DEMONBANE-SEED_種死逆十字_第09話3

Last-modified: 2013-12-22 (日) 06:17:12

「うあ、あ、うわあああああああああ!」

「あらあらや~ね、そんなに怖がらないでよぉ~ん。アタシ繊細だから傷付いちゃうわ~ん」

 血と肉をその身に受けて数秒、ようやく現状を理解したカガリは腰を抜かしその場に尻餅をつく。

半ばパニックを起こしながらもズルズルと身体を後ろに引きずり逃げようとするカガリを、眼前の道化師──ティベリウスは止めるでもなくケタケタとニヤケ顔の仮面を揺らしながら眺める。


その鉤爪で掴んでいた死骸を、ポイとゴミのように投げ捨てた。

「……はっ! カ、カガリ!」

「い、いかん! カガリ様をお守りしろ!」

 我に返ったユウナの声に呼応するように、オーブ兵達がその手に持った銃器を道化師へと一斉に撃ち込む。

無数の銃弾が道化師のローブごとその肉を引き裂く。だがズタボロにされていくティベリウスは鼻歌交じりの声を上げ、全くダメージを受けている素振りを見せない。

「アア~ンイタイじゃな~い♪ けどそれじゃ役不足よ、ジャマしないで頂戴!」

ティベリウスの腹が割け、腐敗した内臓で形作られた無数の触手が溢れ出した。あるものはオーブ兵の身を貫き、あるものは首を絡め取り窒息させる。

兵達が次々と倒れる中、ユウナにも幾つかの触手が迫った。

「あっ!?」

「ユウナ様! ガハァ!」

 咄嗟に傍にいた兵士がユウナを押し、その心臓を触手に貫かれ犠牲となる。だが彼の犠牲も空しく、別の触手がユウナの肩と足を貫いた。

「ギャアアアアアアアア!」

「ユウナ!」

 倒れ伏し絶叫するユウナ。涙を流しのた打ち回る彼の姿を目にし、彼を助けなければとカガリはユウナの元へ近付こうとする。

 ──しかし今の彼女にはユウナの身を案じる余裕どころか、己の身を守る術さえ存在しなかった。

「ダメよカガリちゃ~ん、目の前にこんなイイオトコが居るのに他のオトコのトコなんか行っちゃ」

 ティベリウスの触手が今度はカガリの身を絡め取り拘束する。こびり付いた兵士達の血がカガリのドレスに染み込み、その身を紅く染め上げていく。

嫌悪しか感じない腐肉の感触と、血の臭いと腐臭が混じり合った耐え難い悪臭がカガリに纏わり付く。

「うわぁ! なんだこれ!? 気色悪いっ!」

 足掻こうとするが触手はカガリの全身をきつく縛り上げまるで動かない。怯えるカガリを見て満足気に笑う

ティベリウスが舌なめずりし、その音を聞いたカガリの心が更に恐怖に染まっていく。

「さて、お楽しみタイムの前に……クラウディウスもカリグラもだらしないったらもーありゃしない。

 はーいそ~こま~でで~す! こ~れ見~てく~ださ~い☆」

 ティベリウスが闘っているMS達へと声を上げると、此方に気付いた彼等はそのカメラアイを自分達に向ける。

醜悪な触手に捕らわれた自分の姿、そしてそれを他人に見られるという事実に屈辱と羞恥を噛み締めながら、カガリは何故か新たに現れた赤いMSが気になった。





「カッ……カガリ……!?」

 赤いMS──セイバーの中でアスランはカガリの姿に呆然とする。

ウェディングドレスを血に染め、汚らしい汚物に捕らわれた愛しき人。その光景はアスランにショックを与えるには十分であり……大きな隙が生まれるにも十分だった。

『ガァアアアアアアア!』

 カラミティ・クラーケンの右腕が伸び、大きく横薙ぎに振るわれる。棒立ちのセイバーと背後のインパルスが弾き飛ばされる。

「アンタたちあんまりナメられないでよね~。アタシが来なかったら結構やばかったんじゃないの?」

『ケッ、テメェの助けなんていらねぇよ』

「まあそう言わないでよ~ん☆ ともかく、アタシもちょっと楽しみたいからもうち少し遊んでて頂戴な。

 アンタ達もキラちゃんに用事があるんデショ?」

『言われるまでもねぇんだよ!』

『ドイツもコイツも、纏めて潰ゥゥゥゥスッッ!』

 C・クラーケンの左腕がセイバーへと向い、拳が胴体へ叩き込まれる。衝撃にアスランの呼吸が一瞬止まった直後、その背後からもう一撃。先ほど飛んで来た右腕が戻ってきてセイバーの背を打ち付け、地面へと叩き付けた。


『アスランさ、うわああああ!』

 アナコンダアームが今度はインパルスへと迫り、インパルスは抵抗も出来ぬまま両肩を鷲掴みにされる。

爪を突き立てられ、中央へ押さえ込むように力を込められた装甲はひしゃげ、亀裂が上半身全体へと広がっていく。

 突然ガクンとインパルスが膝を付き……直後限界に達したインパルスの上半身が潰れ、爆発した。

「シィィンッ!」

 絶叫するアスランの眼前でインパルスの残った下半身は倒れ、無傷のアナコンダアームがスクラップと化した上半身の残骸をポイと投げ捨てた。







 隙が生まれたのはキラも同様で。レイダー・ビヤーキーのライフルが動きを止めたフリーダムに直撃し、その右足と左のレール砲が抉られた。

「クソッ、カガリが……!」

 何とか意識を戦闘に集中させようとするが、実の姉のあんな姿を見て頭を切り替えれるキラではない。

散漫な動きでR・ビヤーキーの攻撃を回避していたが、クラウディウスの一言にその動きが再び止まった。

『あんま調子こいてっと、ティベリウスがテメェの姉貴にヘンなことヤりだすかもなぁ?』

「~~っ! 君達はどこまでっ──!?」

 フリーダムの残っていた左足に、ガクンと下から引っ張る力がかかる。見ればC・クラーケンの片腕がしっかりと足を掴み取っている。そして更に下方から迫るのは、もう片方のアナコンダアーム。


「しまっ……」

『ゲハハハハハ! 捕まエたゾ!』

 コクピットに拳が直撃する。キラの意識は吹き飛びかけるが、新たな衝撃に皮肉にも意識が引き戻された。

『寝る暇なんてやらねぇよ……姉貴になんかされたくなきゃせいぜい気張れやサンドバッグ!』

 人型に戻ったR・ビヤーキーの翼を模した腕に風が纏わり、その先端を槍の様に何度も突き出しフリーダムにぶつけて来る。腕に纏わり付く暴風は振動となり、PS装甲越しにキラを激しく揺らす。


『ま、何もしなくてもティベリウスの奴が黙ってるわけがねぇんだけどなあ? ヒャハハハハ!』

「何っ──!?」

 その言葉の意味を問いただす暇もなく、フリーダムは足を掴むアームに引き摺られ強制的に落下し、地面で押さえ付けられる。倒れたフリーダムにC・クラーケンがマウントポジションを取り、その腕を何度もフリーダムへと叩きつける。


『グァハハハハハ! もガケ! 苦シメ! タコ殴りダぁぁぁぁ!』

 恐らく意図的にだろう、C・クラーケンの拳はコレまでと比べればずっと軽いが、それでもキラの身体にかかる痛みは鈍く、重い。甚振って楽しんでいるのが分かりきった攻撃だった。


(カガリ……!)

 脳震盪を起こし朦朧とする頭でクラウディウスとカリグラの嘲笑を聞きながら、キラは姉の無事を祈った。





「それじゃ~皆さんお待ちかね♪ 楽しい楽しい、オーブのお姫様触手レイプショーの始まりよ~ん☆」

 ティベリウスの言葉に、カガリの表情が凍りついた。身体を拘束していた触手が動き出し、ドレスの中へと侵入してくる。今まで以上の嫌悪感がカガリの全身を駆け巡る。


「イヤだ! 離れろ、離れろぉ! 気持ち悪、ヒッ、やだ、ヤダァ!」

 血と腐汁まみれの触手が肌に触れる度ピチャピチャと卑猥な音を立て、感触はまるで大きな芋虫に這いずり回られているよう。おぞましさに吐き気すら感じるカガリ、その耳に更なる絶望を煽る音が聞こえる。


 ビリ、と何かが破れたような音が響く。それを皮切りに同じような音が何度も鳴り始める。

「え……嘘……そんな、やめ、やめて……」

 カガリがその意味に気付き、首をフルフルと振りながら血の気を失った直後──布の裂ける音と共に、ウェディングドレスが触手に内側から引き千切られた。

「~~~~っっ! いやああああああああああっっっ!」

 ただの布切れとなったドレスが舞う中、下着のみの姿になったカガリの絶叫がオーブに響き渡る。

「イイわイイわ~ん☆ やっぱり若いっていいわね~ホント綺麗なオ・ハ・ダ♪

 男のアタシでも妬けちゃうわー。ん~今すぐにも食べちゃいたい!」

「イヤだ、イヤだぁ! 離して、離してぇぇ!」

 手は露になった太腿を撫で回し、仮面の口元から腐り切って変色した長い舌が伸び柔肌をベロリと舐め上げる。

最悪の辱めを受け必死で逃げようとするカガリ、だが身をよじろうとも叫ぼうとも、触手の拘束は解けはしない。

「イヤ、イヤ、イヤイヤイヤイヤーーーーーッッッ!」

 恥も外聞もなく泣き叫ぶカガリの顔にはもはや生来の勝気な少女の貌も、気丈に振舞うオーブ元首の貌も無かった。

(誰か、誰かっ……助けて、助けて!)

 助けて欲しい、傍に居て欲しい……彼女の脳裏に浮かぶ一人の人物、それは彼女が真に愛していた男性──

「助けて……アスランッッ!」

『カガリィィィィィィィィッッッ!』



 その声を聞いたカガリは最初、それが現実だと信じられなかった。

『キッサマァァァァァ! カガリを、カガリから離れろぉーーッッ!』

 その声はこちらに向かってくる、あの突然現れた赤いMSから響く。普段なら何故そんなMSに乗っているのか疑問に思うところだろうが、救いを求めていた彼女はそんな事お構い無しで愛する人の名前を呼ぶ。


「アスラン、アスラン!」

「アスラン? ああーアスラン・ザラ! そーそ忘れるトコだったわ、アンタもいたのよねー」

『カガリを解放しろ! 出なければ貴様を……殺すっ!』

 着地し、ティベリウスへと人間に向けるには余りにも大きすぎるライフルを向けるセイバー。

しかしティベリウスは動じない。

「アツくなってるとこ悪いけど、いいのかしらねー? そんなデカブツでアタシを撃っちゃ、

 カガリちゃんまで巻き添えかもよ?」

『……俺はそんなマヌケじゃない……もう一度言うぞ、カガリを今すぐ解放しろ! でなければ……』

「……ムリね、アンタには」

『何だとっ!?きさっ──グァァァァァァァァ!?』

 突然、セイバーの全身に紫電が奔った。ガクガクと揺れるセイバーのVPS装甲が明滅し、そのカメラアイから光が消える。セイバーはドスンと結婚式場を揺らしながら後ろに倒れ……もう一度強い電流が流れると同時に、VPS装甲が完全にダウンした。


「バッド・トリップ・ワイン。甘いのよ、そんなヘッタクソで見え透いた脅しでどうにかなると本気で思ってるなんて。ま、アンタも目標だから殺しはしないけど、しばらくそこでオネンネしときなさいな……さてと、お楽しみを再開しましょうか、カガリちゃん☆」


「あ、あああ……」

 ──そんな馬鹿な。アスランが、あのアスランがこんなに容易くやられるなんて。嘘だ、こんなの嘘だ。

 儚く抱いた希望は一瞬で砕け散り、再び近寄ってくる絶望の顕現。もはや繊細な心を勝気さや首長の仮面で隠していたカガリは耐え切れず──

「感謝してよねぇ~ん♪ 好きな男の目の前で寝取られ触手プレイなんて、一生に一度有るか無いかよ?

 オ~ホッホッホッホッホ!」

 ──遂に、その心は折れた。



「ヒグッ、ヒッ……痛い、痛いよ……」

 地面に這い蹲り、ユウナは涙と鼻水を垂れ流す。何とか致命傷を受けず生を拾っていた彼であったが、その身も心も、既にズタボロだった。

 痛い、苦しい、冷たい。何でボクがこんな目にという思いが駆け巡る。

 目線の先には人知を超えたバケモノと、触手に弄ばれる虚ろな眼のカガリの姿。その光景が更にユウナの絶望を煽る。

元々温室育ちのお坊ちゃん、肉体は勿論精神も決して強くはない。フリーダムを目の前にしても崩さなかった虚勢の維持は出来ず、まるで子供のように泣きじゃくりながら誰かの助けを求めていた。


(誰か助けて……ボクとカガリを助けてよ……!)

「そこまでだ!」

 その願いに答えるように、低い一喝と共に機関銃を構える音が一斉に響く。

「物の怪め……よくも息子とオーブの地をここまで痛めつけてくれたな!」

「ち……父上ぇ!」

 ユウナの顔がパァッと笑みに変わる。避難していた筈の父ウナト、彼が武装したセイラン子飼いのオーブ兵十数名を引きつれ、自分達を助けに来てくれたのだ。

「父上、ってことはアンタがウナト・エマ・セイランね。ホント今日のアタシはツイてるみたいね、 こうもアタシに都合よく物事が進んでくれるんだから☆」

 意味の分からない事を呟くティベリウスを尻目に、オーブ兵達が手榴弾やロケットランチャーを構える。

それを見たユウナは目を丸くし、ティベリウスもまた意外そうな声を上げる。

「あらあら、そんなモノ使ってダイジョ~ブ? さっきのアスランちゃんも相当ヤバかったけど、そんなモノ使ったら確実にカガリちゃんも巻き込んじゃうわよ?」

「……致し方あるまい」

 ウナトの言葉に、ユウナは己の耳を疑った。

「我等が守るべきはこのオーブという国そのもの。侵略者の横暴を許すなど断じて許してはならんのだ。

 不本意ではあるが、もはや代表の命を配慮する余裕は無い。代表もそのように望むだろう」

 ──何言ってるのさ父上? カガリが、カガリがそんな事望む筈無いじゃないか!

 父の言葉に困惑しながら、ユウナはカガリを見る。触手に縛られたカガリはまるで反応しない。

その様はまるで壊れた人形、まるで全てを諦めたような──

「ち、父上ダメだ……父上ぇ……!」

 止めようとするユウナの呻き声にウナトは僅かに表情を曇らせるが、即座に気持ちを切り替え顔を引き締める。

「……撃て!」

「やめろーーーー!」



 ユウナの叫び空しく、重火器が一斉にティベリウスとカガリ目掛け放たれた。連続で起きる爆発が二人を呑み込んで行く。ウナトは爆発を見つめながら一瞬だけ目を伏せると、一人倒れる息子を救助しようと周りの兵士へと指示を出そうとして……


「……そうよねぇ、アンタならそうするわよねぇ? だって……」

 爆風の向こうから響く声に、その場の全員が表情を凍らせた。

「アンタは一度、この娘とアスランを売ったんですものねぇ?」

 爆風が晴れた先に平然と立っているティベリウスと、触手に縛られたカガリ……そして何もない筈の空間から突き出され、二人を爆発から守った巨大な腕。

「バ、馬鹿な……何故貴様がそれを知って……」

「ウェスパシアヌスから伝言よ。『御協力真に有難う御座いました。そしてさようなら』ですって」

「なっ……」

 突き出た腕の奥、何も無い筈の空間が歪み、その中で人型が形作られる。ステルスを解きその全容を露にしたフォビドゥン・ベルゼビュート。その両肩のレールガンが火を噴き──結婚式場に新たな血と肉の華を咲かせた。


「父上ェェェェェェェェ! アアァ、アァァァァァァァァァァ……」

「オ~ホッホッホッホ! 息子がヘタレなら父も父! ホント無様な家系だこと!」

 父の哀れな最期を目にして慟哭するユウナを一瞥し高笑いを始めるティベリウス。

コイツが自分を殺さないのは殺す価値も無いクズだとでも思われてるのだろう──

そういう考えを頭の片隅で思っても、ユウナは怒りを感じる事が出来なかった。

 何故なら、それは事実だから。アスランのように戦い敗れたわけでもなく、ただ一方的に攻撃を受け情けなく地面に這い蹲る。挙句カガリどころか父親すら守る事が出来ない、この体たらく。


(ボクは、無力だ──)



 ──なら、このままでいいのか?



 不意に、自分の声が聞こえた。

「さーこれで今度こそヤボ用はオ・ワ・リ☆ 楽しみましょ~ねカガリちゃん♪」

 ニヤニヤと耳障りな笑い声を上げカガリににじり寄る道化師……あんなヤツに、カガリが穢される。



 ──このままでいいのか?



「いい訳が……ないだろうが……!」

 歯を食いしばり、涙を流しながら充血した目を上げる。立ち上がろうとするが貫かれた肩と足に力が入らず、少し体が浮いても血に足を取られ再び地面にキスをする。ハタから見れば酷く滑稽に見えるのだろうが、それがどうした。


(ボクは……ボクだって……ボクだって、カガリが……!)

 ジタバタと体の動く部位全てを使って立ち上がろうと足掻くユウナ。その手に、硬い何かが当たった。





「さあどの穴からズッコンバッコンツッコンで欲しい? 前? 後ろ? それともお口かしらねぇ?

 アアンもう具合を想像するだけでイっちゃいそうよ~ん☆」

 卑猥な台詞を並べ立てるティベリウスに、カガリはもう一切の反応を返そうとはしない。へし折れた心は自己防衛の為、あらゆる感情の発露を抑制していた。

光の消えたその眼は焦点の定まらぬまま、呆然と前を向いているだけ。

「けど拍子抜けだわ、コレが噂に聞くオーブの獅子の娘? なんてこたぁない、単なる小娘じゃない。

 威厳も何もない、ロンド・ミナの足元にも及ばないわ。そりゃ身内に売られて当然ねぇ?」

 カガリは何の反応も返さない……が、その耳と頭に言葉はちゃんと届いていた。

 だから今目の前の道化師に馬鹿にされているのは勿論、先ほどウナトが自分を殺そうとしていた事も、しっかりと理解していた。

(ロンド・ミナか……私にも彼女くらい力があれば……)

 ──今のこの状況は、変わっていたんだろうか?

 戦争が終わって、オーブに戻って来てからの日々を思い出す。思えば自分は、少しでもマトモに政治をした事があっただろうか?

 随分勉強もした、努力もした。けどいざ思い返してみればやってきた事はオーブ内部や諸外国の問題を非難し、何とかするべきだと叫ぶだけ。具体的な対策や代替案などほとんど考えてなかった。


実際の政務は殆どウナトやユウナが行い、自分は国民のご機嫌取りと主張だけ。



 ──ほんの少しでも、この国の為に何かを成したことがあっただろうか?



「ほら、見てみなさいな」

 カガリを縛る触手が伸び、カガリの体が地面からかなり大きく離れる。視界に広がる光景は、文字通りの地獄絵図だ。

 火の手は今だ収まらず、悲鳴は絶えない。更に数を増やしたように見える死体。リンチを受け続けるフリーダムに、上半身を失い倒れたインパルスの亡骸。

 足元を見る。血に染まった結婚式場。触手に命を奪われた死体に、先ほどまでウナトやオーブ兵だった肉片。

血の海で慟哭するユウナ。そして、倒れ伏して動く気配のないセイバー。

「これは全て、アンタのせいよカガリちゃん。アンタなんかが代表になったせいでオーブはこのザマ。

 アンタはそんな器じゃなかった。所詮はただの神輿、そんなアンタが国を引っ張ろうなんて……

 身の程知らずも甚だしかったのよ」

 そうなのかもしれない。結局自分はいつも誰かに迷惑をかけてばかり。何も知らないで、知ろうともしないで。

勝手に暴走して、勝手に被害者面して、最後には泣いてそれで終わり。今までどうにかなって来たのは、単に運が良かっただけ。



 シンに憎しみをぶつけられて、自分が憎しみをぶつけられる存在だと気がついた。ユニウスセブンのテロリスト達の主張を聞いて、父の理想が絶対ではないことに気がついた。アスランの思いを通じ合わせて、自分はユウナと結婚してもまだ頑張れる、頑張ると決心した……それなのに!


「アンタは『オーブの獅子』の娘なんかじゃない。この国にとってもアタシ達にとっても、単なる『利用価値のある道具』……それ以上の何者でもないわ」

 そう、自分に父の、ウズミ・ナラ・アスハの血は流れていない。自分がお父様以上の事をしようなんて、出来るはずが無かったんだ──今までやってきた事は、全てムダだったんだ──


 無表情のカガリの貌、その虚ろな瞳から一筋、涙が流れた。

「……ノリが悪いわね。もうちょっと泣き叫ぶなりなんなりしてくれないと反応が薄くて少しつまんないわー。

 ま、ブチ込めば少しはいい声上げてリアクションしてくれるでしょ。さあ、ヒィヒィ喘いでアタシを楽しませて頂戴」

 触手が、カガリの肉の内へ入り込もうと一斉に蠢き──

「カガリから……離れろバケモノォ!」

 ──一発の銃声がその動きを止め、カランと何かが転がる音がした。

「……ウザッタイわねぇ」

 低い、不快感を滲ませたティベリウスの声。仮面を吹き飛ばされたその顔は、腐肉のこびり付いたガイコツ。

「何のつもりかしら……ユウナ・ロマ・セイラン!」

 その眼球のない眼を真正面から見据え、倒れたままオーブ兵の死体から拳銃を取り発砲したユウナは、ぎこちなく笑った。

「何のつもり、って言われてもねえ……婚約者を守るのは、花婿として当然だろう?」

 ハッ! とティベリウスがせせら笑う。銃弾に弾かれた仮面を拾いながら、倒れたままのユウナを罵る。

「なぁ~にが花婿よ、笑わせんじゃないわ! 知ってんのよ、この結婚は所謂政略結婚。アンタは親のコネと家の権力で、アンタを好きでもなんでもないカガリちゃんを無理矢理奪ったんでしょうが!」


「好きでもない、か……ハハ、そうだろうね。カガリはボクの事、なんとも思っちゃいないんだろうさ」

(……ユウナ……?)

「でも、これは本当。ボクは……カガリを愛してる」





 心を閉じたカガリの完全に凍りついた感情。その氷に僅かな、ほんの小さな亀裂が入った。

「あらあら、思い切った告白してくれるじゃないの~☆ つまりその愛とやらのために自分を犠牲にしてカガリちゃんを守ろうって? イヤ~ン感動的ねぇ~ん☆」

 感動というよりおちょくっているという口調で喋りながら、顔に戻った仮面をケタケタ揺らすティベリウス。

「まあそれもあるけどね……それに、カガリを今失うわけにはいかない。カガリはオーブに必要な人間だ」

「え……?」

 ティベリウスも聞き取れないようなか細い声で、カガリが呟く。氷の亀裂がゆっくりと、しかし確実に広がっていく。

「ギャハハハハハハ! オーブに必要! こんなちょっと叩いただけで逃避するような世間知らずの小娘が必要なほどオーブは人材不足なワケ!? 中々面白いジョークじゃないの!」


「……確かに、今のカガリは勉強不足で政治家としてはまだまだだよ。それは認めなくちゃいけない」

 苦笑するユウナ。けど、と前置きしてユウナは続ける。

「僕は知ってる。カガリがどれだけ純粋で、どれだけ頑張って、この国を愛しているのかを。確かに今は力不足で、奇麗事ばかり言ってるだけなのかもしれない……けどね、ボクは信じてる。彼女は父親のウズミ様と同じ、いやウズミ様を超える代表首長になれるって、信じているんだ」


「ユウナ……お前……」

 カガリの眼に僅かに光が戻る。ユウナもティベリウスも、まだそれに気付かない。

「それにね、僕を含めて……オーブの民は一般人も軍人も、結構な割合でカガリのことが大好きなのさ。

 単にアスハだからってだけじゃない、その明るさと真っ直ぐさに皆惹かれ、カガリがオーブを守り、発展させてくれると信じてる。その思いにカガリが応えてくれるなら、その時こそカガリはオーブをより良い方向に導く存在になれる……だからその時まで、カガリを守らなきゃいけない!」


「あ、ああ……」

 知らなかった。ユウナが自分をそこまで信じてくれているなんて、思ってくれているなんて知らなかった。

我侭ばかりのどうしようもない代表だったのに。そのせいでいらない負担を幾つも背負ったのだろうに。

 ──ユウナはずっと私を、カガリ・ユラ・アスハを信じてくれていた──

 カガリの心の氷、その亀裂は大きく広がり、外側から音を立てて崩れ始めた。





「……御高説痛み入るわ。けどね、アタシはそういうお涙頂戴のノリが死ぬほど嫌いなのよ!  そんなモンは……噛んで潰してゾンビの餌よ!」

 ティベリウスの手に何処からともなく蛆の沸いた書物が現れ、奇妙な呪文を唱え始める。ユウナは意図は分からないがその行為に危険を感じ、止めようと拳銃を構えるが……その手を横から誰かが掴んだ。


「えっ…………うわ! あああああああああっ!?」

 ユウナを掴んだのは、死んで倒れていた筈のオーブ兵……否、『間違いなく死んでいる』オーブ兵だった。

触手に貫かれた胸は空洞で、白目を剥き開いた口から唾を垂らす様は間違いなく映画で見るようなゾンビそのものの姿だった。

 ふと周りを見れば、かろうじて原型を留めている死体が次々と立ち上がっていく──ウナトの死体が原型を留めていなかったのは、この時のユウナにとって幸運だったのかもしれない。


「くっそ……!」

 筋力の限界まで力を発揮するゾンビの腕を、満身創痍のユウナは振りほどけない。更に別のゾンビたちもまたユウナへと群がっていく。

「オ~ホホホホホホ! さあ、惨めたらしくゾンビに食われて、アンタも醜いゾンビの仲間になりなさい!」

「……っ! ユウナァッ!」

 眼から再び涙を流し、カガリが叫びを上げた──その瞬間。

「うおおぉぉぉ!滅私奉公ォォォ!」

「でぇーい! なんで君に付き合うとこう貧乏くじを引くかなぁぁぁ!?」

 筋肉隆々のゴツイ男と深く帽子を被った男を筆頭に、マシンガンを携えたオーブ兵数人が結婚式場へ飛び出した。

連射される弾丸がゾンビを蹴散らし、一気に駆け寄った帽子の男がナイフを抜いて息のあるゾンビにトドメを差しつつ、ユウナを救出する。

「大丈夫ですかい、セイランの御曹司?」

「き、君はたしか……」

「遅れて申し訳ありませんユウナ様! ネス三佐ならびにストーン一尉以下6名、カガリ様とユウナ様の安否の確認及び保護を遂行すべく参上いたしました!」

「ようやく民間人の避難や救助活動がまともに回るようになり始めましてね、余った俺達が様子を見に来たんですが……良くも悪くもビンゴだったみたいですなぁ」

 ユウナを支えるネスの周りを、ストーン他が円陣を組むように囲む。

「あ~ストーン君、間違ってもカガリ様に当てるんじゃないよ」

「当たり前であります! カガリ様はこのオーブの希望! 傷一つ付けはしませんよ!」

「そうとも! カガリ様、今お助けします!」

「カガリ様お気を確かに!」

「カガリ様!」



 口々にカガリの名を呼ぶオーブの兵。全員が純粋にカガリを心配しているのが分かる。

「みんな……みんな私を……こんな私なんかを……」

「ええ~いウザイウザイウザイ! F・ベルゼビュート!」

 佇んでいたMMが動き出し、レールガンの銃口をユウナ達に向ける。状況にそぐわぬ緊張感のない声で、ネスがぽつりと言った。

「あ、これはヤベーわ」

「そ、総員退避ーーーー!」

「逃がすわけないでしょ、アンタ達全員ミンチにしてやるわ!」

『……させない!』

 ニ門のレールガンを、光の剣が切り裂く。まだVPS装甲を明滅させながらもセイバーが飛び出し、そのままF・ベルゼビュートに体当たりをかます。

「あんですって!? ……真逆、自力でプログラムをリカバリィしたとでもいうの!?  チィィ、時間を掛けすぎた!」

『このMSは俺が! ユウナ、カガリを頼む!』

「今だ、カガリ様を救えー!」

 セイバーがF・ベルゼビュートを押さえ込み、その間にカガリを巻き込まない位置に移動したストーン達がティベリウスにマシンガンを乱射する。

ティベリウスの体が銃弾の雨に晒されるが、ティベリウスの身体は即座に再生していく。

『カガリ、自分をしっかり持つんだ! ユウナも……俺もいる! 必ず君を助け出してみせる!』

「アス、ラン……」

 闘ってくれている。誰よりも自分の我侭に付き合い、そんな自分を愛していると言ってくれた人。

彼はまだ、私のために戦ってくれている。

「舐めんじゃないわよ! F・ベルゼビュート、押し返しなさい!」

『クッ! なんてパワーだ!』

 ティベリウスの声に呼応し、F・ベルゼビュートがセイバーを押し返し始める。

そのままセイバーを弾き飛ばさんとしたF・ベルゼビュートの背に、上空から機関砲が放たれる。低火力ながらもその攻撃にF・ベルゼビュートがよろめき、再びセイバーとの力が拮抗する。


 その攻撃を行ったのは……







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