DEMONBANE-SEED_種死逆十字_第11話1

Last-modified: 2008-01-14 (月) 02:06:50

「いよいよ行っちゃうんだねぇ、アスラン」
 車椅子のユウナとそれを押すミナの前で、青年はドッグに固定されたミネルバを眺めていた。
 アレックス・ディノ──否、今はもうアスランに戻っている彼が袖を通しているのは、赤服。プラントの精鋭、ザフトレッドの証。ユウナ達に振り返った顔はそれに相応しい、戦士の貌。
「カガリはもう司令部に?」
「ああ。見送りに来れないのを最後までゴネていたが。すぐに通信で顔を合わせることになるだろうに……」
 それはさておき、とミナは素早く苦笑を微笑みに変えた。口のルージュを歪ませ、鋭い眼で値踏みするようにアスランを見る……挑戦的であるが不快ではなく、高貴な美しさを滲み出している。
「こちらの動きは打ち合わせ通りだ。お前達を逃がすことが目的ではあるが、我は容赦せぬ。生き残りたければ、そちらも手加減は無用だ」
「ハハ……まあお手柔らかに頼みます、ロンド・ミナ」
 彼女の雰囲気に少々気圧されながらも、なんとか笑みを作って返すアスラン。ミナと軽く握手を交わしてから、今度はユウナに近寄る。
「ユウナ、カガリのことしっかり見ていてくれ……自分で決めたとはいえ、やっぱり離れるのは心配だ」
「分かってるさココロの友よ♪ まだまだカガリ一人じゃ危なっかしいからね、ボクやミナが頑張らないと。そこら辺は心配しないで、任せてくれて大丈夫だよ。ま、少しはカガリを信頼してあげるのも男の器量ってもんでしょ──それともアスラン君は、ボクにカガリを取られるんじゃないかって心配してるのかな?」
 こんな時でもユウナは軽口を絶やさない。彼としてはアスランをからかうと共に、緊張しているであろう彼の心を解してやろうと思ってやったことだったが……アスランが返してきた反応は全く予想外の、落ち着き払った答えだった。
「もしそうなったら、今度は俺が取り返すさ」
「……! ハハッ! 言うじゃないかコイツゥ!」
 アスランの胸に拳をぶつけるユウナ。ユウナも拳を受けたアスランも笑っている。
「……じゃあ、行ってくる!」
「応、行ってこい友よ!」
 少し強めに、ゴツンと拳をぶつけ合う男二人。その光景を、ミナは一歩離れて評していた。
「フッ、女を巡るライバル同士で交わしあう、男の友情か……暑苦しく青いが、嫌いではない」

 
 
 

第十話『出航 もう一つの発現』

 
 
 

『全クルーに通達! これより本艦は予定通り、連合艦隊との戦闘に突入する! 既に背後にはオーブ艦隊が展開しており、後退は不可能である! 本館の目的であるカーペンタリアへの速やかなる到着と、敵増援の危険を鑑み、これより本艦は敵艦隊の中央を強行突破する!』
 オーブを出航したミネルバの艦内に、タリアの檄が響き渡る。館内放送が終わり、今度は通信機の方から流れてきた彼女の声に、アスランとティトゥスが返答した。
『アスラン、ティトゥス。ミネルバからの出撃は二度目だけど、大丈夫?』
「私なら大丈夫です、グラディス艦長」
『こちらも問題ない、いつでも出れる』
 アスランはセイバーのコクピットにいた。メカニックの頑張りやオーブの協力もあり、既に修理は終わっている。
 本来ならこの機体との付き合いは、ミネルバに届けてそれまでのはずだった。なのに結局自分はザフトに戻り、結局この機体に乗り続けている。人間、先がどうなるのかは分からないなと、アスランは不思議な気分だった。
『予定通り、まずミネルバは国境ギリギリで待機。MSにより敵の中央を開き、そこを突破します!タンホイザーは海域を汚染する危険があるので、使うのは避けたいけれど……万一の場合は止むを得ない。そうならないようMS隊には期待しているわ、頑張りなさい!』
『『『了解!』』』
 ミネルバ組三人のしっかりした返答に、アスランは安堵する。大丈夫、彼等とティトゥスなら自分がいなくとも、ミネルバを任せられる。
『しかしアスラン、本当に私が指揮を取っていいのですか?』
「元々MS隊の指揮は君に任されていたんだろう、レイ? 俺と君は同じ赤服だ、遠慮することはない」
『しかし、貴方やティトゥスの方が操縦技術は上です。ならどちらかが……』
『技術の高さと指揮の上手さは別物。それに拙者の機体は特殊ゆえ、単独で動いた方が良かろう。指揮するにも、されるにも向かぬ』
 まだ納得がいかないらしいレイに、ティトゥスがそう言って断りを入れる。苦笑しながら、アスランはティトゥスの言葉に賛同した。
「そういうことだ。それに今回俺は単独でやらないといけないことがある。だから君達三人はいつも通りにやればいい。どうしても納得いかないなら、しっかり訓練や模擬戦をやって適正を測ってから決めればいいさ。まずこの場を乗り越えてから、な」
『……分かりました』
『もーレイってば、ホンット真面目なんだから』
『そう言ってやるなよルナ。レイはそこがいい所なんだから』
 やはりなんだかんだで、彼等三人の仲はいい。自分はザフトにしてみれば裏切り者、あの和には溶け込めないかもしれないが……なら、別の形で助けるようにすればいい。自分の力で、自分の出来る事で。
「では、俺から出させてもらうぞ! ……みんな、改めてよろしくな」
『はい、よろしくお願いします!』
『期待していますよ、アスラン』
『英雄の腕前、見せてくださいね!』
 最後は小さく呟いただけのつもりだったが、しっかり聞こえていたらしい。若者三人にマトモに返答され、アスランは頬を少しだけ染めた。
『セイバー、発進どうぞ! ……頑張ってくださいね、アスランさん!』
 オペレーターのメイリンから激励がかけられる。格納庫のメカニック達も、アスランの乗るセイバーになにやら叫んだり親指を立てたりして送り出してくれる。
 単なる社交辞令かもしれないが、それが自分を受け入れてくれているようで、アスランは嬉しかった。
「……アスラン・ザラ! セイバー、発進する!」

 
 
 

 ミネルバからセイバーが飛び立ち、赤い翼を広げる。次にカタパルトに乗ったのは、セイバーとは形の違う赤い翼を背負った、オーガアストレイ。
『今回は海上での空中戦となるので、貴様の装備はエールストライカーであ~る! 多少カスタマイズはしたが滞空時間は保っても3分未満、それまでに一度着地点を探して降りねばならぬ。ドボンと海に落ちモズクと消え、広島弁のカニに喰われたくなければ気を付けるのであるぞ!』
『がんばれがんばれティトゥ~ス、ロボ♪ ファイト~ファイト~ティトゥ~ス、ロボ♪』
「すまんウェスト、助る……しかしなんだその単調で脱力を誘う歌は?」
 通信機の向こうからの棒読み極まる歌に突っ込むと、今度はけたたましい叫びとギターの爆音が返ってきた。
『ええいこれだから頭の固いチャンバリアンは! 原曲からの再編曲を我輩、作詞ボーカルをエルザが担当した貴様への応援歌の素晴らしさが分からんか!? 罰として紅白マンジュウッ!?』
「じゃかあしいこのトンチキがぁ! 勝手に作業機械使いやがって、使ったら片付けろ! 客人だからって調子乗ってっとヤキいれんぞゴルァ!」
「テメェこのヤロ! 何でテメェみてえな■■■■にエルザちゃんみたいなカワイコちゃん作れんだよ!? あんな男の夢注ぎ込んだ完璧超人と四六時中一緒に居やがって~!」
「才能与える奴間違ってんだろ神様! ホントこの世はこんなはずじゃないことばっかりだ! この際だ、せめて作り方教えろ今すぐに!」
「ええ~いこの凡人ど……いや、だめそこ、やめ、やめてよしてスパナで殴らないでビビデバビデブゥ!?」
「ああ、エルザの美しさがモブの心すら掴んでしまうロボね……エルザは罪なオンナロボ」
 マッド他整備士達にタコられているウェスト。その制裁に参加している一部、特に二人の少年は奇妙な怨念を滲ませてウェストにぶつけていく。ちなみにウェスト=■■■■の常識はウェスト登場と同時にミネルバ全クルーにも認識され、逆にエルザは船のマスコット状態と化している。
 溜息を付きながら、ティトゥスはオーガアストレイをカタパルトに乗せた。 
「と、とにかく……メイリン・ホークだったか。拙者も出るぞ」
『はい、準備完了です! オーガアストレイ、発進どうぞ!』
「承知。ティトゥス、オーガアストレイ……参る!」
 カタパルトから射出され、オーガアストレイは背の翼で風に乗る。飛び立った先には、既に敵が身構えていた。
 何隻もの戦艦に、そこから次々と飛び立ってくる無数のMS。大型の翼とジェットエンジンを持つ新型ストライカーパック『ジェットストライカー』を装備した、ダガーLやウィンダムの群れだ。
『俺とルナマリアのザクは飛行出来ない。よって我々二人が艦の守備する。シンとティトゥスは敵本隊の撹乱を、アスランもオーブが動くまでは二人をサポートしてください』
『了解だ』
『ティトゥス。後々アスランが抜けると貴方とシンに負担がかかると思いますが……シンをお願いします』
「心得た……やはりよく分かっている」
 さっそく指揮官ぶりを発揮するレイに関心するティトゥス。だがオーガアストレイの後ろから飛んできたインパルスからは不平の声が上がった。
『なんだよレイのヤツ……そりゃティトゥスさんには適わないけど、なんでレイに子ども扱いされなきゃならないんだ』
「物事をしっかり把握するのが指揮官の仕事だ。あやつに文句があるなら実力で示せ……一度奥深くまで斬り込み、戦力を誘い出す。アスラン、シン。お主らはそこを狙え……いざ!」
『え、ちょ、ちょっと!?』
 背中に声がかかるが、既に聞いている暇はない。神経を研ぎ澄ませ、ティトゥスはペダルを深く踏み込む。
 オーガアストレイの全推進器が、激しく火を噴いた。黒鉄の侍が、一直線に敵陣へと斬り込んでいく。
 向かってくるモノに気付いたMS数機が戸惑いながらもビームライフルを放つが、オーガアストレイはスラスター方向を調整してジグザグと動き回りながらビームをかいくぐる。
『ヒッ……』
 進行方向真正面にいた二機の不幸なダガーLが、オーガアストレイと接触。すれ違った直後、胴体と下半身を泣き別れにされ、爆散する。そのままやや突出気味に先行していた巡洋艦に、蹴りを入れるかのような形で強制着艦。二本の腕には、ダガーLを斬った時点で既に刀が握られている。
「破ッ!」
 甲板に切っ先を滑らせるように刀を走らせ、振り抜く。一泊置いて船体が中心に線を奔らせ甲高い音を発しながらずれ、更に一泊置いて、真っ二つにされたエンジンが爆発した。炎上する船が沈む前にオーガアストレイが飛び立つと、そこに火線が集中する。先程のように迷いのある散発的な攻撃とは違う、無数のMSと軍艦による一斉攻撃だ。これはオーガアストレイといえど何時までも避け切れるものではなく、何度も装甲をビームが掠めた。押さえ込まれる前に背を向け後退したオーガアストレイを、多くのMSが
追撃する。
 オーガアストレイの背を捉えるMSの一団──だがその鼻っ柱を、ビームの奔流が襲った。オーガアストレイと交代するように現れたセイバーが、機首の先に伸びた長い砲身からビームを撃ちまくる。多くのMSを落とし一団の中央を突っ切っていったセイバーに一同の目が集中し……その背に、更なる一撃が叩き込まれた。
『隙だらけだ、喰らえ!』
 インパルスが棒立ちの敵にビームを撃ちまくり、数を減らしていく。追撃してきたはずの10機近いMSは、おびき出されたことに気付く間もなくたった三機に殲滅された。

 
 
 

「ええい、たった数機のMS相手に何をやっている!」
 一隻の空母のブリッジで、作戦指揮を一任された艦長が地団駄を踏んだ。連合側は瞬く間に多くのMSを失ってしまった。いくらザフトの最新鋭戦艦相手とはいえ、無様にも程がある。
「バケモノどもめ……」
 彼は権力欲は強いが、ブルーコスモス思考には囚われていない人間だった。しかしそれでもそう思わずにはいられないほど、敵は強い。特に、武装がほとんどないにも関わらず、刀二本で次々MSを切り倒していくダークシルバーの機体に、艦長は勿論ブリッジクルーの多くも驚愕していた。
 その姿、得物、戦いぶり──それらの要素は彼等の脳裏に、一つの仮説を浮かばさせた。
「まさか、ユニウスの……」
「バカな! 勘違いだ、良くてザフトがアレを模倣しただけだろう!」
 クルーの呟きを艦長は怒鳴り散らして止める。そんな絵空事はどうでもいい、どうでもいいが……しかし、もしそうならば。
「ええい、そんなことより」
 今は何より、現状をどうにかしなければならない。指揮官として決して無能ではなかったらしく、手柄の減少覚悟で今取れるであろう、最良のカードを切った。
「数は多いのだ、散開せずに一気に押し切れ。ザムザザーも出す、もはや隠し玉だの何だのと言っている場合ではない! それと、オーブに救援要請だ! やつらにも闘ってもらう!」

 
 
 

「すごいですな、ミネルバは。それにあの武士のような機体、あれが……」
「そうだトダカ、あれがモビル・マキナ……我等がいずれ相手をせねばならぬ脅威、そのほんの一端の具現だ」
 空母タケミカズチのブリッジで、指揮官席に座り戦況を見据えるミナ。MSの数による比率で圧倒的に劣るミネルバは、しっかりと戦い抜いている。
「しかし……もし先行部隊が足止めされれば、敵MSは多くがミネルバに接近し先行部隊も孤立する。数の差というのはやはり大きい」
 そのミナの予想は、ほどなくして的中した。
「ん……!? 連合艦隊の中央付近から大型熱源が出現、前に出ます!」
「これは……MA!?」
 モニターに映るのは、MSの倍を超える体躯を持った、カニのようなMAだ。圧倒的な重厚感を持つそれの前面には、光の壁が展開している。
「光波防御帯、か……連合の技術もバカに出来んな」
「連合のMSの多くが、MAの出現と合わせミネルバへと向かっていきます!」
「司令官、連合から何度も『協力しろ』と電文が……」
「分かっている! トダカ、後は任せたぞ」
 スッと優雅に立ち上がり、ブリッジを出ようとするミナ。その行動にトダカは少し慌てる。
「このタイミングでですか!? それではアレックス君やミネルバが……」
「予定されたことを今更やめるわけにもいくまい……それに」
 ミナは、笑った。歴戦の勇士であるトダカすら背筋に寒気を覚えるような、怖気を誘うほど美しく、恐ろしい笑みで。
「この程度の苦境を超えられぬなら、ミネルバにもアスランにも……そしてティトゥスにも価値はない」

 
 
 

『ちょっとちょっと、やばいんじゃない?』
「まずいな、あんなものを隠していたとは」
 ミネルバの甲板に待機していたレイとルナが身を引き締める。現れた大型MAにシンとティトゥスが足止めされ、その隙を突きMS達がミネルバへと殺到してくる。アスランが後退しながら応戦しているが、ミネルバまで迫られるのは時間の問題だろう。
(それにそろそろ予定の時間だ。始まればアスランはそちらに対応しなければ……いや、だが上手くすれば……)
 オーブ出航前に聞かされた『作戦』に、レイは考えを巡らせ──瞬間何発もの轟音が轟き、ミネルバの周囲で水柱が立ち昇った。
『うわっ、ビックリした!』
「始まったか……!」
 砲撃が放たれた『後方』に目を向ける。そこに存在するのは、オーブ艦隊のみ。居並ぶ戦艦から次々砲弾が放たれ、ミネルバ周囲の海に落ちる。海水が雨のように、ミネルバに降り注ぐ。
 そしてその中央の空母から、一機のMSが飛び立つ。黒い装甲から金色のフレームを覗かせるその機体はゴールドフレーム天──ロンド・ミナ・サハクの機体だった。

 

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