の家の前を通り過ぎると、背の低い木製の柵に囲われた
欧米風の白い二階建ての家が見えてきた。
周辺の住宅と大して変わり映えはしないが、ハッキリと分かる。何故ならばそこがシンの家なのだから。
庭は緑の芝生で覆われ、一本の線を引いたようにコンクリートで固められた道が玄関へと続いている。
そこへ自転車を滑らせるとガレージへと納め、足早に家の中へと入っていった。

 

「ただいま」
「お兄ちゃん、遅い! もうご飯だよ!」

 帰宅を告げる挨拶もそこそこに階段を上がろうとすると、
リビングから妹のマユが少々不機嫌そうに顔を出した。
こんな表情の時に下手に余計な一言を言うと、決まってマユは怒り出す。あえてここはスルーを決め込み、

「うん、分かった。これ部屋に置いてくるから」

 と言って、シンはそそくさと階段を上って行った。
荷物を自室に置くと踵を返し、階段を駆け下りて夕食のテーブルへと着くとようやく食事が始まる。
そんな中、父だけはビールの注がれたグラスを片手に野球中継に目を向けていた。
普段は真面目な父だが、仕事が終わった後のビールと野球中継だけはどうもやめられないらしい。

 

だが、その楽しみを奪うが如く、どこから遠くから響いて来た爆発音と共に、
頭上の灯りとテレビモニターが不意に瞬いた。

「……なんだろう?」

 シンの声と共に家族全員が天井の電灯や窓の外へと目を向けた。

「爆発!?」
「事故か?」
「まったく物騒ね」

 父母は怪訝な顔を見せるが、灯りは相変わらずチカチカと音を立て明暗を繰り返し続ける。

「直らないね……」

 フルーツフォークを片手にランプを見上げていたマユだが、
どうやら思ったよりも図太い神経の持ち主なのかもしれない。
彼女は仕方が無いとばかりに、デザートである大好物の桃を小さな口へと運んだ。
一向に直る気配を見せない事もあってか、父は立ち上がると
バルコニーへと続く大きな窓とカーテンを開けて外を見やった。

「……どうも我が家だけではないようだ」
「何かあったのかな?」
「電気施設に何かあったのかもしれんな」
「何かあったのかな?」

 父の元へと駆け寄ったシンは同じように外へと目を向けた。
先日、空家となった右隣を除き、周囲の住宅や街灯は部屋の灯りやテレビモニターと同じように瞬いている。

「これじゃテレビも何に言ってるのか分からないね」

 マユは試しにリモコンでチャンネルを変えてみるが、どこも似たような物だった。
仕方なく諦めた様子で再び桃を口へと運ぶ。
するとその瞬間、家の電気機器が全て落ち、家の中はおろか住宅街一帯が暗闇に包まれた。

 

「完全に落ちたか」
「でも街の方は灯りが点いているよ」

 楽しみを奪われた父は暗闇の中で諦めからか肩を落とすが、
周囲を見渡していたシンはいつもは気にも留めない数キロ先の繁華街の灯りを指差した。
そうして家族全員が暗闇の中、再び灯りが点るのを待つ事数分。だが一向に復旧する気配は無い。

「こうしていても仕方が無い。私は電池を取って来る。
 シンは玄関の戸棚から非常用の携帯ラジオとマグライトを持って来てくれ」
「うん。分かった」

 とうとう痺れを切らした父が言うとシンは頷いた。
この数分の間で暗闇にも目は慣れた。幸いにも月明かりもある。
落ち着いて行動すれば怪我をする事もないだろう。

「お兄ちゃん」

 暗闇に包まれたリビングを出て行こうとする兄を、マユが弱々しい声で呼び止めた。

「大丈夫。玄関に灯りを取りに行くだけだから」
「うん……」
「すぐに戻ってくるよ。そうしたら桃一緒に食べような」

 足を止めたシンが暗闇の中で微笑んだ。

 

 この一帯の停電はすぐに解消される事は無く、再び電気が通じたのは二日後だった。
 その停電直後にオーブ政府より公式発表があった。内容は以下の通りだ。

 

 オノゴロ島モルゲンレーテに隣接する変電・送電設備に爆発及び火災が発生。
 それに伴い、山の手地区の一部と電力供給を共にするモルゲンレーテの一部施設などに
 電力の供給がされない状態となった。現在のところ原因は不明である。
 被害を免れた隣接する施設では電子機器が使用不能となっている為、
 全力で機器全ての入れ替えに全力で当たっている最中であるが、今のところ復旧の目処は立ってはいない。
 完全復旧までは時間を要する為、住宅地及びモルゲンレーテへの電気供給は
 他の地区から電気を供給する事で対処する。
 被害を免れたモルゲンレーテ内施設は内部発電施設も併せ持っている為、
 当分の間はそちらをフル稼働させ、足らない電力量を自ら補う。

 

 だだし、これは表向きの発表であり、全ての真実はモルゲンレーテと政府によって隠蔽され、
一般国民が知る事は無い。
その頃――。

 

「拾ってきた物を無理に解体しようとするから、こうなったんじゃないですか!」
「この件は君の担当ではなかろう」
「こんな事故起こしておいて何を言ってるんですか!
 担当外でも自分の仕事に支障を来たす事が起きたから、こうして抗議に来たんです!」

 

 内々の話だが、モルゲンレーテ施設内会議室にてエリカ・シモンズなる女性が、
この事故の原因となる作業を指示したある役員に物凄い剣幕で噛み付いたと言う事があったそうだ。
後日、その役員は別の理由で解職されたらしいが、その真偽は定かではない。

 
 

※※※※※※※※

 
 

 ザフト軍部が管理するとある研究施設の一室。
壁に数多くのモニターとコンソールパネルが目立つが、狭いと言う印象は感じられない、
そんな部屋にパトリック・ザラ達は通された。
連れは情報将校の他に、砂漠の虎――アンドリュー・バルトフェルド。
そしてもう一人。パトリックに急遽呼び出された仮面の男――ラウ・ル・クルーゼだ。
そして彼らの前に立つのは恰幅の良い男性とネクタイ姿の男性。両名とも研究員だ。
四人は無機質なテーブルを囲み、中央にはブロック状の金属が二つ並んでいるが、
一体どう言う物なのかは見当もつかない。

 

「これが報告にあった装甲に使われていた金属なのだな?」

 恰幅の良い研究員から簡単な説明を受けたパトリックが、
その問題の金属に目を向けが手にするような事はしなかった。

「手に取っても?」
「どうぞ」

 おもむろにクルーゼが尋ねると、研究員は頷き返した。
二つの金属を両手に、クルーゼはまるで間違い探しをするかのように見つめる。
そして、すぐに口を開いた。

「多少重さは違うようには感じるが、私にはこの二つ金属にどのような違いがあるのかは見当もつかんな」
「それはデータを見て戴ければ」

 クルーゼの言葉に、ネクタイ姿の研究員が答えた。
彼がリモコンを手にすると、モニタースクリーンにデータが表示される。
四人の為に分かりやすく簡略化された比較データが次々と現れ、
最後にザフト軍MS、GATシリーズを含めた計四つのデータが並ぶ形で表示された。

 

「ほう……」
「これはまた……」

 クルーゼとバルトフェルドの両名は、その違いに思わず感嘆の声を漏らした。
自軍のモビルスーツを遥かに超えた装甲素材など、その差は一目瞭然。
ましてやその造りは地球軍のGATシリーズとも違っていた。
そして次に解析の為に解体される前の状態が映し出される。
彼らは知らないが、ジェガンやギラ・ドーガの破損した腕部などだ。
だがいずれも完全体は無く、再生する事は完全に不可能な物ばかりだった。
次々と映し出される残骸の中に紺色のヤクト・ドーガのボディの残骸が映し出される。
胸から下は完全に消失し、エンジンなどもやはり無い状態だが、すぐに次の画像へと切り替わってしまう。
厳しい目つきでモニターを見続けるバルトフェルドが口を開く。

「ほかに装備品などは?」
「残念ですが一切ありません。報告だと撤退後に偵察に出た部隊が回収した物らしいです。
 恐らくは流れて来たんだと思います。
 大方、宙域からして地球軍かオーブ。あとはジャンク屋あたりが回収した可能性は否定しきれませんね」
「宙域……? これはどこで?」
「L3宙域。ヘリオポリスだ」

 問いにネクタイの彼が答えると、新たな疑問にバルトフェルドは眉を寄せる。
だが、意外にもその問いに答えたのはパトリックだった。

 

「まあ、正確にはヘリオポリスから離れた場所ですが、
 拾った場所からしてそう推測するのが妥当だと思います。
 その関係からして、地球軍かオーブが造ったのは確実でしょう。
 今頃、ザフト軍の担当部署が調べてるとは思いますが、私が確認した限りでは、
 一応、既存のMSに該当する機体はありません。
 ただ、部分的に同系統ではと思われる機体は見つけました。
 まあ、もっとも私達はMSの専門家ではありませんから、
 その当たりは調べ漏れがある可能性もご了承ください。
 それから共に、部品の一部にアナハイム・エレクトロニクスと言う社名が印されています」
「アナハイム・エレクトロニクス? 聴いた事がないな」

 恰幅の良い研究員がパトリックの答えを補い、更に情報を付け加えた説明をすると、
バルトフェルドが首を捻りながら言った。
それは当然の事。この世界に軍事産業に手を染める“アナハイム・エレクトロニクス”と言う
社名を名乗る企業は存在しない。

 

「でしょうね。勿論、似た社名は無い訳では無いです。
 しかし、私が知る限りはマイナーな上に、軍事とは無関係な企業のはずなので、
 その辺りは諜報部門に確認してもらうしかありません。ちなみに似た企業はこんな物を造っています」

 研究員はそう言うと、ポケットから私物の折り畳み式の小さなマイクロノートPCを取り出して見せた。
そのカバー部分には『AHEC』と言うロゴが見える。
 AHEC――『アナハイム・ホーム・エレクトロニクス・カンパニー』の略である。
主に一般家電製品や電子機器の開発製造を軸としている企業だ。
北米地区の家電分野では六、七番手に位置し、言い方は悪いが一般からはマイナー企業と言う認識が高い。
 余談ではあるが、電子基盤を製造する街工場を一代でここまでの企業へと押し上げた、
先代社長カーバイン氏は一ヶ月ほど前に会長職へと退き、
現在は氏の息子メラニーが社長職を受け継いでいた。
皮肉にも、アムロ・レイがこの世界に来てしまった事で、彼らの運命も大きく変わる事になるのだが、
それはまだ後の話だ。
 そのアナハイム・ホーム・エレクトロニクス・カンパニー製のマイクロノートPCをテーブルに置くと、
研究員は自分の意見を述べ続けた。

 

「まあ、AHECの線も捨て切れませんが、その辺りを踏まえて話します。
 とにかくアナハイム・エレクトロニクスと社名を考えれば、
 やはり北米アナハイムに本拠地を構えていると考えるのが妥当でしょう。
 そこが開発を担当し、地球軍がヘリオポリスのモルゲンレーテで組み立てた。と、私は考えます。
 何せ研究屋の意見なので参考になるかは分かりませんが」
「なるほど。何であれ、アナハイム・エレクトロニクスのパーツが使用された機体の残骸は存在し、
 地球軍とモルゲンレーテが深く関わっている。
 やはりGATシリーズの事も含め、地球軍とオーブが手を組んだと考えるのが、妥当な線なのでは?」

 クルーゼは見解に頷くと、パトリックに意見を求めた。

「それは、既に奪取した新型の件で分かっているだろう。
 所詮オーブも地球のウジ虫と同類と言う事だ。それで、その企業の事はいつ分かるのだ?」
「はい。情報担当に問い合わせた所、現在調査中だそうです。早急に報告を上げる様伝えておきます」

 不機嫌に答えたパトリックは、情報将校にその矛先を向けた。
彼は実直に返すと研究員に話を進めるように促す。するとネクタイ姿の研究員がT字状の金属を持って来た。

「これはコックピット周りのフレームの残骸だとは思うのですが、変わった組織構造をしています。
 ただコックピット周りを強化出来るほど、硬度の高い金属でもないので用途が不明で……。
 これが切り出した物の一部です」

 彼はパトリックに金属を手渡した。それはバルトフェルドを経由し、やがてクルーゼの元へとやって来る。
モニターにはこのサイコフレームが取り出された機体、
ギュネイ・ガス専用ヤクト・ドーガの残骸が映し出されてた。

 

「……これは!?」

 金属――サイコフレームを手にしたクルーゼは、瞬間、わずかな吐き気と頭痛を催すような、
訳の分からぬ奇妙な感覚に囚われる。しかし、彼はそれを悟られせぬよう口元を抑えた。
その一方、バルトフェルドは詳細を知る為に、モニターの残骸の全景に目を凝らしていた。
どうやらサイコフレームよりも機体自体に興味があるらしい

「それで、さっき言ってた同系統って機体は?」
「ええ。まだ形式番号も分かってない上に、映像での確認ですので正確ではありませんが、
 肘間接稼動部の形状がかなり酷似しています。
 今、モニターに出しますので、少々お待ちを……この機体です」

 頷き答えた研究員がコンソールパネルを叩いた。
するとモニターには、ヘリオポリスの戦闘、低軌道会戦、砂漠での戦闘と
対アークエンジェルとの戦闘記録が映し出される。
そこにはバルトフェルドの記憶にも深く刻み込まれた、白黒に塗られたMSの姿があった。

 

「νガンダムか」
「ν……ガンダム……?」

 

 バルトフェルドが呟く『νガンダム』と言う響きに、クルーゼは心に妙なざらつきを感じながら、
手にしているサイコフレームを握り締めた。
同様にモニターへ目を向けていたパトリックから予想外な呟きが飛び出す。

「確かアスランが苦戦した機体か。忌々しいモビルスーツだ」
「ほう、ご子息が」
「私の息子の事はどうでもいい。気にするな」

 呟きを親のものとして受け取ったバルトフェルドが見遣ると、
パトリックはわざとらしく一度咳払いをした。
そうして戦闘記録の映像が終わると、νガンダムとジェガンの腕の残骸がモニター上に並べられた。

「この機体、地球軍ではνガンダムと呼ばれてるそうです」

 恐らくこの中では一番詳しいであろうバルトフェルドが、一呼吸置いてから謎の機体の正体を告げた。

「だが、残骸と同じ機体と言うわけではあるまい」
「……恐らく同じではありませんが、やはりは同系統の機体なのかと。
 装甲の重量と硬度。少なくともこのνガンダムと呼ばれるMSはそれを持っている。
 そう言う事なのだと思います」

 苦々しい表情で疑問を呈したパトリックに、クルーゼは何故か確信染みた意見を
一句づつゆっくりと述べた。
依然としてパトリックは、モニターを忌々しそうに睨み付ける。

 

「私には腑に落ちん。これだけの物が造れるのならば、ヘリオポリスで奪取した機体は
 意味を成してはいない事になる」
「競合機体……と、言う可能性は?」
「その可能性は高いでしょうね。奪取したGATシリーズとνガンダムでしたか? ……は、
 その機体の大きさや規格が明らかに違います。
 この残骸なども含め、機体選定の為の試作機だったのかもしれません」

 可能性として考えられる理由の一つをクルーゼが提示すると、恰幅の良い研究員が頷く。

「まあ、どう言う理由であれ、俺達はνガンダムと戦った事実は変わりやしない。
 それに重量や硬度云々の話だけじゃないが、正直あの反応の良さは、
 アムロ・レイだからこそ扱える機体と言う気もするんだがな」

 テーブルに肘を着けたバルトフェルドは、まるで自問自答するかのように言いながら眉間に皺を寄せた。
一方、νガンダムのパイロット――アムロ・レイの名を知ったクルーゼは、
何とも言い知れぬどす黒い何かが心の中に湧き上がった

 

 ――アムロ・レイ。初めて聞いたはずの名に、何故私は嫉妬に似た感情を抱く!?

 

 感情が渦巻き、クルーゼの手に力がこもる。握っていた金属が皮膚に食い込み、わずかに血が滲んだ。
 仮面でその表情を隠したクルーゼが、まるで何かを吐き出すような声で尋ねた。

 

「今、アムロ・レイと……」
「ああ。νガンダムのパイロットの名だ。お前もヘリオポリスで一度は戦ってはいるのだろう」
「……ええ」
「何でもニュータイプと呼ばれているらしい」
「ニュー……タイプ」

 

 バルトフェルドの告げたニュータイプと言う存在に、クルーゼは再びモニターへと目を向け、
νガンダムを睨み付けると、再び瞬間的にわずかな頭痛が襲った。
その傍らでは、パトリックが怒りを露に眉を吊り上げていた。

「何がニュータイプだ! 大方、奴等の犬となったコーディネイターを利用した
 地球軍のプロパガンダだ。踊らされるな!」
「確かにその可能性は捨て切れません。しかしアムロ・レイ本人はナチュラルだと言っていました。
 私の勘ではありますが、嘘は吐いてはいないと思います」
「勘など当てになるか!」

 目を細め真剣な口調で返すバルトフェルドに向かい、パトリックが怒り狂ったように吠えた。
 研究員二人はその剣幕におののき、体を竦ませた。
 クルーゼは、時折来る針を刺すような頭痛からか、空いた片手で額を押さえる。

「……申し訳ありませんが、五分ほど席を外させていただきます」

 仮面の下でその表情を歪めながらクルーゼが申し出ると、その様子を察したのか誰も止める事はしなかった。

 

 部屋を退出したクルーゼは、時折襲ってくるわずかな痛みに堪えながら歩いていると、
休憩室のようなスペースに気付き、革張りの長椅子に腰を下ろし息を吐いた。
今気付いたようだが、サイコフレームを握り締めたまま、部屋を出て来てしまった事に苦笑いを浮かべる。

「体調でも崩したか?」

 突然、声を掛けられたクルーゼが目を向けると、そこにはバルトフェルドが立っていた。

「……どうしてここに?」
「息抜きは必要だろう」
「確かに」

 マイペースなバルトフェルドの口振りに、クルーゼがわずかな笑みを浮かべ頷いた。
 先ほどの様子では話が進まないのは明らかだ。
 バルトフェルドは、このスペースの片隅にあるドリンクの機械の前に立つとボタンを押す。
「クルーゼ、何か飲むか?」
「……では、炭酸飲料を」
「意外だな」

 予想外なオーダーに、バルトフェルドが口の片端を吊り上げた。
だが、その笑みが嫌味ではないのは明らかに読み取れる。

「今は無性に甘い物が飲みたい気分なので」
「疲れてるのか」
「かもしれません。あなたにならご理解いただけると思いますが」

 淡々としながらも冗談めかした口振りで返したクルーゼは、彼から紙コップを受け取った。
 紙コップの中では黒い液体で満たされ、無数の小さな泡が浮かんでは弾けて行く。

 

「あなたはアムロ・レイと話をしたのですか?」
「ああ」
「ニュータイプとは一体?」
「戦争を必要としない人間の事……とは言ってはいたがな。嘘か真かは分からんよ」

 同じように長椅子に腰を下ろしたバルトフェルドが答えた。
 クルーゼは、手にしている金属を見詰めながら、バルトフェルドの言った意味を繰り返す。

 ――戦争を必要としない人間……。

 言葉では言い表せない確信に似た何かが、一瞬頭の中に暖かい緑色の光が広がった気がした。
何かに満たされる錯覚。そして何かを感じる取る痛覚。人の心も何もかも――。
そして、何故かニュータイプ、アムロ・レイとνガンダムに対しての嫉妬と憧れが心の中で交錯する。
「さて、戻るとするか」

 バルトフェルドの一言でクルーゼは引き戻される。まるで夢を見ていたかのようだ。
 知らぬ何かに戸惑いながらも、クルーゼは頷いて立ち上がった。
 未だ頭痛は続くものの、不快さは先程に比べ随分と軽くなった気がする。

 

「なあ、クルーゼ。アムロ・レイの、……ニュータイプの戦いを見てみたくはないか?」

 歩を進めていたバルトフェルドが不意に振り返り、不敵な笑みで問いかけた。
 当然のように立ち止まったクルーゼは、砂漠の虎と呼ばれる男の両眼を見詰め返す。

「是非とも」

 

 クルーゼは、手にしていたサイコフレームを再び握り締め、
 ニュータイプ――アムロ・レイを知る為に力強く頷いた。