全てを失った俺を待っていたのは、魔法というよくわからない技術が存在する世界。
そこでの出会いが、俺をもう一度俺を立ち上がらせる。
高町なのは、俺には成しえなかった理想を持ち続けている人。
もう諦めたのか、と俺に問う彼女の言葉が、俺を真っ直ぐに見つめるその瞳が、俺の胸に突き刺さる。
俺の中の弱い心がもう諦めろ、お前は良くやった、と叫ぶ。
俺は……もう諦めていいのだろうか? もう、あんな悲しい思いを、目の前で大切な人達を失うような思いをしなくてもいいのだろうか?
違う……まだ俺は何も出来ちゃいない、まだ俺は、シン・アスカは折れちゃいない。
だから俺は、彼女の手を取る……もう一度、歩き出すために。
魔法少女リリカルなのはD.StrikeS、始まります。
魔法少女リリカルなのは D.StrikerS
第三話「シンと初めての魔法なの」
「すげえ……これが、魔法での戦闘……」
シンは目の前で繰り広げられる、非常識な光景に目を奪われていた。
自分とそう年齢が違わないであろう少女や少年達―――半数は明らかに年下、まだ子供といえるだろう―――が生身ではあり得ない戦闘機動をしているその姿に、シンは圧倒されていた。
あの後、シンはなのはの、
『まずは魔法っていうのを理解しないとね』
という言葉によって訓練場に連れてこられていた。
「そう、そしてあそこで訓練してるのが私の部下……というか教え子達かな。
シン君の同僚になる子達だよ。」
シンはそんななのはの言葉に、へえ……と生返事を返すことしか出来ずにいた。
そうしているうちにシン達の頭上から声がかかる。
「なのはー!」
「あ、フェイトちゃーん、こっちこっちー。」
手を振るなのはと同じ方を向き、シンは己の目を疑った。
「……人が、飛んでる?」
そこには確かに人が宙に浮かんでいた。
その人影、フェイトは徐々に近づいてきて、シン達の前に降り立った。
「なのは、もうこっちに来ていいの?」
フェイトの言葉に一瞬シンの方を見てなのはは言う。
「うん、もう大丈夫だよ。
ありがとうね、皆の訓練代わりに見てくれて。」
「それで、この人が例の……?」
「うん、シン・アスカ君。
シン君、こちらフェイトちゃん。私と同じで六課で働いてるんだ。」
「フェイト・T・ハラウオンです、よろしくね。」
「あ、始めましてシン・アスカです。」
フェイトからの自己紹介にシンは答える。
「フェイトちゃん、皆の様子はどう?」
「うん、いい感じだと思う。
今の調子で伸ばしていったら、そう遠くないうちに実戦に耐え得るレベルになれると思うよ。」
シンはそんな二人の会話を背に、もう一度訓練風景に目をやる。
ざっと見た感じ、どうやら訓練内容は彼女達がさっきから追い回してる、カプセルのような自立兵器を破壊するといったものらしい。
先ほどから空中に出来た道……恐らく魔法なのだろう―――を凄い勢いで駆け抜けている青髪の少女と、それを援護するように後ろから射撃を行っている少女のコンビがシンの目についた。
(片方が前線でかく乱、もう片方がそれの援護しつつ敵に致命打を与える……か。
まるで俺とレイだな……)
自分に命を託して散った友を思い出し、少し胸が痛む。
(俺は約束、守ってるぞ……レイ、副長。)
再び戦うことを決意した、もう一度立ち上がることを決めた自分を見て彼らはどう思うだろう。
安心してくれていればいい、そうシンは思う。
「ていっ。」
と、物思いに耽っているシンの両頬に突然痛みが走る。
「……ふぁにふぃふぇんふぁ、ふぁんふぁふぁ(なにしてんだよ、アンタは)?」
自分の頬を抓っているなのはを睨みつけながらシンは言う。
「シン君が何回呼んでも反応しなかったから?
それと一応私はシン君の上司になるんだから、こういうところでは敬語使ってほしいかな?」
「ほうふぃやふぁんふぁふぇらふぁっふぁんでひふぁっふぇ?(そういやアンタ偉かったんでしたっけ?)」
「うん、フェイトちゃんと同じで分隊長。」
分隊長……アスランと同じくらいか? とシンは頭の中で考える。
「ふぁはひふぁしはよ、ほへへふぃいへふふぁ?(わかりましたよ、これでいいですか?)」
「うん、それでよし。」
満足そうに頷くなのはといまいち納得いってないシンの二人をフェイトは見比べ、
「というかなのは、今のよくわかったね……私何話してるのか全然わからなかった。」
「え、そう?
なんとなくわかったんだけど……」
不思議そうに小首を傾げるなのは。
「っへふうふぁはっふぁふぉははひふぇふふぁはひ(っていうかさっさと離して下さい)」
シンが目を細めながらなのはに言う。
「あ、ごめんごめん。」
そう言ってシンの頬から手をなのはは手を離し、言う。
「さて、本題なんだけど……
とりあえずあの子達、フォワードの皆は私が見てるから、フェイトちゃんにはシン君に魔法を教えてあげて欲しいんだ。」
「私が?」
「うん、お願い。
私じゃ上手く教えて上げれないと思うし……」
そのなのはの言葉にフェイトはああ、と心の中で頷く。
なのはは魔法に触れるようになった状況が特殊で、正規の訓練……というか訓練無しのぶっつけ本番で使ったらしく、魔法の有効的な使い方等は教えるのは上手いのだが、まったくの初心者に教えるのは向いてないことをフェイトは知っていた。
「わかった、じゃあ私は午前の残り時間はシンに魔法の基礎を教えればいいんだね?」
「うん、頼んでばっかりで悪いんだけどお願いフェイトちゃん。」
「って、ちょっと待った。」
そこまで黙っていたシンが口を挟む。
「俺、魔法使えるんですか?」
シンにとっては当然の疑問だった。
今まで魔法なんて見たことも聞いたこともなかったし、自分に使えるなんて夢にも思っていなかったのだから。
「あれ、言ってなかったけ?」
おかしいなーと首を傾げるなのはに、シンは聞いてないと首を縦に振る。
「えっとね、昨日のシャマルさんの検査でわかったんだけど、シン君の体にはリンカーコアがあるらしいの。」
「りんかー……こあ?」
聞いたことも無い単語が出てきて少々困惑するシン。
そこにフェイトからの解説が入る。
「リンカーコアっていうのは、大気中の魔力素を取り込んで魔力に変換することの出来る機関のことを言うの。
持っていることが魔道士になる最低条件の一つみたいなものかな?」
「それが……俺に……?」
シンの呟きになのはとフェイトが同時に頷く。
「と、言ってもそれがあるだけじゃ駄目だから、フェイトちゃんに基本的なことを教えてもらってね。
ある程度基礎が出来たらあっちに混ざって訓練するから。」
と、なのはは未だに機械、ガジェットドローンと戦い続けてるフォワード陣を指差し言う。
「わかった……じゃなくて、わかりました。」
気を抜くと敬語をやめてしまいそうになるシンを見てなのは達は笑う。
「わ、笑うなよ! なんかなのは……高町隊長? に敬語を使うのに違和感が……」
「んー、なら無理に使わなくてもいいよ?」
それに、となのははシンにしか聞こえないように囁く。
「さっきの約束もあるしね、シン君とは出来るだけ対等でいたいんだ。」
耳元で囁かれた言葉にシンは目を見開く。
すっと離れたなのはは思い出したように、シンに向けてカードのようなものを差し出す。
「っと忘れてた、はいシン君。」
シンは受け取った装飾の施されたカードのような物を見る。
「これは?」
「なのは、それってもしかして……」
それを見たフェイトが何か気づいたように呟く。
「そう、S2U。
と言ってもクロノ君が使ってたのと違って、初心者用にかなりデチューンされてるけどね。」
使えるのはせいぜい簡単な魔力弾、シールド、飛行魔法くらい、となのはは言う。
「訓練にはこれを使えばいいんだね、なのは。」
「うん、慣れるまでに癖付けたらまずいから、バランスのいいデバイス使わないとね。
さてと、それじゃあ私はあの子達の方みてくるから、シン君がんばってね!」
そう言うとなのははレイジングハートを起動させ、訓練場の奥へと飛び去っていく。
残された二人、シンとフェイトは互いの顔を見やり、
「訓練、しようか?」
「そうですね……」
何故か微妙に疲れた声音でうなずきあった。
さて、とフェイトが仕切りなおし、
「じゃあ、まずは実際に使ってみようか。」
と言った。
「へ?」
シンはまず魔法についての説明等があると思っていたのだが、どうも違うらしい。
「習うより慣れろ、とも言うしね。
理論も大事ではあるけど、体に覚えこましたほうが早いよ。」
フェイトの言葉にそれもそうか、とシンは考える。
大体、概念を理解するところから始めたとして、いつ使えるようになるんだとも思う。
「じゃあ早速やってみようか。
まずはデバイス……さっきなのはが渡してくれたカードみたいなの、そうそれ―――を起動することから始めよう。」
シンの手の中にある待機状態のS2Uを指差しながらフェイトは言った。
「これが……」
シンは手の中のカードに目を落としながらつぶやいた。
「そう、デバイスって言うのは私たちが魔法を使うのをサポートしてくれるパートナーみたいなものかな?
デバイス無しでも使えなくもないんだけど、咄嗟に使いたいときや複雑な魔法を使うときにはちょっと辛いから。」
ね、バルディッシュ? とフェイトは自分の手のひらに乗せた、待機状態のバルディッシュに向けて言った。
「まず目を閉じて、自分の中に意識を向けてみて……
外から何か力が自分の中に入ってくるのを感じたら、それを指向性を持つように練っていくの。
それが魔力と呼ばれる力、そこまで出来たらその力を手の中のデバイス、S2Uに向けて名前を呼んであげて。
上手くいったらそれで起動するはずだから。」
「……了解です。」
言われたとおりにシンは目を閉じ、集中する。
外からの情報を一切排除し、ただただ己の内だけを見つめる。
しばらくその状態を続けると、シンの脳裏にとあるイメージが浮かんだ。
まるで植物の種子のような形をした物体、それが薄く紅い光を湛えている。
(俺は……これを知っている……?)
シンは直感的にそれに向けて意識を集中する。
少しずつ、少しずつではあるがシンは理解していった、自分の中へと入り込んでくるエネルギー……そしてそれを自分の中で別の存在へと昇華していく感覚。
(これが魔力、リンカーコア……?)
そうして生まれていった力を束ね、自分の手の先にあるデバイスへと向ける。
そして呟く……
「起きろ、S2U。」
『OK,MY MASTER』
その言葉に反応するかのように機械的な言葉がS2Uから発せられ、シンの手から光が溢れ出し、足元に深紅の魔法陣が生まれる。
数瞬して光が治まった時には、シンの手には一本の杖が握られていた。
「うそ……?」
その様子をフェイトは信じられないような物を見るような目で見ていた。
先ほどああは言ったものの、今まで魔法というものを知らずに過ごしてきた者が、デバイスを起動できるとは思っていなかったのだ。
せいぜい魔力という存在を認識できれば御の字、という位の気持ちでデバイス起動を命じたのだ。
出来なかったのならぶっつけでなく、しっかりと教えていく方針に切り替えるつもりでいた。
実際それまで魔法に触れていなかった者が、魔力という力を認識できるようになるのに普通で2週間から1ヶ月、早くても1週間を切れるかどうか……といったところなのだ。 本来ならそこで始めてデバイスを起動する、という段階に入る。
因みに彼女が魔術を教えたエリオは、そこに至るのに1週間半かかった。
これでも十二分に才能があると言えるのだが……
それを目の前の少年はたった一度の試みで成し遂げた。
その事実にフェイトは戦慄する。
(あり得ない……?いや、でもなのはの例もあるし……
先天的に魔力に対する認識力が高かった……?)
自分の親友を頭に思い描くフェイト。
彼女は魔法を知った直後にぶっつけでの実戦をこなし、そしてジュエルシードを巡る戦いへと巻き込まれていったのだ。
そしてその戦いの中で魔法の才能を開花させていき、今ではランクS+という管理局でも有数の魔道士となっている。
それを考えれば目の前の状況も頷けなくは無い。
(あり得ない話ではない、のかな。)
「出来たんですけど、次は何をしたらいいんですか?」
思考の海に沈んだフェイトを呼び戻したのはシンの言葉だった。
「え……あ、うん、大丈夫だよ。
魔力のこととか、わかった?」
「そうですね……」
フェイトの質問にシンは考え込む。
シンは確証は無いが、恐らくこれがそうなのだろう……という存在なら知覚できていた。
大気中を漂う魔力素、自分の中を巡り確かに息づいている魔力と呼ばれる力。
そしてそれらを行使する術を。
「言葉にはしづらいんですけど、これを起動したときに感じたのがそうだと言うのなら、多分……」
どこか自信なさげなシンにフェイトは答える。
「そっか、じゃあ暫らくデバイスの起動の練習をしようか。
大丈夫、少しずつ慣れていけばいいんだし。」
フェイトの言葉に従いS2Uに起動状態を解除するように命じ、シンは再び集中を始める。
以前のシンならば恐らくここでフェイトに噛み付いていたかもしれない。
もう出来たのだから早く新しいことを教えろ、俺は早く強くならなければいけないんだ、と。
ただ、この時シンはそんな気にはならなかった。
魔法という技術自体がシンにとって新鮮であったし、何より魔法に関しては自分が素人以下だということをシンは理解していた。
故にフェイトの言葉に反発を覚えず、素直に言われたとおり訓練を続けた。
もう一度、力を手に入れるために。
しばらくシンはデバイスの起動と解除を繰り返し行っていた。
それがそろそろ20回を過ぎたくらいに、黙ってその様子を見守っていたフェイトから声がかかる。
「うん、そこまででいいよ。
大分早くなってきたね。」
フェイトの言葉にシンはふぅ、と息をつき丁度起動状態にしていたS2Uを肩にかけた。
「いや、まだまだです。
実際なのは……隊長はもっと早く出来てたし。」
先ほどなのはがレイジングハートを起動したときのことをシンは思い浮かべる。
少なくとも今の自分よりは大分早かったように見えた。
そしてそれくらいで無くてはきっと咄嗟の状況に対応できないだろう、とシンは思った。
「なのはは……魔法使い始めて長いからね。
まあ、これから徐々に早くしていけばいいよ。」
というか初日でデバイスを起動できること自体がそもそも稀有なのだし、とフェイト心の中でつぶやく。
「さて、まだなのは達の訓練が終わるまで時間があるし、今度はデバイスを使って魔法をやってみようか?」
「さっき空飛んでたじゃないですか、あれも魔法なら試したいです。」
まずは何がいいかな……と洩らすフェイトにシンは思いついた様に言った。
(飛行魔法……か。
素質が必要だったりで結構難しい魔法なんだけど……)
そもそも空を飛ぶ、という本来の人間には備わっていない感覚をしっかりと捉えられないと危険でもある。
フェイトは目の前の少年を見る。
なんとなく、ではあったが出来そうな気がした。
「じゃあ、やってみようか?」
「はい!」
その言葉にシンは力強く頷き、手の中のS2Uを改めて構えなおした。
そのころフォワード陣はというと。
「でえりゃあああああああ!!」
なのはが途中で見にきてくれたため、異常にテンションの上ったスバルが最後のガジェット1型を破壊し終えたところであった。
「うん、いいねスバル。
今の感じを忘れないでね!」
「はい!なのはさん!!」
「……てかアンタなのはさん来てからペース上げすぎ、組んでるこっちの身にもなりなさいよ。」
なのはの言葉に大きな声で返事をするスバルに、それを見てどこかげっそりとつぶやくティアナ。
「「は、ははは……」」
そしてそんな二人の間で苦笑を浮かべるキャロとエリオ。
「あ、ゴメンねティア、なんかテンション上っちゃって。」
申し訳なさそうに言ってくるスバルにティアは、
「別にいいわよ、スバルがこうなのは今に始まったことじゃないし。」
気にしてない、という風に首を振る。
そんな二人の様子になのはは微笑を浮かべると、
「さてと、じゃあちょっと早いけど今日の午前の訓練はこれでおしまいにしようか。」
皆に紹介したい人もいるし……と続けようとしたなのはの言葉をエリオが遮った。
「ちょっと待ってください、確かスバルさんが6機、ティアナさんが3機、キャロが2機……それで僕が4機でしたよね?
ガジェットを落とした数。」
自分に集中する視線に多少身じろぎをしながらもエリオは続ける。
「確か一人当たり4機ってことで訓練始めませんでしたっけ?
気のせいならいいんですけど、一機足りないような……」
そのエリオの言葉に他の面々が固まる。
「でも今回は確か、訓練用のデバイスに取り付けられた発信機に対して向かっていくように設定されてるんじゃなかったっけ?」
と、スバルが浮かんだ疑問を口にする。
「確かにそのはずよね。
今、ここで訓練してるのは私達だけのはずだし……」
スバルの言葉を受け継いでティアナが状況を整理する。
「あ……」
それを聞いてなのはは顔を青くする。
目の前のこの子達は知らないが、シンがいることをなのはは思い出した。
万が一、シンがデバイスの起動に成功していたら……と考える。
なのはとしても、フェイトと同じく初回からそこまでの成果を求めては居なかった。
しかし自分という例もある、シンがもし起動を成功していたら、ガジェットはシンに向かっているかもしれない。
フェイトが居るから問題は無いとは思うが……
「まずいかもしれない……」
「え、どうかしたんですか、なのはさん?」
なのはのつぶやきを耳に留めていたスバルが聞いてくるが、それに答える余裕は無かった。
そこからの行動は早かった。
「皆、今すぐにここの入り口の方に向かうよ。
もしかしたら初めて魔法を使うような初心者が、ガジェットに襲われているかもしれない。」
その言葉にスバルたちは身を硬くする。
彼女らも昨日始めて相対したばかりだが、ガジェットの厄介さは十二分に知っていた。
AMFのおかげで魔法自体が効き辛い上に、空戦も可能。
初心者が相手にするなんて無茶にもほどがある。
ことの重大さを知った4人は、なのはとともに急ぎ道を戻った。