D.StrikeS_第17話

Last-modified: 2009-06-08 (月) 17:55:41
 

 ようやく貰えた半日の休暇。
 キャロと二人で始めての街へ。楽しいはずだった一日。

 

 でも、それは……簡単に壊れてしまう。
 何時だってそうだ。どんなに幸せな日々でも、ちょっとした事で崩れてしまう。

 

 でもこれは任務だから仕方ないことだし。
 それに発見された少女は、きっと僕と同じような境遇だろうから。

 

 だからだろうか、不思議と気分が乗っている気がする。
 初めて会う人との共同作戦や朝から様子が変だったシンさん。
 不安が無いといえばやっぱり嘘だと思うけど。

 

 それでもなんとかなる、どうにか出来ると、そう思える。

 
 

 魔法少女リリカルなのはD.StrikerS、始まります。
 

 
 

 魔法少女リリカルなのはD.StrikerS
 第17話「危機と出逢いと覚醒と、なの 前編」

 
 

「これで……終わりだっ!!」

 

 エリオの振り払ったストラーダが二体のガジェットをまとめて真横に引き裂く。
 これで何体目だろう、と考えてからエリオは辺りに散らばる残骸を見て何か諦めたように嘆息する。

 

「……結局全部倒しちゃったね。」
「だねぇ……そっちは大丈夫だった?」
 隣で戦っていたキャロも同じような表情で言い、それに対してこちらに向かってきてるスバルが答えた。
 かなりの数のガジェットが居たのだが――――恐らく今まで戦った中で一番多かった――――それらを5人で全て撃破。
 当初の予定とは異なる結果ではあったが……
 途中までは上手くいっていたのだ。ハイネの指示に従ってスバルが今までに無い位の奮起を見せあの四面楚歌状態を突破。
 途中何度か危なかったもののエリオ達にとっては実力が未知数だったハイネが上手くフォローしていきなんとかなった……と誰もが思った。

 

「いやいや、流石に逃げた先でも敵に囲まれるとはなぁ……」
 
 勘が鈍ったか? 等と嘯いているハイネを見やりつつエリオが一言。

 

「でもこれで地下にいるガジェットは大方排除できましたよね?」
「ま、そうなるわな。後はレリックとやらを発見して、と。」

 

 そう、辺りからはもうAMFの気配を感じない。絶え間なく現れていたガジェットももうどこの通路からも姿を見せない。
 元々ガジェットの殲滅は目的の一つだったのだからこれは結果オーライ、というやつなのかもしれないなあ、とエリオは思ったのだが……

 

「まさか……これ、狙って……?」

 

 どうもティアナは違うようだった。

 

「ハハッ。そのまさかだったらどうするよ?」
「茶化さないでください!」

 

 ハイネを睨みつけながらティアナ。

 

「そう、冗談だ。偶然だよ、偶然。あの状況じゃ逃げの一手しかなかったしな。
 お前さんらの実力もまだ把握しきれてなかったし、そっちも俺がどんだけ戦えるか知ってるのはスバルだけだったろ。
 だからとりあえず態勢を整えるのが第一だったんだが。……まぁ、結局こんな風になっちまったのは俺のミスか。」

 

 もう少し上手くやるつもりだったんだが、とハイネは浅く頭を下げながら口にする。

 

「べっ、別にそんな風にして欲しい訳じゃなくて……ああ、もう!
 単純に聞きたかっただけなんですって!」

 

 攻めるつもりなど毛頭無かったらしく、少し混乱しながらティアナが言う。
 その様子を遠間から眺めていた三人がこそこそと顔を見合わせながら囁きあっていた。
「ツンデレですか?」
「うん、ツンデレ、ツンデレ。」
「あ、あんまりそういうことは言わない方が……」

 

「そっち五月蝿い!!」

 

 止めようとしたエリオが思ったとおり、ティアナが彼らに向かって怒声を上げる。
 因みに上からキャロ、スバル、エリオの順の言葉であった。

 

(っていうか、僕何も言ってないよね!?)

 

 いい具合にとばっちりを食らい、少し涙目になりながらエリオは心の中で叫び、ティアナを見るが……
 今にも銃口をこちらに向けかねないその眼力に首を竦める。
 そんな様子を眺めながらやれやれと頭をかきながらハイネが言った。

 

「さあて、そろそろ先行くとしようか。ああ、その前にギンガとも合流せんとな……」
 そしてまだ確認していない方向の通路に向かって歩き出す。
 慌てて他の四人が彼について行こうとしたその瞬間だった。
 ハイネを除く全員が気づいた。

 

「ハイネさんっ!!」

 

 叫んだのは誰だったのだろう。
 エリオ自身が叫んだ気もするし、他の誰かだったかも知れない。
 ただハイネのすぐ横。地下に通る水路。
 揺らめく水面が飛沫を上げ、中からガジェットが飛び出す様を誰もがそれ以上の反応を見せることが出来ずにいた。

 

「――――な!?」

 

 声に反応した時には遅かった。
 放たれた光の筋は真っ直ぐにハイネへと向かっていき――――しかし、それは彼に届くことは無かった。

 
 
 

 その数秒前、程なく近い通路を凄まじい速度で駆ける影があった。

 

「ああ、もうっ。何やってるんですか、あの人は!」

 

 走りながら彼女は吐き捨てる様に呟く。
 いつもの彼ならこの程度のことを見過ごす筈が無いのに、とさらに胸の中で文句をつけたした。
 そしてそう言いながらも足に装着されたデバイスに魔力を送ることを続け、速度を上げていく。

 

「大体、あの人が会議サボって六課に行くから私がお父さんに怒られるし!」

 

 せめてもの救いはしっかりと資料を残して行ってくれたことだろうか。
 お陰でなんとか会議そのものは滞りなく終えることが出来たものの『そちらの責任者は?』といった質問に何度冷や汗をかいたことか。
 思い出すだけで胃がムカムカするのを彼女は感じた。

 

「でも……っ!」
 
 あんなんでも上司であって、更にはある意味恩人でもある、と口には出さずに呟いた。
 直後、視界にしっかりとその彼――――ハイネヴェステンフルスの姿が映し出される。
 水の中に潜んでいるガジェットにはやはり気づいてないようで、それを確認した彼女は更に速度を上げながら舌打ち。
 水面が弾け、その中から一体のガジェットが現れた。

 

 ――――間に合うか?

 

 放たれる一筋の光線。それは間違いなくハイネを捕らえており、誰かの悲鳴が彼女の耳を打った。

 

 ――――間に合え……っ!

 

 振り被った拳をハイネとガジェットを結ぶ直線じょうに割り込ませるようにして振りぬく。
 魔力を纏わせた拳に確かな手応え。明後日の方向に弾け飛ぶ光。

 

 ――――まだ……まだぁ!

 

 呆然としているハイネ達を見やる暇も無く、足元にウィングロードを展開。
 ただの空間に道を作り出しUターン。水面からその姿を現したガジェットの中心を見据えて。

 

「こんの……馬鹿上司ぃいいいいいいいいいいいいい!!」

 

 気合一閃。ただ、その拳を振るう。
 彼女――――ギンガナカジマは手から伝わる何かを砕いた感触を味わいながらブレーキをかけ、ハイネのすぐ横でその動きを停止する。
 
「おいおい、もしかしてギンガ、それ俺のことか?」
「当然ですっ!!」

 

 そしてさも当然の様な顔をして――――とても九死に一生を得たような雰囲気ではない――――口を開くハイネにギンガは堪らず怒鳴り返した。

 

「あなたって人は! 気がついたら書置きと資料残して居なくなってるし! 人に重要な会議投げて何処行ってるのかって思ったら六課ですか! 
 会議終わって事件があったそうだから調査に来たら六課関連ってことでやっぱり首突っ込んでるし、しかも見つけたと思ったらなんかいきなりピンチになってますし……!」「お、落ち着け、な? もうちっとオブラートに包まんとだな、こう、美人な顔が色々と酷いことになって……っていってぇ!
 け、蹴るな! ローラーが、ローラーが肉を抉っぎゃあああああああ!」

 

 げしげしと効果音付きでハイネを足蹴にするギンガ。
 ほんの数秒の間に気がついたらこんな状態になっていて展開についていけてない六課フォワードの4人はただただ黙ってその様を見ているだけだった。
 きゅい? とやはり状況をよく理解できてないのだろうか、首を傾げながら鳴いたフリードにも無反応。
 
「ねぇ、スバル……あれ、ギンガさんよ、ね?」
「あー……うん。相変わらずだなぁ……ギンねえとハイネさん。」

 

 その中でも比較的早く復活したティアナとスバルが呆然としながら言葉を交し合う。
 あれはあれで愛情表現なのかなぁ……とかなんとか。

 

「え……あの人知り合いなんですか?」
「ああ、うん。ギンガナカジマ、あたしのお姉ちゃんなんだけど……あ、因みにハイネさんと同じ部隊なんだよ。」

 

 未だに蹴り続けられているハイネ達の方を恐る恐る指差しながらキャロが口にした疑問にスバルが答える。
 それを聞いて思わずエリオは、

 

「ああ、道理で……」
 
 一連の動作に”慣れ”を感じさせるなぁ、という言葉を呟こうとしてそれを飲み込んだ。
 
「まったく……ハイネ、あんまり無茶しないでくださいよ?」

 

 ある程度蹴ってからギンガは大きくため息をついて、転がっているハイネに手を差し伸ばした。
 
「おーいてて……ん、ああ、悪かったな。心配かけたか。」
「ふぅ……いえいえ、何時ものことですから今更ですよ、その台詞は。」

 

 その手を掴み起き上がりながら、そうかいとぼやくようにハイネ。

 

「ええ、そうですとも。……何かあったんですか? 本調子じゃなさそうですけど……」
「別になんにもなかっ……オーケー、そんなに睨むな。
 ……まあ、お前にはばれるか。いい事と悪いことが一つずつって所だ。
 そこまで気にしないで大丈夫だぜ。」

 

 前者はシンとの再会。後者は……シンからもたらされた議長の死という情報。
 こっちの世界で生きると決めた時、ある程度割り切ったはずなのだがしかしこうやって知ってしまうと心が揺らいだ。
 メンタル面はそれなりに強いつもりだったのだが……今回ばかりは仕方ないと思う反面、そんなんでどうする、という自己を叱責する感情もある。
 ハイネとしては表に出す気は毛頭なかったのだが、それでも目の前のこいつには気づかれるか、と人知れず嘆息してからぼけっと突っ立っていた六課の面々に声をかけた。

 

「おぉい、お前ら! ぼさっとしてないで行くぞ?」

 

 それに一瞬慌てたもののさっと自分の後をついて来る年下の局員達を少しだけ頼もしく思う。
 直後、背後から聞こえてくる『久しぶりだね、ギン姉!』『お久しぶりです。お元気でしたか?』等の和気藹々とした会話に、その考えを否定したくなったが……

 

「ま、ここはこんなんでいいかもな?」

 

 俺もこういうのの方がやり易いし、と胸中で追加してハイネは通路の先を進んだ。

 

 しばらく進んで、どうにも嫌な予感をハイネは感じていた。 
 この先にレリックがある。ガジェットは大方倒した筈だ。
 地上の方はさっきから入る定時連絡を聞く分には中々大変そうだが、あの噂の六課なら何とかなるだろう、とも思う。
 少なくとも地下の方の問題は……大体クリアしたはずだ。

 

(なのになんだろうね、この感じは? まだなんか待ってそうな気がするぜ……)

 

 前のオークション会場の時に遭遇したというガジェット以外の敵が居るのかも知れない。
 あの後はやてに依頼されたので蟲を使う召喚士を独自に探してみたものの、該当する人物は既に死亡していたり、行方不明だったりで結局見つかってはいなかったのだ。

 

(やっぱその可能性も考慮に入れて動くべきか。
 ……シンに言われた通りこっちでも死に掛けたりしたくはないしなぁ。)

 

 今日再会した後輩の言葉を思い返し、精々気をつけないとと気を張り巡らせる。
 出会ったそのすぐ後の出撃で不覚にも落とされたという汚名は出来るなら潅ぎたいところだった。

 

「大丈夫かな、シンさん……」

 

 ふと、隣を歩くエリオが呟くのをハイネは聞いた。
 先ほどヴァイスからの状況連絡でシンがヘリを守りながら苦戦を強いられていることは、既に周知の事実だった。
 不安なのだろうな、とハイネは思う。仲間が危機に陥ってると聞いて平気でいるのも難しい話だ。

 

「エリオ。」
「は、はい! なんですか、ヴェ……ハイネさん!」

 

 突然思わぬ相手から声をかけられたためか、少々どもりながらエリオは返事をした。
 そんなエリオに安心を与えるように笑みを浮かべてハイネが言葉を放った。

 

「心配しなくてもあいつなら大丈夫だって。なんせ、あの野郎は……」
「シンさんは?」

 

 不思議そうに、恐らく何故ハイネがシンの事をどうこう言えるのか知らないが故の疑問を浮かべながら続きを待つエリオ。
 気がつけば周囲の探索をしながら他の面子まで聞き耳を立てている様子にハイネは苦笑を浮かべながら、その先を言った。

 

「不可能を可能にする男inZAFT、だからな。まあ、大丈夫だろうよ。」
「「「へ?」」」

 

 訳がわからない、と言った答えが予想に違わず幾つも帰ってきてハイネはその表情に浮かべる笑みの色を濃くした。
 もちろん、シンがZAFTの中でその様に言われていた事実は無い。
 単に軍本部に居たという待遇からシンの戦績を知ったハイネがかつて地球連邦に居た英雄の仇名をつかっていただけだった。

 

「ククッ。ま、俺が勝手に心の中で呼んでただけだけどな。でもあいつなら何だかんだで上手くやるさ。
 だから俺らは俺らでやることをやらんとな?」
「は、はあ……というかハイネさんとシンさんは知り合い、なんですか?」

 

 当然の疑問を口にするエリオ。

 

「ああ、そういや言ってなかったか。あいつと俺は……
「あーっ! レリック見つけましたぁー!」
 この話は後で、だな。行くぞ!」
「は、はい!」

 

 ハイネ達よりも少し先を見ていたキャロがレリックを発見したらしく大声をあげた。
 彼女の呼びかけによって彼らの会話は途切れ、駆け足でそちらの方へ向かう。
 その時であった。彼らの後方から困惑を含んだ声が聞こえた。

 

「え? な、なになに!?」
「スバルどうしたの……って、え?」

 

 ハイネが後ろを確認するよりも早く、”それ”は彼のすぐ横を駆け抜けた。
 凄まじいスピードで一定感覚に足場が壁が天井が削れていく。
 その様が正しく”それ”が動いた跡であり、更に”それ”が目指しているのがレリックを収めたケースを抱えているキャロだと気付くや否や、ハイネは叫んだ。

 

「エリオ、行けッ!! ギンガ、ティアナ、スバル! 敵だ、迎撃用意!」

 

 声を上げるよりも恐らくエリオが動き出すほうが早かった。
 雷を纏ったその動きはまさに疾風迅雷。
 直線的な速度だけならば恐らくは六課でもフェイトに次ぐ彼は、真っ直ぐに突然現れた”それ”に目もくれず、キャロを目指した。

 

 しかし……

 

「きゃああああああああああ!!」

 

 初撃を防ぐにはそれでも遅かった。
 キャロの悲鳴が地下水路の中を反響していく。

 

「こ、このぉ!!」

 

 目で追えないほどのスピードで動き回る”それ”の動きを予測して、エリオが飛び掛かる。
 だが振りかざした槍撃は果たして”それ”に届くことはなかった。
 狙いすまし放たれた必中の一撃がその威力を発揮するより数瞬早く、横合いから放たれた魔力の塊によって無効化される。

 

「な、がぁあっ!? …………え?」

 

 吹き飛ばされながら、エリオは確かに何かと目が合ったのを感じた。
 紫の瞳、何故かがらんどうの様で、しかし何故かエリオはその瞳から悲しみを感じた。
「……お、女の……子? ――――つぅっ!」

 

 なんでこんな所に、と疑問が心の中に浮かぶのを感じながら壁に激突したエリオは、全身を苛む痛みに耐えて、よろよろと立ち上がった。
 もう一度確かめるように視線を巡らすと……確かに居た。
 同色の長い髪。体躯からしてもしかしたらエリオ自身とほぼ同年代と予想できる身の丈。

 

「させるかよ! お前さんの相手は俺たちがする!」

 

 呆然としていたエリオの耳にハイネの声が飛び込んできた。
 慌ててその声のした方、先ほどまで自分が向かっていた場所を確認する。
 ハイネがさっきまでは影しか見えなかった敵の腕を、その刃がキャロに届こうとする直前で、その手から伸びた鞭で縛り付けている様だった。
 キャロは始めに受けたダメージ以上の攻撃も受けていないようなので、安堵の息を漏らそうとして、エリオは固まった。

 

 キャロの手元にあったはずの、ケースが彼女の手元に、ない。

 

「キャロっ、レリック!」
「え、え……ああ!」

 

 エリオと同じように気付いたのだろうか、ティアナが声を掛けた所でキャロも自分がレリックを確保していないことに気付いた。
 先ほどの黒い影はハイネとギンガが相手をしていてくれている。
 今の間にもう一度ケースを発見しなければならない。

 

 ――――何処に、ある?
 
 抜けきっていないダメージを感じながら、それでもその視線だけを忙しく動かしてエリオはレリックを探す。
 果たしてそれは大した労も無く見つかった。
 あの紫の髪をした少女が、大事そうにケースを抱えているのが目に入ったからだ。

 

「ねえ、君ー! それ、危ないからこっちに渡してくれないかな?」
 
 一番その少女に近かったスバルがそう問いかけるが、彼女はそれに答えようとせず、ゆっくりと背を向け歩き出した。

 

「ちょ、ちょっとー?」

 

 困ったようにその後をスバルが追う。
 しかし、それを意にも介さずやはり少女は自分のペースで先を行こうとして、その動きを止めた。
 
「悪いんだけどさ、それ持ってかれたらあたし達も困るのよ」
「…………」

 

 否、正確には止められた、が正しい。
 首筋に当てられるダガーモードのクロスミラージュ。

 

「あんまり手荒なことはしたくないんだけどね。返してもらうわよ?」

 

 少女がもったケースにティアナが手を伸ばす。
 その光景をエリオは何故か胸がざわつく様な、何処か納得しきれない、といった感情を持って眺めていた。
 自分でもどうしてそう思うのかは理解できない。
 ただ……どうしようもなく、嫌だったのだ。何が、と聞かれると恐らく答えには詰まるのだろうけども。
 それでも……

 

「……ガリュー」

 

 ボソリと少女が呟いた瞬間。

 

「ちっ! すまん、そっち行った!」

 

 ハイネの驚愕の色を含んだ呼びかけがその場にいる全員の耳に入った。

 

「ティアっ!!」

 

 誰よりも早く”それ”の動きに反応したのは、スバルだった。
 その速度から迎撃は無理と悟ると否や、ティアナと”それ”との間に割り込み、シールドを展開させる。
 黒い影と激突。互いに一歩も譲ろうとはしなかったが……スバルが押し切られた。
 ティアナを巻き込んで後方に弾き飛ばされる。
 
「こ、このっ! これ位は……!」
「あっ……」

 

 寸前でケースにかけた手を振り払い、ティアナがそれを少女の手から叩き落とした。
 カンッカンッと乾いた音を立てて通路の上を跳ねていくケースを、なんとかエリオがキャッチする。

 

「ふぅ……なんとか。」

 

 ぐっと抱きしめるように、その体に対しては大き目のケースをエリオは抱えた。
 この中にある魔力結晶体レリックは、ある程度の刺激を受けると暴走する危険性もある為、細心の注意を持って取り扱うことになっている。
 しかもまだこのレリックには封印処理を行ってもいないのだ。
 だから出来るだけ早くの確保と相応の処置が望まれる状態である。

 

「それ、ちょうだい……必要な、ものなの。」

 

 ほっとする間も無く、いつの間にかすぐそばに来ていた少女が手を伸ばしてくる。
 それを咄嗟に避け、エリオは後ろに飛びずさった。

 

「渡せない……! な、なんでこんなものを欲しがるんだ!?」
「必要……だから。私の、目的のために……
 邪魔するなら……」

 

 だからその目的がなんなのか聞きたいんだ! というエリオが言外に含めた意思は届かず、少女はすっと手をかざし彼女がガリューと呼んだ存在をけしかけた。
 人と同じような体の造りをしているものの、それはどちらかと言うと虫と呼ぶほうが相応しい……それが手首の辺りに備えられている刃を横薙ぎに振るう。
 
「くうぅ……! でも、これを渡すわけにはいかない! これは本当に危険なものなんだ!」

 

 それをストラーダで受けとめ叫び返す。

 

「そんなこと……知らない。それがもし私の――――の為に必要なら……」
「勝手な……理屈を!」

 

 次々と繰り出される斬撃を片手にケースを持ったまま耐える。
 状況は最悪だった。キャロ、ティアナ、スバルは既にダメージを負っており、すぐに動けるような状態には思えなかった。
 ハイネ、ギンガもこちらに駆けつけてこないことを考えると、もしかしたらガジェットがまだ残っていて、それらと戦ってる可能性もある。
 増援は……いや、この状態でそんな藁に縋るような考え方をするのは愚策だと判断する。

 

 結局、自分一人でどうにかしなくてはならない。
 今までに無かったこの状態と、何故かこの少女と戦うことを忌避したがる自分の心の所為でエリオはプレッシャーに押しつぶされそうになりながら、それでも懸命に槍を振るった。

 

「つっ……!」

 

 遂にはその刃を防げずに、肩口についた傷口から血がにじみ出る。
 これだけではない。細かいのも合わせれば他にも様々な切り傷が出来ているた。
 体力的にも精神的にももう限界だったが……

 

「それでも……! ここでこれを渡したら……っ!
 また、僕のような存在が生まれるかもしれないから!」
「…………」

 

 だから歯を食いしばり踏ん張る。荒くなってはいるもののしっかりとした呼気を持って全身に力を漲らせる。
 汗ばむ手でしっかりとデバイスを握り締めて――――しかし。

 

 一瞬の隙。それを確実について放たれた一撃。

 

(……やられるっ!?)
 
 その刃に貫かれ、切り裂かれた自分を想像して怖気が走る。
 しかし体は動かない。来るとわかっていても反応ができない。

 

 思わず目を強くつぶり、体を強張らせる。
 真っ暗な視界の中、悔しさの所為か目の奥だけは熱く燃える様で。

 

 そして、来る筈の衝撃と痛みは……いつまでたっても来なかった。

 

「よくここまで耐えたな。お陰でなんとか間に合ったぜ。」
「はい、ガジェットが出てきた時はどうしようかと思いましたけどね。」

 

 聞こえた声にエリオは恐る恐る目蓋を開いた。
 先ほどまで居なかった二人が、滲む視界の中に映る。

 

「さてさて……よくもまあ、好き勝手やってくれたじゃないか。
 だが、悪いな。
 ――――――――ここから先は、ずっと俺たちのターンだ。」

 
 
 
 

 クラナガンの空高く、風を切って空を翔る。
 後方より迫りくる光学兵器にミサイルを一回宙返りをした後、魔力を操り今までとは逆向きへと力を加える。
 凄まじいGが意識を持っていきそうになるのを必死に堪えてシンは速度を一気に減衰させた。
 その中で敵の攻撃を微調整で全て避けきり、更に自分を追い抜いたガジェットの群れに向かって手に持ったライフルから魔力弾を連続して発射。
 5発ほど撃った中で命中したのは3発。そしてそれに当たった敵機のうち2体が幻。
 
「ちぃっ! またかよ!」

 

 舌打ちと共に毒づく。単に数が多いだけならまだなんとかなった。
 しかし厄介なのはその中に幻が紛れ込んでいること。
 ただでさえ量が多いのにどれが本物のガジェットかわからない。
 そして、幻に気を取られてヘリの守りを疎かにするわけにも行かないのだ。

 

「今度は……本物!」

 

 横から突っ込んできた一体のガジェットの体当たりを避けざまに、抜き放った魔力の刃で切り払う。
 二つに引き裂かれたその機械がそれぞれ空に赤い花を咲かせた。

 

『マスター、息が上がってきていますが大丈夫ですか?』
「この、程度……! どうってこと、ないっ!」

 

 インパルスが主の体を慮って声を掛けるが、それに対して甘えた事を言わず、シンはヴァイスたちの乗るヘリに向かっていったガジェット数機に対して魔力弾を放つ。
 命中した瞬間、爆発するのではなく虚空へと溶けるように消えていく様を見てもう一度舌打ち。

 

 疲労が思った以上に溜まっていっているのが自分でも理解できた。
 精神的にキツイのだ。倒しても倒しても見た目上は減らない敵。
 増えた敵も本物か幻かわからない。しかしそのどれもを倒さないといけない。

 

「無茶苦茶だな、畜生っ!」

 

 悪態をつきながら魔力弾を続けて発射しつつ、視線だけでヘリを確認する。今のところ特に被害を受けている様子は無かった。
 少しだけ安堵を含ませた息を吐くと、状況をさっと確認してシンは叫んだ。

 

「インパルスっ、ケルベロスを単独呼び出し! シルエット呼び出し手順は全部すっ飛ばせ!」
『了解。シルエット変更シークエンスを省略。砲撃用デバイス『ケルベロス』を単独で召還します。
 尚、ブラストシルエットに於ける砲撃補助はないのでフルバーストモード以下、ファイアフライ、デリュージーは使用できませんのでご了承を。
 マスター、わかっているとは思いますがこの仕様ではあまり長い時間の戦闘できませんが……』

 

 それに対して、彼のデバイスであるインパルスが答える。
 二つのシルエットの同時展開、つまりインパルスを含め3つのデバイスを扱うことはシンにもインパルスにも強い負担を強いる。
 それを心配しての言だったが……

 

「問題ない、1発撃ったらすぐに戻すさ!
 ――――一気に決めるぞ!」

 

 両肩の後ろ辺りに長い、二門の砲身が現れた。
 シンはそれらを両脇に抱えるようにして構え、狙いを定める。
 
「カートリッジをロード!」
『OK Load Cartridge.』

 

 ガゴン、と野太い音が左右の砲身から二度ずつ、合わせて四度鳴り響く。
 圧縮された魔力が解放され、デバイスを通じてシンの中へと入り込んでいった。
 同時に足元に大きな紅く輝く魔方陣が描き出されていく。

 

「―――――――――っ!」

 

 体内を駆け巡る魔力をなんとかコントロールし、もう一度ケルベロスの砲口へと集中させていく。

 

「っけぇえええええええええええええええッッッ!!」
『KerberosFire----shoot』

 

 魔方陣と同じ、紅い魔力が集まって集まって集まって集まって、そして開放された。

 
 
 

「うおっ、まぶし!?」

 

 操縦桿を握りながら余りの光量にヴァイスは思わず叫んだ。
 瞬間的に目を塞いだ為視力が衰えたりすることは無く、彼は改めて操縦を再開しながらシンの様子をモニター越しに伺った。

 

「あれは砲撃か……ってあの野郎マジかよ!?」
『さっきから驚きっぱなしだね?』

 

 ストームレイダーが入れた突っ込みも耳に入らないくらいの驚きだったのか。
 自らの相棒に返事をすることも忘れヴァイスは目を見開く。
 その目に映るのは……

 

「照射型の砲撃……しかも曲げ撃ちか!」

 

 二本の赤い光の束。それらが途切れることなくその軌道を横にずらしていく様。
 そして通り過ぎた後に弾ける炎。十数機のガジェットが残骸となり堕ちていく。
 兎にも角にもこれでこの周辺の敵は殲滅したことになる。
 海上から迫ってきていた大量のガジェットも、六課の部隊長であるはやてが限定されていた能力を一時的に解放。
 凄まじい勢いで掃討していると報告が入っている。
 加えてなのはとフェイトが此方に。ヴィータとリィンが地下水路に行った新人たちのフォローに回ったとの話だ。
 なんとかなったか、とヴァイスが操縦桿から手を離し、人心地ついた瞬間。

 

『マスター! 市街地の外れの方に召喚陣! 大きいよ!』
「な、なあ!?」

 

 珍しくストームレイダーが声を荒げて報告を行ってくる。
 同時にモニターにカメラが捕らえた現場が映し出され、それを確認したヴァイスは思わず驚きの声を上げてしまう。
 確かに、自身の相棒の言うとおり凄まじい大きさの召喚陣が描かれていた。

 

 そしてそれは……

 

「まだ、終わりじゃねえってか。畜生が!」

 

 この戦闘がまだ続いていることを示していた。