D.StrikeS_第15話

Last-modified: 2009-06-08 (月) 17:54:57
 
 

 あしが、すごくいたい……
 それでも何かからにげるように、ただひかりがあるところにむかって。
 
 あるく、あるく、あるく―――あるく。

 

 ひたすらに、ひたむきに、そのさきになにがあるのかわからないけど。

 

 そしてそのひかりにたどりついた時、もうからだが動かなくなった。

 

 その後のことはよくおぼえていない。

 

 ただ『もう大丈夫だよ。』って語りかけてくれたやさしい声と。
 わたしのからだをだきかかえてくれた、あたたかい腕だけを。

 

 それだけを、おぼえている。

 

 魔法少女リリカルなのはD.Strikers
 第15話「守りたいという願い 想いなの」

 

 どうしよう、とキャロが呟くのを耳に入れながらエリオは目の前に横たわった女の子の様子をもう一度見た。

 

(何度も確かめたけど息は……ある。
 疲労とかのせいで気を失ってるだけみたいだけど……)

 

 考えながら視線はその子の顔から横にスライドしていって、足に繋がれた鎖、そしてその先にある両手で抱えるほどの大きさの箱に移る。

 

(……レリック? なんで、こんな女の子が?)

 

 この子を見つけたのは本当に偶然だった。
 休暇をもらい折角だから、とキャロと一緒に街に出てきて六課でシャーリーから貰ったプランに沿って散策していただけだったのだ。
 さっきまでは朝から様子が変だったシンに元気を出してもらおう、と二人で考え何かいい物はないか、と探し回っていた。
 その途中で現在エリオ達がいる路地裏で、この少女を見つけたのだ。
 
 見た感じの年齢はまだ子供であるエリオやキャロよりもさらに5歳位年下に見えた。

 

 それにしても……と、エリオは思う。

 

「エリオ君。
 ティアナさんたち、もう少しでこっちにつくって。
 フェイトさんやなのはさんももう六課を出てくれたから……大丈夫だよね?」
「うん。大丈夫だと、思う。」

 

 キャロの不安げな表情の理由をなんとなくエリオは気づいていた。
 エリオ自身も感じていたことだが、この少女はどこかの研究施設にいたのではないか、と。
 その想像がキャロとエリオの二人に共通する辛い過去を想起させているのだ。
 レリックを所持しているのもそうだし、何よりもこの少女が身に纏っているような手術着を連想させる衣類が、二人にそうさせていた。
 ぎり、とエリオが自分の拳を強く握り締める。

 

「……なんで、こんな……っ!」

 

 目の前の少女に対して自分がなんと無力なのだろう。
 何も出来ない、何もしてやれない。
 かつて両親と引き離されたときと同じような無力感をエリオは味わっていた。
 今の自分に出来ることはこうやって様子に変化が無いかどうか確かめながら、仲間が到着するのを待つことくらいなのだ。
 それがもどかしくて腹立たしい。

 

「エリオ君……だ、大丈夫だよ!
 すぐにフェイトさん達も来るし、この子だってきっと元気になるよ!」
「キャロ……」

 

 励まされている、と気づいてエリオは恥ずかしく感じた。
 キャロだって恐らく彼と同じようなことを思っている。
 それでもこうやって自分を励ましてくれているのだから、それに比べて自分はなんと情けないのだろう。

 

「うん、そうだね。あのさ、キャロ……」
「なに?」
「ありがとう。そうだよね、僕たちがここで暗くなってても仕方ないよね。」

 

 よし、とエリオは気合を入れなおした。
 もうすぐスバル達が来る。
 それになのはやシン達だって向かっているのだ。大丈夫、きっと大丈夫。
 エリオはそう自分に言い聞かせてから、もう一度案ずるように目の前の少女を見た。

 
 

「まず今の状況をまとめてみないかな。」

 

 シンとハイネになのはとフェイト、それにシャマルにリィンフォースが乗りこんだところで六課の隊舎からヴァイスの駆るヘリが飛び出す。
 その中でまずフェイトが声をあげた。

 

「ギンガからの報告じゃあ、破壊された輸送車とその周りに散らばってたガジェットの破片。
 地下水路が怪しいと踏んで現在調査中とのことらしい。
 この分だとまだ他にもガジェットが出てきてる可能性があるな。」
「って事は全員で地下水路の中に?いや、流石にそれは駄目か。」

 

 それに対してハイネが自分の知る情報を提示し、シンはそれに対してこれからどうするか呟いた。

 

「うん、そうだね。レリックが見つかったってことはガジェットが出てくる可能性もあるし、そっちにも戦力を割かないと。
 地下の方にはこれから合流するスバル達四人と、既に入ってるギンガ。あと……」

 

 そこまで言ったところでなのはがハイネに視線を送る。

 

「許されるなら俺も降りましょう。ギンガとは一度合流したいですしね。」
「じゃあ、地下の方はお任せします。私となのは小隊長は敵の航空戦力に対する迎撃に出ますから。」

 

 ハイネやそれに答えるフェイトを見ながら、となると俺は……などとシンが考えていると、なのはが口を開いた。

 

「シン君はヘリの護衛をお願い。
 エリオ達が保護した女の子とレリックを乗せる予定だから、敵に襲われると困るしね
 それとシャマルさんはその子を診てあげてください。かなり衰弱してるみたいですから。」
 
 それにシンとシャマルがそれぞれ頷く。
 まだ小さな少女がレリックと共に見つかった。
 エリオが自分の憶測かも知れない、と踏まえた上で少女が何処かの研究施設から逃げてきたのかも知れない、と言ったのが原因だろうか。
 少し、気になっていたのだ。心の中でまだ見てもいないその子供がステラと重なった気がした。

 

(……今度、こそ。)

 

 守る、と意気込んでから気合を入れるように拳を手の平に叩きつける。

 

 ……ところでそれとは別に先ほどからシンが気になっていたことが一つ。

 

「なあ、なのは。なんでさっきから微妙に俺と目を合わそうとしないんだ?」
「ふぇ? そ、そんなことないよ?」

 

 そうなのである。
 合流してこのヘリに乗り込んで今に至るまで、シンがなのはの方を向くとサッと視線を逸らされるのだ。
 ちなみに今も抗弁をしつつなのはの視線だけは微妙に違う方を向いている。

 

「説得力ないわよー。」

 

 と面白そうにシャマルが囃し立てるのは捨て置いて、シンはなのはを見続ける。
 何かした覚えは無かったし、朝はこんな感じじゃなかったのだからやはり変だと思う
 いや、それとも知らない間に自分が何かしていたのだろうか?
 何故か面白くなくてシン自身気づかないうちに睨むような目つきになっている。

 

 ただでさえ狭さから圧迫感があるこの空間に、嫌な雰囲気が漂いそうになってきた。
 その時である。

 

「シン、まあそう言うなよ。目付き、悪くなってるぞ。」

 

 ハイネが口を開く。

 

「一尉もそんなに緊張してたらシンが無駄に苛立っちまいますよ?
 ただでさえこいつ、さっき一尉のファンが一杯いる~って言ったら機嫌悪くなってましたから。」
「ばっ、この……ハイネっ!」
「……え? え?」

 

 突然といえば突然過ぎる暴露にシンは顔を赤くし、バツが悪そうにハイネを睨む。
 なのはといえばハイネが言ったことがパッと理解できずに不思議がっている。

 

「緊張って……もしかしてなのは。さっきのまだ引きずってるの?」
「ふぇ、フェイトちゃん! だ、駄目だからね!」
「……さっきの?」

 

 そこにもう一撃、フェイトからの援護射撃が入った。
 今度はなのはが慌て、シンが不思議そうにする。
 そして互いになんとも言えない表情で互いの顔色をちらちらと無言で伺いあった。

 

「くくっ……」

 

 そんな二人を見てもう堪え切れんとハイネが笑いを零す。

 

「どうかしたんですか?」
「いや、なるほど。シンの奴が変わるわけだ、って思いましてね。」

 

 ひとしきり笑ってからハイネがフェイトに感慨深げに答えた。

 

「そういえば、ハイネ三尉とシンって知り合いなんですか?」

 

 ふと、思い立ったようにフェイト。
 そして、そういえばそうよねー、とシャマルがそれに続く。

 

「ああ、出身世界が同じで元同僚なんです。時空間漂流者仲間とも言うかな、この場合。」
「あ、前に会った時に元は別の世界で軍人をしてたって言ってましたね。
 シンと同じってのは気がつかなかったけど……」
「俺だってこいつがこっちに来てるなんて思いもしませんでしたよ。
 しかもそれが六課にいやがるんだから……いやはや、流石というかなんというか。」
 世界ってのは無駄に広いくせに狭いもんだよ、とハイネはとぼけた様に言った。
 

 
 

「……うしろ、楽しそうだな。」
『マスターも混ざりたい?』
「ははっ。そんなことねぇって相棒。今、俺は仕事中だからな。」

 

 コックピットに一人と一AI、二人分の言葉が響く。

 

『……本当?』
「ごめんなさい、ちょっと楽しそうだなって思いました。
 俺もシンとなのはさんからかいたいです。」

 

 そんなふざけたやり取りの最中もその手は忙しなく動き続ける。
 実際そこまでの余裕は無い。
 いつガジェットが出てきてもおかしくない状況なのだ。

 

「さぁて……ちょっと飛ばしますかね。」
『腹いせ?』
「……流石にそれはねえよ、っと! 俺は真面目に仕事してるだけだもんなー。」

 

 と、言いつつも急に加速した結果、ヘリの機体はかなり大きく揺れる。

 

『う、うおおおおっ!?』
『きゃああああああっ!? ひゃ、シン君何処、触って……あ、んぅ!』

 

 後部から響いてくる、怒声と悲鳴と……嬌声?

 

『おお、おめでとうシン。』
『うるせえよハイネっ! 自分だけちゃっかり無事で居やがって!
 あの……なのは? い、今のはヘリが揺れた所為だからな……?』
『う、うん。わかってるよ?』
『でもきもちいかったろ?』
『そりゃあ……まあ。って何言わすかなこの人は!?
 待ったなのは! こんな所でレイジングハート起動させて何を……!』
『……うう。もう、お嫁に行けない……よし、シン君殺して私も死のう。』
『なのは、ストーップ! それはダメ! むしろ私がシンを……!』
『若いっていいわねぇ……』
『なんなんだあんたらはぁあああああ!?』

 

 それらを小耳に入れながらぼそりと呟くようにストームレイダーが一言。

 

『今からお仕事?』
「……遠足でもいいんじゃねえか?」

 

 緊張感ないなぁ……とぼやきつつも、しっかりとその耳は後から流れてくる声に集中して……

 

『……出歯亀は、ダメ。』
「……だって寂しいだろ、くすん。」

 

 しっかりとダメ出しされたヴァイスであった。

 

『もう着くよ?』
「お、あの路地か。後の様子は……変わりなし、と。やれやれだなぁ。……そろそろ着きますよー、ハッチ開けますからね!?」
 
 ヴァイスが通信を開いて呼びかける物のこれといった返事もなく、ただ喧騒だけが帰ってきた。
 因みにヴァイスとしては怖いもの見たさもあるのだがなんとなく憚られて音声オンリーでの通信である。
 
『馬鹿ばっか?』
「ま、こんな時でも自分達のペースを保てるのはいいことさ。それに俺もそのお馬鹿さんの一員だからなぁ……っと、着陸完了。ストームレイダー、ハッチ開けてくれ。」
『了解。』

 

「この……シン君のラッキースケベ!!」
「ま、まったなのほぶぅっ!」

 

 振りぬかれた手の平が寸分違わずにシンの頬を打ち抜き、その衝撃でシンの体が後へと……つまりハッチの開放口のある方へと向かう。
 丁度、ストームレイダーがヴァイスの指示を受けて開放した、そのハッチへと。

 

「……あ。」

 

 一体誰が呟いた言葉だったのだろうか、シンには把握出来なかったが……
 よろめいたまま後に倒れて行きながら、自分以外の全員が大口を開けて驚いてるのが目に入った。
 自分をぶったなのは自身でさえ、驚愕を隠せずにいるようで。
 そして感じる重力。そろそろ床に着くだろうと思ってもその時はなかなか訪れず、密閉しているはずの空間なのに何故か風が頬を撫でた。
 ここまで来るとシンでもわかる。つまり、今彼は……

 

「ちょ……ま……嘘だろぉおおおおおおお!?」

 

 全力でハッチから地上へと転げ落ちていた。
 その勢いのままエリオやキャロ、それに通信を受けて駆けつけたスターズの二人の横を転がりぬける。
 そしてある程度進んだ所で力を失い、そこでようやくその動きがとまった。

 

「えっと……今の、シンさん?」
「……多分、ね。なにやってんだか。」

 

「……もうやだ。」

 

 合掌。

 
 
 

「バイタルは安定してるわね。大丈夫よ、特におかしな所は無いみたい。あえて言うなら凄く疲労がたまってるって感じだから、暫らく寝てたらおきるわよ~。」

 

 六課の医師も勤めているシャマルが保護された少女をその場で簡単に調べた結果を述べた。
 その場に居た面々が安堵したような溜息を吐く。
 そんな少し弛緩した雰囲気の中、シンはじっと目を閉じたままの少女を見つめた。
 見た感じ年は5~6歳だろうか。エリオやキャロたちよりもその姿は幾分か幼くて。
 シンの中を幾つも疑問が浮かんでは消えていく。
 一体なんでこんな子供がレリックを? なんでこんなボロボロに?
 シンが理解できない所でよくわからない何かが動いている気がして、少し気持ち悪いものを感じたが……
 
(……今更だよな。今も昔も、結局俺は何も知らないで戦ってるだけなんだから。)

 

 自分でも時々どうかと思うが、元々考えたりすることは得意ではないのだ。
 そんな自分がどう頭を捻った所で答えなんて出るとは到底思えなかったし、わかった所でそれに意味があるのだろうか?
 ザフトに居たころは例えばレイがいてくれたお陰で、あまりそういうことに気をかけていなかったことを、今になって思い知らされながら……
 ただ目の前に横たわってるこの少女を見ると胸が痛んだ。
 
『……で、そこで黙りこくっとるシンは今の話聞いとったんやろうね? もう皆動き出しとるけど。』
「へ……八神、部隊長? 通信って……何時の間に?」

 

 唐突に自分の名前を呼ばれ、シンは気の抜けたように声をあげた。

 

『やっぱり聞いてへんかったんかいな。まあ、シンはさっき言われた通り、シャマルと一緒にヘリの護衛やからええっちゃええんやけど……しっかりしてや?』
「う゛、すみません……ええと、ガジェットが出た、って所ですか?」
『ま、そうやね。海上からⅡ型が大量に、地下水路にもⅠ型が入り込んできとるし……』

 

 気を取り直して状況を確認したシンが首を捻ってから口を開いた。

 

「あの、俺って前線に出ないでいいんですか?」
 
 話を聞く分には切羽詰った状況に思えたからの質問だったのだが、その言葉にはやては首を左右に振る。

 

『……シン。今回の勝利条件について考えてみたらわかると思うんやけど……』
「つまり、そこで倒れてるお嬢ちゃんとその子が持ってたレリックの保護がまず第一。次に地下にあるであろうもう一つのレリックの確保。さらに言えば出てきたガジェットの駆逐……くらいだろ。」
『あらら、言われてしもたわ。ま、ハイネ三尉の言うとおりやね。それの中で重要な部位にはまるしね、シンの任務は。というわけで頑張るんやで。あ、後ハイネ三尉。うちの子ら、よろしくお願いしますわ。』

 

 そう言ってからやはり忙しいのだろう、はやてはシンの返事を待たずに通信を切った。 シンはというと少し何かを考え込むように少し俯いたが、その頭をポン、とハイネが叩く。

 

「前にも言ったろう? 現場はとにかく動くだけってさ。お前には今すべきことがある。なら、まずはそれに集中しろよ。な?」
「そう……だよな。」

 

 ハイネの言う通りであった。先ほどそう決めたばかりじゃないかとシンは首を軽く振った。
 考えごとをするのが悪いこととも思いはしなかったが、それの所為で与えられた任務を失敗したらそれこそ目も当てられない。

 

「わかりゃそれでいいさ。じゃあ俺も仕事しますかね。イグナイテッド、行くぞ。」
『……ようやく出番か。全く何時まで待たせれば気がすむのだ?』
「ハイハイ、小言はいいからさっさと起きろよ。モードはグフでな?」

 

 そう言うとハイネはシンに背を向け、己のデバイスを起動。
 彼の全身を橙色の光が覆うのを見ながらシンは小さく呟く。

 

「……アンタには適わないよ、本当に。」
「ん、何か言ったか?」

 

 それに対して首を捻ってハイネが聞き返した。
 シンは聞こえないつもりで言った言葉にハイネが反応したことに少し驚いてから、それでも笑って返事をした。

 

「いいや、何でも。こっちは大丈夫だからあいつらの事頼むよ。」
「オッケェ、了解だ。そっちもしっかりな。あんまり俺に恥掻かせるなよ?」
「……どういう意味だよそれ。」
「後輩の恥は俺の恥も同じってな? ま、頑張ってくれ。」

 

 そう言うとハイネは今度こそシンを振り返らずに、既にバリアジャケットを着込み終えているスバルやティアナ達の方に向かった。
 その背中を見ながらやはり適う気がしない、とシンは感じていた。
 ここに来る前、同じフェイスになったと言われたがそれでもハイネと自分は違う、と
 だが、それでどうこう思うつもりはなかった。
 自分にはハイネの様に、周りになんだかんだで気を遣りながら動くなんて真似は出来ないし、それでいいのだとも思っていた。

 

「シン君~! その子をヘリまで運んでくれないかしら!?」

 

 そこまで考えた時、既に乗り込みを終えて窓から顔を出したシャマルから大きな声がシンの耳に飛び込んだ。
 それに頷くと、シンは屈みこんでから目の前の女の子をそっと抱きかかえた。
 思った以上の軽さに少し吃驚しながらも出来るだけ優しく、それでいてしっかりとその矮躯を支えて歩く。

 

「ええと、その、さっきはごめんね?」

 

 その横にやって来て、シンの隣を同じように歩きながらなのはが謝る。
 
「いや、あれは俺が悪かったからいいって。というかなんでなのはまでヘリに?」

 

 流石にあんなことでギクシャクするのも本意ではなくて、逆に謝り返してからシンが聞き返す。
 それになのはは呆れたように目を細めてから溜息を一つ。

 

「……本当にはやてちゃんの話聞いてなかったんだね。私とフェイトちゃんは途中までヘリに同乗するんだよ。」
「……気にすんな、俺は気にしない。」
「いや、気にしようよそこは!? ……今日は朝からずっとだけど、シン君変だよ?」
 その言葉に、シンは一瞬動きを止めた。

 

「シン君?」
「いや、大丈夫だ。大丈夫だから……」

 

 今朝見た夢を思い出した。今日という日がどういう日だったかを、改めて認識し直してしまう。
 ハイネとの再会によって幾らか薄まっていた悲しみやら後悔やらが、心の中で首をもたげ始める。
 別にこの少女がシンの妹、マユアスカに似ているわけではない。
 ただ……もしかしたらこの子も、誰か力のある者による理不尽によってこんな目になっているのかと考えると、当然の様にシンの中で激しい怒りが渦巻いた。

 

「なあ、なのは。この子さ……きっとこんな格好じゃなくて、ちゃんとした服とか着てさ……遊びまわる事くらい許されていいはずなんだ。」

 

 その上で口を開く。

 

「これ位の子なら当然だろ? でも、現実はそうじゃないっ。今、こうしてボロボロになってまで、きっと何かから逃げてきて……! なんで、こんなっ!」

 

 シンの足が止まり、その場で苦渋を吐き出すように語気荒く声をあげる。
 少し先を行ってから振り返ったなのはが表情を歪めて、それでも言った。

 

「シン君……辛いけど、認めたくないけど。それはきっともうどうしようもないことだよ。」
「―――っ! なのは、お前がそれを……それを言うのかよ!? 俺は、俺には……「でもね? この子のこれからを守ってあげる事は、きっと出切ると思うよ?」……な、に?」

 

 そっとシンの傍に近づき、なのははその腕の中で眠る少女の小さな手に自分の手を重ねた。

 

「辛かったよね? 怖かったよね?」

 

 そして優しく暖かな声音でまだ目を瞑ったままの少女に語りかけた。

 

「もう大丈夫だよ。わたしが……わたし達があなたのことをちゃんと守るから……もう、怖くないよ。」

 

 そう言ってから自分の方を向くなのはの顔を見て、シンは思わず息を呑む。
 
「この子のこれまではわたし達じゃ変えられない。でも、それでもこの子の為にしてあげられることはあるはずだよ。」
「この子を、俺達で……守る。」

 

 違うかな? と小首を傾げるなのはにシンはそう言葉にすることで返事をした。
 その為にこの世界に来てから今まで、もう一度力を求め手に入れたのだ。
 何かを、誰かを守るための力を。
 最近になってその方向性は定まってきてはいるものの、今この時に振るわずに何の為の力なのか。それはそれでわからなくなってしまう、とシンは感じた。

 

「わたし達なら出切る。出来なくちゃいけない。だって……」
「これが俺達の望んだ綺麗事だから、だろ。」

 

 誰かを守る。その為に出来る事をする。
 その想いこそがこの二人の共通項であり、願い続けていることでもあった。
 シンの言葉が彼女が言おうとしてたこととほぼ同じだったのだろうか、なのはは一瞬驚いたような顔をしてから、頬を緩める。

 

「にゃはは。覚えてたんだ。」
「始めて会って喧嘩したその次の日のことだからな。」

 

 いくら俺でもそれくらいは覚えてる、とシン。
 なのはがそれもそうだね、と笑い返しながらシンをじっとを見やる。
 少しだけ、不安だったのだ。シン自身は大丈夫と言うものの、今日のシンには何処か違和感を感じずにいられなかった。

 

「でもちょっと心配だな。さっきも言ったけど今日のシン君はやっぱり変だし……」

 

 だから口に出してみる。
 その案じるような問いににシンは少し困った様な表情をしてから返事をした。

 

「……理由、聞きたいなら六課に帰ってから話すよ。あんまり面白い話じゃないけどな。」
「うん、それでも聞きたいな。シン君あんまり自分のこと話さないし。」

 

 少し渋るように言うシンになのはは言い返した。
 思い返してみれば初対面の時に説明されて以来、そういった会話をした記憶がなかった。
 だから聞きたいと思ったし、ちゃんと話してみたいとも感じた。

 

「……はあ、わかった。ちゃんと話すよ。つまらなかったって知らないからな?」
「ん、ごめんね。それとありがとう。」

 

 根負けしたシンがぼやく。なのははそれに少し申し訳なさそうに微笑みながら礼を言い……

 

「さてと、それじゃあ……」
「ああ、そうだな。」

 

 そしてその表情を引き締める。
 シンもそれに合わせて自分の中で気持ちを切り替えた。

 

「行こう。わたしとフェイトちゃんが前に出てガジェットを出来る限りこっちまで来させないようにするから……」
「バックは俺が頑張る。この子のこともな。だから前で思いっきり暴れて来いよ。」
「人を怪獣みたいに言わないでよ~。」
「……戦力的には似たようなもんだろ。」

 

 そして二人は一度止めた足を再び動かしだした。それぞれの戦場に向かうために。
 この名前も知らない、まだ話してもいない少女のこれからを守るために。