静けさが漂う宇宙。クルー達は無機質な絶望に包まれ、誰も口を開かなかった。
ストライクとジンがジャンクを抱えて帰投する。
「少佐ァァ!!」
真っ先にジャンクに駆け寄ったマリューは、余熱を持ったハッチに手をかけた。
手袋をした掌でさえ焼け焦げ、苦痛が全身を巡ったが気に止めることも忘れていた。
マリューの脳裏に亡き夫の姿が浮かび、そしてかつて悲しみに暮れた自分のビジョンが途切れ途切れに再生されて行く。
シャアに対して憧れじみたものはあったが、決して愛していた訳ではない。
しかし、二度とあんな思いをしてなるものかと半ば狂ったようにハッチの強制排除作業を続けた。
汗がしたたり、ジャンクと化したデュエルに落ちた。
汗は直ぐに蒸発した。
「大尉!無茶です!まず冷却しねぇと!」
「離して!」
マードックがマリューを羽交い締めにしてジャンクから引き離そうとしたが、
華奢な女の何処にそんな力があったのか、マードックの太い腕をもってしてもびくとも動かず、マードックは諦めて手を離した。
周囲のクルー達は晴天の霹靂に撃たれたように呆然とジャンクを眺めていた。
「少佐は!?」
キラがストライクから飛び降り、マードックを問いつめ、トールとムウもそれに続いてデッキに着地した。
「分からねぇ……だが、只では済まねぇだろう……」
沈痛な面持ちで顔を伏せたマードック。
「お前ら……よく見ておけ……」
鬼のような形相でデュエルを見つめながら、ムウはキラとトールに命令した。目は血走り、歯がカチカチと音を立てていた。
「蒸し焼きにされるか、冷たい宇宙で凍え死ぬ。
それがパイロットの死に方さ……」
キラは背筋に氷柱を突き込まれた気がした。
一歩間違えれば自分があの残骸のコックピットにいたかもしれないのだ。
「俺……まだ少佐に操縦、全部教わってないんだ……
フラガ大尉……少佐は大丈夫ですよね!?」
トールは青ざめ、すがるようにムウに問掛けた。
肯定して欲しかった。
大丈夫だと言って欲しかった。
現実から目を背けたとしても。
「祈れ。それしか俺達には出来ん」
ムウの言葉に従って手を組んで念じ始めたトール。
「はぁ、はぁ……少佐は!?」
「今からだ」
ブリッジまでの道のりを全力で駆けて来たナタルが息を切らしながらムウに尋ねた。
ちょうど、マリューの作業が終わった頃だった。
「シャア少佐!!」
コックピットにうなだれるシャアの体を、マリューは力一杯揺り動かし、その度に球体となった血滴がマリューの全身にこびりついた。
「やぁ……ラミアス大尉……」
バイザー越しに開かれるシャアの虚ろな光がマリューの目に飛込んだ。
「ストレッチャーを!!」
マリューの怒鳴り声に歓声が上がり、慌ただしくも高揚した表情で動き始めたクルー達。
「……よかった……」
胸をなで下ろして一息つきながらマリューはシャアに目を向けた。
シャアは口を僅かに動かし、何かを言いたいような様子であった。
「痛むのですか?今、医務室にお連れしますから」
出血も傷も浅くはないので、鎮痛剤を欲しがっているのかとマリューは推測した。
しかし――
「死にそびれてしまったよ……」
――予想を裏切る返事。
シャアの力無い言葉によって安堵と悲哀が入り混じった感情がマリューを襲い、その瞳からは大粒の涙が浮かび上がった。
シャアの弱々しさと儚さを垣間見た気がした。
普段から掛けているサングラスは瞳ではなく、心を隠すのに一役買っていたのだ。
「……そんなこと言わないで下さい……」
堪えきれなくなり、両腕で優しくシャアを包んだ。
疲れたでしょう。
ゆっくりお休みと、
シャアは今となっては薄らいだ母の声が聞こえた気がした。
シャアが医務室に運ばれていったのを見届けると、マリューは掌をじっと見つめた。
「痕……残っちゃうな……」
ただれた皮膚が醜さを呈していた。
しかし、マリューは全く後悔しなかった。
なぜならその奥にある生皮は、本質の美しさを何時までも訴えていたのだ。